双葉社web文芸マガジン[カラフル]

図書室のバシラドール(竹内真)

イラスト:中島梨絵

文化祭のビブリオバトル

 そうして次の月曜日、第一回のビブリオバトル予行演習が催された。
 図書委員長となった小枝嬢が司会を務め、バトラーとして大隈副委員長と森川書記が参加、発表や投票の希望者がいれば歓迎という企画である。雑誌コーナーの丸テーブルを七名ほどで囲み、他の生徒は周りで立ち見という形になった。詩織も昼休みの仕事の合間に人垣に加わった。
 集まったのは既にビブリオバトルを知っている者ばかりである。早くやろうという声が上がり、司会によるルール説明は途中で省略された。
「それじゃあ最初のバトラー。文化祭でビブリオバトルをやろうって提案してくれた大木くん、お願いします」
「どーも、二年B組大木葵です!」
 立ち上がった大木くんは見るからに上機嫌だった。予行演習とはいえビブリオバトルの実現にこぎつけて張り切っているのだろうし、小枝嬢の隣の席というのも嬉しいのだろう。片手で単行本を掲げる仕草も誇らしげだった。
「俺が紹介するのはこの本、いとうせいこうの『想像ラジオ』です。俺、小学生の頃からラジオ好きなんで読み始めました」
 大木くんは単行本を掲げた腕をゆっくり動かし、みんなに表紙が見えるようにした。よく見れば、直原市立図書館のバーコードシールが貼られた本である。
「それこそラジオで、震災の死者を悼む文学、なんて紹介されてて知ったんだけど、そういう方面で俺が何か言っていいのか分からない。とにかく読めば何かしら感じるし、いろいろ考える。そういう意味でおすすめの本です」
 大木くんはそこでちらりと司会席を見やった。――その手元にはスマートフォンがあって、液晶画面のデジタル数字が残り時間を表示している。校則で校内では使用禁止だが、今回はビブリオバトルのタイマー用ということで若森先生が許可していた。
 五分から始まったカウントダウンはまだ四分以上残っている。
「俺は普段、小説って読まないんだけど、この本は夏休みに読めました。普通に厚みもある本なのに、全体で百九十三ページ、意外と短いんだ。紙が厚いんだね。DJっていうか、ラジオのパーソナリティー口調で進むから文章が読みやすいってのもある。そんで――ああ、そうだ。この小説は五章まであります」
 大木くんは本のページをめくりながら話すべきことを思い出している。トップバッターに選ばれ、事前に何を話すか考えてきたようだが、台本やレジュメなどを準備して読み上げるのは禁止というのが推奨されている。その方式で、自分の言葉で語るというのが難しいのだろう。
「一章は『僕』、DJアークの語りで、普通のラジオっぽく始まります。そのおかげで、普段は小説は読まない俺でも入りやすかった。
 でもちょっとずつ、あれっ、変だなってことが出てくる。なになに、想像力に向けて発信されてる? 電波じゃない? DJアークは杉の木のてっぺんに引っ掛かってる? それって何のこと? みたいな。
 そういう引っかかり、小さな謎みたいのが、一章の最後、リスナーからのお便りで解けます。てか、解けそうになるかなって思ったとこで、『何か音楽を』ってことで、えーと――『三月の水』って曲が流れます」
 大木くんは本を確認して曲名を読み上げた。挿んであった栞がひらりと落ちて、隣の小枝嬢がそっと拾い上げたが、大木くんは気付かずに続ける。
「もちろん本だから、そう書いてあるってだけで、実際に音楽が流れるわけじゃない。でもそうやって困った展開の時に曲に行く、ってのがラジオっぽいよね。俺、『三月の水』って曲は知らなかったけど、ちゃんと『知らないけどって方も想像でお聴き下さい』って書いてあったし。
 そうやって、謎に引っ掛かって、ラジオっぽさにくすっときて、だんだん引き込まれて……だったらよかったけど、実は俺、次の二章でいったん引きました!」
 ぱたんと本が閉じられた。大木くんは少し間をとって、またタイマーをちらりと見た。
「まず、ラジオじゃなくなった。二章は普通の小説っぽいんです。『私』って一人称で――まあ一章だって一人称だけど、その『私』って誰? ってのがすごく気になりました。イラっとくるくらい。
 俺、そういうのダメなんだよね。ネットニュースとかまとめサイトとかでたまにあるじゃん。普通の記事かと思って読んでると、いきなり『私は――』って出てくるの。でも署名の入った記事じゃないし、それまでの文章で名乗ってるわけでもない。ほら、『私って誰やねん!』『お前なんか知らんわ!』ってツッコミ入れる感じ。
 で、二章でも最初、そんな感じでした。小説ってそういうもんなのかな。特に説明がないんだ。とにかくその『私』は、東北の災害の後でボランティアに行って、『ある樹上の人の存在を聞いた』って書いてあった。どうやら、それが第一章の想像ラジオに繋がってるらしい、ってのが分かってきます」
 大木くんはページをめくった。短い間の後で次に話すことを思い出したようだ。
「ボランティアの人同士で、どこまで被災者の気持ちを想像できるんだろうとか、犠牲者の声を想像するのは僭越なんじゃないかっていう会話が交わされて、そこで急展開。車移動の中で、ボランティアの一人が言うんです。さっきから耳の奥に届いてる曲があるって。カーラジオのスイッチは切ってるのに、頭の中でラジオみたいに聴こえてるって。
 その曲が、『三月の水』なんです! そう、さっき一章の最後で、DJアークが想像ラジオでかけるっていってた曲! ここで一章と二章が繋がった。
 そして三章。DJアークが『なんとなく理解しかけた自分の状況』って語るんですけど、読者の俺もなんとなく理解してる感じ。状況っていうか、この小説がどういうものかって。――えーと、みんなも分かってきたかな?」
 そんな問いかけに反応は薄かった。詩織も含めて、みんな話に耳を傾けてはいるけれど、どう反応していいか分からないのだ。大木くんはめげずに続けた。
「想像ラジオの方では――リスナーからの電話中継が入ります。津波の後で、街や流された人がどうなってるか、みたいなことがリポートされるんだ。その次は『想像ラジオが聴こえないのはこんな人だ』ってコーナー。そうやって本物のラジオ番組っぽく進みます」
 それから、お題への回答例とかDJのお喋りの内容などが語られていった。大木くんには楽しかったポイントなのだろうが、詩織は内心で首を傾げた。引用ばかり続くせいで、聴衆側は話の本筋が掴みにくくなっている。
 それに気付いているのかいないのか、大木くんは機嫌よく語り続ける。――その時、唐突に、チーンというかねの音が響いた。
 小枝嬢の手元のスマートフォンからである。タイマーは残り一分を切ったところで、そのタイミングで予鈴が鳴る設定らしい。
 大木くんは「やべ、時間たらねー」などと呟いている。そこで態勢を立て直して話をまとめにかかった。
「次の四章。この章は台詞だけ。しかもリア充っていうか、恋人同士のラブラブな会話で二人の事情が分かる。結ばれない関係、どころか永遠に引き離された、みたいな。その会話を通して、世界の仕組みや物語のからくりみたいなものも見えてくる。 
 そして五章。――正直、ここまで読んできて、どうやって終わるんだろって気になってました。そこで画期的、というか、なるほどーって唸らされた方法が出てくる。一四八ページで出てきた『多数同時中継システム』っていうのが活かされるんです。
 要するに、小説の地の文はDJアーク、カギカッコつきの台詞は大勢のリスナーって形で番組が進行します。これがテンポのいい掛け合いで、ネットの書き込みにも似てる。その形でもって、最後のクライマックスの感動が描かれる。――あんまり細かく説明するとネタバレなんでやめとくね。
 結論っぽく言うと、フォーマットって大事だな、って思うんだ。ラジオ番組でいえば、枠組みとか進行方法とかいってもいいのかな。ほら、ラジオ番組って、面白い番組ほど、番組側が用意するのは枠とかお題とかだけだったりするでしょ? 少なくとも俺の場合は、何に笑ってるかっていうと、投稿されたネタの中身とか、それに対するパーソナリティーの返しだったりする。面白さのポイントを考えてるのは、実は出演者でも放送作家でもなくてリスナーだったりするんですよ。それと同じことが、『想像ラジオ』にも言えるかもって思ったんです。
 この作品のテーマ、みたいなことを言葉にすれば、『死者を悼むこと』ってのが大きいと思う。それをどう表現するかって考えた時に、ラジオ番組の形にするってのが、この作品の肝だったのかも。そういうのがラジオ番組ってフォーマットの力で――」
 そこでまたスマートフォンが鳴った。今度はカンカンカンという、ボクシングの試合終了を告げるゴングみたいな鐘の音である。
「はい、時間です!」
 小枝嬢が声を掛けた。司会としてはそこでディスカッションに移りたいようだが、大木くんはさらに粘った。
「ごめん、もういっこ、言いたかったこと!
 フォーマットとか進行方法とか、ビブリオバトルだって同じだと思うんだ。好きな本を五分で紹介とか三分ディスカッションとか、そういうルールがあるおかげで、その枠にいろんなことを詰め込める。自分の意見を喋ったり、人の発表を聞いていろいろ考えたり。それがすごいなーと思って、ぜひ文化祭でやりたいって思ったんだ。
 そう言いつつ俺は今、五分の枠からはみ出ちゃってるけど、そういうのも含めて面白い、これから文化祭に向けて盛り上げていきましょうってことで――終わります!」
 拍手が涌いた。『想像ラジオ』の話だと思いきや、このビブリオバトル企画に繋がった意外性に、詩織も一緒になって拍手を贈った。
 司会の小枝嬢は時間オーバーをたしなめているけれど、熱く語った大木くん本人は満足のようだった。

 発表の後はディスカッションということで、聴衆から大木くんへの質問が飛んだ。「最初に『杉の木のてっぺんに引っ掛かってる』って言ってたのは何だったの?」とか、「結局、幽霊の話?」とかの声が上がり、大木くんは困ったように「それを言っちゃうとネタバレになる」「とにかく読んでみて!」などと答えている。
 詩織はいったんその場を離れた。二番手のバトラーは森川智美で、内海桂子の『師匠!』という本を紹介するというのが気になったが、学校司書としては昼休みの仕事に戻らなければならない。
「ここからも結構聞こえますよ」
 カウンター当番の図書委員、佐藤三千夏が教えてくれた。片手を耳に当て、聞き耳を立てる仕草をしているのは、大木くんの発表もそうやって楽しんでいたからだろう。
 たしかに、「八十七歳でツイッターを始めた漫才師の内海桂子さんが、そのツイートをまとめて九十歳の時に出した本です」という声や、それに対する聴衆のどよめきなどが聞こえてくる。
「その本、私も知ってるー」三千夏ちゃんは働きながらつぶやいた。「芸能雑誌に載ってたけど、表紙の写真がかわいいんですよ。和服のおばあちゃんがレストランで、フォークに刺した料理にがぶっと噛みついてるの」
 そんなことを言われると詩織も見たくなる。なんとかこらえて仕事に励んだけれど、「和服のおばあちゃん」というのが著者の内海桂子師匠だろうなと考えていた。たしか現役最高齢の芸人さんだ。
 彼女は自作の都々逸をツイッターに書き込むこともあるらしい。その本文がリズミカルに読み上げられて笑いが涌いた。離れたところで聞いていると羨ましくなるほどの盛り上がりである。
 そちらが気になって雑誌コーナーに向かう生徒もいたし、人が集まっていることで足を止める生徒もいる。どうやら森川嬢は発表の五分間を余らせてしまったようだが、「じゃあ私が面白かったツイートを紹介しますね」と朗読に移り、それがまた笑いを誘った。
 発表が終わってディスカッションに入ると、芸界事情や都々逸などへの質問が続いた。途中から加わった見物人から「これ、何の集まり?」という質問も出ている。
 そして三番目、大隈くんの発表に入った時には、詩織は余計に耳をそばだてた。
「えーと、俺が紹介するのはこの、『蕎麦の事典』です」
 意外な本だった。彼の好きな星野道夫とか、あるいは夏休みの旅に繋がりのあるジブリ関連かと予想していたのだが、見事に外れた。料理の得意な彼だから選んだ本なのだろうか。
「夏に四国の松山に行った時に入ったそば屋の本棚に置いてあった本だけど、待ってる間にぱらぱらっと眺めて、発見しました。――えーと、俺、立ち食いそば屋でよくある、コロッケそばって好きなんだ。でも『コロッケそばなんて邪道、天ぷらそばの方が伝統的だ』っていう人って多いよね。ところが実は、コロッケそばの方が歴史が古い!」
 大隈くんの言葉に、男子たちから「何言ってんだー」などと野次が飛ぶ。大隈くんは本の記述を読み上げて説明していった。
 どうやら、「コロッケそばは一八九八年の雑誌記事に載っている。一方の天ぷらそばは一九五〇年に売り出されたと証言されている」という理屈らしい。しかしよく聞いてみると、それが当てはまるのは「天せいろ」とか「天もり」とか「天ざる」とか言われるような、蕎麦と天ぷらが別々に盛られた品のことだった。あたたかい汁で天ぷらがのったそばとなると、また話は別のようだ。
 当然、ディスカッションではその点をつっこむ質問が続いた。「時代劇とか、江戸時代の話にそばも天ぷらも出てくるじゃん。天ぷらそばくらいできたんじゃないの?」という質問に対し、大隈くんは「それは天ぷら&そばであって、天ぷらそばって料理とはいえない」などと答えたが、あまり共感は得られなかったようだ。最後には「とにかく俺は、コロッケそばが好きだから、それを認めない人たちに歴史と伝統を訴えたい!」などと締めくくっている。
 何はともあれ三人の発表とディスカッションが終わり、次はいよいよチャンプ本の投票となる。――その現場を見届けたくて、詩織はカウンター業務を三千夏ちゃんや他の図書委員に頼んで雑誌コーナーに向かった。
「どの本が一番読みたくなったか、挙手で投票って予定でしたが――」
 司会の小枝嬢が困ったような声を上げていた。開始当初より増えたギャラリーを見回し、軽く頭を下げている。
「途中から聞いてる人も多いから、みんなに手を挙げてもらうと先に発表した人が不利ですよね。今回は最初からテーブルについて全員の発表を聞いてた人が審査員ってことにします。ごめんなさい、それ以外の人は手を挙げないでもらえますか?」
「挙手じゃなくて、テーブルに座ってる奴で指差せばいいんじゃないか?」
 そう声を上げたのは、三年生の開田岳だった。元図書委員長として、最初からテーブルについて事態を見守っていたのだ。
「『せーの』って感じで指差せば、一目瞭然で分かるじゃん」
「面白そうですねー」大木くんが声を上げた。「それでいこうよ」
 周りからも賛同の声が上がる。小枝嬢と森川嬢は視線を交わしてうなずき合った。
 審査の時にはバトラーも一票を投じる、というのがビブリオバトルの正式ルールである。ただし自分には投票しないのが紳士協定なので、指差し式はそれにもぴったりのようだ。
 司会の掛け声で、テーブルを囲む七人が読みたい本を指差すことになった。
「じゃあいきますよ。いっせーの、」
「せっ!」
 号令一下、七人それぞれの手が動く。――結果は、『想像ラジオ』が三票、『師匠!』が四票、『蕎麦の事典』が〇票であった。
「はい、今回のチャンプ本は森川さんが紹介してくれた『師匠!』に決定しましたー!」
 そんな宣言と共に、テーブルが拍手の音で包まれた。
「そんな感じで、すっごくいい予行演習でしたよ。ちょっと進行にもたつきはありましたけど、これから改善していけるでしょうし」
 午後の授業時間中、司書室に顔を出した若森先生に、詩織は昼休みのビブリオバトルのことを伝えた。彼は「そういうのは教師がいない方が盛り上がるでしょう」などと言って姿を見せなかったのだ。
「それで、せっかくだから第一回チャンプ本は図書館にも入れたらどうかなって思いまして。ほら、この本です」
 詩織は書誌データの浮かんだパソコン画面を若森先生に向けた。そろそろ来る頃かと思い、さっき検索しておいたのだ。
 森川智美は紹介本を自宅から持参したということだった。詩織もそれを借りたくなったが、昼休みの間に他の生徒が借りていた。そこに割り込んでは悪いし、他にも興味を持った生徒はいるのだから、図書館の蔵書にする方がいい気がする。
 若森先生はというと、さらに検索をかけて『師匠!』のことを調べ始めた。すぐに本文の引用が見つかって、声に出して読んでいる。
「酒は一合、ごはんは二膳、夜中に三回お手洗い――なるほど、七七七五で都々逸ですね。日本の伝統的な定型詩って意味じゃあ国語の勉強にもなる、って理屈で選書会議も通せるかな」
「でしょ? 一冊入れましょうよ。私も読んでみたいし」
「高良さんもその気にさせたのなら、森川のプレゼンも大したもんだ。――しかし、今時の女子高生にしちゃ渋い本を選びますねー」
「そういう意外性、本とバトラーの関係を知るのも面白いですよね」
 聞けば、森川家のお祖母ばあさんの趣味が三味線らしい。都々逸の伴奏といえば三味線が定番、舞台で演じる名人といえば内海桂子ということで、『師匠!』が森川家の本棚に置かれていた。それに興味を持った森川智美がページを開き、今回の企画にちょうどいいんじゃないかと持ってきたのだ。
「ツイッターの文章がメインってことで今時の高校生にも読みやすいんでしょうね。最高齢の芸人さんって意外性はあるし、写真もいっぱいで親しみやすいし、森川ちゃんの思ってた以上にウケたみたいです」
 本人はチャンプ本に選ばれるとまでは思ってなかったらしい。提案者として燃えていた大木くんはちょっと悔しそうだったが、そんな人間模様を眺められるのもビブリオバトルの魅力の一つだろう。得票数ゼロという残念な結果に終わった大隈くんがちっとも悔しそうじゃなかった、というのまで含めて、詩織には微笑ましい光景だった。
「発表の持ち時間五分を使い切る、ってルールが、難しくもあるし面白くもあるみたいです。大隈くんは大幅に余らせて駅そばの話をしてましたし、逆に大木くんは足らなかったし。森川ちゃんは、余った時間はツイートを朗読って決めてたのがよかったみたい」
「そのあたり、作戦勝ちってことですか」
「作戦っていえば、終わった後で大隈くんが小枝ちゃんに言ってたんです。『次は俺が司会やってやるから、お前も出ろよ』って。今回は委員長権限で司会に徹して副委員長と書記を発表役に任命してたみたいだから、次は彼女の番って感じでした」
「小枝は読書家だから、いろいろ持ち駒ありそうですねー」
「本人は『私は裏方の方が好きなんだけどなー』とか言ってましたけど、出るつもりではいるみたいです。今回惜しかった大木くんに、『来週も出るでしょ?』なんて声かけてたし」
 大木くんは二週連続出場なんて考えてなかったようだが、小枝嬢に言われては引き下がれっこない。「来週までに何か読まなきゃあ」などと言って笑っていた。逆にチャンプ本に選ばれた森川智美は「私はネタ切れだし、来週は当番だから無理ー」と出場を辞退した。
 何はともあれ、図書委員の活動を羨ましがっていた大木くんがそうやって居場所を得られたのは何よりだった。小枝嬢との対決となると胸中は複雑かもしれないが、これからどんな本を選ぶのか楽しみな気がする。
「じゃあ今んとこ、小枝と大木の対決ですか」若森先生は宙に字を書く仕草をした。「字面も対照的でいいなあ。小さい枝と大きな木」
「他にも誰か出るとは思いますよ。来週はバトラー四人でもいけるかもねって話でしたし」
「見物してた生徒に、出たいって言ってる奴はいました?」
「私は直接聞いてないけど――小枝ちゃんや森川ちゃんを囲んで喋ってた女子とか、誰かしら出そうでしたよ」
「希望者がいなかったら僕が出てもいいくらいだけど、出る幕なさそうだなあ」
「あら、教師はしゃしゃり出ない方がっておっしゃってませんでした?」
 そうは言ったものの、詩織にも若森先生の気持ちは分かった。詩織だって、機会があったら出てみたいくらいだ。制限時間を決めたり投票があったりというゲーム性が面白そうだし、みんなでテーブルを囲んで気楽に始められるところもいい。――図書室に素敵な企画を持ち込んでくれた大木くんには、後でしっかりお礼を言おうと思っていた。

 山村さんとはしばらく、ネットを通した文字だけのやり取りが続いていた。――オークマパパと一緒のところを見られた一件以来、何となく気まずくて電話しにくかったのだ。
 だけど今日の昼休みのことは声で直接話したかった。その夜、まだ早いうちに詩織から電話をかけた。 
「ビブリオバトルって、やったことある?」
 つとめて気楽に、いつもの調子で話しかけた。返事もいつもの口調に聞こえた。
「大雑把に知ってるだけで、経験はないよ」
「今日ね、図書室でやってみたの。生徒の提案で――」
「……こないだメールに書いてたよね」
「うん、その話。文化祭に向けての予行演習って感じで、月曜の恒例にしてみようってことで――」
「どうだった?」
「なかなか面白かった。市立図書館で開催するのにも合うと思うよ」
「うーん、うちでやるには、スタッフ側の知識や経験が足らないかなあ」
「じゃあこっちの文化祭に来てみたら? 二日目は生徒以外も参加できるし」
「……タイミング的に難しいかな。こっちは開館日だし、オフの職員は休みたいだろうし」
 なんだか素っ気ない反応だった。だけど詩織は、それには気付かないふりをした。
「図書館でもよく、新着本や特集本を紹介するじゃない? そういうのって無難にまとまりがちだけど、ビブリオバトルだと選書も紹介内容も何が出てくるか分かんなくて面白いの。そりゃあ高校生の発表だから本職の司書さんには敵わないだろうけど――」
「どんな本が紹介されたの?」
「えーとね、いとうせいこうの『想像ラジオ』と、内海桂子の『師匠!』と、新島繁の『蕎麦の事典』。すごいラインナップでしょ。文学と、ツイッターと、お蕎麦の研究書」
「共通点は――みんな文系ってくらいかな」
「でも、ビブリオバトルの発案者は理系の人なんだって。関西の大学の先生。人間とロボットのコミュニケーションを研究してたのが、回り回ってビブリオバトルになったみたい」
「その『回り回って』のところが興味深いね」
「ああ、そこは文春新書の『ビブリオバトル』に書いてあるって。文化祭でやろうって提案した子が話してた」
「じゃあ今度読んでみようかな。うちの図書館にもあるから」
「そうそう、『想像ラジオ』も市立図書館の本だったよ。読んだことある?」
「いや、まだ……読み通せてない」
「じゃあ今度、一緒に読んでみようよ。私も今日聞いてて、読んでみたいって思ったし」
「いや、実は読み始めたことはあったんだ。単行本になる前に、『文藝』って雑誌に掲載されてたから……」
 口ごもるような間が空いた。詩織が何か言う前に、彼が続けた。
「でも、僕は読み通せなかった。大学時代に仲のよかった友達が――あの津波で亡くなったのを思い出しちゃって」
「あ……なんか、ごめん」
「遺体も見つかってないんだ。小説がそこに繋がるって分かってきたら、なんかつらくなっちゃってさ」
「でも……きっと作者は、そういう人のためにも書いてると思う」
「それは分かるよ。分かるけど、個人的にはまだ読みたくない」
「そうなんだ……」
「読むとしても、もっと先かな。悪いけど」
「…………」
 彼ほど本を読み慣れた人がそう言うのだ。これ以上詩織がすすめるのも憚られた。
 あらためて、人に本をすすめるのは難しいな、と思った。――もしもこれがビブリオバトルで、詩織が発表して彼が聞いているという形だったら、今みたいな気まずさは感じずに済んだのだろうか?
(第9回へつづく)
竹内真のブックコラム 3 『蕎麦の事典』 新島繁/編著 講談社学術文庫
『偉いぞ! 立ち食いそば』 東海林さだお/著 文春文庫


 かつて『カレーライフ』って小説を出版した際、作中に登場する「おでんカレー」という料理への反応が真っ二つに分かれました。
 食に関して柔軟な人ほど「ほほう、試してみよう……ああ結構いけるじゃん!」と肯定、そのあたりの固定観念が強い人ほど「おでんとカレーの組み合わせなんてありえない!」と否定、って感じです。まあ作中で少々過剰に書いちまったせいかもしれませんが。
 とはいえ、否定派に対して反論するのは簡単です。「昔から東海地方の各地で、地場産のおでん種をカレー味にした料理があり、学校給食にも採用されている」とか「外食チェーンのCoCo壱番屋で、おでんをトッピングにしたカレーが販売されていた」ってのは厳然たる事実。「いくら『ありえない』なんて言ったって、実際にある(あった)んだよ!」――食べる食べないは人それぞれの好みでしょうが、自分の感覚を絶対視して他人の嗜好や食文化を否定しちゃあいけませんよね。
 そんなおでんカレー肯定派の僕が、同様に応援したい料理が「コロッケそば」。真面目な研究書である『蕎麦の事典』でもしっかり由来が語られている料理です。実際、食べてみれば美味しいのは分かるはず。でも……否定したがる人がいるのも事実なんですよね。
 実は今回、ビブリオバトルを活かして、コロッケそばをめぐる論戦を描こうかなーとも考えました。実在の本を使って「三谷幸喜vs.村上春樹」なーんて夢の対決をマッチングできるかも、などと思ってたんです。
 まずはコロッケそば肯定派、脚本家の三谷幸喜さん。朝日新聞夕刊で連載中の「ありふれた生活」シリーズの十五巻『おいしい時間』に「コロッケそば食する極意」という一編があります。コロッケそばは学生の頃から好きな料理だったんだとか。
 対する否定派、小説家の村上春樹さん。たしか『村上朝日堂』のエッセイでコロッケそばを否定してたし、村上作品の主人公といえばスパゲティーを茹でてお洒落な料理を作るのが定番ですもんね。そばとコロッケという、一見ミスマッチな食材の取り合わせには眉をひそめるだろうと想像がつきます。
 ところが……調査の結果、その対決は不可能と分かりました。『おいしい時間』が刊行されたのは二〇一八年なので小説内の二〇一三年の時点では登場させるわけにいかないし、『村上朝日堂』で否定されてたのはコロッケそばじゃなくてコロッケうどんだったんです(さすが、そばよりうどんの関西人!)。
 そんなわけで、図書館で資料を確認して落胆した僕でしたが……気を取り直し、エッセイコーナーの著者名「し」の棚に向かいました。食エッセイの名手たるショージ君なら、きっとコロッケそばについて語ってるはずだと思ったからです。
 そして見つけたのが、『偉いぞ! 立ち食いそば』という一冊。やはりあったか、という発見の嬉しさと、同志に出会えた喜びを味わえるのも、図書館のいいところですね。

竹内 真Makoto Takeuchi

1971年生まれ。慶應義塾大学卒業。95年に三田文学新人賞、98年「神楽坂ファミリー」で第66回小説現代新人賞、99年『粗忽拳銃』で第12回小説すばる新人賞、2013年『カレーライフ』で京都水無月大賞を受賞する。著書に『図書室のキリギリス』『図書室のピーナッツ』の「図書室」シリーズのほか、『風に桜の舞う道で』『じーさん武勇伝』『自転車少年記』『ビールボーイズ』『イン・ザ・ルーツ』『ホラベンチャー』『ぱらっぱフーガ』『だがしょ屋ペーパーバック物語』『リノベご飯のレシピ帖』『廃墟戦隊ラフレンジャー』などがある。

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