第二章(第10回)
会議室には、すでに六人の実習生がいた。その中に、まおちゃんの姿もあったけれど、南さんはまだのようだった。会議室には、机が四角く並べられており、みな思い思いの場所に座っているようだ。どこに座っても全員の顔が見えるような配慮になっている。しかし、実習生同士が顔を合わせるのは今日、この時が初めてのせいか、会議室には妙な緊張感が漂っていた。手作りのお弁当を食べている人、コンビニのサンドイッチをつまむ人。園内で買ったらしいポテトをつまんでいる人もいる。
まおちゃんの隣の席が空いていたので、座らせてもらうことにした。
「お疲れ様! トモちゃん、どうだった?」
まおちゃんがお弁当を開きながら、笑顔をつくる。他の人たちの間に、あの二人は知り合いなのか、という空気が流れたような気がしたので、他の人たちはそれぞれ個人で実習に応募したらしい。そういう私も、応募してからまおちゃんと仲良くなったのだけれど。
「慣れなくて大変だったけど、楽しかったよ! まおちゃんはチンパンジーどうだった?」
「思った以上に気難しくて、結構大変そう……まだ分からないけど、明日からもうちょっと朝早い電車で来なきゃいけないかも」
「そっかあ」
私たちに触発されたのか、あちこちでぽつぽつと会話が始まった。その後、南さんやほかの男の子も戻ってきて、どうやらこれで全員らしい、となったところで、みんなで簡単に自己紹介をし合うことになった。
この期間の実習生は、全部で八人のようだった。それぞれがバラバラの場所で、違う飼育員さんについているらしい。私たちのように、動物関係の大学に通う人が三人いた。四年生の男の子が一人で、あとの二人はまだ二年生だった。四年男子の須田さんはもう何度もいろんな動物園で実習をしているらしく、自己紹介なども率先してやってくれた。他に、獣医学科の学生が、男女一人ずつ。この二人は同じ三年生だったけれど、違う大学だったため、お互いに面識はないようだった。南さんは、専門学校の二年生らしい。そのとき私は初めて、飼育員になるための専門学校があることを知った。
一通り自己紹介が済んだ頃、誰彼ともなく立ち上がった。お昼休みが終わるまではまだもう少し時間があったけれど、午後の集合場所が遠い人はもう行かなければならない。お昼に来るのが遅かった南さんは、まだ座ってご飯を食べていた。
「午後はあそこまで帰らなくていいの?」
「はい、午後はキッチン集合って言われてます。でもキッチンの場所がいまいちよくわからないので、ちょっと早めに出ようかと思ってますけど……」
「私もキッチン集合だよ! じゃあ一緒に行こう」
「よかった、ありがとうございます」
なんとなく学年の差で敬語とため口を使い分ける、みたいな暗黙の了解にのっとり、南さんに話しかける。南さんは、声も小さく、お弁当を食べるのもしゃべるのもゆっくりだったけれど、さっきみんなで自己紹介をしていた時よりは言葉数が多かった。
休憩時間が終わりに近づいたので、南さんと一緒にキッチンへ行き、午後もひたすら野菜を切った。それが終わったらワラビーたちの運動場の掃除。朝と違い、日差しがかなりきつかったので、結構汗をかいた。
その後、カンガルー舎の掃除をお手伝いし、夕方近くになったら出していた動物たちをしまい、また運動場を掃除する。掃除、エサづくり、また掃除。大体がその繰り返し。
「疲れたでしょう? 掃除とエサづくりばっかりで、驚いたんじゃない?」
ワラビー舎を掃除しながら、野倉さんと話す。
「でもこんなに近くで動物たちを見る機会なんてめったにないので、楽しいです」
「そうね、みんな個性があって面白いわよね。でも本当に好きじゃないと務まらない仕事だと思うわ」
「確かにそうですね」
寄ってきたワラルーのアキちゃんの頭をなでながら、野倉さんは目を細める。確かに一頭一頭顔だちも違うし、ずっと寝ていたり遊んでいることが多かったり、それぞれに個性がある。
けれど私は結局今日一日だけでは、アキちゃんとウォンバットのコナラおばあちゃんしか認識することができなかった。二週間のうちに、せめてここにいる子たちだけでも名前と顔を一致させようとひそかに決める。
「将来は飼育員希望?」
「いえ……まだ、考え中です。いろいろな職業を見てみたいと思って、今回実習に来ました」
「そっか。実際ここに来る人はそういう人も多いわよ」
飼育員になる気がないなら実習には来るな、と言われるかと思ったけれど、野倉さんは気にしていないようだった。
「まあ楽な仕事じゃないし、その割にお給料は安いし」
「そうなんですか」
「そうよー。地方だと、その動物園を持っている自治体の公務員が飼育員をやるから、一応公務員って扱いになるんだけど、ここは違うからね」
「地方は公務員がなるんですか?」
「ええ。ある程度希望は聞かれるらしいけど、動物が好きじゃないのに動物園に回されたり、逆に動物園に行きたくて公務員になったのになかなか回されなかったり。いろいろ大変みたい。その点ここは、別の団体が所有しているから、そこに就職しちゃえば絶対動物園の仕事ができるけど、公務員のより給料は下がるわね」
「そっかあ」
「ま、そういう話もおいおいね! 今日の作業はこれで終わり! もう帰っていいわよ、ちょうど時間だし」
「はい、ありがとうございました」
「いえいえ。じゃあまた明日!」
野倉さんは、まだもう少しここに残るらしく、奥へ消えていった。私はビジターセンターへ戻る。ちょうど途中でまおちゃんに会ったので、一緒に帰った。
慣れない作業ばかりだったけれど、牧場よりは力仕事が少なく、そこまでは疲れていないはずだったが、まおちゃんと別れて一人で電車に乗っているうちに、気が付くと深い眠りに落ちていた。そんなふうに、動物園実習一日目が終わった。

片川優子
(かたかわ ゆうこ)
1987年東京都生まれ。2004年、中学3年生のときに書いた『佐藤さん』で第44回講談社児童文学新人賞佳作を受賞。その他の著書に『ジョナさん』『動物学科空手道部1年高田トモ!』『動物学科空手道部2年高田トモ!』『チロル、プリーズ』がある。現在、大学の獣医学科に在籍中。
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