双葉社web文芸マガジン[カラフル]

誘拐ファミリー(新堂 冬樹)

第7回

「キリスト、ゼウス、シヴァ、天照大御神……世界には、様々な神や救世主が登場する神話が数多に存在する。だが、もちろん、その姿を見た者はいない。だからこそ、人間には未来永劫の謎がある。神は、本当に存在するのだろうか? と」
 白髪のオールバックに真っ黒に日焼けした顔、百九十センチ近い巨体に纏った紫のスーツ……容貌魁偉な鳳神明が、鋭い眼光で参加者を見渡した。
 中野区にある「天鳳教」本部の「説法堂」……およそ三百平方メートルの空間の座席は満席だった。
 聴衆希望者は五千円の布施を納めれば誰でも入場できる。
 文化人やスポーツ選手などの講演会と同じようなものだ。
 威圧的で人相も悪い鳳神明だが、途上国に教会や学校を建設した功績や、震災地に物資を積んだヘリコプターで真っ先に乗りつける行動力が評価され、「説法会」は常に満員らしい。
「五百人は入っていそうだから、お布施だけで二百五十万……自社ビルだから、丸儲けね」
 座席の最後列の端――星が、太陽の耳元で囁いた。
「そんなはした金が目的じゃないさ」
 太陽も囁き返した。
 鳳神明の目的は、定期的に行う「説法会」で、教徒数を増やすことだった。
 太陽の調査では、教徒一人が「天鳳教」に納める布施は年間平均五百万と言われている。
 単純に、百人増えれば年間五億の増収となる計算だ。
「みなさんにはっきり言っておくが、神など存在しない!」
 鳳神明の、船乗りさながらの野太い声が会場に響き渡った。
 神の化身を名乗る教祖の口から飛び出した、一番相応しくない言葉に参加者がざわついた。
「ショックを受けているあなた方に、質問しよう。世界中で様々な神話が語り継がれているが、神を見たという者は挙手してくれ」
 鳳神明が右手を挙げながら、場内に視線を巡らせた。
「ほらみなさい。正月には決まって初詣に出かけ、頼み事や困り事があれば神社で手を合わせるあなた方の誰一人として、神を目撃した者はいない。あたりまえだ。神話や聖書は一部の人間が大勢の人間を意のままにコントロールするためのでたらめなのだから。もう一度言う、この世に神など存在しない!」
 鳳神明が、さらにボリュームアップした大声で断言した。
「商売道具の神を否定して、どういうつもりなんだろうね」
 星が眉を顰めた。
 鳳神明の説法を動画でも観たことのない星が、訝しく思うのは仕方がない。 
「いまにわかる。奴のお得意の話術だ」
 太陽は、「YouTube」で繰り返し観た過去の「説法会」を脳裏に蘇らせながら言った。
「鳳神明は、『神の声が聞こえる』という本を出していたんじゃないのか?」
「なにかのインタビューでは、自らを神の化身だと言っていたが……」
「なぜ神を否定するんだろう?」
「もしかして、鳳神明は無神論者なのか?」
 周囲の参加者達は、明らかに動揺していた。
 神にも縋る思いで参加した「説法会」で正面から神を否定されたのだから、それも無理はない。
「みんな、なんていう顔をしているのだ。たしかに、私は神など存在しないと言った。ただし、それは、あなた方が思っているような神……神々しい光に包まれ、正義の剣で悪を滅ぼすような神はいないと言ったまでだ。悠久の昔から人類が追い求めてきた神の正体を私が明かすから、心して聴くがいい。前列のストライプ柄のネクタイを締めた君、これはなんだ?」
 唐突に鳳が、胸ポケットから取り出した黄色のチーフをヒラヒラさせながら男性参加者に質問した。
「あ……はい、ポケットチーフです」
「よろしい。次は、三列目の青いワンピースを着た君、これは何色だね?」
 鳳は続けて、女性参加者にポケットチーフを掲げて見せた。
「黄色です」
「よろしい。では、二列目の紺色のスーツを着た君、殺したいと思う人物はいるかね?」
「え……いや……あの……」
 紺色のスーツを着た男性参加者が返事に詰まった。
「よろしい。最後に、前列左端の君。一番好きな人物の顔を想像しなさい」
 鳳は、ショートカットの女性参加者に顔を向けて言った。
「突然、なんのつもりだろう?」
 星が、鳳のやり取りに眉根を寄せた。
「一番目の君の心に浮かんだポケットチーフ、二番目の君の心に浮かんだ黄色、三番目の君の心を支配した憎悪の感情、四番目の君の心を支配した幸福な感情……それらがすべて、神なのだ」
 鳳の言葉に、ふたたび場内がざわついた。
「あなた方の思考、感情の一切が神の正体だ。こんな素敵な人と出会えて私は嬉しくてたまらないという幸せな感情も神で、あいつなんか死ねばいいのにと願う負の感情も神で、NBAの一流選手は何十億も年俸を貰って羨ましいと思う感情も神で、どうしてあいつばかり出世するんだという妬みの感情も神で、僻地で一人でも多くの病人を救済したいという無償の愛も神だ。神の実体はあなた方が思っているような聖人君子的な存在ではなく、私達人間の心に生まれるすべての思考と感情だ。つまり、マザー・テレサも神であり、連続殺人鬼も神であるということだ!」
鳳の衝撃的発言に、場内のざわめきがどよめきに変わった。
「あの人、大丈夫?」
 星が驚きの顔で言った。
「みなさん、お静かに! まだ、真実の神話には続きがあるので最後まで聴きなさい! 私が言いたいのは、神も完ぺきではなくあなた方と同じ善にも悪にも手を染めるということだ。逆を言えば、善も悪も選択する権利はあなた方にある。奇跡が起きれば神に感謝し、悲劇が起きれば神を呪っていたのが人間だ。神のみぞ知る、運命は変えられない……そう思っていたのが人間だ。だが、私が教える神話の主役は、天上にいる空想世界の完璧な神ではなく、あなた方一人一人なのだよ! もう一度言う! 善きことも悪しきことも、選択して行動に移せるあなた方こそが、正真正銘、神なのだ!」
鳳のエネルギッシュな声が、場内の空気の流れを変えた。
「あなた方一人一人が悪の誘惑に耳を貸さず善き声にだけ耳を傾ければ、理想の神の姿になれるのだよ! 善き神になるか悪しき神になるか、あなた方次第なのだ!」
 鳳が拳を突き上げると、あちこちから啜り泣く声が聞こえてきた。
「なんだか、いつの間にか、感動的な雰囲気になってるわね」
 星が呆れた顔で周囲を見渡した。
 星の言葉通り、そこここで参加者が感涙に咽んでいた。
 説法の冒頭でいきなり参加者を突き放してから一転して抱き締めるのが、鳳の常套手段だ。
「みなさん、大事なのはここからだ!」
 参加者が静まり返り、鳳の次の言葉を固唾を呑んで待った。
「この鳳神明には、自慢できることが二つある。一つは、内在する神の声を聴く能力を授かったこと、もう一つは、その能力をあなた方にも使えるように伝授できることだ」
 鳳に注がれる参加者達の瞳に、輝きが増した。
「思考はほぼすべてのことを実現できる力がある。空を飛ぶことも、一ミリの疑いもなく信じることができたら可能だ。だが、あなた方は実に疑い深く、信じられないほどに謙虚だ。空を飛ぶどころか、たかだか億万長者になる夢を実現できないありさまだ」
 鳳が、両手を広げ肩を竦めた。
「そりゃあ、あんたみたいに人を騙しまくったら億万長者にもなれるでしょうよ」
 星が皮肉っぽく言った。
「『天鳳教』の教徒には、この鳳神明直々に神通力の発揮法……平たく言えば、心で念じたことは実現する思考法を伝授する。年収一億を稼ぎたい、素敵な女性、または男性と幸せな家庭を築きたい、病気もトラブルもなく平穏で幸福な人生を送り百歳まで生きたい……神通力を身につけることができれば、あなた方の願いはすべて叶うのだよ。ここからは、あなた方の質問に答える時間を設ける。副本部長、頼んだぞ」
 鳳が背後を振り返り、椅子に座っていた若い女性……明寿香を促した。
 明寿香が立ち上がり、黒のスカートスーツから伸びた細く長い足をこれみよがしにみせつけるように大股でマイクに向かって歩いた。
 百七十センチ近い長身、ショートヘアが際立つ小顔、少女漫画のヒロインのような円らな瞳、黒いジャケット越しにもわかる胸の膨らみに腰の括れ……鳳明寿香は、ファッション誌から抜け出したような圧倒的なビジュアルの持ち主だった。
「あんなに若くてきれいな女の子が、副本部長?」
「ああ、女優みたいだな」
「女優でも、あんなスタイルのいい子はいないよ」
「『天鳳教』に入ったら、いつも会えるのかな?」
「僕、体験入信してみようかな?」
 周囲で、三十代と思しき二人の男性参加者がハイテンションに会話していた。
 年代関係なく、男性参加者の眼は壇上に立つ明寿香に釘づけになっていた。
 拍手をしながら鳳が後退りし、椅子に腰を下ろした。
「宗教団体に入るのに、なんて不純な動機なの?」
 星が男性参加者達を見ながら、嫌悪感の皺を眉間に刻んだ。
「娘目当てに入信する男性教徒は、かなりの数になるらしい。そこらの二流タレントを使うより、遥かに広告塔としての価値があるだろうな」
「なに? 太陽も、ああいうのが好みなの? ちょっと背が高いだけで、たいしたことないじゃん。私のほうが、十倍はいい女よ」
 星が、対抗意識丸出しに言った。
「なんだ? ジェラシーか?」
 太陽は、茶化すように言った。
 十倍いい女は大袈裟だが、星も通り過ぎる男性が振り返るくらいのビジュアルの持ち主だ。
「どうして、私より劣っている女に嫉妬するのよ?」
 睨みつけてくる星から逸らした視線を、太陽はステージに戻した。
「ここまでの教祖のお話について、質問のある方は挙手を願います」
 明寿香が促すと、我勝ちに参加者が手を挙げた。
 そのほとんどが、男性参加者だった。
「四列目のロマンスグレイが素敵なあなた」
 明寿香がさりげなく口にした指名のセリフに、太陽は気を引き締めた。
 さすがは教徒数三万人の宗教団体のナンバー三だけのことはあり、二十五歳とは思えない人心掌握術を持っていた。
 いまの一言だけでも、ロマンスグレイの男性は入会するほうにぐっと心が傾いたに違いない。
「でもさ、見る目がない男性にはウケがよくても、女性には嫌われるんじゃない?」
「女は息子の受け持ちだ」
 太陽は、明寿香から視線をステージ後方の椅子に父と並んで座る鳳一馬に移した。
 ゆるやかなウエーブのかかった長髪、抜けるような白い肌、欧米人並みに彫深い目鼻立ち……一馬も、ハーフモデルと見紛うようなビジュアルをしていた。
 太陽のリサーチでは、ホスト並みの一馬の巧みな話術に虜になり、年間で億を超える布施を納めている女性参加者は珍しくないらしい。
 五億を超える資産を注ぎ込む者もいるという。
「『天鳳教』はキャバクラかホストクラブ? いっそのこと、私らも宗教に稼業替えしたほうが儲かるんじゃない?」
 星が本気とも冗談ともつかぬ口調で言った。
「馬鹿か」
 太陽は呆れたように吐き捨てた。
「なんでよ? 誘拐と違って宗教は合法でしょ?」
 星が唇を尖らせた。
「もういいから、黙ってろ」
「私の妻は宗教に否定的で出家はできないんですが、それでも神通力を磨くことはできるでしょうか?」
 ロマンスグレイの男性参加者が、不安げに訊ねた。
「ご安心ください。毎週土日に行われる『説法会』に参加するだけでも、神通力は磨かれます」
 明寿香が、笑顔で答えた。
「よかった。具体的に、どんなことをするんですか?」
 安堵の表情で、男性が質問を重ねた。
「最初の一ヵ月は、鳳先生が指導した通りの思考が身につくように『説法会』のテープを購入し、繰り返し聞いて貰います。目安としては一日三時間、とくに就寝前は必ず聴いてください」
「聴くだけでいいんですか?」
「もちろん、すぐに神通力が磨かれるわけではありませんが、日々、繰り返し鳳先生の説法を聴くことで潜在意識に刷り込み、眠っている能力を啓発するのが狙いです。歴史的な天才物理学者と言われるアインシュタインでさえも、潜在能力の四パーセントしか使ってないと言われています。一般人はさらに少なく、潜在能力の活用は一パーセント程度です。鳳先生の教えを忠実に実践していれば、一年で潜在能力を二パーセント、三年で四パーセント……つまり、アインシュタインと同等の能力が発揮できるというわけです」
 明寿香の言葉に、場内がざわついた。
「私が……アインシュタインと同じ能力を?」
 ロマンスグレイの男性が、うわずる声音で訊ねた。
「はい。当然、アインシュタインと同等の能力を発揮できるようになれば、生活水準も飛躍的に上昇します。ですが、これはあくまでも三年での成果です。四年、五年と鳳先生の教えを忠実に真摯に実行してゆけば、十パーセントの潜在能力を活用できる可能性もあります」
 ふたたび、場内のざわめきがどよめきに変わった。
「イエス・キリストで、六十パーセントの潜在能力を活用していたと言われています。因みに、鳳先生の潜在能力の活用率は九十パーセントを超えています」
 どよめきを通り越し、場内に静寂が広がった。
「あんな詐欺師をイエス・キリスト以上の聖人にしようってわけ? よくもまあ、次から次に口から出任せを言えるわね……」
 星のため息をやり過ごし、太陽は顔を右に巡らせた。
 最後列の反対側の端には、大地と海の姿があった。
 二人は吹雪のチームで、ターゲットの鳳一馬の視察にきたのだ。
「あちらのリーダーは、なにをしてるんだろうね?」
 星が、太陽に訊ねてきた。
 さっきから、太陽も気になっていた。
 打ち上げの日から一週間、吹雪の姿は見えなかった。
 吹雪がなにを考えているのかがわからず、不気味だった。
「まあ、どのみち、姿を現すさ」
 太陽は、興味のないふうを装い言った。
 浅井家の監禁室……地下室をパーティションで区切り、太陽と吹雪がそれぞれ使うことになった。
 パーティションの素材は、監禁している一馬と明寿香の声が互いに聞こえないように防音仕様になっていた。
「行くぞ」
 太陽は言い終わらないうちに席を立った。
「え、どこに?」
 星の問いかけに答えず、太陽は出口に向かった。
(第8回につづく)

バックナンバー

新堂 冬樹Fuyuki Shindo

大阪府出身。1998年に作家デビュー。2003年に刊行した純愛小説『忘れ雪』が大ベストセラーとなる。
著書は『僕の行く道』『百年恋人』『君想曲』『ある愛の詩』『誰よりもつよく抱きしめて』『あなたに逢えてよかった』『引き出しの中のラブレター』『哀しみの星』『たったひとつの花だから』『別れさせ屋の恋 パルフェタムール』『瞳の犬』『少女A』など多数。

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