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永遠の城 / 新城カズマ・著

イラスト/アントンシク

第 9 回


(承前)
「昔は……と言うても、ほんの五、六十年ほど前のことだが……」
 言いかけて、有楽斎老人はふと気づく。
 眼前の真田の若武者はもちろんのこと、庭にたまたま居合わせた者たち――彼の言葉に不思議そうに耳をかたむけている貧しそうな童たち――の、誰ひとりとして、あきらかに十五年以上の歳月を経てはいない。
 それどころか、六十年前となると、彼らの親でさえまだ生まれていなかったに違いない。
 老人は己の歳をふりかえってみた。天文 丁未の年に生まれ、今年は慶長甲寅年。ぐるりと干支は一周し、さらに数年が余るほどだ。よくも生き延びてきたものよ。いや、よくぞあれだけ殺してきた、と言うべきか。
「六十年前だ」
 老人は語り直すことにした。
「天文年間、あるいはその以前までは――城というやつは、手早く組み立てて、用済みとなれば片付けて運び去るのが常だった。言うてみれば、巨きな神輿のようなものだ。わかるかな。いや、わからんでもよいが。
 初めて、動かすつもりのない城をこしらえたのは、あの松永弾正殿だった」
 幼き聞き手たちはそろって首をかしげたが、有楽斎は、もはや気にかけなかった。彼はただ語りたかった。
 ゆえに彼は語り続けた――動かぬ城を飾りたて、近在の民に披露したのは松永弾正だった。そのためにこそ天守閣を設け、美しい櫓を考案したのだと。これは当人から聞いたのだから間違いはない。いやいや、あるいはそれ故にこそ大いなる嘘偽りであるのかもしれない。
 そして、その弾正殿の仕掛けをそっくり真似たのが、我が兄・織田上総だ。
 彼は思い出す――兄は厄介な男だった。が、役に立つところもあった。お歴々のなかでそう考えた者が一人ふたり、いたのだ。こやつに天下を任せてみても良いかもしれんぞ、と。
 それがすべてのごたごたの始まりだったことに、当時は誰も気づかずにいたのだ。
「――ああそうだ、あの頃はまだ《天下》というやつはたいそう狭かったな」
 老人の語りは、次第に、独り言に変じていった。
みやこがあり、大和と山城があり、摂州、河州、泉州があり……つまりこの大坂とその周りのことだ……戦乱はあいかわらずで、あちこちに城は造られ、またこわされた。
 毀すと言うてもな、すべて悉く崩してしまうわけではない。作法というものがあってな。こう、城の石垣の隅のところを、ちょいと崩して堀の中へ倒して埋めて……それがすなわち、この城は負けましたわい、崩れましたわい、勘弁してくだされい、という挨拶のようなもので。
 ――何ゆえか、とな。い問いかけだ。それは肝心だ。
 つまりだな……いずれその城は、また造る時があるやもしれん。敵の勢いが弱まり、あるいは味方に加勢が追いつき、再びその地に城を拵えねばならんときが巡ってくるやもしれんのだ。乱世とはそういうものだ。
 となれば、いちいち土台から城を崩していては、再び城を建てるのに余計な手間がかかる。そもそも城を建てたということは、その地は要害の地なのだからして……すなわち敵に奪られては厳しく、こちらが奪れば百人力という処で――うむ、わかりやすく言えば臍のようなものだ。臍を奪られてはたまらんからな。
 だから城は動いた。毀しては造り、敵と手打ちをしては裏切り、手を結んでは後ろから斬りかける。そうやって暮らしてきた。武家とはそういうものだ。武者というのは、その程度の生き物だ。
 それが……そうだな、あれは元亀天正の折だったな……我が兄が京に喚ばれて、のこのこと出かけていったかと思うと、矢鱈に四方八方へ手を伸ばし、つかんだ領地を手放さぬようになり――あるいはなかなか手に入り難い所領にいつまでもこだわり始めて、おかげで要らぬ骸の山を、敵も味方も繰り返し生み出してゆき……そうだ、その悪い癖だけは太閤殿下も真似をしておったな。まるで性根の曲がった餓鬼のように、でなければ智恵の足らぬ野猿のように――摘み取り、そのまま手放さず、ひたすら《天下》なるものを大きく、大きく膨らませようとして――。
 ゆえにこそ……城は、もはや組み立てるものでも、運ぶものでもなくなってしまった。あれは――ひたすら聳え続けるものになってしまったのだ」

「父も……左衛門佐も、同じようなことを申しておりました」
 老人のが一区切りついたとき、大助は俯いたままつぶやいた。
「さもあろう。左衛門佐は、往時のことどもをよう憶えておるはずだからな。あいつはそういう男だ」
 有楽斎は、ふと昔を思い出して目を閉じる。
「花もはぢらう左衛門佐、今宵はいずこのしとねかな――と、いや、今のは忘れてくれい。
 城が不動となり、 山岳やまの如きものとなった。誰もかれもが、それに依るようになった。身も心もだ。身が硬くなり、心が硬くなった。裏切りは一生の裏切り、恨みは末代までの恨み……かつてのように、心が軽く動き回ることはのうなった。
 世情が落ち着いた、と誉めそやす者もおる。戦が減り、商いが盛んになったと。一分の理はあろう。が、商わずに生きてきた者もおる。なにものかに依らずには生きてはゆかれぬ者もおる。
 武者だけではないぞ。
 公家にもおる。僧都の中にもおる。身も心も硬くなり動かざる者たちがおる。
 深い恨み……古い妬み……なにもかもが流れを止め、あるいは貧しさゆえに逃げ出せぬまま、如何ともし難く、凝り固まり、ただ滞ってゆく。
 不動だ。
 峻険たる山岳だ。
 そうして―― 山岳を退けるには、もはや滅ぼすしかなくなった」
 老人はようやく沈黙した。
 童たちもまた黙っていた。辰蔵が、椀に残った最後の芋のひとかけらを、ぺろりと舐めた。
 大助少年は、静かにこうべを上げ、己のまわりに散りばめられた言葉のかけらを拾い集めるように、ゆっくりと、老人にむかって応えた。
「――〈御城〉の……この大坂城のあるがゆえに……豊臣宗家が天下の名城を頼り、民草が豊臣宗家に心寄せたがゆえに――かえって世の障りとなり、ゆえに、こたびの戦は避け難きものとなった、と?」
 老人はなにも言わず、暮れてゆく空を見上げた。
 まだ月は遠い。ただ、風だけが、西の彼方から、力強く押し寄せてきている。
 東へ、東へ。伊吹山のむこう、美濃の暴れ川のむこうへ。
 そのむこうには東海道が、死にかけた蛇のようにうねっている――と、彼は想いを馳せる――そして俺の放った名も無き者たちが、いっさんに闇の中を駆けているのだ。
 ――そう、駆けているのは名も無き目、名も無き足だ。
 あるいは数多の名前、数多の苗字だ。ただ、それらが記されないだけなのだ。後世に届かないだけなのだ。
 大坂城から放たれた手下てかが、風を追い越しながら奔ってゆく。
 東へ。南へ。
 山々の襞の狭間へ、名も知られぬ川の源へ、薄汚れた男どもと着飾った女たちとが行き交う巷へ。
 目は血走り、爪には泥が溜まり、吐く息は常に熱い。
 そしてあちこちで無数の声は一斉に囁きはじめる。
 一揆だ。一揆だ。一味同心だ。
 南の浜で、崖の下で、巨樹の根元で、声は次の声を呼び出し、夜毎に疲れた腿と掌が貧しい境内に集いはじめる。
 どこからだ。大坂からだ。おお、ではあの石山がついに。そうだ、この機を逃すものか。あの小憎らしい〈長晟〉めを追い出してやろう。そうだそうだ。
 心地好い香り、なまめかしい汗の匂いも、夜の中をすすんでゆく。
 名前はわからないが、呼び名だけは定まっている。花と同じ名を仮に名乗る、細い腕、汚れた歯、力強いまなじり。菊、と名乗りながら彼女たちはゆく。南へ。東へ。報せをたずさえながら。
 滅ぼされたはずの声、抑えつけられるばかりの額、奪われたまま山野をさまよい続けていた指先が、あちこちで報せを受けとめる。
 受けとめて、無数の念仏が……そして念仏ならざる響きが……応える。南無妙法蓮華経、南無、南無、なむ阿弥陀ほとけ。あれ八幡大菩薩、やれ花たちばな媛。あべまりや、ほさな、きりえ・えれいそん。
 熊野の奥から伊勢の浦々へ、一味同心の爪先と糸切り歯が、大小の輪を編みながら、さながら長い長い紐のように。
 もちろん、行き違いもある。獣道の途上、互いを敵と思い込み、泥まみれになりながら喉を掻き切りもする。しるしを見落とし、道をあやまり、夜の崖から落ちさえもする。しかし古い声と血走った目は止まらない。止まらない。止まらない。
 泥だらけの手と足のいくつかは、街道を逸れ、ぐるりと経巡って意外なところに顔を出す。
 ――たとえば堺の豪商たちの庭先へ。豊臣勢が近づきつつある、との報せを受けて、商人たちは素早く行李を運びださせる。もちろん屋敷は燃やされるだろう。だが、取り返す道は幾つもある。先読みと両天秤が彼らの生業だ。そのようにしてこの港町は生きてきたのだ。
 船場の篝火も盛んになる。男たちは音も立てずに汗をかく。
 大山崎では幾つもの荷駄が闇へと消える。
 高野山では読経がぴたりと止まる。熊野では奇妙な鳥の鳴き声が夜の闇に響きわたる。
 みやこもまた例外ではない。下人たちが書状を担いで駆けまわる。あちらの羽林の屋敷では、ここぞとばかりに怪しげな偽勅をこしらえ始める。こちらの大臣の寝所では、声もなく笑い続ける主人あるじがいる。しかし摂家と清華の塀の中だけは、いずれも寝静まって動きがない。ただ風だけがその上を吹き過ぎる。

 ――そして徳川勢の進軍もまた、その同じ風の中にある。
 あちこちの街道を、大坂めざし、あるいは瀬田へ、大津へと。
 十万、十五万、二十万。若い男たち、若すぎる男たち、あるいは年老いた男たちが歩み続けている。
 ある者は、せっかちにも当世具足をまとったまま歩き出し、宿場に着く前にへたり込む。ある者は槍の持ち方を間違える。またある者は酒を飲みすぎて喧嘩を始める。
 間道を駆けてきた泥だらけの手は、血走った目は、含み笑いをしながら目の前の大仰な大行列の中へと滑り込んでゆく。行商人に扮し、飯盛り女に扮し、猟師に扮して混乱と土煙の裡へ。
 そして東海道では伊勢踊りだ。
 どこまでが大坂の放った手下なのか、どこからが駿府の狙った仕掛けなのか、江戸の幕閣がこしらえた騒ぎなのか。それともまったく別の、なにものかが動いているのか。
 互いが互いを疑い、誰もかれもが何一つ信ぜず、もしかしたら己自身をも信じてはいない。それでも軍勢は進んでゆく。進んでゆく。進んでゆく。
 軍勢は強く、そしてひどく弱々しい。なにもかもが将軍家のせいだ。二代将軍・秀忠公のせいだ。すくなくとも風聞うわさではそういうことになっている。
 なにしろ、些細な事をひとつ決めるのでも、いちいち大御所に……家康公にお伺いを立てねばならないのだから。
 そのたびに使いが行き来し、書状が運ばれ、それが行き違いになり、あいだに挟まれた幕閣が別の書状をしたため、年寄衆が口を挟み、東海道はますます混乱してゆく。
 そもそも、なにゆえ将軍家はあれほどお急ぎになられているのか。そして大御所さまは、あれほどとしておられるのか。それどころか、二代将軍に対して、そのように急ぐなと命じたらしいではないか。
 報せは別の報せを呼び、風聞はさらなる風聞を生み出す。もしや大御所と将軍家は御不仲であらせられるのか。将軍家のほうが豊臣宗家を滅ぼしたがっているらしい。いやいや逆だ、大御所こそが豊家滅亡を願っており、将軍家がそれを引き止めんと、和議の支度のために急いで大坂へのぼったのだ。
 どこまでも風聞だ、なにもかも風聞だ。戦を知らぬ若者たちは囁き続ける。熱い息が交わされる。ここで功をあげねば、また貧しい日々に舞い戻りだ。戦だ、戦だ、戦だけが希望ねがいだ。
 いっぽう老人たちは嘆息する。また戦か、もう戦なのか。いつまで続くのだ、この泥と血の道は。大御所さまは天下を静謐たらしめるのではなかったのか。将軍家さまは果たしてこれから何代もつのやら。また戦だ、もう勘弁だ。
 だが、いつの世もそうなのか、数の多さが風聞のゆくえを決める。貧しい者たち、若さしか持たない男たちは次第に大声で不確かな謀りごとを弄ぶ。
 伊達殿は今度こそ裏切るらしいぞ。大久保の家中は未だ怨みを忘れておらんようだ。本多と酒井はひそかに争うておるのを聞いた者がおる。吉利支丹どもが京の関所を奪って立て籠もったとか。じつは島津の船団が、ぐるりと外海をまわって江戸湊へと攻め込む手はずなのだ。……
 あらゆる風聞、あらゆる陰謀、あらゆる妄想が、ようやく整えられ始めた街道を次々と、大蛇のように呑み込んでゆく。
 いや、もはや街道は姿かたちもない。そこにあるのは――そこにうねり、のたくっているのは――東から西へ、そして北から南へと伸びる混乱と囁きの蛇だ。多頭の蛇だ。
 頭のひとつは東海道をのぼり、なんとか京までたどり着いて一休みしようと呻吟している。別の大きな頭は、墨俣川を越えてから南へ頸を伸ばし、伊勢へ向かって朱い舌をちらつかせる。残った小さな頭たちは、大井川で酒を浴び、大垣で言い争いを始め、大津で女を買い漁る。
 そして――その巨大な多頭の蛇を追いかけるように、伊豆の湊で舟から降ろされた籠が西へ急いでいる。
 ひどく粗末な女駕籠だ。しかし護衛だけは厳しい。鋭い目つきの若武者が八人、常に籠を囲んだまま、前後左右を睨みつけている。鯉口はすでに切られ、草履は泥にまみれている。
 籠は、伊豆から東海道の脇筋を進む……混乱の軍勢を避け、一刻も早く、京に向かって。
 関ヶ原を避け、南にそびえる山々のあいだを抜けて、籠と護衛は伊賀から宇治へ、そして山科を走り抜け、音もなく関所を越えて深夜の洛中に至る。
 その籠をひとりの暗い男が迎える。影のように動き、影の中へ消える。二条城の一角に控えていた天海僧正を経て、さきの右大臣にして源氏長者・徳川家康公に報せが届く。
 ――例の籠が、到着いたしました。
 男の頬には、ヤモリにも似た傷がある。

 家康が、奇妙なほどに長逗留していた二条城より出馬して、ようやく大坂へと向かったのは、その翌日のことだった。

(つづく)

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新城カズマKazuma Shinjo

1991年『蓬莱学園の初恋!』でデビュー。2006年『サマー/タイム/トラベラー』で第37回星雲賞を受賞。他の著書に『さよなら、ジンジャーエンジェル』『15×24』『島津戦記』『玩物双紙』などがある。

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