双葉社web文芸マガジン[カラフル]

あなたに会えて困った(藤崎 翔)

イラスト:岡野賢介

第3回

回想・1996年7月

 あれは小学校五年生の夏休み。たしか七月の末頃の、よく晴れた暑い日だった。二十年以上経った今でも、昨日のことのように思い出せる。
 あの日から、俺たち三人の関係は始まったのだ――。
 俺がいつものように、自転車で公園に着くと、木陰のベンチに座っていた肥満児が振り返った。眼鏡がきらっと光り、二重顎がぷるんと揺れる。
「おいヨッシー、遅いぞ~」
 そう言って出迎えた汗っかきの肥満児に、俺は手を上げて応える。
「おおタケシ、お待たせ~」
 その日も俺とタケシは、いつものように公園で落ち合った。特に約束したわけでもないけど、雨の日以外はほとんど毎日会っていた。
「やっぱり、デブに夏はきついだろ?」
 俺が軽口を叩くと、すぐにタケシが言い返す。
「うるせえな。ヨッシーみたいなガリガリよりは、この体型の方が健康的なんだよ」
 俺は痩せていて、タケシはデブ。俺の家はホステスの母親との貧乏母子家庭で、タケシの家は父親が医者だけあって金持ち。――俺たちはなにかと正反対だったけど、いつも一緒に遊んでいた。三年生の時に、俺が牛久市立大野小学校に転校してきてから、タケシとはずっと同じクラスで、ずっと遊び仲間だった。二人とも家にテレビゲームがなかったのも、二人で遊ぶことが多い大きな要因だった。もっとも、俺の家は貧乏だから買ってもらえなかったのに対して、タケシの家は金持ちだけど教育方針で買ってもらえない、という違いはあったけど。
 俺たちの遊び場は基本的に、近所の児童公園だった。そこは「団地の公園」と呼ばれていた。東京などの都会で「団地」といえば大きな集合住宅を指すけど、俺たちが育った茨城県牛久市大野町の大野団地は、田舎だけあって森林や田畑に囲まれて土地が余りまくった、一戸建ての建ち並ぶ人口千人ほどの住宅街だった。
 団地の公園は、滑り台とブランコと鉄棒とシーソーとトイレがあって、残りはサッカーグラウンド一面分ほどの広場だった。他の友達が公園に来た流れで、その友達の家に遊びに行ってテレビゲームをやることはあったけど、友達の家にしょっちゅう上がり込んでいるのがばれると親に怒られるというのも、俺とタケシの共通した境遇だったから、基本的には公園で遊ぶしかなかった。
 ただ、タケシはゲームボーイは買ってもらっていた。家でゲームばかりやるのはダメだけど、外で遊びながらちょっとゲームをやるのはOKにしてもらえたらしい。本体が大きくて分厚い割に画面は小さく、しかもモノクロという、今では考えられないようなスペックだったけど、当時は携帯型ゲーム機といえばほぼゲームボーイ一本の時代だった。
「ゲームボーイ持ってきた?」
 俺は、遊ばせてもらえるのを期待して尋ねた。でもタケシは首を振った。
「いや、今日は持ってこなかった」
「そっか……」俺は心の中で残念がった。
「この前『ポケットモンスター』っていうRPGを買ってさ、結構面白いんだよ。ポケモンっていうモンスターを捕まえて、育てて戦わせながら旅していくゲームで、モンスターが育つと進化したりしてさ。ただ、他の人と通信ケーブルで交換しないと進化しないモンスターとかがいるのに、みんなあんまり持ってねえんだよなあ」
 タケシが言った。俺は「へえ、そうなんだ~」と気のない返事をする。テトリスとかマリオとか星のカービィとかは面白かったけど、RPGは短時間やらせてもらっても面白くないので、あまり興味がなかった。俺にとっては、ゲームボーイもミニ四駆もハイパーヨーヨーもたまごっちも、友達が遊んでいるのを見物するだけ。少し遊ばせてもらえれば御の字だった。
「しかも、ポケモン赤とポケモン緑っていう二つのソフトがあって、出てくるモンスターが微妙に違うんだよ。俺は赤を買ったけど、緑を持ってる友達がいないと揃わないモンスターもいてさ。なんか、ゲームのストーリー自体は面白いんだけど、友達が何人も持ってないと成立しないから、たぶんあれ、あんまり流行んねえだろうな。任天堂も失敗したな」
「へえ~」
 タケシの市場予測が大外れすることになるのは、もう少し先のことだ。さらに、ポケモンに関しては忘れがたい苦い思い出があるのだが、それもまた、もっと後に起こることだ。
「で、今日はゲームボーイじゃなくて、これ持ってきたんだ」
 タケシは、リュックからCDウォークマンを取り出した。そして、一緒に取り出したのが、嘉門達夫の『替え歌メドレー』だった。
「おっ、面白いやつだ! えっと……なんて読むんだっけ」
 この前にも、タケシのCDウォークマンで『替え歌メドレー』を聴いたことがあった。ただ、当時の俺の国語力では「嘉門」はまだ読めなかった。
「かもんたつお、だよ」タケシが説明した。「この前のとは別のやつだ。替え歌メドレーって何枚も出てるらしいな。中古屋に売ってたんだ」
「聴こう聴こう!」
 俺がCDウォークマンのイヤホンを手に取る。ところが、そこでタケシが言った。
「おい、まだ聴かせてやるとは言ってねえぞ」
「へえ、すいません兄貴、聴かせてくだせえ」俺はぺこぺこと頭を下げる。
「しょうがねえ、いいだろう」タケシが満足げにうなずいた。
 俺は、百円の自販機のジュースや、十円ガムや、今はめっきり見ない十円のチロルチョコをタケシにおごってもらう時でさえ「兄貴、恵んでくだせえ」と卑屈に頭を下げていた。ただ、卑屈に頭を下げるミニコントを演じているというスタンスをとることで、本当にプライドが傷つくことはなかった。
「でも、こんな小さいのにCD聴けるなんて、未来の機械だよな」俺はしみじみと言った。
「ああ、これ一番新しいやつだからな」タケシが自慢げに笑う。
 俺は、CDウォークマンを見るたびに、口癖のように「未来の機械」だと言っていた。そう遠くない将来に、完全なる過去の機械になることを、当時は想像もしていなかった。
「あ、あと、お前の大好きなイエモンのCDも持ってきたぞ」タケシが言った。
「いや、タケシがファンなだけだろ」俺が言い返す。
 THE YELLOW MONKEY、通称イエモン。ちょうどあれぐらいの時期からメジャーになっていったバンドだった。タケシは小学生にして、すでにロックの世界に足を踏み入れていたのだ。音楽センスの部分では、俺よりずっと大人だった。
 俺たちはまず、木陰のベンチに座って、CDウォークマンのイヤホンを片方ずつ差し、嘉門達夫の『替え歌メドレー』を聴いてゲラゲラ笑った。
 その後、タケシはイエモンのアルバムを聴き始めた。でも、ロックの心得のない俺はすでに興味を失っていたので、さっきの嘉門達夫の替え歌を、タケシのイヤホンの耳元で大声で繰り返し歌ってやった。
「うるせえ、やめろよ~」
 結局、CDウォークマンの時間はほどなく終了となった。二人で遊ぶ時は、基本的にどっちかが飽きたらその遊びは終了だ。
「あ、そうだヨッシー、今度サザンのCD貸してくれよ」
「ああ、いいよ」
「母ちゃんのやつだっけ?」
「うん、そう」
 この少し前に、母がサザンのファンでCDを何枚か持っているという話をしたら、タケシが興味を示したのだった。
「そういえばヨッシーの母ちゃん、昨日また梅酒買ってたぞ。好きだな、梅酒」
「いいよ、そんな報告しなくて」
 俺は苦笑した。母が好物の梅酒を買い込む行きつけの酒屋は、タケシの家の近所だったのだ。
「じゃあ、今度サザンのCD頼むぞ。約束な」
「おう、分かった、約束な」
 俺たちはアイコンタクトを交わすと、脚をがに股に広げ、股の下でガッツポーズをするように握り拳をぐいっと上げて、声を合わせた。
「男同士のお約束!」
 これは、俺たちの間でやけに流行っていた、クレヨンしんちゃんからの引用のポーズだ。
 クレヨンしんちゃんが社会現象といえる人気になったのは、俺たちが小学校低学年の頃だ。まさに俺たちが、最も影響を受けた世代といえるだろう。低学年の頃に自分のことを「オラ」と呼んだり、密かにチンチンの上にマジックで「ぞうさん」を描いてみた男子は、俺を含めて日本中に何万人もいたことだろう。もっとも「男同士のお約束」は、「ぞうさん」や「ケツだけ星人」といったギャグのように、作品中に多く出てくるわけではなかったけど、なぜか俺たちの間では、約束を交わす際のポーズとして定着していたのだった。
「さて、じゃあ何やろっか」
「二人で水風船やっても面白くねえしな」
「じゃあ、森ごっこにするか」
「そうだな、誰もいないから危なくないし」
 俺たちは話し合ってから、「森ごっこ」のスタート地点の、滑り台の脇まで自転車を漕いだ。
「じゃあ、三周な」
「OK」
「行くぞ。レディ、ゴー!」
 タケシの合図で、俺たちは全速力で自転車を漕ぎ出し、広場を三周する。「森ごっこ」とは、要するに自転車レースだった。この遊びは、元々「競輪」というそのままの名前で呼ばれていたけど、この数ヶ月前にSMAPの森君が芸能界を引退してオートレーサーになったのを機に「森ごっこ」という呼び方に変わった。といっても「競輪」の時から変わったことといえば、自転車を漕ぎながら「ブーン」とか「ギュイ~ン」と、バイクのエンジンっぽい音を口で出すようになったことだけだ。
「イエーイ、勝ち~!」
 最初のレースは、俺が僅差で勝った。タケシはデブだけど、運動能力高めの動けるデブだったので、勝ち負けは半々ぐらいだった。
「くそ、もう一回だ」タケシが言った。
「いいよ」
 俺たちはまたスタートラインに戻ろうとした。
 その時、公園の前の通りを、クラスメイトのマルコが通りかかった。彼女は下の名前が桃子で、ちびまる子ちゃんの本名と一緒だからそう呼ばれていた。
「おう」
「マルコ、何してんの?」
 俺とタケシが声をかけると、マルコが答えた。
「手紙出しに行くの」
 マルコの家から商店街のポストに行くには、公園の前が通り道だった。――あの頃は、携帯電話もパソコンも一般家庭にそこまで普及していなかったし、たぶん携帯電話にメール機能も付いていなかったから、郵便を使う機会は今より格段に多かった。
「タケシとヨッシーは何してんの?」マルコが聞き返してきた。
「森ごっこ」
 俺が答えると、マルコは顔をしかめた。
「マジやめてくんない? 私のSMAPをそうやって侮辱すんの」
「お前のSMAPのわけねえだろ」タケシが鼻で笑う。「しかも森は辞めてるからいいだろ」
「最近、私もお姉ちゃんも、やっと森君が抜けたショックから立ち直ったんだから」
 マルコは三歳上に姉がいた。俺たちはSMAP世代のど真ん中よりはちょっと下ぐらいだったと思うけど、マルコは姉の影響でSMAPの熱狂的ファンだったのだ。
「マジで私、一生SMAPのファンなんだから」マルコは言った。
「一生って、あと何十年あると思ってんだよ」今度は俺が鼻で笑った。
「そうだよ。あと何十年も経ったら、SMAPだってみんなジジイになっちゃうんだぞ。それに、この先解散するかもしれないし」タケシが言った。
「はあ~? SMAPが解散するわけないじゃん。バ~カ」
 マルコは捨て台詞を残して立ち去った。――約二十年後、彼女はさぞや悲しんだことだろう。
「あいつ、北島三郎に似てるよな」
 マルコの後ろ姿を見送りながら、タケシが言った。
「ああ、鼻の穴な」俺も笑ってうなずく。
「次来たらサブちゃんって呼んでやろうぜ」
「やめとけ。絶対泣くから」
 そう忠告しながらも、タケシならたぶん言うだろうと思った。目先の面白さのために容赦なく人を傷つけるのがタケシだった。
「よし、じゃ第二レース行くか」
「OK。レディ、ゴー!」
 今度は俺がスタートの号令をかけ、二人で全力で自転車を漕ぐ。「ブ~ン」「ブンブ~ン」と口でエンジン音を出しながら、先行したのはまたも俺だった。ところが、二周目を過ぎた時、後ろにタケシの気配を感じたところで、ドンと背中を押された。
「うわっ」俺は転倒した。
「おい、クラッシュかよ~」
 そう言いながら、タケシはちゃっかりゴールする。
「いててて……押すなよ~」
「ふん、本当のオートレースはもっと激しいぞ」
 タケシが言った。本当のオートレースなんて見たこともないくせに。
「ああ、膝すりむいた」
 俺の膝には血が滲んでいて、じんじんと痛んだ。でもタケシは悪びれもせず、「あれぐらいでこけるなよ~」と笑っていた。
「お前んちで治してくれよ」
「いいけど、金取るぞ」
 これが医者の息子のタケシとの、定番のやりとりだった。自分が転ばせた相手が怪我しても謝ろうともしないなんて、今考えればタケシはひどい子供だった。とはいえ、お互いにこんな調子だったけど。
 ――と、その時だった。
「大丈夫? 転んだの?」
 背後から声をかけられ、俺とタケシは同時に振り向いた。
 そこには、すらっと手足が長く、目がぱっちりとして鼻筋が通った、初対面の女子がいた。
「誰?」
 俺が尋ねると、彼女は微笑んで答えた。
「私、マリアっていうの」
「マリアって、外国人みたいな名前だな」タケシが言った。
「お母さんが外国人なの。私ハーフなんだ」
「ハーフ?」俺は聞き返した。
「片方の親が外国人の子供を、ハーフっていうんだよ」
 タケシが解説した。タケシに意味を聞いて俺が覚えた言葉はいくつもあった。
 ふと、匂いがした。それはマリアの匂いだった。甘い匂いの中に、少しだけ汗の成分が入っている感じだった。でも、「お前、におうな」なんて言うべきじゃないことぐらい、小五になれば分かっていたし、そもそも不快な匂いではなかったし、かといって「お前、いい匂いだな」って言うのも変態っぽくなってしまうので、結局匂いについては何も言わなかった。
「ていうか、マリア、大野小か?」タケシが尋ねた。
「うん、二学期から転入するんだ」
「何年生?」
「五年」
「俺らと一緒じゃん」
 タケシが言った。少しうれしそうだった。
「俺も、三年の時に転校してきたんだ」俺が自分を指差した。
「へえ、そうなんだ。じゃあ転校生仲間だね」マリアは笑った。
「同じクラスかもな」
「うん、なれたらいいね」
 マリアが屈託のない笑顔で言った。俺はドキッとした。女子が男子に向かって、同じクラスになれたらいいね、なんて言うとは思っていなかった。俺が逆の立場なら、女子にそんなことは絶対に言えないと思った。
「二人の名前は、何ていうの?」マリアが尋ねてきた。
「えっと……こいつがヨッシー」
 タケシは、自分ではなく俺のことを紹介した。――その瞬間「えっ、普通こういう時は自己紹介するだろ」と心の中で驚いたけど、今なら分かる。あれはタケシなりの、照れと緊張を隠す手段だったのだ。
「モノマネ得意なんだよな、ヨッシー」
 タケシが、ネタを振ってきた。俺は思い切って、唯一の持ちネタを披露した。
「ヨッシー!」
 すると、マリアが感嘆した。
「すごい、似てる!」
 俺は、自分のあだ名の元になった、スーパーマリオに出てくる緑色の恐竜『ヨッシー』の鳴き声を練習しているうちに、我ながらハイクオリティなモノマネを習得していたのだ。自分でゲームを持っているわけではなかったのに、たまに友達の家で遊ぶ『マリオワールド』や『マリオカート』だけを頼りに練習したモノマネは、その後も長らく俺の持ちネタだった。
「あ、こいつはタケシね」
 今度は俺が、タケシを紹介した。
「ダンカン、バカヤロー」
 タケシが首をかくんと傾けながら、ビートたけしのモノマネをした。――タケシも俺と同様、自分の名前にちなんだモノマネを習得していた。しかも俺が転校してくる前の、小学校一年生の頃からずっと、このモノマネをしているとのことだった。
 ただ、俺はそれを見て、マリアに言った。
「こっちはあんまり似てないだろ」
「うん、あんまり似てない」マリアも正直に答えた。
「なんだと? 似てねえとか言うんじゃねえバカヤロー。コマネチ、コマネチ!」
 タケシが俺に向かって繰り出してきたので、俺も応える。
「ヨッシー! ヨッシー!」
「何がヨッシーだバカヤロー。緑色のバケモンじゃねえか」
「ヨッシー! ヨッシー!」
「お前それしか言えねえじゃねえかバカヤロー」
「コマネチ! コマネチ!」俺はヨッシーの声真似をしながらコマネチのポーズをした。
「おいっ、俺のコマネチをとるんじゃねえ、バカヤロー」
「アハハハ」
 マリアは声を上げて笑った。俺はうれしかった。たぶんタケシもうれしかったことだろう。ウケていたのだから、その辺で終わりにしておけばよかったのだ。
 ――ところが、そこでタケシが、調子に乗ってしまった。
「おいヨッシー、今から冒険だバカヤロー。フライデー襲撃に行くぞ」
 タケシはモノマネしながら言うと、俺の背中にぴょんと飛び乗ろうとした。ヨッシーといえば、当時のスーパーファミコンのソフト『マリオワールド』で、主役のマリオを背中に乗せて冒険するキャラクターだった。タケシはそれを再現したかったのだろう。
 でも、痩せっぽっちの俺と、肥満児のタケシには、歴然とした体重差があった。
「ヨッシ……ぐあっ、重っ!」
 俺は、モノマネをしながらおんぶしようとしたけど、重さに耐えきれず、前に倒れてしまった。しかも、おんぶしようとして両手を後ろに回していたから、地面に手を着くことができなかった。その結果、額を地面にゴツンとぶつけてしまった。
「いてえっ!」
「えっ、大丈夫!?」
 マリアが驚いて声を上げたのが聞こえた。
「いたたた……」
 俺は額を押さえてうずくまった。すでにぷくっと膨れていた。これは大きなたんこぶになるな、というのは経験上すぐに分かった。
 ところがそこで、信じがたい言葉が聞こえた。
「いてえなあ、お前のせいだぞヨッシー」
「はあ?」
 あまりの理不尽さに、思わず顔を上げた。するとタケシは、俺の隣で、同じように額を押さえて痛がっていた。でも、加害者感を薄めるために自分も負傷したふりをしているようにしか見えなかった。サッカー選手がファウルを犯した後で、ファウルを受けた選手と同様に痛がってみせているような、あの感じだった。
「人のせいにすんなよ。タケシが乗ってきたのが悪いんだろ!」俺は言い返した。
「お前なあ、ヨッシーだったら人乗せて転ぶなよ。本物のヨッシーがマリオを乗せて転んだの見たことあるかよ。そんなんじゃヨッシー失格だぞ」
「はあ? 意味分かんねえよ。俺人間だぞ!」
 ――今思い返せば、まさに小学生という、バカすぎる内容の口喧嘩だったけど、数分前にタケシのせいで膝をすりむき、短時間で二度も傷を負わされていた俺は、本当に殴ってやろうかと思うぐらい腹が立っていた。ただ、頭を打った痛みで、殴るほどの元気も出なかった。
 タケシというのは、こういう奴だったのだ。どう考えても自分が悪いのに、屁理屈をこねて謝らず、自分だけ責任逃れをしようとする。この先も、そんな場面が何度もあった。
「大丈夫? たんこぶできてるよ。誰か大人の人呼んでこようか?」
 マリアが、俺とタケシを交互に見ながら、心配そうに声をかけてきた。
「いやいや、大丈夫」
 俺とタケシは、同時に制止した。思わず声がぴったり揃ってしまった。こんな場面で大人を呼ばれてしまうのは、俺たち悪ガキにとって最も恥ずべきことだったのだ。
「冷やしてきた方がいいんじゃない?」
「いや、マジで大丈夫だよ」
 俺はたんこぶを押さえながらも、やせ我慢して立ち上がった。マリアを心配させてはいけないという一心で、なんとか痛みをこらえていた。
 あの後、マリアと公園で何かをして遊んだのか、それともすぐに帰ったのか、今となってはよく思い出せない。
 ただ、今になって、はっきり分かることがある。
 俺もタケシも、初対面の時からマリアに一目惚れして、舞い上がっていたのだ。
 でも、あれから二十年以上経って、こんな結果になってしまったのだ――。
 回想を終えた俺は、哀しい気分で、帰り道で買ってきた缶の梅酒をすすった。母の影響で、いつの間にか好物になっていた梅酒を――。
(第4回へつづく)

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藤崎 翔Sho Fujisaki

1985年、茨城県生まれ。高校卒業後、お笑い芸人として6年間活動。2014年、『神様のもう一つの顔』(のちに「神様の裏の顔」に改題)で第34回横溝正史ミステリ大賞を受賞し、小説家デビュー。この作品が25万部を超える大ヒットとなる。著書に『殺意の対談』『こんにちは刑事ちゃん』『おしい刑事』『お隣さんが殺し屋さん』『指名手配作家』などがある。

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