双葉社web文芸マガジン[カラフル]

図書室のバシラドール(竹内真)

イラスト:中島梨絵

夏休みのバシラドール

 その夜の勉強では情報資源組織論の復習に取り組んだ。六月に提出したレポートで単位をとれた科目だが、スクーリングで指されて間違えてしまったので、主題分析とか主題組織法とかのやり方を自分なりに把握し直しておきたかった。
 しかし教科書のページをめくっている最中、目に飛び込んできた文章があった。「本の主題の構成要素の性質を分析する」という一文で、前に勉強した際にマーカーで印をつけたようだ。今になってみれば特にその文章だけ取り上げてマークしたって仕方ないし、他に大事なところもあると思えたが――そこでふっと思い当たった。
「主題の構成要素を分析する」という手法は、本にしか使えないわけじゃない。スクーリングの山淵教授だって、学問はどんな場面でも応用がきくと言っていた。懸案の大隈くんの行方捜しにだって役に立つのではなかろうか?
 そう考え始めたら、途端に集中力が落ちた。教科書の文章を読もうとしても、目で追っているだけで頭にはちっとも入ってこない。頭の中では別のことを考えているせいだ。昼前に小枝嬢と見た、インスタグラムの画面が目に浮かんでくるようだった。
 こうなっては仕方ない。勉強も大事だが、今の仕事や大隈くんの安否だって大事だ。急を要するかもしれないじゃないかと、自分への言い訳も浮かんでくる。ため息をついて教科書を閉じた。
 代わりにパソコンを起動して、インスタグラムの画面を開く。この際だからと詩織自身のアカウントを作って、あらためて大隈くんが投稿したという写真を表示した。画面をスクロールさせると、今回の旅とは関係なさそうな写真もたくさん出てきた。
 どうやら大隈くんは旅に出る前からインスタグラムを使っていたらしい。本が写った写真をクリックしてみたら夏休み前の日付がついていた。
『図書館で借りた。学校と市立と』
 その写真には短い説明文もあった。彼らしい素っ気ない書き方に、詩織は自然と微笑んだ。――あっけらかんと借りた本を公開しているなら、貸出履歴は個人情報だとか司書の守秘義務だとか気にする必要はなかったのかもしれない。
 写真には二冊の本が写っていて、そのうちの一冊は終業式の日に返却にきた『チャーリーとの旅』だ。もう一冊は『千尋と不思議の町』というタイトルで、「千と千尋の神隠し[徹底攻略ガイド]」という副題がついている。そちらが市立図書館の本だろう。
 彼に市立図書館を使う習慣があったとは知らなかった。ジブリ映画の『千と千尋の神隠し』は有名な作品だから、彼が見ていても不思議はないけれど、そのガイドブックまで借りて読むほどのファンだとは意外だった。すぐ後にはDVDの写真もある。
『俺はラピュタの方が好みだけどね』
 それも市立図書館で借りたのか、『千と千尋の神隠し』と『耳をすませば』のDVDケースが写っている。どちらも少女が主人公のジブリ映画だし、『耳をすませば』は少女漫画が原作だから、大隈くんとしては照れくさいのかもしれない。
 そういえば、『耳をすませば』は図書室の貸出カードがきっかけになって出会う二人のストーリーだ。貸出履歴とか個人情報は極秘とか言い出したら成立しない話かもしれない。そのあたり、永田さんだったらどう言うだろうなと思ったら、くすりと笑いが涌いてきた。
 大隈くんの写真に意識を戻した。そうやって本やDVDを写した写真は他には見当たらない。彼の写真群を主題分析するなら、まずは食べ物、次いで風景、それから作品という主題で三つのグループに分類できそうだ。本やDVDの他、街角の看板や広告、どこかの写真展のパネルといったものがちらほらあったが、数としては少ない。圧倒的に多いのは食べ物の写真だった。
 旅の写真は各地の名物みたいな料理が多かったが、旅に出る前は食材の写真や自分で作った料理らしき写真が多かった。大隈くんは中学生の時にお母さんを亡くしたそうだし、家事はお父さんと交代でやっているらしいから、料理も自分の作品みたいな感覚なのだろうか。カレーやシチューの鍋とか、おにぎりやサンドイッチといった簡単なものだけじゃなく、油揚げを巾着にして何か包んだような煮物とか、自分でこねて焼いたとおぼしきハンバーグの写真もある。十六や十七の男の子が作るにしては手の込んだ料理だし、それをお父さんから否定されたりしたら、そりゃあ喧嘩にもなるかもしれない。
 風景の写真も多くて、いくつか眺めているうちに坂道がらみの写真が多いことに気付いた。それもどうやら、坂を下から見上げて撮った写真と、坂の上から風景を見渡した写真とが対になっている。
 そういえば旅の写真にも同じような組み合わせがあった。コモアブリッジだって坂の風景といえば坂の風景だし、大木くんによれば四方津駅からコモアブリッジを上がった先は住宅地らしい。駅からのアングルは下から撮った写真、住宅地は坂の上の写真ということだろうか。
 インスタグラムの画面を上にスクロールさせ、その写真の前後を確認した。――住宅地から眼下を撮った写真はなかったが、代わりにエレベーターの出口の写真と、それが入ったモダンな建物の写真がある。どうやら下を見渡す構図の代わりにコモアブリッジの出口を撮ったということのようだ。
 ただ、そうだとすると怪訝に感じることがあった。エレベーターの出口が坂の上を表しているのだとしても、下から見上げた写真と連続してはいないのだ。
 上と下の二枚の間に、全く別の風景の写真が入っている。――信号のある交差点から道を逸れて坂を上がっていく道路の写真と、つづら折りの坂道を見下ろした写真である。
 多分この二枚は、他と同様に坂道の下と上で撮ったものだろう。しかし、それがコモアブリッジの写真に挟まる意味が分からなかった。単に投稿する順番を間違っただけかもしれないが、そこには何か意味がありそうな気もする。
 どんな意味かは分からないが、主題分析の末に出てきた疑問として誰かにぶつけてみる手はありそうだった。

 翌朝、詩織は出勤前に大隈くんのお父さんにメールを書いた。
 公開されているインスタグラムのことなのだから、伝えたって問題ないはずだ。それで数日前に大隈くんが訪れた場所が分かるのだから、むしろ心配している保護者に伝えるべき情報ともいえる。そう気付いたら書かずにいられなくなった。
 それに、お父さんが見れば何か察しのつくことがあるかもしれない。詩織はコモアブリッジのことや坂道の写真で怪訝に思ったことなどを記し、『僭越でしたらごめんなさい。お父様なら何か手掛かりになるかもしれませんのでご一報まで』と締めくくって送信した。
 その日の昼休みに確認したら、早速返事が届いていた。
『情報感謝です。そういえば愚息、坂道に凝っておりました!
 わざわざ急な坂道を見つけては、自転車で駆け上がれるか試すらしいんです。
 足をつかずに上りきれたら、征服記念にそこからの眺めを撮るんだとか。
 以前は私のやった古いスチルカメラで撮ってましたが、スマホでも撮ってるんでしょう。
 体力が有り余ってる年頃なんでしょうが、バカですよね。
 コモアしおつのことも覚えております。
 奴が小学生の頃、電車の窓から指差して、あれは何だろうと尋ねてきたのです。
 その時は私も妻も何だか分からず、答えられなかったと記憶してます。
 どうやら奴は、その時の謎を解きに行った節がありますね。
 とりあえず、写真の時点でそのあたりにいたという前提で、行方を追ってみようと思います』
 メールの文面からもほっとしているらしい雰囲気が伝わってきた。家出ではなく何か目的のある旅であれば、お父さんとしても安心なのかもしれない。
 最後にもう一度お礼の言葉が繰り返され、「大隈高広たかひろ」と署名されている。大隈くんの名前は広里だから、広の字はお父さんから受け継がれたのだろう。じゃあ里という字はお母さんからとったのかなと思うと、詩織も微笑ましい気持ちになれた。
 コモアしおつ、というのは初耳だったが、こちらも納得のいく名前だった。きっと四方津駅からコモアブリッジを上がった先の住宅地の名前だろう。コモアというのは外来語なのか造語なのか、あとで調べてみようかなと思った。
 でもその前に、大隈さんに忠告しておきたくなった。昼休みの残りで返事を書くことにした。
『ほっとしていただけたようで嬉しいです。
 坂道の征服の記念写真のお話をうかがって納得しました。大隈くんらしいお話ですね。
 ただ、インスタグラムで確認すると、コモアしおつの写真が投稿された日付は7月25日となっています。
 「行方を追ってみる」とのことですが、それから一週間過ぎていることを思うと、今から追いかけても行き違いになってしまいそうな気がします。
 老婆心ですみません。とりあえずお知らせまで』
 行方を追う、というのは言葉の綾だとは思う。大隈くんの居場所が分かったわけでもないし、常識的に考えたら、いい大人が断片的な情報だけで飛び出していくはずもない。――しかし、あの大隈くんのお父さんなら、常識が通用しない可能性もありそうだ。何か詩織の思いもよらないことをしそうな気もする。
 案の定、その日の帰宅前にメールチェックをしてみたら、次の返信が届いていた。
『ご心配ありがとう。高良さんのように若くてきれいな方が「老婆心」なんて言うと面白いですね。
 日付のことですが、もちろん理解してますよ。
 ですが、「行方を追ってみる」というのは実は、他の手掛かりも踏まえて書いたことです。
 坂道の征服記念、なんて話は父親だから知ってたことですが、今度の手掛かりはインスタ画像から気付きました。
 いろんな画像を見てたら、ふっとあいつの考えてることが分かった気がしたんですよ。
 そこから導いた仮説、これも面白いもんですから、当たってるか確かめたくなりまして。
 先生にも司書さんにも分からなかった行動を見破れたのなら、親としての面目躍如ですもんね。
 ですから、お騒がせいたしましたが、もう大丈夫だと思います。
 別に、バカ息子を追いかけ、厳しく叱って連れ戻したい、なんてことじゃあないんですけどね。
 息子に向かって、お前の考えてることくらいお見通しなんだよ、なんて言ってやれたとしたら、父親として究極にカッコいいかも、なんて気もするんです』
「…………」
 何度かその文面を読み返し、詩織は一つため息をついた。
 言葉の綾じゃなかった。やはり大隈くんのお父さんである。一筋縄ではいかなかった。
 父親が「もう大丈夫」と言っているなら詩織が心配することでもないが、違う意味で心配な気もしたし、「連れ戻したい、なんてことじゃあない」と言われたって信用する気にはなれない。――たぶん彼は、息子の行き先に察しをつけただけじゃない。その場所に先回りしてやろうと思っている。
 おまけに文面の裏を読めば、「他の手掛かり」とやらを見破ったのを得意がっているようでもある。手掛かりとか仮説とか、詩織を挑発したがっているのかなとも思えた。――オークマパパは、ミステリー好きの小枝嬢とならさぞ気が合うことだろう。
 勝手にやって、という気もしたが、放っておけない気もする。危なっかしい父子だなあと思わずにはいられなかった。

10
 オークマパパから挑発されたおかげだろうか、詩織もその夜のうちに新たな手掛かりを見つけた。
 スタインベックの『チャーリーとの旅』である。寝床で続きを読んでいたら、気になる言葉が次々に出てきたのだ。
「スペイン語には英語で言い換えようがない単語がある。『バシラル』という動詞で、現在分詞なら『バシランド』だ」
「もし誰かがバシランドな人だったら、どこかに行く時に方向は知っていても、着けるかどうかは大して気にかけない」
「バシランドな人は、そこには存在しそうもない事柄を選び、それを見つけてやろうと骨を折るのである」
 そんな文章の後で、カギ括弧のついた「バシラドール」という言葉が出てきた。どうやら、「バシランドな人」という意味の造語らしい。自分自身もバシラドールだ、どこかに着けるかどうかは気にかけずに旅をしている、という含みがあるようだ。
 そんなバシラドールという言葉を、大隈くんはインスタグラムのアカウントに使っていた。それがスタインベックの造語だったら、『チャーリーとの旅』という本からもらったアカウント名というわけだ。その後で旅に出ている以上、やはり自分をバシラドールになぞらえたのだろう。
 つまり彼は、今回の旅で「方向は知っていても、着けるかどうかは大して気にかけない」わけだ。今も自転車や電車を使って、「存在しそうもない事柄を選び、それを見つけてやろうと骨を折る」ように移動しているのかもしれない。そんな彼の行方なんて本当に分かるんだろうかと思えてくる。
 とはいえ、バシラドールという言葉は大きな手掛かりだ。オークマパパはインスタ画像から手掛かりを見つけたそうだが、詩織だって本の中から手掛かりを見つけ出したのである。彼の借りた本を覚えていたおかげとはいえ、学校司書としての面目躍如と言い返したっていいかもしれない。
『チャーリーとの旅』のことは教えられないと決めた以上、この手掛かりもオークマパパに伝えるわけにはいかない。だけど――それをきっかけにもっと推理を進められたら、大隈くん捜しの役に立つのではなかろうか。そう考えたら気になってきた。うずうずして、結局は寝床から出ることになった。パソコンに向かい、再び大隈くんの撮った写真を眺めた。
 気にかかるのは、『チャーリーとの旅』と一緒に写った『千尋と不思議の町』という本だった。「ラピュタの方が好み」と書きつつ映画『千と千尋の神隠し』を見て、そのガイドブックまで読むからには、何かしら調べたいことでもあったのだろうか?
 ふと、市立図書館の山村さんの顔が思い浮かんだ。大隈くんは、直原高校の図書室には終業式当日に返却に来たのだ。市立図書館の本だって、旅に出る前に返していたかもしれない。
『チャーリーとの旅』だけじゃなく、『千尋と不思議の町』も読んでみようと思いついた。――学校司書として、本の中から見つけた手掛かりを辿ってみたくなっていた。

 思った通り、『千尋と不思議の町』は棚に並んでいた。
 木曜日の閉館三十分前、市立図書館の書架の間は人も少なくて静かだった。詩織はその場でページをめくった。
 表紙は映画のビジュアル素材が何枚もデザインされて使われていたし、中身もきちんとした公式のガイドブックのようだ。豊富なカラー画像と共にさまざまな切り口からこの映画について語られている。
 刊行から十年以上たっているせいか少々本の造りがくたびれていたが、おかげで手にしていると読んだ人たちの楽しさが伝わってくる。ストーリー紹介に登場人物紹介、宮崎駿監督の言葉という定番の内容から始まって、制作風景の写真や主題歌の作詞家と歌手の対談などもある。続く監督のインタビューはページ数も多くて読み応えがありそうだったので、閲覧席に移ってじっくり読むことにした。
 監督の意識として、思春期前の女の子に向けて『千と千尋の神隠し』を作ったと語られていた。そういう意味では大隈くんとは縁遠そうな映画だ。詩織もずいぶん前にテレビ放映で見たけれど、神々の風呂屋というファンタジー世界の印象が強くて、大隈くんの一人旅とは結び付きそうもなかった。
 とはいえ、大隈くんとは関係なくても読み物としては面白い。ついつり込まれて監督のインタビューを一息で最後まで読んでしまった。一番気になったのは映画作りについての、「自分でも分からない、脳みその奥の方のふたを開けて、なぜこれが出てきたかわからないっていうようなものを出す作業なんです」という発言だった。
 ある意味、情報資源組織なんて言葉とは正反対の考え方だ。それに、そのあたりをもう一度読んでいると、どうも不思議な感覚があった。――宮崎作品を思い浮かべて納得がいく、というだけじゃない。前にも同じように納得した覚えがあるのだ。
 一瞬、永田さんかなと思った。「秩序よりも大事なのは心」と語っていた彼女なら、頭じゃなくて心の奥を大事にすべき、などと言っても不思議はない。だけどいくら雛多町の記憶を振り返っても、そういう話をした覚えはない。どうも詩織の頭の中で、温泉旅館と『千と千尋の神隠し』の風呂屋とがごっちゃになっているらしい。
 これまで、他に宮崎駿の著書を読んだ覚えはない。誰か別の人の本で読んだのかもしれない。そもそも映画の話でもなかった気がする。でも誰のどんな本なのかはさっぱり思い出せない。その感覚がどうにももどかしかった。
 きっと大隈くんとは関係ない話だろう。市立図書館まで調べにきた趣旨からは逸れている。だけど、それについて調べてみたくなってきた。――こういうのが、スタインベックの書いていた「そこには存在しそうもない事柄を選び、それを見つけてやろうと骨を折る」という感覚だろうか。
 そんなことを思いついたらもう駄目だった。どうやら詩織の中にもバシラドールの血が流れていたらしい。電車と自転車を駆使した放浪旅やらアメリカ一周やらに比べればささやかだけれど、成り行き任せの調べ物で様々な本を渡り歩くというのも冒険の旅みたいなものだ。ここまできたからにはもっと先に進んでみたい。
 本から目を上げ、辺りを見回した。――この図書館の司書の姿を探したのだ。
 レファレンスカウンターに山村さんの姿が見えた。さっき詩織が入館した時には見当たらなかったが、バックヤードの仕事からカウンター業務に移ったのだろうか。
 ちょうどいい。詩織は本を手に彼の元へ向かった。
「――やあ、こんにちは」
 詩織に気付くと、山村さんは穏やかに微笑んだ。詩織も澄ました顔で会釈した。
 図書館の外でも親しくしていることは、一応秘密ということになっている。一利用者として相談をもちかけた。
「実は、この本を読んでいて気になったことを調べてみたいんです」
 彼にインタビューのページを向けた。見開きに宮崎監督の顔写真がたくさん載っているおかげで、何の本かは説明するまでもない。
「このあたりの発言みたいなことを、別の本で読んだ気がするんです。それが何だったのかって、調べることはできるでしょうか?」
 我ながら漠然としたレファレンス相談だった。だけど山村さんならという気安さもあったし、プロの司書ならどう答えてくれるだろうという興味もある。
 彼は「ちょっと拝見」と言って本を取り、丸いレンズの眼鏡をかけ直して文章を確認した。さっと目を通した後でもう一度読み直し、それから詩織の顔を見る。
「ぱっと読んでの印象ですが」いつも通りの落ち着いた声だった。「『脳みその奥の方のふた』って表現から、ギリシャ神話の『パンドラの箱』ってお話を連想しました。他の神話にも類話があるかもしれないし、神話や伝説といった方面から調べてみるのはどうでしょう? お話に出てくるモチーフから調べることもできますし」
「いえ、そういうんじゃなくて……誰かの発言というか、エッセイみたいなものだった気がします」
「では、『脳みその奥の方』とか『なぜこれが出てきたかわからない』という言葉と繋がりがありそうな、深層心理とか無意識とかいった方面はどうでしょう。心理学や脳科学の本に似た記述があった、とかじゃないでしょうか?」
「心理学や脳科学……」詩織は首を傾げた。「どっちも、あんまり読んだことないジャンルです」
「そういうジャンルの本もいろいろですよ。学術書とは限らないし、ちょっとした読み物風だったりクイズ形式だったり、ビジネス書もあれば恋愛ハウツーみたいな本もあります」
「そうかもしれませんけど……」
「たとえば河合隼雄さんや中野信子さんの著作はかなり多岐にわたっていて、専門的なものから一般向けのものまであります。対談なんかも多いですね」
「ああ、そういえば」
 河合隼雄の本なら読んだことがあった。他ならぬ山村さんとのお喋りで話題にのぼったことだってある。
「対談っぽい感じだったかもしれません。ちょっとくだけた感じの」
「そういえば河合隼雄さんの本では、深層心理や無意識へのアプローチで『井戸掘り』って言い方をしてましたね。『脳みその奥の方』って表現と似てるかもしれない」
 そう言われて、前に山村さんと話した本のことを思い出した。村上春樹ファンの彼と、『村上春樹、河合隼雄に会いにいく』という本について喋ったことがある。
 河合隼雄と村上春樹の対談の中、『ねじまき鳥クロニクル』という長編小説をふまえて「井戸掘り」という言葉が出てきた。山村さんはそのことを言っているのだ。
「あ!」
 そこで唐突に閃いた。思わず声を上げていた。
「村上春樹と読者のメールのやりとりの本です。そこで出てきた気がします」
「ああ、なるほど」山村さんはうなずいた。「うちの図書館にも何冊かありますよ。たしか『村上朝日堂』のホームページ企画から始まって、『そうだ、村上さんに聞いてみよう』シリーズとか、『少年カフカ』とか」
「本のタイトルまでは覚えてないけど、ここにあるなら探してみます」
 お礼を言って書架に向かおうとした。だけど山村さんに止められた。
「でも、どの本か分からないとなると、その話題を見つけるのは大変だと思いますよ。一冊の中に何百通ってメールが収録されてるし、やりとりを収録したCD-ROMが付録についてる本もあるし」
「ああ……そういえば」
「同じような内容の発言を探したいってことであれば、村上春樹が近い話題で語っている本というのはどうでしょう? エッセイ集とか、インタビュー本とか」
 山村さんは手元のキーボードに何か打ち込んだ。詩織がうなずくのを見て、表示されたデータをこちらに向けてくれた。
「タイトルからして関連のありそうなものがありますよ。『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』って本で、副題は『村上春樹インタビュー集 1997-2011』となってます」
「じゃあそれを読んだ方が早いかもしれませんね」
「文春文庫から出てまして、当館でも在架になってます」
 山村さんはにっこりと笑った。詩織はというと、今頃になってレファレンスインタビューという言葉を思い出していた。――司書課程の情報サービス論という科目に出てきた項目だが、今こうしてその実例を体験させてもらえたわけだ。
 図書館利用者の探している資料を見つけるため、聞き取り調査を行って対象を絞り込んでいこう、というのがレファレンスインタビューの基本だった。既に単位をもらえた科目で勉強したのだが、実際の現場で鮮やかに決められると感心するしかない。行きついた本がインタビュー集だったというのも、なんだか嬉しい偶然だった。
 もちろん、山村さんがもともと村上春樹ファンだったというのもあるし、詩織との間で河合隼雄との対談本が話題に上っていたのも大きいだろう。だけど詩織は、今の短い会話を通して自分の記憶にスポットライトを当てられるような感覚を味わっていた。まさに「自分でも分からない、脳みその奥の方のふたを開けて」もらった気分だ。そして思い当たった本にとどまらず、知りたい内容を探すために読むべき本までアドバイスしてもらえた。そういうレファレンス技術というのは、やはり山村さんの知識や経験があってこそだろう。
「じゃあそのインタビュー本、借りて帰りますね。ありがとうございました」
 一利用者として丁寧にお礼を言って、文庫本コーナーに向かった。まだ『チャーリーとの旅』も途中だったが、今夜は眠る前に村上春樹のインタビューを読むことになりそうだ。
 本来の調べ物、大隈くんの行方に関する手掛かりは何も掴めていない。だけど急ぐ話でもないのだ。大隈くんの旅やインスタグラムの写真に思いを馳せながら、本から本へと渡り歩く旅を楽しむことにした。

11
「それで、どうなったんですか?」
 ノノちゃんが尋ねた。今日はまっすぐな髪を後ろで縛ったスタイルだ。
 口元にはメープルフラペチーノの泡がついている。詩織が身ぶりでそれを教えると、手の甲でぐいっと拭いて続けた。
「村上春樹のインタビューを読んだら、バシラドールくんの行方が分かっちゃったとか?」
 土曜日の夕暮れ、二回目のスクーリングを終えた後だった。先週の約束通り、二人してカフェに来てお喋りしているのだが――ノノちゃんから、「あれから一週間でどんな本を読みました?」と尋ねられたのをきっかけに話題が広がった。
 ノノちゃんの質問の仕方は素敵だなと思い、自分でも試してみたいと思った。そしていざ答える段になって、詩織はつい『千尋と不思議の町』と『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』のことを話してしまったのだ。そうなると自然とその二冊を読んだきっかけに話題が向いて、大隈くんの一件について喋ることになった。
 もちろん大隈くんの名前は出さず、知り合いの少年だと告げて「バシラドールくん」という仮名を使った。インターネット上でバシラドールという名前を使っているのだと説明し、『チャーリーとの旅』のことは伏せた。直原高校の図書室のことはなるべく黙っておこうと思ったのだ。
 そのバシラドールくんが、家出かどうか分からない状態で一人旅をしているらしい。お父さんから相談されたけれど、今どこにいるかは分からず、手掛かりはネット上で公開されているたくさんの写真だけ。お父さんはそこからさらに手掛かりを見つけたようだけど、詩織には分からない。それで写真に出てきた『千尋と不思議の町』を読み、次いで『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです』を読むことになった。
 そんな風に話したせいで、余計にノノちゃんの好奇心を刺激してしまったらしい。詩織が読んだ本から事件が解決したんじゃないかと想像しているようだ。
「……さすがに、そこまでうまくいかないよ。本の中に都合良く答えが出てくるわけもないし」
 詩織はため息と共に首を振った。こうして聞いてもらうと、あらためて妙な話をしているなあと思う。だけど詩織の中にも喋りたい気持ち、聞いてもらいたい気持ちがあった。ノノちゃんという、直原高校とは無関係なクラスメイトの存在をありがたいとも思う。
「でも確かに、村上春樹のインタビューを読んでみたら、『心の抽斗』とか『精神の奥底』とか『恐怖の扉』とか、宮崎駿と似たこと言ってるなあって箇所があったの。なんか繋がってるっていうか、映画でも文学でも、一流の作家って同じ境地に行きつくのかなーって思ったりして」
 宮崎駿や村上春樹に限った話でもない。スタインベックが書いていたバシラドールの話とか、「人が旅に出るのではなく、旅が人を連れ出す」という話だって繋がっている。人は自分でもわけのわからない衝動を抱えていて、そのせいで旅や創作に駆り立てられるのかもしれない。――そんな思いを抱きながら、大隈くんのことについて考えてみたのだった。
「村上春樹の話を読んでるうちに、こう、独特の感覚に影響された気分になっちゃったのね。現実でバシラドールくんが外の世界に出ていって行方知れずってことは、彼の内側とも響き合ってるはずだって考えたの。考えたってよりは、単なる勘、当てずっぽうみたいなもんだけど」
「いいじゃないですか。なんか、文学って感じで」
「でも、そんなこと言ったって私は、彼の内側、精神世界みたいなことはほとんど知らないんだけどね。周りからも、何考えてるか分かんない奴って言われるような、ちょっと突拍子もない男の子だし」
「いいですねえ」ノノちゃんはくすくす笑った。「私は好きですよ、そういう男の子」
「うーん、そうやってもてるタイプじゃなさそうだけど……とにかく、私は彼の内面って詳しくないから、思い当たることっていったらお父さんから聞いた情報しかなかったわけ。坂道の写真は彼にとっての征服記念だとか、小学生の頃に電車の窓からコモアブリッジを見て何だろうって興味を持ったけど、ご両親は答えられなかったとか」
「ご両親?」ノノちゃんは首を傾げた。「さっき、父子家庭の子って言ってませんでした?」
「うん、中学の時にお母さんが亡くなって、今はお父さんと二人暮らし。しっかり家事とかもやってるいい子なんだけど、生活力がある分だけ、いくらでも一人旅ができちゃうのよ。自転車と18きっぷがあればどこにでも行けちゃうし」
「そうですねー。フェリーとか乗れば島にも渡れるし」
 そう言われ、大隈くんが去年、フェリーで北海道に渡った話が口に出かかった。だけどそこに触れるとなると文化祭でのブックトークにまで話題が広がる。我慢して話を進めた。
「まあとにかく、そんなバシラドールくんにとって、小学校の時の家族旅行の思い出って大きいかもしれないなって想像したの。それでふっと思い出したんだけど、『千尋と不思議な町』の宮崎監督の言葉であったのよね。『異世界に行ってお父さんとお母さんと一緒に帰ってくる』話だって」
「……バシラドールくんも、お母さんを取り戻しに行ったってことですか?」
「そこまで決めつけちゃいけないけど……異世界に行って帰ってくる、っていうモチーフは村上春樹っぽくもあるじゃない? なんか繋がってる感じがして」
 亡くなったお母さんを取り戻したい心理、なんて、勝手な想像でしかない。大隈くん本人に告げようとは思わないし、きっと彼自身も認めないことだろう。だけど人の心には自分でも意識できない衝動があって、それに突き動かされるというのはあてはまるんじゃないかと思えた。
「それに、田舎の古い駅から新しい住宅地に行けるコモアブリッジっていうのも、異世界っぽい気がしない? 長い長いエスカレーターで異世界に行く、みたいなイメージ。その、『夢を見るために――』って本にも『図書館は何か一種の異世界みたい』って書いてあったし」
「要するに」ノノちゃんは首を傾げた。「バシラドールくんは異世界への冒険みたいな気分でそのブリッジを渡ったってことですか」
「そんな気がしたの。でも、その時にふと気付いたのよ。バシラドールくんはテントや自転車を抱えて電車に乗ってるらしいけど、そもそもコモアブリッジって自転車で乗れるのかなって。エスカレーターにしてもエレベーターにしても、自転車と一緒に乗ったら周りの人に迷惑がられそうだし」
「そうですねー。距離も長いし」
「でも考えてみたら、コモアしおつって町に行く道がコモアブリッジだけってわけもないじゃない? 普通の道路だって繋がってなきゃおかしいよね。そう思ったら、ネットに並んでた写真の謎が解けたの。――コモアブリッジの下と上、二枚の写真の間に他の坂道の写真が入ってたのは、きっと彼の移動した順番通りなんだよ」
「そっか、別の道で――」
「そう。きっと四方津駅までは電車で行って、コモアブリッジの写真を撮って、それから自転車に乗って坂道を走って、上の町まで行ったのよ。もちろんその坂道の上下の写真も撮ったし、コモアブリッジの終点の写真も撮っておいた、ってことなら辻褄合うでしょ?」
「うん。聞いてて納得しました」
「それでね、ネットで四方津駅あたりの地図を調べてみようって思ったの。駅から自転車でコモアしおつに行くルートが分かれば、坂道の風景も出てくるかなーと思って」
「ああ、そういうサイトもありますもんね。ストリートビューとかいって」
「そうそう。それでバシラドールくんの写真と見比べてみようかと思ったんだけど――そこまで行かなかった。ちょっと検索かけたらびっくりする情報が出てきちゃって」
「なになに?」
「あのね、ネットで『コモアしおつ』って調べようとすると、検索候補っていうか、関連あるんじゃないですかって感じで自動的に映画のタイトルが表示されたの。何だと思う?」
「え、もしかして――」
「そう、『千と千尋の神隠し』。――あの映画の最初の方、主人公と両親が乗った車が引越しの途中で異世界に紛れこんじゃうってシーンで上ってく坂道が、コモアしおつに向かう道なんだって!」
「本当に?」ノノちゃんも目を丸くした。「それって、たまたま……じゃないですよね?」
「うん。私も考えてみたんだけど、多分こういうことだと思う。――彼は小学生の時からコモアブリッジが気になってた。高校生になって、夏休みにそこまで旅してみようと思い立った。それで調べてみたら、どうもコモアブリッジとは別ルートの坂道が『千と千尋の神隠し』のロケ地みたいに使われたらしい。ちょうど坂道を自転車で征服することに凝ってたから、こりゃあぜひ挑んでみようと思って、映画を見直したりガイド本を読んだりしてみた」
「うんうん、ありそう。男の子っぽいですね」
「それで、コモアブリッジ関連のことは一通り説明がつくでしょ? そうなると次に気になるのは、彼のお父さんのこと。――写真を手掛かりにして、お父さんにはバシラドールくんが次に目指してる先が分かったみたいだし」
「あの、その写真って」ノノちゃんはバッグからスマートフォンを取り出した。「私も見てもいいですか?」
「うーん、それはやめとこう。一つ一つ見てると長くなっちゃうし」
 インスタグラムのことも大隈くんのアカウントのことも伏せておくことにした。公開されているとはいえ、そこまで吹聴するのは抵抗があったのだ。
「それよりも、私がコモアしおつの坂道のことを知ったサイトを見てくれる?」
 詩織は自分のスマホを出してネット画面を開いた。――「ジブリ映画の舞台のモデルめぐり」というファンサイトだ。
「いろんなジブリ映画に出てくる風景を探してみようってサイトでね、ここがロケ地だーって言われてる場所に実際に旅行したファンが写真を撮って、映画の中の風景と見比べてるの。コモアしおつと『千と千尋の神隠し』のことだけじゃなくて、ほら、この風景とか」
 画像の一枚をクリックして拡大した。高台から、多摩川と街並みを見渡した写真である。
「ああ、『耳をすませば』?」
「あれ、知ってたの?」
「有名ですよ。多摩ニュータウンが舞台になってて、京王線とか聖蹟桜ヶ丘っぽい駅が出てくるって」
「そうそう。まさにそういうことが書いてあった。風景の写真と一緒に、映画の画像も載ってて――私、それ見て気付いたのよ。そういえばバシラドールくんもこういう写真を撮ってたし、『耳をすませば』のDVDも借りてたって。――授業でやった主題分析じゃないけど、ジブリ映画って主題でくくったら、彼が公開してた写真の繋がりが見えてきたの」
 最初に小枝嬢とインスタグラムを開いた時は、料理にばかり気をとられて風景には注意しなかった。大木くんからコモアブリッジのことを聞いても他の風景との関連には意識が向かなかった。だけどジブリ映画という視点によって、写真群が新たな意味を持った。――こういうのも、情報資源の組織化というのだろうか。
「じゃあ……バシラドールくんは結局、ジブリのロケ地巡りをしてたってことですか」
「かもしれないって思う。目指すコモアブリッジに行く途中にも他の映画に出てくる坂があるなら、ついでにそこも征服してやろうって感じだったのかなって」
 写真の順番から考えると、旅に出てまずは聖蹟桜ヶ丘の坂を上って風景写真を撮り、その後でコモアブリッジの写真を撮ってコモアしおつの坂を上ったことになる。前に小枝嬢と推理したルートとは違うけれど、だんだんと西に向かっている足取りは想像できた。
「それなら次は、四方津からさらに西の、ジブリ映画のロケ地に向かってるってことですかね?」
「うーん、そうも考えられるけど……」
 山梨の四方津より西にもジブリ映画のロケ地と呼ばれるような場所はたくさんあるようだった。大隈くんはそのうちのどこかを目指していると考えることはできる。
 ただし、その推理には当てはまらない写真がある。それを考えると詩織の想像も壁に突き当たる。
「でもね、ネットで公開されてる写真の中には、白河ラーメンとか天むすの写真もあって――」
 詩織は生徒たちと一緒に考えた推理を話した。写真が投稿された順に食べているとすると、大隈くんは鰻重の浜松、天むすの名古屋、山梨の四方津と回って、福島の白河を訪れていることになるのだ。しかし白河にジブリ映画の舞台のモデルになった場所があるという話は出てこなかった。
 そのあたり、どうも一貫性がない。お父さんがどんな手掛かりを見つけて息子の行く先に目星をつけたかも分からなかった。
「だから、本を読んでもネットを見ても、私の調査とか推理っていうのはこのあたりが限界かなーって思って、結局は途方にくれてたとこ」
 我ながら頼りない話だった。ノノちゃんにもそれを正直に打ち明けたのだが――彼女は違う風に捉えたらしい。にっこり笑って告げてきた。
「なんか、似てますね。今日のスクーリングに」
「……似てるかな?」
「ほら、情報資源っていうのは様々な顔があるから、その一面だけ捉えて分類すると使いにくい図書館になっちゃうって話があったじゃないですか。様々な主題を多面的に捉えておくのが肝心、って意味じゃあ、そのバシラドールくんの写真も同じなのかもって思って」
「まあ、確かにねー」
 そう言われるとそんな気もしてくる。いわば詩織は、その多面性の前で途方にくれているわけだ。――そう思うと、大隈くんの旅からも学ぶことはあるのかもしれない。
「情報資源組織演習って科目、なんでこんなに細かくて面倒な分析とか分類とかしなきゃならないのかなーって思ったりしてたけど」詩織はくすりと笑った。「一つ一つの資料をじっくり分析していろんな要素を記録しておくのは、図書館を使う人が今の私みたいに途方にくれないための積み重ねなのかもねー」
「うん。そんな気がします」
 ノノちゃんはにこにこ笑ってメープルフラペチーノを飲み干している。彼女がこの話題を楽しんでくれたようなのが救いではあった。
(第4回へつづく)

竹内 真Makoto Takeuchi

1971年生まれ。慶應義塾大学卒業。95年に三田文学新人賞、98年「神楽坂ファミリー」で第66回小説現代新人賞、99年『粗忽拳銃』で第12回小説すばる新人賞、2013年『カレーライフ』で京都水無月大賞を受賞する。著書に『図書室のキリギリス』『図書室のピーナッツ』の「図書室」シリーズのほか、『風に桜の舞う道で』『じーさん武勇伝』『自転車少年記』『ビールボーイズ』『イン・ザ・ルーツ』『ホラベンチャー』『ぱらっぱフーガ』『だがしょ屋ペーパーバック物語』『リノベご飯のレシピ帖』『廃墟戦隊ラフレンジャー』などがある。

  • 双葉社
  • 小説推理
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