双葉社web文芸マガジン[カラフル]

憐れみの詩(小倉日向)

第六章 破滅

 広い部屋の中には、四人の少女がいた。流行はやりの服をまとい、どこか痛々しいメイクで飾った彼女たちは、小学六年生。でも、ここへ来る前に、全員中学生だと嘘をついた。
 それが後ろめたくもあり、けれど、これからの期待に胸をわくわくさせていたものだから、最初は誰も不安など感じていなかった。
 そこは都内一等地にある高層マンションの一室だ。有名な芸能プロダクションの分室で、演技指導やレッスンのための場所だと聞かされていた。
 そのため、お店でも開けそうな広い室内には窓がなく、撮影用らしき照明器具と、洋風の簡素なベッドぐらいしか置いていなくても、特に怪しまなかったのだ。むしろ、いかにもカメラテストや、演技のレッスンで使われそうな印象を抱いた。
 とは言え、たかだか十二歳の少女たちだ。物事の本質が見抜けるだけの洞察力など、持ち合わせているはずがない。
 この部屋に入って、すでに三十分ほど経過している。少女たちをここへ連れてきた男は、しばらく待つように言い置いて、ドアで繋がった隣の部屋に入ったきり出てこなかった。
 それでも、少女たちはカーペットの床に坐り込んで、明るくおしゃべりに興じていた。輝く未来への希望に、胸をふくらませて。
 しかしながら、話題が途切れると、さすがにおかしいと思う者が出てくる。
「ねえ、遅くない?」
 ひとりの言葉に、他の三人も表情を曇らせる。
「うん、たしかに」
「もうどのぐらい経ったっけ?」
「三十分ぐらいじゃない?」
「何か急用かな?」
「だから、あたしたちのことを、プロダクションの偉いひとに連絡してるんだよ」
「あー、そう言ってたね」
「だけど、連絡するだけなら、とっくに戻ってきてると思うけど」
 四人は黙りこくった。目配せをするように互いの表情をうかがい、不安を募らせる。
「……ねえ、本当にちゃんとしたプロダクションのひとだよね?」
 恐る恐る問われたことに、他の三人がビクッと肩を震わせた。
「そりゃ間違いないでしょ。だって、ちゃんと名刺をくれたんだし」
 リーダー格の少女が、バッグから名刺を取り出す。ここへ連れてきた男が、四人に渡したものだ。
「ほら、このプロダクションって、すごく有名なところじゃない。○○○○とか、××××だって、このプロダクションの所属なんだよ」
「それは知ってるけど……」
「あと、社員証だって見せてくれたじゃない」
「でも、わたしたちは本物の社員証や名刺って見たことないし、偽物にせものかもしれないよ」
 この反論に、リーダーの少女があからさまにムッとする。誘われて最も乗り気だったのは、彼女なのだ。容姿に自信があり、芸能界への憧れもあって、いつか華々しい世界にデビューできることをずっと夢見ていた。
 だからこそお洒落しやれをして、芸能事務所からスカウトされることが多いという若者の街へ、友達を誘って繰り出したのである。いよいよ夢が叶うという段になって横槍よこやりを入れられ、愉快な気分ではなかったろう。
「こんな綺麗な名刺、誰かを騙すためにわざわざ作ると思う?」
 リーダー少女が、他の三人の前に名刺を突き出す。高級そうな光沢こうたくのある紙に、印字も鮮やかである。縁取ふちどりもカラフルで、いかにもお金がかかっていそうだ。
「それに、社員証だって写真入りの、きちんとしたやつだったじゃない」
「まあ、それは……」
「だいたい、このマンションだって、すごく高いはずだよ。場所もいいし、こんなに広いんだもの。何億とか、ヘタしたら何十億とかするに決まってるわ。もしもあのひとが本当に悪人だったら、今ごろどこかわからない、狭い倉庫にでも連れ込まれているわよ」
 絶対に大丈夫であることを彼女が強調するのは、スターになりたい気持ちがそれだけ強いためであった。
「それに、あのひとも優しそうで、全然悪いひとに見えなかったじゃない。言葉遣いも丁寧で、ほら、テレビに出てくる東大生のタレントと、似たような雰囲気だったでしょ」
 これには、他の面々も渋々うなずいた。
 男はおそらく二十代であろう、物腰が柔らかで真面目そうだったし、人柄を信用してついてきたのだ。そして、高級マンションに招き入れられたこともあって、すっかり舞いあがったのである。
「……たしかに、こんなマンションが買えるぐらいのお金があるのなら、わたしたちを騙す必要なんてないものね」
 ひとりが納得したようにうなずき、リーダー少女が「そうよ」と返す。
「あの、でもね」
 泣きそうな顔で口を挟んだのは、グループの中で一番怖がりな少女であった。
「なによ?」
「もしかしたら、わたしたちみたいな女の子を騙すことで、こんなマンションが買えるぐらいのお金を儲けているのかもしれないよ」
「どういう意味よ?」
「たとえば、わたしたちをどこかに売り飛ばしたりとか」
 これには他の三人があきれ、苦笑する。
「あのね、よその国はどうかしらないけど、ここは日本だよ。人間を売り買いするなんて、いつの時代の話よ」
「でも、他の国に売られるんだとしたら?」
「あ、そう言えば、外国の女性が日本に連れてこられて、働かされることがあるってテレビで見たことあるよ」
 別の少女の言葉に、一同が顔を見合わせる。恐怖が伝染したのか、場の雰囲気が一変した。
 それを打ち破ったのは、リーダーの少女だった。
「馬鹿馬鹿しい。よその国から来る女のひとがいるからって、どうしてあたしたちもそれと同じってことになるのよ。だいたい、あたしたちぐらいの女の子が行方知れずになったら、大騒ぎになるはずでしょ。それこそ警察がほっとかないわよ」
「だけど、たまにあるじゃない。女の子が行方不明になってるってニュースが」
「ほとんどが家出でしょ。だいたい、そういう子たちの中に、あたしたちみたいにスカウトされるほどの可愛い子がいた?」
 自信たっぷりの台詞せりふに、三人が押し黙る。何もわからない状態では、できるだけ望みがある考えにすがりたいのは、みんな一緒だった。
「それに、このマンションが買えるぐらいに稼ぐには、女の子を何十人、何百人って売り飛ばさなくちゃいけないのよ。行方不明になってる女の子って、そんなにたくさんいるの?」
 リーダーの勝ち誇った声に、ようやくみなぎっていた緊張がほぐれる。うん、そうだよねと、それぞれがうなずいた。
 ただ、心から安心するためには、外部との連絡が必要だった。
「わたし、お母さんに電話する」
 ひとりが言うと、リーダー少女が慌てて止める。
「ダメだよ。あのひとに言われたじゃん。話がちゃんと決まるまでは、家のひとには黙っていてほしいって。ちゃんと上に話を通したら、あらためてこちらから連絡するって」
「……でも、それっておかしくない?」
 別の少女が首をかしげる。
「え、何が?」
「わたしたちはまだ子供だから、デビューすることになったりとか、プロダクションへの所属が決まったりとかしたら、間違いなく親の許可がいるよね。だったら、最初から親も入れて話をするべきなんじゃないの?」
「だから、とりあえず偉いひとの許可を取ってからってことなんでしょ」
「それで偉いひとの許可をもらって、だけど親に反対されて結局ダメになったらどうするの? 完全にムダじゃない」
「う……」
「あのさ、ここにいることは言わないにしても、とりあえず電話をするだけなら問題はないんじゃない? 親を心配させたら、かえってまずいことになるわけだし」
「まあ、それは……」
「じゃあ、電話するね」
 最初に言った少女がスマホを取り出す。ディスプレイを目にするなり、「えっ!?」と目を見開いた。
「どうしたの?」
「ここ、圏外だよ」
「ええっ!」
 他の三人も、急いでスマホやキッズ携帯を取り出した。
「あ、ホントに圏外だ」
「わたしのも」
「ねえ、どうなってるの?」
 一同の顔が不安にゆがむ。
「あ、あれじゃないの。ここってマンションの上のほうだから、電波が届かないとか」
 リーダー少女の反論も、およそ説得力がなかった。
「高いところで使えないっていうんなら、スカイツリーの展望台も圏外なの?」
「う……さ、さあ」
「わたし、のぼったことあるけど、そんなことなかったよ」
 山奧ならいざ知らず、ここは都会の真ん中だ。携帯の電波が届かないなんてあるはずがないと、全員がわかっていた。
 つまり、この部屋に何らかの仕掛けがあるということになる。
「わ、わたし、やっぱり帰る」
 少女のひとりが立ちあがり、入ってきたドアに向かって駆け出す。それにつられるように、他の三人も同じ行動をとった。ところが、
「あ、あれ?」
「どうしたの?」
「これ、ノブが回らない」
「ウソっ」
 みんなが試したものの、結果は一緒だった。金属製のドアノブは接着されたみたいに固まって、一ミリも動かなかった。
「あ、これってあれと同じだ。オートロック」
「それって、ホテルとかの?」
「うん。前に泊まったときも、ドアが閉まったらこんなふうにノブが動かなくなって、カードキーを当てたら回ったの」
「だけど、オートロックって、普通はドアの外側なんじゃないの? どうして内側に──」
 疑問を口にしたリーダーの少女が、言葉をなくす。その理由は考えるまでもなかった。
「じゃあ、わたしたち、閉じ込められたの?」
「まさか……そ、そんなことあるはずないじゃん」
 否定しながらも、リーダー少女は今にも泣き出しそうだ。彼女にもやっと、自分たちが危機的状況にあると呑み込めたようだ。
 誰かがドアをこぶしでドンドンと叩く。けれど鉄製らしきそれは、ホテルよりは監獄を思わせる響きを返すだけで、びくともしなかった。
「あ、あっち──」
 少女たちは、もうひとつのドアに駆け寄った。そこはあの男が出て行った、別室に繋がっているらしきところだ。
 けれど、そちらも同じくノブが回らず、叩いても蹴っても、ドアは平然と立ち塞がっていた。
「ねえ、ここ開けて」
「お兄さん、いるんでしょ」
「わたしたち、もう帰るから、ドアを開けてください」
 口々に呼んでも返事はない。ドアには隙間ひとつなく、そちらに誰かいるのか、気配を窺うことすらできなかった。
「ねー、開けてぇ」
「わたし、トイレに行きたいの。漏れちゃうからぁ」
 本当に切羽詰まっているのか、それとも、ドアを開けさせるための弁なのか、言っている少女自身にもよくわかっていなかった。とにかく、せめて返事がほしかったのだ。
 リーダー少女が身をひるがえし、入ってきたほうのドアに突進する。ドンドンと力を込めて殴りつけ、
「助けてーっ! 誰かー!!」
 と、のどが破れんばかりに叫んだ。
 そのドアは、マンションの廊下に面していない。入ってすぐがキッチンみたいなスペースになっていて、他にトイレらしきドアもあった。そこを抜けて、この部屋に入ったのだ。
 携帯の電波を遮断するぐらいだ。おそらく防音などの処置もしてあるのだろう。そうとわかっても、ほんの一縷いちるの望みに賭けて、叫ばずにいられなかった。こんなことになったのは、率先してあの男を信用した、自分の責任でもあるのだから。
 他の少女たちも行動する。ドアが無理なら隣に知らせればいいと、あちこちの壁を叩きまくった。ここから出してと、泣きわめきながら。
 しかし、何も起こらない。無力感と疲労が、少女たちに絶望を味わわせる。
 彼女たちは部屋のあちこちでぺたりと坐り込み、肩を落としてすすり泣いた。誰かが声をあげて泣きだすと、みんな同じように号泣する。それすらも、むなしさしか招かなかった。
 やがて泣き声がおさまり、小さな嗚咽おえつだけが室内に流れる。どこからか、親しみのあるオシッコの匂いが漂ってきた。
(そろそろかな……)
 隣の部屋で、ずらりと並んだ隠しカメラのモニターを眺め、倉科太一くらしなたいちは目を細めた。
 四人の少女たちがいる部屋には、見えないようカムフラージュしたカメラが一ダースもある。こうして部屋を見張る以外の目的にも使うために。
 モニターに映る少女たちは、疲れ切って坐り込んでいる。もはや泣く気力すらないようだ。ただひとり、ずっとベソをかいている少女がいて、彼女の尻の下だけカーペットが変色している。どうやら漏らしたらしい。
(こういうのも、喜ぶ客はいるんだよな)
 映像はすべて録画してある。閉じ込められた少女たちが焦り、泣き叫び、悲嘆にくれる様を見るだけで昂奮するやからもいる。太一にはとうてい理解できないものの、こちらとしては「作品」が売れればいいのだから、お客の趣味に口出しはしない。
 とは言え、そういうのはあくまでもおまけであり、意図せず手に入った付随品ふずいひんだ。本当に撮りたいものはもっと露骨で、痛々しくて、劣情をあおるものである。今回の四人のうち、最低でもひとりは、その素材になるはずであった。
 太一は違法な映像を撮影し、それを売って収入を得ていた。少女たちのあられもない、いっそ淫らな姿を捉えた、所持するだけで犯罪と認定される種類のものだ。所謂いわゆる児童ポルノである。ソフトなものから、かなりハードなものまで、顧客のニーズに応じて提供してきた。
 たとえ許されないものであっても、いや、許されないがゆえに見たいと思う者、欲しがる者はごまんといる。そういう連中は本物であれば、いくらでも金を出す。おかげで、これを始めてからほんの二年ぐらいしか経っていないのに、何十億という収入が得られた。
 金があれば、こちらの仕掛けもいっそう巧妙にできる。素材となる少女たちを引っ掛けることもたやすくなり、作品の質も上がる。買い手がますます増えて、さらなる大金が手に入る。
 かくして、収入は雪だるま式に増え、今後さらなる増収が見込めた。笑いが止まらないとはこういうことを言うのだ。
 もちろん、金があるからうまくいくというものではない。最も重要なのは、いかに少女たちをうまく罠にかけ、従順にさせるのかということに尽きる。
 暴力で従わせるような頭の悪い方法を、太一は採らなかった。それでは商品に傷がつくし、作品の価値が下がる。怒鳴りつけて脅すなんてのも、実にくだらないやり方だ。
 やりたくなくても、やらざるを得ない心境に少女たちを追い込むために、まず必要なのは恐怖心を植えつけることであった。怖いから従う、恐ろしい目に遭いたくないから従う、最初はそこから出発するのであるが、いずれ恐怖心は薄らぐ。
 けれど、そのときには、もはや逃れられなくなっているのである。
 恐怖心も、脅して植えつけるのではない。外からではなく、内部から襲ってくる恐怖のほうがずっと恐ろしく、心を支配しやすい。
 だからこそ、太一は少女たちを放っておいたのだ。次第に押し寄せてくる不安で、勝手にパニックにおちいるのを待った。案の定、最初は楽しげに談笑していた四人は、こちらが何もしなくても恐れを抱き、互いの会話によって不安を募らせ、大騒ぎを始めた。恐怖ばかりか絶望も味わい、今や自我が崩壊しそうになっているはずである。
 あとはこちらの舌先三寸したさきさんずんで、どうにでも操れる。
 追い詰められた、と言うより、勝手に追い込まれた少女たちは、写真を撮らせれば帰してやるとでも言えば、簡単に了承する。下着が見える程度なら、まったく気にしない。
 あとはターゲットを絞り、この程度では足りないとやんわり迫れば、特に乗り気だったやつは自己犠牲の精神を発揮し、自分が残ると言うはずである。そうして、さらに露骨な写真を撮り、映像も手に入れる。そうやって商品になってしまえば、これをネットにアップすると言うだけで、ずるずると従うようになるのだ。うまくいけば、友人を引っ張り込んでくれることもある。
 今回の四人も、太一が目をつけたのは最もメイクが濃くて、アクセサリーを多く身につけた、リーダー格の少女だった。一見して自意識過剰だし、中学生だなんてのも、大人ぶりたいがゆえの嘘だとすぐにわかった。芸能界への憧れが強いようで、偽の名刺と社員証にあっ気なく騙された。
 だからと言って、彼女がひとりだけだったら、太一は相手にしなかった。友人と一緒なのは、自分を他にひけらかしたい気持ちがあるからだ。真っ先に声をかけられれば得意な気分になれるし、みんな一緒と言われても、自分が一番という意識があるから、他はおまけなのだと納得する。加えて、ひとりじゃないから安心でもある。
 そんなふうにして、太一は主にグループでいる少女たちを狙い、スカウトしてきた。作品の素材になった少女は、百人を優に超える。捨て駒のない、最高品質の少女ばかりだ。
 他にも、こいつならと目星をつけて、誘い込むこともあった。主に、金に困っている家の少女である。そちらは少しもチャラチャラしておらず、真面目で純朴じゆんぼくな子が多い。けれど、家のためになるとわかれば、文字どおりにひと肌脱ぐことを決心するのである。
 児童「ポルノ」を求めながら、素材にけがれのなさを求める顧客は多い。家のために自らを犠牲にするような子は、まさに金のなる木であった。
(第22回へつづく)

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小倉 日向Hinata Ogura

北多摩在住。静かな土地で犬と暮らし、純米酒と芋焼酎を好む風雅人。漂泊の歌人になることが夢。

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