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猫でござる〜江戸にゃん草紙 柏田道夫

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のみ取り屋おたま 脇ばたらき
猫小僧成郎吉ねここぞうにやろきち 盗みばたらき
その四〜双忍そうにん、奉行所へ忍び込む

 夕暮れ時に、コウモリが二羽飛んでいる。
 コウモリは時にぶつかり合い、火花まで散らしている。
 西の空はあかね色から紫色に変わろうとしていた。街道を行く目のいい人ならば、飛んでいるのはコウモリではなく、二人の人間だと分かるかもしれない。
 二人のコウモリ、いや二人のしのびの者はもうかれこれ半刻(約一時間)近くも戦いを続けていた。
 山谷さんやから千住宿せんじゆしゆくへと向かう街道で、それなりに行き来する人も多い。が、往来人は誰も、二人の人間が殺し合いをしていることに気づいていない。
 それは二人が、街道沿いの木立こだちや田、寺の境内けいだい、民家の庭、空き家の中と、たえず移動しながら戦っているからだ。
 二人とは本作の主人公、我らが蚤取り屋のお玉と、猫小僧成郎吉である。
 お玉の武器は四枚の鉄板や小ノコギリ、小刀こがたな蝶番ちようつがいでとめた刃曲はまがりから、分厚い一枚刃のしころに変わっている。
 成郎吉なろうきちは当初の棒手裏剣ぼうしゆりけんから、短い直刀ちよくとう忍刀しのびがたなを使っている。この忍刀とのぶつかりでお玉の刃曲の蝶番が外れたのだ。
 お玉は武器としては有利ではない刃曲で、成郎吉に襲いかかった。とっさに成郎吉が十字手裏剣を飛ばし、刃曲に跳ね返らされた時、それが自分がなくしたものだと察知した。
 質屋の放火事件に遭遇そうぐうした折に、刃曲は助けた娘の手から、八丁堀はつちようぼりの町同心岡倉市平太おかくらいちへいたの手に渡ったはずだ。
 どうしてそれをお玉が手にしているのか?
 成郎吉の心をかすめた疑問は、手裏剣を飛ばす間もなく消えた。いや、消した。
 戦闘時の一瞬のためらいは死に直結する。お玉が成郎吉の刃曲を使ったのは、それが狙いだからだ。
 成郎吉は剣を振り下ろすと同時に、得意の横蹴りを飛ばした。が、お玉は半身になって難なくかわすと、しころの手で大きく円を描き、同時に空いた左手の拳を、成郎吉の脇腹にめり込ませた。
 しころの歯は、胴衣の肩を裂いただけだったが、拳を食らってウッとうなり声を上げ、成郎吉の身体からだはくの字にゆがんだ。
 じわりじわりと成郎吉が押されている。着物のあちこちが裂けていて、血もにじんでいる。お玉のほうのほころびは、数えられるくらいしかない。荒くなった成郎吉の息に対して、お玉はまだ正確に呼吸をしている。
 それでも成郎吉は健闘していた。顔には出さないがお玉は、内心でそのことに驚嘆していた。戸隠村とがくしむらにいた頃なら、もうを上げて座り込んでいるだろう。
 江戸で忍ではなく、猫の蚤取り屋をしている間に、お玉の腕が落ちたのか?
 奥信濃おくしなの戸隠の忍村で、二人が幼き頃より忍者となるための訓練を受けていた、という話は以前した。
 その二人が今、江戸のこの地で戦っている。なぜそういうことになったのか? 
 それについてはまだ詳しく語っていないはずだが、今はそんな暇がない。
 あ、そういえば、二人についての事情だけではなかった。
 お玉が化け猫殺人事件の探索たんさくの果てに見つけたおかしら、そして成郎吉の相棒のクロ。彼らはどうしているのか?
 この二人(正確には一人と一匹)のほうは、忍者たちの戦いを最初から高みの見物、と決め込んでいる。
 高みというだけあって本当に高いところにいた。街道脇にひときわそびえている杉の木のほぼてっぺん。
 お頭は枝の張り出した根元に座り、ひざにはクロがいる。
 お頭についてだけ少々述べておこう。
 眼帯がんたいをつけた得体えたいの知れないこのおっさんは、日本橋にほんばしの薬種問屋「大松屋おおまつや」に入り込んだ折には半蔵はんぞうと名乗っていた。それより前、国芳くによしの画房に弟子入りした時には成吉なるきちだった。
 半蔵は伊賀いが忍者服部はっとり半蔵からで、成吉は成郎吉からいただいたのは明らか。
 行った先々で適当に名乗っているのだが、戸隠村では、“猫目ねこめの頭”と呼ばれていた。本当の名前があるようだが、お玉たちは誰も知らない。
 眼帯で隠されていない左目は、五十前という年齢相応のしょぼついたおっさんの目なのだが、隠された目が“猫目”と呼ばれる由縁ゆえんだった。それは……。
「おめえは何という名だ?」
 猫目の頭はクロの背中を撫でて聞いた。
 ミャっとクロは一鳴き。
「そうかやっぱりクロか」
「ミャミャ」
「ニャロ吉とはどこで会った?」
「ミャゴミャ」
「ふーん、そうかい」
 お頭は自分の手下(だった?)二人の忍者の戦いを眺めながら、クロとのんびり会話をしている。本当に会話になっているのかいないのか……。
 畦道あぜみちに二つの影。成郎吉が忍刀を振り回し、お玉の攻撃を必死に躱していた。
「へばってきやがった、そろそろ行くか」
 と言った瞬間、杉の上から消えた。ニャアとクロが鳴いて、猫目の頭が地面に降り立った時には肩にとまっている。
 すっかり暮れて、西の紫色の空は黒色に変わろうとしている。
 お玉と成郎吉の死闘に決着がつきそうだ。田に逃げ込んだ成郎吉は、苦しまぎれについに忍刀を投げた。お玉はひょいと躱す。
 降り続いた雨に田は泥沼と化していた。成郎吉の身体が転がり、頭から突っ込んだ。き出しだった顔は泥と区別がつかなくなる。
 お玉はしころを構えて、慎重に畦道を移動する。
 どうやって、とどめを刺すか……?
 背後でニャアという猫の声が聞こえた。
 その声が、猫の柔らかなお腹の毛並みとなって頬を撫でたような気がして、お玉の手が止まった。
 昔ならばそんな感傷はみじんもなく、お玉の手からしころは成郎吉のひたいに向けて投げられていたはずだ。
 成郎吉は一瞬のそのすきを見逃さず、土くれを投げた。
 お玉の躱しはわずかに遅れ、泥玉は頬を直撃した。視界が奪われ、お玉が膝をついた。
 成郎吉の身体がお玉を目がけて、泥を四方に散らしながら飛んだ。
 宙で成郎吉は、最後の武器を投げた。
 忍の技“すずめ狩り”。
 お玉が得意とする技だ。投げた時は拳大の手毬てまりだが、落ちる時には一人の人間をすっぽりと包む投網とあみとなる!
 はずだったが、網は半分も開かない。
 手の泥がべったりとついてしまっていた。
 それでも成郎吉は、網が半身に絡まったお玉の肩を蹴り飛ばす。
 お玉はしころで突こうとするが、網が邪魔して動かない。
 二人は組み合ったまま泥田を転がる。
「お玉、死ね!」
「なろうきち、くたばれ!」
 巨大な一個の泥の固まりと化した二人が、同時に叫んだ。
 泥玉が二つに分かれ向かい合う。決定的な一撃が互いの心の臓に炸裂さくれつしようとした。
 寸前、二人の間に黒い影が、猫のように割って入った。
「えっ!」
 お玉と成郎吉の声が重なった。二人のみぞおちを猫目の頭の左右の指が突いている。
「猫目のか……」
 と成郎吉が呻き、
「お頭、何で?」
 とお玉が息を吐いて、二人は気を失い、泥田にズブリと崩れ落ちた。
 畦道に倒れた成郎吉の頭を、クロが近寄ると、ミャアと鳴いて鼻の頭をめた。
 泥田に両足で踏ん張るお頭の背後に、ふわりと白い影が近寄った。白い女が畦道のクロをやっぱりふわりと抱き上げた。
 あたりは薄闇うすやみに包まれている。
 ゴリゴリゴリと小刻こきざみな音が、床をうヤモリの足音のように聞こえてきて、次第に頭の中で大きくなった。
 スーッとまぶたを開けると、ゆらゆらと白い光が揺れているのが見えた。
 せんじた薬の独特の匂いがヤモリを追いかけて頭の中に満ちてきた。たなびく灯火と音と匂いが次第に一致して、炎の像を結んだ。
 閉じられた板戸の向こうから聞こえるのは薬研やげんの音だ。
 お頭が薬を調合しているのか。
 この部屋は見覚えがある。あの薬屋の隠居殺しがあった山谷の一軒家だ。まだ、お頭はここを隠れ家にしているのか……。
 お玉は頭を振りながら起きようして、手首に痛みが走った。後ろ手に縛られている。足も三尺手拭さんじやくてぬぐいで縛られていた。固いわけではないが、けっして外れない忍の縛り方だ。
 ミャアと猫の声がして、足下を見ると、真っ黒な猫がお玉を見ていた。吸い込まれるのような黄金の眼。
 成郎吉が背中の袋に入れていた猫だ。そして、成郎吉もそこにいた。
 黒猫は仰向あおむけに倒れている成郎吉の腹を、座布団ざぶとん代わりにしていた。成郎吉の手足は縛られておらずに、床に伸ばされたままだ。
 グウウウウ、スー〜、と気持ちのよさそうな寝息を立てている。
――なんてのんきなやつ!
 お玉はカッと頭に血が上った。
 成郎吉は洗い立ての灰色の忍衣しのびごろもで、顔も汚れていない。三年ぶりに見る寝顔だ。先ほどまでは殺し合いをしていて、互いの顔なんぞゆっくりと見る間も余裕もなかった。少し太ったようだが、ほとんど変わらない。
 よく見ると、髪に泥が残っている。誰かが泥だらけの成郎吉の着物を脱がし、泥を拭って着替えさせたのだ。
 ハッとして、自分の全身を見た。成郎吉と同じ忍衣で泥もついていない。
 お頭が?
 と思った時に、カラリと戸が開いた。
 お玉は息を呑んだ。
 真っ白な髪を馬の尾に垂らした女が顔を出した。
 髪だけ見ると五十以上だが、うりざね顔は少女のようで、つるりと肌つやもよい。女のお玉でさえぞくりとする色気を漂わせている。
 その色気は、まつげの多い黒目がちの眼から発せられているようだ。真っ黒なようで、妖しくきらりと光る。
 女はにやりと笑うと、細くよく通る声で、「頭」と呼んだ。
 薬研の音が止まり、猫目の頭が「いてえなあ」とつぶやきながら現れた。腰をさすっている。
「よう、目が覚めたか?」
 お玉が黙ったままでにらむと、代わりに成郎吉の黒猫がミャアと答えた。
志乃しの、茶でも入れてやれ」
 猫目の頭は女にそう告げると、
「ニャロ、起きろ」
 と成郎吉の足を蹴った。成郎吉はウニャウニャと猫のような声を出している。
 女はお玉をチラと見て消えた。
――志乃……?
 その名前は聞いたことがあった。戸隠村の猫目一族にそういう女がいると。山猫と人の間に生まれた子だとか、山猫に育てられたとかで、生まれた時から猫に変化ができるという伝説の女だ。
 しかしお玉たちは戸隠村で一度も見たことはなく、実在しないと言われていた。その志乃がどうして江戸にいるのか?
 頭を振りながら成郎吉が身体を起こした。黒猫が床に飛び降りて伸びをする。
「クロ」と声をかけて成郎吉は背中を撫でた。
 お玉はほどけぬと分かっていながら、背中でもがいた。
 られる!
 成郎吉は頭をガンガンと拳で叩くと、お玉を見た。次第に焦点が合っていくようだ。
 お玉の全身を見て、そのままで小さくふうと息を吐いた。
「解いてやれ」
 と告げるお頭とお玉の顔を交互に見る。
 お頭がこっくりとうなずくのを見て、成郎吉はゆっくりと立ち上がる。身繕みづくろいをはじめた黒猫のように、ひとまず背中や腕を伸ばす。
「外せ、勝負だ!」
 とお玉は暴れた。
「お玉、もういい。“返し”だ」
 猫目の頭が渋い顔で告げた。
「お頭、だって、そんなのは!」
 お玉は近づいてくる成郎吉を睨みつけ、頭突ずつきをしようとする。
 教わった忍の教義の中に、指令をなかったことにするという“返し”は確かにあった。しかし、それは抜け忍や裏切り行為に対しては適用されないはずだ。
 成郎吉は困った表情を浮かべながらも、お玉の手足の手拭いに手をかけた。ひとひねりで自由になり、お玉は跳ね上がる。
 そのまま、つい数刻前まで真剣に殺し合いをしていた相手同士で睨み合う。
 戸板がからっと開いて、盆を手にした志乃が現れた。
「えっ、誰?」
 成郎吉は、反射的に飛び退いて、現れた白髪しらがの女を見る。お玉も戸板の向こうに来ていた志乃の気配に気づかなかった。
「お前たちは初めてだな。志乃だ」
 志乃は小さく頷き、盆を床に置くと、黒猫の脇に座った。色は正反対だが、物腰はまるで姉妹のようだ。
「いたんだ、本当に……」
 ぽかんと成郎吉は口を開けている。お玉も同じ思いだったが、成郎吉から視線を外さない。まだ納得していない。
「お玉、ニャロも知らないだろうが、この三年の間にいろいろあってな。まあ、二人とも座れ」
 お玉と成郎吉は、視線を外さないままで左右に分かれると、お頭とクロの向かいに座る。志乃がふわりと立つと、二人の前に湯気を上げる湯飲みを置いた。
 お玉も成郎吉も片膝を立て、いつでも飛翔術ひしようじゆつを使える体勢をとっている。こちらも双子のように同じ動きだ。
 お頭がぼりぼりとあごいて言う。
「ニャロの抜け忍の件は、ひとまず保留だ」
「じゃあ、あたしのこれまでは!」
 とお玉は声を荒らげる。
「大体、お玉、この三年、お前はニャロを真剣に探していなかっただろ?」
「……」
「江戸の前は小田原おだわらか? 追いかけてきて江戸で二年か? いくら江戸が広くて人が多いとはいえ、お前の腕なら見つけるのに半年もかからなかったはずだ。蚤取り屋ってのはいい手だとしても、お前は本当は、ニャロを殺したくなかったんじゃねえか?」
「そんなことは……」
 お玉は首を振り目を伏せる。
 お頭の言うように、江戸にいると知れた成郎吉を探す手立てはいくらでもあったはずだ。忍者の技をかす職、鳶職とびじよく門付かどづけ芸人あたりの線を辿たどっていけば。あるいは同心の岡倉をもっとうまく利用すれば……。
「な、図星だ。志乃なんぞ、江戸に入ってまだ半年だが、お玉だけじゃない、ニャロの野郎がおもしろい稼業かぎようをやってたことまで探り出していたぜ」
 志乃は何も言わずに、クロの隣からふいと二人に流し目をした。
「えっ」
 と呻いて青ざめる成郎吉。お玉はチラとその顔を覗き見た。
 やっぱり、こいつは……。
 お頭はふところに手を入れ、「ほいよ」と、成郎吉に刃曲を投げた。刃曲は二つに分かれて、先端の二枚の刃が膝に落ちる。死闘の途中で蝶番が外れ、お玉が投げ捨てたのだが。
 お玉は生薬きぐすり屋の錠前を開ける際に、岡倉にこれを渡された。あの後、「これをどこで?」と尋ねたのだが、
「拾ったのよ。盗人ぬすつとが落としていった」
 としか岡倉は答えなかった。それがお玉も持っている忍の使う開器かいきと知っていて渡したのだ。
 成郎吉のものと一目で分かった。盗人は忍者の技を最も活かせる職業ともいえる。
「お頭、いろいろあったって何です? どうしてお頭が江戸に?」
 お玉は話題を変えたくて、頭の中に渦巻うずまいていた疑問を投げつけた。
「ここの隠居が妾に殺されたのも、お頭の仕業しわざでしょ? 大松屋って生薬屋に入り込んだり、あ、それから、国芳のところに絵師になるために……」
「え、国芳って、あの?」
 成郎吉が口をはさむ。
「ハハハ、せっかく江戸に来たんだ。俺は本当はな、忍なんかじゃなく絵師になりたかったんだ。でも所詮しよせん素人しろうと芸だったな」
 猫目の頭はエヘエヘと笑って壁を眺めた。破れかけた国芳の化け猫の絵が残っていた。
「そんなことはいいんです! どうしてお頭は……」
「お玉、そんなに怒るなよ。話してやるよ」
 急に猫目の頭はひどく深刻な顔をした。
 それからお玉と成郎吉を交互に見ると、おもむろに左目を覆っていた眼帯を外した。
「!」
 お玉と成郎吉は眼を剥いた。
 お頭の左目はぽっかりと空洞になっていた。
 燭台しよくだいの炎に穴が影となって揺れる。三年前には、光によって瞳孔どうこうの大きさだけでなく、色まで変わる不思議な目があった。それこそが猫目の頭と呼ばれる由縁だったのに。
 それが何を意味するのか?
 お玉は成郎吉を見た。成郎吉もお玉に視線を投げてきた。
「人の心を読める俺の猫の目は潰されたんだ。この身体もあちこち傷だらけだ」
 間を切ってから頭は続けた。
「戸隠村の猫目一族はあらかた殺された。生き残った者たちは、ちりぢりになって日本中に逃げた」
 チラとクロの背を撫でている猫目一族の生き残りに視線を投げた。志乃は目を伏せたまま無表情だ。
 お玉の頭は一瞬真っ白になった。成郎吉の顔も青ざめたままだ。
「なんで、そんなことに……?」
「知っておるだろう。今の松代藩まつしろはんのお殿様は、そもそも松平定信公まつだいらさだのぶのお子で、真田家さなだけの養子になられた。それ以来、藩内はずっとごたごたしている。戸隠の忍一族も、二つに分かれて争うようになった」
 お玉も成郎吉も、猫目一族の忍として訓練を受けていた頃から、そうした勢力争いがあることは知っていた。
 戸隠忍家の歴史は古いが、江戸の泰平期たいへいきになって、次第にいくつもの分派となった。家ごとにそれぞれの術やおきてを生み出し、大名や旗本、時には豪商や豪農に、忍の術を売り、傭兵ようへいや草として雇われることで、生き残りをはかるようになった。
 徳川とくがわ家のお抱えであった伊賀や甲賀こうが、将軍吉宗よしむねが作ったお庭番などを別にして、戦国時代に重宝ちようほうされた日本各地の忍一族は多かれ少なかれそうした生き残りをはかってきた。
 戸隠忍家の中でも特に猫目一族は、卓越たくえつした忍の術と、妖しさから気味悪がられていた。目のかたきにされてきたといっていい。
「あいつらはじわりじわりとくわだてを進めていやがった。ニャロ、お前が抜け忍になったのも、相棒のお玉が追っ手となって戸隠を離れたのも、あいつらの仕組んだ手だったということだ」
 お玉と成郎吉は、双忍といわれる二人ひと組の忍者だった。戸隠でも一、二と言われた組忍者だった。その二人が猫目一族から抜けた時ならば、より襲いやすくなっただろう。
 それにしても、まだまだ分からないことだらけだ。
「さて、それでだ。お前らにまた双忍として働いてもらわなくてはならなくなった。猫目一族の存亡がかかっている。ま、半分は俺のしくじりだがな。勘弁かんべんしてくれ。こんな眼になっちまって、おまけに腰がな。俺もすっかりじじいだよ」
 お頭はぽっかり開いた眼窩がんかと、腰をとんとんと叩いて笑った。
 笑い事ではなさそうだ。

(第18回につづく)



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プロフィール

柏田 道夫
(かしわだ みちお)

1953年東京都生まれ。青山学院大学文学部日本文学科卒。脚本家、小説家、劇作家。95年、第2回歴史群像大賞、第34回オール讀物推理小説新人賞を受賞。2010年、脚本を手掛けた映画『武士の家計簿』が大ヒットを記録する。近著に『しぐれ茶漬 武士の料理帖』 (光文社時代小説文庫)、『矢立屋新平太版木帳』 (徳間文庫)。