双葉社web文芸マガジン[カラフル]

誘拐ファミリー(新堂 冬樹)

第6回

3(承前)

「ちょっと、あなた……鳳神明をターゲットにするなんて、正気!?」
 海が怪訝な顔を大地に向けた。
「そうよ、父さん。いくら鳳神明がヒール顔しているからって、ターゲットにするのはヤバくない?」
 星が非難の眼を大地に向けた。
「鳳神明には、二人の子供がいる。長男の一馬が三十歳で『天鳳教』の本部長であり、次期教祖と言われている。長女の明寿香が二十五歳で副本部長を務めている。この二人が中心となり、父である鳳神明を支えているんだ。一馬と明寿香を誘拐し、鳳神明に身代金を要求する。額はそれぞれ一億、二人で二億……鳳神明にとっては、はした金だろう」
 大地が、説明を続けた。
「ちょっと、あなた、聞いてる!? 鳳神明は世の中から救世主と崇められているのよ!? たとえ救世主でないにしても、罪を犯していない人をターゲットにするのは先代の意に反するんじゃないの!?」
「そうよ、父さん。秋嶋だってさ、新人女優にレイプドラッグ飲ませて次々に毒牙にかけてるっていうから、ターゲットにしたんでしょ? そりゃあ、私だって、あのおっさんが救世主なんて思ってないけどさ、犯罪者じゃないのにターゲットにしちゃだめでしょ? しかも、二人も子供をさらうってどういうことよ?」
 海に続いて、星が大地を非難した。
「な~にが、罪を犯してないのに……だ! 鳳が開発途上国に建てた学校や教会の実態は、銃器や麻薬売買の温床となっているんだ。奴は恵まれない人々に愛の手を差し伸べる振りをして、数万、いや、数十万の命を奪う悪行で暴利を貪っている大悪党だ!」
 大地が、憎々しげに吐き捨てた。
「え……鳳神明が銃器や麻薬の密売を!?」
「マジに!?」
 海と星が揃って驚きの声を上げた。
「あなた、いくら酔っぱらってるからって、悪乗りが過ぎるわよ!」
 海が、大地の肩を叩いた。
「馬鹿、悪乗りなんかじゃねえ。本当のことだ。鳳が学校や教会を建てた途上国では、奴が流したサブマシン・ガンで八歳の少年が政府軍を撃ち殺し、街の五割がヘロイン中毒者で溢れ返っている。ヤクザなんかより、百倍は害悪をたれ流している野郎だっ」
 大地が、ふたたび吐き捨てた。
「お祖父ちゃん、本当なの?」
 星が大樹に訊ねた。
「ああ、本当じゃ。鳳神明は、救世主どころか悪魔じゃよ」
 大樹が、苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「太陽と吹雪は知ってた?」
 太陽は首を横に振り、吹雪は興味なさそうに肩を竦めた。
 正直、「天鳳教」の教祖をターゲットにするなど考えたこともなかった。
「鳳神明が大悪党でターゲットにする資格があるのはわかったけど、どうしてが二つも必要なのよ?」
 海が率直な疑問を口にした。
「そうよ。だって父さん、いつも言ってるじゃん。子供を二人人質にしたからって、手間は倍になるけど親から倍の身代金を取れるわけないって」
 星が、納得いかないといった表情を大地に向けた。
「いま説明するから、慌てるんじゃねえ。お前らが俺の話を信用しねえから、ややこしくなったんだろうが? いいか? 今回のヤマはでかいから、二チーム制で行く」
「二チーム制!?」
 海と星が揃って素っ頓狂な声を上げた。
「ああ。太陽と吹雪がそれぞれリーダーで、俺、海、星、親父をそれぞれのサポートにつける。だが、ターゲットは日本全国に三万人の教徒数を誇る悪徳宗教団体だ。いつまでも分裂してちゃ戦えねえ。先に身代金の受け渡し場所を決めたほうのチームに、もう一チームは合流する。そこからの任務は、そのチームのリーダーに従って貰う。めでたく身代金を手にした暁には、リーダーを五代目に任命する」
 大地が、太陽と吹雪を交互に見据えながら言った。
「あなた、それ、本気で言ってるの? 兄弟を戦わせるだなんて……チームで一丸となって任務を遂行するっていう浅井家の理念に反することじゃないかしら?」
 海が難色を示した。
「日本の国技の大相撲は本場所での同部屋対決を禁じているが、それぞれの勝敗が同じになったときには、優勝決定戦で直接対決しなければならねえ。太陽と吹雪は、相星で並んでいるから雌雄を決しなきゃならねえってわけだ」
 大地は言い終わると、シャンパンから切り替えたビールを呷った。
「大相撲とは違うんだから、なにも兄弟で争わせなくてもあなたが決めればいいことじゃない?」
 海は、相変わらず難色を示していた。 
「野生動物は、群れのボスを決めるときに力が拮抗している同士が必ず戦う。なぜだかわかるか? てめえが負けたと実感しねえと、ボスに従わねえで殺し合いが始まるからだ。こいつらが、そんなふうになってもいいのか? お?」
 大地が太陽と吹雪を交互に見渡し、視線を海に移した。
「息子を獣扱いしないでちょうだい。とにかく私は……」
「私は、賛成! 超面白そうじゃん!」 
 不満げな海を星が遮った。
「星っ、これは遊びじゃないんだからね! 興味本位で茶化さないの!」
「別に、茶化してないし。私も、はっきり白黒つけたほうがいいと思うわ。だってさ、どっちが次期リーダーか決めておかないと、このままじゃ本当に殺し合いが始まっちゃうよ」
「あんたまで、お兄ちゃん達を獣扱いしないの!」
「ちょっとちょっと、母さんも星も、勝手に盛り上がらないでくれ。だいたい、父さんも、相談なしに決めるなんて、そんな大事なことは事前に相談してくれよ」
 太陽は、やんわりと大地に抗議した。
 複雑だった――大地が、後継者を決めかねていることに。
 複雑だった――自分と吹雪の実力が拮抗していると思われていることに。
「なんだ、後継者後継者ってうるさいから、てっきり喜ぶと思ったのによ。お前、吹雪と決着をつけられるチャンスなのに嬉しくねえのか?」
 大地が、不満げに訊ねてきた。
「そういう問題じゃなくて、勝手に話を決めないでくれってことを……」
「僕は、やってもいいですよ」
 我関せずの態度でスマートフォンをイジっていた吹雪が、ディスプレイから視線を離さずに太陽を遮った。
「おう、そうか! さすがは冷血漢! 決断もクールだな! おい、太陽、どうする? 吹雪はリングに立つそうだぞ?」
 大地が、煽るように言った。
「父さん、よく考えてみろよ。俺らを競わせるために長男と長女を誘拐したら、鳳神明は親として身代金をどっちに先に支払うか決めきれないはずだ」
「あいつに、そんな父性愛があると思うか?」
 大地が、皮肉っぽい笑みを浮かべつつ言った。
「言われなくても、それくらいわかるさ。俺が言いたいのは、後回しにされたほうに、不満の種を残してしまうと鳳は考えるだろうってことだよ。つまり、どっちにも身代金を出さない解決法を考える可能性が高くなるってことさ」
 太陽は大地への不信感といら立ちを抑え、根気よく説明した。
「それでも、身代金を出させるのが僕たちの腕の見せどころじゃないんですか?」
 吹雪が、相変わらずスマートフォンをイジりながら他人事のように言った。
「話をすり替えるな。これまで通り荷物を一つに絞れば、確実に身代金を引き出せるってことを言ってるんだ」
 太陽は、吹雪のスマートフォンを取り上げテーブルに置いた。
「話をすり替えているのは、兄さんですよ」
 吹雪が、スマートフォンを取り返し鼻を鳴らした。
「俺が? どういう意味だ?」
「兄さんは、いろいろと言い訳をつけていますけど、僕に負けて五代目の座を奪われるのが怖いだけでしょう?」
「お前……本当に、いなくなったのか?」
 太陽は押し殺した声で言いながら、吹雪をみつめた。
 無機質で冷え冷えとした瞳の中に、幼き頃の弟を探した。
 太陽が知っている弟は、どこにもいなかった。
「いなくなったのは、兄さんじゃないですか?」
 吹雪が口もとに冷笑を湛え、太陽の瞳をみつめ返した。
「お前……」
 太陽は絶句した。
 吹雪の言わんとしていることは、すぐにわかった。
 不意に、手を叩く音がした。
 太陽と吹雪のやり取りに注目していた海と星が、弾かれたように大地に視線を移した。
「お前らに俺ら四人の選択権をやるから、ジャンケンでもなんでもして順番を決めろ」
「父さん、俺はまだやるとは……」
「従えないなら、吹雪を後継者に指名する。まだ、俺がトップだってことを忘れるな」
 太陽を遮り、大地が一方的に言った。
 怒りの残滓をため息とともに吐き出し、太陽はグラスに残っていたシャンパンを一息に飲み干した。
「わかった。父さんの望み通り、壮絶な兄弟喧嘩を見せてやろうじゃないか」
 太陽は、大地に宣言した。
 皮肉でも脅しでもなかった。 
 吹雪を守るために必要ならば、完膚なきまでに叩き潰すことも厭わない。
「ようやく、その気になったか。じゃあ、指名権の順番を……」
「待ってよ!」
 星が勢いよく手を挙げた。
「なんだよ?」
 大地が、怪訝な顔で促した。
「浅井家の将来のボスが決まる大事な任務なんだから、どっちのチームに付くかは私達に選ばせてよ」
「どっちかに偏ったらチームが成り立たないだろうが?」
「だから、とりあえずはみんなの希望するチームを言って、偏ったらジャンケンで振り分ければいいじゃない」
「ようするに、勝ち馬に乗りたいってわけか?」
「勝ってほしいほうに入って、私の力で五代目を襲名させるの」
 星が、野心に瞳を輝かせた。
「お前……そんなにしたたかな娘だったっけ?」
「強い五代目を育てるために息子二人を争わせるような父親の血を引いてますから」
 星が、前歯を剥き出しにして笑った。
「っつーことだが、お前らそれでいいか?」
 大地が、五百グラムのフィレステーキを切り分けながら太陽と吹雪に訊ねた。
「僕は構いませんよ」
 吹雪が即答した。
「俺もいいよ」
 太陽も異を唱えることはしなかった。
 誰がチームに入るかにより、任務に大きく影響する。
 太陽の希望は大地と星だった。
 体力、経験、情報収集力……大地が強力な助っ人になるのは、言うまでもない。
 若く容姿のいい星は、ターゲットに接触させるにしてもカップルを装い尾行するにも重宝する存在だ。
 ビジュアルだけでなく、ちゃらんぽらんに見えてなかなかの策士なのは父親譲りだ。
 もちろん、大地に劣らない経験と情報網を持つ大樹やファミリーや人質の世話を一手に引き受け精神安定剤の役割を担う海も魅力だ。
 だが、太陽のスタイルには大地と星が最適だ。
 逆に吹雪は、余計な口出しをせずに自由にやらせてくれる大樹と海のほうが合っている。
 問題は、大地と海が自分と吹雪のどちらを選ぶかだ。
「よっしゃ。早速だが、お前はどっちのチームに入りてえんだ?」
 大地が、フィレステーキを口の中に放り込みつつ星を促した。
 太陽の鼓動が早鐘を打ち始めた。
「私は、太陽のチームを希望するわ」
 太陽は心の中で、ガッツポーズを作った。
 星は吹雪を評価している言動が多いので、不安だった。
「吹雪には悪いけど、やっぱり、兄が弟の手足になるのは惨めだからさ。お情けで太陽に一票!」 
「素直じゃないな、お前は」
 太陽は星を軽く睨みつけた。
 妹の言葉を真に受けてはいないが、どんな理由でもチームに入ってくれればそれでいい。
「お前は?」
 大地が、海を促した。
「じゃあ、バランスを取るために私は吹雪のチームに入るわ。ごめんね、太陽」
 太陽に詫びる海に、吹雪が肩を竦めた。
「父さんは?」
 大地が、相変わらずするめをしゃぶる大樹に顔を向けた。
「お前が先に選べ。わしは残り物に入る」
 大樹が、逆に大地に命じた。
「それじゃあ、お言葉に甘えて……」
 大地が、フォークとナイフを置きビールを満たしたグラスを手にした。
 頼む……。
 太陽は、心で念じた。
「お前ら、グラスを持て」
 太陽と吹雪は、言われるがままグラスを手にした。
 無言で、大地が吹雪のグラスにグラスを触れ合わせた。
 念は通じなかった。
 太陽は、落胆を悟られないように平静を装った。
 吹雪は、涼しい顔でシャンパングラスを傾けていた。
「悪いな、太陽。星と同じで、俺も勝ち馬に乗るタイプでよ。選んだ馬は違うがな」
 大地が、黄ばんだ歯を剥き出しに笑った。
 大地の一言が、放たれた矢のように太陽の胸を貫いた。
「つまり父さんは、吹雪に五代目になってほしいってことか?」
 声が上ずらないように、太陽は訊ねた。
「いいや。俺は、お前らのどっちが跡目でも構わねえ」
 涼しい顔で言い放つと、大地がうまそうにビールを流し込んだ。
「だったら、どうして吹雪のチームを選んだ?」
「覚えてねえのか? 俺は勝ち馬に乗るタイプだって言っただろう?」
「わかった」
 表情には出さなかったが、太陽の自尊心は大地の放つ言葉の矢じりにズタズタになった。
「悪く思うなよ」
 大地はもう興味を失ったとでもいうように、ふたたびフィレステーキを貪り始めた。
「じゃあ、わしは太陽組に入るかのう。死に損ないの老兵じゃが、よろしくな」
 大樹が、枯れ枝のような右手を差し出した。
「祖父ちゃんの豊富な経験を頼りにしてるよ」
 細く筋張った腕に似合わないごつごつした大きな掌を、太陽は握り締めた。
「これで、三・三に分かれたわね。ところでさ、ターゲットの息子と娘はどうやって選ぶの?」 
 星が、太陽の疑問を代弁した。
「兄さんが、好きなほうをどうぞ」
 すかさず、吹雪が言った。
「ずいぶんと、余裕だな。でも、勝ったときにハンデとか言われたくないからな。ここは公平に、原始的な方法で行くぞ」
「だったら、僕が先に選んでもいいですか? ハンデでもなんでも、僕は勝てればいいですから」
 ジャンケンをしようと上げた腕を、太陽は宙で止めた。
「ああ、いいぞ」
「では、お言葉に甘えて。僕は、息子さんをターゲットにします」
 あっさりと口にした吹雪を見て、太陽は悟った。
 最初に選択の優先順位を譲ったのは、ターゲットの指名権を取るために太陽に仕掛けた心理戦だったということを。
 自分の十八番の心理戦でコントロールされてしまった……。
 太陽の胸に、屈辱が爪を立てた。
「じゃあ、俺は娘で」
 太陽は言うと、吹雪に右手を差し出した。
「どっちが勝っても、遺恨は残さない戦いにしよう」
「いいですよ。僕が負けることはありませんから」
 太陽の手を握った吹雪が、口角を吊り上げた。
「我が息子ながら、残酷な男じゃのう」
 不意に、大樹が呟いた。
「お祖父ちゃん、父さんのなにが残酷なの? 兄弟で跡目争いをさせること?」
 星が怪訝な表情で訊ねた。
「そんなもん、かわいいもんじゃ。こやつが残酷なのは、狼の子供達に虎を狩れと命じたことじゃ」
 大樹が、ふやけたするめで大地を指した。
「もしかして、虎って鳳神明のこと? そんなにヤバい人なの?」
 星が、身を乗り出した。
「ヤバいなんてもんじゃないわい。教祖のためなら、三万人の教徒が命を捨てる覚悟で立ち向かってくるんじゃからな。『天鳳教』は、ヤクザも争いを避けるようなイカれた奴らの集まりだ」
「嘘……」
 星が絶句した。
「いやだな~、親父。悪党扱いしないでくれねえか? 俺はこいつらを狼じゃなくて、ライオンだと思ってるんだからよ」
 大地が、悪戯っぽい表情で笑った。
 
 あんた、なにを企んでいる?

太陽の胸に、雷雨前の雨雲のように危惧の念が広がった。
(第7回につづく)

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新堂 冬樹Fuyuki Shindo

大阪府出身。1998年に作家デビュー。2003年に刊行した純愛小説『忘れ雪』が大ベストセラーとなる。
著書は『僕の行く道』『百年恋人』『君想曲』『ある愛の詩』『誰よりもつよく抱きしめて』『あなたに逢えてよかった』『引き出しの中のラブレター』『哀しみの星』『たったひとつの花だから』『別れさせ屋の恋 パルフェタムール』『瞳の犬』『少女A』など多数。

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