双葉社web文芸マガジン[カラフル]

任侠ショコラティエ(新堂冬樹)

イラストレーター:岡田航也

第14回

 どこかの建物に連れ込まれるまで、三十分くらい車に乗せられていたような気がした。
 少なくとも、数時間前に譲二が拉致された大久保より遠いのはたしかだ。
 床に座らされて、かなりの時間が経つ。
 見張りなのだろう一人以外に、人の気配を感じなかった。
 アイマスクで視界を奪われているので、譲二は自らが置かれている状況を把握することができなかった。
 人の話し声も外の物音も聞こえなかった。
 ひんやりと硬い床、生温く黴臭い空気――譲二は、倉庫と見当をつけていた。
「アイマスクは、いつ取るんだ?」
 譲二は、恐怖に上ずる声で訊ねた。
「黙ってろ、カス」
 見張りが吐き捨てた。
「カ……カス!? お、俺は年上だぞ? それに、元『東神会』の組員だ。もっと、敬意を払うべきだろ?」
 イジメられるタイプは、仕返しを恐れて言いなりになってしまうという共通点がある。
 実際に譲二の学生時代は、その典型だった。
 いや、その本質はヤクザを経験した現在も変わらない。
 だが、いまこそ漢になるときだ。
 直美は鎖で拘束されて睡眠薬で眠らされている。 
 このままだと、海東にどんな目に遭わされるかわからない。
 最悪、命を奪われる可能性もあった。
 状況は把握しきれていないが、少なくともほかの半グレがいないときになんとかしたかった。
「海東さんがバックについてくれてるから、ヤクザは怖くねえし。それにお前、いまはヤクザじゃねえだろ?」
「まあ、いいや。なあ、お前の要求はなんだ? ほしいものでも、金でもいい。俺がお前の要求を全部呑むから、助けてくれないか?」
 譲二は、顔もわからない相手に持ちかけた。一か八かの賭け――危惧している余裕はなかった。この機を逃せば、地獄から逃れる手立てがなくなる。
「本当に、いくらでもいいのか?」
 半グレが乗ってきた。
「ああ、いくらほしい? 遠慮しないで、言ってくれ」
 譲二は大風呂敷を広げた。
 払えない額を言われるかもしれないが、後先考えている場合ではない。
 金策は、窮地を脱してから考えればいい。
「五千万」
「五千万!? そんな金……」
 言いかけて、譲二は気づいた。
 男とは違う声――聞き覚えのある声。
 まさか……。
 譲二の脳みそが冷や汗をかいた。
 アイマスクを外され、闇が消えた
 眼球を刺す蛍光灯の光――眼を閉じた。
 譲二は、ゆっくりと瞼を開いた。
「いくらでも、払うんじゃねえのか?」
 下呂が、黄ばんだ歯を剥き出して笑っていた。
 下呂の隣には、セラミック男がいた。
 譲二は、首を巡らせた。
 広々とした空間――予想通り、倉庫のようだった。
 前回拉致された地下室とは違い、埠頭にありそうな本格的な倉庫だ。
 都内の小学校のグラウンドくらいのスペースはゆうにあった。
 コンクリート壁に沿って数十台のコンテナリフターが並んでいた。
「……どうしてあんたが?」
 譲二は、掠れた声で訊ねた。
「招待されたんだよ」
 下呂がショートホープをくわえ、使い捨てライターで火をつけた。
「招待? なにに?」
「ここは一階だが、三階で面白い見世物があるらしい」
「見世物ってなんだよ?」
 譲二は胸騒ぎを覚えた。
「俺も詳しいことは知らねえが、海東が是非きてくれっつうからよ」
 下呂が意味深な物言いをした。
 海東が下呂を招待……。
 譲二の胸騒ぎに拍車がかかった。
「用意ができたみたいっす」
 セラミック男が、スマートフォンに視線を落としながら言った。
「よっしゃ。行くか」
 下呂が腰を上げると出入口に向かった。 
「おらっ、立てや!」
 セラミック男が、譲二の襟首を掴んで立たせた。
「おい、開かねえぞ」
 三階――下呂が観音開きのスチールドアの前で足を止め、レバー式のドアノブを激しく上下させながらセラミック男に言った。
「あ、部外者が入れねえように鍵がかかってるんすよ。いま、開けて貰いますから」
 セラミック男がドア脇のインターホンを押しながら、上を向いた。
 天井には、二台のカメラが設置してあった。
 室内から、監視カメラで来客をチェックしているのだろう。
 ほどなくすると、開錠音がした。
 セラミック男がドアを開けた。
 三階の倉庫は、一階の三分の一ほどのスペースだった。
 倉庫の中央には、人だかりができていた。
 みな、スカルの刺繍の入ったパーカー――「東京倶楽部」のユニフォームに身を包んでいた。
 パッと見ただけで、半グレ達の数は五十人を超えていそうだった。
「こっちへどうぞ。おらっ、さっさと歩けや!」
 セラミック男が下呂を促しながら譲二の背中を突いた。
「悪い、ちょっと通してくれ」
 セラミック男が人だかりを掻き分けながら奥へと進んだ。
 人だかりの先に、アメリカの総合格闘技で使用されているようなペンタゴンになった金網が設置してあった。
 金網の中は無人だった。
 譲二の心臓がバクバクと鳴り始めた。
 まさか金網の中で、直美を戦わせる気か?
 だが、逃げ場のない空間で直美と戦って勝てる相手がいるとは思えない。
 裏で糸を引いている海東が、直美の桁違いの戦闘力を知らないはずがない。
 武器を所持した複数対一人の変則マッチ――海東なら、平気でやるだろう。
「なあ、あんた、これからなにが起こるか知ってるんだろう?」
 譲二は下呂に言った。
「さあ、俺が知るわけねえだろう」
 下呂が白々しく肩を竦めた。
「惚けるなよ! 海東は、ここで直さんを袋叩きにして公開処刑するつもりだ。あんた、刑事だろう!? 黙って見ててもいいのかよ!」
 譲二は、下呂に詰め寄った。
「なにをいまさら。大勢のヤクザや半グレを半殺しにしてきた猛獣を助けろってか? 笑わせんな」
 下呂が吐き捨てた。
「直さんは腹を刺されて傷口が塞がって……」
「工藤君、刑事さんを連れてきたよ」
 セラミック男が譲二を遮るように、金網の近くに並べてあるパイプ椅子に座っていた工藤に声をかけた。
「適当に座ってよ」
 工藤が座ったまま、振り返らずに言った。
「おいおい、お前らのリーダーはずいぶん横着だな? 挨拶もねえのかよ?」
 気分を害した下呂が、工藤に聞こえるようにセラミック男に言った。
「工藤君、刑事さんがきてるって」
 セラミック男が、困惑した顔でふたたび工藤に声をかけた。
「聞こえなかった? 好きなところに座っていいから」
 相変わらず座ったまま工藤が言った。
「なあ、十代のガキがよ、海東にかわいがって貰ってるからって調子に乗ってんじゃねえぞ」
 下呂が工藤の肩を掴んだ。
 工藤が下呂の手を振り払い、ゆっくりと立ち上がると冷え冷えとした瞳で見据えた。
「このガキゃ、マル暴をナメてんのか!?」
 血相を変えた下呂が工藤の胸倉を掴み、引き寄せた。
 工藤が下呂の首に左手を回し引き寄せ、右手に持ったボールペンを右の眼球に突きつけた。
「マル暴おじさん、これ以上絡むと眼を潰すよ」
 工藤が、無表情に言った。
「て、て、てめえ……こんなことして、ただで済むと……」
「潰すから」
 工藤の瞳に狂気の色が宿った。
「工藤、やめなさい」
 ボールペンを持つ工藤の右手が止まった。
 下呂が蒼白な顔で、腰から崩れ落ちた。
 譲二は声がしたほうを振り返った。
 一糸乱れぬツーブロックの七三、切れ長の猛禽類さながらの鋭い眼、辛子色のスリーピーススーツ――海東が、百八十五センチ、百キロの巨体の若頭補佐の林を引き連れて歩み寄ってきた。
「お疲れ様です」
 工藤が頭を下げるのを合図に一斉に挨拶する数十人の半グレ達の声が、倉庫に響き渡った。
「ウチの工藤が、失礼しました。あとからきつく言い聞かせておきますので、無礼な態度をお許しください」
 海東が慇懃に言いながら、腰砕けの下呂の手を掴み立ち上がらせた。 
「お詫びに、いまから最高のショーをお見せしますから。刑事さんも楽しんでください」
 海東は下呂に言うと、五脚並んだパイプ椅子の中央に座った。
「こっちだ、こっち! 檻の中に運べ!」
 林に命じられた二人の半グレが、大型の運搬台車を押してきた。
「えっ!」
 譲二は、大声を張り上げた。
 半グレが押す運搬台車には、鎖で拘束され睡眠薬で眠らされている直美が乗っていた。
 半グレ二人は檻の中に運搬台車を運び入れると、直美を床に下した。
「マジか……」
 下呂が驚きの声を漏らした。
「対戦相手は、まもなく到着しますので」
 海東が、酷薄な笑みを浮かべながら下呂に言った。
(第15回へつづく)

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新堂 冬樹Fuyuki Shindo

1966年大阪生まれ。98年『血塗られた神話』で第7回メフィスト賞を受賞し、デビュー。『僕の行く道』『百年恋人』『白い鴉』『君想曲』『紙のピアノ』『カリスマ』『無間地獄』『黒い太陽』『極限の婚約者たち』『誘拐ファミリー』など著書多数。感涙の純愛小説から裏社会を描いたノワールまで作風は幅広く、多くの読者の支持を得ている。

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