双葉社web文芸マガジン[カラフル]

誘拐ファミリー(新堂 冬樹)

第21回
 いままでいた隣室と同じ間取りのリビングルームに入るなり、大地は窓とカーテンを閉めた。
 中央に設置してある十数人が座れそうな白革の特大ソファまで、さっきの部屋のものと同じだ。
「この部屋はなんだ? それに、さっきの仕掛け扉は……」
「話はあとだ! とりあえず、適当に座れや」
 太陽の質問を遮り、大地がソファの中央に陣取るとリモコンを手に取りスイッチを押した。
 壁に埋め込まれている大型のモニターに、隣室のリビングルームが映し出された。
 大地を挟み、左隣に太陽、右隣に吹雪が座った。
 ほかの面々も、モニターに視線を奪われたまま次々と腰を下ろした。
「隣の部屋に隠しカメラをつけているんですか?」
 吹雪が、いつもと変わらぬ冷静な口調で訊ねた。
「ああ、万が一に備えての避難部屋も同時に購入しておいたっつーわけだ。いまから、面白いショーが……」
 大地の言葉を遮るように、モニターから衝撃音と複数の足音が聞こえてきた。
 モニターの中――リビングのドアが蹴破られ、複数の男達が雪崩なだれれ込んできた。
 男達は映っているだけで、二十人前後はいそうだった。
 配送員のユニフォームを着ている者が二人、ほかは全員黒のスーツ姿だった。
「言ったでしょう? やっぱり、警護部の連中よ」
 吹雪の隣……モニターに顔を向けたまま、得意げに明寿香が言った。
『おいっ、誰もいないじゃないか!? どういうことだ!?』
『なんだこりゃ!? もぬけからだぞ!』
『ほかの部屋も捜せ!』
『トイレやシャワールームも確認しろ!』
『ガセだったのか!?』
『本部長がガセを掴ませるわけねえだろ!』
 熱り立ち気色ばんだ男達の怒声や焦燥の声が、競うようにスピーカーから流れてきた。
 半数以上がリビングから飛び出し、残った男達がクロゼットやバルコニーをチェックしていた。
 十分ほどあちこちを確認していた残りの男達も、リビングから消えた。
「残念だが、隠しカメラはリビングにしかつけてねえんだ。姉ちゃん、本部長っつうのは、鳳一馬のことだろう?」
 大地が、明寿香に訊ねた。
「そうよ。兄の指示で警護部が動いたっていうことは、ピンクマスクとかいう人がマンションの存在を知っていたことになるわね」
 明寿香が、大地、吹雪、太陽の順に視線を巡らせた。
「一馬がここを知っているということは、その可能性が高くなる。本当に、ピンクマスクに教えてないのか?」
 太陽は、大地に詰め寄った。
「何度も言わせるんじゃねえ。このマンションは、今回使うまでは赤マスクにも教えてねえんだからな。俺は、こう見えても口が堅いんだよ」
「本当よ。私もびっくりして、めちゃめちゃ怒ったんだから」
 得意げな顔の大地を、海が睨みつけた。
 この状況で、大地や海が嘘を吐く必要はない。
 だとすれば、どうして……。
「お前は、どう思う?」
 太陽は、吹雪に訊ねた。
 単純に吹雪の考えを聞いてみたいというのもあるが、太陽はまだ弟の関与を疑っていた。
 星に裏切られて太陽に呉越同舟を求める芝居を打つ……吹雪なら、それくらいのシナリオを平気で描くだろう。
 だが、そのシナリオを描くには、このマンションの存在を吹雪が知っていなければならない。
 大地が嘘を吐いていない以上、吹雪が星経由で一馬に襲撃場所を密告するのは不可能だ。
 尤も、大地が吹雪と手を組んで自分を嵌めようとしているのなら話は別だが、それは考えづらい。
 大地と吹雪が星と通じているのなら、松山海斗も手中におさめているはずで、一馬との身代金交渉を有利に運べるはずだ。
 大掛かりに、太陽を嵌めるような手間をかける必要はない。
 推理すればするほど、真実から遠ざかっていくような気がしてならない。
「この中に、敵の内通者がいるんでしょう」
 涼しい口調で、吹雪が言った。
「内通者? なんのために? ここに松山海斗はいない。一馬がここにいる誰かと通じているなら、松山海斗がいないこともわかっているのに襲撃させる意味がないだろう」
 太陽は、率直な疑問をぶつけた。
「襲撃に意味があるかないかは、その人の目的によります。青マスクさんのいう目的ならここを襲撃する意味がなくなりますが、内通者の目的が別ならそうとも言えなくなります」
「松山海斗を餌に『天鳳教』から身代金を引き出す。ここにいる面子で、それ以外の目的で動く人間がいるのか?」
 吹雪に訊ねながら、太陽は改めて内通者の可能性を思索した。
 身代金以外の目的で敵と手を組み仲間を裏切る……それだけの魅力的な餌がほかにあるとは思えない。
「さあ、それはわかりません。ただ、確実なのは間違いなく内通者がこの中にいるということです」
 吹雪の確信しているような口ぶりが気になった。
「その内通者って、誰? 本当は、見当がついているんじゃないの?」
 明寿香が訊ねた。
「他人事みたいに言わないで下さい。あなたも、内通者候補に入ってますから」
 すかさず、吹雪が切り返した。
「あら、それを言うなら、黒マスクさん、あなたも立派な候補であるのを忘れないで」
 負けじと、明寿香も切り返した。
「あなたがそう思うのは、構いませんよ。僕は自分が内通者じゃないと知っているので。ここにいるみんなが、自分以外の誰かが犯人だと警戒したほうがいいと思います」
 たしかに、吹雪の言うことにも一理ある。
 身内だからと気を許し、寝首をかかれた星のときの二の舞を演じるのはごめんだ。
「おめえの言うようにこの中に内通者がいるなら、じきにここも襲撃されちまうな」
 大地が、吹雪をチラ見しながら言った。
「いやねえ、内通者だなんて。あなた達の連れてきた人は大丈夫なの?」
 海が、太陽と吹雪に訊ねた。
「ざけんじゃねえぞ! おばはん! 俺はダチが人質にされてんだぞ!」
 水谷が、海に食ってかかった。
「失礼ね! マスクしてるのに、どうしておばさんだなんてわかるのよ! 二十代の可能性もあるでしょうに!」
 海が立ち上がり、抗議した。
「ふざけんな! そんな嗄れた声した二十代がいるか! それに二十代が、でしょうに、なんて昭和みてえな言葉遣いしねえよ!」
「まあ、年の話はおいといて、あんた、友達が人質にされているから自分はシロだと言ってるけど、私から言わせれば余計に怪しいわ」
 海がソファに腰を戻し、意味深な言い回しをした。
「なんでだよ!?」
「友達が人質になっているということは、あんたが弱味を握られているということよ。友達が無事解放されるためなら、鳳一馬の言いなりになっても不思議じゃないでしょうが」
「適当なこと言ってんじゃねえよ! 外様が疑われるんなら、あいつらのほうが怪しいだろうが!」
 水谷が、吹雪の背後に立つ南條と東を指差した。
「は!? てめえ、喧嘩売ってんのか!?」
 巨体を揺すり足を踏み出そうとした南條を、俊敏な動きで前に出た東が遮った。
「疑われて腹を立てるのはわかるが、八つ当たりは迷惑だ。そもそも俺らが、黒マスクさんを裏切るような真似はしない」
 東が、冷静な口調で疑惑を一蹴した。
「それを言うなら、俺だって青マスクを裏切るような男じゃねえぞ!」
 水谷が己の胸を叩いた。
 太陽は、外様三人について思考を巡らせた。
 水谷を信頼してはいるが、妹が裏切る以上、内通者としての資格は十分にある。
 だが、太陽と水谷がこのマンションの存在を知ったのは襲撃のおよそ一時間前だ。
 ずっとそばにいたので、彼が誰かに電話をするのは不可能だが、LINEやメールをこっそり送信するのは可能だ。
 南條や東に至っては、水谷以上に一馬に連絡を取るチャンスがあっただろう。
 動機は金だ。
 吹雪との絆がどれほど強いかは知らない。
 また、金の前ではどんなに強固な絆も断ち切れるということを星が教えてくれた。
 だが、この三人に限定するなら海の言う通りに梶を人質に取られている水谷が裏切る可能性が高い。
「黒マスクが内通者なら、こやつらが裏切ったことにはならんじゃろうて」
 大樹が、人を食ったような口調で言った。
「ということは、ピンクマスクは実は裏切ってなくて僕と通じているということですよね? もしそうなら、こんな回りくどいことをしなくても松山海斗の身柄を押さえた時点でさっさと一馬に身代金交渉をしていますよ」
 吹雪が、肩を竦めて見せた。
 孫を疑うとは、さすがは誘拐一家三代目の家長だ。 
 吹雪が、一馬に通じていても不思議ではない。
 目的のために家族を出し抜き敵に襲撃させることくらい、吹雪には朝起きて歯を磨く程度のことだろう。
 しかし、今回にかぎっては自分以外の誰が内通者であっても驚かない。
 しかも、本人も言っていた通り、星を操っているのが吹雪なら真っ先に一馬と身代金交渉をするはずだ。
 むしろ吹雪より、大地や海のほうが怪しい。
「天鳳教」の桁違いの資産と松山海斗という絶対的切り札を目の前にした二人が、息子と祖父を騙して大金をせしめようと考える可能性は十分にあり得る。
 祖父も例外ではない。
 七十を過ぎても、大樹の欲は涸れていない。
 涸れるどころか、年老いてなお盛んだ。
 正直、外様の三人よりも身内が「天鳳教」と通じていると太陽は疑っていた。
 水谷、南條、東には大金を手に入れたいという金銭欲はあるが、裏を返せばそれだけだ。
 金銭欲というものは、命の危険が迫れば弱まるものだ。
 だが、快楽は違う。
 強大な敵から数億、いや、場合によっては十数億の身代金を吐き出させることに快感を覚えるのが、先祖代々誘拐稼業を生業にしてきた浅井家の面々だ。
 もともと浅井家が誘拐を生業にするようになったのは人助けのためであり、私利私欲のためではなかった。
 なので、ターゲットは悪人だけに絞り身代金を支払わせるという絶対的な掟があった。
 それは、いまでも受け継がれている。
 どんなに金持ちで危機管理が甘くても、世間に害を及ぼしている人間でなければターゲットにはしない。
 浅井家が的にかけて大金を支払わせるのは、いまでも悪党だけに限られている。
 だが、そうだからといって、浅井家の面々が正義感に満ちた善人というわけではない。
 先代の頃には存在しただろう大義は、四代目の大地にはない。
 あるのは、シナリオ通りに事が運び、ターゲットから悪事で貯め込んだ大金を吐き出させる快感だ。
 金だけが目的なら、圧倒的な政治力、経済力、武力を誇る「天鳳教」に立ち向かったりせずに楽なターゲットを数多く狙うことだろう。
 ターゲットが手強ければ手強いほどに、イニシアチブを握り屈服させることで至極の境地となるのが、浅井家の血だ。
「どうかのう? 身代金より優先せねばならんことがあったら、回りくどいことでもするんじゃないのかのう~」
 相変わらず人を食ったような口調で、大樹が言った。
「銀マスクさんは、どうあっても僕を内通者に仕立て上げたいようですね。僕だって傷つきますよ」
 言葉とは裏腹に、吹雪は少しも傷ついていないようだった。 
 吹雪が傷つくのは家族に信じて貰えないときではなく、家族に負けたときだ。
「心にもないこと言うんじゃないわい。それに、お前だけを疑わしいと思っとるわけじゃない。青マスクのこともお前と同じくらい疑いたいところじゃが、今回はわしが一緒におったからな。もちろん、わしの目の届かんところで内通しとったかもしれんが、お前は百パーセント目の届かんところにおったからのう」
 身内のことを堂々と信用できないと言い放つあたり、浅井家の血は争えない。
「おいおい、それを言うならよ、俺はほとんど黒マスクと行動をともにしてたが、青マスクの動きは知らねえから疑わしいって言ってるようなもんだぜ」
 大地が、挑むような口調で大樹に言った。
 二人の言葉は当てにならない。
 大地と大樹が潔白という前提の話だが、それぞれ、自分と吹雪のことを同じくらいに疑っているだろう。
 眼が届くとか届かないとかは、チームという建前上、本音を隠すためのまやかしに過ぎない。
「お前も役者じゃのう。青マスクも赤マスクも信じてなんぞおらんじゃろうて」
 大樹のマスク越しに、入れ歯がカタカタと鳴った。
「そりゃあんたも同じだろうが? 自分以外は犬猫のことも信用しねえ猜疑心の塊みてえな男のくせによ」
 大地が吐き捨てた。
「おう、そうじゃ。お前のことなんぞ、ガキの頃から信用しとらんわ」
 ふたたび、マスクの下から入れ歯が鳴った。
 もともと、一枚岩の家族というわけではなかった。
 表面的には信頼し合っているように繕っても、内心では気を許さないという警戒心が家族からは窺えた。
 それでも、表立って対立が見えていたのは太陽と吹雪くらいのものだった。
 星が裏切った瞬間に、互いにたいしての疑心が一斉に噴出した。
 皮肉にも、星の背信行為が家族の本音を炙り出す結果になってしまった。
「もう、二人とも、やめてくださいな。身内でいがみ合ってどうするの?」
 海が呆れたように、大地と大樹を諭した。
「なに他人事みたいに言っておるんじゃ。もともとは、お前がこの能無しを疑い始めたんじゃろうが」
 大樹が、水谷を指差し海を咎めた。
「誰が能無しだ! このくそじじい……」
「あんたら、いい加減にしなよ! 警護部が乗り込んできたんだから、このままじゃ済まないわ。いま、犯人捜しをしている場合じゃないでしょう!?」
 それまで黙っていた明寿香が、痺れを切らしたように水谷を遮った。
「そんなことは、お前に言われなくてもわかっている。だが、内通者を放置したままだとこっちの動きが一馬に筒抜けだからな」
 太陽は言いながら、立ち上がった。
「だからって、いつまで犯人捜しをしてても先に進まないってことを言ってるの!」
「たしかに、その通りだ」
 あっさり認める太陽を、明寿香が拍子抜けしたような顔で見上げた。
「だから、内通者がわからないうちは、みんなで見張り合うことにする」
「見張り合うとは、どういう意味じゃ?」
 大樹が、訝し気に訊ねてきた。 
「まずは、勝手にこの部屋から出ないこと。次に、携帯を回収するから協力してくれ」
「携帯を回収するだと!? 勝手なことを決めるんじゃねえぞ」
 大地が、露骨に不快感を表した。
「そうよ。なんで、あんたがリーダー面するのよ」
 海が大地に追従した。
「別に、リーダー面なんかしてないさ。疚しいことがなかったら、出せるだろ? さあ、早く」
 太陽は淡々とした口調で言いながら、大地と海を促した。
「わしも、反対じゃな。内通者を突き止めるのは賛成じゃが、このやり方は好かん。わしは、お前の奴隷じゃないぞ」
 二人に続き、大樹も反対した。
「俺だって、できるならこんなことやりたくないさ。だが、彼女が言うように犯人捜しをしている間に、一馬がどんな二の矢を放ってくるかわからない。しかも携帯を持ったままだと、内通者がこっそりメールで一馬とやり取りしてもわからないだろう? 子供みたいに意地を張ってないで、潔白なら出してくれ」
 太陽は言い聞かせるようにしながら、みなを見渡した。
「私も賛成よ。父や兄と通じていないのなら、四の五の言ってないでさっさと出してちょうだい!」
 明寿香が、強い口調でみなを促した。
(第22回につづく)

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新堂 冬樹Fuyuki Shindo

大阪府出身。1998年に作家デビュー。2003年に刊行した純愛小説『忘れ雪』が大ベストセラーとなる。
著書は『僕の行く道』『百年恋人』『君想曲』『ある愛の詩』『誰よりもつよく抱きしめて』『あなたに逢えてよかった』『引き出しの中のラブレター』『哀しみの星』『たったひとつの花だから』『別れさせ屋の恋 パルフェタムール』『瞳の犬』『少女A』など多数。

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