双葉社web文芸マガジン[カラフル]

誘拐ファミリー(新堂 冬樹)

第4回

 南青山三丁目の交差点近くのオープンテラスで、太陽はカフェラテを飲みながらファッション誌のページを捲った。
 足もとには、ゴールデンレトリーバーのラッキーが寝そべっていた。
 ラッキーは、「浅井ペットホテル」の常連客のペットだ。
 二泊三日で預かっているラッキーを、散歩と称して勝手に連れ出したのだった。
 しているのは、ラッキーだけではない。
 太陽のいるカフェから赤坂方面に二十メートルほど進んだフラワーショップの軒先で、花を選んでいる星が抱いているのはティーカッププードルのモカだ。
 ターゲットや警察のアンテナに引っかからないために犬を小道具に使うのは、浅井家の常套手段だった。
 高い確率で警察の職務質問を受けていた人相の悪い知人の男性から、犬を連れているときだけは警察もなにも言ってこないという話を聞いて太陽が思いついた方法だ。
 複数の女性に話を聞いても、夜に人気のない住宅街を歩いているときに、男性が一人で歩いてくるのと犬を連れているのでは緊張感と警戒心が違うと言っていた。
 人間は先入観の生き物だから、ちょっとした工夫をしただけで簡単に気を引いたりそらさせたりできるのだ。
 星のいるフラワーショップを右に曲がった、フレンチやイタリアンのレストランが立ち並ぶ路地には、コック服の上にジャンパーを羽織った大地が煙草を吸っているはずだ。
 これも、太陽のアイディアだ。
 場所柄、一服している料理人というシチュエーションは違和感がないので、犬を連れているのと同様に警戒されることはない。
 海は地下室のケージに閉じ込められている秋嶋の世話をするために自宅待機だ。

  ――四千万をどこに持っていけばいいんだ?

 秋嶋兄から弟のスマートフォンに電話が入ったのは、監禁三日目の夕方だった。
 テーブルの上に載せた二台のうち、太陽のスマートフォンが鳴った。
『いま秋嶋兄が、タクシーを南青山三丁目の交差点の郵便局前に停めて降りました。携帯を手にしたところなので、まもなく電話が行くと思います。気になる車も人も見たかぎりではいません。不審者がいたらすぐに連絡します』
 抑揚のない口調で報告する吹雪は、秋嶋兄に指定した場所の近くで警備員の制服姿で張っていた。
 周辺には銀行や高級ブランド品店が密集しているので、警備員がいても不自然ではないし、秋嶋兄を凝視しても不審者のチェックのためと勝手に思ってくれる効果があった。
 いつもは素直に言うことをきかない吹雪も、太陽の案には文句を言わずに従った。
 口にこそ出さないが、深層心理を利用する太陽の才能に吹雪が一目置いていることは知っていた。
「わかった」
 太陽が電話を切るのを見計らったように、もう一台……一週間で使い捨てのスマートフォンが鳴った。
『いま、交差点近くの郵便局の前だ。どうすればいい?』
 受話口から、強張った秋嶋兄の声が流れてきた。
「そのまま、電話を切らずに赤坂方面にゆっくり歩いてきてくれ」
『どのくらい歩けば……』
「ストップをかけるまで歩いてくれ」
 秋嶋兄が、歩き出す気配がした。
 ほどなくすると、およそ二十メートル向こう側から、太陽が指定したアディダスの40Lサイズの赤いスポーツバッグを手にした秋嶋兄が歩いてくるのが見えた。

 アディダスの荷物到着。フラワーショップまで約四十メートル。

 太陽はLINEの文章を作り、星と大地に一斉送信した。
 十五メートル、十メートル、五メートル……太陽がお茶するオープンテラスに秋島兄が近づいてきた。
 太陽は、秋嶋兄と繋がっているスマートフォンをジャケットのポケットに入れた。
 硬い表情の秋嶋兄が、周囲に首を巡らせつつ太陽の前を通り過ぎた。
 まさか、電話で指示している相手がすぐそばにいるとも知らずに。
「ラッキー、行くぞ」
 秋嶋兄が通り過ぎて五メートルほど進んだところで、太陽は席を立った。
 予め会計は済ませていた。
 太陽は、素早く周囲に視線を巡らせた。
 五感に引っかかるはなかった。
 太陽は路地に入り、ジャケットからスマートフォンを取り出した。
「十メートルくらい先の右手にフラワーショップがある。軒先にオープン一周年記念の花スタンドがあるから、その前にバッグを置いてまっすぐ歩け。あんたには複数の監視をつけている。振り返ったり立ち止まったりしたら弟さんは返せない。わかったか?」
『わかった……』
 太陽はスマートフォンをふたたびジャケットのポケットにしまい、青山通りに戻った。
 指示通りに、秋嶋兄はスポーツバッグをフラワーショップの前に置くと振り返ることなくまっすぐ歩いた。
 花を見ているふりをしていた星がモカを地面に下ろして素早くアディダスのスポーツバッグを拾い、用意していた50Lサイズのミッキーマウスのボストンバッグにそのまま入れると路地を右に曲がった。
 太陽はラッキーとともに小走りで星のあとを追いながらスマートフォンを取り出し、路地に入った。
「三十メートルくらい先にBMWのショールームがある。そこに着いたら俺からの連絡を待つんだ」
 一方的に言い残し、太陽はスマートフォンを切った。
 約五メートル前を歩く星が、ミッキーマウスのボストンバッグをコック服姿で煙草を吸う大地の前に置いて足早に歩み去った。
 大地はすかさず、用意していた白のゴミ袋にボストンバッグを放り込み、肩に担ぐとゆっくりと歩き出した。
 太陽は大地を追い越し、路地を左に曲がると十メートルほど先にうずくまる漆黒のアルファードに駆け寄った。
 スライドドアが開いた。
 ドライバーズシートには、警備会社の制服姿の吹雪が、サイドシートにはティーカッププードルを抱いた星がいた。
「お疲れ」
 と言いながら太陽がリアシートに座ると、ほどなくして大地がゴミ袋とともに乗り込んできた。
 太陽はスマートフォンのリダイヤルキーをタップした。
 一回目の途中でコールが途切れた。
『もしも……』
「とりあえず、事務所に戻っていい。今夜まで様子を見て、おかしな動きがなければ明日の午前中までに秋嶋監督を戻す」
 太陽は、秋嶋兄を遮り言った。
『本当に、約束を守るんだろうな!? 明後日から、映画のクランクインだから万が一にも康太が戻らなければ大変なことになるんだ!?』
「安心してくれ。あんたがこのまま約束を守りおかしな動きをしなければ、秋嶋監督は無傷で撮影に入れるから」
 太陽は通話キーをタップすると、電磁波シールド素材のアタッシェケースにスマートフォンを放り込んだ。
 吹雪、星、大地も太陽に続いてスマートフォンを投げ込んだ。
「四千万頂きだぜ!」
 大地が、嬉々とした表情でゴミ袋を宙に掲げた。
「私、豊胸手術をしようと思うんだけど、どうかな?」
 星が振り返り、瞳を輝かせて訊ねてきた。
「いいじゃねえか! 女は巨乳にかぎるってもんだ! いっそのこと、Iカップくらいのホルスタイン乳にしてみろや! 俺は、巨乳揃いのキャバ嬢がいる六本木のキャバクラを貸し切りにでもするか! おい、吹雪、お前は分け前をなにに使うんだ?」
 浅井家では、働きの大小は関係なく六人均等に身代金を分配することになっていた。
 バンドや芸人のコンビがブレイクしてから解散するほとんどの理由が、ギャラの分配を巡る確執だ。
 これは、戦後から代々受け継がれてきた浅井家の誘拐ビジネスの、仲間割れや裏切りをなくすための伝統だった。
「まだ、仕事は終わってないんですよ? 秋嶋を解放するまで、気を抜かないでください」
 吹雪が冷めた口調で釘を刺し、アクセルを踏んだ。
「はいはい、以後、気を引き締めますよ。冷血野郎が……」
 大地がいじけた口調で肩を竦め、小さな声で毒づくと、星が手を叩いて笑った。
 太陽は、吹雪の背中をみつめながらある決意をした。
 昔のように弟を守るために、吹雪との跡目争いを制し五代目の椅子に座ることを……。
(第5回につづく)

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新堂 冬樹Fuyuki Shindo

大阪府出身。1998年に作家デビュー。2003年に刊行した純愛小説『忘れ雪』が大ベストセラーとなる。
著書は『僕の行く道』『百年恋人』『君想曲』『ある愛の詩』『誰よりもつよく抱きしめて』『あなたに逢えてよかった』『引き出しの中のラブレター』『哀しみの星』『たったひとつの花だから』『別れさせ屋の恋 パルフェタムール』『瞳の犬』『少女A』など多数。

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