双葉社web文芸マガジン[カラフル]

誘拐ファミリー(新堂 冬樹)

第12回

「あ〜あ〜かわいそうに、国民的イケメンが歌舞伎役者みたいに白くなってるぜ」
 ミキサー室――青のフェイスマスクをつけた水谷が、レコーディングブースの片隅で震えている松山海斗を見て、茶化した口調で言った。
 松山海斗の両手は手錠で、両足は足枷で拘束していた。
 池尻のマンションの地下にあるレコーディングスタジオに運び込んで三十分ほどで意識を取り戻した松山海斗は、しばらくの間パニックになり喚き散らしていたが、状況を認識するとともに恐怖に支配され委縮していた。
 太陽の傍らにあるアクリルのトレイには、松山海斗から没収したスマートフォン、キーケース、財布が入っていた。
「前に観た映画じゃ、ヤクザに拉致されても男らしく戦ってたのにさ、なーんかがっかりだな」
 桃色マスク――星が、残念そうに呟いた。
「あたりまえだよ。筋書きのある映画やドラマと違って、現実は主役が勝つとはかぎらないから」
 黄色マスク――梶原が呆れた口調で言った。
 太陽、星、水谷、梶原のいるミキサー室は十坪ほどで、松山海斗を監禁している防音ガラス越しのレコーディングブースは三坪ほどだった。
 防音仕様になっているので、音量のカフカを上げないかぎりどれだけ喚き叫んでもこちら側には無声映画のようになにも聞こえない。
 太陽がレコーディングスタジオを借りたのは約半年前のことだ。
 いずれ、必要になる日がくるかもしれないと思い備えていた。
「なにか食べたいものは?」
 カフカを上げ、太陽はマイク越しに松山海斗に語りかけた。
『こんなところに閉じ込めて、ぼ……僕を、どうする気ですか!?』
 松山海斗が首をもたげて訊ねるうわずった声が、ミキサー室の天井に設置してあるスピーカーから降り注いできた。
「『天鳳教』の教祖、鳳神明から身代金を貰うまでの人質だよ。おとなしくしていてくれれば、危害は加えないから」
 太陽は、場にそぐわない明るい口調で言った。
『「天鳳教」から身代金!? ど……どうして僕が人質になるんですか!? ぼ……僕は、身内でもなんでもない赤の他人ですよ!』
「ああ、でも、君が誘拐されたと知ったら、息子の一馬が黙っちゃいない。身代金を払うように、親父を説得するはずだ」
『な……なんで、僕が誘拐されると教祖の息子がそんなことをするんですか!?』
 さすがは役者だけあり、迫真の演技だ。
 カリスマ教祖の後継者と人気イケメン俳優の同性愛……松山海斗は、大スキャンダルになることを恐れているに違いない。
「俺はサクサク仕事を進めたいタイプだから、そういうのはいらないよ。だけど、俺はもう、鳳一馬とあんたの関係を知ってるからさ」
 太陽は、涼しい顔で言った。
『か、関係って……どういう意味……』
「とにかくあんたは、俺達の指示通りにしていてくれれば、傷一つつけないし、鳳一馬と恋人関係にあることも暴露しないから」
 太陽は遮り、一歩的に言った。
『なっ……』
 なにかを言いかけた松山海斗が絶句した。
「心配しないでも、あんたにやって貰うのは、鳳一馬に早く助けてほしいと言うだけだ」
『僕なんかがそんなこと言っても、身代金は払ってくれませんよ』
 自らが危険な状況でも松山海斗は、一馬に迷惑をかけないようにしている。
「それは、こっちで判断する。とにかく、逆らわなければすぐに解放するから」
『すぐにって……いつですか!? 明日も、朝早くから映画の撮影が入ってるんですっ』
「悪いけど、一週間ほど休んで貰う」
『い、一週間休む!? 冗談じゃないですよ! 主役の僕がいなければ撮影に穴が開いて、莫大な違約金が……』
「違約金なら、払ってやるから安心しろ」
 太陽は、ふたたび松山海斗を遮った。
 ハイバジェットの映画の撮影を一週間も止めたら、損害金は軽く五千万は超えるだろう。 
 だが、必要経費と思えばいい。
 鳳神明から、最低でも十億の身代金は引き出すつもりだ。
『違約金を払えば済むって問題じゃありません! 僕の信用はどうなるんですか!? 主役が撮影に一週間も穴を開けたとなると、もうどこからもオファーがかからなくなりますよっ』
 松山海斗が、半べそ顔で訴えた。
「誘拐されたって、撮影所にいた女性スタッフが証言してくれるから大丈夫だよ。同情票が集まって、逆にオファーも殺到するんじゃないか?」
 飄々とした口調で、太陽は言った。
『ひ、他人事ひとごとだと思って、適当なことを言わないでくださいよ! 僕が被害者だとわかっても……オ、オファーは増えませんっ。芸能界は、イメージ商売ですっ。ネガティヴイメージのついたタレントなんて、縁起が悪くて誰も使ってくれませんよ!』
 松山海斗が涙声で叫喚きようかんした。
「撮影を止めたぶんの損害金は全額負担する。悪いが、信用どうのこうのまでの責任は取れない」
 太陽は、にべもなく言った。
「なんか、かわいそうになってきたな」
 蒼白な顔を涙に濡らす松山海斗を見ていた水谷が呟いた。
「甘いわね。この稼業、同情なんて一円の得にもならないわ」
 星が、冷めた声で囁いた。
「こんな薄情な女は、絶対に嫁にしたくねえな」
 水谷が肩を竦め吐き捨てた。
「安心して。地球上に男一人になっても、あんたを旦那にしないから」
 星が鼻で笑った。
『お願いします! 僕を解放してください! お金なら、僕の貯金で払いますっ。一千万くらいなら、頑張って払えます! 頼みます!』
 松山海斗が、なりふり構わず懇願した。
「その年で一千万払えるなんて、さすが売れっ子俳優」
 水谷が口笛を吹き、茶化すように言った。
「気持ちはありがたいけど、それじゃ全然たりないから」
『たりないぶんは事務所に頼んで……』
「そういう問題じゃないよ。鳳神明に金を出させなければ、意味がないんだ」
 太陽は、淡々とした口調で言った。
『ど、どうして、『天鳳教』の問題に僕が巻き込まれなきゃならないんですか!?』
 松山海斗が、声を嗄らして訴えた。
「さっきも、言っただろう? 君が鳳一馬の恋人だからさ。彼の立場を大事に思うなら、いまの状況を黙って受け入れるんだ。抵抗すれば、マスコミに暴露しなければならなくなる」
 太陽の恫喝に、松山海斗が表情を失った。
「とりあえず、食事だ。リクエストがないようだから、こっちで適当にチョイスするよ」
 一方的に言うと、太陽はカフカを下げた。
「ねえ、どうするの? 本当に、このまま松山海斗を人質に鳳神明から身代金を引き出すつもり?」
 待ち構えていたように、星が訊ねてきた。
「もちろん」
「もちろんってね、松山海斗は本来のターゲットじゃない上に吹雪の人質……」
「最初に俺の人質をさらったのは吹雪だ。何度も言わせるな。それより、買い出しに行ってきてくれないか? 適当な食べ物と飲み物……チョイスはお前に任せるよ」
「ちょっと、まだ話は終わってないわよ」
「いいじゃねえか。リーダーがそうするって言ってるんだから、俺らは従うしかねえよ。それに、あのくそ生意気な弟が先に仕掛けてきたんだから、自業自得っつうもんだ」
 水谷がフェイスマスクをずらし口を出すと、煙草をくわえた。
「あんたは部外者だから黙ってて……」
「頼む」
 太陽は水谷に牙を剥く星の手に、一万円札を握らせた。
「まったく……私は家政婦じゃないんだから!」
文句を言いながら星が席を立ち、スタジオを出た。
「お前の妹も、弟に似てかわいげがねえな」
 水谷が吐き捨てた。
「でも、妹さんの言うことにも一理あるんじゃないの?」
 それまで黙っていた梶原が、遠慮がちに口を挟んだ。
「なんだよ、お前、妹の肩を持つのか!?」
 煙草の吸い差しを梶原に突きつけつつ、水谷が熱り立った。
「そういう稚拙なことを言ってるんじゃない。ただ、敵の人質で身代金を引き出すことに成功しても、浅井家の最高権力者の親父さんが失格と言ったらそれまでだ。勝たなきゃ、意味がないんだろう?」
 対照的に、梶原が諭し聞かせるように言った。
 太陽は無言でスマートフォンを手に取り、吹雪の番号を呼び出しタップした。
『松山海斗の身柄を確保しましたか?』
電話に出るなり、吹雪が人を食ったような口調で訊ねてきた。
「ああ、なかなか優秀だろう?」
 太陽も、人を食ったような口調で返した。
『期限に間に合いましたね。さすがです』
「鳳明寿香は元気か?」
『ええ。男性より、胆の据わった方です』 
「そうか。こっちの人質は、半べそ顔で取り乱してばかりだ」
 太陽は、低く笑いながら言った。
『まるで、松山海斗は兄さんの人質みたいな言いかたですね』
「そうだ。それを言うために、電話をしたのさ」
『期日には、間に合ったんですよ?』
「お前が決めた期日だろう? 俺には関係ない。お前が鳳明寿香を強奪したときから、俺は松山海斗を人質にしようと決めていた」
『自分でなにを言っているのか、わかっていますか? 兄さんのターゲットは、鳳明寿香ですよ?』
吹雪が、冷静な声音で訊ねてきた。
「もちろん、わかってるさ」
 太陽は即答した。
『松山海斗で鳳神明から身代金を払わせても、ルール違反で失格になると思いますよ』
「もちろん、わかってるさ」
 太陽は、同じセリフを繰り返した。
『負けるとわかっているのに、松山海斗を人質にするんですか?』
 質問を重ねてはいるが、吹雪が動じているふうはなかった。
「先に俺の人質を横取りしたのはお前だ」
 すかさず、太陽は切り返した。
『その前に、僕が人質をさらうのを妨害したのは兄さんですよね?』
「松山海斗がお前の人質なら、妨害はしなかった。お前の人質は、鳳一馬だ」
『ええ、言われなくてもわかっています。僕は松山海斗を使って、鳳一馬を呼び出すつもりでした。勝手に勘違いして邪魔したのは兄さんです』
 相変わらず吹雪の口調は冷静で、動揺しているふうは微塵もなかった。
「それを信じるほどお人好しじゃないし、寛容な兄でもない。俺は俺のルールでやらせて貰う」
『僕は人質を交換しても構いませんが、父さんがなんといいますかね。失格になったら、兄さんの負けですよ』
 本気でそう思っているのか、試しているのか、吹雪の真意は読めなかった。
「五代目がお前になるという意味なら、そうだろうな。だが、俺は鳳神明から先に身代金を支払わせたほうが勝ちだと思っている」
『なるほど。つまり兄さんは、父さんに失格扱いにされたら浅井家に見切りをつけるということですね?』
「嬉しいか? 目の上のたんこぶがいなくなって」
 太陽が言うと、受話口越しに吹雪がフッと笑う声が聞こえた。
「なにがおかしい?」
『すみません。僕は兄さんと違って、浅井家の五代目に執着はありませんから。自分がやりたいようにターゲットを誘拐して、より早く、より高額な身代金を手にすることです。五代目になることで得があるとすれば、いままで以上に自由にできる……それだけです』
 それを阻止するために五代目継承に執着した……口には出さなかった。
 大地が吹雪を後継者候補と考えているとわかったいま、浅井家を守るということより吹雪に勝つことに執着していた。
 吹雪に勝てば、大地も自分を五代目にするしかない。
 五代目になれば、いまより吹雪の暴走をコントロールできるし、それが浅井家を守ることに繋がる……ずっと、そう言い聞かせてきた。
「わかった。親父に言っておいてくれ。失格にしたいなら好きにすればいいが、俺は松山海斗を独自の場所に監禁して鳳神明に身代金の交渉を続けるやりかたを変える気はない、ってな」
 太陽は一方的に言うと、電話を切った。
「野郎、人質を奪われて悔しがってたろ?」
 好奇の色が宿る瞳で訊ねてくる水谷を無視し、松山海斗のスマートフォンから鳳一馬の携帯番号を呼び出してタップした。

 タダイマルスニシテイマスノデ……

 コールが鳴らずに、すぐに留守番電話サービスのコンピューター音声が流れてきた。
「はじめまして。残念だが、この電話をかけているのは松山海斗じゃない。あんたの恋人の件で話があるから、メッセージを聞いたらコールバックしてくれ。もし、警察に相談したら恋人の安全は保証できない。じゃあ、待ってるから」
 太陽は、早口で用件だけ告げて電話を切った。
「そんなんで大丈夫か? 警察に通報されるんじゃないのか?」
 水谷が、不安げに言った。
「それはないよ。一馬にとって、松山海斗の身の安全が最優先だ。それに、下手に警察を介入させればマスコミが嗅ぎつける恐れがある。二人が同性愛者ってことがバレたら、大スキャンダルに発展してしまうからな」
 太陽は言った。
 警察よりも、鳳神明の出方が気になった。
 恐らく吹雪は、今日中に鳳明寿香の身柄を預かっていると連絡をするだろう。
 鳳神明からすれば、松山海斗の件だけなら早急に対処しようとする可能性もある。
 だが、娘の明寿香まで誘拐されたとなると話は違ってくる。
(第14回につづく)

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新堂 冬樹Fuyuki Shindo

大阪府出身。1998年に作家デビュー。2003年に刊行した純愛小説『忘れ雪』が大ベストセラーとなる。
著書は『僕の行く道』『百年恋人』『君想曲』『ある愛の詩』『誰よりもつよく抱きしめて』『あなたに逢えてよかった』『引き出しの中のラブレター』『哀しみの星』『たったひとつの花だから』『別れさせ屋の恋 パルフェタムール』『瞳の犬』『少女A』など多数。

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