双葉社web文芸マガジン[カラフル]

憐れみの詩(小倉日向)

第六章 破滅

2<承前>
 児童ポルノと言っても、様々なものがある。太一の商売は、基本的に画像や映像の販売である。DVDなどの円盤に焼き、コピーできないようにしてから郵便や宅配便で送るのだ。
 今どき、画像も映像も、ネット経由で簡単に送れる。余計な手間がいらないし、効率を考えてもそっちのほうがずっと便利だ。
 にもかかわらず、彼が現物の送付というアナログな手段を取るのは、ひとつには複製をさせないためであった。
 一般的な画像や映像のファイルについても、コピーできなくすることは可能である。しかし、ある程度のコンピュータの知識があれば、それらはたやすく破られる。また、DVDなどのコピーガードにしたところで、専用のソフトがあれば無効化されてしまう。
 要は、複製は避けられないのである。それでも、ファイルをネットで送るよりも、円盤という現物のほうが、複製のハードルが高い。それをしようという意欲を殺ぐ目的もあった。
 加えて、個々の商品には識別番号を組み込んである。仮に複製が出回った場合、誰がそれを流したのかわかるようになっていた。
 そのことは顧客にも伝えてある。複製が判明した場合、児童ポルノを購入した件を通報すると、前もって脅してあった。
 この脅しは両刃もろはの剣である。本当に通報したら、太一自身もただでは済まないからだ。この商売をやめるぐらいの覚悟を決めた上での、あくまでも最終手段である。
 そうならないために、顧客の選定には注意を払っていた。必ず他から紹介された、信用のある同好の士のみを、顧客名簿に載せていた。
 児童ポルノに関する規制が厳しくなっている現在、己の愚かな行ないのせいで、極上の商品が手に入らなくなるとわかれば、誰も馬鹿なことはしない。表立つような真似などせず、誰にも知られることなく隠れてこっそりと、少女たちのあられもない姿を愛でるはずであった。
 そうせざるを得ないように、商品はすべて上質である。また、それに見合った高価格を設定していた。だからこそ、手に入れた宝を無駄にする者はいなかった。
 今日まで、複製が出回ったり、販売した商品が他に出品されたりなどということは、一度としてない。物がものだけに、慎重にならなければならないと、皆わかっているのだ。
 太一が売るのは、画像や映像ばかりではない。どうしても実物の少女を愛でたいという好事家こうずかのために、獲物にからだを売らせることもあった。
 その場合も、一部始終を記録して、商品として売る。これも前もって、少女を買う者たちに了承させた。
 ただ商品を抱かせて終わるなんて、愚かなことはしない。すべてを売り物にするからこそ、莫大な収入が得られるのである。
 隣の部屋に仕掛けた多くのカメラは、実は顧客と少女の痴態を記録するためのものでもあった。
 隣室のベッドの上で為された淫行は、数知れない。もちろん、そのときは顧客に顔を覆うマスクを装着してもらい、客の正体が他に知られないようにするのだ。中には、世間に顔を知られている者もいるのだから。
 少女を抱きたがるのは、中年以上の男たちである。百万を下らない金額を払ってもらうから、相応に収入と地位が必要になる。となれば、年齢が上がるのは必然と言えた。
 その場合、無理やり犯すことはない。少女たちには相応の報酬を約束し、あくまでも合意の上でお相手を務めてもらう。
 しかしながら、彼女たちにしてみれば、父親にも等しい年齢の男たちに抱かれるのだ。いくら大金を積んでも、特に街でスカウトしたモデル志望の子たちは、簡単に了承することはなかった。
 お金のために、オジサンに抱かれることを受け入れるのは、金銭的に困窮した少女たちである。そして、一度してしまえば例外なく、あとは慣れと惰性だせいで続けることになる。
 自身が中年男に抱かれている映像が、商品として売られていることも、少女たちは知っている。その事実も彼女たちを自暴自棄にさせ、一度するのも二度するのも同じだと思わせる。けがれたと感じることで自己否定が強まり、言いなりになるより他なくなるのだ。
 その先にあるのは絶望とあきらめである。耐え切れなくなった子は死を選ぶ。これまで何人が未来ある命を無駄にしたのか、数えたことがないのでわからない。
 ともあれ、死んでくれたほうが、太一にとっては都合がよかった。商品が自ら、商品であった証拠を消してくれるのだから。
 かくして、すべてが思い通りに運んでいる。もはや太一に怖いものはなかった。仮に己のしたことが発覚したとしても、もみ消してもらえることも確実だったからだ。
 隣の部屋の少女たちは、だいぶ参っているはず。もういいだろうと腰を浮かせかけたとき、スマートフォンに着信があった。
 ディスプレイに表示された名前は、商品の少女であった。
(また金がなくなったのかな)
 仕事を求める電話に違いない。こちらから連絡しなくても、向こうからこうしてかけてくる。仕事が軌道に乗っている証だ。
 太一は少し焦らしてから、受信ボタンをタップした。
「やあ、なんだい?」
 用件はわかりきっているのに、わざと問いかける。向こうは焦りをあらわにして、仕事をさせてほしいと求めるはずであった。
 ところが、返事がない。
(ん、なんだ?)
 回戦の不良か何かで、音声が寸断されているのか。隣の部屋は電波を完全に遮断してあるが、こちら側は問題なく通話も通信もできるのだ。
「もしもし」
 太一はもう一度声をかけてみた。すると、何やらぼそぼそと、声ともうめきともつかぬようなものが聞こえた。
(やっぱり回戦の不具合か?)
 いたずら電話をかけてくるような少女でないことは、太一もわかっていた。真面目で思い詰めるタイプだし、それがはかなげな印象を見る者に与える。容貌も愛らしく、顧客の受けもいい。売上に多大な貢献をしてくれていた。
 何より世間知らずのようで、こちらの付け値で脱いでくれる。だからこそスマホを買い与え、困ったらいつでも連絡するように言ってあったのだ。
 少女は、犯罪被害者家族の娘であった。
 三年前、自宅に押し入った男に父親が惨殺され、母親も重傷を負った。そのとき、まだ小学生だった彼女だけが、無傷で助かった。
 犯人は、当時三十代の無職の男であった。独り暮らしのアパートの部屋に引きこもり、親の援助で暮らしていた彼が、何を思ったのか凶行に走ったのである。
 被害者とは面識がなく、金銭目当てでもない無差別殺人。しかも逃亡の末、逮捕直前に自殺した。動機も何もわからぬまま、捜査は被疑者死亡で打ち切られた。
 一家の大黒柱を失い、おまけに母親の傷もなかなか癒えないため、被害者遺族の生活は困窮した。犯罪被害者等給付金があっても、その後の生活がすべて補償されるわけではない。また、加害者の家族を民事で訴えたところ、子供は成人しているから責任はないと主張された。
 裁判は長引き、いくらかの賠償金の支払いが命じられたようながら、向こうは払うつもりなど一切なさそうだ。結局、泣き寝入りである。
 少女が太一に連絡をしてきたのは、彼女が中学生になった昨年のことだ。スカウトして何度か写真を撮った子がたまたま同じクラスにいて、お金が欲しいのなら簡単なアルバイトがあると教えたらしい。
 以来、少女は太一の前で、数え切れないぐらい肌を晒した。
 真面目な子で、男の子と付き合ったこともない。生活費のため、未だ病院通いをしている母親の治療費のためにと、穢れなき裸身にフラッシュを浴びる姿は健気であった。動画も撮ったが、羞恥に頬を真っ赤に染めながらも、彼女は求められるままポーズを取った。
 これなら、いずれ男に抱かれることも承諾するに違いない。太一はそう踏んでいた。
 今よりも桁が上のギャラを提示すれば、きっと決心するであろう。また、彼女の処女をいただけるのなら、金に糸目を付けない顧客は大勢いる。オークションにかければ、何千万単位まで値が吊り上がるはずだ。
 その金のほとんどは、太一が濡れ手に粟で手に入れることになる。動画を撮影して作品を売り出すことで、さらなる収入も見込めた。
 彼女は、巨万の富を生んでくれる宝であった。それゆえ、電話の声が聞き取れないことに、太一は不安を覚えた。
(まさか、妙なことを考えてるんじゃないだろうな?)
 これまでしてきたことを今さら後悔し、自ら命を絶とうとしているのではないか。その恨み言を聞かされている気がしたのである。
 仮にそうであっても、太一は説得するつもりであった。最後に親孝行で、たくさんの金を残してやれと。そのために、客のオヤジに身を任せろと。
 できれば、今後も長く稼いでもらいたいのが本音である。しかし、最悪の場合は処女だけでも捧げろと命じるつもりであった。これまでのことを母親にバラされたくなかったらと脅して。
「もしもし。もしもしっ!」
 苛立ちを隠せずに大声を上げると、電話口の声が少しずつはっきりしてきた。どうやら、同じ言葉を繰り返しているようだ。
(何を言ってるんだ?)
 太一はスマホに耳を押し当て、息を殺して声を聞いた。そちらに集中していたため、隣室を映し出すモニターから、しばらく目を逸らすことになった。
「おい、何を言ってるんだ? もっとはっきり喋れっ!」
 とうとうスマホに怒鳴りつける。すると、向こうの声もボリュームがわずかに上がった。
『……ちろ……ちろ……ちろ──』
 何かを命じているのはわかった。どうやら「落ちろ」と言っているらしい。
「おい、何を言ってるんだ?」
 歯噛みする思いで訊ねたとき、太一は不意に悟った。その声が、あの少女のものではないことに。
「お前……誰だ?」
 少女との連絡に使っていたスマホに、他者が介入している。太一は訳のわからない恐怖に駆られた。自分たちの関係は、決して誰にも知られてはならないのだから。
『……落ちろ……落ちろ……落ちろ』
 意味不明な言葉が、呪文じゆもんのごとく耳に流れ込んでくる。はっきりと聞こえない部分を、けれど太一は察していた。恨みのこもった声音からも、それは明らかだった。
「クソッ」
 太一はスマホを耳から外し、スピーカーにした。それを悟ったかのように、声が大きくなる。
『地獄に落ちろ、地獄に落ちろ、地獄に落ちろ──』
 その言葉が、今ははっきりと聞こえる。ただ、声に聞き覚えはない。どことなく加工されているふうで、男なのか女なのかもはっきりしなかった。
(どこの馬鹿だ。こんな嫌がらせをするのは)
 苛立って爪を噛む。あの少女でないのは間違いないだろう。だとすると、彼女の関係者か。
(まさか、母親か?)
 娘を傷物にされたと、恨み言を唱えているのか。
 しかし、少女が母親に打ち明けたとは考えにくい。あの子は、それを最も恐れていたからだ。傷を負った母親に、これ以上の苦しみを与えたくないと、太一に切々と訴えたのである。
 だが、それ以外の人間となると、該当者がまったく浮かばない。
 そのとき、声がふつりと途切れる。通話が切れたのかとディスプレイを確認すれば、まだ繋がったままであった。
 不気味な静寂に、太一は身をブルッと震わせた。
「……誰だ、お前は?」
 思い切って問いかける。しばらく間があって、答えが返ってきた。
『消えろ──』
 通話が切れた。
「クソッ!」
 太一はやり場のない怒りを、そばの椅子にぶつけた。思い切り蹴飛ばしたことで、椅子は大きな音を立てて床に転がる。
(誰なんだ、こいつ)
 こちらから発信して確認しようか。だが、向こうが出るとは限らない。出たとしても、また同じ言葉を繰り返されるだけで終わりそうだ。
 苛立ちを噛み締めたとき、太一は気がついた。
「え、あれ?」
 モニターを見て驚愕する。そこに映っていたはずの、少女たちの姿がなかったのだ。
(逃げたのか?)
 いや、そんなことは不可能なはずだ。
 とりあえず、隣に通じるドアを急いで開ける。焦って飛び込んだところ、そこには誰もいなかったのである。
(……おれ、夢でも見ているのか?)
 四人の少女をここに連れ込んだはずだったのだが、すべて幻だったのか。
 いや、少女たちは間違いなく、ここにいたのだ。その証拠に、床にはひとりが漏らした尿の痕跡があった。麦茶に似た残り香も、ほのかに漂っている。
 ドアは隣の部屋と、通路に繋がる二箇所のみだ。そこを開ける以外に、ここから出るすべはない。そして、さっきまで自分がいた隣へのドアは、開けられていないのだ。
 まさか、オートロックが利いていなかったのか。太一は通路に出るほうのドアノブを握った。ピクリとも動かない。ここから出たとは考えられなかった。
 だったら、どうして少女たちは消えたのか。
 太一は狐に摘ままれた気分で、ポケットから鍵の束を取り出した。中のひとつで、通路に出るドアを開ける。
 外には簡素なキッチンと、トイレやバスルームのドアがある。そこにも誰もいない。念のためトイレとバスルームも調べたが、同じことであった。
 そして、少女たちの靴も消えていた。
 誰かがここに来て、あの子たちを連れ出したのか。しかし、それも不可能だ。部屋に入るドアは、廊下で暗証番号を入力しないと開かない。また、マンションの玄関も同じだった。
 本当に逃げられたのだとしたら、諦めるしかない。だが、ここが児童ポルノ制作の拠点だとバレて、何者かが逃亡を手助けしたのだとすれば、かなりまずいことになる。すべてのデータとともに、急いで逃げる必要があった。
 とりあえず最悪の事態を考えて、準備をしておいたほうがよさそうだ。モニターやパソコンが置いてある部屋へは、通路から直接入れる。太一は急ぎ足でそっちのドアに進み、部屋に飛び込んだ。
 途端に、首の後ろに衝撃が走る。
「グガッ!」
 動物じみた声を上げ、太一は昏倒した。
(第23回へつづく)

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小倉 日向Hinata Ogura

北多摩在住。静かな土地で犬と暮らし、純米酒と芋焼酎を好む風雅人。漂泊の歌人になることが夢。

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