双葉社web文芸マガジン[カラフル]

アンサーゲーム / 五十嵐貴久・著

©️ノグチユミコ

第11回
discussion 2
 時間を確認します、とピエロが右手を上げた。モニターの数字は2:59で止まっている。
「よろしいでしょうか、ディスカッションは三十秒間です。正直なところ、非常に短い時間と言えるでしょう。まず、冷静になることをお勧めします。感情的にならずに、何を伝えるべきか、よくお考えください」
 わかってる、と里美はうなずいた。ただ、考えが整理できない。毅にどう話せばいいのか。
 ピエロ、というよりピエロたちと言うべきだろう。一人でこんなことができるはずもない。必ず複数の人間が関わっている。
 彼らはあたしと毅が京都へ旅行に行ったことを知っている。それどころか、会話を盗聴していた。
 あの時だけではない。もっと前からだ。
 少なくとも、あたしが大学生だった時からと考えていい。十八歳の時からだとすれば、もう十年前になる。
 全身の血が引いた。十年、監視されていた?
 あたしのことだけではなく、友人関係も把握していた。友達同士の会話も、彼らは盗聴している。
 そんな馬鹿な話があるだろうか。ごく普通の女子大生のことを、十年間にわたって調べ上げる理由など考えられない。どんなメリットがあるというのだろう。
 あたし個人ならまだわかる、と里美はつぶやいた。ある種のストーカーと考えられないことはない。それなら納得がいく。
 こんな時代だ。十年、田崎里美という女性に執着していた者がいたとしても、おかしくない。
 執拗に接触を図ったり、電話をかけ続けたり、手紙やメールを送り続ける者だけがストーカーではない。ただ見ている、というタイプもいるだろう。害意がないから気づかないが、それもまたストーカーだ。
 でもこれは違う、と里美は首を振った。いわゆるストーカーということではない。十年もの間里美の個人情報を集め続け、そして結婚した途端、牙を剥いた。
 恋愛あるいは性的な理由ではない。執念でも執着でも妄執でもない。すべては計画されていた。
 でも、何のために? どうしてもそれがわからなかった。
 誘拐ではない。金で解決したいと言ったが、それが目的ではないとピエロは答えている。
 では、怨恨か。だがここまで強い恨みを抱いている者など、想像できなかった。
 誰が見ても普通のOLだ。平均より多少恵まれているのは確かだが、似たようなレベルの女性は他にいくらでもいる。
 毅への嫉妬が理由だろうか。若くして永和商事という一流企業の営業部でエースとして将来を期待されている毅に対し、妬んでいる者がいることは知っていた。会社では女性より男性社員同士のジェラシーの方が強いのは、里美もよくわかっている。
 そうではない、ともう一度強く首を振った。十年前から彼らが監視していたのは里美で、毅ではない。
 どう毅に説明すればいいのだろう。十年間、もしかしたらもっと前からあたしは狙われていた。いずれ必ず、このアンサーゲームに参加することも決まっていた。そんなこと、信じてくれるはずがない。
 いったい何のために、と毅は問い返すだろうし、あたしも答えられない。それでは何のためのディスカッションなのか。
「お考えください。何を話し合うべきか、頭の中でまとめておくべきです」三十秒は短いですよ、とピエロが優しい声で言った。「これはあくまで参考程度にということですが、セブンスクエスチョンについて、回答を相談するのもひとつの手です。クエスチョンはあと四問、そして既にあなた方はミスマッチを二度しており、次に答えが合わなければゲームオーバーです。目の前の問題をクリアすることに集中した方がいいのかもしれません」
 里美は頭を抱えた。どうしていいのかわからない。でもとにかく、彼らがあたしのことを十年以上監視していたことを毅に伝え、信じてもらうしかない。
 そろそろよろしいでしょうか、とピエロが口を開いた。
「あなたがディスカッションを要請し、樋口様が了承してから、五分が経過しております。確かに時間制限は設けておりませんが、どこかで区切りは必要でしょう」
 あと一分だけ、と里美はモニターに目を向けた。結構です、とピエロがうなずいた。
 モニターに映っている里美を毅は見つめた。頭を抱えて考え込んでいる。何を話すべきか、迷っているようだ。
 どうかしてる、頬についていたクリームを二の腕で拭った。ディスカッションを要請しておきながら、何を話し合うのか考えていなかったのか。
 待て、と毅は漂っている酢の臭いを振り払うために頭を振った。里美はそこまで思慮がない女ではない。セブンスクエスチョン回答の三分前にディスカッションを要請したのは、何か理由があったのではないか。
 おそらく、そうだ。里美は何かに気づいた。それをおれに伝えようとしている。
 しかも、それは重要なことだ。そうでなければ、残り時間三分という時点で、ディスカッションを要請するはずがない。今すぐ伝えなければならない、と判断したのだ。
 思い当たることが、ひとつだけあった。
 シックスクエスチョンの結果はミスマッチで、罰ゲームとして、顔に酢の混じったホイップクリームを発射された。その時、確かに笑い声がした。ピエロの笑いに重なるようにして、最低でも三人の人間が笑っていた。しかも、そのうちの一人は女だった。
 里美が伝えようとしているのは、それではないのか。アンサーゲームには複数の人間が関係している、と言いたいのか。
 違う、と毅は首を振った。それもあるのかもしれないが、別の何かだ。
 冷静に考えれば、このアンサーゲームをピエロが一人で仕切っているはずがないと誰でもわかる。カメラひとつ取ってもそうだ。基本的にピエロや時間が映ることが多いが、毅自身や里美が映し出されることもある。しかも、そのたびに映される角度が違う。
 ピエロではなく、他にカメラを操作している人間がいるのは、考えるまでもない、それは里美だってわかっているだろう。
 では、何なのか。あいつはおれに何を伝えようとしているのか。
「一分後、ディスカッションをスタートしていただきます。心の準備はよろしいでしょうか」
 ピエロの声に、毅はうなずいた。
 とにかく、ここは里美の話を聞こう。余計な口は挟まず、ただ聞く。それしかない。怒ったり文句を言う暇はないのだ。
 何を言うにしても、まずは聞かなければならない。判断はその後だ。
 再びモニターに里美の姿が映った。目に涙が浮かんでいた。
 スリー、ツー、ワン、とピエロがカウントしている。ゼロ、という声とブザーの音が重なり、同時に里美は口を開いた。
「毅、あたしの話を聞いて。さっきの六問目の後、ピエロがこう言ったの。『京都へ行った時、あなたが最初の夜〝結婚するか〟と言ったって。そして帰る日の朝〝一生君を幸せにする。ぼくと結婚してください〟って言った』と……おかしいと思わない? あたしたちの会話を、完全に再現してるし、シチュエーションまで知ってた。夕食の時とか、朝食の後とか、時間までよ? あたしたちの会話を盗聴していたとしか思えない」
 続けろ、とモニターの中で毅が言った。それだけじゃないの、と里美は叫んだ。
「大学の時、あたしが付き合っていた彼氏と、卒業後にあたしの友達が交際していたんだけど、その二人が電話で話している会話を録音していた。意味がわかる? ピエロたちは、ずっと前からあたしを狙っていたの」
 本当か、と毅が言った。嘘なんかつかない、と里美は首を振った。
「正確にはわからないけど、あたしが大学に入った頃からだと思う。でも、もっと前かも……あたしとあなたがアンサーゲームに加わることは、その時から決まっていたんだと思う」
 何のためにそんなことを、と言いかけた毅に、わからないけどと里美は溢れてくる涙を拭った。
「ずっと、考えてた。そんなことをして何の得があるのかって。合ってるかどうかわからないけど、たぶんピエロたちはあたしたちの気持ちを、愛情を確かめたいんじゃないかって――」
 ブザーが鳴り、終了ですとモニターに現われたピエロが言った。
「いかがでしょう、ディスカッションはうまくいきましたでしょうか」
 わからない、と里美は両肩を落とした。何度も考え、ピエロたちの目的が自分たちの愛情の確認だと思ったが、正しいのかと言われれば何とも言えない。ただ、それ以外思いつかなかった。
 それもまた、何のためにということになるだろう。愛し合い、結婚したばかりの二人の愛情を確かめることに、何の意味があるのか。
 愛がなければ、結婚するはずがない。なぜこんな大掛かりな形で確かめるようなことをするのだろう。
 里美は大きく息を吸った。同時に強い酢の臭いが鼻孔を突き刺し、噎せるように咳き込んだ。
「さて、それではカウントを再開します」ピエロの声と同時に、モニターに2:59という数字が浮かんだ。「セブンスクエスチョンは覚えておられますでしょうか。『ペットボトルは一本しかありません。あなたはこの水をお相手に譲りますか?』です。イエスノーでも構いませんし、名前を書いていただいても結構です。お二人の愛が真実であれば、決して難しい問題ではないはずですが」
 里美はフリップを取り上げた。何と答えればいいのか。
 真実の愛って何、と唇から言葉がこぼれた。頭を上げた時、モニターにピエロの姿はなかった。
 モニターを見つめている毅の目に、00:00という数字が映った。タイムアップです、とピエロが宣言した。
「いかがでしょう、回答は書き終わりましたでしょうか。自信はおありですか?」
 うるさい、と毅は額の汗を拭った。ではフリップをモニターに向けてください、とピエロが言った。
「答えはこうだ。水は里美に渡す」
 毅は片手でフリップを掲げた。素晴らしい、とピエロが拍手した。
「ナイスマッチング! ご覧ください、奥様の回答も同じです!」
 モニターに里美が映っていた。手にしているフリップに〝彼に水をあげてください〟と書いてある。
「真実の愛をわたくしはこの目で見たように思います」ピエロが目頭を両手の人差し指で覆った。「こういう時代です。戦争、貧困、病気。あらゆる災いが世界中の人々に降りかかっております。ですが、愛があればそんな問題はすべてなくなると、お二人が証明してくれたのではないでしょうか」
 どうでもいい、と毅はフリップを床に放った。
「早く彼女に水を渡してくれ。おれはそれでいい」
 壁のガラス窓が引き上げられ、ペットボトルが目の前に落ちてきた。彼女に渡せと言ったはずだと吐き捨てた毅に、マッチングされたのです、とピエロが微笑んだ。
「その際は賞品が与えられると説明したはずですが、お忘れでしょうか。奥様に水を渡しておりますが、こちらは賞品です。どうぞ、お飲みください」
 素早く前に出て、毅はペットボトルを掴んだ。口に当てて、そのまま水を喉に流し込む。生き返ったような心地がした。
「これで残りのクエスチョンは三問となりました」お座りください、とピエロが指示した。「そして、ディスカッションのチャンスが一回残されております。条件がいいとは言えませんが、最悪でもありません。ディスカッションをどこで使うか、そこがポイントになるでしょう」
 手のひらに充たした水で、毅は顔を拭った。きつい酢の臭いが薄れていく。
 それではさっそくですがエイトクエスチョンに、と言いかけたピエロに手を振った。
「ちょっと待て。気分が悪くなってきた。吐いてくる」
 よろしいでしょう、とピエロがうなずいた。ペットボトルを掴んだまま、毅はトイレへ向かった。
 便器をずらしたため、小さな穴が剥き出しになっている。そこへ顔を押し込むようにして、指を喉に突っ込んだ。
 本当に吐きたいわけではない。考えるための時間稼ぎだ。
 ピエロたちはずっと前からあたしを狙っていた、と里美は言った。前回のディスカッションでも、同じことを言っていた。
 その時は意味がわからなかったが、大学時代の交際相手と友人が交わしていた会話を録音し、里美に聞かせたということなのだろう。
 時期は不明だが、里美が大学を卒業したのは六年前だ。その頃の会話を録音していたというのはにわかに信じられなかったが、こうなっては信じるしかない。
 自分が京都でプロポーズした時のことを考えると、里美が言っていた通り、連中はおれたちのことを監視していたのだろう。盗聴されていたことも間違いない。
 いったい何のためだ、と水をひと口含んだ。
 里美は小中高とミッション系の私立校に通い、大学はお嬢様学校として有名な朱空大学を卒業している。天性の明るい性格と、恵まれた容姿。大学の時にはミスキャンパスにまでなった。
 今では大学の数だけミスキャンパスがいるから、珍しい存在ではないが、朱空大学となると話は違ってくる。週刊誌の表紙を飾ったこともあるし、高校生の時から読者モデルを務めていた。
 だが、開き直った言い方をすれば、そんなプロフィールを持つ女性は少なくない。早い話、朱空大学はこの十年でミスキャンパスを十人輩出している。準ミスキャンまで含めれば三十人だ。
 その中にはアナウンサーやモデルになったり、芸能界で活躍している者もいる。里美はむしろ地味な方だと言っていい。
 家もそうだ。田崎家は平均と比べれば裕福だが、超がつくほどの金持ちではない。
 もちろん、里美は恵まれた暮らしを送ってきただろうし、何をするにしても不自由したことはほとんどないはずだ。だが、特別というわけではない。
 そんな里美を誰が狙うというのか。しかも、何年間にもわたってだ。ターゲットに相応しい同世代の女性は、他にいくらだっていただろう。
 連中は何を考えているのだろう。里美は、二人の愛情を確認しようとしているということを言ったが、本当にそうなのか。
 おれは里美を愛している。里美もおれを愛している。それは絶対の事実だ。
 だが、それを証明しろと言われても難しい。心は目に見えない。確認などできるはずがない。
 それなら、今は里美を信じるしかない。他に正答がないのだから、連中が二人の愛情を確認しようとしているという里美の考えに合わせよう。
 小さな咳払いの後、よろしいでしょうかというピエロの声がした。
「気分は良くなりましたか? 構わなければ、アンサーゲームを続けさせていただきたいのですが」
 構わない、と毅は立ち上がった。
 安っぽいファンファーレの音が鳴り響き、いよいよ終盤戦です、とピエロが陽気に叫んだ。
「残ったクエスチョンはあと三問。クリアすればお二人の勝利となり、豪華賞品が――」
 お願い、と里美は両手を合わせた。
「何もいらない。だから、こんなことは終わらせて。何かあたしたちが悪いことをしたとか、傷つけるようなことをしたというなら、そう言って。憎まれたり恨まれる覚えはないけど、無意識のうちに何かをしていたのかもしれない。だとしたら謝るし、解決の方法を考えることもできる。もう許してください」
 そんなことをおっしゃらずに、とおもねるようにピエロが手をこすり合わせた。
「たった三問ですよ? しかも、難しいクエスチョンではありません。お二人に真の愛情があれば、簡単に答えられます。チャンスと捉えていただきたいぐらいですよ。さて、それではエイトクエスチョンです。モニターをご覧ください」
 止めるつもりはないのだとわかり、里美はモニターに目をやった。そこにエイトクエスチョンが映っていた。

『あなたにとって、お相手の順位は人生で何番目?』

 意味がわからない、と言いかけた里美に、わかっておりますとピエロがうなずいた。
「多少の説明が必要かと存じます。よくお聞きください。難しい話ではありません。率直にお伺いしますが、あなたは過去に何度か恋愛をしておられますね」
「何度かって……」
 失礼な発言をお許しください、とピエロが頭を下げた。
「それが悪い、と言っているのではありません。むしろ、素晴らしいことだと考えております。昨今、異性との交際経験がない成人が五〇パーセントを超えたというニュースがありましたけど、嘆かわしい風潮だと個人的には思っております。恋愛は人間の成長の糧です。一人のお相手に純愛を貫くのも美しいことだと思いますが、複数の恋をするのも人生です。ましてや、健康で美しいお二人なら、何もない方がおかしいでしょう」
「それは……」
 里美にとって、毅が初めて交際した男性というわけではない。もちろん、毅もそうだ。
 今、里美は二十八歳、毅は三十一歳だ。過去に恋愛経験がなかったとすれば、その方が怖い。
 ピエロに言われるまでもなく、人生において恋愛をしたことがない者が増えていることは、里美も知っている。それがいけないことだとは思っていない。恋愛に意味を感じない人たちが増えているというだけのことで、そういう現実があるだけだ。
 むしろ、二極化が進んでいると考えるべきかもしれない。ひと回り、あるいはふた回りほど前の世代なら、恋愛に関して積極的な者と、消極的な者がいたが、それはどちらも全体の一割ほどで、残りの八割はどちらでもないグレーゾーンにいた。
 いつからと明確には言えないが、ある時期からグレーゾーンの者が減っていき、積極派と消極派の二つに分かれるようになった。かつてグレーゾーンにいた者たちは、チャンスがあれば、出会いがあれば、きっかけがあれば、恋愛する側に回った。
 だが、今は何があっても恋愛をしない、しても意味がないと考える者が増えている。彼ら彼女らにとって、恋愛は必要ないものなのだ。
 その意味で、里美も毅も恋愛に対して積極的だったと言えるだろう。異性との交際に前向きで、お互い過去に何度も恋愛していることも知っている。
 よろしいでしょうか、とピエロが口を開いた。
「くどいようですが、過去を問うているのではありません。たとえあなたが百人、千人の男性とお付き合いしていたとしても、わたしはそれを全面的に肯定します。命短し恋せよ乙女、と昔から申します。何人とお付き合いしていても、それは正義だと保証致しましょう。このクエスチョンでは、過去交際してきた男性の中で、樋口毅様が何番目になるか、それをお答えいただきたいのです」
「何番目って……」
 恋愛にはさまざまな形があります、とピエロが唇を長い舌で湿らせた。
「幼稚園児が保育士さんに恋をすることもあり得ます。また、両思いだけが恋ではありません。片思いも立派な恋だと、わたしは信じております。異性とは限りません。同性に対して恋をすることもあるでしょう。こういう時代です。SNSを通じ、直接会ったことも声を聞いたこともないお相手に、強い恋愛感情を抱く方がいてもおかしくありません」
 あたしは違う、と里美は首を振った。そういう人もいるだろうし、それは本人の自由だ。ただ、あたし自身はリアルな恋愛しかしたことがない。
 特別な方というのは誰にでもいるものです、とピエロが歌うように言った。
「初恋はどうでしょう。あるいは初めて真剣に交際された方、ファーストキスのお相手。そういった方はいかがでしょう。忘れられないお相手は誰にでもいますよ。それも含め、過去にお付き合いされた方のランキングを作っていただきたいのです。その中で、樋口様は何番目なのか、順位をお答えください」
 頭がおかしい、と里美は叫んだ。
「恋愛って、そんな割り切れるものじゃない。時期や状況によって、相手への気持ちは変わる。誰だって、過去は美化するものでしょう? そこに順位なんてない。誰が一番とか二番とか……」
 あえてです、とピエロがうなずいた。
「おっしゃる通り、恋をするたび、あなたは真剣にお相手のことを想っていたでしょう。常に、今の相手が最愛の人だと思われていたと、信じております。ですが、冷静に振り返ってみてください。全員がそうだったとは言い切れないでしょう? 先ほど百人と申しましたが、あなたはそんな大人数の男性と交際をしておりません。決して難しくないクエスチョンですよ」
 何を知ってるの、とつぶやいた里美の前で、モニターが切り替わった。映っていたのはゼッケンをつけた体操着姿の少年だった。1ねん2くみ、よこやまたかのり、と書いてある。
「……どうして、横山くんの写真が?」
 横山孝則は小学校の同級生で、家が近所だったこともあり、登下校はもちろん、毎日一緒に遊んでいた。休みの日もだ。
 ぼくのおよめさんになってね、と宝物にしていた滑らかな丸い石をプレゼントしてくれた男の子。
 次の写真がその上に重なった。ブレザー姿の中学生。一年上の秋山英次だ。初めて異性を意識した片思いの相手。
 次々に写真が重なっていく。ファーストキスの相手、中沢俊幸。
 高校の時に付き合っていた四人の男子。そして大学時代、更には永和商事に入社してから交際していた秘書課の東山の顔もあった。好奇心で、短い期間だが不倫していた男。
「これがすべてと申し上げているのではありません」モニターにピエロが現われた。「アイドルに憧れたこともあったのではありませんか? それもまた恋愛のひとつの形だと、わたしは考えております。あなたほど美しい方なら、ほとんどなかったと思いますが、かなわなかった恋もあるでしょう。その中で順位をつけ、樋口様が何位なのかお答えください。ご理解いただけましたでしょうか」
 順位なんてつけられない、と弱々しい声で里美は言った。老婆心ながら、とピエロが声を低くした。
「樋口様にはどこまでご自分の過去について、お話しされてますでしょうか。樋口様のことをあなたはどこまでご存じでしょうか。その辺りを踏まえてお考えいただくのがよろしいかと存じます」
 心の準備はよろしいでしょうかと言ったピエロを見つめながら、里美は泣いていた。恐怖、不安、混乱。あらゆる感情がないまぜになり、泣くことしかできない。
 五分間のインターバルをお取りしましょう、と慰めるようにピエロが言った。
「お気持ちはわかります。落ち着いてください。そのためのインターバルです」
 里美は顔を両手で覆った。何も考えられなくなっていた。
(第12回へつづく)

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五十嵐 貴久Takahisa Igarashi

1961年東京都生まれ。成蹊大学文学部卒業。2001年『リカ』で第2回ホラーサスペンス大賞を受賞しデビュー。以降、ミステリーや警察小説、青春小説、恋愛小説など、幅広いジャンルで話題作を発表する。07年『シャーロック・ホームズと賢者の石』で第30回日本シャーロック・ホームズ賞を受賞。08年『相棒』で第14回中山義秀文学賞候補、11年『サウンド・オブ・サイレンス』で第28回坪田譲治文学賞候補。著書多数。

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