双葉社web文芸マガジン[カラフル]

ジ・エンド(新津きよみ)

イラスト:浦上和久

引き際 (前編)

 所沢ナンバーのリサイクル業者のトラックが角を曲がって見えなくなると、律子はホッとため息をついた。ようやく肩の荷がおりた気がした。
「お疲れさま」
 その肩をポンと叩いたのは、夫の良介だった。「じゃあ、俺は帰るよ。おまえは実家でひと晩ゆっくりすれば?」
「母屋にまわって、冷たいものでも飲んでいかない?」
 良介の額ににじんだ汗を見て誘ったが、
「あ、いいよ。お義母さんにはさっき挨拶したしね」
 かすかに顔を曇らせて答えると、それじゃ、と良介は、白線の引かれた駐車スペースの一つにとめてあった車に長身を折り曲げるようにして乗り込んだ。
 夫の車を見送ってから、律子は足元を見た。白線が薄れて消えかかっている。そのまま母屋の玄関には向かわずに、診療所だった建物の玄関ポーチにしばらくたたずんでいた。
 建物の前に設置されていた「南雲なぐも医院」の看板がはずされて二年。閉院した診療所のあと片づけのために、律子は何度も実家に通っている。今回は、倉庫に大量に保管されていたX線写真を処分するためだった。
「倉庫から一人で運び出すのは大変だろう。俺が行って手伝うよ」
 と、良介が快く申し出てくれた。レントゲン本体の解体業者や、撮影に使ったレントゲンフィルムの買取り業者について調べて、別々の日に両者を手配してくれたのも良介である。
 律子は知らなかったが、院長を務めていた父の南雲正一郎が長年使っていたレントゲンフィルムには銀が含まれているという。一枚の含有量は微量でも、四十二年分のフィルムとなるとかなりの量になる。回収に現れたのは、医療用レントゲンフィルムや工業用X線フィルムや写真廃液、あるいは電子機器から金や銀などの貴金属やパラジウムなどを取り出して、貴金属の有効活用に取り組んでいる業者だった。
「お電話一本で、お宅のような閉院したところにすぐに駆けつけます。東北から九州まで飛び回っているんですよ」
 真っ黒に日焼けした作業着姿の営業マンの話を聞いて、世の中にそんなに閉院した診療所があるのか、と律子は自分の中の罪悪感が多少は薄れるのを覚えた。
 しかし、罪悪感がすっかり消え去ることはない。
 医院の玄関に表から鍵をかけると、庭を通って母屋に戻り、玄関から中に入った。
「良介さんは?」
 キッチンから母が声をかける。
「先に帰った」
「あら、一緒にお茶を飲んでいけばいいのに」
 とは言ったものの、母の表情はあまり残念そうには見えない。手元に用意したティーカップも自分と娘の二客分だけだ。はなから娘の夫を引き止めるつもりなどなかったのだろう。良介が妻の実家に上がったことは、結婚の挨拶にきたときの一度しかない。
 律子は、居間に続く和室へ行き、仏壇の前で手を合わせた。大宮から手みやげに持ってきた和菓子の最中が供えられている。
「お父さん、甘いものは苦手だったのに、最中だけは好きで、とくにムライの丸最中は『うまい、うまい』って食べてたわ。『これは、緑茶にも紅茶にも合う味だな』ってね。黄色くて丸い形なのも気に入ってたわ」
 律子の背中に、しんみりとした口調で母が言った。
「ああ、うん。そうだったよね」
 そう受けて、律子はその「ムライの丸最中」からもう一つの供え物に視線を移した。七歳で亡くなった弟の好物だった銘柄の板チョコだ。
 父と弟。二人の遺影にもう一度長めに手を合わせて、居間に戻る。
「もうほとんど片づけは終わって、だいぶすっきりしたよ」
 紅茶を飲みながら、律子は報告した。大量の古いカルテをシュレッダーにかけたり、くたびれたスリッパや染みのついたシーツや白衣などを袋に詰めて捨てたり、待合室に置かれていた変色したソファを粗大ゴミとして処分したり、すべての片づけをほぼ一人で行ったのだった。父の死後、一人暮らしになった後期高齢者の母に任せるわけにはいかなかったからだ。膝の調子がよくない母である。
「勤務医だったお父さんが四十歳、看護師だったわたしが三十三歳のときに、桶川のこの地で開業して四十二年。お父さんが亡くなって、『南雲医院』の歴史も幕を閉じました。それからさらに二年、あと始末も終えましたよ」
 母が和室へと視線を投げながら、他界した夫に語りかけるように言った。感慨とともにうっすらと皮肉がこめられている気がして、律子は返す言葉に窮した。
「あの子が生きていたらね」
 重ねた母の言葉には、今度は無念の気持ちが含まれていて、律子の胸は締めつけられた。
 律子と六つ違いの弟は、小学校に上がった年の夏休みに、近所の用水路に落ちて亡くなった。大雨が降った翌日で付近の川は増水していた。その用水路には事故のあとに蓋が設置された。
 活発で元気いっぱいの弟だった。友達のいる公園へ遊びに行きたいという弟に「ちょっと待っててね」と言い置いて、部屋に財布を取りに行ったすきに、弟の姿が見えなくなった。帰りに母に頼まれた買い物をする予定で、律子は弟を公園まで連れて行くつもりだった。当時、南雲医院は開業して十年になるかならないかのころで、患者数も非常に多く、従業員だけでは手が足りずに、看護師の資格を持っていた母も手伝いに駆り出されることが多かったのだ。
 公園に弟の姿はなくて、律子はあたりを探し回った。そして、用水路の脇に弟の帽子が落ちているのを発見した。胸騒ぎが膨れ上がり、家に戻って母に伝えた。それからの経緯を律子はいまだによく思い出せない。それほど、十三歳の少女に深い心の傷を負わせた事故であり、悲劇だった。
 ――あのとき、わたしが目を離さずに一緒にいたら・・・・・・。
 律子は、何度も自分を責めた。けれども、両親は一度も律子を責めたりはしなかった。
 それなのに、律子は自分を責めることをやめられない。
 ――弟の死が南雲医院の閉院につながっている。
 その考えを捨てることができずにいるからだ。弟が生きていたら、成長して医師になり、父のあとを継いだかもしれない。
 弟は、小学校に上がるまでは、「大きくなったら、電車の運転手になりたい」とか「野球選手になりたい」などと無邪気に口にしていた。ところが、小学校に入って最初の授業参観日。教室の後ろに貼られた弟のプロフィールカードを見て、母は驚いたという。そこの将来の夢の欄には、「おとうさんのようなおいしゃさん」とあった。それを聞いた正一郎が夕食の席で相好を崩していた姿が、いまも律子の目に焼きついている。
「そうか、将来、医者になりたいのか。だったら、勉強がんばるんだぞ」
 と、アルコールが入って赤ら顔になった正一郎は、長男の頭を撫でて、撫でられた本人も同様に頬を紅潮させて誇らしげにしていたものだ。
 しかし、その南雲家の長男は、七歳で短い生涯を終えてしまった。
 ――お母さん、ごめんね。わたしのわがままを通させてもらって。
 律子は、心の中で目の前の母にあやまった。
「ああ、そうね。ムライの丸最中、食べましょう」
 重苦しい空気を打ち破るように母が腰を上げ、最中を持ってきた。「あなたも食べる?」と一つ差し出されたが、ダイエット中なので断った。
 今年四十八歳になる律子は、更年期で新陳代謝が悪くなったせいか、最近体重が増加し、下腹がたるんできている。大学生の長女には「お母さん、妊婦みたい」と、高校生の次女には「お母さん、豚になってるよ」と、何とも辛辣な言葉を浴びせられている。
「あら、味が変わったかしら」
 少し食べて、母が首をかしげた。
 律子は、ドキッとした。味覚の変化も老化の一つと聞いたことがある。
「ひと口だけちょうだい」
 律子もかじってみた。だが、味の変化はわからない。あまり和菓子が好きでなく、ケーキなどの洋菓子のほうが好みなのだ。
「別にこんなもんじゃない?」
 ごく普通の最中の味に思える。
「そうかしら。ちょっと皮がパサパサしている感じだけど。前はもっとしっとりしてたわ」
 首をかしげながらも、母は食べ進める。
 ――お母さん、年だから、口の中が渇いてきたんじゃないの? 
 内心でそう言い返す。娘たちにふだんきつい言葉をぶつけられて傷ついているので、自分は言葉で母親を傷つけないようにしよう、と心に決めている。
「何か変わったことがあったらすぐに連絡してね。いつでも駆けつけるから。わかった?」
 最後にそう念を押して実家をあとにするのは、いつものことだった。看板をおろしたとはいえ、母屋に別棟がくっついた造りは人目を惹く。高齢の女性の一人暮らしでもある。悪質訪問販売や手渡し詐欺などのターゲットにされないともかぎらない。

「秀司さんも気がついていたのね」
「ムライの丸最中」をそっくり一つ食べ終えた秀司に、有紀子は言った。父親の村井幸作と同じ菓子職人である夫の秀司は、ひと口食べた程度で味の判断をすることはない。
「ああ、今日のもそうだ。皮の味が変わったのは確かだね」
 と、秀司は慎重な言い方をする。
「そう、やっぱり」
 有紀子は、小さなため息をついた。昨日乗った電車内で、女子高校生二人の会話を小耳に挟んだのだった。
 ――ねえ、ムライの丸最中、味が落ちたと思わない?
 ――ああ、うん、皮がまずくなったよね。
 二人はすぐに降車してしまったが、有紀子の顔はこわばったままだった。
 有紀子の生家は大宮で代々続く老舗の和菓子店で、父親の幸作で三代目。その幸作が中秋の名月から着想を得て、満月のように黄色くて真ん丸い最中を改良を重ねて売り出したのが二十年前。それが異例のヒット商品となり、「ムライの丸最中」の商標名で親しまれていた。いわば、村井菓子店の看板商品というわけだ。
 とくにここ数年、SNSが発達した影響で、「満月の晩にムライの黄色い丸最中を食べるといいことがある」といううわさが流れたことと、「インスタ映えする色と形」と評判になったことで、客層が若い女性にまで広がっていた。
「味の変化に気づいたのはいつ?」
「二、三か月くらい前かな」
「具体的に、どんなふうに変わったの?」
「皮種の水分量が減っているね」
 秀司はそう答えて、顔をしかめた。「おそらく、お義父さんの味覚が変化したんだろうと思う。いままでどおりに作っていたのがもち米の粘りが強すぎると感じて、微妙に水分量を調整したんだろう」
「だけど、女子高生でもわかるくらいの変化なのよ」
「若い子で味覚が発達している子はいるよ。甘いものが好きで食べ歩きをしている子なんかは、それだけ舌が肥えているしね」
「お父さんの味覚が変化したのって、それは老化によるもの?」
「加齢によって味覚が変わることもあれば、服用している薬に影響されることもある。原因を特定するのはむずかしいね」
「そう」
 幸作は、先月で七十八歳になった。血圧を下げる薬も飲んでいる。「お父さんに言ったほうがいいかしら」
 秀司は、視線をそらして考え込んでいたが、「もう少し待ってみよう。お義父さん自身も何か考えていることがあるかもしれないからね」と、やはり慎重な答えを返した。
 ――そうよね、あなたがお父さんに進言できるはずないものね。
 少し困惑したような夫の表情を読み取って、有紀子は思った。
 老舗の和菓子店の一人娘のところに婿養子として入ってくれた、もともとは洋菓子職人の夫である。十二年前、銀座の洋菓子店に勤務していた秀司と友人の紹介で交際を始め、結婚した。跡取りがほしかった幸作は、「これからは、店の名前を村井和菓子店ではなく、村井菓子店にしよう」と提案しつつも、担当する商品は和菓子と洋菓子とではっきり分け、「ケーキ類は出さないこと」と、幸作なりのルールも設けた。
 現在、秀司が作って店に出しているのは、フランス菓子のマドレーヌやフィナンシェやカヌレなどである。有紀子は店での販売担当で、母親が担当する赤飯作りも手伝っている。昔から地域の冠婚葬祭に個人から注文を受けて赤飯や黒飯を作っていたのだが、最近は葬祭業者からの大口注文が増えている。
 和菓子は専門外で婿養子の秀司が、幸作に遠慮するのも無理はない。しかも、幸作は頑固一徹な性格で、「和洋折衷の店にしただけで充分だろう」と、自分から秀司に譲歩してやったという認識でいるようなのだ。
 夫からは言い出せないだろうと察して、有紀子は母の協力を得て、「秀司さんにも和菓子の修業をさせてあげて」と、幸作に頼み込んだことがあった。けれども、「十年早い」と、一蹴されてしまった。いまから六年前のことである。
 ――あと四年待ったら、お父さんは八十二歳。いつまで元気でいるかわからないし、それじゃ、遅すぎるんじゃないかしら。
「ああ、そろそろ迎えに行く時間だ」
 秀司が壁の時計を見て言い、将来を懸念していた有紀子は現実に引き戻された。小学五年生になる息子が通う進学塾が終わる時間で、駅まで車で迎えに行かないといけない。息子のほかに幼稚園児の娘もいる。
 店舗のある実家は居住スペースが狭くて両親とは同居できず、有紀子の一家四人は、実家の近くのマンションを借りて住んでいる。
「模試の結果、どうだったかしらね」
 車のキーを持った秀司に有紀子が話しかけると、
「本人は自信ありそうだったけどね」
 と、秀司は苦笑した。
「あの子、将来は・・・・・・」
 言いかけて、有紀子は口をつぐんだ。
 ――将来の夢や進路なんて、いますぐ決めなくていいんだ。いまは好きなことをすればいい。
 それが、父親である秀司の教育方針だからだ。
 学校の成績が優秀な息子は、四年生になったときに、有名私立中学をめざす県内でも有数の進学塾に自ら通いたいと言い出した。その進学塾でもトップの成績を維持し続けている。進学塾の同じクラスの子たちの大半は、将来、官僚や医師や弁護士をめざしているという。
「ああ、そうそう。幼稚園からもらってきたんだけど」
 有紀子は、本棚からファイルを抜き出して、挟んであった絵を秀司に見せた。自分の顔くらいの大きさのメロンパンを持った女の子がクレヨンで描かれている。
「『将来の夢』ってテーマで、園児たちに描かせたみたい」
「へーえ、よく描けているじゃないか。ちゃんとメロンパンだってわかる」
 娘の絵を見て、秀司は感嘆したような声を上げた。
「メロンパンは、ぼくも好きだよ。いつか焼いて店に出してみたいね」

「お父さんって、昔、サッカーやってたんだって?」
 居間に入ってきた長女が、いきなりサッカーの話題を出したので、律子の心臓は波打った。サッカーの話題は、夫婦間では出さないように努めてきた。いや、夫に禁止されたわけではなかったが、律子が触れない配慮をしてきたのだった。
 大学に入って名古屋で一人暮らしを始めた長女は、連休で帰省している。高校三年生の次女は、大学受験に向けて連休中も予備校通いだ。昼食を挟んで、午前中と午後の講義を受けている。
「高校までの話だ」
 しかし、良介は動じたそぶりを見せずに、新聞を広げながらコーヒーを飲んでいる。
「でも、何だかすごい逸材だったみたいじゃない」
「何だ、そのすごい逸材ってのは」
「だって、ほら、このあいだ引退したイッケンが、インタビューでお父さんの名前を挙げてたよ。ネットニュースで見たの。『高校時代、愛知の宮田良介にはかなわなかった。彼は十年に一人の逸材だった』って。それって、お父さんのことでしょう?」
「それがどうした」
(後編へつづく)

新津 きよみKiyomi Niitsu

長野県生まれ。青山学院大学卒業後、旅行代理店勤務などを経て、88年に作家デビュー。心理描写の巧みなサスペンス、日常に潜むホラーに定評があり、『二重証言』『女友達』『トライアングル』『ふたたびの加奈子』など映像化作品も多い。近著に『夫以外』『シェアメイト』『二年半待て』『誰かのぬくもり』などがある。

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