双葉社web文芸マガジン[カラフル]

双樹、戦ぐ(大村友貴美)

イラスト:かわのまほ

第二章

二(承前)
 三か月後――六月 マカオ
 李旦から多聞の消息を手渡された龍之進は、その場ですぐに読んだ。その間、李旦は小さな杯に注がれた黄酒ホワンチユーを傾け、海を眺めていた。
 雨の晴れ間の空から、眩しい陽射しが降り注いでいる。海辺の広場では、行商人たちが野菜や魚などを並べて売っていた。商人と客とのやり取りが活気のあるざわめきとなり、耳に心地よく響く。
 木の長椅子に共に腰かけた龍之進と李旦のもとに、屋台の馴染みの店主が注文した品を手にやってきて、龍之進の横には葡萄酒とそら豆の漬け物を、李旦には砂糖漬けの干し梅を置いて立ち去った。
「返事を書くなら届けるヨ」
 龍之進が紙を畳み始めると、李旦は日本語でそう声をかけた。
「ありがとう。李旦が出港する日までに宿に届けるよ。ところで、セバスチャンは息災だった?」
「そう見えた。それがどうかしたか?」
「これを読むと、気苦労が絶えないのではないかと思って。この消息には、マカオ総司令官のペソア殿が長崎で亡くなった経緯が書かれていた。それまでのイエズス会や長崎奉行の対応もね。内府様のお言葉で、処遇が二転三転して、読んでるだけで生きた心地がしないよ。多も……セバスチャンは、難題が降りかかっても平然としているように見えるけど、気持ちを抑え込んでるだけで、決して平気なわけじゃない。昔から表情を変わることで、感情を読まれないようにしてるんだ」
「なんでそんなことを?」
「セバスチャンは、小さい頃、体がか細くて、村の童らから悪さをされるようになったんだ。そいつらは、セバスチャンが痛がったり、脅えたりする顔を見るのが楽しいらしくて。子守りをしていてもその悪さが続くから、ある時、お父から言われたそうだ。『お前が表情を変えるから、相手は面白がって悪さする。だから、感情を表に出すな。そうすれば、向こうは寄ってこなくなる』って」
「それでか」
「うん。背中に背負う弟を守らなくちゃいけないから、なにをされても無表情で対峙して、ある時セバスチャンが本気で一発殴ったら、それ以降そいつらは寄ってこなくなった。セバスチャンは、芯の強い男だよ。これ以上、長崎で妙なことが起こらなければいいんだけど……セバスチャンには無事でいてほしい。李旦、この消息だけじゃわからないことが多いんだけど、日本とポルトガルの関係はどうなってるの?」
「儂にもよくわからないネ。噂では、イギリス人が駿府で新たな通辞と交易代理人を務めることになったとか。三浦按針とかいう男ネ。もとはオランダ船の按針(水先案内人)だったと聞いている。儂は、オランダ人と付き合いがあるが、オランダは前から明の領土に港を欲しがってる。だから、このマカオを襲ってくるネ。日本でもそう。オランダは商館を開いて、儂と同じく平戸にいる。でも、長崎のほうが町は大きいし、商いに便利。だから、オランダ人は長崎へ進出したい」
「オランダは、ポルトガル人がいる場所を手に入れたいってこと?」
「そうね。そのほうが便利。港も町もできてる」
「多聞は、大丈夫なのかな? 内府様や長崎奉行は、キリスト教に厳しい態度のようだけど」
「キリスト教というより、ポルトガルね。オランダもキリスト教だけど、商いだけ。宣教はしない。それに、明のマカオへの対応も日本と同じヨ。明の官僚は、ポルトガル人を警戒してマカオに教会を建てようとしても、要塞を築こうとしていると疑って赦しをなかなか出さない。だから、ポルトガル人は、オランダの襲撃に備えて海岸防御の砦や城壁も作ることができないネ。異国人の動きに警戒するのは当たり前ヨ。ポルトガルのように、大砲を作る技術があるならなおのこと」
 李旦は、酒瓶から杯に黄酒を注ぎ、干し梅を入れた。
「明には『仏郎機人ふらんきじん』という言葉あるネ。ポルトガル人とイスパニア人を指す言葉で、侵略者の意味もある。ポルトガル人は、マラッカやインドを侵略したから、明人は警戒してる。そして、宣教師は侵略者の手先と思われてる。日本と同じヨ」
 宣教師を助ける多聞は、日本の支配者から侵略者の手先と見做みなされるということか。そして俺は、明の官僚から傭兵上がりの好戦的な商人という、まるで日本人倭寇のような心象で見られる。そう考えると、二人とも、下手をすれば、いつ理不尽な命で捕らえられ、国外へ追放されてもおかしくない身の上だな。
 俺たちは、不安定な土台の上で生きているのか。
 いや……どこにいてもそうなのかもしれない。関ケ原にいた時も、将来の保証はなかった。天候不順や戦でいつ飢饉になるかわからない。病やケガで働けなくなって、いつ死ぬかわからない。そんな暮らしだった。
 考えてみれば、生き延びるというのは奇跡の連続なのかもしれない。誰もがちょっとした先の未来であっても、見えるようで実は見えていないのだから。
「ところで、前々から訊こうと思ってた。龍王とセバスチャンは、ずいぶん仲いいネ。互いにやり取りする消息が恐ろっしく分厚い」
 龍之進は、李旦の両手を広げて強調するしぐさに笑った。
「生まれた時からずっと一緒だったから、兄弟みたいなものさ。俺は一人っ子で育って、親は二人とも亡くなって……俺にとっては、多聞は誰よりも俺をよく知るこの世で唯一の家族なんだ。あいつはどう思ってるかわからないけどね。多聞がいてくれたおかげで、俺は小さい時から寂しくなかった。多聞はいつもそばにいて、今も……遠く離れてるけど、こうしてそばにいてくれる」
 龍之進は、膝に置いた多聞の消息の上に右手を重ね、それから懐に大切にしまい込んだ。
「で、龍王はどうネ?」
「どうって?」
 龍之進は、葡萄酒をちびちび飲んだ。
「万吉から聞いた。沙羅が見つかったって。それも、〝シルバの女主人〟だって?」
 龍之進は動揺し、思わず杯を落としそうになった。
「そ、そう、俺も驚いた。まさか彼女が成功した商人として裕福に暮らしているとは思わなかったからさ。沙羅は……先月、ポルトガル人と結婚したよ。マカオの教会で盛大に。教会の周りは花びらだらけだった」
「教会へ行ったのか?」
「いや。人伝てに聞いた」
「まるでその場にいたような口ぶりネ」
「俺は、その日、海へ出てた」
「ふーん……海へね」わざとらしく李旦は、ゆっくりオウム返しする。
「なんだよ?」
「いや、なんでもない」
「シルバ商会の女主人が結婚するというんで、その豪華な式を見たいって人が教会に押しかけたんだよ。その人たちが話してたの」
 マカオで、龍之進は、表向き沙羅とは長崎にいた頃の知人ということになっている。沙羅は、挙式する教会にトリスタンとの付き合いでバレンテがくるかもしれないので、龍之進に参列しないよう、ベルに伝言を託して寄こした。それを聞いた時、むしろほっとした。沙羅が結婚する場にいられるわけがない。見るもの聞くもの、すべてが耐えられないだろう。マヌエルの代わりに遠目からでもようすを見に行かなくてはと思っていたが、精神的に無理だった。だから、龍之進は、その日わざと沖に停泊するハイニャ・ド・マール号に乗り、そこで静かに執務した。
「李旦には礼を言わないといけないと思ってたんだ。とても世話になったから。ほんとに感謝してる。俺だけじゃ、広域に動けなかった。こうして沙羅の無事を確かめられて、よかったよ」
 龍之進は、沙羅の結婚で沈む心とは裏腹に明るく言った。
「そうだ、今月沙羅が広東へ買い付けに行くんだ。もし李旦に広東商人に知り合いがいるなら、滞在中沙羅が無事に過ごせるよう声をかけておいてくれないかな」
「シルバの女主人なら、広東でも通りはいいと思うがな」
「でも、金持ちの女となれば、身代金目当てに拐かされることだって考えられる。商品に高額をふっかけられて諍いになるかもしれないし、持ち金すべて盗人に奪われるかもしれない。できるだけ危険が及ばないようにしたいんだ」
「それはかまわないが、童女じゃあるまいし、そこまでする義理が龍王にあるのか?」
「マヌエルなら、そうすると思うから。沙羅の身近にいなくても、できる限りのことをして沙羅を見守るだろうって」
 そう、マヌエルとの約束だから。そばにいて直接守ることはできなくても、沙羅を遠くから見守ることはできる。
 そこへ、喧騒の中から、「龍王!」と呼ぶ声がする。
 人波を掻き分けて、万吉がやってきた。
「みんな、集まってきたよ。そろそろ戻ったほうがいい」
 言い終わると、万吉は椅子の上に置かれた、龍之進のそばにあるそら豆の漬け物をつまんで口に運ぶ。
「ほら、皿ごとやるよ」
 龍之進は、漬け物が盛られた小皿を万吉に差し出す。
「李旦、すまない。これから、マカオにいる日本人と会合があるんだ。マカオ元老院と明の両広総督が揉めててね。新しく就任した総督は、日本人をマカオから追放しろと言ってる」
「ああ、両広総督の張鳴崗ちようめいこうね。張総督は、確か七十過ぎた爺様ヨ。前の総督は十三年も居座って、緩くマカオを管理してたって話だ。それを問題にしたんだろ」
「そうみたいだ。一昨年のマカオの騒乱事件の原因は、そもそもポルトガル人が日本人の居留を認めていたせいで起こった。日本人を多く住まわせていること自体が明への裏切り行為だと主張しているらしい」
「これまでは黙認してきたが、見過ごすことはもうできないって?」
「うん……だから、事態を収拾するために、元老院は策を練っているんだけど、今度ばかりは、日本人をマカオから退去させなければならないかもしれないと言ってる。あの騒乱で多くの日本人が虐殺されたのに……なんで俺らが悪者にされて追放されないといけないんだ。日本人はまるで意思のない駒だ。いいように使われるだけ使われて、面倒になったら捨てられる。やられっばなしは気がすまない。日本人にも言いたいことはあるんだ!」
「そう顔を真っ赤にして息むな。おそらく問題の本質は、日本人傭兵ね。総督は、ポルトガル人の手足となる兵が増えることを恐れている。儂が思うに、日本人傭兵をどうするかでこの問題は収束できると思う。もしかすると、傭兵を何十人と退去させることになるかもしれないが、日本人全員を追放する必要はない。なにより、明の事情に精通した者に返書を書かせることネ。そのほうがうまくいく。徹底的な対処はさらなる軋轢を生むことくらい、爺様なら理解している。龍王、交渉は粘り強くするものだ」
 龍之進は、飄々ひようひようと答える李旦に目を丸くした。
 李旦は、いつも物事の本質を気付かせてくれる。大局的見地を忘れず、目の前の問題に対する策を考え出す彼に、龍之進は改めて尊敬の念を覚えた。
 俺も年を重ねて経験を積めば、このようになれるのだろうか。
「李旦、ありがとう。冷静になって考えてみるよ。そして、元老院と話してみる。短気を起こさず、諦めないで、できる限りのことはする。俺は……日本人を守らないといけないから」



 四年後―― 一六一四年五月 長崎
 多聞は、慈善院修道院の一室に入ると、そそくさと机に向かった。
 長崎にきてから早十四年が経ち、多聞は当年二十五歳になった。今は正式なイエズス会のイルマン(修道士)として活動している。
 この修道院に住むようになってから、多聞は忙しくなった。修道院で共に暮らす二人のパードレが病人たちの告解を聴くために昼も夜も慈善院経営の七つの病院へ出向き、それぞれに多聞も付き添うようになったからだ。その上、二月に幕府が全国にキリスト教の信仰や布教を禁ずる禁教令を発し、宣教師たちの国外追放を決めた。そのため、大坂や京都、九州各地から大勢のパードレたちが長崎へ送られてきたのである。パードレたちは大神学校や慈善院、サン・ティアゴ病院、トードス・オス・サントス教会を仮の宿としたが、多聞は彼らからも些細な用事を頼まれるので、より多忙になった。
 この忙しさが喜びごとであれば、どんなによかったか。
 多聞の胸の中には、どんよりとした不安と恐れが渦巻いた。
 多聞は、ひと息つくと、お勤めの合間を縫って書いていた龍之進への消息を仕上げようと筆を取った。
 ――二年半前、イエズス会に入会した私は、修練院で二年間、清貧、服従といった会則を学び終え、今年から慈善院修道院で……
 書きかけの文はそこで途切れている。多聞は、続きを書き出した。
「イルマンとして長崎のパードレたちを補佐している。たとえば、パードレたちはキリシタンではない異教徒に説教する場合、日本人の説教者のほうがよいと考えている。そこで、日本語を得意としないパードレの代わりに私が説教をする。もちろん、説教の内容については事前にパードレの導きを得た上で行っている。しかし、ある程度日本語を話せるパードレであっても、日本人に対しては説教を躊躇するものらしい。その相手がキリシタンであってもだ。だから、パードレたちは、もっぱらミサを挙行し、告解を聴くことに専念している。
 パードレに代わって説教をしていると、私はあたかもパードレになったかのような錯覚に陥ることがある。いけないことだ。セルケイラ司教様なら、きっとそれは慢心だと諭されるだろう。私が異教徒、キリシタンを問わず日本人を前にしてパードレのような振舞いができるのは、私が日本人で日本語を話すからに他ならないのに」
 多聞は、パードレ・ロドリゲスを思い出した。あれだけ日本語が堪能なパードレはいない。それを彼が去ってからよくよく理解した。パードレ・ロドリゲスは、日本人のように流暢に話し、振舞いも日本人のようだった。日本の古典を愛し、時に着物を着て説教をし、箸を使って食事をした。改宗した信徒が先祖の墓参りをしたいと言えば、寺へ行くのを禁じず、習慣も精神もできる限り日本人に寄り添おうとした。日本への親しみを表し、学問の知識も豊富で賢明だったからこそ、徳川家康に気に入られたのだろう。そのロドリゲスは、日本を追放された今、明国を宣教のため視察中らしい。
 もしパードレ・ロドリゲスが追放されずに長崎にいたら……?
 最近、多聞は、ついこんなことを考える。おそらく内府様に交渉をして、宣教師たちの国外追放ではなく、もう少し穏やかな沙汰に導くことができたのではないか。
 返す返す悔やまれた。パードレ・ロドリゲスの退去の一因を自分が作ったことを。
 多聞は、沈んだ気持ちのまま、消息の先を続けた。
「私がイルマンになれたのは、セルケイラ司教様のおかげだ。司教様は、私に聖職者としての道を開いてくださった。今後イルマンとしてお務めを果たし、祈りと奉仕の心で神の御心に沿うよう働き、信心を積めば、何年か後には大神学校で学べるだろう。司教様もそれを望んでくださり、いずれはマカオの大神学校で学べるよう手配しようと仰ってくださった。
 しかし、悲しいことに、セルケイラ司教様は、体調を崩され、去る二月に六十二という御年で神の身許に召されてしまった。もう二度とこの世でお目にかかれないと思うと、辛く淋しい。司教様は、故国を離れ、言葉も風習も違う遠い異国の日本でこの世の命を全うされた。不安や孤独を感じることもあったのではないかと察するが、それを決して表に出さず、私を導き、温かい御心で見守っていてくださった。その勇気と慈愛を思うと、心が震えてくる。
 しかし、不謹慎かもしれないが、三か月前に天に召されて、よかったのかもしれないと思うこともある。今の長崎をご覧になったら、司教様はきっと深く悲しまれるだろうから。
 奇しくも同じ二月に幕府が禁教令を出した。それを受けて、各地の教会や修道院などは次々と破壊されているそうだ。長崎はまだそのようなことはないが、耳にするだけで痛ましい。その上、異人、日本人を問わず、宣教師と伝道を助ける敬虔な信者を長崎から国外へ追放するために、日本中からパードレやイルマン、キリシタンたちが長崎へ集められている。幕府は教えを広める者がいなくなれば、信仰も廃れるに違いないとお考えなのだろう。薩摩から追放されて長崎に来たなど、これまで国内での追放はあった。しかし、真に実行されるとすれば、国外へは初めてだ。信者たちは動揺している。むろん私もだ。これからどうなるのだろうと漠然とした恐ろしさを日々感じながら暮らしている。
 四月半ばに、かの高山右近様が大坂から長崎に船で到着された。高山様は、人徳と義の人として知られる武将だ。信仰を守るために大名の地位を捨てた高山様は、キリシタンはもちろん、多くの人々から尊敬されている。妙な話だが、命惜しさに信仰を捨てるより、信仰を守り通すほうが武将の間でも一目置かれる存在になるらしい。まさしく高山様も侍から敬意を払われている。
 長崎に滞在中、高山様は、トードス・オス・サントス教会や慈善院をよく訪ねられ、まるで聖職者のように一心に祈りを捧げ、病人や貧者に自ら奉仕されていらっしゃる。六十を過ぎたご高齢であり、国外追放となれば御身にこたえるのではないかと皆が高山様を案じている。私は、慈善院でよく高山様をお見かけし、時に言葉を交わす機会を得るのだが、高山様はもとより殉教覚悟で加賀を出立し、大坂経由で長崎に着くまでいつ処刑の御沙汰が届いてもおかしくない、命の危機を感じない日はなかったと仰った。にもかかわらず、高山様はいつも穏やかなのだ。
 私には恐れ多いお方だが、機会があれば、信仰について話をうかがいたいと願っている。
 龍王、お前と別れてから、早いもので十年が過ぎた。消息のやり取りだけでなく、龍王に会いたい、そう思ってきた。だから、マカオの大神学校で学ぶことになれば、また会えると思い、それも私の励みだった。
 国外追放がほんとうならば、その時会えるのだろうか。まだ行先はわからない。でも、また会えると信じている。再会を神に祈るよ。龍王も祈っていてくれ。
 龍王に神の御加護を
 キリスト生誕後一六一四年五月     甲斐セバスチャン多聞」
 
 多聞は、筆をおいてから、紙を丁寧に折りたたんだ。
 李旦に渡すため、多聞は慈善院修道院を出て石段を下りた。大勢の人々が通りへ出ていた。各地からやってきた信者もいたので、近頃町はいつも人でいっぱいだ。彼らは、国外追放と殉教に脅えながらも、信仰心を奮い立たせようと、教会堂に集まったり、聖体を奉持して町を練り歩く聖体行列や鞭打ち苦行行列を自発的に始めたりするので、町はたえず騒然としている。
「行列が来たぞ!」
 誰かが叫んだ。
(第16回へつづく)

バックナンバー

大村友貴美Yukimi Omura

1965年岩手県生まれ。中央大学文学部卒業。2007年『首挽村の殺人』で第27回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、デビュー。他の著書に『奇妙な遺産』『犯罪に向かない男』『存在しなかった男』『梟首の遺宝』など。近著に『緋い川』がある。

  • 双葉社
  • 小説推理
pagetop