双葉社web文芸マガジン[カラフル]

永遠の城 / 新城カズマ・著

イラスト/アントンシク

第 7 回


第二章 「こたび不慮の事にて」
――九月中旬~十一月
(グレゴリオ暦一六一四年)
 大助少年の眼前で、砦が出来あがりつつあった。
〈御城〉を囲む惣構の南の端――であるから、真田の一党に与えられた屋敷から歩いても、しばらくかかる。これでは手間だな、という父・信繁(もっとも今では「幸村」あるいは「ゆきむら大将軍」のほうが通りのよさそうな勢いだったが)の何気ない一言で、男どもは我も我もと惣構の外に仮の小屋を建て始め、三日と経たぬうちに一族郎党まるごと引っ越しと相成った。
 動いた先は、惣構を取り巻く堀が東西に横たわる、そのさらに外。がっしりとした大地は、古い「石山」の呼び名に恥じぬよう北も西も厳然とそびえるいっぽう、何の気まぐれか、この南東の一角だけはそこかしこに小さな谷や崖がある。まるで地面そのものが上下に足踏みをしているような、その様は、
 ――ふふ、大坂も、秋は祭りが盛んと見える。ほれ、大地が踊っておるわい。
 と、真田信繁(もしくは幸村)が戯言を口にするほどだった。
 いつもながらの、父のあまり出来のよくない冗談に、大助は無言でため息をつく。もっとも配下の郎党は、
 ――おお、さすがは真田の殿、風流を解される。
 ――感服しまいた。いや、お見事!
 などと頷きあっていた。大半は、入城の折に新たに「真田の郎党」となった男たちだった。が、信州から駆けつけた古株たちも、そんな頷き合いの輪に入っては目尻に涙を浮かべている。
 角や、九度山以来の老人たちは、やれやれといった顔つきで苦笑し、大助少年の憮然とした口元に気づくと、さらに苦笑の度を増した。
 ――ははは、若さま。さようにお怒りめさるな。いつもの事、いつもの事。
 ――べつに怒ってはおらぬ。
 そうこうするうちに、どこからか立派な材木が運び込まれ、土煙があちこちで立つようになり、縄張りがあっという間に済まされた。人足たちも、湊のほうからやって来て、小さく会釈してから、すさまじい怒鳴り声とも唄ともつかぬ大音声を発しながら、あちこちで数人の組を作って体を動かし始めた。
(手早い……)
 早すぎる、と初めは思った大助だったが、しばらくして合点がいった。ここは、父が見当をつける以前から、すでに出丸を作ることになっていたのだ。
 誰によって?――決まっている。秀頼公たちによって、だ。あの軍議の折、父が開陳した策は、たまたま、その狙いに合致していたにすぎない。
 あの〈御城〉の、いずことも知れぬ一角で軍議の一部始終を盗み聞いてしまったと、少年は邸に戻ったその晩、夕餉の席で伝えている。
 ――ほう。あれを、な。
 父は驚く様子もなかった。
 ――御存知であったのですか。あの仕掛けを。
 ――噂ならば聞いたことがあるな。
 とだけ言って、真田信繁は漬物をかじり続ける。
 ――わたしは存じ上げませんでした。あのような仕掛け……木村殿のお話では、他に幾つもあるのだとか。奥御殿から、あるいは天守閣からでも、城内のあらゆる動きを察せられるようにと。
 ――太閤殿下なら、やりかねんな。天下人とはそうしたものだ。
 ――他の城にもあるのですか。たとえば駿府の……。
 さて、どうだろうな、と少年の父はつぶやき、薄い汁をすすった。そこで、その話は終いになった。
 が。
(天下人……天下人か!)
 真田大助の裡では、これまでに感じたことのない何かが、小さな何かが、巣くい始めたように思われた。
 ……いずれにせよ、数日とたたぬうちに、惣構のすぐ外にあった名も無き岡は、大きく南にむかって開ききった扇のごとくに、すっきりと半円のかたちに削られ、空堀に囲まれ、すっかり真田の出丸――いや、らしくなった。
 そして男たちの汗の臭いと、まるでそれに吸い寄せられるように集まってきた飯盛り女たちの放つ不思議な香りで、一帯は満ち満ちていくのだった。

 正午の光のもと、大助は惣構の端から、男たちの働きぶりを眺めていた。
 堀の向こう側に、人足たちの棟梁かしらが立っている。背こそ低いが、肩幅があり、目つきも鋭い、いかにも湊の男とおぼしき者だった。
(伊達者、とはこれなのだろうか)
 ふと大助は、かつて父から聞かされた話を思い出す。奥州の覇者、伊達家のあるじ、独眼竜と呼ばれるおとこ
 いつもならば、何事も出来の悪い冗談にしてしまう父が、あの伊達政宗という人物を語る時だけは、ひどく懐かしげな……そしてどこか口惜しげな……眼をしていたのを、少年は憶えていた。
(伊達政宗公――独眼竜――)
 その棟梁が、空堀の手前で何やら大声で配下に命じていたのが、ふと大助のほうを振りむくと、大股で近づいてきた。
 足早に、出丸と惣構の間にある広い空堀を越えて、少年の目の前にまで来ると、
「真田の若君とお見受けいたします」
 すっと腰を落とし、片膝をついて、ほとんど土下座せんばかりに頭を下げる。
「如何にも左様だが」少年は答える。「おぬしは、たしか……勘助であったか」
「へい。先日の仕事始めの折には、さしたる御挨拶もできず、御無礼仕りました。木津の勘助とお見知り置きくだせい。――で、御無礼ついでと 申しては何ですが、もうひとつ……このたびは、うちの阿呆が大変な御無礼、御迷惑をば、おかけいたしまして」
「あほう?」
「いや、恥ずかしながら――戎橋の辰とか云うて意気がっとるあのド阿呆もん、わしんとこの息子にございます」

 十年ほど昔、己がまだ右も左もわからぬ若造だった折、ふと知り合った湊の女と情を交わし、十月十日で生まれたのが――と、頭を垂れたまま勘助の述べ立てた仔細というのは、ようするにそういうことだった。
「その女も流行り病で冥土に旅立ち……へい、今のかかあとは別の女でございます……残された赤子を、ともかくうちで育てることと相なりまして。生まれた年から辰蔵たつぞうと名付けはしたものの、どこでどう育て間違えたやら、たつと虎とを合わせたような気性の、なんとも荒くれな餓鬼になりまして……今では近在のててなしやら無頼の連中やらを引き連れては、乱暴狼藉、押し売り押し買い、あちこちに御迷惑をおかけしておる次第」
「いや、さほどの迷惑は」
 被っておらぬ、と答えようとして大助は、ふと口を閉じる。そういえば入城以来、往来をゆくたびに、
 ――やあ若君! 必勝祈願、必勝祈願!
 ――六文御料、弥栄!
 ――大助だいすけ大明神!
 などと威勢のよい声をかけられたり、おがまれたりするのは、もしや例の一件に尾ひれが付いているのだろうか。
「……迷惑というほどの事ではないが、つまりその、さして害はない。今のところは」
「ありがたい御言葉で」
「いや、こちらこそ礼を言わねばならぬ。これだけの人数でこの仕上げ、そして見事な采配ぶり、遠くから眺めているだけでも感服するばかり。まさしく我らが出丸は立派に務めを果たそうぞ。真田の面目も立つ、豊家右大臣様もお喜びなさる。――あいにくわたしは若輩者、初陣はもとより、砦造りにも暗いゆえ大した働きも出来ぬまま」
「なにをおっしゃいます、若殿!」
 それでは初陣の折には、この勘助が馳せ参じましょう……と、男が再び平伏していると、堀の向こう端から呼び声がする。勘助が、
「待てや、いま戻るわい!」
 怒鳴ってから、また深々と一礼して立ち去る。
 と――それを待ちかねたように、
「……おおう、ようやくんよった、あのじじい!」
 甲高い声がした。
 大助は、と背後を睨みつける。
 惣構を区切る 柵のすぐ近く……太い材木が積まれたあたりの、その裏側から、長髪の少年がひょっこり姿をあらわした。
「やはり、そこか。気配はあったが」
「やはりもかわやもあるけ、ボケ」
 戎橋の辰は、すたすたと大助のかたわらに歩み寄った。
 派手な唐草模様が一面に躍る厚手の合羽を、大荷物でも背負い込むように着込み、その下には伴天連さながらの地味な黒一色の薄衣と、あいかわらずのおかしな装いだが、それでも先日までに比べれば大人しい有様だ。
「『やはり』と『厠』に何のつながりがあるのだ。平仄が合うておらぬぞ、辰」
「アホか。矢ぁ張りよったら次はどないすんねん、こないして弓ぃ引き絞ってイキむやろ。ほしたら厠もおんなしや。どっちゃも出るもん出してサッサと次の獲物狙うのもそっくりやし。どや、グウの音も出んやろ。顔洗うて出直せボケ」
「……今のその屁理屈を、何の備えもなしに、すぐさま口にしたのならば、おまえはそのうち余程の講釈師として出世できるぞ。さもなくば天下一の禅僧か」
「知らんがな」
僧都そうずは好かぬか」
「あのじじいの次くらいに好かんわ」
「おぬしの実の父だぞ」
 ちゃうわ、と辰は地面に唾を吐く。
「あんなん、うとるだけや。この辰さまはてて無し、母無し、生まれた日ぃから天涯孤独っちうやつや。だれの子か知らんわしを、おどれの息子やぁうて、養のうて、世間にええように思われたいだけや。あんなくそじじいの血ぃなんぞ引いとらんど」
「いや待て。そうではないぞ――」
 少なくとも、先ほどのあの男は嘘をついてはいなかった、おぬしは間違いなく勘助の実の子なのだ……と言おうとして、大助はふと口ごもる。
 確かに、勘助は、そのように信じている。そこまでは大助にも読み取れた。
 しかし。わかるのはそこまでだ。真実そうであるのだと、大助に証しがあるわけでもない。
 勘助と、亡くなった辰の母親のあいだに何があったのか。そもそも、ほんとうに辰の母はこの世にいないのか。そうしたことは、大助少年には知る由もないのだ。
「って、あのじじいの話ぁどうでもええねん」辰が唸る。「それより、おんどれ、御城にばれよったちゅうんは本当ほんまけ」
「うむ」
「どんなんやった、お城ん中ぁ?」
「うむ、そうだな……」
 問われて大助は、自分でも驚くほど気軽に、城内の壮麗さと、そして山里曲輪くるわの一件を語った――もっとも、例の盗み聞きの仕掛けのところと軍議の次第については、省きはしたが。
 おかしなものだ、と少年は語りながら思う。
 入城の一件以来、幾度かこの異装の少年と顔をあわせることがあったが、なぜかそのたびに大助の口は軽くなるように思われた。
 こちらの口を軽くする、不思議な魅力のようなものが、この異装の少年には確かにある。そのうち、父上とこいつを会わせてみるのも面白そうだ、と彼は考える。どんな騒ぎになるやら。あるいは案外、意気投合してしまうかもしれない。
「へっ!」
 話を聞き終えて、辰は、本心から真田大助という若者を見直したようだった。
「ほんでもって城内御免の簪、てか。たいした果報モンやのう!」
「しかし、その後が思わしくないのだ」
 大助の語った次第はこうだった。
 千姫さまを護衛する、そのためにはまず城中・奥御殿の仔細を知らねばならぬ、というわけで取次を頼むたびに、
 ――己の身は、己で護る。それでこそ武家の女。真田の手助けなど無用。
 と、帰ってくる伝令は、ことごとく冷たい返事。
 あきらめずに門を叩くが、そのたびに、
 ――千姫の憂いはただひとつ、殿下の御身が御無事。己の安寧など慮外なり。姫の為すべき働きもまたひとつ、すなわち獅子身中の虫を退治ること。
 そして、
 ――城内に居るやもしれぬ内通者を暴き、これを討ち、後顧の憂いをなくしてのち、殿下の御出馬を賜れば、このいくさ、百戦して危うきところなし。
 さらには、
 ――これ以上の護衛など無用、ましてや姫の住まう奥御殿は男子禁制、云々。
 と告げられてしまう。
 かくして真田大助は、一党あげて移り住んだ「真田丸」で寝起きしつつ、昼には惣構を北へ歩いて奥御殿へ伝言し、あいかわらずの返事に肩を落として南へ戻り、を繰り返す日々なのである。
 という打ち明け話を黙って聞いていた辰は、大きくため息をつくと、
「――アホやなあ! そんなん、こないに言うたったらええやん!」
 と、若き真田の殿に耳打ちした。

 半刻後。
 奥御殿より、ひどく勿体ぶった調子で、伝令役の年若い女房が、
「されば――真田の若殿の、奇妙なる悟りの技を用いて、内通しておるやもしれぬ者を一人またひとりと吟味し、憎むべき間者を暴くよう改めて申しつける……との仰せにござります」
 と告げるや足早に戻っていった。帰ってゆく女房が初めて見かける者であること、面であること、そしてそれが一面すっかり赤らんでいたことが、なぜか大助の目に留まった。
「ほれ見ぃや」
 異装の少年は、大助の脇腹を肘で小突く。
「口先のカチコミやったら、この辰さまに敵う奴おらへんわ」
「そのようだな。礼を言うぞ」
 大助は微笑み、懐に秘めた簪を、ふと握りしめた。
「――で」辰がと笑う。「ほんま城内御免なんやな? どこでも入れんねんな? ほしたらひとつ、頼みぃあんねんけど」

(つづく)

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新城カズマKazuma Shinjo

1991年『蓬莱学園の初恋!』でデビュー。2006年『サマー/タイム/トラベラー』で第37回星雲賞を受賞。他の著書に『さよなら、ジンジャーエンジェル』『15×24』『島津戦記』『玩物双紙』などがある。

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