双葉社web文芸マガジン[カラフル]

誘拐ファミリー(新堂 冬樹)

第11回
『おう、どうした? まさか、もう身代金を引き出したとか言うんじゃねえだろうな?』
 コール音が途切れた瞬間、大地の人を食ったような声が流れてきた。
「いくら吹雪に跡目を継がせたいからって、あからさま過ぎはしないか?」
 太陽は、怒りを押し殺した声で言った。
『なんだ、やぶから棒に? ずいぶん、ご機嫌ななめじゃねえか?』
「鳳明寿香を、吹雪がさらった」
『ほう、やるね〜』
 受話器越しに、大地の口笛が聞こえた。
「やっぱり、本当だったのか」
 太陽の掌の中で、スマートフォンが軋んだ。
『なにがだ?』
「俺が松山海斗を三日後の午前零時まで連れて行けなかったら、鳳明寿香は吹雪の人質になるってことを認めたそうじゃないか」
『なんだ、そのことか。ああ、認めたよ』
 大地が、悪びれたふうもなく言った。
「競争相手のターゲットを勝手にさらうのは、ルール違反だろう? 『浅井家十戒』を忘れたのか!?」
『忘れちゃいないさ。そもそも、先に吹雪がターゲットをさらうのを邪魔したのはお前なんだろうが? 吹雪からしたら、目には目を、ってやつだ』
「松山海斗のことか? 彼はターゲットなんかじゃない。ターゲットは鳳一馬で、松山海斗は恋人だ。吹雪は、『天鳳教』の次期教祖候補の鳳一馬と売れっ子俳優の松山海斗の同性愛を利用して、身代金を引っ張る算段だったのさ。だから、俺は吹雪が松山海斗をさらうのを妨害した。ルール違反を止めるためだ」
 太陽は、すかさず否定した。
『そいつはおかしいな。俺が吹雪から聞いていたのは、松山海斗を使って鳳一馬を呼び出し人質にする……つまり、松山海斗はターゲットじゃなく撒き餌ってやつだ。これのどこが、ルール違反なんだ?』
 受話口から、大地の飄々とした声が流れてきた。
「そんなの、でたらめだ。鳳一馬より松山海斗のほうが、人質としての価値が高いことに吹雪は気づいている。鳳神明も、一馬なら腰を据えて駆け引きできるが松山海斗だったらそうはいかない。有名人の松山海斗がゲイで、しかも交際相手が『天鳳教』の教祖の息子で後継者候補となれば、日本中がその話題一色となる。鳳神明としては、どんな犠牲を払ってでもスキャンダルの流出を防がなければという意識が働き、速やかに身代金を払うはずだ。加えて、一馬も父親に頼み込むだろうしな。吹雪は、すべてを計算の上で松山海斗をターゲットにしたのさ。妨害して、あたりまえだろう?」
 太陽は感情的になりそうなのを堪え、淡々とした口調で言った。
『それは、お前の予想だ。吹雪が、松山海斗を餌に鳳一馬を誘き出そうとしたと言っている以上、信じるしかないだろう?』
 暖簾のれんに腕押し――柳に風。
 のらりくらりと、大地が話の核心をはぐらかした。
「なるほどな。わかった。親父がそういうつもりなら、俺も好きにさせて貰う。後悔先に立たずってことわざを、思い知らせてやるよ」
 太陽は一方的に言い残し、電話を切った。
「お父さん、なんだって?」
 待ち構えていたように、星が訊ねてきた。
「三日後の午前零時までに松山海斗を引き渡さなければ、鳳明寿香は吹雪の人質になることを許可したそうだ」
 太陽は吐き捨てるように言った。
「マジに!?」
 星が素頓狂な声を上げた。
「お前の親父もエグいな。弟贔屓がみえみえじゃねえか!? もともとは、ターゲットじゃねえゲイ俳優を拉致ろうとした弟が悪いんだろうが!」
 後部座席から身を乗り出した水谷が憤った。
「吹雪が松山海斗をさらおうとしたのは、鳳一馬を誘き出す撒き餌としてだからルール違反じゃないとさ」
 噛み締めた奥歯から絞り出した声で太陽は言った。
「私も最初は、吹雪の任務を妨害した太陽の自業自得だとも思ったけど、ここまであからさまに肩を持つのは、お父さんもやり過ぎよね。まあ、がっかりしないで。太陽には、美しくて優秀な妹がついているから!」
 星が朗らかな口調で励ましながら、太陽の肩を叩いた。
「おい、太陽、三日で松山海斗を拉致れなかったらどうする気だよ!?」
 水谷が訊ねてきた。
「そうよ。太陽が鳳一馬と同性愛疑惑を直撃したから、しばらくは自宅マンションには寄りつかないわよ。このままじゃ、鳳明寿香が吹雪の人質になるのは決まったようなものだわ」
 星が心配そうに、太陽の顔を覗き込んできた。
「それでいい」
 太陽は、独り言のように呟いた。
「え? どういうこと?」
「それでいいって、なんだよ?」
 星と水谷が、揃って疑問符を浮かべた顔を向けた。
「鳳明寿香は、吹雪にくれてやるって意味だ」
 太陽は、宙を見据えたまま言った。
「え!? そんなことしたら、吹雪に負けちゃうよ!?」
「なに考えてんだよっ、お前は!? みすみす、自分の餌を敵に差し出すのかよ!?」
 星と水谷が、今度は揃って血相を変えた。
「ああ、差し出すよ。その代わり、俺はもっと上物の餌を頂く」
「上物の餌?」
 星が鸚鵡おうむ返しに訊ねた。
「松山海斗は俺の人質だ」
「松山海斗を、人質にするつもり!?」
 訊ねてくる星に、太陽は頷いた。
「太陽、怒りで思考がショートしちゃったの!? ターゲットじゃない松山海斗を人質にするのはルール違反だから、吹雪を邪魔したんでしょ? 今度は、太陽がルール違反になっちゃうよ!?」
 星は、本気で太陽が錯乱したと思っているようだった。
 妹の心配とは裏腹に、太陽は驚くほどに冷静だった。
「目には目をだ。親父や吹雪がルールを無視するなら、俺も自由にさせて貰う。松山海斗を人質にして、『天鳳教』からごっそりと身代金を頂いてみせるさ」
 太陽は、星と水谷の顔を交互に見ながら言った。
「でもさ、身代金を引き出せても、ルール違反だと言ってお父さんが認めてくれないんじゃないの?」
 星が不安そうに言った。
「そうだよ。失格になるんじゃねえのか?」
 水谷が、星の危惧を引き継いだ。
「それはない。あの人は、おかずがなくても金を眺めているだけで飯を食えるような人だからな」
 太陽は、白い歯を見せた。

 ――俺が一番嫌いな言葉は、よくやった、とか、ベストを尽くした、ってやつだ。結果の出せない勤勉より、結果の出せる怠慢のほうが一万倍の価値がある。
 
 脳裏に蘇る父の口癖――大地が評価するのは、過程ではなく金額だ。
「だけどよ、弟大好きな親父だろ? 万が一、失格ってことになったらどうするんだよ? あのくそ生意気なガキが五代目なんて、冗談じゃないぜ!」
 水谷が吐き捨てた。
「もしそうなったら、独立するさ」
 太陽は、さらりと言った。
「独立!? 太陽、それ、本気で言ってるの!?」
 驚愕した星のハイボイスが、車内の空気を切り裂いた。
「ああ、本気だ。ルールを捻じ曲げてまで吹雪に跡目を継がせるような浅井家に未練はない」
 太陽は、星の瞳を見据えた――瞳に映る自分自身に言い聞かせた。
「でもさ……」
「行くぞ。とりあえず、タクシーを拾おう」
 星を遮り、太陽はヴェルファイアを降りた。
(第12回につづく)

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新堂 冬樹Fuyuki Shindo

大阪府出身。1998年に作家デビュー。2003年に刊行した純愛小説『忘れ雪』が大ベストセラーとなる。
著書は『僕の行く道』『百年恋人』『君想曲』『ある愛の詩』『誰よりもつよく抱きしめて』『あなたに逢えてよかった』『引き出しの中のラブレター』『哀しみの星』『たったひとつの花だから』『別れさせ屋の恋 パルフェタムール』『瞳の犬』『少女A』など多数。

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