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天下普請 / 稲葉 稔・著

第9回
慶長けいちよう十一年(一六〇六)──
 長次ながつぐが江戸を留守にしていた間に、普請場は大きく変わっていた。城まわりの堀はおろか、本丸や天守台の(石垣)築造が、目をみはるほどの早さで進んでいたからだ。 
 また、一旦いつたん埋められた日比谷入江ひびやいりえに新たな堀が開削された。それは東海道とうかいどうと平行するように掘られ、両岸は石垣造りとなっていた。
 溜池ためいけに通じる人工河川かせん汐留川しおどめがわも体裁がととのって外堀とつながり、船で運ばれてきた石材や木材は、外堀沿いの岸で陸揚げされ、各普請場に運ばれていった。
 作業の効率は格段によくなり、築造工事もはかどるようになった。
 問題は、譜代ふだい大工といってもよい木原きはら大工たちの扱いだった。 
 長次たちは城造りに来たのにもかかわらず、あてがわれた持ち場は各大名家の屋敷と、それに付随ふずいする家臣の屋敷、及び城門の築造が主で、肝心の西の丸や本丸、二の丸の建設には直接たずさわることがなかった。
「木原の親爺おやじは何を考えておるんだ」
「おれたちはきよう大工の下職したしよくではないはずだ」
 そんな不満が常普請小屋の大工たちから噴出した。長次も同感で、腹立たしさを覚えていた。
 京大工というのは、藤堂高虎とうどうたかとらが名指しで連れてきた中井正清なかいまさきよ一党のことであった。
 中井正清は法隆寺西里ほうりゆうじにしさとの出身で、本来は大和やまと大工といわれていた。そして正清ひきいる大工の多くが、法隆寺西里と東里ひがしさとの出身者だった。
 そんな中井一党が便宜的に「京大工」と呼ばれるようになったのは、二条城にじようじよう伏見城ふしみじよう作事さくじけ負った頃からだった。
 正清はすでに五畿内近江ごきないおうみ六ヵ国の大工・そま木挽こびきらの長にあり、家康いえやすから陣羽織じんばおり拝領はいりようするほどの信任の厚さを得ていた。もちろん、そのような背景など長次ら木原大工たちはあずかり知らぬことで、
上方かみがたからやってきた大工どもは、生意気面なまいきづらで威張りくさって気に入らぬ」
 と、なるのである。
 また藤堂高虎は、付き合いの長い粉河こかわ大工衆を江戸に呼び寄せていたが、同大工たちも正清一党の下に配されていた。粉河大工は、高虎がはじめて紀州きしゆう粉河に城を持ったときに使った職人集団だった。
「それに、中井なんとかいうおん大工は、江戸と京を行ったり来たりして、こっちにあまりおらぬようだ。それなのに残党の京大工らは、大きな面をしておる」
 木原大工たちからは不満が絶えない。
叔父上おじうえ何故なにゆえ上様は京大工らを重宝ちようほうされるのです。まっさきに江戸城を造りに来たのは、木原方ではありませぬか。それなのに、横から人を押しのけるようにしてやってきた者たちに、城造りをまかせられるのはせませぬ」
 長次は吉次よしつぐにいいつのった。
 そこは道三堀どうさんぼりのそばで、堀の石垣造りが行われていた。近くを大八車だいはちぐるまが行き交い、人足にんそくらが上半身裸の肌に汗を光らせて重い石を運んでいた。
「気持ちはわかるが、こればかりはいかんともしがたい。中井殿を名指しされたのは大御所おおごしよ様でもあるのだ」
「大御所様が……」
 長次は目をみはった。
「さようだ。それに佐渡守さどのかみ様も中井殿支配の大工衆には一目いちもく置いておられる」
「大御所様は、『木原、木原』と頼りにされていたではありませぬか」
「確かにそうであるが、わしら木原方は城を造ったことがない。中井殿らは二条城と伏見城を造っておられるし、法隆寺大工としての腕もある」
 つまり経験と実績が木原方にはないということである。吉次はつづける。
「石垣造りを見てもそうだ。佐渡守様がお呼びになった穴太衆あのうしゆうという石工らの仕事には、頭が下がる。おぬしも見ておろう」
 長次は言葉を返すことができず、黙り込んだ。
 たしかに穴太衆の石垣造りはひいでていた。石の積み方にも独特の手法があり、その技術も他に見られぬものだった。
 穴太衆は比叡山ひえいざんに近い穴太の里の出身で、織田信長おだのぶながが建てた安土城あづちじようの石垣を施工せこうしたことで頭角をあらわし、それ以降に築城された城郭の石垣構築に携わるようになった。
 野面積のづらづみはのちに穴太積とも呼ばれ、ことに有名だが、さらに玉石積たまいしづみ切石積きりいしづみにもけており、各石垣普請場において石工たちの差配をしていた。天守台の石垣も穴太衆の手によるものだ。
 築石つきいし(積み石)は大きく、「野面」「打込接うちこみはぎ」「切込接きりこみはぎ」の三つにわけられる。
 野面は山から切り出したままで、さほど加工されていない石のことである。この石の積み上げは原始的だが、短い石材を積むときには高度な技術を要した。
 打込接は石同士の隙間すきまを極力少なくした加工石で、切込接はさらに加工をほどこし、石同士の隙間をなくしたものである。
 築石の積み方は、「布積ぬのづみ」と「乱積らんづみ」に大別される。
 布積は横方向に石をそろえて並べる積み方である。乱積は横方向の石の列を不規則に積みあげていくので、一見、雑に見えるが、上下左右の石材をうまく組み合わせる技術が欠かせなかった。
 加工した三種の石と、二種類の積み方を組み合わせて、都合六種類の石垣になる。そして、築石の裏側には、裏込うらごめという栗石くりいしをぎっしり詰め込み、最下部には大きめの根石ねいしえる。その据わりを調整するのも、人のにぎりこぶし大から頭大まで大小さまざまの栗石である。
 この栗石は房州ぼうしゆう武州ぶしゆうの河川から採取されたものだった。
 さらに石垣のすみ(角にあたる部分)に使う石は、他の石材より大きな平石ひらいしが用いられた。この角石すみいしは、瀬戸内せとうち小豆島しようどしまから運ばれてきた花崗岩かこうがんが使われ、積み方はその見た目から「算木積さんぎづみ」と呼ばれている。
 穴太衆はこれらの技術に加え、石垣を徐々にらせて勾配こうばいをつけたりするのである。
「土台が大事」
 ということを知っている長次は、その仕事ぶりを目に焼きつけていた。
「大御所様や上様に、わしらの不満を言上ごんじようすることはできぬ。ならばいまこそ、手練てだれの京大工らの技を習うときであろう」
「技を習う……」
 長次は吉次の横顔を見た。
「さよう。考えてみれば、わしらは大屋根を持つ建物を造ったことがあまりない。なきに等しいといっても過言ではなかろう。だが、京大工はちがう」
 長次はうつむいてあごをさすった。たしかに吉次のいうとおりである。否定はできない。なにより、京大工が木原方より家康や秀忠ひでただ、そして藤堂高虎の信任を受けているのであれば、意見することはできない。
 腹の内では、当初と話が大きくちがってきているといきどおっても、いまの長次には忍従にんじゆうが備わっていた。
「わかりました。身共みどもらは京大工の下ばたらきをし、その技を会得えとくするようにいたしましょう。配下の大工衆をさように説得いたします」
 長次は頭を下げると、そのまま立ち去ろうとしたが、すぐに吉次に呼び止められた。
「なんでございましょう」
「わしをうらんでもよいぞ。この嘘つき野郎と呼ばわってもかまわぬ」
 長次は吉次を静かに見つめ、ゆっくりかぶりを振り、
「もはや叔父上を恨むことなど、ありはしませぬ。わたしをここまで育ててくださったのは叔父上ですから」
 そう告げて、黙って背を向けた。
「長次、大きくなったな」
 背中に吉次の声がかかった。なぜかそれは涙声であった。

 その日の夕刻、長次は常普請小屋に大工棟梁とうりようらを集め、京大工への不満を口にしないように説いた。棟梁のほとんどが長次より年長者で頑固者がんこものである。説得には顔をしかめ、不服そうであったが、よくよくいい聞かせて何とか納得してもらった。
 それでも、
「その見返りといっちゃなんだが、わしらにも相応の仕事はさせてもらえるんだろうな」
 と、長老格の棟梁がいった。
「天守の築造は天守台ができたあとだ。おそらく来年になると思う。その頃になれば、また新たな沙汰さたがあるはずだ」
「それは、良い沙汰だろうな。またしても京大工の下ばたらきをやれといわれちゃかなわんが……」
「よきにはからってもらえるよう、よくよく作事奉行に進言する。だが、大事なのはりな仕事をせず、持っている腕を大いにふるうことだ。大工としての技を認められれば、うえかたの見方も変わるだろうし、変えさせなければならぬ」
「そうであろうが、所詮しよせんはお上のお指図さしず次第ではないか」
 長次は黙っているしかない。
 常普請小屋から棟梁らが引きあげていくと、戸口から夕日が射し込んできた。暗かった土間や、がらんとした板敷きの間がにわかにあかるくなった。
 長次は上がり端に腰をおろし、大きなため息をつきながら、首筋をつたう汗をぬぐった。
 そのとき、表から慌てたような足音が聞こえ、戸口に吉次があらわれた。
「いたか」
 吉次は長次を見るなり、ホッと安堵あんどの色を浮かべて敷居しきいをまたいだ。
「棟梁らには、よくよくいい聞かせてわかってもらいました」
「うむ、それはよかった。それはそれでよいのだが、おぬし大変なことをしてくれたそうだな」
 長次は顔をこわばらせた。何か粗相そそうでもやらかしたかと記憶を辿たどったが、思いあたることはない。
「人を助けたそうだな。伊豆いずの帰りのことだ。佐渡守様のご家来から聞いたのだが、おぬしのことがうわさになっておるぞ」
「ああ、あのことですか」
 長次は安堵して応じた。
「なぜ、わしに話さなかった。知っておればもっと早く引き立てにあずかれたかもしれぬのに──いや、それがかえってよかったかもしれぬ」
「どういうことです?」
「おぬしが自慢をしなかったことがよかったということだ。いまや鈴木すずき長次の名は、佐渡守様にも、そのご家来衆にも知れ渡っておる。おぬしが助けたのは、黒田筑前守長政くろだちくぜんのかみながまさ様のご家来だったそうだな」
「そのようですね」
「ずいぶんのんきなことをいうやつだ。筑前守様は大層感激しておられるばかりか、一度おぬしに会って礼をしたいとおおせだ。佐渡守様にも、おぬしのことをずいぶんめておられるらしい」
「さようですか」
 長次はさほど感慨もなくさらりと応じるが、吉次はいつになく興奮のていであった。つかつかと歩み寄ると、言葉を足した。
「筑前守様は、天守台を差配されている」
 その一言に、長次はカッと目を見開いた。
「ことによると、おぬしの人助けが天守造りにつながるやもしれぬ。先ごろ、わしは佐渡守様より下知げち頂戴ちようだいしてきた」
「なんでしょう?」
「天守の雛形ひながたを作れと、おぬしに命じられたのだ」
 吉次は満面に喜色きしよくを浮かべると、長次の両肩をぽんぽんとたたいた。
「ま、まことでございまするか?」
 信じられなかった。まさか天守の雛形を作れるとは思いもしなかった。
「嘘ではない。佐渡守様はこうもおっしゃった。鈴木長次のこころざしの高さを、わしはたつとぶと。それゆえに伊豆におもむかせたのだが、無駄ではなかったと笑みを浮かべられた。長次、やったではないか」
「叔父上、ほんとに雛形を、天守の雛形を作ってよいのですね」
「佐渡守様は、おぬしの思い描いたものができたら是非ぜひにも見たいとおおせだ。長次、でかした、いやでかした」
 我がことのように喜ぶ吉次を前に、長次は気を引き締めて応じた。
「叔父上、きっと良き雛形を作ってみせます」
 江戸は大工たちの作事仕事や、石工たちの石垣普請で騒然としていた。
 海からはぞくぞくと石船や材木船が、物揚場ものあげばにやってくる。届いた石材や材木は数箇所に集積され、それらは普請場に運ばれていく。
 建築資材は石や材木だけではない。漆喰しつくいの用材となる石灰せつかい、天守などに使う銅瓦どうがわらと数種類の瓦、竹や土、畳、肘金ひじがね目釘めくぎといった金物類もある。
 資材を運ぶ大八車が先を急げとばかりに行き交い、大勢の人夫にんぷがかけ声をあげながら修羅しゆらやコロを駆使し、石垣用の大石の運搬に汗を流している。
 重点的に行われているのは、本丸の造営と天守台の築造、本丸周辺の石垣普請であるが、これらとは別に河川の整備と石垣普請、内堀と外堀の普請、道の整備、町割なども進められていた。
 本丸造営に関わる職人は約二千人。そこから推量すると、他の普請場に駆り出されている職人や人夫も合わせて二万人以上が毎日、江戸の天下普請に携わっていると考えてよかった。
 道端や普請場のそばには物売りがいるし、葦簀張よしずばりの茶屋やめし屋もできている。とにかく江戸は人であふれていた。
「叔父上は、まだ見えておらぬか?」
 その朝、常普請小屋に出た長次は、仕事の支度したくにかかっていた大工たちに声をかけた。みな互いの顔を見合わせ、まだ姿を見ていないという。
 長次は表に走り出て、吉次の姿を捜した。そこかしこに人がいる。人夫や職人のほとんどは上半身裸か、股引ももひき腹掛はらが半纏ばんてんというなりである。
 すみわたった空にはせみの声が広がり、遠くから槌音つちおと杵音きねおとが聞こえてきた。城普請は夜が明けると同時にはじめられ、日が暮れるまでつづけられている。
 長次は城の方角や通りをながめ、人混みのなかに羽織袴姿の武士を見つけると目を凝らした。
(天守台を見せてもらわなければ)
 そのためには、吉次の許しを得なければならなかった。つまりは、作事奉行の許しである。吉次は作事奉行を補佐し、現場の管理監督をする大工がしらで、大工棟梁を差配する地位にある。出費の監査もしているので、その仕事量は多く、責任は重い。
 長次は手代てだいとして吉次を手伝っていたが、伊豆から戻ってきてからは普請場で仕事をすることがもっぱらとなり、棟梁たちの差配と、その下にいる大工衆らへの指示に明け暮れていた。
 しかし、いまは天守の雛形を作ることに頭の大半が占められている。雛形とは実物の縮小版模型で、完成品と同じように造らなければならなかった。
 常普請小屋の前に立っていると、慌てた様子の男が駆け寄ってきた。与助よすけという吉次の手代だった。
「鈴木様、こちらでございましたか」
 与助は息を整えながら言葉をついだ。
「お頭の木原様がお呼びです。すぐに虎口こぐちに来てもらいたいとのことです」
 長次はぱっと顔を輝かせ、どこの虎口だといた。虎口とは城郭の入り口、つまり城門である。
北桔橋門きたはねばしもんです。急いでくれとのおおせです」
 長次はすぐに北桔橋門に向かった。城の北側である。長次たちの常普請小屋からは城を挟んで反対側にあたる。
 どのような呼び出しかわからぬまま、長次は足を急がせる。真夏の日が容赦ようしやなく照りつけ、あっという間に汗が噴き出る。
 周囲は蝉の声がかしましく、人足や物売りたちの行き交う道の遠くには陽炎かげろうが立っていた。
 北桔橋のそばには大工らの使う職人小屋があり、さらに葦簀掛けの簡素な建物があった。吉次はそのなかにある床几しようぎに座って、見知らぬ男と談笑していた。
 長次が顔を見せると、吉次はさっと立ちあがって、
「長次、遅かったな。どこにおった」
 という。
「身共らの小屋におりました。叔父上を捜していたのです」
「さようか、まあよい。これへ」
 長次は汗をぬぐって、吉次に近づいた。すると、ひとりの男が立ちあがった。四十過ぎの男で、真っ黒に日焼けしていた。福々しい顔のなかに怜悧れいりそうな目があり、長次をひたと見据える。
「中井正清殿だ」
 吉次の紹介で、長次はハッと目をみはった。
(これが噂の京大工のお頭か……)
 びんが長く、口ひげをたくわえていた。
「木原方の鈴木長次でございまする。かねてより、中井様のお噂は耳にしております」
「ほう、いかような噂であろうか。悪い噂でなければよいが……」
 ふっふっふと、正清は含み笑いをしてつづけた。
「そのほうは、天守を造りたいそうだな」
「はい。そのために江戸に来ておるのです」
「雛形を作れと佐渡守様よりお下知をいただいたと……」
「恐れながら」
 長次が恐縮すると、正清は数瞬にらむように見つめてきた。
「人助けをしたそうだな」
 江ノ島沖えのしまおきでのことをいっているのだ。
おぼれる者を放ってはおけませんでしたゆえ……」
「黒田筑前守様は、いたく感心しておられた。藤堂佐渡守様もしかり。それで、佐渡守様がそなたをわしの下につけてみてはどうかと申された」
「わたしが、中井様の……」
「不服か?」
 正清は両まゆを動かして鋭い視線を送ってくる。長次はめまぐるしく考えた。正清の下につくということは、京大工に差配されるということだ。
 長次には木原大工としての矜持きようじがある。それに木原や遠江とおとうみの大工は、家康が天下を統一して以来、譜代大工と称されるようになっている。その譜代の大工が、途中から割り込んできた京大工に使われるのは気に食わない。
 長次は吉次を見た。ほおをゆるめて、受けてみてはどうだという表情をしている。いや、そのようにせよという目であった。
「いかがした?」
「あ、はい。ありがたくうけたまわらせていただきます」
 長次が答えると、正清は顔をほころばせた。
「では、ついてまいれ」
 正清は茶を飲みほしてからうながした。
 正清は配下の棟梁衆四人と小役こやく・手代など八人を引き連れて先を歩いた。長次はそのうしろを吉次と並んで歩く。
「叔父上、どういうことです? わたしがあの方の下につけば、下の大工らはおもしろい顔はしませんよ。京大工の差配を受けることになるのですよ。わかっておいでなのですか」
「そう目くじらを立てるな。いまでも差配を受けているようなものだ。いまさら騒ぐことはない」
「しかし……」
「おぬしはたったいま、中井殿の下につくと返事をしたばかりではないか……」
「それは、そうですが」
「よいか長次、相手は城を造っている。大御所様や佐渡守様の覚えもめでたい。上様然り。わしら譜代衆より手練れだというのもわかった。であれば、教えをい、技を盗み、おのれのものとして身につけるのも一理じゃ」
「どうして手前どもより相手が手練れだとわかるのです」
 長次は声をおさえながらも、詰問きつもん口調で吉次を見る。そもそも吉次は、土木を専一とする普請方から作事方に配置転換された男で、大工としての技術はなかった。その点、長次は現場叩き上げの技術者である。
 京大工が譜代の大工よりすぐれているとはまったく思っていなかった。
「いまにわかる」
 吉次は不機嫌そうに答えて口を閉じた。
 すでに城内に入っており、築造中の本丸御殿の手前まで来ていた。大工や左官、屋根き職人らが立ち働いており、屋内には襖師ふすまし錺師かざりしなどの姿も見られた。
「この御殿には四十人の棟梁を配している。これより、木原方にも加わってもらう」
 正清が長次を振り返っていった。
「身共らが……」
「さよう。この御殿造りは急がねばならぬ」
 正清はそういったあとで、あたりに目を配り、
甲良こうら平内へいのうちを呼んでまいれ」
 と、近くにいた男に命じた。
 両名がやって来るまでの間、長次は御殿内部と、表の造りを穴が開くほど観察した。
 いったい誰が設計したのだろうか。その技量は並大抵のものではない。
 やがて到着した平内政信まさのぶと甲良宗広むねひろを、正清は長次に引き合わせた。大工棟梁だという。
 宗広は腰の曲がった年寄りだったが、政信は二十代半ばの男であった。二人とも書面を手にしていることから、相当の大工だと知れた。
「江戸の大工頭、鈴木長次殿だ」
 正清は二人に長次のことをそう紹介した。
 驚いたのは長次である。まさか大工頭と呼ばれるとは思ってもみなかったからだ。これまで吉次の手代を務めていたとはいえ、実際には作事方の被官ひかんであった。それがいきなり「大工頭」とは──。
 長次の戸惑いに気づいたのか、吉次が言葉を添えた。
「おぬしは大工頭になった。藤堂佐渡守様と黒田筑前守様のご推挙すいきよだ」
 ぽかんと口を開け、信じられないとばかりに何度もまばたきする長次にかまわず、正清はつづけた。
「長次殿、この御殿は甲良と平内にまかせておけば間違いなかろうが、以降よろしく頼む」
 これにも驚いた。正清は、自分の配下の大工棟梁二人を、長次に預けたのである。
「棟梁、長次殿は天守の雛形を作られるそうだ。楽しみだな」
 長次を見る正清の頬に、わずかな冷笑が浮かんでいた。おまえの力を試してやるとでもいわんばかりの、余裕の笑みであった。
「御殿を見せていただいてもよろしゅうございますか」
 長次は正清に請うた。無論、断られるはずもない。 
 政信と宗広の案内を受けて、長次は御殿内の作業を見てまわった。
 時折、政信が書面に目をやり、大工に指図をする。年寄りの宗広はその動きを眺めてうんうんとうなずき、自分の書面と照らし合わせる。
「それを見せてもらってもよいか」
 長次は二人が持っている書面が、最前より気になっていた。
「どうぞ」
 政信が差しだした書面を手にすると、長次は穴が開くほど目を凝らした。衝撃だった。
(細かい)
 書面は指図と呼ばれる平面図と、建地割たてじわりと呼ばれる立面図、断面図だった。もちろん、一枚ではない。何枚もある。
 長次は何度もめくっては、またもとに戻して、まためくった。脳天を金槌かなづちで殴られたような気がした。我知らず手がふるえそうにもなった。
「これは、誰が描いたのだ?」
 訊かずにはおれなかった。
「中井様です」
 政信と宗広は、ほぼ同時に答えた。
 ハッとして背後を振り返った。そこに中井正清はいなかったが、長次ははっきりと負けをさとった。家康や藤堂高虎が正清を重宝する、その意味がやっとわかった。
「どうされました?」
 怪訝けげんそうな宗広の声で、長次は我に返った。
「いや、なんでもない。天守も中井殿が請け負われると小耳にはさんだが、さようであろうか」
「そう聞いております」
「天守台を見せてもらってもかまわぬだろうか」
 この日長次が、吉次に頼みたいと思っていたことだった。
「もちろんでございます。まだ石垣はできておりませんが、縄張りは終わっておりますので……」
「その縄張りも、中井殿が……」
「いえ、そちらは佐渡守様です」
 土台になる土木工事は高虎が仕切っているようだ。
 長次はそのまま天守台に案内された。
 工事半ばの天守台の上に立った長次は、食い入るような目で、その広さを脳裏のうりに焼きつけた。
 広さはおよそ二十間(約三十六メートル)四方である。天守台の高さは十間(約十八メートル)。
(ここに天守が……)
 長次は宙空に視線をあげる。そこにはただ空間が広がっているだけだが、長次の頭には、自分の思い描く天守が浮かんでいた。
 その夜から、長次は天守の雛形作りの構想に入った。これまでもいろいろと考えを浮かべてはいたが、天守台の大きさがわからず、手がつけられなかったのだ。だが、もうあとは自分なりの天守を構築すればよいのである。たとえそれが雛形であろうとも。
 長次は燃えた。一心不乱に雛形作りに没頭した。
 京大工らには負けたくない。中井正清の鼻を明かしてやりたい。生来の負けず嫌いが頭をもたげる。
 なにより正清は、江戸で自分の持ち場に指図をした後、京に上っていて現場にはいなかった。
(おのれをいかほどの大工だと思っているのだ)
 譜代大工の多くも、長次と同じような不満を口にしていた。いかに自分がえらい大工頭だとしても、現場を不在にするのはもってのほかである。
 そんなある日のこと、京大工棟梁のひとりから、中井正清が大出世したという話を聞いた。
「ほう、大きな出世を……」
 ひそかに正清に対抗心を持っているがゆえに、長次は問わずにはいられない。
「なんでも、昨日知らせが入ったそうです。従五位下大和守じゆごいげやまとのかみになられたようで」
「まことに……」
 長次は目をみはるしかなかった。従五位下というのは、大名にあてられる官位で、大工頭がそのような官位をもらうなど、異例中の異例である。
 正清が叙任じよにんされたのは七月十三日で、長次が聞き知るわずか三日前の出来事だった。
「大出世ではないか」
 茫然ぼうぜんと長次はつぶやいた。
 正清は、天下一の御大工として認められたのだ。
 長次の脳裏に、正清の得意顔が浮かんだ。このままでは木原方だけでなく、譜代大工衆までもが正清に牛耳ぎゆうじられてしまう。
(そのようなことはあってはならぬ。決しておれが許さぬ)
 長次は虚空こくうをにらみながら、拳を強くにぎり締めた。
(第10回へつづく)

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稲葉 稔Minoru Inaba

1955年熊本県生まれ。脚本家などを経て、94年に作家デビュー。冒険小説、ハードボイルドを皮切りに、近年は時代小説に力を注いでいる。近著に『浪人奉行 四ノ巻』(双葉文庫)、『永代橋の乱 剣客船頭(十九)』(光文社時代小説文庫)、『喜連川の風 切腹覚悟』(角川文庫)、『すわ切腹 幕府役人事情 浜野徳右衛門』 (文春文庫)などがある。

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