双葉社web文芸マガジン[カラフル]

知られざるわたしの日記 / 南 綾子・著

イラスト/黒猫まな子

第 1 回


一月一日

 わたしは一月一日に生まれたので、祖父から一子いちこと名づけられた。わたしは祖父をとても尊敬していた。祖父は戦中、サイパンで捕虜になったあと、生きて日本に帰ってきた。特別、位の高い兵士ではなかったが、射撃の腕がよくて

 なんだこの文章。わたしは小説でも書く気か。いきなり身分不相応なことに手を出そうとするのは、わたしの悪い癖だ。ハイ、やり直し。
 日記を書くことにした理由を最初に書いておこう。サボりそうになったとき、このページを見て、気を引き締められるように。
 昨日、要するに大晦日の十二月三十一日。一人きりで紅白歌合戦を見たあと、インターネットで無料でサンプルが見られたり有料でダウンロードできるエロティックな動画略してエロ動画を見ながら自慰をした(よし、いいぞ。この日記にはどんなことも嘘偽りなく書くと決めたんだ)。そのあと風呂に入ったときにふと下半身を見たら、インのモウの中に、白いものが交じっていた。最初、ティッシュが絡みついているのかと勘違いし、「わたしもついにここまできたか」と思った。ティッシュをつまみ取ろうとしたら、毛を引っ張られるような痛みが走り、「わたしもついにここまできたかマジで」と思った。
 そして今日、一つ年をとって三十六歳になった。
 三十六年間、わたしの女の性の器、略して女性器は、何人たりとも侵入を許さず、熊本城も真っ青の鉄壁の守りを維持してきた。そして今、インのモウに白いものが交じっている。
「処女」と「白いインのモウ」。矛盾。この二つはあまりに矛盾している。「明日、抜き打ちテストします」って言葉より矛盾している。「ジェームスディーンみたいな女の子」より矛盾している。そんなことはどうでもいい。とにかく、そんな矛盾したものが共存している状態の今のわたしは異常だ。なんとかしないと、本当にまずいことになる。
 そんなわけで、とにかくなんとかするために、この日記を書くことにした。とりあえず一年間。一年後、三十七歳の誕生日までに、達成するべき目標を記しておくことにする。
 処女喪失。
 とにかく。
 これまでの人生、わたしはいろいろなものから目をそらし、深く考えず、なあなあにして生きてきた。いざとなれば死ねばいい、と思いながら、夢も希望もなく、死んだように生きてきた。自分を変えようと努力することもなく、生きてきた。一日一日を、燃えるゴミのように毎日捨ててきた。でも昨日、インのモウの中の白髪を見つけて、目が覚めた。このままじゃダメだ。別にわたしは、やりたいこともほしいものもない。住む家と毎日食べるものが確保できていればそれでいい(あとできればインターネット環境も)。でも、処女のまま死にたくない。死ぬまでに一度でいいから、セックスしたい。ほかのものはあきらめる。でもセックスだけは。処女のまま死ぬのは本当にいやだ。したい。やりたい。やりたいやりたいやりたい。ずっと日陰の人生を生きてきたわたしの女の性の器、略して女性器に、日の目を見せてあげたい。
 この気持ちを忘れたくない。この一年を、人生を変えるチャンスの年にしたい。そのために日記を書く。自分の行動を省みて、自分の気持ちを正面から見つめて、嘘はやめて(そう、本当に。この日記の中だけでも嘘はつかない)、素直になり、生まれてから今までずっと、わたしを支え、わたしとともに悲しみ、よろこび、泣いてきたわたしの女の性の器、略して女性器に報いるために。

一月四日

 とりあえず、いきなり三日もサボってしまったわけだが。
 いや、毎日書かなきゃいけないと決めちゃったら絶対にすぐにイヤになるから、気が向いたときに書く、でいいことにしよう。最低でも月に一度は書く。忘れないよう、日記帳を常にパソコンのそばにおいておこう。
 とはいっても、三が日はとくに書くべきことなど、何ひとつ起こらなかった。
 毎日昼過ぎに起きて、漫画読んだりユーチューブで韓国の歌番組見たり、インターネットで無料でサンプル以下略してエロ動画見たりしつつ、酒を飲み、飯を食い、寝ていた。当然、誰にも会わなかった。
 今、一つ、問題が頭に浮かびあがった。
 この正月休み、かなり自堕落に過ごしてしまった。多分一、二キロは太った気がする。もとから結構なデブなのに。
 デブのまま、男の人と二人でイタリアンレストランにいってキャンドルの炎に揺れてるプロフィールを交換し合ったり、そのままいい雰囲気になって相手の家にいくことになって「ゴム持ってる?」とか聞いたりすることは可能なのだろうか。
 ……無理じゃね? そもそも、わたしに彼氏ができない理由の大部分は「デブ」ってことな気がしてるんだけど。
 いや、絶対無理じゃなかったとしても、できるだけスムーズにアレをアレするためには、一キロでも痩せておいたほうがいいのは間違いない。ネットで見たことがある。太り過ぎていると、届かないことがあるって。
 とりあえず、体重はかってみるか。
 あ、体重計、捨てたんだった。
 明日は仕事初めで暇だろうから、仕事帰りに電機屋寄るか。

一月八日

 デブには名前がない。
 たとえどんな美しい名前を持っていても、デブには意味がない。人々から陰で「あのデブ」としか呼ばれないのだから。
 久しぶりに、体重計に乗った。
 去年の春の健康診断のとき以来だ。あのときは、六十九キロだった。身長百六十五センチだから、BMI値は二十五ちょっと。
 それがいつの間にやら、奇跡の七十八キロ。前人未到の七十八キロ。何か減らせるものはないかと思って陰毛、あ間違えたインのモウの先をちょっと切ってみた。七十八キロ。
 なぜ太ったのか。いや、心当たりはある。
 豚の背脂の食いすぎ。
 去年の五月、会社で冷凍の背脂をもらった。雑誌編集部の社員が取材先のラーメン屋でもらってきたものが、うちの部署におすそ分けでまわってきて、誰も欲しがらないのでわたしが譲り受けることになった。家に帰って、さっそくチャーハンに少量混ぜてみた。それ以来、すっかりそのコクと脂感にはまってしまった。気づくと、朝昼晩連続背脂。朝は背脂ご飯、昼は会社から歩いて徒歩十五分のラーメン屋で、チャーシューメン大盛りに背脂チャッチャ。夜はフライパンで背脂をそのまま焼いて醤油たらしたやつをつまみにビール三缶。
 夜はつまみだけで炭水化物は抜いているから、大丈夫だと思い込んでいた。五月から今まで、いったい何キロの背脂食べたんだろう。
 しかも、そんなこと書いている間にも背脂が食べたくて仕方がないからわたしは馬鹿だ。いや豚だ。ん? 豚だと共食いだから違うか。豚を食べる生き物って何があるんだろう。人間だ。わたしは人間だ。何書いてるんだろ。しかも、冷凍庫にはネットで注文して届いたばかりの背脂が、限界まで蝉を詰めこんだバカ小学生の虫カゴみたいにぎっちぎちに詰まっている。
 わかってる。わかってるんだ。
 満たされない性欲を、食欲で、いや、背脂で満たそうとしているだけってこと。肉の脂身。ずっとそうだった。欠落感を、肉の脂身で埋めつづけてきた人生。ケンタッキーフライドチキンの皮ばかり食べていた大学三年の夏休み。豚のバラ肉の脂身だけを丁寧に切りはなし、それを醤油やニンニクでいためてご飯にのせて食べるのを毎日繰り返していた二十五歳の秋。ていうか、今でも二週間に一度はそれをやる。
 背脂を主食にしている女。そんな女と、一つの布団で寝たいと思う男がこの世にいるのだろうか、いやいない(反語)。
 というか、三十六にもなるのに、なぜわたしの胃袋はもたれ知らずなのか。胃もたれって、なんだろう。胃薬ってなんだろう。キャベツーってなんだろう。まるで蜃気楼のようにはかなく、つかみどころがない。
 とりあえず、冷凍庫に残っている背脂を最後に、もうネット注文するのはやめよう。
 あと、ブラ買いに行こう。
 だって、今持ってるやつはどれもこれもそろいもそろってベージュという名のババア色で、しかもどれもこれもが伸びに伸びてスルメみたいになっているから。
 これから月初めに、目標を書いていくことにする。翌月に達成できたか確認するべし。
 とりあえず今月の目標。

・背脂禁止
・ブラを買う

一月十二日

 今日は時間があるので、これまでの人生を振りかえってみようと思う。
 人生、というより、消してしまいたい嫌な思い出。いわゆる黒歴史。それをあえて書き出すことで、人生を、自分を見つめ直す。今のわたしには、それが必要な気がするから。
 題して、一子の黒歴史ランキング~! まず、第五位は! ……ダルダルダルダルジャーン!

「一子、三十歳でいきなりギャルになる」

 はあ。書いてて本当、意味不明。でもこれがマジの話だから困る。あの頃の自分の肛門に自分で雨傘ぶっさしたい。
 あれは、信二しんじ叔父さんのコネで、今の出版社に入社して間もない頃だった。
 わたしは何年振りかに、一目ぼれした。
 相手は書籍の編集部にいたチンギスハーンさん(本当の名前を書こうとすると動悸・息切れが激しくなるので別の名前をつけた)。チンギスハーンさんは元東方神起のユチョンに似ていた。結局、それだけだったのだと思う。
 チンギスハーンさんがうちの会社に中途入社した初日、何かの用事で総務課にやってきた彼を一目見た瞬間、彼がステージの上で乳首を出したり隠したりしながら舞い踊る姿がビビビッと脳裏に浮かんだ。それから、彼のことが頭から離れなくなった。今考えれば、彼の乳首のことばかり考えていたような気もする。そして、初対面から一カ月ぐらいした頃、彼と廊下ですれ違ったとき、「勅使河原さんって、巨人の上原に似てるよね」といきなり話しかけられた。
 その瞬間、直感的に思った。わたしに、気があるんだと。本気だった。本気で思った。少しも疑わなかった。今ならわかる。自分の思考回路が意味不明すぎるってことが。コンサートチケット買うときにとられるチケット発券手数料とシステム利用料ぐらい意味不明だってことが。「上原に似ている」は全然、まったく、これっぽっちも、褒め言葉でも何でもない。
 それから数日後、仕事をしていたら、同僚の女性たちがチンギスハーンさんの噂話をしているのが耳に入った。「チンギスハーンさんって、彼女いるのかな」「今はいないらしいよ。チンギスハーンさんって、ギャルが好きなんだって。前の彼女の写真を見た人がいるんだけど、超ギャルだったらしい」と。
 その週の金曜の夜、わたしは家で髪を金髪にした。
 ギャルといえば、まず何はなくとも金髪だからだ。翌日土曜は、人生で初めて日サロにいった。紫外線の量を間違えて大やけどを負って帰宅した。
 日曜はギャル服を買いにいくつもりだったけれど、やけどがひどかったので断念した。そして月曜、手持ちの服の中でなんとかしてギャルっぽさを出さなければと試行錯誤した結果、下は自分でジーパンを太腿のところでカットしたものをはき、上はブラの上にそのままジャージを着て胸の谷間が見えるところまでジッパーをおろすという、「狂気の沙汰」という言葉を具現化したらこうなった、みたいな格好で出社した。
 しかもそれを、二週間続けた。
 二週間でやめたのは、信二叔父さん伝いで社内の誰か、多分上司、あるいは全員から、さりげなく苦情が寄せられたからだ。なんと言われたのか、正確なことは忘れてしまった。「明日までにその服装を改めないなら、辞めてくれ」だったかな? 最後の五文字は「死んでくれ」だったかな? どうだったかな? 忘れちゃったテヘ。
 わたしのごくごく短いギャル時代、チンギスハーンさんは、廊下ですれ違っても目を合わせてくれなかった。照れてるんだと思っていた。「これっていわゆる好きよけってやつ?」と思っていた。あの頃のわたしを本気で殺したい。肛門に雨傘さして会社の前につるしあげたい。
 チンギスハーンさんは去年、二十四歳の派遣の受付嬢とできちゃった結婚した。
 書いてて、悲しくなってきた。
 わたしの人生。
 こんなことばかりだ。
 どうして、普通に生きられないんだろう。そもそも、普通って何? それすらわからない。いや、それが一番わからない。
 普通の女になりたい。
 ずっとそう、思ってる。普通になりたいって。普通に痩せてて、普通におしゃれで、普通にマカロンとかオリーブオイルかけた野菜とかを主食にしているような女。そんな女に、わたしはなりたい。わたしは変だ。変な女だ。わかってる。人間としてはそれほど変じゃないと思っている。大学だってそこそこ、いやぶっちゃけ相当いいところ出てるし、一応ちゃんと仕事もしているし、借金も一円もないし、友達もたった一人だけどいるし、少なくともここ十五年は野グソをしていない。でも、女として変なんだと思う。
 どこを直せばいいのだろう。見た目の問題? 正直、顔だけ見たら、わりとまともだと思う。痩せたら結構イケる。もち肌の色白だし。頬骨が中山美穂に似ていると言われたこともあるし。元ジャイアンツ上原に似ているところはおそらく、多分、多分だけど歯グキの部分と思うんだけど、歯グキなんて顔の総面積と比較したらほんの微々たるものだ。
 体形に関しては、今は「デブ」と呼ばれることに何の異論反論オブジェクションもない。若いときは、もう少しマシだった。太りだしたのは、二十歳を過ぎてからだ。でも二十歳前から、モテなかった。モテているふりをしていたけれど、さっぱりだった。
 だから、見た目だけの問題じゃないはずなのだ。内面の問題? 内面のどこが?
 どうして。
 わたしは。
 こんなふうになってしまったのだろう。
 こんな人生、全く予想していなかった。やり直したい。でもいったいどこから?
 
 背脂が食べたい。

***
 チッチッチッチーンと針が昼の十二時を指した瞬間、席を立った。
 ホワイトボードの自分の名前のところに昼休憩の札をはり、スタコラサッサと総務課を出る。誰にも声をかけないし、誰も「いってらっしゃい」なんて声をかけてこない。ただ一人、来年定年のミドリさんだけは、すれ違うときニコッと微笑んでくれた。でも、「お昼、一緒にどう?」なんて言ったりはしない。派遣の若い子たちとは、しょっちゅう近所のカフェにおしゃれランチを食べにでかけているのに。でも別にいい。今更どうだっていい。
 外は、寒かった。徒歩十五分かけてお気に入りのラーメン屋に向かう。いつもだいたい十分ぐらい並んで、できあがるのに五分待つ。だから五分前後で食べおわれば余裕で会社に戻れる。変な奴に話しかけられるとか、大地震が起こるとかいったことがない限り、わたしがラーメン一杯に五分以上かけるなんてことはありえない。
 歩いていたら、粉雪がちらつきだした。寒かった。
 ラーメン屋は、いつもより少しすいていた。五分もしないうちに中に入れた。時間に余裕があったので、いつもの背脂チャーシューメンにから揚げも注文した(でもラーメンにほうれん草をトッピングで追加したので栄養的にセーシ、いやセーフ)。
 ラーメンとから揚げが運ばれてくると、心を無にして食べはじめた。無。何も考えない。午前中、派遣の若い子たちがこっちを見ながら「今日のあいつ、くさくない?」とかぶつぶつ言っていたこととか、課長が「女の子はかわいくて愛想がいいのが一番だよね。むすっとしてるのはやだね。いるだけで空気が悪くなる」と聞こえよがしに言っていたこととか、さっき歩いていて散歩中の犬と目が合った瞬間、いきなり威嚇されたこととか。全部考えない。考えたら味がわからなくなる。犬の威嚇は本当に悲しいけど。昔、実家で飼ってたタロウとよく似ていた。タロウは血統書つきだったのに全然うまくしつけられなくて、起きている間はつねに暴れていた。そして我が家にきて三カ月足らずで、尾崎豊のように家出した。悲しかった。でも、そんな悲しいことも思い出さない。忘れる。無。無にする。
 やがて、から揚げが最後の一個になった。名残惜しい気持ちでそれにかじりつく。その瞬間、カウンターの向こうにいるハゲ頭の男と視線がかち合った。
 ハゲ頭の男は今にも偽造テレカを売りつけてきそうなうさんくさい笑みを顔にはりつけていた。その顔のまま、カウンターを回り込んでこちらにやってくる。わたしはから揚げを口につっこんだ状態のまま、一ミリも身動きできない。ドキドキしている。ああ、こんなにも、ドキドキしている。股間がもぞもぞする。男の脂ぎった頭部はお弁当のミートボールみたいにぬらぬら光っているのに。男はわたしのそばにくると、「いいね~、ゴリラみたいによく食うねえ」と言って、わたしの肩をバンバン叩いた。その口の端には、白い泡がいっぱいたまっている。
「テッシーもこのラーメン屋によくくるんだ? 俺も常連なんだよ~。いや、それにしても、ゴリラみたいに食ってるね~いいね~」
 よく食べることの比喩にゴリラって本当にふさわしいのだろうか。……なんかちがくね? ゴリラって怪力とかそういう例えにつかう動物じゃね? とか思いつつ、わたしは何にも言えなかった。
「テッシーさあ、今度、飲みにいこうよ~。その食いっぷりを目の前でもっと見たいよ~。ねえ~、今度一回飲みに行こうよ~本当にさ~」
 カニ山副編集長は最後にまたわたしの肩をバンバン叩き、自分の席に戻っていった。わたしは食べ終わるのに五分以上かかってしまい、帰りはダッシュしてはきそうになった。
***
一月十三日

 今日はいいことがあった。昼休憩のときに一人でラーメン屋にいって背脂チャーシューメンとから揚げを食べていたら(ほうれん草追加したので栄養的にセーシ、いやセーフ)、「週刊男のうち」のカニ山副編集長に会った。カニ山さんは腹筋が六つに割れているという噂の四十五歳で、髪形はジェイソン・ステイサムに似ていて、顔はジェイソン・ステイサムと三田佳子を足して二で割ったような感じだ。本当の名前は谷山ナントカというのだけど、口の端にいつも白っぽい泡をためているので、女性社員たちから陰でカニ山と呼ばれている。噂では、ものすごい変態らしい。どう変態なのかはしらない。とにかく、変態だという話を聞く。
 彼がうちの会社に中途入社してきたのは、三年前のこと。はじめは、全く興味がなかった。ハゲもマッチョも全然わたしの好みじゃないから。でも、一年ぐらい前から、社内ですれ違ったりすると彼のほうから親しげに声をかけてくれるようになり、だんだん意識するようになってしまった。
 意識しだしたら、彼のすべてがセクシーに見えてきた。胸毛もエグいらしいと聞いてから、ますます気になって仕方がない。カニ山さんは陰毛から首の下まで長い毛の道ができていて、本人はそれをヴィクトリーロードと呼んでいるそうだ。
 そんなことはともかく、今日、ラーメン屋でカニ山さんと会い、飲みに誘われた。
 誘われたのは、実は今日で三回目だ。ずっと、本気じゃないと思っていた。だけど! 今日は「飲みに行こう」のあとに、「本当に」と念を押すように付け加えていた。「本当」に、彼はわたしと飲みに行きたいのだ。そういうことだ。
 やった! やったやった! カニ山さんは変態だ。変態と飲みにいくということは、そのままセックスすることを意味する。それはあまりに明白な事実。疑いようがない。
 さて。今日は機嫌がいいから、黒歴史ランキング第四位と第三位を一気に発表~(誰に向けて発表してんだろ) ……ダルダルダルダルジャーン!

 第四位「一子、新卒で入った出版社でいじめ抜かれる」
 第三位「一子、その次に入ったテレビ番組制作会社でいじめ抜かれる」

 どちらもコネで入って、結局いじめが原因で半年足らずでやめた。最初の出版社では、希望したわけでもないのにファッション誌の編集部に配属されて、入社直後から先輩たちにナメクジのように嫌われた。あのときはその理由を、自分があまりに仕事ができないせいだと思っていた。確かにできなかった。会議で先輩たちがしゃべっていることの九割が理解できなかった。でも、それよりも先輩たちの嫌悪感をあおっていたのは、わたしが毎日ミニスカートをはいて世にも汚い膝を丸出しにしていたことと、毎日会社の自席で牛丼を食べていたことだったんだと、今は思う。ミニスカートは、それがおしゃれだと思っていたから。牛丼は、単に毎日食べたかったから。わたしが牛丼のふたを開けるたび「くさい」と先輩たちがぶつぶつ言っていることには気づいていたけど、牛丼みたいなおいしいもの(しかも安くてはやい)がくさいはずはないので、何か別のことに対して言っていると勘違いしていた。三十を過ぎて、職場や電車などの公共の場所で温かい食べ物のにおいがすると「くさい」という反応をする人が、わりと多くいるってことを知った。
 出版社をやめてしばらくは、実家でブラブラしていた。うちはぶっちゃけ、裕福なので働かなくてもよかったんだけど、それもなんだかいろいろアレなのでバイトすることにした。求人誌を見たりするのが面倒だったので、テレビ局で偉い人をやっている叔父さんのコネをつかった。入社して二日目で先輩から「クソブタ」と呼ばれて音速で心がつぶれた。ブタはまだいい。でもクソをつけちゃだめだ。わたしは人間でうんこじゃない。
 はあ。書きながらまた悲しくなってしまった。ネットで韓国の歌番組の動画を見たあと、自慰をしよう。そういえば書いてなかったけど、今日ここできちんと書いておこう。わたしは一日も休まず自慰をしている(よし! 偉いぞ! わたし)。



(第2回につづく)

バックナンバー

南綾子Ayako Minami

1981年、愛知県生まれ。2005年「夏がおわる」で第4回「女による女のためのR‐18 文学賞」大賞を受賞。
主な著作に『ほしいあいたいすきいれて』『ベイビィ、ワンモアタイム』『すべてわたしがやりました』『婚活1000本ノック』など。最新刊『ぬるま湯女子会、38度(ときどきちょっと熱い)』は好評発売中。

  • 双葉社
  • 小説推理
pagetop