双葉社web文芸マガジン[カラフル]

永遠の城 / 新城カズマ・著

イラスト/アントンシク

第 3 回


(承前)
 正面――北の彼方に、黒壁の天守閣がそびえている。
 五層か、六層か。それ以上か。一目だけではわからない。というよりも、あまりの美しさに数えることすら礼を失したおこないに思われる。
 黄金こがねの飾りが随所に配されているのだろう、剣さながらに天にむかって突き立つ姿、その縁をとりまいて、きらきらと妙なる文様が秋の空に光り輝く。
 思わず伸ばした左手の、親指の爪よりも小さい。
 その小ささ……はるかな美しさを、優しく抱きかかえるように、いくつもの櫓が、塀が、石垣が、屋敷が、納屋が、大路と筋が、人びとが、あたり一面にひろがっていた。
 そして、それらすべてを囲んでいるのが、堀だった。
 一行の手前には、水のない空堀からぼりがあった。幅は広かった。大の大人が縦に十人並んでも、こちらから向こうまで届かないかもしれない。大助は、震えながらこうべをめぐらせた。右へ、そして左へ……すなわち東西へ、堀は続いていた。
 東に目をこらすと、空堀は幾重にも北へと曲がっていた。大河をさかのぼる龍のごとくに、身をくねらせ、大地を穿ち――どこかで北へと転じているはずだが、定かではない。
 西もまた、しばらく進むと、わずかに北へと折れ曲がり、大きな蔵屋敷のむこうへと姿を消している。その、さらに西には、たっぷりと水を張った別の堀があるらしく、陽光が七色に撥ねている。
(なんという……)
 少年は言葉をさがした。
 が、見つける前に、軋む橋を一行は越えて、堀の内へと進んでいた。
「城だ」
 父の声がした。その短い一語こそが、少年の探していたものだったのかもしれない。
 そうだ。
 城だ。
 ここが〈御城〉なのだ。
 なにもかもが、少年の想像していた風景とは異なっていた。五色の御殿、整然と居並ぶ将兵たち、そして女官たち、京にも引けを取らない雅な楽の音……そうしたものを、幼いころから繰り返し、彼は脳裏に描いていた。
 音は、たしかにあった。
 あたり一面に満ち満ちていた。
 ざわめく男どもの、そして女たちの足音。衣擦れの音。馬のいななき。荷駄の軋み。激しいかねの音。念仏。唱名。物売りなのだろう、品々の名を詠うようにならべてゆく嗄れた声。幾十という鳩の群れの羽音。盲目の法師が奏でる琵琶の音。壇ノ浦の哀しげな一節。大きな櫃をかついだ荒くれ男の名乗り。南蛮から流れ着いた髭だらけの男たちがこぞって喚き立てる、全能なる天主の怒りと慈悲の歌。――
 だが。
 なによりも彼を驚かせたのは、音ではなく、だった。
 肉を焼く匂いがした。
 今まさに絞め殺されんとする鶏の臭いがした。
 まるまる太った猪の臭気が鼻をついた。
 煙草の薫りがした。
 汗と、尿と、糞の悪臭が、そよ風と共に押し寄せた。
 白粉と紅をぬりたくった女たちが列をなして通りかかり、今まで嗅いだこともないような不思議な芳香を残して去った。
 男も、女も、子供も、老人も――じつに大勢の者たちが、南北にのびる大路の辻ごとに車座になり、立ち尽くし、頭を寄せ合い、肩をぶつけ合い、笑い、銭を見せびらかせ、酒を呑み、煙草を吸い、たちどころに群れて集まり、かと思えば走り去り、そのたびに新たな臭いが……あるいは芳香が……大助のもとにやって来た。
 なるほど、と大助は合点した。民とはこういうものなのだな。天下というのは、つまり匂うものなのだ。
(それにしても――)
 なんと大勢なのだろう!
 これほどの人数が、いっせいに、しかも手足の動きが揃わず自在勝手に蠢くさまを目にするのは、大助にとって生まれて初めてのことだった。
 一度だけ、〈高野〉の麓を巡っているうちに、たまたま大勢の男たちを見かけたおぼえはある。数年前のことだ。百人ほどの僧が、川上の寺にむかって足並みを揃えてすすんでゆき……しばらくしてから、高く、低く、哀しげな読経が聞こえてきた。
 屋形に帰ってそのことを父に告げると、おそらく岐阜中納言殿の七回忌であろう、と教えてくれた。
 ――ぎふ?
 ――織田秀信殿だ。あの総見院殿の……かつて天下の権を執った尾張の信長の、御嫡孫だな。
 と教わっても、誰のことやら見当もつかずに大助は首をかしげたものだ。そんな彼を眺めて、父は一言、
 ――祇園精舎の鐘の声、か。
 つぶやいたきり、黙ってしまった。
 あれは不可思議な出来事だったな……と少年が想い起こしている、その時。
「……下郎!」
 鋭い叫び声に大助は、右側の大きな人だかりを睨んだ。
 髭の武者にぐるりと囲まれた、その中央――近ごろ流行りの虚無僧姿をした男がひとり、まだ齢は十にもならぬだろう幼い娘の細い腕をつかみ、そのまま羽交い締めにして、地面に押し伏せようとしている。
 少なくとも、大助の目にはそう映った。
「 父上!」
 鋭く声を発した時には、大助はすでに下馬し、手綱を隣の角じいへ投げ渡している。
 返事を待たず、少年はすばやく動いた。虚無僧が気づいたときには、すでに彼の細身は両者のあいだに割って入り、逆に、虚無僧の太い手首をねじり上げていた。
「……かように幼き女子おなごへの無理強いは、卑怯の振る舞いにござりますぞ! 控えませい!」
「なに!?」
 虚無僧が、驚きのあまり幼女の腕を離し、そのまま二、三歩、後じさる。
 いや。
 驚いたのではない。
 間合いを取ったのだ――と大助が悟るまでに一瞬を要した。
 男は、おもてを隠していた天蓋をすらりと脱ぎ捨てた。まだ若い。十七、八といったところか。右の頬に、縦に一文字、傷跡がある。奇妙にひきつれた、小さなヤモリのような形。左手は腰に伸び、三尺五寸はありそうな古びた刀の、すでに鯉口は切られている。
 が、すぐには抜かない。
「……面白い」傷の男がつぶやく。「さすがは天下の大坂城。阿呆も多いとみえる」
「……」
 大助は答えない。じっと対手あいての両眼を睨みつける。
「なんと申された」
「阿呆を阿呆と呼んだまでのこと。それとも盗人に加勢する阿呆も、近ごろは呼び名が決まっているのか」
「盗人?」
「この小僧のことだ」傷の男は、ちらりと地面を見やる。「俺の懐を狙っておった。気づかなんだか。それとも、おぬしも一味か。それにしては間抜けな格好だ」
「……それがしを真田左衛門佐が嫡男と御承知の上での、その申され様か」
「だとしたら?」
 返答の代わりに大助の右手が、ゆっくりと、腰に佩く太刀に近づいた。
 もちろん実戦は初めてである。
 が、武芸の手ほどきは受けている。朝となく夕となく、弓をあやつり、剣を振るい、槍を握ってきた。足場の悪い山中で手負いの獣を両断したことも一度や二度ではない。
 傷の男は動かない。
 近い。三歩、四歩。いや、跳べば一歩で組み合う距離だ。
(負けぬ――)
 気合を丹田に溜めて、対手から目を逸らさない。
(――いや、勝つ!)
 が。
 どうしたことか、傷の男が、ふと、殺気を消した。短く息を吐いてから、
「……ふふん。今日のところはやめておこう」
「なに?」
 虚を衝かれた大助の背後で、ざざ、と音がした。振りむくまでもなかった。足軽たちの槍の穂先が十本ほど、少年の左右にすらりと並ぶ。角じいの胡麻塩髭も、少年のすぐ隣に、ぬっと現れた。怒りのためか、息が荒い。
「待て」
 今にも切り込みそうな老臣の二の腕を、彼は掌でおさえた。
「しかし、若、この無礼者めを……」
「その無礼者にも忠臣はおるようだぞ」
「!?」
 間違いなかった。
 傷の男の背後、先ほどまでは騒ぎを楽しげに見物していただけの武者たち――その数は大助の背後に並んだ槍の数よりもわずかに多い――が、いつのまにか、真剣なおももちで腰の得物に手を伸ばし、じりじりと、いつでも飛びかかれるように、左足を引き、右の爪先に重心を移しつつある。しかも、そのうちの一人は、身をもって傷の男の盾になろうと進み出たが、すばやく男に睨まれ、恐縮するように半歩下がった。
 同輩の助太刀――ではない。明らかに、目上の者を護ろうとする様子だ。
 よくぞ気づかれた、と普段ならば角じいの口から褒め言葉が出るところだったが、老臣は息を呑んで、己の不覚を恥じるように一歩下がった。
 これに合わせるように、真田の槍も、傷の男の手下てかたちも、音もなく、一歩、二歩と下がって止まる。
 どちらも動かない。
 いや、動けない。
 主人を護らねばならない。が、主人が動かずにいるのに許しなく進むわけにもいかない。かといって、これ以上下がれば、いずれの側も体面が保てない。
 しかも、この騒ぎを聞きつけて、すでに新たな見物人たちが、彼らのまわりを囲み始めている。この狭い中で下手に動けば、双方のみならず彼らも怪我では済むまい。
 入城の前に、このような騒ぎを起こしたら、父はもちろんのこと、真田の一党にどのような評判がついてまわるか。
(ならば――ここから如何どうする?……)
 大助は自問した。
(これが、まことのいくさならば……秀頼殿下を護るための戦いだったらば……如何に戦うのが正しい?)
 と、その時。
「……おうおうおう、このアホンダラだぁれが『幼き女子』やゴラァ、どこに目ぇつけとんねん! この戎橋えびすばしたつをナメよったら、おんどれのケツの穴ぁ二つ三つ増やしてまうど、ああん!?」
 倒れ伏していた哀れな小娘……と大助が思い込んでいた者が、勢いよく立ち上がるや、がなり立てたのである。

「あ――」
 と、先に声をあげたのは、大助だったか、それとも見物人のいずれかであったか。
「辰! 兄ぃ!」
「言うたれ、辰やん!」
「いわしたれや!」
 それを合図とみたのか、見物人の隙間から、どっとばかりに子供らが現れ、《戎橋の辰》の後ろについて、喝采とも悲鳴ともつかない大声であたりを満たし始める。
「こ、これは」角じいのかまえる槍が、ぐらりと揺れる。「これは一体」
 無理もない。そこに集まった幼い者たちのありさまときたら、まさしく、
 ――異様。
 の一言に尽きたのだから。
 褌もしめていない泥だらけの者がいるかと思えば、色鮮やかな南蛮風の絨毯をまとう者もいる。五色の傘を必死に掲げる幼児おさなごの群れがいる。その隣には、竹籤たけひごでこしらえた大きな仮面をかぶった子がおり、猪の毛皮を丸ごとかぶった少年がおり、髷を二つも三つも結っている白粉だらけの娘たちがおり、でたらめに鉦をうち鳴らしながら走り回る半裸の三つ子もいた。
 が、もっとも際立つ異装の主は、肝心の「幼き女子」――いや、少年だった。
 歳の頃は十か、十一か、一同の中では年かさのほう。ところどころ破れた緋色の薄衣を頭からとかぶり、頬には白粉、唇には紅、か細い首には黒々と太い数珠を二重に巻き、髪は結わずに腰まで垂らし、胴は 素肌をあらわにして、右手に十字架クルス、左手には煙管を握りしめ、腰には真紅の襦袢、遊女のふりをしようとしたのが半ばで川に落ちてしまったか、とでも思わなければ、なんとも仔細のわからぬ珍妙な格好。しかもこれが眦を決し、髪を振り乱しながら、
「どこが女やねん、おどれのチンケな逸物よりも立派やど、おらあ! よう見さらせ、弁天様も裸足で寄うてくるちゅうて評判のなあ!」
 と襦袢をめくりつつ迫ってくるのだから、真田の宿将である角じいはもとより大助少年もすっかり気圧されて動くこともできない。
「いよう、辰にぃ!」
「辰やん!」
「戎橋ぃ! 大明神っ!」
 騒ぎ立てる子供らに、まわりの大人たちも次第に調子を合わせ、声をあげ、腕を振り、なかには踊り出す粗忽者さえ出てくるやら、もはや元の騒ぎがなんであったのやら誰も彼も忘れかけようとしていた、その時。
「――その盗人を庇いたくば、好きにするがいい」
 傷の男の発したささやきが、なぜか喧騒に消されもせず、大助の耳に届いた。
「いずれにせよ、おぬしと決着をつける機会ときは、じきに来る。騒々しい邪魔の入らぬ機会がな」
 如何どういうことだ――と振り向いたときにはすでに男の姿は、愉しげに踊る老若男女にまぎれ、彼を護っていたと思しき武者たちも一人として見つけられず、ただ珍妙な仮装の幼い者たちとそれにつられた大人たちが、ぐるぐると踊りの輪を広げ、鉦や太鼓の音だけが大きくなってゆくばかり。
 我に返った角じいの指図で、真田の郎党が、異装の子供らを必死に鎮めはじめる。
 それを見つめる大助の脛当てを、こつりと叩くものがあった。
 見下ろすと、一同の頭目と思しき、あの辰と呼ばれた少年が、膝をぶつけている。
「おうおうおう、なんやねん天下の往来で踊うとるんがなんであかんねや! 邪魔すんなや、なんとか言わんかいゴラァ!」
「おぬしは――いや、戎の辰とか申したな」
「戎橋や! どこに耳つけとんねん!」
「や、これは相済まぬ」大助は素直に頭を下げる。「先ほどのことも謝る。見間違いだ」
「ほほう、性根は曲ごうとらんやな。よしゃ、よしゃ。ほしたら払うもん払うてもらおか」
「なに?」
「どたま下げよったんやったら、あとはもう慰謝金おぜぜきれいに支払わはってなチャッチャとしまいにしょうやないかい。わしらも暇やないんやから。まだ昼飯も食うとらんしな。ま、今日んところぁ安うしとくわ。百文でええで。銀なら一匁。なんやったらきんでもかめへんし」
 あたりを憚りながら、そっと掌を差し出す辰を、大助はまじまじと見つめるばかり。
「ほれ。なにしとんねん。はようせんかい。見廻り来よったらまたゴチャゴチャなるでな」
「いや……その……銭とやらの持ち合わせは……」
「ほほほう商売上手やな、若うなりして見上げたもんや。ほしたら八十文でどや。これより先は金輪際まからんど!」
「……待て。いったい何の話だ。そもそも、おまえは何ゆえ、あの虚無僧に組み伏せられていたのだ。――盗人云々というのは、もしや」
「なんやんもうゴチャゴチャうるさいやっちゃなあ。払うんちゃうんかい」異装の少年の目つきが変わる。「せやったら、わしらにもわしらの覚悟ちうもんがあんどゴラァ。……おう、皆の衆、やったらんかい!」
 さっと腕をあげると、それが合図だったらしく、いったん静かになっていた子供らが、真田の足軽たちのかまえていた槍をかいくぐり、どっとばかりに集まってきて、
「なんやなんや、わいらに因縁つけようてかい!」
「どこの村のもんやワレぇ」
「鎧あるからちゅうてナメとったらあかんどゴルァ! 武家がなんぼのもんじゃい!」
「それにしてもケッタイな格好やのう! ましらのケツより真っ赤っかやんけ」
「なんやわれ知らんのかい、あれぁ真田の赤備えちうやつやんど」
「なにが赤備えやねん」竹籤の仮面をかぶった子供が叫ぶ。「あの髭の爺ぃ見たれや、あちゃこちゃ煤けて紫ぃやないかい」
「せやせや! 紫や、むらさき!」
 辰のすぐ隣で、髷だらけの頭をした幼い娘たちがそろって笑う。
「いんや、ゆうたら高貴すぎるわ」異装の少年は何かを思いついたように、にやりと笑って片目をつむった。「こんなんで十分や」
「さきむらかい! そらええわ!」
「よっ! さきむら将軍、御入城!」
 と囃し立てる声がおこったかと思うと。――

「大助、如何どうした。置いてゆくぞ」
 ――それまで、じっと待っていた父の声にふりかえり、恥ずかしさやら困惑やらで頬を染めた大助があわてて馬上の人となる。が、一行がふたたび進み始めてからも、子供らは囃すのを止めず、それどころか大路の大人たちも面白がって声を合わせて長い行列となり、誰かが賽銭を投げるや、あちこちで銭が宙を舞う。子供らがそれをめざとく拾い、どうやらこれが辰の目当てであったのかと大助少年が察するころには、もはやどこまでが将兵でどこからが踊りなのかもわからず、いつのまにやら囃し声も、
 ――さきむら大将軍、義によって太閤殿下の御遺子に御味方いたすべく、ただいま参上せり!
 という立派な触れ込みになっていた。
 その大騒ぎを……やれやれと苦笑しつつも真田の大将は制しようとはせず、泰然として、まるで初めからこのようにして入城を果たす算段つもりであったかのように、馬上で揺られていた。
 後ろに並ぶ大助は、なんとも言いかねる気分で、そんな父の背を眺めている。
 その口元あたりから、かすかに……ほんのかすかに、圧し殺した笑い声が漏れてくるのを少年は聞き逃さない。
(心底から愉しんでおられるな、父上は――)
 あの苦笑は、彼の父・真田信繁の、いつもの癖なのだ。
 碁を打っても、あまり上手くない連歌をおこなっても、興がのればのるほど笑いを噛み殺し、しかし抑えきれない。しまいには横腹の筋が痺れてきたと言って寝込んでしまう。
 いっそのこと呵呵大笑したほうがよろしいでしょうに、と幾度か意見したことがあったが、そのたびに、
 ――大将というものはな、喜怒哀楽をおもてに出さぬものだよ。
 などと理屈にもならぬ理屈で誤魔化されてしまうので、しばらく前から大助少年はあきらめることにしていた。
(それにしても……これでは戦に参じたのか、祭りの見物に来たのか、区別がつかぬ)
 と、馬上の少年が肩を落としているうちに、行軍が止まった。眼前の巨大な門にむかって、
「おう、さきむら大将軍のお通りや! 皆の衆、道ぃ空けたらんかい! 空けなんだらドタマかちわるどゴラァ!」
 異装の少年が喚くと、門の脇に腰を下ろしていた老人が、長い槍を杖にして、左右に揺れながら、よろよろと身を起こした。
「何事や、辰」 
「おう門番のじっちゃん、まだ生きてはったんかい」
 けっして当世風とは呼べない甲冑をまとった老人は、ふん、と鼻を鳴らすと、わしゃあ死なん、とつぶやいた。
「わしゃあ死なん……太閤はんに頼まれたんや、せやから死なれへんねや……いつまでも若君をお守りせにゃあ……」
 そのかたわらで、こちらは真新しい具足に身をかためた兵らが数名、互いに顔を見合わせている。
 なるほど、つまりこちらが正真の門番たちで、御老人のほうは勝手に門の横に居を定めているだけだが、いかなる仔細か、追い出そうにも追い出せずにいるようだ――と、大助が得心しているうちに、老人はどこからともなく、破れかけた紙と筆を取り出し、
「どこの田舎もんや、今度のは」
「おうおう、田舎も田舎、京を去ること百万里、関東奥州なんのその、補陀落渡海のそのむこう、三途の川のあちらから、いざ御味方せんと馳せ参じた、その名も真田さきむら大将軍とその御一行さまや! したってや、じっちゃん!」
 唖然とする大助を尻目に、異装の少年はすらすらと法外な口上を述べ、老人は震えるようにうなずきながら筆を走らせる。
 しばらくして、ふん、こないなもんやな……と満足げに鼻を鳴らした、その手元には、
 ――真田 幸村
 の墨跡があった。

 かくして、この日……慶長十九年九月上旬、とその軍勢は、大坂城に入城したのである。

(つづく)

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新城カズマKazuma Shinjo

1991年『蓬莱学園の初恋!』でデビュー。2006年『サマー/タイム/トラベラー』で第37回星雲賞を受賞。他の著書に『さよなら、ジンジャーエンジェル』『15×24』『島津戦記』『玩物双紙』などがある。

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