©JUN TAJIKAWA
第10回
やはり、それは、あった。
燃え尽きたお線香、風に倒れたガーベラ。
お寺の奥さんは、墓の持ち主がタクの実家の住所に住んでいると証言した。
私の記憶違いだと証明したくて行ったのに、何遍見ても真道家の墓石はそこにあり、タクの戒名と命日が刻まれていた。
嘘……どうして。私はどこへ迷いこんでしまったの??
悪夢——早く目が覚めて!
私は痛いほど苦しい心臓を押さえ、しゃがみこんだ。目眩で視野が暗くなる。
「あなた、大丈夫ですか?」
ぼんやりと声が聞こえ、後ろから肩をそっと叩かれた。
「……輔のお友だち? ごめんなさい、どこかでお会いしてますよね?」
のろのろと振り返ると、タクに目元がよく似た五十代くらいの女性が私をのぞきこんでいた。手には水桶と大きな花束がある。
「あ……すみません、平気です」
私は奥歯を噛みしめて立ちあがった。が、少しくらくらする。
「お参りに来てくださったんですか? 命日だから……。ずいぶん長くいてくださったんですね」
女性は燃え尽きたお線香へ視線を落とした。
「本当にありがとうございます。お友だちの多い子ではなかったから。多ければこんなことには……いえ、言ってもせんないですわね」
この人は……タクの……。
「私は輔の母親です」
どうして……旅行で豪華客船に乗ってるんじゃなかったの?
けれど、私の記憶から呼び覚ましたタクのお母さんの姿とその人は一致した。
「あの失礼でなければ、どんなお友だちだったか教えてくださらないかしら、女の子のお友だちが来てくださったのは久しぶりで」
「……高校のとき、同じクラブで」
あっ、とタクのお母さん——真道さんは声を上げた。
「ええと……奥野さん、でしたかしら。違ったらごめんなさいね」
「はい、奥野です」
真道さんは相好を崩した。
「懐かしいわ、本当に今日はありがとうございます。よかったらうちへ寄ってらして、ね?」
目眩が収まらないまま、顔色までも心配された真道さんによって、私はタクの実家へ連れてこられた。
和室の客間には仏壇があり、タクの写真が飾られていた。高校の制服を着た髪の短いタクが……すかした表情で写っている。
お線香がけぶっていて、位牌もあるし、供物も……どうしてこんなことになっているんだろう。
私は混乱したまま、仏壇に向かいあった。手を合わせることもできない。
「……奥野さん、本当に大丈夫なの? 真っ青よ」
「すみません、信じられなくて……」
「今になって知ったのね、輔が……いなくなったって。もう八年よ。わたしだって信じられないわ、まだ、ただいまって帰ってくる気がして、夕方になると」
おかしい……おかしいのはどっち? 私じゃないよね?
「奥野さんが今ごろ知るなんて……不思議ね、よほどあの子隠してたのね……」
「…………隠してた?」
まずいことを言ってしまった、そんな表情で真道さんは青ざめた。
「いえね、わたしだって、確実にそうかは……輔がいなくなってから、残したメモを見つけてねぇ、クラブの作品の下書きみたいと思ったんだけれど。
同じクラブで同じ学年で、こんな容姿の魅力的な女の子への、その……ほのかな恋心みたいなものが……あの子も奥野さんみたいな素敵な彼女のひとりくらい作っていたら、こんなことには……」
真道さんは私をじっと見つめた。
「奥野さん、幸せになってね。お願いするわ、心から」
彼女の瞳から一筋、光るものがあふれて頬を伝った。
自分がどうなってしまったのか、私にはわからなかった。
気がつけば月曜日になっていて、ケータイは充電が済んでいた。タクと私のツーショットの待受画面が復活している。以前彼から来たメールも読める。
どうやってタクの実家から自宅へ戻ったのか、土曜日の夜と日曜日をどうやって過ごしたのか、思いだせない。
ただ時間が過ぎるのを待っていた気もする。
とにかく、月曜日の正午の時報がなんとなくつけられていたテレビから流れたとき、私は弾かれたように覚醒した。
新緑社に電話しないと。タクの居場所を聞いて、会いに行かなきゃ。会いたい。どうしても会いたい。
サインがあるのを確かめてから、タクの書いた本『シュレーディンガーの猫』の奥付にある電話番号へ、私はケータイで電話をした。焦りから二度もボタンを押しまちがえた。
男性が出た。徳丸さんの名前を出すと〈ただいま徳丸は席を外しております。伝えますので、失礼ですが、お名前をうかがってもよろしいでしょうか?〉と問われた。
「真道輔さんの……」
〈真道さまですね〉
「いえ、私は奥野と申します」
そうか、ペンネームでしかタクを知らないアルバイトの人かもしれない。タクが電話で徳丸さんには『大空さん』と呼ばれていたのが漏れ聞こえたし、タクもまだそう呼ばれるのに慣れないと言っていた。
「あの大空マコトさんの……家族のものです。今真道さん——大空さんはどちらに」
え? というようなつぶやきが聞こえた。
〈どちら様でしょう?〉
「大空マコトさんの……」
あっ。私は失敗に気がついた。家族が「さん」づけをするはずがない。インタビューの申し込みとでも言えばよかった、タウン誌のプロダクションに勤めていたころはそうしていたのだから。
〈申し訳ございません、大空先生はご多忙のため、ご用件のお取り次ぎはできません〉
電話が切れた。
もう一度かけ、嘘はつかないようにしたが、同じ男性に丁重にしかし断固として取り次ぎを拒否された。
徳丸さんが帰ってこなければだめだ。あのときツーショットを取ってもらった者ですと言えば、わかってくれるはず。
私はじりじりと夕方を待った。
夕方に新緑社へ電話しても、夜にしても、徳丸さんは戻っていなかった。
タクと……一緒にいるのかもしれない。
胸の内側がひりついた。電話を切ったとたん、私は手元にあったクッションを壁へ投げつけていた。ぽすっと案外気の抜けた音で壁からクッションが跳ね返る。
よけいにいらだち、私はクッションを踏みつけた。
徳丸さんが男性だったら、自分がこんなみっともない女にならなかったかもしれないと、私は自分が情けなかった。
翌日の火曜日、私は新緑社の編集部員とちゃんとした会話をさせてもらえなかった。不審人物と判断されたようだ。夜も浅くしか眠れずに何度も目覚め、じりじりと会社が活動し始める時間を待って、鈍痛すら覚える心臓をもてあましながら電話したのに、なんてことだろう。
午後二時過ぎ、私は直接新緑社へ押しかけると決めた。場所をインターネットで調べる。地図をプリントアウトし、私は家を出ようとした。
雨が降りだしていた。傘立てから傘を引き抜いた、そのとき……ケータイがメールの着信を報せた。
むっとして確認すると——タクからだった。
私は比喩ではなく本当に飛びあがってしまった。
『どうして連絡くれない? こっちはあと何日か時間かかる』
たったそれだけの文面。
生きている。私の土曜日の悪夢は、本当に悪夢だった。私の記憶の中だけの妄想、たちの悪い妄想だ。おかしなくせが私にはあるものだ、悲劇のヒロインになりたいのだろうか。
タクは生きてる、当然じゃないの。
ここで一緒に暮らしてるんだから。
うれしくて力がぬけてしまって上がりかまちへ座りこんで少しぼーっとしつつ何度も文面を眺め、また眺めしていたら、私は腹が立ってきた。
「連絡くれないって、くれないのはタクじゃないっ」
そういうふうにレスをした。
それきり、タクとの連絡はまた、途絶えた。
同じことのくり返し。電話は繋がらずメールも来ない。私から何度送っても。
一度はタクと連絡ついたのだし、みっともなさすぎる、と直に押しかけるのはどうにか思いとどまったものの、新緑社へ電話するのはやめられなかった。
新緑社の編集部員は私の声を聞くだけで電話を切るようになった。完全にストーカー扱いされている。
本当に腹が立った。
水曜日を無断欠勤し、職場から固定電話の方へかかってきた呼び出し音もナンバーディスプレイで確認してから無視した。
ケータイの画像と彼からのメールでは足らなくて、左手の薬指にアミュレットリングを嵌めた私はタクのいた痕跡を求め、家のあちこちを飢えた熊のように漁った。
髪の毛一本すら残っていない。燃えるゴミは習慣で月曜日の朝に集積所へ出していた、まだあのときは新緑社へちゃんと電話すればどうにかなると思っていたから行動できたようだ、よく憶えていない。
抽斗に入れていたはずの、彼が書いた実家の住所のメモもない。おかしい、別の場所へしまったのだろうか。
心当たりを全て、何度も私は引っかき回した。が、なかった。彼が「奥野こころ様」と名入りでサインしてくれたあの本だけが、机上のブックスタンドで目立っている。私は自分の記憶が正しいと確認するため、たびたびそれを手に取った。
『シュレーディンガーの猫』——けれど、読むのは腹立たしくて、泣きそうで、できなかった。
職場からは何度か電話が来た。でも無視した。
木曜日の朝、職場からもう一度電話が来たのを無視したら、かかってこなくなった。誰かが心配して自宅を訪ねあててくることもなかった。
今度出勤したらクビを言い渡されるかもしれない。公務員の臨時職員つまりアルバイトなど希望者はいくらでもいて取り替えがきく。
それでもいい、タクが帰ってきてくれれば、私は何をしてでもそばに居たい。貯金は乏しいけれど、家でできる仕事だって探せばあるはずだ、タウン誌の編集者時代、校正や版下製作を自宅のパソコンで請け負う主婦に、私も仕事を頼んでいた。
どうにかして二人で暮らしていける。
タクさえいれば。
金曜日……私はベッドへ倒れていた。
ただひたすら、左手の薬指のアミュレットリングをいじりながら。土曜日から、寝るときにも嵌めっぱなしになっている。
タクにメールを思いだしたように送り、通じない電話をかける、ケータイからも、ケータイ画面の電話帳を片手に固定電話からもかける、その度に彼と二人の画像を眺めて胸を痛くする、彼から来た古いメールを貪るように読む、それ以外は。
けれど、疲れた。
食事もしていないかもしれない。どうでもいい。
たびたび、またあの悪夢が私を襲ってきた。眠って見ているのか起きて見ているのか、目を閉じていてもいなくても、記憶がフラッシュバックしてその時間へ引き戻される。
感覚までがあの時間へ。
タクのお墓……仏壇……死んだと告げる八年前の菜津名の声。
——〈真道くんが死んじゃったって!〉——
何回めかの菜津名の幻聴……そのとたんだった。
そうだ、菜津名! ——私は閃き、ただちに彼女へメールを打った。私のケータイに入っているタクとのツーショット画像を添付したメールだ。これを見れば菜津名がおかしいと、彼女だってはっきり認めるに違いない。
どうして今日まで気がつかなかったんだろう。私は相当混乱しているようだ。勝った、と力が湧いてきた。
が、また、宛先不明で戻ってきた。
いったいどうして……。
倒れ伏して私は動けなくなった。
——いつの間にか暮れ泥み、たそがれ時も闇へと変わろうとしていた。
また、長くて眠れない夜が来る。昼間も長いけれど、夜はもっと時間の経つのが遅い。
真っ暗になったが灯りをつけようか、私が重く疼く頭でぼんやり考えていたら。
玄関のチャイムが鳴らされた。
間断なくくり返して鳴るので、私はのろくさと起きあがって手探りで蛍光灯を点け、廊下へ出て玄関の灯りも点した。反応してドアがノックされる。
「ああよかった……ごめん、ココ、もう寝てた? 具合悪いのか?」
タクの声だった。
私はドアノブへぶつかるようにして飛びついた。施錠を解く手ももどかしい。
開けられたドアの向こうで立つ人に、私はしがみついた。生きている。タクは生きている、ここに居る、本当に居る! 声を上げて私は泣きじゃくった。
私が落ちつくまで、タクはずっと抱きしめて背中をなでてくれていた。私の部屋のベッドに腰かけて、ずっとずっと。
やっと私が彼から体を離しても、タクは私の髪をなで続けた。
「俺に電話が通じなかったって? ココからメールも届いてないぞ? 俺のは一回だけ? ホテル入ってから?」
本当だ、とタクは私のケータイをいじってつぶやいた。自分のを見せてくれる。
私宛の送信履歴が容量いっぱいにあふれていた。
「まったく、どうしちまったんだろうな。編集部にはちゃんとお前のことを伝えて、取り次ぐように頼むから。もう、こんなミスはないよ、絶対」
私が左手に嵌めたアミュレットリングごと、私の手を強く握りこむ。
「俺だって心配したんだ、いくら仕事の邪魔にならないよう気遣ったからって、メール一つも返さないなんて。初めは正直怒ってたんだけどだんだん心配になってきて……具合でも悪いんじゃないかって。ケータイにも固定にも電話したって出ないし。
こないだの日曜日の午後、がまんできずに、ココの職場へ電話したんだ。そうしたら案の定昨日今日と熱出して休んでるって」
「それは……嘘だったの。土曜日、仮病使って休んで、タクの居場所聞くために新緑社へ行こうとして……会社が休みだって気がついちゃって」
「嘘だったんだ……よかった。……ただ、水曜日にもう一度職場へ電話したら、繋がらなかったんだよな、ずっと話し中。五回くらいであきらめて、それからかけてなかったけど、かければよかった」
「……あ、私、あれから仕事に行ってないの」
「なんで?」
私は返事に詰まってしまった。タクのお墓を見て、仏壇の位牌と遺影を見て、お母さんの口からこの世にいなくなったと聞かされた……なんて、言えない。
あれは私の見た悪夢だったんだ。
口ごもってうつむいた私をタクはだきしめた。
「仕事にならないほど心配したのか? 全く俺より重症だな。俺はそれでもどうにかだいたいの原稿は書いたぞ? お前との今までの経緯(いきさつ)考えて一つ一つの会話を思いだして感触も全て記憶をなぞって、信じてるって念じてれば、どうにか……」
信じてる……私は殴られた気がした。
私は、タクのしてくれたことを思いだし、想いを信じただろうか。
悪夢に襲われたとき、生きていると必死に思いだしても、信じているとまで強く……私は自分の記憶に自信がなかったのか、と思い至った。
タクの存在は全て私の記憶の中だけで——。私が信じていなかったのは、自分自身だ。
「意志が強いんだね……」
ははっと、タクは照れ笑いした。
「そんだけココに惚れてんだよ……って言わせるなよ。そういう原稿だってこと。
クライマックスの前では行ったけど、熱出したって聞いたし連絡はつかないし、心配で心配で集中力切れてさ、もうどうしてもがまんできなくなってホテル抜けだしてきたけど」
私の額へタクは軽くキスをした。
「ホント、無事でよかった。心配しすぎて倒れてただけって……そうは言ってもこれじゃマジで病気になるぞ。電話とメールがだめなら電報でも手紙でも俺は出す、お前も出せばいいから、俺を信じろよ」
タクはポケットを探り、メモ用紙を私の手に握らせた。
「ホテルの住所と電話、部屋備えつけのメモ用紙だから印刷してあるし、部屋番号は書いといた。さ、何か食べに行こうか。駅前のファミレスでよければ」
そのメモを私はなにげなくベッドの上に置いた。
「うん……お腹、急に空いてきた」
泣きすぎたせいかまだ喉に固まりがつかえている気がしたけれど、私は元気よく聞こえるようにそう言った。
「目……腫れてない?」
「うーん、ちょっとな。サングラスでもかけるか?」
「持ってない」
「そんなには酷くないけど……冷やす?」
私が人前に出られる顔になるまでしばらくかかり、出発が遅くなった。タクは私のためにハーブティーを淹れてくれた。
「今夜はここにいる、ホテルには戻らないよ。だからゆっくり冷やしな」
タオルに包んだ保冷剤を私に渡すとき、タクは笑顔だった。
「あと一泊二日で書きあげてくるから、月曜日はデートしようぜ。俺を信じろって」
ファミレスでタクは珍しく私と二人分のワインを頼んだ。
「いつもは後で原稿書くからってのがあるんで、アルコールはやめてるんだけど。今夜は書かずにずっとお前といるから」
私はあまりお酒に強くないし、彼もそうだと言った。だから、珍しくて気分転換になる程度の量だけを口にする。
グラスワイン一杯でお互い気分が晴れ、私たちは笑って楽しく将来を語りあった。近い将来——二人で暮らす部屋を借りる話から、結婚式はどうしたいか、遠い将来——お金を貯めて治療を受け、子どもをもうけたいということまで。男の子がいいか女の子がいいか名前まで決めかけて、初めての口げんかになった。
私は女の子がよくて、タクは男の子がよかった。私たちの事情ではきっと何人も産めない。一人だけ授かるなら——。
彼が折れて、初めての口げんかは私が言い負かしたかっこうになった。終わってみれば、私は反省し、タクは「反省するくらいなら意地を張らなきゃいいのに」とくすくす笑った。笑った彼にすねてみせると、あわてて謝ってくれる。
私たちは指を一本ずつからめて手を繋ぎ、仲良く家に帰った。本当に晴れ晴れした気分だった。
タクは上機嫌でまた例によって哲学的なことをしゃべりだす。
「一期一会ってさ、奥の深い言葉だよね。あ、ごめん、今書いてる原稿に出てくるんだ、一期一会。もともと茶道の用語みたいだけど、その場そのときの相手それらが作る空間その瞬間には、もう二度と会えないってこと。
少しでも違う選択をしてたら、今あるこの瞬間は存在しなかった……。俺はココに出逢えて本当によかった。お前が死んだと信じこんでそのせいでいろんな回り道したけど、それすらも、もっとココを好きになるためにあったんだと思ってる」
「回り道……私もしたから、そうだね、そうだよね、タクの言うとおりだね」
それ以上は互いに踏みこめない。
過去の回想にふけったら違う時間が自分を、そして相手をも包んで壁となり、触れられなくなる気がした。今だけに意識を集中して彼の手を握り、もう一方の手で私は彼のひじもつかんだ。
彼を引き寄せたら、歩きにくいぞと苦笑された。
玄関先で鍵を開けるとき、タクが私の手を持ちあげてアミュレットリングに軽く口づけた。
「開運のお守り、大切にしような」
帰宅するなり、タクは私を抱きかかえるようにしてベッドへ運んだ。そのまま覆い被さってくる。
「いいよね?」
確かな重みを感じつつ、私はうなずいた。
一度昇りつめてから、私たちは二人で抱きあったままシャワーを浴び、いつものように布団を敷き詰めたリビングで強く深く結ばれた。
せつなさを乗りこえたのだろうか……幸せでしかなかった。永遠に繋がっていたい、もう他に何もしたくなかった。
情熱的にタクがささやいた。
「ココのかんじが……全てのかんじが、好きだよ。愛してる、生まれ変わってもきっと、お前を愛してるよ」
他に何も欲しくない。
こんなにも私はあなたを愛せる。あなたの考えや感情がどこまで奥深く広がろうと、私もその全てが好き。
愛おしさと想いの結晶になった以外の自分はどこかへ蒸発してしまいそうだった。
彼の体温は私よりかすかに高く、彼の体は無駄なく引きしまっていて、かすかに太陽と草の香が肌から湧きたった。
彼の激しい鼓動が肌を介して私に伝わってくる。
どれほど聞いただろう、彼のささやきを。
愛してるよ、ココ——と。

時海結以
(ときうみゆい)
1月6日 長野県出身。富士見書房刊「業多姫」にてデビュー。「言霊師どーも」シリーズ(カラフル文庫)、「聖乙女」シリーズ(集英社コバルト文庫)、「源氏物語 あさきゆめみし」(講談社青い鳥文庫刊)など、児童書から恋愛時代小説、ノベライズなど幅広く手がける。小説家転身前は考古学と歴史学の専門家として研究生活を送り、現在もパズル作家を兼業するマルチタレント作家。ピュアな恋、大人の恋愛などをテーマにした作品を得意とし、自他共に認める通称は「ラブすぎ姐御」。
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