双葉社web文芸マガジン[カラフル]

アンサーゲーム / 五十嵐貴久・著

©️ノグチユミコ

第17回
 
 三十秒、と里美はマジックペンを握り直した。
 回答をフリップに書き込まなければならない。イエス、もしくはノー。それを答えるだけだ。一秒で書ける。
『あなたは樋口様を信じておられますか』
 モニターに浮かんでいる一行のクエスチョンを、声に出して読んだ。あたしは毅を信じているのだろうか。
 信じていた。それは間違いない。本心から言い切れる。昨日まで、あたしは確かに彼を信じていた。
 何もかも、と言えば嘘になる。でも、それは誰だって同じはずだ。
 親子でも、兄弟でも、恋人でも、夫婦でも、すべてを分かり合い、信じ合っているわけではない。
 過去、毅には女性関係でさまざまなトラブルがあったはずだが、すべてをあたしに話しているとは思っていない。当然だろう。結婚すると決めたからこそ、言ってはならないことがある。
 だから、それはいい。嘘や隠し事があるのは仕方ない。
 そうではなくて、あたし自身が毅のことを心から信じていると断言できるのか。問題はそこだ。
 ファイナルクエスチョンの直前、ディスカッションの際、彼はこう言った。
「どんな問題が出ても、イエスと答えろ。おれもそうする。それだけでマッチングが成立する」
 その通りにするとうなずいたが、心のどこかに違和感があった。仕事でも、プライベートでも、いつでも彼はそうだった。常に独善的で、周りは自分に従えばいいと思っている。そういう性格だ。
 永和商事で、毅は仕事ができる有能な社員という評価を得ていた。それは間違っていない。仕事のスピード、決断力、交渉力、すべてが他の社員より一段も二段も上だった。
 だが、仕事とは一人の力だけで達成できるものではない。他の社員の努力、サポート、協力があったからこそ結果を出せる。
 毅は違った。何もかも自分の力によるもので、自分だけが正しいと考えていた。アシスタントを務めていたから、里美にはそれがわかっていた。
 人間関係も同じだ。毅には友人が多い。交際を始めてから結婚式までの間に、プライベートな友人を何人紹介されたかわからない。
 でも、あの中に親友と呼べる人がいただろうか、と里美はずっと思っていた。たぶん、いない。
 彼は他人との距離の取り方をわかっている。だから、誰もが毅を友人だと思う。ただそれだけの関係。
 それは社内でも同じだった。毅にとって、周囲の人間はアクセサリーに過ぎない。ないよりはあった方がいいし、多ければ多いほどいい。でも、アクセサリーと信頼関係を結ぶ者はいない。
 独りよがりで、自己愛が肥大化している。誰のことも信じようとしない。そういう男だ。
 、と里美は改めて理解した。結婚する相手のことさえ、心の底から信じようとしない。そんな男。
 どんな問題が出てもイエスと書け、と彼は言った。それがアンサーゲームの必勝法だと、里美もわかっている。マッチングすることだけが正解のアンサーゲームにおいて、絶対的な攻略法はそれしかない。
 ただし、それはお互いへの信頼感がなければ成立しない。あたしのことを信じていない男を、どうすれば信用できるというのだろう。
 モニターに目をやると、00:21という数字が見えた。
 里美を信じることはできない、と毅はつぶやいた。
 最初からわかっていたことだ。悪い女ではない。ルックスも性格も育ちもいい。
 ただ、頭はどうしようもなく悪い。学校の勉強ができるできないの話ではない。話していると感じるのだ。物事に対して、何も考えていない、と。
 悪く言ってるわけではない。変に頭がいい女より、よほど可愛げがある。妻にするなら、里美のような女の方が扱いやすい。どんなに馬鹿であっても、いや、頭が悪いからこそ、指示に従うはずだという確信があった。
 イエスと答えろ、とおれははっきり言った。里美も了解している。何の問題もない。イエスとフリップに書き込めばいいだけの話だ。
 ただ、それとは別に、気になっていることがあった。ピエロはこう言っていた。
『過去、三度アンサーゲームを行なって参りました。あなたが最も優秀な回答者だと、わたしは確信しております』
 自分たちが初めてではない、ということはわかっていた。ピエロ自身が第四回アンサーゲームだと言っていたし、それを隠すつもりもないようだった。
 過去のアンサーゲームでも、カップルが拉致され、コンテナに閉じ込められ、十のクエスチョンに答えることを強要されたのだろう。
 気になっていたのは、「」とピエロが言ったことだ。つまり、過去にアンサーゲームをクリアした者はいないことになる。
 ファイナルクエスチョンまでたどり着いたのは、自分と里美が初めてなのだろう。だからピエロはあんなことを言った。
 いったいなぜだ、と毅は辺りを見回した。アンサーゲームでは、二人の回答が合致すれば正解と見なされる。
 従って、知識が必要な難しい問題は出題されない。二人の過去を調べ、どちらも答えられるクエスチョンを出題する。
 そこに解釈の余地がある問題もあり、お互いの考えに齟齬が生じることもある。その時はミスマッチになることも有り得る。
 だが、冷静に考えれば、決して難しくはないゲームだ。それはここまでの九つのクエスチョンを思い返せばすぐわかる。慎重に対応すれば、ミスマッチの可能性はむしろ低い。
 にもかかわらず、クリアした者はいない。その理由がわからなかった。
 もちろん、誘導に引っ掛かったカップルもいただろう。おれたちのように、過去の異性との関係を持ち出され、写真や動画、あるいは意図的に編集したメールや電話の音声などによって動揺し、二人が違う回答をしたこともあったはずだ。
 何か隠された意図があるのか。優秀な心理学者、カウンセラーのようなスタッフがいるとすれば、人間の心を誤誘導することもできるだろう。
 毅はモニターを見つめた。すべてをコントロールされているのか。このファイナルクエスチョンに、心理的なトラップが仕掛けられているのか。
 残り時間十五秒。どうすれば奴らの裏をかくことができるだろう。
 マジックペンを握ったまま、毅は固く目をつぶった。
「タイムストップ」
 ピエロの声と同時に、モニターのカウンターが止まった。00:09。
「ひとつだけ、注意事項を申し上げるのを忘れておりました」ピエロが早口で言った。「お二人ともに言えることですが、必ず回答をフリップにお書きください。何も書いていない場合、ミスマッチと見なします」
 待って、と里美は叫んだ。
「どうして今になってそんなことを?」
 意味のない問いだとわかっていたが、時間が欲しかった。考える時間が必要だ。十秒でも、二十秒でもいい。
 一度だけですが、過去に例があったのです、とピエロが説明した。
「何も書いていないフリップを見せて、これが答えだと主張したカップルがいたのです。論理的には無回答も回答のひとつですから、その時は認めざるを得ませんでしたが、これを許すとすべてのクエスチョンに対して、何も答えないという形でのマッチングが成立してしまいます。それではアンサーゲームの意味がありませんので、それ以降無回答をミスマッチと見なすように、ルールを改定致しました。申し上げておかないとフェアとは言えないと思いまして」
 そういう手もあるのか、と里美はうなずいた。気づかなかったが、ピエロたちにとっても盲点だったのだろう。
 ペンが動いていないのは、こちらからも見えておりましたとピエロが言った。
「万が一のことを考え、時間を止めた上で、注意させていただいたわけです。残り時間九秒から再開させていただきますが、よろしいですね?」
 卑怯よ、と里美はモニターを睨みつけた。
「今から回答を書き込もうとしていたのに、そのタイミングでタイムストップとか、無回答はミスマッチと見なすとか、そんなことを言われてもどうすればいいのかわからない」
 口を動かしながら、必死で里美は考えていた。あたしは毅のことを信じているのか、いないのか。どう回答すればマッチングするのか。
 大変申し訳ありません、とピエロが言った。言いたいことはわかったつもり、と里美はうなずいた。
「何もフリップに答えを書かなかったら、それだけでミスマッチということね?」
「その通りです」
 聞いていなかった条件を受け入れる代わりに、時間を延長してと里美は言った。
「あたしは回答を書こうとしていた。イエス、ノー、どちらにするか決めていた。それなのに、あなたの勝手な事情で強制的にストップがかかった」もう一度考え直さなければならない、と里美はフリップをマジックペンで叩いた。「あたしも譲歩している。そっちも受け入れて。あたしには時間を要求する権利がある。それでこそフェアなゲームでしょ?」
 おっしゃっておられることは理解できます、とピエロが言った。
「ですが、三分という回答時間については、樋口様の了解を得ておりますので、わたしの一存では変更できません」
 だったら毅と話して、と里美はもう一度フリップを叩いた。
「あなたが決められないのなら、他の人とも相談して。毅は永和商事の上層部の人間がこのアンサーゲームに関わってると言っていた。あたしもそう思ってる。誰なのかはわからないけど、人事関係の部署でしょ? このゲームを通じて、あたしたちの適性を調べるとか、そういうつもりなの? それなら、責任者と話して、時間を延長して!」
 人事部は関係ありませんし、適性調査の意図などありませんが、とピエロが低い声で笑った。
「よろしいでしょう、では一分間の延長を認めます」
 モニターのカウンターが、01:09に変わった。残り時間一分九秒から再スタートですとピエロが言うのと同時に、カウンターが動き出した。
 ピエロの説明の後、モニターのカウンターが01:09になった。
 助かった、と毅はフリップの端を強く握った。あと九秒では決断できなかった。
 それにしても、あと一分九秒だ。里美の心理を読み、回答をフリップに書き込まなければならない。
 どんなクエスチョンが出題されても、イエスと書けとおれは命じた。里美もそうすると言った。
 アンサーゲームの絶対的な必勝法はそれしかない、と確信があった。なぜ今まで気づかなかったのか、と思えるほど簡単なことだ。
 二人の回答がマッチングすることだけが正解なのだから、問題とは関係なく、ひとつのワードを決めれば、答えはすべてマッチングする。
 もし、あなたの父親の名前は何ですかという問題であったとしても、イエスと答えればいい。父親の本名など関係ない。それがアンサーゲームのルールだ。
 九つのクエスチョンを通じ、二つのミスマッチがあったが、ようやく絶対の必勝法にたどり着いた。ピエロがおれを最も優秀な回答者と言ったのは、お世辞でも追従でもないのだろう。
 ただ、この必勝法にはひとつだけ条件がある。お互いの間に信頼があるかどうか、それが鍵となる。
 イエスと書くことを決めても、実際にイエスと書くかはわからない。互いに〝イエスと書く〟という信頼があってこその必勝法なのだ。
 問題は里美だ、と毅は腕を組んだ。ここまでの流れの中で、おれに対して不信感を抱いているだろう。
 おれの対応にもまずいところがあった。頭ごなしに叱りつけたり、非難するべきではなかった。
 お嬢様育ちの里美は怒られることに慣れていない。感情的に反発するだろうし、それが不信感に繋がるのはわかりきった話だ。
 失敗した、と舌打ちしたが、今となっては遅い。リカバリーは難しいだろう。
 要は里美がおれを信じるかどうかだ。信じるに決まってる、と苦笑が浮かんだ。
 あいつはおれを信じるしかない。この状況で頼れるのは、おれしかいない。
 おれたちのディスカッションを、ピエロたちは聞いていた。どんなクエスチョンに対してもイエスと答えるとおれたちが決めた以上、奴らに打つ手はない。
 あるとすれば、動揺を誘うことだ。狙われるのは里美しかいない。弱点を攻めるのは、ゲームの常道だ。
 この三分間、ピエロが里美と何を話したか、それはわからない。おれに対する不信感を増幅させるようなことを言ったのか。あるいはおれの秘密を暴露したか。
 迷わせるために、揺さぶりをかけたはずだ。何もしなければ、里美がイエスと書くとわかっているからだ。
 難しい、と毅は唇を噛み締めた。ピエロたちは人間の心の弱さを熟知している。里美のような単純な女の思考を操ることなど、思いのままだろう。
 それでも、とペンを握った。里美はおれを信じるしかない。あいつはそういう女だ。
 自分で何かを決めることができない。責任を取りたくないからだ。
 今までもそうだった。すべてをおれに任せ、頼り、従ってきた。
 それでいいとおれも思っていた。里美も同じだったろう。
 馬鹿にしているのでも、下に見ているのでもない。おれたちはそういう関係だった。
 里美は必ずおれの指示に従う。フリップにイエスと書く。それですべてが終わる。
 天井のスピーカーから、鐘の音が聞こえて、顔を上げた。モニターの数字が00:10になっていた。
「テン、ナイン、エイト、セブン……」
 シックスと合成音が数字を言うのと同時に、毅はフリップに回答を書き込んだ。
 カウンターが00:59になり、数字が減っていく。時間の感覚がおかしくなっている。00:30になるまで、体感としては数秒だった。
 考えて、と里美は強くペンを握り直した。考えなければならない。何と答えればいいのか。
 結局、それは毅を信じるのか、信じないのかということだとわかっていた。
 彼を信じるなら、迷わずイエスと書けばいい。信じないなら、ノーと書くしかない。
 信じたい、と思っていた。結婚式を挙げたばかりの相手を信じられないなら、誰を信じればいいのだろう。
 だが、毅の性格もわかっていた。何よりも自分自身が大事で、少しでもリスクがあると判断すれば、悪気なく手のひらを返す。
 もちろん、毅だけではない。大半の人々がそうだろうし、自分もそうだ。
 危険だと思えば、まず自分を守る。そのためには、多少の嘘をつくこともある。裏切る、というつもりさえなく、平気で立場や心を変える。誰にでも、そういうところはあるはずだ。
 毅を責めているのではない。悪い男だとも思っていない。常識があり、社会のルールを守ることができる人だ。
 あたしもそうだ。だからこそ、その怖さがよくわかっていた。
 善人であっても、人間関係において小さな嘘をつく。小さな裏切りもする。その方がうまく回ることが多いと、経験的に知っている。
 ただ、それは通常の場合だ。今は違う。この異常な状況の下、毅は何を考えているのだろう。
 どんな問題が出ても、イエスと書け。
 強い口調で、毅はそう言った。それ以外、マッチングするための絶対的な手はないとも言っていた。
 論理的に考えれば、毅が正しいとわかっている。マッチングすることが正解になるアンサーゲームにおいて、他に必勝法はない。
 でも、彼の口調は断定的過ぎた。あの自信はどこから来るものだったのか。
 世の中に絶対はない。頭のいい毅はそれをよく知っている。それなのに、あれだけ断言できる根拠は何だったのだろう。
 強く言わなければ、あたしが従わないと思ったのか。だとすれば、それはあたしを信じていないと言っているのと同じだ。
 
 鐘の音が鳴った。モニターの数字が00:10になっていた。
「テン、ナイン、エイト、セブン……」
 考えるより先に、腕が動いていた。自分の意志とは関係なく、指がフリップに回答を書き込んだ。
「……ゼロ」
 大音量でブザーが鳴った。里美の指先からペンが床に落ちた。
 フィニッシュです、とモニターに現れたピエロが宣言した。
「フリップを伏せてください。ペンは足元に置くように。これ以降、回答の変更はもちろん、新たな書き込みを禁じます。よろしいですね?」 
 毅はペンを床に放り、何も書かないと両手を広げた。
「お前たちがどんな難癖をつけてくるかわからない。回答として認められないとか、そんなことを言い出して、もう一度やり直せと言われたら困るからな」
 難癖とは酷い表現ですね、とピエロが甲高い声で笑った。
「むしろ逆です。わたしが心配しているのは、あなたが巧妙な論理のすり替え、その他によって、ミスマッチだったとしても延長戦を要求してくることです。わたしがファイナルクエスチョンにイエスorノーで回答できる問題を出題したのは、それに対する予防策でもありました。イエス、ノー、いずれにしても、そこに解釈の余地はありません。マッチングするかミスマッチとなるか、確実に判定するためには、これしかありません」
 そうだろう、と毅はうなずいた。読み通りだった。
 まったく同じ論理で、ファイナルクエスチョンはイエスorノーの二択の形で出題されると考えていたが、それは正しかった。
「いかがですか、今のお気持ちは」ピエロがテーブルの上にあったマイクを掴んで、カメラに向けた。「マッチングするか、ミスマッチか。すべてはお二人のフリップの中にあります。どうでしょう、不安ではありませんか?」
 もういい、と毅は手を振った。
「今さら焦らしてどうなる? さっさとフリップをオープンさせろ。言うまでもないが、マッチングしてゲームクリアとなったら、おれたちを解放する約束を忘れるな。もうひとつ、金も賞品もいらない。その代わり、ここを出たらおれと里美はそのまま警察に通報する。お前たちは必ず逮捕される。考えただけでも笑えてくるよ」
 ルールは守ります、とピエロが合図をした。金属のきしむ鈍い音に、毅は周囲を見回した。
 四方の壁がゆっくり上がり始めている。五センチほどの隙間ができていた。
 やはりそうか、と毅はつぶやいた。
「これは業務用コンテナだな? ドアはなく、代わりに四方の壁がドアの役割を果たしている。中東でよく使われているタイプだ」
 博学ですね、とピエロが微笑んだ。
「マッチングすれば、このまま壁を上げていきますので、出ることは簡単です。参考までに申し上げますと、奥様のコンテナはあなたの左側、二メートルほど離れた場所にあります。奥様の方の壁も五センチ上げておりますので、大声を出して呼べば聞こえるかもしれません」
 ただし、椅子から立たないでくださいとピエロが言った。
「ここからがアンサーゲームのクライマックスです。お互いのフリップをオープンして、アンサーを確認するまで、立ち上がらないように。よろしいですね?」
 里美、と毅は座ったまま叫んだ。五センチの隙間から、外は見えなかった。
 夜になっているようだ。見えるのは、暗い闇だけだった。
 毅、とか細い声が聞こえた。里美の声だ。おれだ、と毅はもう一度叫んだ。
「無事か? もう大丈夫だ。この馬鹿げたゲームは終わる。あと少しだけ我慢しろ」
 わかった、という返事があった。潮の香りがコンテナ内に入り込んでいる。海が近いのだろう。
「ここはどこだ。港か?」
 マッチングすれば、ご自身の目で確かめられますとピエロが言った。
「ミスマッチなら、ここがどこであっても関係ないでしょう。さて、よろしいでしょうか。ただ今より、ファイナルクエスチョンのアンサーを発表致します!」
 荘厳なパイプオルガンの音がコンテナ内に響き渡った。ドラムロールが重なる。
「では、モニターに顔を向けてください。フリップは伏せたままでお願いします」
 モニターが切り替わった。フリップを胸の前で抱いている里美の姿が目に飛び込んできた。
 呼びかけても結構ですよ、とピエロの声がした。
「里美!」
「毅!」
 お互いの声が交錯する。大丈夫かと声をかけると、あなたこそ、と里美が引きつった笑みを浮かべた。
「どうして……いったい誰がこんなことをしてるの? 何のために?」
 永和の社員だ、と毅はうなずいた。確信があった。
「間違いない。役員クラスも関わっているんだろう。そうでなければ、こんな無茶な真似はできない。どういうつもりなのかはわからないが、何か理由があるんだろう。だが、これだけは言っておく。おれは永和商事という会社が好きだが、もう恩も義理もない。ここを出たら、会社を辞めて訴えてやる。これは立派な犯罪だ。どんな好条件を出されても、許すわけにはいかない。何が〝社員は家族〟だ。ふざけるのもいいかげんにしろよ」
 あたしも辞める、と里美が言った。
「あたしの実家は永和の創業者、市川家とも関係が深いけど、こんな酷いことをするなんて、信じられない。どんな理由があったとしても、絶対許さない。あんな会社、辞めてやる!」
 よろしいでしょうか、と遠慮がちにピエロが会話に割り込んできた。
「会社をお辞めになる、告訴する、それはお二人の自由です。権利でもあります。ですが、その前にファイナルクエスチョンをクリアしていただかなければなりません。ミスマッチの場合は罰ゲームが待っているのをお忘れなく。辞めるとか訴えるとか、そんな物騒なことをおっしゃるより――」
 何を言ってる、と毅は怒鳴った。
「いいか、おれは言ったことは必ずやるぞ。お前が誰か知らないが、鶴師人事部長か、その辺りだろう。徹底的にやってやる。社員はお前たちのオモチャじゃない。何をしても許されると思ったら、大間違いだ。これはパワハラで、永和のイメージは地に堕ちるだろう。だが、それは自業自得だ。他の奴を選ぶべきだったな。おれたちにアンサーゲームをやらせると決めたことが間違いだったんだ」
 おっしゃる通りかもしれません、とピエロがほとんど聞き取れない声で言った。
「ですが、ルールはルールです。フリップをオープンして、お互いのアンサーをご確認ください」
 何の意味がある、と毅は立ち上がった。
「マッチングするに決まってるだろう。何がゲームのルールだ。こだわってどうなる? 馬鹿じゃないのか」
 ルールはルールです、とピエロが繰り返した。
「お座りください。勝利を目前にして気が高ぶっているのは理解できます。ですが、あらゆることに確認が必要なのは、あなたもわかっておられるはずです」
 いいだろう、と毅はパイプ椅子に腰を下ろした。
「さっさと済ませよう。フリップをお互いに見せて、マッチングを確認すればいいんだな?」
 わたしの合図で、とピエロが言った。
「カウントします。よろしいですね? スリー、ツー、ワン、オープン」
 毅はフリップをモニターに向けた。
(第18回へつづく)

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五十嵐 貴久Takahisa Igarashi

1961年東京都生まれ。成蹊大学文学部卒業。2001年『リカ』で第2回ホラーサスペンス大賞を受賞しデビュー。以降、ミステリーや警察小説、青春小説、恋愛小説など、幅広いジャンルで話題作を発表する。07年『シャーロック・ホームズと賢者の石』で第30回日本シャーロック・ホームズ賞を受賞。08年『相棒』で第14回中山義秀文学賞候補、11年『サウンド・オブ・サイレンス』で第28回坪田譲治文学賞候補。著書多数。

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