双葉社web文芸マガジン[カラフル]

憐れみの詩(小倉日向)

第一章 面会

 面会室は壁がクリーム色で、照明もわりあいに明るい。ここが犯罪者を収容する刑務所であるとは、その場所だけを目にするととても信じられない気がする。この印象は、最初に訪れたときから変わることはない。
 龍樹がパイプ椅子に腰掛けて待っていると、向こう側に彼が現れた。こちらを見て、気まずげに目を伏せる。その反応も、初めて面会したときと同じであった。
 彼は龍樹の正面に坐った。相変わらず目を伏せたままで。
 ふたりのあいだを遮るのは、二重になった透明なアクリル板だ。ちょうどふたりの顔の高さに、幾重いくえもの円を描く穴がポツポツと空いている。だが、二枚の板がわずかにずれており、穴はふたつの部屋を通っていない。ただの装飾に過ぎなかった。
 龍樹は何も告げることなく、ただ目の前の男を見つめた。彼のほうも、口を開こうとしなかった。
 彼の名前は野島恭介のじまきようすけ。二十五歳。六年前、龍樹の娘を殺した男であった。

 その日、ひとり娘の彩華が学校から帰ってこないと、妻から龍樹に電話があったのは、会社の終業時刻間近であった。
 学校から自宅までは徒歩十数分の距離だ。登下校をメールで知らせるサービスに加入しており、それによると、児童玄関を出てから一時間以上経っているという。
 彩華は十歳で、小学五年生になったばかり。友達同士、家に行き来して遊ぶことも増えていると聞いていた。そのときも、友達の家に寄っているのではないかと龍樹は思った。
 ところが、妻はすでに仲のいい友達の家に問い合わせており、どこにもいないと答えた。
 もともと人見知りをしない、誰とでも仲良くなれる子である。新学期になって間もないから、新しくできた友達と遊んでいるとも考えられる。妻は、そういうときでも一度家に帰るはずだといぶかりながらも、もう一度探してみると言って電話を切った。
 龍樹は胸騒ぎを覚えた。妻の声がやけに差し迫って聞こえたからだ。プレゼン用の資料の作成が遅れており、本当は残業するつもりであったが、定時に退社して真っ直ぐ帰宅した。
 家に着いたのは、日の暮れかけた午後六時過ぎ。彩華はまだ帰宅していなかった。妻はひとりでオロオロしており、龍樹の顔を見るなり緊張の糸が切れたみたいに嗚咽した。
 学校に電話をかけると、たまたま担任教師が残っていたので、事情を説明した。彼は、とりあえず心当たりを探してみるものの、最近、不審者の情報があったばかりだから、警察に連絡したほうがいいとも言った。
 その後、警察や学校関係、地域住民も加わっての捜索が行われた。
 通学路だけでなく、さらに範囲を広げて探しても、彩華は見つからなかった。龍樹と妻が眠れない夜を過ごす中、警察は変質者の犯行や、誘拐も視野に入れた捜査を開始し、報道管制が敷かれた。
 翌日、動きがあった。かねてより付近にあった不審者の情報──小学生女児への声かけ──を洗い直した結果、容疑者が特定されたのだ。
 捜査官が任意同行を求めたのは、当時十九歳の、自宅住まいの大学生──恭介だった。同じ小学校区内ではなかったものの、住んでいたところは龍樹の家から二キロと離れていなかった。
 彼は声かけの事実は認めたものの、それ以上のことを話そうとしなかった。そのため、逮捕状を取って家宅捜索をしたところ、自宅の押し入れより変わり果てた姿の彩華が発見された。
 わいせつ目的の誘拐、監禁、殺人、死体遺棄の容疑で逮捕された彼は、未成年ながら事件の重大さから逆送され、刑事処分を科せられることになった。裁判員裁判の対象となり、実名報道こそされなかったものの、世間の多大な非難を浴びた。何しろ被害者は、何の落ち度もないまだ十歳の少女だったのだ。大学は退学処分となり、バッシングは両親や兄弟にも及んだ。
 裁判においては、殺意の有無が争点となった。被告はわいせつ目的だったことは認めたものの、殺意については否定した。検察も殺意の有無までは証明できず、訴因そいん変更して傷害致死罪が適用された。強制性交等致死罪が適用されなかったのは、わいせつ行為に及ぶ前に騒がれたためパニックになり、蒲団を被せて強く押さえつけたところぐったりしたという被告の証言と、遺体の検視結果が矛盾むじゆんしなかったためである。よって、強制わいせつ未遂も訴因に加えられた。
 その公判中に、新たな事実が示された。詳細な検視の結果、遺体の性器と直腸内部に裂傷れつしようと、体液の痕跡こんせきが見つかったのだ。それは死後につけられたものであり、容疑者の証言から遺体を姦淫かんいんしたことが明らかにされた。行為の詳細こそメディアが報道を自粛じしゆくしたものの、幼い少女の遺体を冒涜ぼうとくしたことによって死刑を望む声と、容疑者への非難がいっそう高まった。
 しかし、そもそも訴因に最高刑を与えるだけのものがない。何より、被害者の遺族が刑罰ではなく更正を望み、裁判では弁護士側の情状証人として出廷したのである。
 これにより、被告は犯行当時成人ではなかったことも考慮され、十年以上十五年以下の不定期刑となった。遺族の意向を受けて検察も控訴せず、地裁の判決どおりに刑が確定された──。

「あの……」
 恭介は思い切って口を開きかけた。だが、すぐにあきらめてつぐんでしまう。
 そもそも、自らがあやめた少女の父親に、いったいどんなことを話せばいいのか。まずは謝罪なのであろうが、顔を合わせるのはすでに二十回を超えている。それに、そもそも謝罪など求めていないと、最初に言われたのだ。
 では、何を話せばいいのか。
 これまでの面会も、ずっとこんな調子で黙りこくったまま、規定の三十分が無為むいに流れた。正直、重荷でしかなかったものの、会いたくないと断ることはできない。なぜなら、面会の要請を断らないというのが、厳罰を求めず、弁護側の情状証人として出廷する上での、少女の父──龍樹の出した条件だったからだ。恭介はそのことを、弁護士を通じて聞かされた。
 もっとも、その条件は、龍樹にとっても賭けであったろう。恭介も刑務所に入って初めて知ったのであるが、受刑者との面会は誰でも許されるわけではない。親兄弟や配偶者といった身内を除けば、かなり制限されるとのこと。刑務所によっても、認める認めないの判断に違いがあるらしい。
 まして、被害者の親が面会を求めた場合、そう簡単に許されないだろう。危害を加えることはできないまでも、加害者に恨み言を述べ、罵倒ばとうするのでは、更生に役立つとは見なされまい。そんなことがまかり通れば、刑務所は加害者に言いたいことのある遺族であふれかえるはずだ。
 龍樹の場合、加害者の更正を願うと裁判で述べたことが考慮され、面会を許可されたのではないか。その判断も時間がかかったようで、初めて彼がここに来たのは、恭介が二年近くも刑期を務めてからであった。
 不定期刑で済んだことについて、恭介の龍樹に対する思いは複雑だった。彼のおかげであると弁護士が言ったから、事実そのとおりなのだろう。実際、犯行の詳細が明らかになるにつれ、最初は嫌悪の感情しか見せなかった裁判員たちが、龍樹の証言を聞いたあとで顔つきが変わったからだ。
 もっとも、それでいいのかという戸惑いが、彼らの中に見受けられたのも事実である。
 恭介は、龍樹の証言を素直に喜べなかった。申し訳なかったし、いったいどうしてという疑問が強かった。彼のおかげで罪悪感がいっそう強まった気がして、さらなる重荷を背負わされたようにも感じた。いっそ、ありがた迷惑だとすら思ったのである。
 今も、無言でこちらをじっと見ている少女の父に、言い知れぬもどかしさを覚える。生殺しの憂き目に遭っているというのが、最もしっくりくるだろう。
 いったい目的は何なのか。本当に更正しているのかを、見極めようとしているのだろうか。だったら、今の心境をたずねてもいいはずだ。
 いや、もうひとつの可能性がある。早く刑が終わるように仕向けたのは、復讐するためではないのか。刑期を終えて出てきたところで、娘のかたきを討つつもりかもしれない。
 龍樹が離婚したことは、弁護士に聞かされた。情状証人になる件についても、夫婦間でかなりいさかいがあったようだ。妻のほうは厳罰を望んでいたらしいとも教えられた。
 もしも復讐を計画してのものだったら、離婚する必要はあるまい。妻に伝えず、自分ひとりで決行しようとしているのなら別であるが。
 ただ、彼の目に浮かぶ言い知れぬ感情は、殺気の現れではないだろうか。
「あの──」
 恭介は思い切って口火を切った。こんな仕打ちが続くことが、我慢できなくなったのだ。
「半田さんは、僕が憎くないんですか?」
 それは救いを求めての質問でもあった。憎くないと言ってもらえたら、心から更生を願っていることの証になる。
 龍樹はすぐに答えなかった。相変わらず恭介をじっと見つめるばかり。答えるつもりがないのかと焦れったくなってようやく、唇が小さく動いた。
「憎いよ。決まっているだろう」
 期待とは異なる返答に、苛立ちが募った。
「だったら、どうして裁判であんな証言をしたんですか。更正して、真人間になることを願うなんて。憎い相手に、そんなことを願うはずがないでしょう」
「どうして?」
「どうしてって……憎いのなら死刑でも何でも、厳罰を望めばいいじゃないですか」
 恭介は身を乗り出して言い放った。すると、龍樹が表情を変えることなく、首を横に振る。
「それでは意味がなくなる」
「意味? 意味って何ですか」
「彩華がこの世に存在した意味だ」
 自らが命を奪った少女の名前を口にされ、恭介の脳裏に彼女の面影が浮かぶ。それは事切れたあとの死相ではなく、最初に声をかけたときに見せてくれた笑顔だった。
 途端に、胸が破裂しそうに苦しくなる。
「仮に死刑を望んだとして、そのとおりになったとしようか。いったい何が残る?」
「何がって……」
「彩華が死んで、彩華を殺した君も死ぬ。あとには何も残らない。だったら、彩華はどうして殺されねばならなかったのかということになる」
 龍樹の声音には、どんな感情も見つからなかった。にもかかわらず、恭介は彼から激しくののしられた気がして、浮かせかけた腰を椅子に戻した。
「だが、君が心を入れ替え、更正してくれたら、少なくとも彩華が殺された意味は見つかる。どうしようもない男が真人間になることができて、被害者が増えることを阻止できたとすれば、彩華は他の少女たちのために身をていしたと言える。そして、君自身を救うことにもなる」
 龍樹はやはり自分を強く憎んでいるのだ。恭介は確信した。
 更生を期待すると述べたのは、彼自身の願いではない。娘のためであったのだ。そうやって亡くなってもなお大切に思っている我が子を奪った男を、憎まないはずがない。
 そうとわかって、恭介はむしろ安堵あんどした。今の境遇を同情されたり、少女にしか昂奮こうふんできない異常者だと蔑まれたりするよりは、憎まれたほうがずっと気が楽だ。
 龍樹ばかりではない。恭介は大勢の人間から憎まれている自覚があった。
 逮捕されたあと、外の反応が直に聞こえてくることはなかった。弁護士も、それらの声が耳に入らないようにしてくれた。
 だが、犯罪者に対する世間の反応がどんなものかぐらい、恭介は知っていた。特に性犯罪者、それも少女を狙った者が受ける罵倒の数々は、ネットでも多く目にした。そのときは、自分がその対象になるなんて、思いもしなかったけれど。
 だいたい、親兄弟にもさんざん嘆かれ、責められたのだ。一般人がそれ以上の反応を示すのは当然である。
 まして、愛娘を殺された父親が、加害者を許すなんてあり得ない。
(僕が更正しなかったら、このひとはどうするんだろうか……)
 恭介はふと思った。彼の弁にれば、自分が更正しなかった場合、あの子は犬死にということになるのだから。
 そもそも更正と言われても、具体的にどうすればいいのか、恭介はよくわからなかった。
 自分のしたことを後悔しない日はない。けれどそれは、刑務所に入れられたから悔やむではないのかと、時おり思う。
 事実、あの子が死んで捕まるまでのあいだ、何を考えていたのかほとんどおぼえていないのだ。おそらく、しでかしたことの重大さを思い知り、取り返しがつかないことゆえにパニックにもおちいり、まともな思考ができなかったのだろう。死体を犯したのだって、あんなことでどうして死んだのかという少女への怒りが根底にあった気がする。もちろん、勃起ぼつきや射精が可能だった程度には、昂奮していたはずだ。性器のあとで、肛門にも挿入したくなったほどに。
 そうして身も心もすさんでいたからこそ、あの子の遺体を発見したと刑事に言われたとき、ようやくに楽になれると全身から力が抜けるようだった。
 裁判中も、悔いる気持ちはほとんど湧いてこなかった。いくら足掻あがいてもあの子は生き返らないし、犯した罪は取り消せない。どうにでもなれと思った。
 被害者の父親が情状証人になるから、収監後に面会を申し出られても断らないようにと弁護士に念を押されたときも、好きにすればいいと思った。犯した罪のわりに刑期が短くなったことにも、それがどうしたという気持ちだった。
 被害者の少女に詫びたい気持ちはある。しかしそれも、彼女が騒がなければああいうことにならなかったのだと、責める気持ちと表裏一体だ。でなければ死体を犯したりしなかったし、自分が悪かったのだと素直に認め、悔恨するまでには至っていなかった。
 だいたい、すでにこの世にいない者に、どうやって詫びろというのか。天国の少女に謝罪するなんてセンチメンタリズムを、あいにく恭介は持ち合わせていなかった。
「またやるのか?」
 龍樹の問いかけに、恭介は肩をビクッと震わせた。
「え?」
「また少女を襲うのかといたんだ」
 息が詰まりそうに鋭い視線を向けられ、取り繕った答えができなくなる。
 二度としませんと誓うのが、この場合の正解なのだろう。ところが、誓えるだけの根拠を、恭介は持っていなかった。
 少女に声をかけ、最終的に命を奪う結果を招いてしまったのは、女性への苦手意識からだった。
 裁判では、中学高校時代にクラスメートの女子から無視をされ、そのせいで同世代の異性に恐怖心が芽生えたために、幼い少女にしか関心が向かなくなったと弁護士が主張した。恭介自身がそう伝えたのだが、かなり誇張されている。実際は、内気な性格ゆえ女子と話ができず、好きな子に手紙で気持ちを伝えたことがあったものの、無視されて傷ついただけだ。
 少女を欲望の対象にしたのは、言うことを聞きそうだからというのが主な理由である。幼い肉体に劣情れつじようを覚えるのではなく、相手が弱ければ支配できると目論もくろんでのこと。また、女性と深く付き合った経験がないため、けがれていない少女ならゼロから教えてあげられるとも思った。
 要は、異性への関心と高まる欲望を解消しようにも、男としての自信がなかったから、たやすく操れそうな存在を求めたのである。
 ただ、いくら声をかけても、少女たちは警戒心が強くて、なかなか目的を果たせなかった。その間、若い男による声かけが頻発していると学校での指導があり、防犯メールでも市民たちに知らされていたことを、恭介は知らなかった。さらに、その件で地元警察が作成したリストに、自分の名前が入っていたことも。
 そして、スーツケースを手に歩いて旅行者を装い、親戚の家──実は恭介の自宅──への道を訊ねることでうまくいったのが、あの少女であった。
 もともと人懐ひとなつっこい性格のようだったし、困っている人は助けなさいと、親からも言われていたのではないか。彼女は、決して近い距離ではなかったのに、わざわざ案内してくれた。
 そのときは恭介の両親も兄弟も不在であったから、お礼にお菓子でもと少女を家に上げた。もちろん、ふたりっきりになれるとわかっていて、かどわかしを実行したのである。
 親戚の家なのに道を知らなかったこと、勝手に鍵を開けて入ったことについて少女は疑問を口にしたけれど、適当に誤魔化した。どんな説明をしたのか、舞いあがっていたので細かい点はよく憶えていない。それから、そのあとの経過も。
 断片的に思い出せるのは、からだに触れようとして拒まれ、カッとしたこと。逃げられそうになり、力尽くでおとなしくさせようとしたこと。何の経験もないくせに、肉体を支配すれば言いなりにできるはずと、三文さんもんポルノじみたことも考えたのではなかったか。
 気がつけば、少女は蒲団の下で動かなくなっていた。
 幼い遺体を自室の押し入れに隠し、その後恭介が考えたのは、どうすれば発覚せずに済むのかという一点であった。けれど、少女を死なせたために動揺がいちじるしく、妙案みようあんひらめくはずもない。また、誰にも見つからずに亡骸なきがらを処分できる自信もなかった。
 その晩、恭介は夜半に何度も目を覚まし、そのたびに押し入れを開けて遺体を確認した。もしかしたら生き返っているのではないかと期待して。手遅れなのに、人工呼吸や心臓マッサージの真似事まねごとも試みた。どうして生き返らないのかと苛立ち、遺体を凌辱りようじよくしたのはそのときだ。
 実は、このことは取り調べでも裁判でも言わなかったが、暴れる少女に蒲団を被せて押さえ込んだとき、恭介は目がくらむほどに昂奮した。ズボンとブリーフを慌ただしく脱ぎ、蒲団からはみ出したいたいけな手に、勃起した陰茎いんけいを握らせたのである。
 必死にもがく彼女に強く握られ、恭介はたまらず射精した。その過程で不必要に力が入ってしまい、幼い命を奪った可能性がある。強制わいせつ等致死傷罪が適用されてもおかしくなかった。
 娘が生前にも穢されていたことを知ったら、さすがに龍樹も黙っておれまい。
 再犯の可能性を問う彼を、恭介は睨み返した。いくら被害者の父親だからといって、ここまで尊大な態度をとられてたまるものかと思った。
「どうなんだ?」
 もう一度訊ねられ、恭介は「わかりません」と答えた。
「どうして?」
「おそらく世間の人間は、いや、僕の親や兄弟だって、僕がまたやるに違いないと思っているはずです。だとしたら、彼らの望むように、再びやってしまうかもしれません」
 子供じみた屁理屈へりくつだと、恭介自身わかっている。一部本心ではあったものの、龍樹がどういう反応を示すのか見てみたくて、わざと告げたのである。
「そうか」
 相槌あいづちを打たれて拍子抜けする。てっきり、怒りをあらわにするものと予想していたのに。
「そうかって、それでいいんですか?」
「君のほうは、そんな他者の意のままになる人生でいいのか?」
 反問され、言葉に詰まる。すべてを見透かされているようで苛々いらいらした。
「じゃあ、どうすればいいんですか。僕が出所後、どんな人間になればいいと半田さんは思っているんですか?」
 いつしか口調が荒々しくなる。言いたいことがあるのなら言ってみろと、挑発的になっていた。
「それは君が決めることだ」
 突き放す言葉に、いよいよ恭介の忍耐も限界に達した。
「だったら、僕が更正しなかったら、半田さんはどうするつもりなんですか?」
 アクリル板が曇るほどに顔を近づけて問いかけるなり、龍樹の目つきが変わった。
(え──?)
 恭介は思わず身を引いた。同じ目を、以前にも見たことがあったからだ。
 それは、死んだあとの少女の目にそっくりだった。
「そのときは、私が君を殺す」
 抑揚のない口調に、強い意志が秘められているのを恭介は感じた。
(第5回へつづく)

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小倉 日向Hinata Ogura

北多摩在住。静かな土地で犬と暮らし、純米酒と芋焼酎を好む風雅人。漂泊の歌人になることが夢。

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