双葉社web文芸マガジン[カラフル]

誘拐ファミリー(新堂 冬樹)

最終回
承前
「捕まったって、どういうことだ!?」
 太陽は訊ねた。
「いま、ニュース映像を再生するから」
 梶原がスマートフォンのディスプレイをタップした。
『中野区に本部を置く宗教法人「天鳳教」の教祖、鳳神明こと山田二郎容疑者と本部長、鳳一馬こと山田博が逮捕されました。両容疑者は、教徒数一万二千人の「天鳳教」の教祖と本部長であると同時に親子でもありました。容疑は昨年の十一月二十三日に射殺体で発見された渋谷区松濤の建設会社社長、木村栄進さん六十五歳と、十二月十日に刺殺体で発見された港区赤坂の不動産会社社長、湯川誠二さん四十五歳にたいして、警護部所属の教徒五人に殺人を命じた殺人教唆と銃刀法違反の容疑です。警視庁は中野署に合同捜査本部を設置し、新たな余罪についても追及する模様です』
「マジか! ナンバー1と2が同時に逮捕されたっつうことは、『天鳳教』も終わりだな。ざまみろ……」
「静かに!」
 太陽は、唇に人差し指を立て水谷を制した。
『両容疑者は容疑を否認しており、合同捜査本部は父と兄の罪を情報提供した教祖の長女であり副本部長の山田明寿香さんから、引き続き事情聴取を行う模様です』
「鳳明寿香が、警察にタレ込んだわけ!?」
 星の裏返った声が、室内に響き渡った。
「妹が父親と兄貴を警察に売ったのか!?」
 水谷も驚きを隠せず大声を張り上げた。
 吹雪は、険しい表情でなにかを考え込んでいた。
 太陽も、目まぐるしく思考を巡らせた。
 違和感を覚えた。
 たしかに、明寿香は後継者争いから外されたことで鳳神明と一馬の寝首をかこうとしていた。
 教団ナンバー1とナンバー2……父と息子の近親相姦の様子を録音した音声ファイルをマスコミやSNSに暴露する計画を立てていた。
 だが、殺人教唆を警察にリークするというのとは次元が違う。
 近親相姦なら父と兄の地位と名誉を奪う程度で済むが、殺人教唆は人生を奪うと言っても過言ではない。
 積年の恨みと言えばそれまでだが、なにかがしっくりこない。
 考えられるのは、明寿香が「天鳳教」を手に入れるために父と兄を完全に潰しにかかったということだ。
 近親相姦が世に知れただけならば表舞台からは降りても、身柄を拘束されるわけではないので明寿香は報復を恐れる日々となる。
 しかし、二件の殺人教唆の罪となれば五年から十年は檻の中だ。
 そして恐らく明寿香は、情報提供できる重罪をほかにいくつも握っているに違いない。
 疑問なのは、太陽達に人質として拘束されていた明寿香が、こんなに早く父と兄を警察に売る行動に移れるだろうかということ。
 明寿香を唆し、協力した人物……。
 太陽は思考を止め、吹雪に視線をやった。
 ほとんど同時に、吹雪も太陽を見た。
「もしかして、俺と同じことを考えてるか?」
 太陽は訊ねた。
「多分、そうだと思うよ」
 吹雪が頷いた。
「わしも、多分、同じことを考えておる」
 大樹が、ニヤニヤしながら横入りしてきた。
 恐らく、大樹の考えは自分と吹雪とは違うはずだ。
 もし、同じ推理をしているのならニヤつけるはずがない。
「なによ? 同じことを考えてるって? 私にも教えてよ」
 星が焦れたように訊ねてきた。
「キャリーケースをこっちに持ってきてくれ」
 星の問いかけに答えず、太陽は言った。
「先に教えて……」
「だから、キャリーケースを頼む」
 太陽が強く遮り繰り返すと、星が渋々と部屋の隅に向かった。
 水谷と梶原も手伝い、三人がキャリーケースを太陽のベッドに運んだ。
 星、水谷が、それぞれキャリーケースのファスナーを開けた。
「なんだこれ!?」
「嘘でしょ!」
 驚愕のデュエット――水谷と星が大声を張り上げ、キャリーケースの中から白紙の束を取り出した。
 嫌な予感が、現実となりつつあった。
 だが、そんなことがあっていいのか?
 眩暈に襲われながら、太陽は梶原から受け取ったキャリーケースのファスナーを開けた。
 白紙ではなく、札束が入っていた。
 しかし、一目で三億には満たないことがわかった。
「あやつ、やりおったな」
 大樹が呟いた。
 その顔は、相変わらずニヤニヤしていた。
「お祖父ちゃん、呑気に笑ってる場合じゃないわよ!」
「そうだじいさん! 三億だと思ったら、中身が紙切れだったんだぞ!」
 星と水谷が、血相を変えて大樹に食ってかかった。
 太陽は、札束に挟まっていた白い封筒に気づいた。
 胸騒ぎに襲われながら、封筒から抜き取った便箋を開いた。

 わが愛すべき子供達へ

 この手紙をおめえらが読んでいるときには、俺と母さんはハネムーンをやり直ししている最中だ。
 なんだか、出し抜いたみたいな格好になっちまったが、悪く思わないでくれ。
「天鳳教」の任務が終わったら、おめえらのどっちかに跡目を譲って俺は母さんとのんびり休暇を取るつもりだった。
 車でも言ったが、今回は「天鳳教」から身代金を頂く以外に、おめえらの絆を取り戻す任務があった。
 まあ、星のシナリオから始まって、二転三転話はこじれて、命を懸けるまでの話にならねえと、おめえらの心を素直に通わせることができなかった。
 星と父さんには、偽パトカーでおめえらを救出するプランまで話してあった。
 だが、俺が母さんと長期休暇を取る話はしてねえから、二人を責めるんじゃねえぞ。
 とりあえず、金の配分を書いておく。

 父さん       一千万
 太陽        一千万
 吹雪        一千万
 星         一千万
 単細胞の兄ちゃん  五百万
 人質の兄ちゃん   五百万

 残りの二億五千万は、俺と母さんの取りぶんだ。
 ブーブー文句を言うんじゃねえぞ。
 ニュースを見たかわからねえが、鳳明寿香を丸め込んで父親と兄貴を刑務所送りにさせたのは俺だ。
 姉ちゃんの話では、神明と一馬が指示して抹殺した人間はゆうに十人を超えるらしい。
 鳳神明が一馬に誰を消すか指示してるところや、一馬が警護部の教徒に教祖の意向を伝え殺人教唆しているやりとりの音声ファイルも確認済みだ。
 いま頃、姉ちゃんは取調室で証拠資料とともに全部ぶちまけてるだろうよ。
 直接に手を下してねえといっても、人数が人数だ。神明と一馬は極刑を免れねえだろう。たとえ死刑を免れたとしても、十五年以上は食らい込むのは間違いない。
 明寿香は警察に全面協力する代わりに、教団を引き継ぎ運営することの許可を貰える。
 もちろん、教団名も所在地も変えるのが条件だが、「天鳳教」が丸ごと明寿香の支配下に入ることに違いはねえ。
 だから、もう、おめえらが追われることもねえから安心しろ。
 俺の身代金の取りぶんが多いのは、おめえらの安全を買ったと思って納得してくれや。
 ただし、浅井家の正体が一馬に知られた以上、用心のために家は手放して新しいアジトを作ったほうがいい。
 それから跡目だが、おめえらで話し合って決めろや。
 俺は誰が五代目になっても文句は言わねえ。
 ただ、一つだけわがままを言わせてくれや。
 時代が時代だから規模縮小は仕方ねえが、俺と母さんが戻るときまで浅井家の伝統は守っててほしいぜ。
 誘拐稼業も人手不足だからよ、この際、単細胞の兄ちゃんと人質になった兄ちゃんもファミリーに加えるっつうのも手だと思うぜ。
 まあ、なんにしろ、しばらく俺らは南国かどこかで充電してくるぜ。
 半年か一年か、それ以上かわからねえが、家族で力を合わせて浅井家の稼業をしっかり守ってくれ!
 頼んだぞ!

「もしかして、父さんから!?」
 吹雪の背中を座椅子代わりに支えている星が訊ねてきた。
 太陽が無言で手を伸ばすと、星が手紙を受け取った。
「読んでくれんかのう」
 大樹が星に言った。
「わかった。わが愛すべき子供達へ。この手紙をおめえらが読んでいるときには、俺と母さんはハネムーンをやり直ししている最中だ……は!? なにそれ!?」
 星が血相を変えた。
「ハネムーン!? ようするに、金を持ち逃げしたってことか!?」
 水谷が熱り立った。
「まあまあ、続きを聞いてみようじゃないか」
 梶原が宥めるように言うと、星が手紙を読むのを再開した。
「とりあえず、金の配分を書いておく。父さん一千万、太陽一千万、吹雪一千万、星一千万、単細胞の兄ちゃん五百万、人質の兄ちゃん五百万、残りの二億五千万は、俺と母さん……ちょっと、なによこれ! どうして父さん達が二億五千万も取って、私達が一千万なのよ!?」
「俺と梶原は五百万だぜ!? 一千万なら、まだ恵まれてるじゃねえかっ。しかも、単細胞の兄ちゃんって、なんだよ!」
 水谷が、不満げにツッコミを入れた。
「あなたは家族じゃないからそれで十分でしょ! ウチは本来均等がルールだから、一人五千万になる計算なんだから! 私はね、お金のことを言ってるんじゃなくて、一言の相談もなく持ち逃げするようなやりかたが許せないの!」
 星が、憤懣やるかたないといった表情で吐き捨てた。
「相談されたら、一千万で納得したのか?」
 吹雪が訊ねつつ、薄笑いを浮かべた。
「それとこれとは話は別……」
「早く、続きを読んでくれないか?」
 吹雪が星を促した。
「ブーブー文句を言うんじゃねえぞ。ニュースを見たかわからねえが、鳳明寿香を丸め込んで父親と兄貴を刑務所送りにさせたのは俺だ」
「やっぱり、あやつじゃったか。本当に、抜かりのない奴じゃ」
 大樹が、愉快そうに顔の皺を刻んだ。
 星は、大地が鳳明寿香を調略し父と兄を警察に売ったこと、殺人教唆したのは二人ではなく十人を超えること、二人のやり取りが音声ファイルに収められてあることを読み上げた。
「マジか! あの親子、十人以上も殺人の指示を出してるのか!?」
 水谷が驚きの声を上げた。
「あくまでも、娘が知ってる範囲の話じゃ。叩けば、その何倍はいるじゃろう。あやつらは、悪魔教じゃからのう」
 大樹が高笑いした。
「だから、もう、おめえらが追われることもねえから安心しろ。俺の身代金の取りぶんが多いのは、おめえらの安全を買ったと思って納得してくれや……って、なに恩着せがましく言ってるのよ!」
 星が言葉を切り、腹立たしげに言った。
「じゃが、あやつのおかげで猛獣どもから追われずに済んだのはたしかじゃろう」
 大樹の言う通りだ。
 家族がバラバラになって海外に高飛びせずに済むことは、正直助かった。
「ただし、浅井家の正体が一馬に知られた以上、用心のために家は手放して新しいアジトを作ったほうがいい……じゃあ、もっとお金残しなさいよ!」
「気持ちはわかるが、いちいち怒っても仕方ないだろう」
 太陽は、星を諭した。
「太陽は悔しくないの!? 私ら捨てられた……あ、ちょっと!」
 涙声で訴える星の手から、吹雪が手紙を奪った。
「それから跡目だが、おめえらで話し合って決めろや。俺は誰が五代目になっても文句は言わねえ」
 吹雪が、続きを読み始めた。
「話し合って決めろって……じゃあ、このチーム戦はなんだったんだよ」
 水谷が呆れたように言った。
「わからんのか? このチーム戦を行ったのは、家族の結束を強めるためじゃよ。あやつは、どっちが勝っても負けても端からそうするつもりだったんじゃ」
 大樹が、満足げに頷きつつ言った。
「ただ、一つだけわがままを言わせてくれや。時代が時代だから規模縮小は仕方ねえが、俺と母さんが戻るときまで浅井家の伝統は守っててほしいぜ。誘拐稼業も人手不足だからよ、この際、単細胞の兄ちゃんと人質になった兄ちゃんもファミリーに加えるっつうのも手だと思うぜ。まあ、なんにしろ、しばらく俺らは南国かどこかで充電してくるぜ。半年か一年か、それ以上かわからねえが、家族で力を合わせて浅井家の稼業をしっかり守ってくれ! 頼んだぞ! これで、終わり」
 吹雪は、手紙を折りながら言った。
「は!? お前らの親父は、俺と梶原に誘拐家族の一員になれって言ってんのか?」
 水谷が、太陽と吹雪に交互に視線をやりながら訊ねた。
「どうやら、そうみたいじゃな。わしはほぼ動けんし、新しい血を入れるのも悪くない案だと思うが、お前らはどうじゃ?」
 大樹が、三人に視線を巡らせた。
「どっちでもいいけど、いないよりましなんじゃない」
 星が、興味なさそうに言った。
「お前は?」
 大樹が、吹雪に視線を移した。
「僕は構わないけど、五代目の意見に従うよ」
 吹雪が、太陽をみつめた。
 久しぶりに見た瞳……いつ以来だろうか?
 いままでの氷の瞳とは違う、信頼の色の宿った瞳だった。
「吹雪……」
 さっきまで大地に憤り般若の如き形相だった女性と同一人物と思えないような感極まった顔で、星が涙ぐんだ。
「お、いい雰囲気になってきたのう~。いま、長い雪融けを経て兄弟が一つになる感動的な瞬間じゃ」
 芝居がかった口調で、大樹が実況した。
「もちろん、俺も大歓迎だ。二人とも、俺らの家族になってくれるか?」
 太陽は、水谷と梶原に顔を向けた。
「人質にまでなったから、もう、怖いものはないよ。喜んで」
 梶原が笑顔で即答した。
「ほら、親友は浅井家の人間になるって。あなたは、どうするのよ?」
 星が水谷に詰めた。
「まあ、冷血漢が改心したみてえだから、太陽のために入ってやってもいいか。それに、家族になったら取り分は均等なんだろう?」
 水谷が、憎まれ口を叩いた。
「入る前から分け前のことを気にするなんて、金汚いわね!」
 星が水谷を睨みつけた。
「さっきまで分け前のことで怒りまくっていた女狐だけには、言われたくねえなあ」
 水谷が皮肉を返した。
「なんですって……」
「はいはい、そこまで」
 太陽は手を叩きながら言うと顔を顰めた。
 振動だけで、脇腹に痛みが走った。
「太陽、大丈夫?」
 星が心配そうな眼を向けた。
「ああ、大丈夫だ。それより、五代目を受け継ぐには条件がある」
 太陽は、みなの顔を見渡した。
「吹雪、浅井家は俺とお前のツートップ……それが、条件だ」
「え!? 五代目が二人ってこと!? でも、それ、案外、いいかも!」
 星の声が弾んだ。
「どうだ? 吹雪。俺の条件、飲むか?」
「兄さんの力になれるなら、僕に異論はないよ」
 吹雪が微笑んだ。
「よしっ。決まりだ。ところで祖父ちゃん、このマンションの主……親父の知り合いの開業医だっけ? もう何日かお世話になりそうだから、挨拶しときたいんだけどマンションにいるのか?」
「ああ、隣の部屋が自宅だからな。もうそろそろ、くるはずじゃ」
「お祖父ちゃんは、その開業医を知ってるの?」
 星が訊ねた。
「あたりまえじゃ」 
 玄関のほうから、ドアの開閉音がした。
「お、噂をすれば主のご登場じゃ」
 大樹は言いながら腰を上げ、部屋を出た。
「それにしても、一時はどうなるかと思っちゃった。正直、二人の関係を修復するのは無理なのかなって諦めかけたこともあったんだ。太陽と吹雪が手を取り合って浅井家を継いでくれる気になって嬉しいよ!」
 星が、満面の笑みで言った。
「ミートゥーってやつだぜ!」
「私もよ!」
 聞き覚えのある男女の声――太陽、吹雪、星の三人は弾かれたように声のほうに首を巡らせた。
 瞬間、思考が止った。
 凍てついた視線の先――ドア口に立つ大地と海。
「どうして、ここに……」
 なにがどうなっているのか、太陽には状況が把握できなかった。
 吹雪も星も、狐に抓まれたような顔をしていた。
「おめえらが手を取り合って浅井家を継ぐって大目的を果たしたから、一世一代の大芝居は終わりだ」
 大地が、してやったりの顔で言った。
 海も大樹もニヤニヤしている。
「大芝居……?」
 喉から剥がれ落ちたような干乾び声が、太陽の口から零れ出た。
「ああ、ハネムーンに出るっつうのは、おめえらを結束させるための大嘘だ! どうだ!? 『スティング』のロバート・レッドフォード張りの名優だろ?」
 大地が豪快に笑った。
「お爺ちゃんも、知ってたの!?」
 星が大樹を振り返った。
「もちのろんじゃ。こやつがロバート・レッドフォードなら、わしはポール・ニューマンってところじゃな」
 大樹が得意げに笑った。
「たとえが古過ぎてわからねえな」
 水谷が呟いた。
「親父……じゃあ……あの手紙の内容も、全部、嘘だったのか?」
 太陽は、上ずった声で訊ねた。
「安心しろ。ほかのことは全部本当だ。鳳明寿香を丸め込んだ件も、それから、二億五千万は俺と母ちゃんのものだっつぅー話もな!」
 ふたたび、大地の高笑いが室内に響き渡った。
 太陽と吹雪と星は、唖然として顔を見合わせた。
 大地の高笑いに、やがて三人の爆笑が重なった。
 不思議と太陽は、脇腹の痛みを感じなかった。
(完)

バックナンバー

新堂 冬樹Fuyuki Shindo

大阪府出身。1998年に作家デビュー。2003年に刊行した純愛小説『忘れ雪』が大ベストセラーとなる。
著書は『僕の行く道』『百年恋人』『君想曲』『ある愛の詩』『誰よりもつよく抱きしめて』『あなたに逢えてよかった』『引き出しの中のラブレター』『哀しみの星』『たったひとつの花だから』『別れさせ屋の恋 パルフェタムール』『瞳の犬』『少女A』など多数。

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