双葉社web文芸マガジン[カラフル]

誘拐ファミリー(新堂 冬樹)

第3回

躊躇ためらっている余裕はないと思うけど……」
「うぉあーっ!」
 太陽の声を、絶叫が遮った。
『康太!』
 ディスプレイのスピーカーから、秋嶋兄の叫び声が流れてきた。
 弾かれたように太陽は振り返った――吹雪が、柵越しに秋嶋の右の太腿をアイスピックで突き刺していた。
「おいっ、なにやってる!」
 太陽は吹雪を押し退けた。
「白マスクさんが無駄な時間をかけすぎるから、僕がショートカットしてあげたんですよ」 
 吹雪が、アイスピックを抜きつつ感情の籠もらぬ声で言った。
「あ~あ~、黒マスクが、また、やっちゃった」
 桃色のフェイスマスク……星が呆れた口調で言いながら肩を竦めた。
 地下室の隅でパイプ椅子に座る銀色のフェイスマスク……大樹は、起きているのか眠っているのか判別がつかなかった。
「おいっ、救急車っ、救急車を呼んでくれ……出血多量で死んじまう!」
 パニックになる秋嶋の太腿からは、微量の血が滲んでいるだけだった。
 吹雪は人質の動脈を切るような、愚か者ではない。 
「大袈裟なこと言わないの。こんなの、掠り傷よ。ほら、足を出しなさい」
 赤のフェイスマスク……ケージに歩み寄った海が、消毒液とガーゼを手に秋嶋に命じた。
 秋嶋が、素直に柵の隙間に傷口を押しつけた。
 海も星も、吹雪の暴走には慣れていた。
「誰が、荷物を刺せと言った!?」
 太陽は、吹雪に詰め寄った。
 たしかに、吹雪の言うことにも一理ある。
 急所を外したブラフなら、金を速やかに出させる意味で有効的だ。
 だが、吹雪を野放しにしておくわけにはいかない。
 吹雪が急所を外したのは人質を死なせたいためでなく、その必要がないからだ。
 必要とあれば、吹雪は腕に止まった蚊をそうするように秋嶋を殺すだろう。
 吹雪にとって人質の命など……いや、人間の命など虫けらと変らない重さなのだ。
 浅井家の伝統を守るため……吹雪を守るため……。
 弟の暴走を止めなければならないのだ。
「白マスクの言う通りだぞ。お前、いきなりぶっすりはヤバいだろうが?」
 金色のフェイスマスク……大地がやんわりと吹雪を諭した。
 大地も海も星もわかっていない。
 三人の脳裏には、幼き頃の優しい吹雪のイメージが残っているのだろう。
 だが、吹雪は彼らが思っている以上に心を失っている。
「二人とも、説教はあとにしてくれませんか? さあ、お兄さん、どうしますか? 三日後に四千万を用意して頂けますか? 三十秒ごとに、弟さんの身体を刺します。動脈を外しても、刺す箇所が増えればいずれは失血死します。あと十五秒で三十秒です」
 吹雪が、合成音声のように抑揚のない口調で言いながら秋嶋の頸動脈にアイスピックを押しつけた。
『ちょっと待ってくれ! 言う通りにしたいが、税務署に追徴金を払ったばかりでいまは本当に金がないんだ……とりあえず、康太を戻してくれ。クランクインして順調に撮影が進めば、製作費の残金も順次入金される。そうすれば、四千万はすぐに用意……』
 秋嶋兄の悲痛な声を、秋嶋の絶叫が掻き消した。
 吹雪が頸動脈に当てていたアイスピックの切っ先は、秋嶋の左の太腿に刺さっていた。
「ちょっと、あんた! せっかく右足の手当てが終わったのに、手間を増やさないでちょうだいな!」
 海が、吹雪の尻を叩いた。
 大地は、腕組みをして呆れたように首を横に振っている。
 相変わらず、パイプ椅子に座った大樹に動きはなかった。
「もう一度訊きます。三日後に、四千万を用意して頂けますか?」
 DVDのリプレイ映像のように、吹雪が同じ言葉を繰り返した。
「だが、いまは本当に資金繰りが……」
「今度は、動脈を外しませんよ」
 吹雪が、冷え冷えとした声で秋嶋兄を遮った。
「兄貴……頼む……俺の命がかかってるんだ……よ、四千万くらい、なんとかなるだろうが!? た、頼むから……こいつらの言う通りにしてくれ!」
 秋嶋が、ディスプレイの中の兄に涙声で訴えた。
『わかった。四千万、用意するよ。ただし、三日じゃなく四日くれないか?』
 秋嶋兄が、悲痛な顔で言った。
 太陽は、大地に伺いを立てるように見た。
「お前は、どう思うんだ?」
 大地が太陽に逆に訊ねた。
「俺は、四日でもいいと思うよ。クランクインは五日後だから、金ができなくて困るのは彼らだ」
「お前は?」
 大地が、視線を吹雪に移した。
「だめです。三日です」
 にべもなく、吹雪が答えた。
「俺の話、聞いてなかったのか? クランクインは五日後だ。四日使って金ができなきゃ困るのは……」
「そういう問題じゃありません。一つ譲歩すれば二つ、二つ譲歩すれば三つってなるのが人間です。こっちが提示した条件は押し通すべきです」
 吹雪が、太陽を遮った。
「そんな正論を通して、三日で金ができなきゃ意味がないだろ? 一日待ってでも四千万を手にしたほうが得策だ」
「そういう弱気な考えは、彼らにつけ込まれるだけです。三日で行きましょう」
 吹雪が、もう太陽に用はないとばかりに大地に顔を向けた。 
「まあ、たしかにな。途中で意見を変えるのはよくねえ。初志貫徹ってやつだ。よっしゃ。お前の好きにやれ」
「えっ……」
 太陽は、大地を振り返った。
「黒マスクに一票。残念だったわね、太陽」 
 星が、太陽の耳元でからかうように囁いた。
「ありがとうございます」
 吹雪が大地に慇懃いんぎんに礼を言うと、太陽の手からスマートフォンを奪った。
「三日で作ってください。これ以上、交渉の余地はありません」
 吹雪が、スマートフォンの中の秋嶋兄に言った。
『あんた、悪魔だな……』
 秋嶋兄が、ディスプレイ越しに吹雪を睨みつけた。
「おうぉあーっ!」
 空を切り裂く悲鳴――吹雪が、海が巻いたばかりの包帯の上からナイフを突き立てた。
 包帯に、赤いシミが広がった。
「悪魔っていうのは、こういうことをするものでしょう? じゃあ、明日、午前中に途中経過を窺う電話を入れますから、電源を切らないようにしてください。あ、それから、もし、警察や第三者に相談したら前作が秋嶋監督の遺作になりますので、変な気を起こさないようにお願いします」
 一方的に告げ電話を切った吹雪は、スマートフォンを太陽に渡しドアに向かった。
「おい、どこに行くんだ!?」
「決まってるでしょう。秋嶋兄の動きを張るんですよ。人間なんて、裏切る生き物ですから」
 太陽の呼びかけに足を止めず背を向けたまま言うと、吹雪がドアの向こう側へと消えた。
「ほんとに、ひでえ奴だな」
 大地が、ケージの中で右の太腿を抱え悶絶する秋嶋を見ながら言った。
「ちょっと、話がある」
 太陽は、大地を促し地下室の隅……パイプ椅子に座り石像のように微動だにしない大樹の横の部屋に入った。
 パーティションで区切られた空間は五坪ほどしかなく、大人が五人入れば満員になる。
 戦略ルーム――人質に聞かれたくないミーティングをするために設けたスペースだ。
 防音仕様になっているので、声を出しても人質の耳に入ることはない。
「なんだよ? 改まりやがって」
「とりあえず、座ってくれ」
 太陽が言うと、面倒臭そうに大地が椅子に腰を下ろした。
「揉め事かのう?」
「祖父ちゃん、寝てたんじゃないのか?」
 戦略ルームに入ってきた大樹に、太陽は訊ねた。
「わしは野生動物と同じでレム睡眠なんじゃ」
 大樹はうそぶきつつ、ランダムに置いてある丸椅子に腰を下ろした。
「どうしたの? センブリ茶飲んだみたいな渋い顔しちゃって」
 閉まったばかりのドアが開き、赤のフェイスマスクを外しながら入ってきた海が大樹の横に座った。
「なんだよ、お袋まで? 荷物の手当はしなくていいのかよ?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。吹雪って、器用だよね~。勢いよく刺してるように見えて、刃先が皮下一センチくらいしか達してないんだからさ」
 海に続いて、星が楽観的な口調で言いながら現れた。
「やっぱ、浅井家の結束は強えーな」
 フェイスマスクを外した大地が、満足げに相好を崩した。
 たしかに、吹雪以外はなにかがあれば寄り集まり、情報を共有したがるのが浅井家の特徴だ。
「親父、いったい、どういうつもりだよ?」
 太陽はフェイスマスクをつけたまま、胸奥にわだかまっていた疑問をぶつけた。
「あ? なにがだよ?」
「吹雪のことだ。どうして、好き放題にやらせてるんだ?」
「あいつが、言うことをきくタマか?」
「だからって、野放しにしていいのか!? 荷物を何度も刺すなんて、尋常じゃないだろう!?」
 太陽は、大地の瞳を見据えた。 
「大袈裟なことを言うんじゃねえ。ちょいと行き過ぎたところはあるが、奴はサディストじゃねえ。星も言ってただろう? 出血で派手に見えるが深く刺しちゃいねえし、掠り傷に毛が生えた程度だ。海が大袈裟に包帯なんか巻いてるから大怪我に見えるが、あんなもん唾を塗っときゃいいんだよ」
 大地が、笑い飛ばした。
「あら、掠り傷でも細菌感染したら怖いのよ? 破傷風とかね」
 海が口を挟んだ。
「なに呑気なことを言ってるんだ。そういう問題じゃないだろ? 吹雪の行為は、浅井家の伝統に反することじゃないのか!?」
「窃盗、レイプ、薬物、殺人はしない。これがルールだ。吹雪は、伝統に反することはやってねえけどな」 
 大地が肩を竦めた。
「殺人じゃないからって、なにやってもいいのか!? 俺は吹雪のやりかたを、見過ごすわけにはいかないっ」
 太陽は、強い口調で言った。
「たしかに、お前の言うこともわかるが、奴の功績も認めてやんねえとな。吹雪は、秋嶋兄のしたたかな性格と秋嶋のふてぶてしい性格をそれぞれ分析した上で、あのやりかたを選択した。いたぶりたくて、秋嶋を刺したわけじゃねえのはお前もわかるだろうが? 秋嶋兄を監視するのも、したたかな野郎だから警察にチクったり第三者に助けを求める可能性があると危惧したからだ。奴は、すべてを計算した上で非情になったり残酷になったりしているだけだ。親馬鹿だと思われるかもしれねえが、俺の息子は二人とも誘拐ビジネスの天才だ。荷物に負担をかけずに選択肢を与えて金を出させる天才がお前で、荷物に負担をかけることを厭わず選択肢を与えず金を出させる天才が吹雪だ。どっちが優れてどっちが劣ってるって話じゃねえ。短期戦で結果を出すときは吹雪で、長期戦は太陽……その違いだけだ。先見力、分析力、判断力、行動力、どれを取ってもお前ら兄弟は甲乙つけ難い。似た者同士のお前なら、弟のことわかるだろうよ。あ?」
「似た者同士!?」
 太陽は、思わず繰り返した。
「ああ、そうだ。お前と吹雪は、ガキの頃からよく似ている」
「父さん、その話はもういいじゃない」
 海が、大地の腕を?んだ。
「なんだ? 本当のことを言ってなにが悪いんだ?」
 大地が、海の腕を振り払った。
「冗談はやめてくれ。俺は、吹雪みたいに冷酷じゃないさ」
「そりゃ、俺の言葉だ。ガキの頃は、吹雪より遥かにお前のほうが容赦なかった。 小学生の頃、吹雪をイジメたガキの家に乗り込み両手の指を全部折ったこと、 吹雪のかわいがってた犬を撥ねた運転手が謝りにきたときに、お前はあとをつけてその運転手の家で飼われていた猫を殴り殺したこと……まさか、忘れたなんて言わねえよな?」
 大地が、脂ぎった赤ら顔を近づけてきた。
 もちろん、忘れたことはなかった……忘れたくても、忘れられなかった。
 一線を越えたときの、内臓が灼熱の炎に焼き尽くされるような感覚を……。
「犬が死んで吹雪が冷血人間になってから、お前は常識的な兄貴になった……いや、弟を守るためにお目付け役にならざるを得なかった。だがよ、俺にはわかってんだよ。吹雪の冷酷さはすべて計算だが、お前は違う。お前は、先天的に冷酷な心の持ち主だ。吹雪の行為をたしなめ、諭すことで本能を抑制してるんだよ」
 大地が、勝ち誇ったように言った。
「もし、親父の言う通りだとしても、吹雪の行為を認めていいって話にはならない。別に俺は、五代目になりたくて吹雪を非難しているわけじゃない。浅井家の伝統を守ってゆく気があるなら、吹雪に跡目を譲ってもいいと思っている」
 太陽は、大地の瞳をみつめた。
「え! 太陽、それ、マジで言ってる? かっこつけてるなら、すぐに訂正したほうがいいよ。お父さん、吹雪に五代目あげちゃうかもだからさ」
 星がピンクのフェイスマスクを取り、アーモンド形の瞳を見開いた。
「お前ら、勘違いするんじゃねえ。俺だって吹雪に跡目を譲りたいわけじゃねえ。だからといって、長男が跡目を継ぐものとも思っちゃいねえ。相応しいほうに五代目を譲る。それだけだ」
「こいつも、三男じゃったからのう」
 大樹が、突然、口を開いた。
「え? 親父に兄弟いたの?」
 初耳だった。
 てっきり、父は一人っ子だと思っていた。
「ああ、四つ上と二つ上の兄が二人おった」
「俺、会ったことないんだけど?」
「それは当然じゃ。大地が、追い出したんじゃからのう」
「親父が追い出した!?」
 太陽は、頓狂な声を上げた。
「父さん、人聞きの悪いことを言わないでくれ。俺は残ってほしかったけど、兄貴達が出て行ったんだろうが?」
「そりゃあ、そうじゃろう。末っ子に、俺の手足となって支えてくれなんて上から物を言われたらやる気も失せるじゃろうて」
「俺は、事実を言ったまでだ。跡目争いに敗れた者は、トップを支えるもんだろう?」
 大地が、当然、といった顔で大樹を見た。
「あんたも昔は、イケイケだったからね。いまの保守的な姿からは、想像つかないけど」
 海が、からかうように言った。
「だからお前らには、どっちが跡目を継いでも恨みっこなしで支え合ってほしいってわけだ」
 海をやり過ごした大地が、真顔で太陽をみつめた。
「それは、吹雪に言ってくれよ」
 太陽は吐き捨てた。
「はいはい。仰せの通りに致しますよ」
 一転して、おどけた調子で大地が言った。
「話は変わるが、秋嶋兄が四千万を用意したら俺はBで行こうと思ってるんだが、お前の意見は?」
 大地が太陽に訊ねてきた。
 浅井家では、身代金の受け渡し法をターゲットによって三つのパターンに使い分けている。
 Aパターンが、現金の入ったバッグをリアルタイムの電話で指示した場所に置かせる。Bパターンが、川や土手を見下ろす橋まで行かせて、現金の入ったバッグを落とすようにリアルタイムの電話で指示する。
 Cパターンが、車で移動させながら尾行がないことを確認し、見通しがよく人気のない場所で止めさせて現金の入ったバッグを受け取る。
 Aはターゲットや尾行者がいないかをじっくり観察できるが、逆に警察が張っていた場合にこちらも観察されるリスクがある。
 Bはバッグがうまく落ちればスムーズに事は運ぶが、川に落ちたり木の枝に引っかかったりというアクシデントのリスクがある。
 Cは時間をかけて場所を選べるので安全性は高いが、目的地を探し出すまでにターゲットの車を見失うリスクがある。
「俺はAがいいと思う」
「秋嶋兄は芸能界で影響力を持ってるし、相談するのが警察ばかりとはかぎらねえ。反社会的勢力にも?がりがあるだろうから、Aは危険だ。人込みにヤクザや半グレが潜んでいてもわからねえからな。その点、Bだとこっちは橋の下だから、万が一尾行者がいても逃げ切ることができるだろうが?」
「尾行者を見分けやすいのはたしかだけど、Bは受け取りに失敗するリスクが高過ぎるよ。忘れたのか? 二年前に、ターゲットが落としたバッグが川に流されて大変な思いをしただろう?」
 太陽が言うと、大地が舌を鳴らした。
「そのリスクはあるが、警察やヤクザに捕まるリスクよりましじゃねえのか?」
「尾行を見抜くのは俺ら次第でどうにかなるけど、バッグが川に流されるとか木の枝に引っかかるとかの不可抗力は回避できないだろう? Aで気が乗らないならCでもいいけど、Bだけは賛成できないな」
「ったくよ、たった一度のことじゃねえか?」
「あんな思いするのは、一度で十分だって」
「私もそう思うわ。だいたいあんたは、映画に影響され過ぎなのよ。ロバートレッドフォードかスティーブマックイーンにでもなったつもり?」
 海が、茶化すように言った。
「誰それ?」
 すかさず星が口を挟んだ。
「まあ、いまで言うディカプリオとかブラピみたいなものね。とにかく、父さんとは似ても似つかないイケメンスターよ」
「無駄口叩いてねえで、早くその皺々の顔をマスクで隠して、昼飯の準備をしてこい!」
 大地が海に言い放った。
「あんたのほうこそ、その脂ぎった赤ら顔を趣味の悪い黄金マスクで隠したほうがいいわよ」
 海が皮肉を返し、戦略ルームをあとにした。
「更年期障害は嫌だね~。おい、お前はどうだ?」
 軽口を叩きながら、大地が星に顔を向けた。
「私はスイスだから」
「は? なに言ってんだ?」
「永世中立国ってこと。父さんと太陽のどっちにもつかないわ」
 星がウインクしてフェイスマスクをつけると、外に出た。  
「どいつもこいつも……」
「わしの意見は聞かんのか?」
 大地が言葉の続きを呑み込み、弾かれたように大樹を振り返った。
「びっくりさせないでくれよ。それで、父さんの意見は?」
「太陽に一票じゃ。Bパターンはいかん!」
 強い口調で、大樹が言った。
「なんでだよ? 理由を教えてくれよ」
 不満気に、大地が訊ねた。
「そんなもん、決まっとるじゃろう? 金を投げるなんて、粗末に扱うのはいかん」
「えっ……父さん、それ、真面目に言ってるのか?」
「ああ、大真面目じゃ。わしは、昔からBパターンは好かんかった」
 大樹が、吐き捨てるように言った。
「わかったよ。Aで行こうじゃねえか」
 大地が、呆れたように首を横に振りながら言った。
 太陽は無言でスマートフォンを取り出し、履歴ページの番号をタップした。
 三回目のコール音が途切れた。
「秋嶋プロに着いたのか?」
『ええ』
 素っ気ない吹雪の声が受話口から流れてきた。
「秋嶋兄に動きは?」
『まだです。なにか用ですか?』
「身代金の受け渡しだが、Aパターンで行くことになった。異論はないか?」
『その身代金を用意できるか張ってるところです。好きに決めていいですから、邪魔しないでください。電話している間に見失ったらシャレになりませんからね』
 一方的に言うと、吹雪が電話を切った。
 太陽は複雑な思いで、無音のスマートフォンをみつめた。
(第4回につづく)

バックナンバー

新堂 冬樹Fuyuki Shindo

大阪府出身。1998年に作家デビュー。2003年に刊行した純愛小説『忘れ雪』が大ベストセラーとなる。
著書は『僕の行く道』『百年恋人』『君想曲』『ある愛の詩』『誰よりもつよく抱きしめて』『あなたに逢えてよかった』『引き出しの中のラブレター』『哀しみの星』『たったひとつの花だから』『別れさせ屋の恋 パルフェタムール』『瞳の犬』『少女A』など多数。

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