双葉社web文芸マガジン[カラフル]

猫でござる~江戸にゃん草紙 / 柏田道夫・著

猫小僧成郎吉ねここぞうにやろきち 盗みばたらき その五
盗人籐吉ぬすつととうきちに弟子入りする

 部屋の四隅よすみに置かれた燭台しよくだいあかりが、風もないのにゆらゆらと揺れる。
 男たちがくわえている煙管キセルから立ち上る煙と、身体から放たれる熱が混じり合い、二十畳もあろうかという部屋なのにひどく息苦しい。
 冬も間近な晩秋で、外では冷たい雨が降っているのだが、戸板をぴったりと閉じたここは、熱がどよんともっている。
 男たちが二十人はいる。大店おおだなあるじ、番頭、職人、中間ちゆうげん人足にんそく香具師やしに、頭巾ずきんかぶった坊主、それにはかまの武家が三人。身分の高そうなたたずまいの当主と、お付きの二人。まるで浅草奥山あさくさおくやまの盛り場みたいにまとまりがない。
 みな、中央にいるたった一人の女の手をじっと見つめている。
 歳のころは三十手前、切前髪きりまえがみ紅色べにいろの着物、藍染あいぞめの半纏はんてん片袖かたそでに引っかけていて、見ているだけで肌の匂いがするようなあだっぽさを漂わせている。
「胴をつとめます、ゆうと申します。よろしゅうおたの申します」
 と半刻(約一時間)ほど前に名乗って正面の座についた。ゆうは夕方の〝夕〟の字を当てると、以前竹七たけしちが教えてくれた。
 中央に白い木綿もめん盆茣蓙ぼんござがあって、客たちがお夕をぐるっと取り囲んでいる。
 ここは松平某家まつだいらぼうけなか屋敷、中間部屋にしつらえられた賭場とばだ。
 行われている博奕ばくちは、ホンビキと呼ばれていた。上方かみがたあたりから江戸に入ったばかりで、まだこの博奕をやる賭場は数えるほどしかないという。賭け方や配当の仕方もまだ固まっておらず、賭場ごとで違うらしいが、それでもめっぽうおもしろい。
 札を切る胴師は、一刻(約二時間)くらいで交代するのだが、女はここでは一人だけだった。それもお夕のような妖艶ようえんな女だと、余計に場が色を帯びて気分が高まる。
 成郎吉なろうきちがこの賭場で、ホンビキをやるのは五回目だ。今までは、瓦葺かわらぶき職人の竹七と一緒だったが、今日は一人で来た。胴のお夕に当たったのは二回目。
 今日はツキがあると思ったのは、お夕が胴だったというだけでなく、最初こそ負けたが、その後続けて三回勝ち、手持ちの銭が五倍になったからだ。
 それも今夜のこの賭場は、いつもと違う異様な熱気に包まれていた。
 成郎吉や人足たちが賭ける金額は、最低の百文からと少額だった。そんな連中もいれば、一両、二両と張る旦那衆だんなしゆうも時々混じるという小さめな賭場だった。
 それが今夜は、ホンビキの評判を聞いて加わったという大店の主と、侍一行が一度に十両単位で賭けている。
 成郎吉自身、千文を飛び越えて、一分金、二分金をいきなり賭けるようになっていた。今、手持ちは二分金が九枚にバラ銭、すなわち五両以上になっている。その日暮らしの成郎吉にとっては大金だ。
 成郎吉はすっかりこのホンビキのとりこになっていた。江戸に来る前には、自分は博奕なんぞにはまるはずはないと思っていたのに。
 成郎吉が戸隠村とがくしむらの忍者を抜け、軽業かるわざ一座の軽業師として江戸に来て、ゴタゴタを起こして辞めたのが三月みつき前。その折に相棒となったのが黒猫のクロ。
 口入くちいれ屋の世話で、瓦葺き職人になった。本当は瓦葺きなんてやったことはなかったのだけど「できますぜ」と言って、神田かんだ天晴屋あつぱれやという瓦屋を紹介してもらった。
 親方から、
「おめえ、半人前以下だな」
 と呆れられながら屋根に登った。手元てもとという職人の手伝いだった。なんせ、もともとは忍者で、軽業までこなしていたくらいなので、屋根の上は庭みたいなものだ。とはいえ、瓦の扱いは初めてだった。
 口入れ屋はクロをふところに入れた成郎吉をしげしげと見て、住まいも紹介してくれた。それが深川大島町ふかがわおおじまちようの裏長屋。その長屋の大家と口入れ屋が顔見知りで、ねずみが出て困っていると耳にしていたのだという。
 天晴屋で組まされたのが、瓦葺き職人の竹七で、何かと成郎吉をかばって、瓦の扱い方や敷き方も教えてくれた。そのついでのように、成郎吉をこの賭場に連れ込んだのだ。

「入りました! さあ、どうぞ! 食いどころ、食いどころ!」
 とお夕の横で、さらしとふんどしだけの男が掛け声を上げる。胴の横にぴったりと張り付いて、進行役を務める。上方では合力ごうりきとか脇とか言うらしいが、ここでは中盆なかぼんと呼んでいた。
 名前は籐吉で三十半ば。肩から背中、胸にかけて鮮やかな刺青いれずみいろどられている。イガグリのような頭の男が、見得みえを切っている図柄だ。
 籐吉の声で、男たちが裏返した札を二枚、三枚と賭け金の前に並べる。一枚だけで勝負に出る者は今回は一人だけ。
 成郎吉は、ボンウケという三枚で、一枚だけ上で二枚は下に並べる。
「揃いました! 手ェ切って、さあ勝負!」
 籐吉の声で、賭けた男たちが盆から手を引き、お夕の前に置かれた四つ折りの手拭いに注目する。
 胴であるお夕はすでに、六枚ある繰り札から一枚を選び、手拭いの中に入れてある。
 そして、手拭いの下に並べてある大きめの木札から一枚を抜くと、右端にパシリと置く。続いて手拭いを開き、札を見せる。
「六」
 男たちは「うぉ!」「当たり」「あちゃ」といった声を上げ、当たりが出たものだけが伏せた六の張り札を開く。
 籐吉が外れの賭け金を回収し、当てた者への配当を行う。
 成郎吉は下に並べた二枚のうちの一枚が六だったが、これは元返しで、賭け金が戻ってくる。上に置いた札が当たっていれば二・八倍になる賭け方だ。
 ホンビキについて簡単に説明しよう。
 一から六の札があって、胴が選んだ札の数を客が当てるという賭け事だ。
 胴は片袖にかけた半纏の中で、繰り札の六枚の中からひとつを選び、手拭いで隠す。客たちは胴が選んだ数を予測して金を賭け、その札を伏せて置く。
 スイチという一枚賭けは、当たる確率は六分の一で、当たれば賭け金は戻り、配当として四・五倍となる。十両を賭ければ、四十五両の大当たりとなる。
 二枚賭けは二種類あって、ケッタツというのは縦に二枚を並べる。上の札が的中すれば三・五倍になるが、下が当たっても0倍で儲けも損もなく賭け金は戻される。
 グニは、下の札を横に置く。上が的中すれば二・五倍になるが、下が当たっても半分が持っていかれる。
 成郎吉が張った三枚も、いろいろな配当があり、客たちは四枚まで札を置ける。札を多く置けば置くほど当たる確率は増えるが、配当は少なくなる。
 竹七に初めて連れてこられた時は、賭場を仕切る左平次さへいじという胴元の男に挨拶あいさつをさせられ、今後客として仲間に加わることと、初回の見物を許可された。
 左平次は中間ではなく、香具師の組頭くみがしらで、この賭場を仕切っていた。
 その初回は、札を切る胴も差配さはいをする中盆も別の男だった。賭けが始まると、部屋に満ちた緊張感と熱、勝負が決した時の一気に緊張が弾ける落差に毒気を抜かれた。
 丁半ちようはん博奕なら成郎吉も、故郷近くの宿場しゆくばの賭場に潜り込んでやったことがあった。双忍そうにんの相棒のおたまと二人で。それは遊びでもなく、自らの意志で加わったのでもなかった。しのびの者の修行のひとつだったのだ。
 頭の指示で、賭け金を持たされ、「少しだけ負けてこい」と命令された。
 賭場の体験をすることで、博奕の仕組みを肌で感じ、そこにいる人間たちの力関係を探る。賭場での金の動きや、それで利を得る一部と、利用される多数の者の境目を知る。むろん、そうしたもろもろが、忍の技にどう活かせるかも。
 成郎吉とお玉は、博奕好きな越後えちごの造り酒屋の次男坊と、しっかり者の女房という役割を作った。江戸の親戚を訪ねる旅の途中という触れ込みだ。
 頭から、丁半博奕のおおよその仕組みは教えられていた。実際にやってみて、大まかな確率で出目でめが決まること。さらに、客の中に胴側の仲間が紛れ込んでいて、中盆や壺振つぼふりと連携れんけいしていることに気づいた。場の空気や出目の流れ次第で、いかさまを仕込むのだ。
 途中でいくらか勝った上で、仕込まれたいかさまにわざと引っかかって、勝ちを吐き出した。そこでお玉が夫婦喧嘩げんかを仕掛けて、賭場から怪しまれずに抜けた。
 演技は別にして、お玉はそもそも賭け事に向く性格ではなかった。お玉が危惧きぐしていたのは、博奕的なものに染まりやすい成郎吉だった。
 その時は、単純な丁半博奕には、成郎吉にも底が見える気がして、あまりおもしろいと思わなかったのだ。
 が、お玉の見立ては間違っていなかった。
 竹七に連れていってもらったホンビキに、成郎吉はたちまち魅せられた。
 初回は見物だけのはずだったが、竹七の後ろで半刻ほど眺めているだけで、六枚の札を複雑に扱う張り方、賭け率のからくりをすっかり呑み込んでしまった。
 そして残りの四半刻(約三十分)は、竹七と代わって盆茣蓙の前に座り、賭けに加わっていた。連れて来た竹七はもちろん、中盆も呆れて苦笑いをする始末。
 上方では手本引というホンビキは、胴が張った数を張り子側が当てるという単純な賭け事ではない。
 胴がそれまでに選んだ数をはかり、胴の性格やくせを読み、張る札を選び、スイチやケッタツといった勝負に出るか、三枚、四枚として、小さく賭けて傷を少なくするか?
 そうした推理、駆け引きだけではない。胴は、六枚の繰り札を片袖の羽織はおりや半纏の中で片手であやつるのだが、札の順をバラバラにしてはいけない。一番下の札を上に、さらに下を上にと、順番を変えずに何度も、すさまじい速さで繰る。客たちは全神経を耳に注いで、切る音の回数を聴き取ろうとする。
 胴が繰り札を片手でめくる時は、ひと言も発してはいけないし、出入りも禁じられる。
 胴も片手で繰りながら、札を見ることは許されない。今、自分がどの数字を上にしているかを承知して、最後に選んだ札を手拭いに入れる。
 それから開く前に、並べられた木札で、選んだはずの数字を示す。見ていなくても、その数の札を選んだというあかしを示すためだ。
 繰り札の順が入れ替わっていたら、賭け金と同じ額を客たちに払わなくてはいけない。木札と繰り札の数が違っていても、胴側のしくじりとなり、二つの当たり数を出したことにされる。
 札を繰る手さばきと、どの数の札を選ぶか? 胴は熟練した技と頭脳が必要だったし、張り子は神経を張り巡らせ、胴の習性や弱点を推し量った上で、札を張らなくてはいけない。
 丁半を越えるおもしろさに、成郎吉は虜になったが、それでも博奕で生計たつきは立てられない。竹七は熟練の瓦葺き職人で、成郎吉の倍の給金をもらっていたが、あらかたをこの博奕につぎ込んでいた。
 成郎吉は竹七に比べると、大負けはしない。それでも軽業師でめた金子きんすは底をついていたし、瓦葺きの見習いの手間賃では、大きな勝負もできない。寺銭を取られる分、じりじりと生活が苦しくなっていった。所詮、博奕は胴元側が儲かる仕組みになっているのだ。それを承知しながら、人は博奕に魅入られてしまう。

 この中間部屋での賭場は、夜六つ半(午後七時)頃から開かれ、中盆や胴が入れ替わり、二刻(約四時間)あまり行われていた。
 深夜に賭場から長屋に戻ると、まだ子猫のクロは、成郎吉に爪を立てて怒った。
 三月前に、猫じゃ猫じゃの芸を仕込まれそうになっていた子猫のクロを、成郎吉が引き取っていた。
 クロの母親は、舞猫一座まいねこいちざの花形猫だったが、自分の命を削ってクロともう一匹の子を産んだ。
 クロは軽業猫の母親の血を継いでいたせいか、忍猫としての素質を秘めていた。
 戸隠村の猫目ねこめ一族は、猫の習性を活かし、忍の技として使っていた。素質のある猫は相棒として同行させることもあった。とはいえ、猫じゃ猫じゃの芸のように、熱い鉄板を使って身体にすり込ませるといったやり方はしない。
 地道な日々の繰り返しの反復で、猫に技を覚えさせていく。口笛や舌打ちの合図で、呼ばれれば戻るし、跳躍ちようやくをしたり鳴いたり、侵入口を見つけたりできるように仕込む。人と遭遇そうぐうすれば、鳴き声で教えてくれる。
 たとえば、猫の身体に細紐ほそひもを付ければ、距離が測れたり、さまざまな細工にも使えた。
 ただ、犬と違って猫は気まぐれだ。
「猫に多くを望むべからず、本性と添い合うことこそ猫使いの心得なり」
 という猫目一族の極意があるくらいだ。
 成郎吉は、大島町の裏長屋に落ち着いてから、子猫のクロに技を仕込んだ。勘の良さは今まで会った猫の中でも一番だった。
 が、瓦葺きの仕事に出たり、賭場にも出入りするようになって、念入りな訓練の時間が取れない。
 さらに邪魔となったのが、長屋の隣の娘、おけいだった。
 筆職人の父親と二人暮らしで、お景は富ヶ岡八幡とみがおかはちまん参道の煮売屋で働いていた。
越してくるなり、クロを抱いて、長屋中のたなに挨拶をしてまわった。大家がまず命じたのがそれだった。若い独り者は珍しくないらしく、長屋の住民は、おおむね愛想よく応対してくれた。
 子猫のクロは特に歓迎された。愛くるしさだけでなく、長屋の悩み、鼠けとしての期待を抱かれたのだ。
 最後に戸を叩いたのが筆職人の長吉ちようきちの店だったのだが、返事は「キャッ!」という悲鳴。
 驚いた成郎吉が腰高障子こしだかしようじを開けるなり、ヒュンと風を切って、ほうきが頭上から降ってきた。とっさに身体を斜めにして、抱いていたクロをかばったのだが、箒の頭で肩をしこたま叩かれた。剣ならば心の臓まで斬り下げられていただろう。忍の者としてあるまじき失態で、お頭が見ていたら、木に吊るされて百叩きのお仕置きをくらうところだった。
「あら、ごめんなさい!」
 箒を抱えて、大声を上げた娘っ子。
 続いて、腰高障子の上のはりを見て悲鳴。
 成郎吉はとっさに、へっついの横に置いてあった火かき棒をつかみ、梁の上を走る鼠に投げた。
 火かき棒が直撃(そこは忍の技)、即死した鼠が娘のまげの上に落ちた。後にお景と名乗った娘は、今度は悲鳴を上げなかった。気絶していたからだ。
 これがお景との出会い。猫嫌いの父の手前、お景はクロを自分の店には入れなかったが、成郎吉が留守の時に、世話を買って出ていた。
 お景が甘やかすせいで、忍猫の技が幾分いくぶん徹底しない。それでもまだ始めたばかり、と成郎吉は高をくくっていたのだが……。

 中間部屋でのお夕の胴によるホンビキは、最後の賭けとなっていた。大店の主と、旗本の殿様の賭け金は数百両の額に及んでいた。成郎吉たち小口客たちも煽られて、いつもの十倍の賭け金が行き来していた。
 数回続けて裏目と出て、成郎吉は持ち金がわずかになっていた。挽回するには、一枚賭けのスイチに出るしかない。
 すでに勝っている数人を除き、ほとんどの客たちもスイチで勝負に出ていた。
 しかし、お夕は変わらない落ち着いたそぶりで、唄いといわれる一連の動作を行う。
 シャカシャカシャカシャカ……と、半纏の襟の中で、お夕が繰り札を巻く。切れ目が分からないほどの速さだ。
 客たちはひと息もさせずに、お夕の半纏のふくよかな胸を凝視している。穴が開かないのが不思議なくらいだ。
 ピタリと指が止まった。
 それから手拭いに上の札を滑り込ませ、盆の上に置く。
しまいだ、終いだ。さあ、張った、張った!」
 籐吉が声を裏返させる。
 成郎吉は一の札を伏せた。これまでお夕は、滅多に一を出していない。最後の札としてこれを選ぶと直感した。
 勝てば、一気に負けを取り戻せる。
「手ェ切っておくんなせえ!!」
 木札にお夕の指が伸びていき、真ん中の札を動かし、右端に置く。
「六」
 手拭いがめくられると、伏せた繰り札の数も六!
 ぐわっと客たちが息を吐く。当たり札を出した数人が「やった!」と歓声を上げた。
「あ!」
 成郎吉は飛び上がった。
 いかさまだ!
 お夕は木札に指を伸ばす瞬間、手拭いの繰り札をでた。その札には薄い紙が貼られていて、瞬時に目が一から六に変わるように細工されていた。場を見ても、スイチで六を賭けた張り子は一人もいない。
 成郎吉をお夕と籐吉が見た。その時、
「手入れだ!」
 と胴元の左平次の巨体が、戸を破って飛び込んできた。
 四隅の燭台が同時に消され、部屋はやみに包まれた。怒号と床や壁に人がぶつかる音、悲鳴だけになった。
 成郎吉は灯が消える瞬間、鴨居かもいに飛び移り、天井てんじように張り付いていた。この中間部屋に入った時から、習性として部屋から逃れる手順を決めていた。
 さすがに夜目よめくまでには、幾分の間がいる。それでも、手入れではなく、左平次が意図して騒ぎとしたのだと分かった。いかさまがばれたら、左平次やお夕、籐吉らはただではすまない。
 下の騒ぎを、利くようになった目で成郎吉は見た。お夕は賭け金を納めた箱を抱え、籐吉は大店の主と殿様の金子を素早く手拭いで包み、中間部屋から逃げ出していた。それも計画通りだったのだろう。
 闇の中で、客たちがもつれ合い殴り合いをしている。成郎吉は鴨居を手だけで移動し、左平次が開けた入口から外に出た。
 雨はいつの間にかやんでいたが、厚い雲で空が覆われ、武家屋敷の庭も闇に包まれていた。それでも部屋の中より見える。
 成郎吉はぐに門に向かうと、脇の戸口から外に出た。思ったとおり、かんぬきは内側から抜かれていた。
 門を抜けるとすぐに堀があって、水音がした。桟橋さんばし提灯ちようちんがポツリと灯されていた。暗闇の中ではお日様のようだ。
 提灯は屋根舟やねぶねともに掲げられていて、背の高い船頭が竿さおで石垣を押そうとしていた。
 舟の障子が閉ざされていたが、内側でポッと火が灯された。二つの影が障子に浮かぶ。お夕と籐吉だ。
 成郎吉は門前から勢いをつけて駆けると、桟橋をひと蹴りして跳躍ちようやくした。
「うわっ!」
 と船頭が叫んだが、後の言葉は続かない。艫に着地するなり成郎吉のこぶしがみぞおちに入り、船頭は崩れ落ちた。
 舟の座敷からお夕と籐吉が、艫に仁王におう立ちしている成郎吉を見ていた。
「俺の勝ち分を払え!」
 紺縞こんじまの着物を整え、兵児帯へこおびを結びながら籐吉はにやりと笑った。
「にゃろきち、とか言ったな。おめえはただ者じゃねえとは思っていたよ」
 籐吉の言葉に続いてお夕が言う。
「あたいのメクリをよく見破ったね。あんた、見込みがあるわ」
 籐吉とお夕は視線を合わせて、小さくうなずいた。
「ふざけるな」
 成郎吉は懐から出した刃曲はまがりを構えると、お夕と籐吉の位置を計った。
 どちらからるか?
 船頭は気絶したままだが、舟はゆっくりと流れに乗って下ろうとしている。
 お夕は煙草盆たばこぼんを引き寄せると、隅に置いたままの銭箱ぜにばこあごで示した。
「あんたが忍の者でも、一度にあたいたち二人は殺れないよ。銭が欲しけりゃ好きなだけ持っていきな」
「なあ、にゃろきち、俺たちと組まねえか? おめえみたいな若いのを探していたんだ」
 籐吉は煙管に草を詰めながら、成郎吉にまた笑いかけた。
(第28回につづく)

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柏田 道夫Michio Kashiwada

1953年東京都生まれ。青山学院大学文学部日本文学科卒。脚本家、小説家、劇作家。95年、第2回歴史群像大賞、第34回オール讀物推理小説新人賞を受賞。2010年、脚本を手掛けた映画『武士の家計簿』が大ヒットを記録する。近著に『しぐれ茶漬 武士の料理帖』 (光文社時代小説文庫)、『矢立屋新平太版木帳』 (徳間文庫)。

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