双葉社web文芸マガジン[カラフル]

猫でござる~江戸にゃん草紙 / 柏田道夫・著

のみ取り屋おたま 脇ばたらき その六
菜飯屋なめしや田楽でんがくにゃん騒動

 春になって陽気がよくなると、猫たちは日がな一日、ぽかぽか日だまりで過ごす。くわぁ~んと大きな欠伸あくびを合図に、ついでのように毛繕けづくろいをはじめたりする。
 猫に移されたわけでもなかろうに、人間もやたらと、池のこいみたいにあんぐりと欠伸を連発している。
 もっとも猫のほうだって何匹かは、春となると“さかりがつく”ってやつで、のんびりもしていられなくなるのだが。
 浅草あさくさ元旅籠町もとはたごちようにある菜飯屋「めかわ田楽」の飼い猫シャモジが、まさに盛りがついてしまったとか。夜な夜な相撲すもう取りに踏んづけられたような声で、近所のメス猫たちに迫っては、反撃の爪を食らっているという。
 まあ、そんな春の言葉でもある「猫の恋」なんぞは、江戸の住民も慣れっこで、「うるせえや」って、水でもぶっかければすむ話ではあるのだが。
 客商売の菜飯屋では、そうもいかない有り様となっていて、お玉は久しぶりに「猫の蚤取り」の仕事をすることになった。
 シャモジが「猫の恋」にいそしむたびに蚤をもらってくるらしく、菜飯屋のたたみの上でも跳ねるのが見える始末。
「飯の黒いゴマが、いきなり飛び上がりやがった」
 と客が怒り、どんぶりを投げつけたとか。それでお玉に声が掛かったのだ。
 秋から冬にかけては、猫の蚤取りの商いは一気に減る。蚤の活動も寒くなるにつれておさまるからだ。そんな蚤たちも、春の陽気にもぞもぞ動きだし、どこからともなく猫のように盛りがついてくるのか、活発に跳ねるようになる。
 お玉の口上こうじようにも「え~、石見銀山鼠捕いわみぎんざんねずみとり」に、「蚤も取ります、蚤取り屋でござい」を加えるようになっていた。
 ただ、このシャモジの蚤取りを持ってきたのは、飛び込みの客ではなかった。お玉の因縁いんねんの相手、双忍そうにんの片割れ、にゃろきちこと成郎吉なろうきちの筋である。
 簡単にここまでの経緯いきさつを振り返っておこう。
 お玉が故郷の戸隠村とがくしむらからこの江戸に出てきたのは、抜け忍となった成郎吉を見つけ出し、ほうむるためだった。
 抜け忍は、お玉たちがいた猫目ねこめ一族のみならず、しのびの一族にとっては死を意味する裏切り行為で、ようやく遭遇したお玉と成郎吉も一時は真剣に殺し合いをした。
 が、そもそもの猫目一族が、戸隠村での派閥争いで壊滅したということで、猫目のかしらから抜け忍の件は“返し”にされた。つまり、なかったことにされたのだ。
 それどころか、双忍としてお玉と成郎吉は、奉行所ぶぎようしよから密書を盗み出せという命令を受けて、見事にやってのけた。
 これが半年ほど前の出来事で、お頭は密書を手にして江戸から消えた。
「お玉も成郎吉も、江戸でそのまんまの稼業を続けていな。おっつけこの志乃しのから指令が来る」
 と告げて。
 志乃というのは、猫目一族伝説の“姫”とも“白猫”とも称される白髪しらがの娘のことだ。この半年前に初めて、お玉と成郎吉も顔を合わせた。志乃もお頭が消えた後で、ふいと姿を消した。
 成郎吉は瓢箪ひようたんからこまみたいに、のがれ者の身から解放されて喜んでいたようだが、お玉はどうも釈然としない。何のために江戸くんだりまで出てきたのか?
 成郎吉と顔を合わせると、反射的にまゆを寄せてしまうのだが、本心はお玉も安堵あんどしていた。物心ついた頃から共に忍者の修行を積み、双忍となった相棒である。裏切られたとはいえ、殺してしまうのにためらいが消せなかったのだ。
 こうしてお玉は、江戸で蚤取り屋と石見銀山鼠捕り売りを続けていた。たまに八丁堀はつちようぼり同心の岡倉市平太おかくらいちへいたから、下っ引みたいな調べごとを頼まれたりもしたけど、こっちはできるだけ避けるようにしていたが。
 お頭の言うそのまんまの稼業というと、成郎吉は表向きは瓦葺かわらぶき職人だが、実際は泥棒だった。どうやらほんとにそのまんま、せっせせっせと、新たな相棒の猫のクロと盗みばたらきに励んでいるらしい。
 お玉は変わらずに麻布あざぶの一軒家に二匹の猫と暮らしていたし、成郎吉はここ浅草の三軒町さんけんちようのほとけ長屋住まい。
 で、成郎吉の隣のたなに筆職人の父娘おやこが住んでいて、おけいという娘のほうが妙に成郎吉と親しい。
 お頭が消えた後で、お玉は成郎吉の長屋に行って、お景と顔を合わせた。
「へえ~、にゃろに故郷の知り合いがいたなんて、驚き桃の木だ。あっちにあるのはかやの木だけど」
 とお景は、何がおかしいのか、ゲラゲラ笑いながら成郎吉の背中を叩く。
「ハハハ、まさか江戸にいたとは思わなくってな。この前、ばったり会って……」
 と成郎吉も笑ってごまかす。「ばったり会って、殺し合いをしたんだがな」とはとても言えない。
「あ、どうも、お玉です」
「へえ、猫の蚤取り屋のお玉さん、そいつはぴったりの生業なりわいだ」
「成郎吉がお世話になってるみたいで」
 とお玉も愛想あいそ笑いで頭を下げる。
「世話なんかしちゃいない……いや、しているか。クロなんか、あたしが育てているみたいなもんだから。あっちのちっちゃいのはスズね」
 とお景が指す先に、美猫の黒猫が子猫を尻尾しつぽであしらっている。
 お玉はすでにクロとは会っていた。成郎吉と殺し合った夜に、お頭の横にちょこんと座っていた。戸隠忍者猫目一族出のお玉は、猫を一目見るだけで、その猫の素質なり器量のほどがはかれる。
 クロは成郎吉が見つけてきて、双忍の相方とするだけの素質を秘めていることが分かる。
 それはそれとして、成郎吉のゆるさなのか、いい加減さなのか、クロを忍者猫として育てきれていないように思えたが、なるほど、隣人の甘やかしが入っているからか。
 そんなことよりも、菜飯屋「め川田楽」のシャモジだが、この猫の蚤取りにお玉はずいぶんと手こずってしまった。中肉中背ちゆうにくちゆうぜいのキジトラで、顔は大福みたいな真ん丸。なるほど、シャモジという名はぴったりだ。
 ただ、愛嬌あいきようはこの顔だけで、すばしっこい上に凶暴。猫の扱いに慣れているお玉でさえも、ひっかき傷を負わされ、ようやく捕まえた。蚤を取るために、湯に浸けるのも大騒動。メス猫に迫る時とはまた違った、すさまじい叫び声をあげ続けた。
 蚤を移す毛皮に包んで、がっちりと固めても、片時もシャモジはじっとしていない。ようやく毛皮から解放されたら、「フギャ」とお玉に一撃を食らわせると、日だまりで毛繕いを始めた。
 お玉がひっかき傷に軟膏なんこうを塗っていると、
「あらま、あたしもやられたのよ」
 とお景も二の腕を見せた。そこに幾筋いくすじもの傷が走っている。
 お景はこの菜飯屋で働いていた。以前は深川ふかがわの一膳飯屋にいたが、長屋を火事で焼け出されて、働き口を変えたそうだ。
「め川田楽」の板前の八十吉やそきちは、その深川の一膳飯屋で働いていた。二年前に姉のおことを故郷から呼び寄せて、二人で浅草のここに菜飯屋を開いた。
 地道に店を続けて、ようやく常連客をつかむようになり、新しい手伝いがほしいということで、知っていたお景が移ることになった。
 浅草界隈かいわいはそもそも、茶飯や菜飯を食わせる店が多い。
 江戸では明暦めいれき大火たいかの後、浅草寺せんそうじに向かう大通りに奈良茶飯ならちやめしの店ができた。奈良茶飯とは、奈良の東大寺とうだいじ興福寺こうふくじで、坊さんに食べさせるために作られていた飯だ。
 ほうじ茶の葉をもんで炊きあげ、大豆だいずを加えた飯に、豆腐汁とうふじるや煮豆を付けて出したのだが、たいそう繁盛はんじようした。
 そこから類似の飯を食わせる店が近辺にでき、さらに江戸の町のあちこちに一膳飯屋がひろがっていった。菜飯はその名のとおり、大根や人参にんじんかぶなどの葉をでて刻んで、ご飯に炊き込んだもの。
 特に東海道五十三次とうかいどうごじゆうさんつぎの江戸から五十一番目、石部宿目川いしべしゆくめかわの菜飯と田楽が名物として知られていた。
 八十吉はこの石部から江戸に出て、十年以上、板前修業を積んだ。
 お琴は出戻りとかで、養父がやっていた菜飯屋を手伝っていたが、何かの事情で石部を引き払い、弟のいる江戸に来た。八十吉は二十七、お琴は三十だという。
 わざわざ浅草で「め川田楽」の看板を掲げるにあたり、八十吉は田楽にさまざまな工夫をしたという。
 お玉はシャモジの蚤取りをした後で、自慢の田楽を食べさせてもらった。
 八十吉が板場で、田楽の仕込みをするところからながめた。様子と腕のいい職人が、無心で働く姿は、見ているだけで楽しい。
 まずは定番の木の芽田楽。
 細長く切った豆腐の水を切り、醤油しようゆをつけて長方形の焼き台で両面を軽くあぶる。これに菜をつぶして青寄あおよせした田楽味噌をつけて、うつすげ目ができるまで焼く。
 クルリクルリと、八十吉の細い指が串を回転させる。ちようが舞うように軽い。そのかすかな羽ばたきにうながされ、田楽味噌の香ばしい匂いがお玉の顔をふわりと包む。こくりとお玉はのどを鳴らした。
「ほらよ」
 八十吉がプチプチと小さな息吹いぶきをあげる田楽串を皿に載せ、お玉の前に置いた。
「いただきます」
 お玉は両手で拝むと、わずかに熱を持った串を親指と人差し指で掴む。
 それから、湯気をあげる熱々の焼き豆腐を、はふはふさせながら食べた。
「これっ……おい……」
 お玉の口から出た言葉はここまで。後は夢中だった。お腹はそんなに減っていなかったのに、いくらでも食べられそうだ。
「ね」と、横に立つお景が得意そうに笑う。この店にお玉を連れて行く時に、盛んに、
「ほんとうなんだから、あんなにおいしい田楽は、そんじょそこらにはないんだから」
 と何度も繰り返していた。
 次の田楽を焼いている八十吉は、お玉をチラと見ると、フッと形のいい唇をゆがめるだけ。お玉はその端正たんせいな横顔を見て、自分の顔が赤くなるのが分かった。
 お琴はというと、春の陽が差す縁台えんだいで身繕いに余念のないシャモジの首筋をでている。キジトラ猫の身体からだはようやく乾いてきた。この凶暴猫は、お琴には慣れていて、爪を立てることはないようだ。
 猫を撫でるお琴の姿は浮世絵うきよえのようで、ただ、どことなくかげもまとっていて、女であるお玉が眺めていても見飽きない。
 この店が流行はやっているのは、うまい菜飯とこの田楽だけではないだろう。
 男客は黄八丈きはちじように赤い前掛けの女盛おんなざかりのお琴を。そして女客は、紺縞こんじまの着物に、黄色の博多帯はかたおび、真っ白な前掛け、きりりとたすきがけで田楽を焼く優男やさおとこの八十吉を。少しでも眺めていたくて、「め川田楽」の暖簾のれんくぐるのだ。
 焼き台の火に照らされて、ほおを赤く染めている八十吉が、
「熱いぜ、気をつけな。こいつが卵田楽だ」
 と黄色く染まって、湯気をあげる二串目の田楽を皿に置いた。
 さきほどの木の芽田楽とはまた違う、ほろ甘い匂いがお玉の鼻先をかすめていった。
「わ、おいしそう」
 とお玉は素直な歓声を上げた。そしてあつあつの卵田楽を頬張った。
 唇が焼けるようで、一口では食べられない。ふうふうと冷ますのだけど、鼻先を撫でていく香ばしい匂い。焼けた鶏卵けいらんと醤油、甘酢あまず芥子からしの実が混じり合ったその匂い。これに微かな青さを残したおろし山葵わさびが載っかっている。せっかくの淡い香りを、冷ます息が飛ばしてしまうようで惜しいくらいだ。
 けれども、口の中に入ると、香りは大きな果実となったようにいっぱいに拡がり、たちまち豆腐の身と一緒になって崩れていく。
 焼き豆腐にちりちりと、卵の黄身がこんなに甘く染み込むなんて。その後で鼻をつんと突く山葵が、いっそう田楽豆腐の柔らかさを引き立てる。
 この卵田楽こそが、八十吉がこの店の目玉とするために、工夫に工夫を重ねた料理だった。菜飯を食べに来た客たちも、必ず木の芽田楽と卵田楽を注文していった。
 串で刺して焼いた木の芽田楽ならば、田楽売りの屋台が道端みちばたに出ていて、二文か三文で一串を食べられる。
 お玉も蚤取り屋の行商をしながら、時折、田楽味噌の焼ける匂いに誘われてつい食べてしまう。けれど、同じ木の芽田楽でも、これほどうまい一串と出合ったことはなかった。ましてや、初めて食べた卵田楽のおいしさときたら。
 八十吉は仕入れの豆腐も、わざわざ聖天しようでん様脇にある豆腐屋に田楽用に作って貰い、田楽に合う白味噌しろみそも江戸中を探し、ようやく見つけたという。味噌をのばす味醂みりんや、混ぜる青物も凝った。鶏卵は根岸ねぎしの百姓から、まとめて仕入れていた。
 この名物料理をお玉は、心から味わった。空になった串を皿に置くと、ふうっと息を吐いた。
「そんなにおいしそうに食べてくれると、作りがいがあるわ、ね」
 お琴がそう言って弟を見る。「ああ」と八十吉が笑って応じた。
「じゃあ、そろそろ、お店開けますか? シャモジもきれいになったことだし」
 とお景が前掛けをパンパンとはたく。
 シャモジが立ち上がると、八十吉に近寄りながらニャアと鳴いた。
「おめえには、ほらこれだ。食いな」
 八十吉は平たい皿にふわりと白い豆腐を盛ると、はらはらと鰹節かつおぶしをかけ、はしでちゃっちゃと混ぜた。その皿をシャモジの前に置く。
「シャモジは淡雪あわゆき豆腐が好物なのよ」
 とお琴が、顔を皿に突っ込む猫の背中を撫でた。構わずにシャモジは、白い豆腐のかけらを口元につけながら無心で食べている。豆腐好きという猫はあまり会ったことがない。
 田楽に使う木綿もめん豆腐は、なわで縛ってぶら下げられるほどに固いが、淡雪豆腐は、にがりを使わない柔らかな豆腐で、口の中で雪のように崩れるのでその名前がある。これにくずあんをかけて食べさせる店が、江戸でも何軒が出ていた。
 この店でも客の注文に応えて、出しているのだという。ただ、
「固まらねえ豆腐なんぞ、豆腐じゃねえや。角に頭もぶつけられねえじゃねえか」
 と、妙な理屈をつける食わず嫌いな江戸っ子もいたりして、「め川田楽」ではあまり人気がないそうだ。
 お玉は「ごちそうさまでした」と猫の目が描かれた箱を背負って、「鼠捕り」ののぼりを手に立ち上がった。
「どうもありがとう。これでシャモジの蚤がいなくなるかしら?」
 お琴が小銭をお玉に渡す。
「あ、まだ、分かりません。蚤の卵が残っていると、また出てきます。それだけじゃなくて、また貰ってくるかも。それに……」
 とお玉は、目を細めて皿をめているキジトラ猫を見る。
 実は少し気になることがあったが、きょとんと首をかしげているお琴を見て、首を横に振った。
「いえ、十日後くらいに、もう一度様子を見に来ます。また蚤がいたら退治します」
 お玉は笑いかけた。
 八十吉は板場に入り、丼を飯釜めしがまの前に並べているし、お景は飯台の上に箸立てを置いていた。
「……ええ、お願いね」
 お琴もにっこりと、少し陰のある笑顔を向けてきた。

 それから十日後、春の雨が降る朝に、麻布のお玉の家の戸を誰かが激しく叩いた。
 お玉は二匹の猫に、味噌汁をかけた猫飯ねこまんまをやろうとしていた。
 猫たちは驚いて家の奥へと隠れた。
 お玉はふところのしころを手にする。
「おい、お玉、俺だ!」
 と聞き覚えのある声がした。
 お玉はかんぬきを外して、戸を開けた。
 雨に肩を濡らしたままの成郎吉が立っていて、険しい顔でお玉をにらんでいる。
 逃げた猫のうちのオスのちゃわんが、ニャッと顔を出す。
 成郎吉は一度ここに来たことがあって、顔見知りだった。もう一匹のメスのとくりは成郎吉にはまだ慣れていなくて、隠れたままだ。
「お玉、おまえ、お景のとこ、め川田楽の店に、猫いらずの薬を置いてきたか?」
 と挨拶あいさつもせずに、成郎吉はまくし立てた。
「え、何のこと?」
 お玉は首を傾げた。
「シャモジの蚤取りをしただろ? そん時にその猫いらずの薬を置いていったのか、って聞いているんだ」
 立てかけてあった「石見銀山」の幟を指して、繰り返す。その声にトゲがある。
「いいや。蚤取りをしただけ」
 お玉も声にトゲをつけて返す。
「ほんとうか?」
「何があったのよ?」
 成郎吉は少し黙った後で答えた。
「あの店の菜飯に猫いらずがられたんだ。食った客が死にかけた、って大騒ぎだ。岡っ引が調べてる」
 成郎吉は眉を寄せてそう告げた。
「あっ」
 とだけお玉は声をあげた。
 ちゃわんがきょとんとした顔で二人を見ている。
 お玉はあの店で、何かよくないことが起こりそうな予感がしていたのだ。
(第34回につづく)

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柏田 道夫Michio Kashiwada

1953年東京都生まれ。青山学院大学文学部日本文学科卒。脚本家、小説家、劇作家。95年、第2回歴史群像大賞、第34回オール讀物推理小説新人賞を受賞。2010年、脚本を手掛けた映画『武士の家計簿』が大ヒットを記録する。近著に『しぐれ茶漬 武士の料理帖』 (光文社時代小説文庫)、『矢立屋新平太版木帳』 (徳間文庫)。

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