双葉社web文芸マガジン[カラフル]

猫でござる~江戸にゃん草紙 / 柏田道夫・著

のみ取り屋おたま 脇ばたらき
その五~お玉、江戸で猫娘になる

 江戸の空はなんて広いんだろう!
 初夏の厚い雲が空と海の間に浮かんでいるけど、広さのじゃまをしていない。むしろ、そんな大きな雲も自由に遊ばせるくらいに、どこまでも広がっている。
 坂の真ん中あたりで、ぽかんと真っ青な空を見上げているのはお玉だ。
 髪は島田しまだで紺がすりの着物に脚絆きやはん、背中には大きな風呂敷ふろしき包みに菅笠すげがさがくくり付けられている。いかにも江戸に参りましたという風情ふぜいの田舎娘だ。
 実際お玉は東海道をえっちらおっちらと歩いてきて、品川しながわの一膳飯屋で昼飯を食べ、またえっちらおっちらと歩いて、このしばの坂にやってきた。
 江戸にはやたらと坂道があって、急坂をぐいぐいと登っていたかと思ったら、いつの間にかすたすたと下っていたりする。
 海の望める急坂の途中で、改めて晴れた空を眺めているというわけだ。
 坂は多いけど、さえぎる大きな山とかはなくて、ここから見渡せるみたいにひたすら広い。
 お玉の故郷は山の中だ。山また山の連なりで、猫が土を掘るみたいなわずかな隙間すきまに、人の住む家がへばりついている。つい半年ほど前までお玉は、そんな山の村にいて、人が多いところといっても、善光寺ぜんこうじの門前町か北国ほつこく街道の宿場くらいしか知らなかった。
 そう、人だ。江戸の人の多さときたら。
「どきな姉ちゃん、じゃまだよ」
「空見てても、腹はくちねえぞ!」
 と立て続けに、坂の上からと下から駆けてきた男に怒鳴られた。
 ただ、わざとひじをぶつけようとした職人の身体からだはひらりとかわしてやり過ごす。外された職人はたたらを踏んで転びそうになった。
 のろまな田舎娘かと思いきや、柳の枝のような柔らかさに驚いている。そりゃそうだ、見てくれはどうでも、お玉は忍者なのだ。
 故郷の戸隠村とがくしむらの忍者、くの一として育ったお玉は、二つの使命を帯びて村を後にした。
 ひとつは小田原おだわら城下の旗本家に密書を届けるという使命で、これは無事に果たした。ただ、そこでもうひとつ別の頼み事をされたのだが。それはこれから片付けるとして、そもそもの使命のひとつ、これがやっかいだ。
 坂からは芝の町と江戸湾が一望できる。海と向かい合って、どこまでも続く江戸の町並みが広がっている。
 いったい、どのくらいの人がここで暮らしているのだろう?
 その中から、たった一人の男を見つけ出してほうむらなくてはいけない。簡単ではない。探す相手は、身を隠したり、他人に化ける技も備えたしのびの者なのだ。
 その困難さを思い、見つけなければいけない男の顔を浮かべるだけで、お玉は腹に石ころが落ちたような気になる。
 ふうと息を吐き、海にクルリと背を向けると、お玉は坂をまた登り始めた。
 天秤棒てんびんぼうかついだ物売り、親子連れにお侍、お店者たなものに職人に僧侶に巡礼と、いろんな人たちが坂を行き来していた。
 商家の坊ちゃん風の男の子が、両手を横に伸ばしてぴょんぴょん跳ねながら坂を降りてきた。母親が笑いながら追いかける。
〽かわいけりゃこそ、かよわんか~
 男の子は調子外れに歌ってはしゃぐ。
 同じように歌って踊っていた若者を、品川宿しゆくでも見かけた。江戸でこのれ歌と踊りが流行はやっているらしい。
 お玉は足を止めた。坂の途中の溜まり場に、まさにその流行唄はやりうたがいた。十数人、いや二十人を越える野次馬が一人の女、いや女の格好をした男を囲んでいた。
 飴売あめうりだ。
 大きなかごが二つ地面に置かれていて、天秤棒でつながっている。籠の中は重箱が入っていて、中に小袋が詰まっている。その小袋を手にした見物人が、中から茶色の飴を取り出して口に放り込んでいた。
 飴売りは三十過ぎくらいだろうか、黒い塗り笠を被り、顔を白粉おしろいで塗りたくり、紅まで差している。女の着物で帯を前で締め、両手をやじろべえみたいに伸ばして、ひょいひょいと踊る。
〽かわいけりゃこそ、神田かんだから通わりょか、ええ、かわいことだよ~
 と甲高かんだかい女のような声で歌う。先ほどの男の子と同じ。むろん、はるかにこっちがうまい。あやつり人形のような動きをしたかと思うと、両肩をなまめかしく上下させて女以上の女っぽさも醸し出す。野次馬たちがどっと笑う。
「こいつが本家のおまんが飴かい」
歌右衛門うたえもんがまねたくなるのも分かるな」
 横の町人の会話が耳に入った。中村なかむら歌右衛門という歌舞伎役者が評判なのは聞いていた。その歌右衛門が、このお万が飴売りの振りを舞台に取り入れたのだろう。
「あ!」
 お玉は滑稽こつけいでなまめかしい女踊りを見ていて、小さく声を出し、口に手を当てた。
 こいつは忍の者だ!
 今もそうなのか? それとも足を洗って飴売りになったのか……?
 飴売りのその動き、仕草、敏捷さは訓練によるものだ。そんな修業をする者は忍しかいない。
 泰平たいへいの江戸になり久しい。いくさに明け暮れていた時代は忍者が暗躍した。戦国大名はおのれで忍の者を抱え盛んに利用した。忍が勝敗を左右し、時代を作ったと言ってもいい。
 戦国を征した徳川家とくがわけ伊賀いが甲賀こうがの忍者一族をそのまま抱え、泰平の世となってもろくを与えた。
 紀州きしゆうから来た八代将軍の吉宗よしむねは、お庭番という新たな諜報ちようほう機関を作り、政策を有利に運ぶために、伊賀家や甲賀家を牽制けんせいしながら使った。
 一方、徳川家に破れた大名が抱えていた忍者たちは、さまざまな末路を辿たどった。
 主家から切り離されて強盗団となった者もいれば、あっさりと手裏剣しゆりけん忍刀しのびがたなを、くわすきに代え、畑を耕す者もいた。まれには大名家の御家人として表向きの身分を掲げ続けた家もある。いつか来るやもしれぬ乱世に備え、主家のために秘かに忍技を継承したのだ。
 そしてもうひとつ、藩からは黙認されつつも、忍の技を“売る”ことで生き残りをはかった一族もいた。
 わずかな年貢を納める百姓でありながら、藩に何事かあれば、率先して忍として活動する。その一方で、雇われ忍者として他家の大名や商人のためにも働く。
 この矛盾しているように見える忍の生業なりわいは、何ら不思議ではない。そもそも発祥から戦国時代にかけ、忍の一族の多くは主家を持たなかった。「属さない」という誇りを掲げながらも、実は「金のため」に行動したのだ。
 そう、お玉の故郷の戸隠村は、まさにこの雇われ忍者一族の村だった。ただ、戦国時代の雄として名をとどろかせた真田家さなだけの忍として、組織化されたのも歴史の必然だったが。
 こうして信濃しなのの山奥で生き残ってきた戸隠忍軍だが、時代を経るごとに、いくつもの分派が生まれた。お玉はその中でも、最も特異な技を使う「猫目ねこめ一族」の忍だった。お玉が葬るために探しにきた男、双忍そうにんとして組んでいた成郎吉なろうきちも。 
 お玉はじっとお万が飴売りを見つめた。
 踊りを披露した後で、重箱を抱え、見物人たちに飴を売ってまわる。お玉も四文銭を渡して小さなほうの飴を求めた。
 忍者はつちかった技を活かして、鳶職とびしよく屋根葺やねふき職人、薬売りになる者、さらに芸人や六部ろくぶといった巡礼に扮して、諸国を旅する者もいる。むろん、手っ取り早く盗人ぬすつとになる者も。
 が、芸人になるといっても、せいぜい門付かどづけだ。門付ならば、一度きりの芸を披露するだけで次へと行ける。この飴売りのように、流行になるほどに目立つことを、忍ならば避けるはずだ。
 野次馬たちは半分くらいが抜けて、新たな客と入れ替わった。お万が飴売りはまた、滑稽な踊りを披露し始めた。
 お玉もすっと客たちから抜けて、坂を登って行った。
 数人を挟んで十数歩前を芸者風のあだっぽい女が歩いている。着物は地味な黄八丈きはちじようだが、歩く度に小刻こきざみに揺れる小ぶりの尻を、すぐ後ろを行く若侍と、六十がらみの品のよさそうな隠居老人がちらちらと眺めている。
――どうして男ってのは、こうバカなのか……。
 お玉は二人の男の背中を見ながら、小さく鼻を鳴らす。
 この女はくの一だ、おそらく……。
 飴売りの動きを追っていて気づいた。前を行く隠居が飴を求めるために、漆張うるしばりの革財布を出した。飴売りは銭を受け取る瞬間、ひろげたてのひらの小指だけをついと立てた。他の客からもらう時は、一度もそのようなそぶりを示さなかった。お玉が見ていた限り。
 お玉がぐるりと客たちをうかがうと、芸者風の女が、飴の小袋をひらひらさせて、客たちから抜けていくのが見えた。
 それから女は坂上の商家の陰で、しばらく動かなかった。そして、隠居が飴売りの前から離れると同時に歩き出したのだ。
 女の尻は、ちょうど若侍や隠居の眼の高さで揺れる。その尻で何を釣ろうとするのかを確かめたかった。
 もう少しで坂の登り口で、道は左右に分かれてしまう。隠居がどちらに行くか五分五分だ。隠居と女の間で、歩調を合わせる若侍が邪魔だ。
 すると、女はふいと立ち止まると、胸を押さえた。若侍は一瞬、歩調を乱したが、そのまま立ち尽くす女の横を抜けて行った。気にはなるが、武士たる者が女の尻を眺めていたことを悟られたくないのだ。
 若侍が通り過ぎ、隠居が斜め後ろに差し掛かった時、女は手にしていた飴袋を足下に落とした。
 小袋の口が開いていて、飴がコロコロと転がっていく。
「おっ」
 と隠居が声を上げて、手を伸ばした。女はゆらりとひざを折って、よろめいた。
 若侍が振り向き、声を掛けようと迷ったが、思い直して前を向いた。
「大丈夫かい?」
 もう片方の手も差し出した隠居に、
「すいません。飴を飲み込んでしまって」
 と、女はついと身体を戻し、隠居の右手を両方の手で包み込んだ。
 前を行く若侍が未練がましく振り返る。
 その時、お玉は女と隠居の脇を抜けていた。若侍はお玉と視線が合って、唇をへの字にして、坂を勢いよく登っていった。
 横を抜けた時、女はお玉を一瞥いちべつもしなかった。潤んだ瞳で、じっと隠居を見つめ、紅の口元が妖しく光って笑っていた。
 背中で隠居と女の会話が聞こえる。
「おやおや、飴が台無しですな」
「いいんです。それよりもお水を?」
「持っておらぬが……そうですな、すぐ近くに贔屓ひいきにしている茶屋がありますが」
「まあ、でも、そんな厚かましいですわ」
 チラと振り返ると、女の細くしなる腰と、隠居老人のゆるみきった顔が見えた。
 くの一だけの術“あやかし蓑虫”。
 相手のふところに色でもぐり込む術。女はいとも簡単に、お玉が不得意としている術のひとつを使ってみせた。
 やはり女も飴売りも忍の者だ。それも男と女が組む双忍だ。
 いかにも好々爺こうこうや然とした隠居が術に掛けられた。やつらの狙いはなんだ?
 隠居は角屋才右衛門かどやさいえもんといい、麻布あざぶの一軒家でわび住まい、悠々自適ゆうゆうじてきの暮らしを送っていた。もともとは芝の金杉通かなすぎどおりに本店を構える瀬戸物せともの問屋の主だった。
「丸いつぼも皿もある角屋でござい」
 といううたい文句で店を大きくした。六十手前で女房をやまいで亡くしたのを契機に、店を息子に譲り、のんきな独り暮らしを始めた。
 わざわざ麻布の閑静な里中の家を選んだのは訳があった。
 猫である。
 これには少々込み入った逸話いつわがあった。才右衛門の父親は担ぎの茶碗売りだった。天秤棒の左右の籠に茶碗を入れて、売って廻る利の薄い商売で、一家は棟割むねわり長屋住まい。
 才右衛門の幼い頃の名は才吉さいきちだったが、病気がちで、唯一の友が物心ついた頃から飼っていた一匹の猫だった。十歳の時、その猫が何かに驚いて暴れ、売り物の茶碗をあらかた割ってしまった。怒った父親は、割れた茶碗で猫を殴り殺した。
 才吉は猫の死骸を抱いて家出した。三日目に、数町離れた神社の軒下のきしたで見つかった。才吉は腐りかけた猫の横で、飲まず食わずのままで虫の息だったという。
 才右衛門は父の跡を継いで、担ぎから瀬戸物屋の店を出し、やがて表通りに店を構えてからも、猫はけっして飼わなかった。
 父親への思いがあったし、先にった女房が大の猫嫌いだった。そうした家風で育った子どもたちは、猫嫌いというよりも、猫には何の関心も示さなかった。
 しかし、才右衛門は違った。五十年もの間、大好きだった猫と暮らすことを心に秘めていたのだ。
 そうして今、三匹の猫、ちゃわん(茶トラのオス)、すりばち(きじのメス)、とくり(白のメス)と平穏な日々を送っていたわけだ。
 なかでも大鉢おおばちを寝床にしているすりばちは、十歳の時に死んだ猫とそっくりで(目が小さくへちゃむくれ、器量の悪さがむしろ愛嬌あいきようという老猫)、才右衛門は溺愛できあいしていた。
 そんな隠居の猫話を、お玉がどうして知っているかというと、才右衛門の身の回りの世話をしているおかんという通いの女中が、つまびらかに教えてくれた。
 もうひとつの大切な件、色っぽいあの女については……。
 そっちはおいおいと話すとして、お玉はまさにとっくりみたいな体型の白猫のとくりと、まだ子猫のちゃわんを、手作りの猫じゃらしで遊ばせている。年寄り猫のすりばちは、真ん丸な顔と真ん丸な身体を、そのまんま大鉢と同化させて寝ている。
 お玉は才右衛門のことを調べると、おかん以外に、もうひとり女中を口入れ屋に頼んでいることを知った。それも“猫の世話のできる者”というただし書きがあった。
 渡りに船(なんせお玉が属していた戸隠忍軍の猫目一族は、猫と暮らし、猫の技を手本としていたのだ)と思ったが、口入れ屋はすでに別の娘を送り込もうとしていた。実家さとで猫を飼っていて扱いには慣れているという、十五歳の百姓娘だった。
「この娘なら、他にも口はあるだろう」とお玉は勝手に決めて、ちょっと(汚い)細工さいくをした。娘が才右衛門の家に働きに出ようとする初日、出会いがしらにぶつかって、娘の鼻に粉薬をがせた。忍の技“蝉鳴せみなき”。
 娘は、才右衛門と猫たちと面会をした直後、ふすまが吹き飛ぶんじゃないか、と思うほどのくしゃみを連発した。
 娘が帰された翌日、才右衛門には「代わりに来た」といい、口入れ屋には「見つかった」と告げて、あっさり猫の世話係を兼ねた住み込み女中に納まったというわけだ。
 どっちみちお玉は、江戸での生業を見つけなくていけなかった。戸隠村を出る時に手渡された路銀ろぎんはわずかで、小田原に着く前に底をついていた。それは承知の上で、忍者はどこにいても、自分で自分の食い扶持ぶちを調達しなくてはいけない。お玉は身体を売ること、そして(なるべくだけど)盗みはしないようにしていたが、普通の人から見ると、悪事となることもやっていた。
 例えば、あの女が使った“妖し蓑虫”のような。その名とはいささか異にするが、蓑虫の蓑をいで、中に自分が潜り込むといった意味合いの術だ。好色そうな旅人をその気にさせて、ふんどし一丁になったのを見計らって、着物や巾着きんちやく頂戴ちようだいして消えるとか。
 それでもって、あの術を使った女だが、名前をおようという。隠居の才右衛門はまだ蓑は剥がれていないが、そろそろ危ない。
 今日も夕方になって、駕籠かごに揺られて現れた。駕籠かきは二人とも、鼻の下をこれ以上ないほど伸ばして色っぽい女を見送る。駕籠から玄関、廊下を抜けて、白粉の匂いが流れになって見えるようだ。
 通い女中のおかんは家に戻っていて、お玉が「いらっしゃい」とわざと間抜けづらで迎える。「ふん」と小鼻を揺らせて、白粉の元は、隠居の居間へと直行した。
 お玉は命じられたかんを付けたとっくりと、菜の物を載せた膳を運ぶと、
「ちょいと、寄席よせでも行っておいで」
 と才右衛門から小銭を渡される。
「へ~い」とやっぱり間抜けた声でこたえて、引っ込む。
「なんですかい? あの垢抜あかぬけない小娘」
「うん、近ごろは私も膝やら腰やらがいうことをきかなくてな、うちの子たちの相手をしてやれぬのだよ」
「初めて聞きましたよ。猫のために女中を置くなんて。お大名だっていませんよ」
「なに、私の念願だったのだよ。こうやって猫ののどを撫でて、ゆったりのんびりとな」
「あたしの喉を撫でて下さいな。ええっとどんぶりじゃなくて……」
「すりばちだよ、この子は」
「あ、そうそうすりばち」
「ちゃわんはどこへ行った。かわいい盛りじゃないか。そう思わないかい?」
「ええ、思いますよ。でもね……」
 という会話までを背中で聞いて、お玉はとくり(猫のほう)を抱いて自室に戻った。障子しようじに映っていた二つの影が重なった。
 才右衛門が気にしていたちゃわんは、子猫ながらかくれんぼの名人(名猫か?)で、夜ごとにどこかに隠れて寝てしまう。
 一軒家といっても、隠居と猫三匹が住むにちょうどいいくらいの狭い家で、お玉に与えられた部屋は、才右衛門の居室とは反対側、台所脇の三畳間だ。襖を閉め切っても隠居の部屋の音は聞こえてしまう。
 夜も更けるにつれ、お葉のあやしい声は聞こえてくる。いや、お葉はわざとお玉に聞こえるように上げているのだ。
 隠居の身とはいえ、才右衛門の“男”はまだ隠居したわけではなかったようだ。というより、眠っていたのに、お葉が目覚めさせたというほうが正確かもしれない。
 念願の猫との静かな暮らしを、という話を聞いて、手助けできることがあったら、とお玉は思ったのだけど……。
 男ってのは、老境に至ろうが、性根のスケベは棺桶かんおけまでってことのようだ。
 お葉はすでに、何かと口実をつけて才右衛門から小金を貰っている。だが、一代で店をなした才右衛門は、金銭に関してはなかなか渋いらしく、「融通ゆうづうできる金はあまりなくてな」と躱していた。それでも才右衛門は、お葉という見てくれは猫だが、へびのような女にからめ取られようとしている。
 六十の隠居ジジイが女におぼれて、どうなろうと知ったことではないのだが、乗りかかった船だ、関わったからには見届けてやろうとお玉は思っていた。
 お玉はとくりに留守番を頼んで(うにゃにゃと応じてくれた)、手拭てぬぐいを頭巾ずきんにして、股引ももひき印半纏しるしばんてんという男のなりに着替えて家を出た。才右衛門から出た外出許可を有効に使うことにした。
 麻布から溜池ためいけに沿って赤坂あかさかを抜け、四谷よつやへと向かう。夕暮れてくるにつれて、武家屋敷や寺の多いこのあたりは、行き交う人も途絶えてくる。江戸に来てひと月あまり、江戸城の南西側の地形は、かなり把握はあくできるようになっていた。
 北東側のにぎやかに密集した町屋方面は、まだ数えるほどしか行っていない。初めて日本橋にほんばしの大通りに足を踏み入れた時は心底驚いた。祭りをやっているのかと思ったくらいだ。
 それでもおかんや才右衛門に言わせると、水野忠邦みずのただくに様が老中に就任してから、おかみの締め付けがきつくなり、江戸の町の活気は水を掛けられたように冷えてきたのだとか。
 お葉の相棒(というよりも情夫いろ)のお万が飴売りは、万平まんぺいといい、四谷の鮫ヶさめがばし娼家しようかに住んでいた。鮫ヶ橋の町屋は武家屋敷や御先手組おさきてぐみ住居すまい、寺社にすっぽりと包まれていて、侍や中間ちゆうげんや僧侶相手の岡場所が点在していた。万平は飴売りの看板を掲げながら、揚代あげだいの取り立て屋もしているようだ。
 ここひと月でお玉は、そこまでは調べていた。
 朱色の暖簾のれんと無地の提灯ちようちんだけがぶら下がった屋号もない店に、編笠あみがさかぶった客たちが入っていく。この娼家に来る客は決まって、地味な着流しで、顔がすっぽりと隠れる編笠を被っている。侍だけは腰に脇差し。
 鮫ヶ橋の入口に編笠茶屋というのがあり、ここで男たちは紋付き袴や僧衣から着物に着替え、編笠で顔を隠して遊女のいる店へと行くのだ。時に大家のご家老様や留守居役るすいやくのみならず、ご当主(すなわちお殿)様が、身分を隠して女郎買いに、この編笠茶屋をご利用されることもあるのだとか。
 お玉はそうした男たちを横目に「やっぱり男は……」とあきれるだけ。
 お玉はまきを背負って、娼家の勝手口から入った。出入りの薪屋を言いくるめて薪運びを買って出たのだ。
 万平の部屋は一階のすみの八畳間だった。その部屋からあかりが漏れ、声が聞こえた。
 お玉は細心の注意を払って、軒下に身を滑り込ませた。部屋の中から聞こえるのは、飴売りの万平と、この店の女将おかみの声だ。
 前に探りに来た時にこの女将が、まだ幼さの残った遊女を叱りつけていた。四十半ばの厚化粧で、太ってはいるが、崩れてはおらず、独特の身のこなしを備えていた。
 お玉は女将を見た時、猫目一族のおかしらの女房をふと思い出した。顔も姿もまるで違うが、同じ匂いがした。とすると、この女将も忍者、くの一だったのかもしれない。
 二人は夕飯中のようだ。さかずきをやりとりしながら、はしを使う音も混じっている。
「万さん、飴売りを続けたいんじゃないのかい? すっかり人気もんだ」
「そんなことはねえよ。いくら売れても、四文、八文っていう飴さ。そろそろおしまいだ。俺のまねするやつまで出てきたしな」
「だったらいいけどね。とんだ評判の飴売りだよ。ネギを抱えたカモを釣り上げる餌だったはずなのにね」
「なんだよ、お万が飴がえさで、お葉は釣り竿ざおか? 俺はなんだ? 釣り人か」
「お葉は針だね。万さんが釣り竿ってとこだ」
「釣り人はねえさんかよ」
「ま、そんなとこだね。しっかりと儲けたら、早いとこ、この店ともおさらばさ」
「姐さんこそ、この商売が性に合ってるかと思ったぜ」
「耳にはさんだって言ったろ。今度のご老中様のご改革ってのは半端じゃない。真っ先にやり玉に挙げられるのが、こういう商売と決まってる。引き時が来ているのさ。あたしらの素性すじようが知られないうちにね」
「ここの上得意はお侍だっていうのにな。お上のやることは抜けてるぜ。人様の色の道ほど閉ざせないものはねえのにな」
〽閉ざしてしまうか、ぬしの裾~ あたいの指で開けてみよおか~
〽開けるなら開けてごらんよ~
「ねえ、お葉はずいぶん、手こずっているじゃないか? 万さんらしくないね」
「言ったろ。じいさんの弱味は見つけた。そいつで角屋の有り金を出させる」
「ほんとに千両も出すかい?」
「お葉は間違いねえって」
「猫なんぞで?」
「姐さんが尻を叩くんで、急いだんだぜ」
「いつ?」
「今夜さ。じいさんが……」
 とそこまで聞いた時、お玉は軒下を飛び出して、庭の柿の木に跳躍ちようやくした。
 ウ~、ウググググ、と牙をき出しにした大きな犬が木の下で吠えている。
菊丸きくまる!」
「誰だ!?」
 と女将と万平の叫び声がして、障子戸がガラリと開いた。
 二人の姿を見る間もなく、お玉は柿の木から飛び、着地と同時に犬のひたいを肘打ちしている。飛びかかろうと跳ねた菊丸は、ウギャと鳴いてひっくり返った。急所は外した。死にはしない。
 確かめる間もなく、お玉は生垣いけがきを越えて姿を消している。後ろで叫ぶ二人の声が聞こえたが、振り向かない。
 すぐに麻布の才右衛門の家に戻らなくては。猫たちが危ない!

(第20回につづく)

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柏田 道夫Michio Kashiwada

1953年東京都生まれ。青山学院大学文学部日本文学科卒。脚本家、小説家、劇作家。95年、第2回歴史群像大賞、第34回オール讀物推理小説新人賞を受賞。2010年、脚本を手掛けた映画『武士の家計簿』が大ヒットを記録する。近著に『しぐれ茶漬 武士の料理帖』 (光文社時代小説文庫)、『矢立屋新平太版木帳』 (徳間文庫)。

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