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みずいろ 三羽省吾

© ノグチユミコ



 スヌーズ機能のアラームを四度止め、なおも布団の中でぐずぐずしていると、五度目のアラームが鳴る。ほぼ同時に、隣の部屋の住人がアラーム以上の大音量で壁を蹴り始める。いくら壁に手を伸ばしても、その腹に響く音を止めることは出来ない。
 結局これが一番の目覚ましになるので、その目覚まし時計は、隣人を起こすために午前五時三十分から五分置きに鳴り続けていることになる。
「っせぇな……」
 笠原賢介は、のそのそと布団から這い出て窓を開けると、隣人に詫びたり礼を言ったりするどころか、「俺にあたるな! また売り上げ最下位か、ぽっちゃりホスト!」と怒鳴る。
 静かになったのを確認すると、キッチン兼、洗面台兼、たまに浴槽にも洗濯場にもなるシンクで頭に冷水を浴びせ、安酒で濁った思考と慢性の筋肉痛で重い肉体を強引に目覚めさせ、ゲーゲーえずきながら歯を磨く。牛乳パックに直接口を付けて喉に流し込み、パンの耳にマヨネーズを塗りたくったやつを二切れ口に放り込む。
 以上、朝のルーティンを終えて、賢介は四畳半一間、風呂なし、トイレ共用、家賃三万二千円のボロアパートを出た。
 三月上旬、午前六時五分。東の空はハッキリと朝を迎えているが、西の方はまだ薄暗い。薄曇りの空の真ん中辺りは奇妙な水色をしている。その水色に向かって「はぁ」と一つ溜息を漏らす。その息は、まだ微かに白い。
「よお金髪、喰うかい?」
 六時十二分、街道筋で親方のハイエースに乗り込むと、上下とも前歯のない親父が、震える手でコンビニの握り飯を一つ差し出した。この親父が恵んでくれる握り飯は、たいてい消費期限を二日以上過ぎている。ツナマヨやタラコはアウト、昆布や梅ならセーフ、その他は匂い判定に委ねる。賢介は具材が梅であることを確認して「あざっす」と受け取った。
 ハイエースはその後も数人をピックアップしながら、現場に向かう。最後列のシートは道具を積むために畳まれているが、そこにも最後の一人が無理矢理乗り込んだ。
 幹線道路から住宅街に入ってすぐ、数人が「ちっ」と舌打ちした。賢介も窓の外を見て、その意味が分かった。
 新しい現場が始まる時は、氏神様にお参りすることになっている。この日も、初日なので現場入りが三十分早いのだと思っていたのだが、路上や標識に『スクールゾーン』の文字があった。ということは、この界隈は毎朝七時半から一時間ほど車両通行止めだ。これから暫くは六時起きが続くことになる。賢介は「よろしく頼む、ぽっちゃりホスト」と呟いて、固くなった握り飯を頬張った。

 七時二十五分、現場に到着。重機搬送のトラックを運転してきた二人、電車で来た数人も合流。全員揃ったところで、氏神様に安全の祈願に向かう。
 総勢十二人の建物解体業者、有限会社岡蔵解体。それが賢介が勤める会社だ。日雇い契約なので、正確には勤めている会社とは言えない。
 お参りを終えて現場に戻り、安全帽、安全帯、安全靴を装着。点呼が行なわれる八時まで十分ほどあったので、賢介は現場を見て回った。
 広い庭のある一軒家と、隣接する二階建ての木造アパート三棟、合わせて三百坪ほどの敷地だった。家主はアパート経営で家賃収入を得ていたが、老朽化に伴って一軒家ごとマンション用地として売り飛ばしたという。個人所有の土地としては、二十三区内ではかなりまとまった広さだ。
 周辺には新しい戸建て住宅や中規模マンションもあるが、古い長屋風の住宅や町工場も残っている。工場からは既に機械が稼働する音が聞こえる。その音に混ざって、通学する子供達の声も聞こえた。
「ハズレかもな、こりゃ」
 過去に経験した現場と照らし合わせて、賢介はそう断定した。スクールゾーンの件もそうだが、周辺に住宅や工場が立て込んでいるのがネックだ。極力、音と埃を出さないよう作業しなければならない。重機の使用は必要最低限で、殆ど人力による解体作業になるだろう。アパートの基礎部分のコンクリートは、手持ちの道具で“ハツリ”を行なわなければならない。
 コンクリートや岩を砕くハツリ、地面を平らに均すランマといった振動系の道具を使う作業は、長年やっていると関節が浮くと言われる。さっき握り飯をくれた親父などは三十年以上この世界の末端労働者なので、常に手の震えと関節痛に悩まされている。「すぐ酔っ払うし、真冬に外で寝てもなぁんも感じね。安上がりでいいんら」などと笑っているので、脳も震え続けているに違いない。
「すみませ〜ん、集合願いま〜す」
 折り目もバッチリの汚れひとつない作業服を着た男が呼び掛けると、岡蔵解体十二人と、地元の解体業者数人がぞろぞろと庭の片隅、殆どの樹木が伐採され巨大な桜の木が一本だけ残された場所に集まった。
 男は、建物を解体した跡地に建つマンション建築を請け負う総合建設業者、ゼネコンの社員だ。
 点呼と作業内容の確認、更に初日なので現場への新規入場手続きや、トイレと喫煙所に関する注意事項もある。そしてやはり、近隣住民に細心の注意を払うようにとの申し渡し。更にその後で、ラジオ体操やら「ご安全に」の唱和やら、諸々やっていると作業開始は八時二十分になった。
 だが、それで終わりではなかった。木造アパート三棟を受け持つ半数以上は作業に取り掛かったが、一軒家を受け持つ賢介達は先程のデベロッパー社員、胸元に『鳴瀬』と書かれたネームプレートを付けた男に呼び止められた。
「岡本さんには先日もお伝えしましたけど」
 言い掛けた鳴瀬の言葉を、親方、岡本清蔵が「こいつらにも伝えてる」と止めた。しかし鳴瀬は「いやいや、そうでしょうけど、念のために」と続けた。
 曰く、その一軒家は何度も増改築を繰り返しているので、移築するほど貴重ということはない。ただ、ベースとなる建物は築百年以上のもので、主要な柱と梁は買い手がいるので疵を付けないよう取り扱って欲しい。床柱、欄間、庭の沓脱石や手水鉢なども、地権者から丁寧に扱うよう言われている。更に、天井裏や床下から何か出て来たら勝手に判断せず、逐一自分に報告をしろ。とのことだった。
 そういえば、数日前に仕事帰りのハイエースの中で、親方がそんな話をしていたような気がする。賢介にとってはその程度の認識で、殆ど初耳みたいなものだった。鳴瀬の「念のため」がなければ、何もかも容赦なく叩き壊すところだった。関節痛の親父も他の労働者達も惚けたような顔で聞いていたので、ご同様らしい。
 ゼネ、偉い。そう思うと同時に、面倒臭ぇとも思った。ハズレの仕事、確定だ。
 建物解体の第一工程は、現場周辺にガラや埃が飛散しないようぐるりに足場を組んでシートを張る、いわゆる養生から始まる。今回の現場は高さこそないが、広さはそこそこある。敷地が正形でないうえに、ところどころ隣地との間に殆ど隙間がない場所もある。労働者の半数は既に音や埃が少ない建具と畳の搬出に取り掛かっており、養生要員は賢介を含めて七人。完全に現場を覆ってしまうまで、一日半は掛かりそうだった。
 賢介は一軒家のぐるりを受け持ち、門扉の内側の一辺に足場を組んだだけで昼になった。
「川沿いは洒落たカフェばっかだな」「普通の喫茶はねぇのか」「あるけど、ランチ九百円て書いてたな」「かー、ボルねぇ」「すた丼とか牛丼は?」「国道まで歩かなきゃ、ねぇらしい」「ここいらの工場の奴らはどこで喰ってんだ」「手弁当とか、仕出しじゃねぇのか」「しゃあねぇ、コンビニだな」
 労働者の半数ほどが、一斉にそんな会話を始める。新しい現場が始まった時、労働者の一大関心事は昼飯を喰える場所があるか否かと、終業直後に呑める店があるか否かだ。埃まみれ泥まみれの労働者は、ファミレスやファストフード店でも入店を断わられる場合がある。
 一膳飯屋でもあれば、店にとっては工事期間中のミニバブル発生なわけで大歓迎されることもあるが、そういう店自体が急速に減っている。たまにあっても、今日日は給料を削られたスーツ姿のサラリーマンが多く、歓迎される筈の肉体労働者が敬遠される場合も少なくない。
 多くの労働者達がコンビニに向かうのを横目に見て、どの現場でも仕出し弁当を頼んでいる賢介は、畳を外された一軒家に土足で上がった。
 手弁当組は五人。既に車座になって花札に興じながら飯を喰っていた。賢介は部屋の隅に置かれたプラスチックケースから仕出し弁当をとり、床の間に腰を下ろした。
 弁当は二段になっていて、上の容器に麦飯が詰められ、下がおかずになっている。麦飯はぼそぼそしているし、揚物は中身より衣の方がはるかに分厚いし、麩しか入っていない味噌汁は、さっきまで噛んでいたガムの味に負けるくらい薄い。一食、三百五十円也。ほぼ同額で握り飯二個とカップ麺くらい買えるが、それより少しばかりボリュームがあるのが唯一の魅力だ。
「ほらよ、金髪。タンパク源」
 近くにいた手弁当組の一人が、トンカツの脂身の部分を御重の蓋に置いてくれた。他にも二人が、少し身の付いた鮭の骨と乾からびた焼売をくれた。他の仕出し弁当組も、卵焼きの切れ端とか海老フライの尻尾などをもらっている。
 仕出し弁当組は「もっとマシなもんくれよ」とも「俺らは犬か?」とも言わず、「ども」「すんません」「いただきや〜す」と、置かれる度に頭を下げる。
 賢介はすべて有り難く腹に詰め込み「これは和洋中、どれですかね?」と訊ねる胃袋に、薄い味噌汁を流し込んで「ディス・イズ・土方飯」と答えた。
 午後いっぱい養生を行なったが、敷地の半分も覆うことが出来なかった。ベテラン勢から「なにぐずぐずやってんだよ」「二週間しかねぇんだぞ」と苦情が出て、三十分の残業でアパートの一棟だけは明日の朝イチから解体出来るようにした。
 三十五分押しで終礼が行なわれ、鳴瀬から「休憩中〜、喋るのは構いませんが〜、卑猥な言葉は慎んで下さ〜い」と注意があった。早くも苦情が出たらしい。労働者達の雑談はギャンブルか女のことで、ぶち殺すとかち◯ことかま◯こといった言葉の使用頻度が高いので、これほど建て込んだ現場なら無理もない。
「駅前に、いい感じの立ち飲み屋があったぞ」「若い子がバイトしてる居酒屋でも開拓しようや」「この界隈は昔、アルサロってのが流行ったんだがなぁ」
 財布にゆとりのある労働者達はそんな話を繰り広げ、何人かが賢介にも声を掛けた。賢介はその誘いをやんわりと断わり、朝より少し余裕が出来たハイエースに乗り込んだ。

「お疲れっした〜」
 今朝、拾われた街道沿いで落としてもらったのは、七時十六分だった。実質就労時間は残業込みで八時間半だが、拘束時間は十一時間十二分。これでもマシな方で、最も酷かった場合だと現場が千葉の夢の国の先で、拘束時間十五時間超という仕事もあった。その時は、浦安辺りでネットカフェに泊まる労働者もいた。賢介も一晩だけそうしてみたが、結局一晩でやめた。拘束時間を含めて時給に換算すると、ファストフード店よりはるかに低い五百三十三円になるが、それでも一泊千五百円は日当八千円の身には痛かった。
 ハイエースを降りた賢介は、まっすぐアパートには向かわず、私鉄の二駅分ほど歩いて牛丼屋に入った。もっと近い場所にも別系列の牛丼屋はあるが、こちらの方が並盛が二十円安い。賢介は「ツユだくだくのネギだくだくで」と注文し、合成着色料バリバリの紅ショウガ&七味を山盛りにし、見た目は牛丼と言うよりキムチ鍋に近くなった物を一気にかき込む。牛丼の味は殆どしなかったが、見た目よりも味よりも優先されるのは満腹感だ。
 爪楊枝を数本ちょうだいし、テイクアウトカウンターで持ち帰り用の紅ショウガを一掴みポケットに詰め込み「ごっそさ〜ん」と店を出る。アパートに戻る途中、商店街の手作りパン屋で『30%オフ』のシールが貼られた500ccの牛乳を手に取る。閉店間際で安くなった惣菜パンを一通り見て、結局は牛乳だけレジ横に置く。
「あのぉ……」
 そう呟くと、パートのおばちゃんが「はいはい」と、賢介の顔も見ずに「店長〜!」と奥に叫ぶ。すると店長が「毎度」と、長細いビニール袋にパンパンに詰まったパンの耳を差し出す。
 賢介は「ども」とそれを受け取る。店長が「鳩が好きなんだねぇ。近頃は近所から苦情もくるでしょ」と、本気か嫌味か分からないことを言う。賢介はそれを「ははは」と受け流す。
 アパートに着くと、八時半を過ぎていた。銭湯は十一時まで営業している。コインシャワーは二十四時間だ。数秒考えて「一昨日シャワー行ったし」と結論を出し、流しで顔と首筋と足の裏を洗うだけで済ませた。
 胸ポケットから取り出した茶封筒の中には、日当からきっちり弁当代を引かれた七千六百五十円が入っている。その中から千円札一枚と小銭を財布に入れ、残り六千円を錆びたクッキーの空缶に無造作に放り込む。
 小学生でも分かるように、その空缶には週に六日仕事だから三万六千円が貯まる。四週間で十四万四千円になる。ところが、月末にはたいていゼロ円になっている。
 国民年金の督促状はシカトしているが、家賃と光熱費は滞納せず支払っている。国民健康保険料と住民税も、岡蔵解体で働くようになってからは、親方にキツく言われて払うようになった。そこから更に食費と煙草代と銭湯代を差し引いても、四万から五万円は余る計算になる。
 だが、月末には空になる。不思議な現象でも何でもなく、ただ単に使うからだ。
 月に一度か二度は、旧友と土曜の夜から日曜の明け方まで呑み騒ぐ。誰かが頭と尻の軽い女でも連れて来れば、それが日曜の終電くらいまで延長される。一人で過ごす場合はたいていパチンコに行き、十回に一回くらい大勝ちするが、二回が良くてトントン、七回はごっそりもって行かれる。大勝ちした時は、キャバクラや風俗店で散財する。パチンコ代のない週末は、ネットカフェにこもってマンガやゲームやエロ動画の検索に耽るか、その金すらない時は四畳半でパンの耳を齧りながら月曜の朝を待つ。
 そして三月に入って三日目の労働を終えたいま、空缶の中にはきっちり三日分、一万八千円しかない。
「俺は阿呆か」
 空缶の錆びた底が見える度に、賢介は軽く自分を戒める。そして毎回、まじないのように「いやいや、大丈夫」と自分に言い聞かせる。
 数年前までは、誰に幾ら借りていたのか分からなくなるくらい方々で金を借りまくっていた。常に追い詰められたような感覚で、やたらと怒りっぽく暴力的だったその頃に比べれば、収支とんとんで暮らしている現在は、精神的なゆとりがある。
 旧友の中には少数ながらサラリーマンもいて、そいつらに比べると賢介の暮らしはいまでも酷いものだ。だが殆どの旧友は自分と同じようなレベルだし、絶賛自分探し中の奴とかニート記録更新中の奴らと比べれば、かなりマシだとも思う。
 自分の生活レベルは、仲間内では中の上くらいだと思っているが、そもそも全員揃って高卒か高校中退なので、平均値が世間一般より低い。世間一般では下の上、いいとこ中の下くらいだろうか……。
 そんなふうに考えて、人並みに落ち込んだり将来が不安になったりすることがないわけではないが、いつも面倒になって考えるのを止めてしまう。間違いなく現実逃避なのだが、前向きな性格だということにしている。
 冷蔵庫に、第三のビールが二本入っていた。パチンコで少し勝った時に買っておいたものだ。賢介は「たいしたもんだよ」と呟きながら、その一本を手に万年床の上にあぐらをかいた。
 LINEで旧友とやり取りしながら、紅ショウガとパンの耳をつまみに第三のビールを二本空けた頃には、猛烈な眠気が襲ってくる。『安くつく身体だなぁ……』などと考えながら寝転がると、いつの間にか眠っていた、というか、気を失っていた。
 人に言わせれば、侘しく、暗く、薄汚い生活だということは分かっている。金の使い道を完全に間違っているということも、もう少し計画性を持てばいまより良い生活が可能であることも、重々承知だ。
 だが賢介は、「中の下、上等だ」とまじないのように呟き続け、こんな日々を抜け出せないでいた。

(第2回につづく)




プロフィール

三羽省吾
(みつば しょうご)

1968年岡山県生まれ。2002年『太陽がイッパイいっぱい』で小説新潮長編新人賞を受賞。06年『厭世フレーバー』、12年『Junk』でそれぞれ吉川英治文学新人賞候補。14年『公園で逢いましょう。』で京都水無月大賞受賞。