双葉社web文芸マガジン[カラフル]

氷河期つるりんこ世代―リターンズー(南 綾子)

イラスト:黒猫まな子

第五話 前編

 2008年 5月(二回目)

 ピンポーンとインターホンが鳴ってドアをあけるなり、真っ赤に目を腫らした凜子が「死ぬほどお腹すいてるから、十分で何か作って」と言った。
「いや、もうほぼできてる」
 俺はそう答えると、台所に戻って最後の仕上げにとりかかった。
 どんぶりに炊き立ての飯を盛り、細かく刻んで焼いたウインナーと半熟の目玉焼きをのせる。そこへオイスターソースが決め手の甘辛ダレをまわしかけ、黒コショウをガリガリひいてできあがり。
「これこれ、これが食べたかったのお!」
 夜の十一時過ぎにもかかわらず、凜子はこの脂っこいメシを部活帰りの中学生かという勢いでもりもり食べはじめる。このウインナー丼は前の人生で最も忙しかった家電量販店時代、夜中に家でよく作って食べていた。手早く作れる上、ガチれば十秒で完食してすぐ寝られる。当時は飲み込みやすさと食べごたえを増すために、より細かく刻んだウインナーを大量の油で揚げ焼きにして、その油ごと飯にかけて食べていた。よく死なずに生きていたものだ。
「どうだった? コンサート」
 俺は聞いた。凜子は今夜、hideの十年忌追悼で開催されたメモリアルコンサートに出かけていたのだ。前回の人生では、ステージからかなり遠い席のチケットしか入手できなかったらしい。今回はネットオークションでアリーナ前方席を信じられない高値で落札した。今年三月の東京ドーム再結成ライブも同じ方法でプラチナチケットを入手し、ライブ後は泣きはらした顔でうちにきた。
「まだ感想は言えない。とても言葉にできない」
 凜子は目に涙をいっぱいためて言った。何度人生をやり直しても夢中になれる何かがある彼女が、俺は妬ましいぐらいうらやましかった。
「あー、帰るの面倒だな。泊っていっていい?」
「いいけどさ、明日仕事じゃないの?」
「仕事だけど、夜勤だし」
 凜子は野原と婚約破棄した後、すぐに就活をはじめた。しかしなかなか条件の合う企業を見つけられず、結局、俺が数年前から小遣い稼ぎでやっている電話会社のコールセンターの仕事を紹介してやったのだ。先月から、凜子は夜勤専属になった。
「就活はどう?」俺は冷えた発泡酒を冷蔵庫から出してやりながら聞いた。「やってるの?」
「一応ね。この間、出版社の契約社員の面接受けてきた。漫画の編集。最初の半年は時給八百円って言われてやめた」そう言って、ハアと深くため息をつく。「今って新卒の就職は売り手市場だって言われてるのに、中途採用となるとぜーんぜんダメ。女はとくにそう。面接でも結婚のことばかり聞かれる。求人誌に載ってるのは〝固定残業代月60時間〟の営業職とかそんなのばかりだし。えげつないよ、60時間て。体壊すまで働かせて使い捨てるつもりだから、こっちが何歳で、女だろうが男だろうが関係ないんだろうね」
 ああ、と重い息が自分の口から漏れた。あの家電量販店も当然、固定残業制だった。しかも固定の枠を越えそうになったら自主的にタイムカードを切ってサビ残していたのだから、奴隷以外の何者でもない。古い油をエネルギー源にする奴隷だ。
「なんかさ、ニュースとか見てると思うけど、今って我々氷河期世代の窮乏や将来のことなんて、だーれも関心もってないんだよね。シニア層のリストラ問題はやたら話題にするのにさあ。なんか、存在そのものがなかったことになってない? たった数年前のことなのに。氷河期で採用を絞りすぎて人手不足なら、その氷河期世代をこそ、今、今! 採用してくれたらいいのに。四十近くになってからじゃ遅いよ」
「マジそれな」
「あー、最近、食べることしか楽しみがない」
「夜勤、続けるの?」
「うん。深夜手当もつくから結構稼げるしね。つるちゃんがやってる昼間は忙しいんでしょ? でも夜は仕事も少なくて楽。ルールも緩いから、教材持ち込んで社会保険労務士の勉強しようかと思ってるの」
「凜ちゃんはがんばるなあ」
「いや、わたしよりもっとがんばってる人いる。夜勤を早出したり残業したりで、一日十五時間ぐらい働いてる人いるもん。でもさ、これが2018年ごろには“働き方改革”とか言い出して、一日八時間しか働けなくなるんだよ。時給は据え置きなのに」
「あー、あったあった。俺もあの頃、時給千四百円とかなのに勤務時間削られて、きつかったなあ。そんなんじゃ食えねえよ。誰のための改革だよと思ってた」
「マジそれな」
凜子はそう言って、最後まで丁寧にとっておいた目玉焼きの黄身と残りの白飯を、いっぺんに頰張った。
「んあー、旨い。ライブの後のつるちゃんのご飯はサイコーだよ」
 それから凜子はさっさと風呂に入り、勝手に俺の部屋着を出して着て、そしていつの間にか俺のベッドにもぐって寝入っていた。
 俺はもろもろの後片付けを済ませた後、部屋の明かりをけし、出してあった寝袋にくるまって目を閉じた。
眠れない。
 結局、俺たち二人とも、あっけないぐらいあっさりと非正規に舞い戻ってしまった。凜子はまだいい。就活もちゃんとしているし、資格の勉強もはじめた。それにひきかえ、俺はなんだ。週に三、四回働いて、そのほかの日は家でぶらぶらしている。
 働きはじめたのは三年前。夢の無職生活は一年ともたなかった。凜子には働いていることをしばらく内緒にしていた。きっかけはまたしても、運用で増やした金の多くをデイトレードやFXで溶かしてしまったことだった。最近、薄々気づきはじめたけれど、俺のへたくそ加減は世界でも下から200番目ぐらいには余裕で入ると思う。マジで。
 凜子には時期がきたらユーチューバーの先駆けになって大金を儲ける、なんて話してはいるけれど、結局、俺はそれをしないだろう。そもそもその手のことに興味がない。人気者になりたいとも、なれるとも思わない。
 やる気がない。
 やりたいことが、何もない。
 人生二度目だからといって、中身からっぽ人間から脱却できるわけじゃなかった。
 今年、ついに二度目の三十歳になった。さすがに先のことが不安になってきた。
 それでも今のところ、食うのに困っているというほどではない。金も全部溶かしたわけじゃない。短期投資やFXからはもう足を洗った。運用だけで生活することにこだわらず、楽な非正規職でこつこつ生活費を稼ぎながら、確実に値上がりする銘柄にのみに地道に投資する(ここ数年の俺はユニクロに食わせてもらっているようなものだ)。そのやり方を守っていけば、それなりに暮らしてはいけるだろうと思う。社会の底の底には落ちないで済む。でもきっとそこには、大きな幸せが舞い込む隙間はない。
 それでいいのか?
 ずっと思っている。 
 何か、何でもいいから、何かやったほうがいいんじゃないか? 生きる意味に置きかえられるようなもの。なぜ俺には何もない?
 そのとき、iPhone(初代!)が鳴った。電話だ。うんざりした気分で画面を確かめ、そこに表示された名前を見て、一瞬、体ががくっと震えた。
 もしかして、これは……。三年前に垂らした釣り糸に、ついに魚が食いついたんじゃないか?
 
 電話の相手である藤崎に出会ったのは、2005年の初頭。大きな利益を狙ってFXに手を出し、百万近く溶かして死にかけた直後のことだった。
 きっかけは、大学時代によく遊んでいた裕介からの誘いに応じたことだ。前の人生でもこの頃、裕介から何度かメールで連絡があった。しかし、合わせる顔がなさすぎて無視し続けたのだ。なにせ当時も俺は非正規のコールセンター職員、対して裕介は、年商10億円クラスの、有名グルメサイトを運営するIT企業の社員だった。しかも奴は実家が太くて見た目もよくてスポーツ万能、その上、性格も非の打ちどころがないという怪物じみた男なのだ。会えるわけがない。結局、なぜ連絡してきたのか、その意図さえ不明なまま途絶えてしまった。
 今回、俺は裕介からのメールに即レスした。その返信内容は、笑ってしまうぐらいどうでもいいことだった。麻雀のメンツが足りないから参加してほしい、というだけのことだったのだ。
 場所は西麻布の高級マンション。麻雀のメンツは俺と裕介のほかに、裕介の上司とその友人だという自称放送作家。
 上司のほうを一瞥して、すぐに気づいた。藤崎紘一だ。元ヤンキーから大手ベンチャーのCEOまで上り詰めた男。こいつが脚光を浴びたのは、2014~16年頃だったと思う。『元ヤンキーが年商一億の社長になりました』という品性下劣な自叙伝がベストセラーになったのだ。
 一時間ほどして、なんとなく場が温まってきた頃、俺は思い切って「藤崎さん、フェイスブックとかマイスペースってしってます?」と聞いてみた。
「えーっと、フェイスブックは聞いたことある。マイスペースってなんだっけ?」
 2019年には月会費数千円のオンラインサロンを主催し、世の中の若き情弱を食い物にしていたくせに。2005年にもなってそんなこともしらないのか、バカ野郎めと俺は思った。
 俺は藤崎に、いやほかの二人に対しても、これからの時代、いかにWEB上でのネットワークが重要であるかを力説した。テレビや新聞ではなく、WEBを介した人と人とのつながりが、ヒットを生み出すようになると。
「この先、流行の仕掛け人は、大手メディアではなく個人になります。個人が持つアイディアが、WEBを介したネットワークで広がってブームになっていくんです。しかし大事なのは、アイディアの内容そのものじゃありません。拡散力です。情報をどれだけ広くすばやく拡散できるか。その力を持つ者が、未来のメディアを支配するんです。僕はそういった力を持つ人を、“インフルエンサー”と名付けました」
 俺は話し続けた。話しながら、こんなにも詳細に未来のSNS事情を語ってしまい、いくらなんでも未来人だと気づかれてしまうんじゃないかとさえ思った。
「僕になら、藤崎さんをトップインフルエンサーにできますよ!」
 しかし、そんなことは杞憂だった。三人とも無反応で、質問一つ出てこなかった。
「へえ、君おもしろいねえ」藤崎はくわえ煙草の煙に目をほそめて言った。「そんなに自分の考えに自信があるなら、起業すればいいよ。テレアポのバイトなんてやめて」
「いや……テレアポじゃなくオペレーターで、バイトじゃなく契約社員……」
「ロン!」という藤崎の勝ち誇った声に、俺のみじめきわまりない弁明はかき消された。
 別れ際、藤崎は極めて面倒そうに俺と連絡先を交換した。それでも、もしかするとなんらかのオファーがあるかもしれないと、俺はわずかな望みにすがった。麻雀の誘いすらなかった。
 そして約三年の月日が流れ、今、俺の初代iPhoneが藤崎からの着信で震えている。じっと見つめているうちに、切れた。俺はすぐに折り返した。
 翌日の晩、藤崎たちの企業が入っている都心のタワービルに呼び出され、その後六本木の狭いバーに移動し、ありとあらゆるアルコールを飲まされてつぶされた。気づいたらなぜか渋谷の路上で一人で寝ていた。その二日後にも呼び出され、またしてもつぶされて死にかけた。
そんなことが約四週間続き、その後に俺は、藤崎の部下になった。

 藤崎が俺に連絡をよこしたのは、最近になって「インフルエンサー」という言葉をネットで目にしたことがきっかけだったという。俺のことをなんて先見の明があるやつだったのかと、今さら気づいたというわけだ。
 現在の藤崎は以前のプロモーション事業部本部長から出世し、プロモーション事業部担当執行役員になっていた。俺はプロモーション事業部の企画部に配属された。自分でオファーを出しておきながら、入社してみたら藤崎は俺のことに全くの無関心だった。自分の鶴の一声で一人や二人簡単に採用できる、という己のパワーを誇示するためだけにやったようだ。数年に一人、俺みたいなやつが現れるらしい。大抵は周りについていけずにすぐにやめていくそうだ。
 奴のうさんくささは十分わかっていたので、オファーがあったときは少し、いやかなり迷った。この手の新興企業は、外から見ただけはその実情がつかみにくい。入ってみたら超絶ブラックだった、という可能性は十分ある。
 それでも、俺は最終的に、入社を決めた。理由は二つ。一つは、かねてから抱いていた、働くことに対する焦り。もう一つは、リーマンショックのことだった。
 リーマンショックがいつどのタイミングで起こるのか、はっきり思い出せない。2008年か2009年か。あるいはリーマンブラザーズは破綻しない、という未来もあるかもしれない。
 しかし、最悪の事態を想定しておくことは重要だ。資産運用が難航する可能性は高く、ならば安定した働き口を確保しておいたほうがいいはずなのだ。アベノミクスがいつはじまるのか、それも俺にはわからない。思い出せない。そもそもそれがなんだったのかよくしらない。
 それに。藤崎たちの会社のような、時代の流れに乗りに乗って成長している企業の中で体験する巨大な金融不安とは、どんなものだろう。俺はそれを試してみたくなった。


 2010年 6月(二回目)

 凜子の部屋にあがるとテレビがついていて、鳩山由紀夫内閣総辞職のニュースを報じているところだった。
 俺は「はいこれ」と頼まれていたケンタッキーの袋を掲げた。
「ねえ、つるちゃんを待ってる間、わたし考えたの」部屋着にすっぴんの凜子は真面目な顔をして言う。「二人でウーバーイーツ的なビジネスはじめない?」
「やだよ」と俺は即答し、ちゃぶ台の前に座った。「俺は今の生活に満足してるの」
「クソ野郎」と凜子はつぶやいた。最近、俺に対してますます遠慮がなくなってきた。
 俺は袋から中身を取り出した。凜子のリクエスト通り、発売になったばかりの「激辛挑戦パック」とやらを買ってきた。レッドホットチキンと新商品のハバネロボンレス(ひとくちサイズの骨なしチキンで、レッドホットチキンの約二倍の辛さらしい)がセットになっている。ほかにコーラとオレンジジュース、ビスケットとポテト。
「これこれ、これがずっと食べたかったのお! 嵐の大野君がCMしてるの見て食べたいーって思ってたのに、気づいたら販売終了してたんだよね。あ~過去に戻ってきてよかったなあ」
 そう言いながら、凜子はレッドホットチキンのサイ(腰の部分の肉)をつかみ取った。
「あ、それ俺が食べるやつ! なんだよ。そのハバネロなんとか食べろよ」
「やだね。サイは一個しかないよ。やったね」
 凜子は大きな皮をべろべろ~っと大胆に剝がすと、その皮を一口で頰張った。
「うわ、一番うまい食い方のやつじゃんそれ」
 俺はパックの中からそのハバネロボンレスをつまみ取り、一口かじった。思っていたより辛くない。「なあ、婚活はうまくいってるのか」
「むかついたら婚活の話題出すのやめてくださる?」
 凜子は皮をむいたあとの脂でテカつく肉を、もりもりとかみしめながら言う。
「婚活もダメだし、就活も相変わらずダメだし、最悪だよ。つるちゃんはいいよね、何もかも順調そうで。忙しそうだし。引っ越し先はどう?」
 俺は三カ月前、ずっと住んでいた幡ヶ谷の木造アパートを退去し、渋谷駅近くの家賃十二万のマンションに引っ越した。
「駅からわりとすぐだし、十万超えとはいってもボロいよ。広さもここと変わらない」
「ふーん、なんか自慢に聞こえる」
 入社して約二年、俺は自分でも意外なほどうまくやっていた。コンサルではあれだけ無能だった俺が、今の職場では有能な人材として一目置かれている。
 2008年の九月、リーマンショックが勃発。役員報酬の減額に納得できず、藤崎はまもなく退社し独立した。ついてこい、と誘われたけれど断った。あの男がこの先、大手ベンチャーの社長として成功していくことはわかっている。ついていけば、その恩恵にあずかれるかもしれなかった。しかし、俺は会社に残ることを選んだ。単純に、今の仕事が好きになっていた。
 プロモーション、要するに広報の仕事は、他人には誰かれかまわず好かれておきたいという八方美人日本代表水準の自分の資質と、相性がいいようだった。それにやはり、未来人としてのチートがかなり有効だった。はじめて出した企画案は有名人のブログを利用したプロモーション企画で、それが驚くほどうまくいき、社長賞候補にもなったほどだった。
 今年のはじめには、地方の観光事業とわが社のグルメサイトを連携させるプロジェクトのチームリーダーに抜擢された。直属の部下は六人と小さなチームだけれど、それでも出世の一つの足掛かりであることは確かだ。
 とはいえ、そうそういいことばかりじゃない。うちの会社はやはり当初予想していたようになかなかのブラックで、労務ルールはあってないようなもの。給料は悪くない。しかし休みもない。恋人を作る暇もない。おかげで風俗三昧だ。しかも今の部署は社内でも花形で、その分、足の引っ張り合いがえげつなく、なにかミスればグルメサイト営業部に容赦なく飛ばされる。現にそういう同僚を何人も見てきた。グルメサイト営業部はパワハラの温床と評判で、まさに心身破壊コースまっしぐら。
「なあ、そうだ」と俺はべたつく手をウエットティッシュで拭き、自分のiPhone3GSをバッグから取り出した。そして先日、会社のエレベーターホールでこっそり撮った画像を見せた。
「ねえ、この男の子、どっかで見た覚えない?」
 凜子は画面をのぞきこむ。「あら、かわいい。モテそう。誰? 会社の子?」
「うん。はじめて見たときから、どこかで見たなあって気がして仕方がないんだよ。前の人生でのどこか、いや、どこかというより、テレビで見たような気がするんだ」
「えー、しらない。見たことないよ、こんな子」
 凜子は興味をなくしたように目をそらした。頰杖をつき、テレビ画面に大写しになった鳩山由紀夫のうつろな顔をぼんやり眺める。
「もう、2010年かあ……2011年の三月まで、あと一年もないよ」
 東日本大震災。俺たちはそのことについて、まだ一度もまともに話し合っていない。どうするべきなのか。俺たちが何かをすることで、一人でも命を救えるのか。それは誰かを生かし、誰かを見捨てるという選別なのか?
 わからない。どう答えを出すべきなのだろう。ただ何もせずにいたとしたら、俺たち二人は大きな十字架を背負うことになる。それだけは、二人ともはっきりわかっていた。

 その男をはじめて見たのは、今年四月の入社式のときだった。
 俺はプロモーション事業部の社員を代表して挨拶するために、その場にいた。八十人近い若者の中から彼の姿を見つけたとき、自分でもよくわからないぐらい激しく動揺した。絶対に、前の人生のいつかどこかで、俺は彼を見た。あの、白く丸っこい顔。童顔で、人懐こそうな雰囲気。テレビ、あるいは映画か? そしてそのとき彼に対し、相当に強い思いを抱いたはずなのだ。その感覚が、脳にドカーンと雷のように落ちてきた。
 けれど彼が何者なのか、それから二カ月近くたった今も、はっきり思い出せない。そのせいかずっと、彼のことが頭から離れない。
 大げさでなく、このところ俺は毎日彼のことを考えている。名前は調べた。川藤英。記憶にひっかかるところはない。フェイスブックのアカウントは簡単に見つかった。都内の中堅大学の経済学部卒で、学生時代はバンド活動に熱中していたらしい。社会人になって以降の投稿はない。男女とも友達はかなり多いようだ。アップロードされている画像のいくつかに、見覚えがあるような気がしてしょうがなかった。けれど、やっぱりはっきりしたことは何も思い出せなかった。
 川藤英は入社後、数週間の研修を経て、IT部門に配属された。そこはグルメサイト営業部に並ぶ、わが社の地獄の一つだった。
 リーマン後、社内の一部は大きく変わった。IT部門にそれは顕著だった。IT部門の以前の主だった業務はコンサルティング事業だ。それが縮小し、かわりにクライアント先にエンジニアを派遣する下請け事業の割合が急増した。そっちのほうが儲かるからだ。
 そのために外部から人事コンサルを入れ、研修もアウトソーシングされるようになった。前の人生でも、リーマン後に人事コンサルが入ってブラック化した企業の話を聞いたことがあった。わが社はまさしくそれだった。
 エンジニアとして新卒中途問わず大量に雇った若い社員は、まず厳しい研修によってふるいにかけられる。少なくともここで五分の一がやめていくという。研修を終えると、すぐにクライアント先へ派遣される。一人一人のエンジニアに求められるのは、派遣先で利益を出すこと。それができない人間には仕事がふられなくなり、そうなるとやがて社内で〝業務改善トレーニング〟と呼ばれているものへ召集がかかる。業務改善とうたいつつ、その内容は契約社員への降格か、あるいは自主退職を強要するパワーハラスメントという話だった。
 トレーニングはフロアのど真ん中の誰もが見られる場所で行われるという。何か作業をするわけではなく、IT部門を統括するIT事業部の社員から、ただひたすら激しい𠮟責を受ける。ときには同期入社の社員を複数人呼んで、対象者の何が不足しているのか、どこを改善すべきなのか、グループで徹底的にディスカッションすることもあるらしい。 
 そこまでいったらもう終わりなのだ。どうあがいても、通常業務には戻れない。自分を見つめなおせと執拗に迫られ、会社が何を求めているのか考えに考えろと脅迫され、必死の思いで答えをひねり出す。それをすべてにべもなく否定される。そんなことが続いたら、心身は間違いなく破壊される。退職するしかなくなる。しかしここで、最後の罠が待っている。 
 退職を申し出てきた社員には、一定期間休職させるという不文律が社内にあるらしいのだ。「一旦休んで、体調を戻してからでないと退職手続きができない」などともっともらしいことを言って、退職願を受け取らず休職させる。理由は明白だ。診断書が出せる状態で辞められたら、後々労働災害で訴えられる可能性があるからだ。このあたりは間違いなく人事コンサルの入れ知恵だろう。
 過酷な環境に晒すことで、しぶとく、頑丈で、利益が出せる優秀な奴隷を簡単に選別できる。よくできたシステムなのだ。
 俺が飛ばされる可能性のあるグルメサイト営業部の場合は、以前から使い捨て方式が常態化していた。それは単純な体育会系的しごきだった。うちとは業務が重なる部分が多くフロアも近いので、若手社員が𠮟責されている様子はしょっちゅう目にする。 
 俺の順風満帆な有名企業リーマン生活は、薄氷の上に成り立っているのは確かだった。明日は我が身というやつだ。
 俺は、まだやめたくない。今の生活を続けたい。失いたくない。
 そのために大事なのは、余計なことにはかかわらないということだ。見たくないものは、見ない。自分のことだけを考えて仕事をすればいい。
 こんなこと、東京の、いや日本のいたるところで行われているのだから。
 川藤英は今のところ、業務改善トレーニングには呼ばれていないと思われた。先週写真を盗み撮りしたとき、疲れ気味ではあったけれど、先輩社員と楽しそうに雑談していたからだ。しかし明日にでも、トレーニング行きになるかもしれない、
そのことを考えると、なんともいえない不安な気持ちが、酸っぱい胃液とともにせりあがってくる。想像したくないことだった。なぜ彼にだけ、ここまで肩入れしてしまうのか、わからない。もしかして、俺、俺は、あいつのことが……。

 八月の盆休みがあけてまもなくの金曜日、珍しく午後八時前に仕事を終えることができた。ウキウキ気分でエレベーターに乗り込むと、すぐ下の階で偶然にも川藤が乗り込んできた。
 駅直結の出入り口は二階にある。しかし彼は一階のボタンを押した。俺は少し迷って、同じ一階で降りることにした。ほかに乗客は十人ほどいたけれど、一階までいったのは俺たち二人だけだった。  
 彼はこちらを怪しむ素振りもなく、すたすたと早足でタワービル裏側の出入り口から出ていった。
 俺は再び逡巡し、やがて決断した。彼と三メートルほどの距離を保ちながら、後を追った。とくに何か考えがあったわけじゃない。外に出た途端、むっとした空気が顔面に張り付いてきた。今週は猛暑日が続いた。日が暮れても地面から熱気が立ち上るようだった。
 裏側の出入り口はビルの住居階に入居している住人用の中庭につながっていて、オフィス階の関係者はほとんど使用しない。中庭を横目に敷地を出ると目黒川にぶつかる。その川沿いの道を迷いのない足取りで、川藤英は進んでいった。このあたりはマンションが並ぶばかりで静かだった。彼は歩きで通勤しているのだろうか。だとしたら、わりといいところに住んでいるじゃないかと俺は思った。なぜだかちょっと安心している自分がいた。
 しかし、彼はどの建物に入る素振りもなく、ひたすら歩き続けた。やがて、一つ隣の駅前までやってきた。しかしその駅も通り過ぎた。すでに会社を出て二十分。俺は全身ぬるぬる人間だった。丸一日働いて体に蓄積したストレスや怒りやその他いろいろとネガティブなものが、汗と一緒にどくどくと噴き出してイヤな匂いを発散させている。今、俺は臭い。彼も同じはずだ。一体、俺は何をやっているのか。いっそ話しかけてしまおうか? とそう思ったとき、川藤がふいに足を止めた。
 いつの間にか、線路沿いの細い道に入っていた。川藤の目の前にあるのは、古いラブホテルだった。
 俺は彼に見つからないよう、その隣のネイルサロンの看板に隠れてから、思わず膝に手をついた。なんだよ。風俗かよ。ここはデリヘル客御用達のラブホテルじゃないか。俺も二、三度使ったから知っているよ。
 看板の陰から川藤の様子を探る。心なしかウキウキしたような足取りで中に入っていった。いいようのないみじめな気持ちが込み上げてきた。本当に俺はなんとバカバカしいことをやっているのか。もう、今日限りであいつを気にするのはやめよう。見覚えがあると思ったのは気のせいだ。あいつのことが心配でたまらない気持ちになってしまうのも、何かの間違いだ。
 せっかくの金曜夜だ。一人でビールでも飲んで帰るか。ラブホテルに背を向けて歩き出し、しかし、数歩で再び立ち止まった。
 ラブホテル。
 その入り口の前までいってみる。
 どこにでもある古いラブホテルだ。薄汚れた白っぽい外壁。洞窟に続いているかのようにわびしく、不気味な入り口。
「古いラブホテル」とつぶやいてみる。「古いラブホテル、古いラブホテル……」
 次の瞬間、「あっ」と口から声が漏れ出た。
 頭の中で、光の線がすばやく点と点をつないでいく。そうだ。思い出した。やっぱり俺は川藤英を見たことがあったのだ。そしてそれはやっぱり、テレビだった。
 どこの局の番組だろうか。覚えていない。ドキュメンタリーだ。新卒で入社した会社で長時間労働を課せられ、さらに過酷なパワハラを受けた結果、自死に追い込まれた青年の家族を取材したものだった。青年の実名が出ていたかどうかは覚えていない。ただ、生前の彼をうつした写真が何枚か出ていた。学園祭でギターをひきながら熱唱する姿。同じものを川藤のフェイスブックで見た。
 その青年はある日、会社から徒歩で三十分ほどの場所にあるラブホテルに一人で入り、その一室で――
 俺は一気にパニックに陥った。次の瞬間にはラブホテルの中に駆け込んでいた。受付は無人で、パネルで部屋を選択する仕組みになっている。清算は室内にある機械でおこなう。何度か使ったことがあるからしっている。ほとんどの部屋が埋まっていた。
 どうしたらいい? 俺は何をするべきなんだ? すっかり動転してその場で右往左往した。そのとき、背後からコツコツと靴音が聞こえた。
 地味な服装をした女だ。嬢だ。時間的にいって、川藤が呼んだ嬢で間違いない。俺は次の瞬間には嬢の腕をつかみ、「すみません!」と叫んでいた。
 パネルの明かりに、嬢のこわばった顔が照らされている。俺は「何号室にいくんですか?」と再び叫ぶように聞いた。
「え? え? 何?」とおびえた声で嬢は言う。
「とにかく! 部屋の番号教えてください。それだけでいいです!」
「さ、さ……303」
 今にも泣き出しそうな様子で彼女は言った。俺は猛ダッシュで階段を駆け上がった。三階の廊下に出る。303。あった。ドアをノックする。すぐにドアが開いた。
 全く知らない小柄な男が立っていた。
 俺は何も言わずドアをしめ、それから再び猛ダッシュで一階に駆け下りた。さっきの嬢がどこかに電話をしていた。まずい、と俺の本能が警告音を発していた。俺は外に出て、闇に向かってただ走った。
(第10回へつづく)

南 綾子Ayako Minami

愛知県生まれ。2005年「夏がおわる」で第4回「女による女のためのR‐18文学賞」大賞を受賞しデビュー。『ダイエットの神様』『21世紀の処女』など著書多数。

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