双葉社web文芸マガジン[カラフル]

誘拐ファミリー(新堂 冬樹)

第5回

「え〜、今回も、浅井家の先代から続く七十年に亘る誘拐稼業の歴史に泥を塗ることもなく、見事に任務を遂行できた」
 浅井家の二階……十五畳の会議室のU字型ソファーの中央でシャンパングラスを手にした大地が、みなの顔を見渡した。
 大地から時計回りに大樹、太陽、反時計回りに海、吹雪、星が座っていた。
 それぞれの手にも、シャンパングラスが持たれていた。
 任務が成功するたびに、浅井家は全員が顔を揃えて打ち上げを行う。
 乾杯のシャンパンも縁起を担ぎドンペリニヨンのゴールドを開けるのが恒例になっていた。
 キャバクラで開ければ五十万はする高級酒の購入代金は、四千万の身代金から支払われていた。
 今回、もろもろの経費が二百万ほどかかっており、純利益の三千八百万を六人で均等に分け、余った端数はプールされる仕組みになっていた。
 年功序列も、誰が活躍した、しないも関係なく平等に報酬を分け合うのは代々受け継がれてきた浅井家の結束を強める秘訣だった。
 仕事量や活躍度に比例して報酬額に差をつけてしまえば、スタンドプレイをする者が出てきてチームワークが乱れてしまう、というのが先代の考えだった。
 浅井家が誘拐を稼業にするきっかけになったのは、戦後の混乱期だった。
 闇市、強盗、窃盗、詐欺、暴行、強姦……街は無法地帯と化していた。
 浅井家の先代である浅井神之介は、貸金業で貯め込んだ金を当時横行していた強盗団に根こそぎ奪われてしまった。
 それでも神之介はめげることなく、同業者から借り入れた金を元手に貸金業を再開し、借金を完済して財を築いた。
 悪夢は続いた。
 神之介は屋敷に押し入った強盗団に、ふたたび金を奪われてしまった。
 一文無しに戻った神之介は途方に暮れ、家族を集めて正直に現状を話した。
 もう、借金するあてもなく、このままでは一家心中するしかないところまで追い込まれていた。
 妻や子供の顔を見ているうちに、神之介の胸にある思いが込み上げた。
 罪なき子供達に、地獄を見せるわけにはいかない。
 地獄を見るべきなのは、罪を犯した悪党達だ。
 悪党を成敗するために、悪党になることを決意した。
 家族を守るために……罪を犯すことを決意した。
 神之介は、妻、十八歳の長男、十五歳の長女とともに強盗団や詐欺師団などの犯罪者グループだけをターゲットにした誘拐稼業を始めた。
 一方的に対象を定めてじっくりと計画を練ることのできる誘拐稼業は、資金力が乏しく腕っぷしに自信がなくても、知恵と二人以上の仲間がいれば成り立つシノギだ。
 最初は奪われたぶんを取り返すつもりで始めたのだが、あまりにも簡単に大金を手にできたことに味を占め、神之介は以降も犯罪者を対象にした誘拐稼業を続けた。
 神之介から長男の神太郎、神太郎から長男の大樹、大樹から三男の大地……以降、七十年間に亘り浅井家の裏家業として受け継がれてきた。
「これもひとえに、四代目としての俺の力量と指導力の賜物だ。太陽と吹雪がその若さで頭角を現したのは父であり師匠である俺の……」
「父さん、長ったらしい自慢話はいいから、早く乾杯しよう! じゃあ、みなさん、グラスをお手に取ってくださーい! 今回の任務も大成功! かんぱーい!」
 大地の得意げなスピーチを遮った星が、勝手に乾杯の音頭を取った。
「おいおい、待て……」
 大地の制止をきかずに、大樹、海、星がグラスを触れ合わせた。
「まったく、家長の俺を無視してなんて奴らだ……」
「親父、お疲れ様!」
 不機嫌モードになった大地のグラスに太陽はグラスを触れ合わせつつ、海と星に目配せした。
「父さんのおかげで大成功!」
 星がみえみえのおべんちゃらを口にしながら大地と乾杯した。
「やっぱり、家長がしっかりしてると組織が引き締まるわね〜」
 海がみえみえのおべんちゃらを口にしながら大地と乾杯した。
「まあ、自分で言うのもなんだけどよ、俺もまったくの同感だ」
 大地が、上機嫌に笑いながらシャンパンを飲み干した。
 喜怒哀楽の激しい男だが、大地はどこか憎めなかった。
 だが、それが仮の姿だということを太陽は知っていた。
「相変わらずだな、親父は」
 太陽は苦笑しつつ、吹雪の隣に移動した。
「かんぱ……」
 太陽が差し出したシャンパングラスを、吹雪が避けた。
「こういうの、苦手なんです」
 吹雪が、素っ気なく言った。
「おいおい、今日くらいいいだろう? おめでたい日なんだからさ」
 太陽は、吹雪の肩に腕を回した。
「だから、我慢してみんなに合わせてここにいるんですよ」
 吹雪が、太陽の腕を躱しながら言った。
「お前、なにがやりたいんだ?」
 太陽は、一転して押し殺した声で訊ねた。
「いきなり、なんですか?」
「そうやっていつも斜に構えて、家族を馬鹿にしたような眼で見て……いったいお前は、なにが不満なんだ?」
「別に、不満なんてないですよ」
 吹雪が、無表情に言うと肩を竦めた。
「だったら、どうしてそんな他人行儀な態度ばかりとるんだ? 兄弟で敬語を使うなんて、おかしいだろ? 俺らの稼業は、チームワークがなにより重要だ。浅井家が七十年もの間、警察にも捕まらずにやってこられたのは、ほかと違ってうちらが同じ血の通った者同士だからだ」
 太陽は、吹雪の瞳を直視した。
 思いはきっと、通じるはず……幼き頃は、トイレ以外は常に一緒にいるような仲のいい兄弟だった。
「家族だからって、心が通い合っているとはかぎらないでしょう? 骨肉の争いっていうのもあるし、血族だからよけいにこじれる場合もあるんじゃないんですか?」
「お前、家族が嫌いか?」
「なんですか、いきなり? 今日は、やけに絡みますね」
 吹雪が、怪訝そうに眉を顰めた。
 そう、今日の太陽は違った。
 いままでは、敢えて距離を置いていた――吹雪の心が開くのを待っていた。
 だが、いつまで待っても吹雪は心を開くどころか浅井家の中で孤立を深めた。
 孤立を深めるだけでなく、暴走が目につくようになった。
 大地は、それも吹雪の才能の一つと寛容に見守っていた。
 しかし、太陽は違った。
 吹雪の暴走を止めなければ、いつか浅井家の崩壊の火種となるという危機感を覚えていたのだ。
「いいから、質問に答えろ。浅井家が嫌いか?」
「別に。好きでも嫌いでもありませんよ」
 吹雪が、興味なさそうに言うとシャンパングラスを傾けた。 
「わかった。好きでも嫌いでもなくていいから、スタンドプレーはやめろ」
 太陽は、吹雪を見据えた。
「スタンドプレーって、なんですか?」
 吹雪も、挑戦的な色の宿る瞳で太陽を見据えた。
「この前みたいに、荷物を勝手に刺したりするなってことだ」
「ああ、そのことですか。でも、プレッシャーをかけたから秋嶋のお兄さんはすぐに四千万を払ったんですよ?」
「だとしても、俺は許可していない」
「どうして、僕と同じ立場の兄さんの許可がいるんですか? 決定権があるのは父さんでしょう?」
 吹雪が、人を食ったように言った。
「なんだと?」
「ほらほら、二人とも、打ち上げの席でいがみ合わないの〜」
 シャンパンのボトルを手にした海が太陽と吹雪の間に割って入ると、取りなすように言いながら二人のグラスを黄金色の液体で満たした。
「いがみ合ってなんかいませんよ。兄さんが、絡んできただけです」
 吹雪が、淡々とした口調で言った。
「絡んだって、お前、俺の言うこと聞いてなかったのか!?」
「ほんと、あんたらはもう、柴犬とテリアみたいに顔を合わせると反発しあってさ、しようがないわねぇ」
 海が、呆れたように小さく首を横に振った。
「え? 柴とテリアって相性悪いの?」
 星が興味津々の表情で訊ねてきた。
「日本犬で気の強い代表と洋犬で気の強い代表だからねぇ。ウチの常連の太郎とココアは、ケージを端と端にしなきゃ一晩中ワンワンキャンキャン大変なんだから」
「ところで、どっちが柴でどっちがテリアじゃ?」
 するめをしゃぶりつつ、大樹が話に入ってきた。
「そうねぇ、柴が太陽でテリアが吹雪……」
「親父」
 太陽は、海を遮り席を立った。
「なんだ? 怖い顔して?」
 代謝の良い大地の顔は、シャンパン一杯で茹でだこのように赤くなっていた。 
「いつまで、俺と吹雪を試す気だよ?」
「なにがだ?」
「そろそろ、後継者を決めてくれないか?」
 太陽は、単刀直入に大地に詰め寄った。
「おいおい、勘弁してくれよ。俺に隠居宣言をしろっていうのか?」
 大地が、両手を広げて大袈裟に眼を見開いた。
「そうじゃないっ。五年でも十年でも、親父が好きなだけ四代目として采配を揮って貰っていい。ただ、次期後継者は決めておいてほしいんだ」
「太陽は、吹雪の首に鈴をつけたいのよ。ね? 図星でしょ?」
 星が、太陽を見上げた。
「大きなトラブルにならないうちに、指示系統ははっきりしといたほうがいい。だから、後継者を決めてくれ」
 太陽は、星の質問には答えずに大地にさらに詰めた。
「太陽が選ばれるとは、かぎらないんだよ? それでもいいの? もしかしたら、私かもよ?」
 星が茶々を入れると、バラエティ番組の雛壇に座るグラビアアイドルのように大袈裟に手を叩きつつ笑った。
「あんた、なにをそんなに急ぐんだい? いままでだって、成功してきたじゃないか?」
 海が訝しげに訊ねてきた。
「それは、運がよかっただけだ。この前みたいな暴走を許せば、いつか大変な……」
「兄さんこそ、僕のことを嫌いなだけだろう?」
 吹雪が太陽を遮り、挑発的に言った。
「俺は、浅井家とお前のことを心配しているだけだ」
 長男としての責任感――好きでそうしているわけではない。
 浅井家の長兄として生まれた宿命――吹雪のように、感情の赴くままに行動するわけにはいかない。
「だから、それが余計なお節介なんですよ。説教は、兄さんが五代目になってからにしてください。いまは、五分の立場ですから」
「吹雪!」
 気づいたときに太陽は、吹雪の胸倉を掴んでいた。
「『天鳳てんぽう教』教祖、鳳神明おおとりしんめい!」
 突然、大地の大声がリビングに響き渡った。
「おぬし……まさか?」
 大樹が、大地の肩を掴んだ。
「『天鳳教』って、最近話題の宗教団体よね? 」
「鳳神明って教祖、ワイドショーによく出てる真っ黒に日焼けした白髪のオールバックのおっさんでしょ? なんか、胡散臭くない?」
 海が訊ねると、星が嫌悪感に顔を歪めた。
 キリバス、バヌアツ、コソボ、モンテネグロ、ベリーズ、ヨルダン、アフガニスタン、コンゴ、ルワンダ、ソマリア……開発途上国に学校や教会を建設し、定期的に支援物資を送る鳳神明を人々は令和の救世主と讃えた。
 その功績と特異な風貌があいまって、ワイドショーに引っ張りだこの鳳は売れっ子タレント並みの知名度を誇っていた。
「今度のターゲットだ」
 大地の言葉に、室内に緊迫した空気が張り詰めた。
 その理由が、太陽にはわかっていた。
(第6回につづく)

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新堂 冬樹Fuyuki Shindo

大阪府出身。1998年に作家デビュー。2003年に刊行した純愛小説『忘れ雪』が大ベストセラーとなる。
著書は『僕の行く道』『百年恋人』『君想曲』『ある愛の詩』『誰よりもつよく抱きしめて』『あなたに逢えてよかった』『引き出しの中のラブレター』『哀しみの星』『たったひとつの花だから』『別れさせ屋の恋 パルフェタムール』『瞳の犬』『少女A』など多数。

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