双葉社文芸WEBマガジンカラフル

双葉社ホーム

ぬるま湯女子会、38度(ときどきちょっと熱い) 南綾子

イラスト/多田景子

第 1 回


 土曜日の夕方の駅前は、家族連れやカップルでにぎわっていた。四月の終わり、少し冷たい風がすっぴんの頬にここちよかった。もうしばらくすれば梅雨がきて、気づくと蝉が鳴きはじめ、暑さに慣れてきたと思ったら日が短くなり、そうしていつしか街はクリスマスムード一色となって、今年が終わる。メーコこと山浦羊子は暗くなりはじめた空を見上げて、ハアと息を吐いた。八カ月後、わたしは何をしているのかな。どんな気持ちでクリスマスを迎えて、どんな気持ちで年を越すのだろう。あー、今年もまた結局一人ぼっちだな、って感じ?  
 去年のクリスマスは何をしていたんだっけ。ああ、そうだ。家で一人きりでうどんを打っていたんだ。三十六年の人生の中でも、最高に意味不明なクリスマスだったと思う。
「メーコさーん。お待たせしましたー」
 約束の時間から三分しか過ぎていないのに、サモさんはペコペコと申し訳なさそうに駆け寄ってきた。
「見てくださいー。今日は家の近くのスーパーでフルーツサンドを買ってきました。ほら」
「また日持ちのしなさそうなもの、もってきたね」
「ケーキじゃないし、これぐらいなら食べられるかなと思って。ただのサンドイッチだし」
 サモさんはもごもごと言い訳するように言った。「どうせちくわの磯辺揚げだけでお腹いっぱいになっちゃうから、甘いものは必要ないよね」と以前みんなで話し合ったのに、毎回必ず何か買ってくる。余り物がでることより、手みやげなしで人の家に邪魔することのほうが心苦しい、サモさんはそういう人だ。
「カワイさんはいつ着くんですかね?」
「あの子はいつも通り遅れるって。先に家に戻って準備してよう」
 メーコはサモさんをつれて、自宅マンションへの道を引き返す。この「ちくわの磯辺揚げ同好会」は今回で四回目だった。メンバーはメーコとサモさんとカワイ、全員三十代で婚活中。結成のきっかけは、今年の春、三人で参加した合コンの後に寄ったさぬきうどん屋で、三人ともうどんのトッピングにちくわの磯辺揚げを選んだことだった。生のままだとただの安っぽい練り物としてたいした価値も見いだせないのに、青のりと天ぷら粉をまとわせて油で揚げるだけでなぜあんなにも輝きを増すのか。磯辺揚げの不思議な魅力について、惨憺たる結果に終わった合コンのことなどすっかり忘れて三人は盛り上がった。
 ちなみにその合コンは、「コンパでGO」という出会い系アプリを利用してカワイがセッティングしたものだった。「三十代後半以降の大手広告代理店勤務だって」と事前にカワイから聞かされ、かなり期待していたのだが、蓋をあけてみたら相手方は四十代後半の幹事が最年少で、あとの二人は五十代、勤務先は大手広告代理店のシステム管理をしている中小企業だった。「嘘はついてないよ」と言ったときの幹事のドヤ顔が、アスファルトに吐きつけられたガムのように脳裏にこびりついてはがれない。おそらく、全員既婚者。要するに、男たちはキャバクラ代をケチりたかっただけなのだ。つれていかれたのは渋谷の安居酒屋。周りの客は大学生ぐらいの若者ばかり。飲み放題付き三千五百円のコース料理では腹は全くふくれなかった。会計時、「じゃあ女子は一人二千円ね〜」と言われたときはほのかな殺意がわいたが、カワイが地蔵のごとき無表情で財布から五百円玉をだし、碁を打つようにパチンとテーブルにおいたのでそれに倣った。サモさんはとまどいつつ、千円だけ払っていた。
 部屋に着くと、サモさんはさっそくはりきって支度をはじめた。台所に立つと、人が変わったようにテキパキしはじめる。料理が好きなわけではなく、“女の仕事”を率先してやることが癖になっているのだ。たぶん、両親からそういう教育を受けてきたのだろう。合コンのときも毎度せっせと男たちに料理を取り分け、ビールを注ぎ、誰かがテーブルを汚せばおしぼりで拭き、誰かが箸を落とせば拾い、誰かが「寒い」だの「暑い」だの言えば店員を呼んでやる。いつだったか店を出るときに、まるでホステスのようにかいがいしく男たちに上着を着せてやっていたことがあった。
 気が利くのはいいことだと思う。
 しかし、サモさんのマズいところは、その気遣いが周りのニーズと必ずしも一致しないことなのだ。
 メーコがボーッとそんなことを考えている間に、サモさんは下ごしらえを終えていた。今回はスーパーで売っている普通のちくわの他に、十本千五百円の高級品をネットで取り寄せた。カワイが三十分の遅刻で現れてすぐ、高級品のほうだけをまずは十本、風味を生かすために青のりも入れないプレーンバージョンで一気に揚げた。
「あ、いつものやつと全然違う! 味もだけど弾力が!」
 カワイは手づかみで口に入れた途端、目を剥いて声をあげた。メーコも醤油をつけずにそのまま食べてみる。
「本当だ」
「鯛のすり身が入ってるそうですよ。さすがに香ばしいですね」
「……でもさあ」とカワイ。
「でも?」
「このちくわ、揚げずにそのまま食べた方がおいしいよね、絶対」
 メーコはすかさず同意した。「わかる。これはちくわとして優秀すぎる。生のままでわさび醤油とかで食べるやつだよ。余計な手は加えたらダメだ」
「あ、まだ揚げてないやつあるので、持ってきましょうか。お醤油とわさびもいります?」
 立ち上がりかけたサモさんを、カワイが制止した。「いや、違う。そういうことじゃない」
「そうそう。ま、これはこれで、まずくはないしね」
「そうそう、まずくはない」
 なんだかんだと文句を言ったりしながら、その後はいつもどおり、あっという間に三人で六十本近くのちくわを胃に収めた。締めはメーコがかつおとこんぶでだしをとって作ったうどん。もちろん、トッピングは磯辺揚げ。
 食後は、カワイがドイツ旅行のみやげに持ってきた紅茶を淹れた。大量の油分ではやくももたれはじめた胃を癒すような味わいに、ほっと息をつく。カワイは合コンでもなんでもたいてい遅刻する上、気まぐれな性格で人に合わせるタイプではないが、空気を読むのがうまく、要領がいい。サモさんとは対象的なタイプだ。
「サモさんのその気遣い病ねー。いや、ほんと気が利くのはいいことだと思うんだけどさ」   
 カワイは紅茶を二、三口飲むと、冷蔵庫から缶チューハイを出してもってきた。三人のうち、カワイだけが酒を飲む。しかし少量で、酔っぱらうことはほとんどない。
「ほら、前にさ、ゴリライモに合コンやってもらったじゃん。覚えてる? S社のゴリライモ」
 思わず、メーコはサモさんの顔を盗み見た。普段通りの、サモ・ハン・キンポーそっくりのとぼけ顔だった(ちなみにサモさんというあだ名の由来はサモ・ハン・キンポーに似ているからで、合コンのときは「サミー」と呼び、男に由来をきかれたら「サマンサ・タバサが好きだから」と答えるのが三人の間での鉄の掟となっている)。
 サモさんは惚れっぽい。いや、惚れっぽいというのとは少し違うかもしれない。男性に優しい言葉をかけられただけで脈ありだと勘違いし、ひとり舞い上がってしまう。恋愛経験が少ないタイプ特有の症状かもしれない。その合コンでもそうだった。誰かがテーブルに飲み物をこぼし、サモさんがおしぼりでサッとふき取った。それを見たゴリライモ(その身も蓋もないあだ名の由来についてはっきり聞かされていないが、おそらく太っているからだと思われる)に「女子力高い! モテるでしょ」とお世辞を言われ、サモさんは傍目にもバレバレなほど有頂天になった。そういうときのサモさんは誰にも止められない。ゴリライモだけを見つめ、ゴリライモの話だけに耳を傾け、ゴリライモだけの世話を焼きたがる。合コン後は相手の都合お構いなしでラインや電話などで猛アタックをしかけ、最初はあった社交辞令丸出しの返事(例「機会があればまた飲みにいきましょう(ビールの絵文字)」「そうですね〜最近忙しくて(困り顔の絵文字)」)が少しずつ減り、やがて全くの無反応となってはじめて、ハナから羽虫一匹入り込む隙もないほどの脈無しだったと気づく。
「そのゴリライモが言っててびっくりしたんだけどさ、サモさんのこと、あざとい女だって思ったんだって」
「あざとい? サモさんから一番遠い言葉じゃん」
「いや、なんかね、もうわたしもはっきり覚えてないんだけど、あの合コンのとき、わたしが料理を取り分けようとしたら、サモさんが『やりますよ』って言って無理やりお皿持っていっちゃったんだって。しかも一度じゃなく、何度も。それがゴリライモには、サモさんが友達を踏み台にしてまで自分をアピールしているように見えたらしいの」
「えー!」とサモさんは目を丸くする。「そんなー。わたしはただ、よかれと思ってやっただけなのに」
「でも、ゴリライモはそう感じたって言うの。『女子力をアピールし過ぎ、必死過ぎでひいた』とか、『そこまでして彼氏がほしいの?』なんてことも言ってたな」
「まあ、わからないでもない」メーコは腕を組み、口をとがらせる。何かを真剣に考えるときの癖だった。「……サモさんってさ、誰かが食べこぼしたり、むせたりすると、すぐにティッシュとか出してくれるじゃん? 男女関係なく。あれさ、男の前で自分にやられると、ちょっと恥ずかしくない? なんか、自分のだらしなさを強調されてるみたいで。あれも、あざとく見えるって言えばそうかもしれない」
 サモさんは申し訳なさそうに肩をすぼめていた。困惑した顔は、ますますサモ・ハン・キンポーにそっくりだった。胸がほんの少し痛んだが、しかし、メーコはこの際だから言うべきことは言うことにした。
「普段はいいんだよ。ただ、男の前だとちょっと恥ずかしいっていうだけで。あとさ、サモさんって合コン相手が話下手な男ばかりだと、すごく頑張って話題を振ってあげるでしょ。『趣味はなんですか?』とか『最近、何か映画見ました?』とか。ああいうの、ありがたがられはするだろうけど、モテないよ」
「モテないよね」カワイが同意した。
「だって、その場が盛り下がってるのに、何もしゃべらないでいるのって、なんだか申し訳ない気持ちになりませんか? 後でつまんなかったって悪口言われるのもイヤだし」
「ならないね」メーコは即答した。「一切ならない」
「あのね、サモさん」カワイは自分で買ってきた大きなサラミをやおらかじりだす。「合コンで料理を取り分けたり、男に気を遣ったり世話を焼いたりしたら好印象なんて、そんなもんは嘘なんだよ。ていうか、ただの都市伝説」カワイの口調はだんだんと熱をおびていく。「一昔前はそうだったかもしれない。でも、最近の男はいろんな情報で頭でっかちだからさ、なんでもひねくれた受け止め方してくるわけ。『こいつ、料理をかいがいしく取り分けたりして、家庭的な面をアピールしてんのか? 演技なんじゃねーの?』とか。大げさでなく、マジでそういう思考のやつがいるのよ。男って超面倒くさいの」
「じゃあ、どうすればいいんでしょう。ていうか、もし小腹が空いたんだったら、フルーツサンド、もってきましょうか?」
「わたし、甘い物はいらない」再びメーコは即答した。
「そこ、サモさんのそういうところだよ!」
 カワイの大声(カワイは元舞台女優なのでやたらと声がデカい)に、立ち上がりかけていたサモさんはビクッとして静止した。
「『フルーツサンド食べます?』なんて、いちいち聞かなくていいの。食べたかったら一人で食べればいいのよ。それで男に『よく食べるねー』なんて言われたら、『エヘヘ、よかったら半分こしませんか?』とかなんとか言ってやればいいの」
「それ、いいね。なんかモテそう」メーコは言った。しかし、サモさんはいまいちピンとこない顔をしている。
「だからさ、なんでもかんでも気を回されると、こっちもちょっと息がつまってくるのよ。いや、わたしたちはサモさんのことをよくしってるから、別にウザいなんて思わないけど。男っていうのはすごく勝手だからさ、望んでいないことまでされちゃうと、なんだか面倒くさい気持ちになっちゃうわけ」
 やはり、サモさんは納得のいかない様子で首をかしげている。
「うーん、なーんて言えばわかるかなあ」
 そのとき、メーコの脳裏にあるイメージが浮かんだ。
「わかった。いい例えを思いついた。あのね、一泊何万もする高級リゾートホテルにいくと、従業員の人たちのサービスというか、距離感が絶妙じゃない? くつろいでいるときは存在すら忘れかけるけど、何かに困ってキョロキョロしてると、どこからともなく現れて『どうしました?』って声かけてくれたり。そういうのってすごく居心地いいじゃん? 向こうは計算ずくでやってるんだけど」
「うん」
「はい」
「でもさ、サモさんのサービスは、どっちかっていうと民宿のおかみさん系なのよ。宿に一歩入った瞬間から、親戚のおばちゃんみたいに世話をやいてくるの。『寒くない?』『熱くない?』『お腹空いてない?』って。それはそれでホッとするし、いいのよ。だけど、だけどさ……」
「色気がない」カワイが引き継いだ。
「そう、それな」
「リゾートホテル女はセクシーアンドミステリアスだよね。全てをさらけださない。ときどきどこかへフッといなくなってしまう。それなのに、こちらの心のうちは全て見透かしていて、絶妙のタイミングで頬笑みかけてくれる」
「絶妙……タイミング……」サモさんが口の中でモゴモゴつぶやく。
「そんな高等テクをいきなり身につけようとするのは無謀だけどさ」メーコは続けて言った。「いっそ合コンのとき、何にもしないっていうのは? ただ男の話を聞いて笑ってるだけ。そもそも、食卓まわりの仕事なんか、男にさせりゃいいんだよ」
「それ、メーコさんそのものじゃん」カワイはチャンチャラおかしいというように鼻で笑った。「なんでも男にやらせて、自分はニコニコしてるだけ。話題もふらない」
「確かに、メーコさんだ」
「だけどさー……この人、モテるよね」
 その言葉の先に「わたしたちより年上のくせに」という心の声が聞こえた気がした。しかし、メーコは黙っていた。
「あのゴリライモさんのときの飲み会だって、ほかの二人からデートに誘われてましたよね?」
「え? そうなの? わたし聞いてない!」カワイがサラミの包み紙を丸めて、メーコの顔に投げつけた。「……まあ、その件についてはおいおい聞くとして。で、話をまとめると、付き合っていない男の世話なんて焼かなくてもいいってことだよ、サモさん。セックスするまでは男に頑張らせるべき、どんなことも。後々大切にされるためには『苦労して手に入れた女』だと思わせなきゃいけないって、よく言うじゃん」
「でも……どうやってそう思わせればいいのかわからないです。このまま、誰にも興味をもってもらえないまま、人生が終わるような気もして」
「またそういうこと言う?」
 カワイは呆れてそう答えたが、しかし、サモさんがそう思うのも無理はないとメーコは考える。別にサモさんが女性として魅力的ではないというわけじゃなく(確かに顔はサモ・ハン・キンポーそっくりだが、おさない顔立ちでチャーミングといえばチャーミング。三十すぎてから一気に太りだしたらしく、最近は大きいサイズ専門の店でしか服が買えないのにダイエットする気配はみじんもないが、巨乳で色白でもち肌)、サモさんはこれまでの三十一年の人生で、ただの一度も、一秒たりとも男性とお付き合いしたことがないのだ。中三のときに二週間だけ手紙を交換しあった相手を「元彼」と言い張り続けているが、当時の話をくわしく聞いた限り、相手はおそらくサモさんのことを覚えていない。もちろん処女。
 経験がないから、自分を客観視できない。願望ばかりが膨らみ、自分に不釣り合いな相手を追い求めてしまう。男性と接した時間が極端に短いせいで、好意と社交辞令の違いが見分けられず、思い込みと失望を繰り返すばかり。恋愛においての成功体験が皆無なのだ。
「どうしてサモさんに彼氏ができないのか」カワイはまるで、何かの議長のように大きく咳払いをした。「そろそろ本当に、真剣に話し合うべきだと思うんだ。ていうか、どうなの? ここ数年の婚活で、少しは成長したっていう手ごたえはあるの? たとえばさ、もし今の知識を持ったまま大学時代からやり直せるとしたら、彼氏作れると思う?」
 サモさんは困惑したような顔になって黙った。だからメーコは言った。「いや、無理でしょ」
「なんで?」とカワイ。
「だって今のサモさん、大学……いや中学のときから何も変わってないもん。中学時代のサモさんのことはしらないけど、わかる。だったら昔に戻っても同じこと繰り返すだけじゃない?」
「そうかも……しれないです」
「ま、わたしもカワイちゃんも同じだけどね。二十歳からやりなおすことができたとしても、やっぱり三十までに結婚できない自信あるもん、わたし」
「相変わらず、達観してるなあ、メーコさんは」カワイは半分からかうような口調で言った。
「そもそも、誰かのことを好きになるって感覚が、今でもよくわかんないんですよ。いいな、ぐらいはしょっちゅう思うんです。でも、すぐどうでもよくなっちゃうというか。心の底から誰かを好きになったこと、たぶんないです。わたし、欠陥人間なんですよ」
 三人とも黙り込んだ。そうなのだ。三人はこの問題について、実はもう何度も議論を重ねている。しかし、いつまでたっても答えが出ない。毎度、「わたしは欠陥人間なんです」というサモさんの投げやりかつ思考停止的な発言で終わってしまう。
「……そういえば、カワイさんは例の人どうなったんですか?」
 サモさんが話の矛先をかえた。メーコはカワイを見た。すでにニヤついている。
「何、例の人って。わたし、聞いてないよ」
「いや、聞いてる。二カ月くらい前に、バーでE社のエンジニアと知り合ったって話したじゃん。今、彼と、もうほとんどつきあっているような、そんな状態なの」
「ほとんどつきあっているような、そんな状態」メーコはうっすら目を閉じる。「……なかなか香ばしい表現ですね」
「違うから。マジで今回は今までと違うから。だって今回、一回目のデートですぐにセックスしなかったんだよ?」
「じゃあ何回目?」
「……二回目」
「あのさあ」
「聞いて。本当、今度こそは本当にうまくいきそうなんだってば」
 カワイは今回の彼がこれまでのやり逃げクソ男達と違い、いかに自分との関係を真剣に考えてくれているか、その後三十分近くにわたって力説した。
 中でもカワイが最も有力な根拠としてあげているのが、彼から映画に誘われているということだった。
「だって、メーコさん言ってたでしょ? 男は、付き合っていない女、ただの女友達とは二人きりで映画を見にいかないって」
「それは……」言いかけてメーコは口をつぐむ。確かに言った。職場の男性たちからそう聞いたのだ。映画デートというのは男にとって特別なものだ、と。メーコはただの男友達を映画に誘ったことがこれまで何度かあったのだが、それは相手が勘違いするからやめたほうがいいと指摘された。
 しかし、あくまでそれは友達間の話であって、セックスした男女はまた別の問題である気がした。が、何も言わずにおいた。
「その人のどこが好きなんですか?」サモさんが全く興味のなさそうな顔で聞く。「出会ったばかりのとき、なんかすごく変な男だって言ってましたよね」
「そうそう、すごく変なの。変っていうか、おもしろいの。会話の九割が自慢なんだよ。自分がいかにかっこよくて頭よくて仕事できるか。もう、ずーっと自慢。あとは上司と同僚の悪口。『あいつ、無能』っていうのが口癖でさ。おもしろいでしょ」
 サモさんは電車の中で脱糞している変質者でも見つけたような顔をしていた。自分も似た表情をしているだろうとメーコは思った。
「いや、二人が不思議に思う気持ちはわかるよ。確かに、決していい人とはいえないかもしれないんだけど、なぜかわたし、彼のことを嫌じゃないんだよね。ま、男なんてたいがいのやつが、腹の中では『世界で一番俺が賢い』って思ってるわけじゃん? 彼はそれを隠そうとしないだけなんだなって、むしろかわいらしいってわたしは思うの」
「やめときなよ、そんなの」メーコはきっぱりと言った。
「なんで?」
「普通に考えて、自慢ばかりの男がまともな神経を持ち合わせてるとは思えない。そいつ、友達いないでしょ? だいたい、本当に仕事できるのかも怪しいし。女の前でいいカッコしたいだけじゃん。カワイちゃん、もうこっちが傷つくような相手とは付き合わないって前に言ってたのに。どう考えてもこれまでと同じ轍踏んでる」
 カワイはこけしみたいな無表情で、じっとメーコの正論すぎる正論を聞いていた。いつもだったら必ず屁理屈を返してくるのに、何も言おうとしないので、その話題はそこで終わった。
 後かたづけを三人で協力してすませ、いつも通り夜の0時過ぎに布団を敷いた。この「ちくわの磯辺揚げ同好会」をメーコ宅で開催できるのは、家賃7万2千円のワンルームで一人暮しにもかかわらず、二人分の客用布団が常備されているおかげだった。
 電気を消してすぐ、沈黙が訪れた。しばらくしてふいに、「ねえ、あのさ」とカワイが息を吐くようにつぶやいた。
「さっきのメーコさんの指摘、正しいと思う。彼とつきあっても、たぶん、わたしまた泣くと思う。でも、自分で試して、自分で失敗することの権利ってあると思うんだ。それを他人が先回りして奪うのは違うと思うんだ」
 すでに半分眠りにおちていたメーコには、彼女の言っていることの意味がよくわからなかった。
 そのとき、枕元においてあったスマホの画面が光った。
 ゴリライモからラインのメッセージがきていた。

(つづく)




プロフィール

南 綾子
(みなみ・あやこ)

1981年、愛知県生まれ。2005年「夏がおわる」で第4回「女による女のためのR‐18 文学賞」大賞を受賞。主な著作に『ほしいあいたいすきいれて』『ベイビィ、ワンモアタイム』『すべてわたしがやりました』など。自身を主人公にして、婚活に奔走する女性を描いた最新著書『婚活1000本ノック』が発売中。