双葉社web文芸マガジン[カラフル]

未来職安 / 柞刈湯葉・著

イラスト/座二郎

第8回

4章 未来医療(後編)



「これって誰でもできる仕事じゃないですか?」
 県庁の交通課にいた時、わたしは先輩にそう聞いたことがある。
「そうでもないよ。そりゃ確かに辞めるのは誰だってできる。でも、誰でもいいような人が退職しても、事故の当事者や世間が納得してくれないだろう。だから、この人が辞めたなら仕方ない、と思えるような人でないと」
 わたしがそういう人間になれたのかというと、ちっとも自信がない。とにかく勤務時間をしっかり守って、記録に残ることを真面目にやるようにだけは注意していた気がする。
 たしかに消費者の方々からすれば、ただルールを守っているだけのわたしが生産者をやってる事は不当に思えたかもしれないし、そんなわたしが事故の「責任」を負って退職したことで、何かしらの嗜虐感情を満足させたかもしれない。
 それを責任と言っていいのかはわからないけど。

 でも、とにかく職安は、誰にでもできる仕事じゃない。 
 ましてや、明らかに自分より優秀な人に職業を紹介するなんて。
 わたしは最初にフユちゃんに連絡した。優秀な人がどういう仕事をするのかについて、わたしの知る限りいちばん知ってそうな人だ。
「退院おめでとう! ごめんね、ナッちゃん。ちょっといま仕事が立て込んでて、しばらく会えそうにないの」
 とのこと。
「うん。いいよ。今度いつ会える?」
「3週間後くらいかなあ」
「わかった。ありがとう」
 とわたしは通話を切る。世の中には退屈のあまり仕事をする人で満ちているのに、わたしの必要な人に限って忙しい。
 そういえばフユちゃんの勤務先であるビットプレックス社は、車の走行システムを提供している会社でもある。もしこの県内で交通事故が起きた場合、責任をとって辞職するべきはフユちゃんのような技術者か、はたまたわたしのような県庁交通課に勤めてるだけの人物かと言われたら、わたしの方がいいに決まってる。
 そういう意味でわたしの辞職には意味があった。そう思う。そう思わないとちょっとやっていけない。

 ちっとも糸口がつかめないまま時間がすぎた。わたしが他人にそんな良い職が探せるなら、もっといい仕事に転職している。いくらなんでもうちの雇用主はやることが無茶すぎる。
 そもそも、職安はわたしにとって必要な職場だけど、大塚さんにとっては趣味の一環なのだ。それがそもそもの齟齬の原因だ。
 失職後の危機を救ってもらったけど、考えてみればいつまでも居座る理由はない。次の仕事を見つけるまでの中継ぎだと考えればいいんだ。
 次の仕事を探す? どこで?
 そういえば、ちょっと前に大塚さんが言っていた事がある。
「お前が職安の客として仕事を見つけてほしいというなら、探してやらない事もないが、ただ、おれのプロファイリングによると、いま紹介できる仕事の中でお前にいちばん合ってるのはここの事務員だぞ」
 ということを。あれは確か、貴婦人と男性カップルの依頼を扱っていた頃だ。
 そうか。職安だからって職業紹介をする必要はないんだ。どうせなら大塚さんの趣味の論理に合わせてやればいい。

 五反田さんの連絡先にアクセスする。大塚さんなら職安に呼び出すことになるけど、今回はそんな必要はない。古めかしい受話器のアイコンに「呼び出し中……」という文字が揺れ、しばらくすると声が聞こえる。
「はい。五反田です」
「職安の目黒です。いまお時間大丈夫でしょうか?」
 と聞くと、
「はい。消費者なので大体いつでも大丈夫ですよ」
 と彼は答え、カメラがONになり顔が映る。どうやら自宅らしい。背後には大きなモニターが何台か等間隔に並び、一枚は森、一枚は海、一枚は雪山の画面を映している。突然連絡したのに部屋はきちんと整頓されており、生活の気配みたいなものがほとんどない。
「職業の紹介という本来の業務からは離れるのですが、お子さんが欲しいという事でしたら、こういうものは如何でしょうか、と思ってご案内を差し上げたのですが」
 と言って、わたしはネットページを開いて画面に映す。
 特別養子縁組をやっている民間団体だ。
 特別養子縁組というのは、もともとは経済的事情などで育てられない子供のために養親を探してくれる制度だったらしい。
 でも今はちょっと事情が違う。たとえどんな家庭であっても、子供は生まれさえすれば厚生福祉コーフク省の基本金の支給対象になる。だから「経済的事情で育てられない」という家庭はほぼ存在しない。むしろ、基本金を増やしたいという経済的事情で子育てを始める人のほうが多い。
 だから、親を必要としている子供というのは、よほど厄介な事情を持っている子供なのだ。そういう子供であれば、少々特殊な事情のある養親であっても候補にあがるのではないだろうか。
 ということを、わたしはところどころ噛みながら説明する。よく知らない依頼人を相手に、大塚さんのように物事をすらすらと説明することはできそうにない。
「うーん」
 と五反田さんは苦笑いをする。
「あのですね、目黒さん。僕はなにも子育てがしたいわけじゃないんです。ちょっと説明が足りなかったかもしれません」
 と手を開く。
「僕がやりたいのは、ちゃんと生物として自分の遺伝子を残す、という事なんですよ。とくに、なるべく消費者という立場で子供を持ちたいと思ってるんです。ねえ目黒さん、国がどうして不妊治療を無償化しないか知ってますか?」
「いえ」
 わたしは何となく知ってるけど答えない。
「やっぱり消費者が子供を持つと、消費者になる可能性が高いので、財政を圧迫するという考え方みたいですね。だからなるべく生産者だけに子供を持ってほしいんですよ。でもそういう考え方は優生学みたいじゃないですか。なんとか僕なりに対抗しようと思いまして、それで自分が消費者の立場のままで、自分の子供を持ちたいと思ってるんです」
 という。彼の顔は笑っている。
「……あの、大変失礼なのですが」
 とわたしはおそるおそる聞く。本当にこの人との会話では「失礼」ばかり言っている。
「どうして自分の遺伝子を残したいのですか?」
「どうして?」
 と彼は聞き返してきた。質問の意味がわからない、というように。
「え、でも人間が、というかあらゆる生物が、遺伝子を残そうと思わないと、遺伝子は残らないわけでしょう」
「そうなりますね」
「そうなると困りませんか? 生物が滅びちゃうじゃないですか」
 という。困る? 誰が? わたしが?
 わたしは確かに親から引き継いだ遺伝子を持っていて、それにともなう遺伝病を持っていたりする。そういうのは守るべきものでも、伝えるべきものとも思えない。ただ必然的に自分の身体について剥がせないバーコードみたいなものだと思っているのだ。
「失礼しました。わたしはちょっと家族と仲が悪かったもので、遺伝子を残すということの価値がよく分からないのです」
「まあ、そういう方もいますよね。こちらこそ失礼しました」
 と彼は笑って謝る。
「でも、特別養子縁組は勉強になりました。ありがとうございます。まだ世の中には知らない事があるんですね」
 と彼は言ったが、わたしにはその感謝が怖くて仕方がなかった。
 この人はわたしにとって真逆の人なのだ。彼の言語は理解できても、彼の考えはまったく理解できない。
 わたしが特別養子縁組について知ってる理由はとても簡単で、わたしが子供のころ、自分でそれを使おうと思ったことがあったからだ。その対象は幅広く、15歳未満なら申請することができる。申請するのは親権者だけでなく、裁判所や、本人でもいい。

 よし。
 なんだか逆に晴れ晴れしい気分になった。もういいや。この仕事やめよう。向いてない。
 自分の机の中に持ち帰るべき私物は入っていないかをチェックする。ほとんど机上のキーボードだけで仕事が完結するので、めったに引き出しなんて開けないんだけど。いつのものか分からないボールペンや朱肉、職業訓練学校のチラシが入ったティッシュなどが詰め込まれている。
 そういえばわたしには前任者がいたらしい。
 その人がこの職安をやめたのとわたしが県庁を退職したのがタイミング良く一致したので、わたしがこの職安に来ることになったのだ。会ったことはないし性別すら知らないのだけど、やっぱり何か厄介な依頼主に遭遇したのだろうか。
 ドアをノックする音が聞こえた。一瞬、まさか五反田さんが来たのではないかとビクッとする。つい数分前に自宅で電話していたのだからそんな訳はないんだけど。
 しかし、その後に聞こえたのはごく聞き覚えのある声だった。
「えーと、顔認証なんだよな。おい、開けよ」
 大塚さんだ。
 わたしは手元の端末でドアロックを解除する。ドアがすーっと開く。
「よう、只今」
「もう帰ってきたんですか?」
「見ての通り」
 といって自分の足を見せる。幽霊じゃない、という意味らしい。
「2週間って言ったじゃないですか」
「時差って知ってるか? ドイツの2週間は日本だと1週間なんだよ」
「ああ、そういえば……ってそんな訳ないじゃないですか!」
 一瞬納得しそうになったので、図らずもノリツッコミの形になってしまう。なんかすごく悔しい。
「まあ別にいいだろ。思ったより早く用事が済んだんだ。それより問題の依頼人だ。どんなやつなんだ。相当厄介らしいな」
 とわたしの顔を見て言う。
 客観的に見て厄介かどうかは知らないけど、わたしにとっては一番の厄介だ。

「自分の子供がほしい、とねえ」
 と大塚さんは言う。
「公共ゲノムに登録すりゃいいんじゃないのか? 誰か使うかもしれないだろ。学歴でも書いときゃ人気出るだろうし」
「他人と混ざらない方がいいって言ってました」
「相当だな、そいつは。自分と同じ顔の子供なんて育てて面白いのか? 変なのがいるほうがいいと思うが」
 人間観察趣味者らしい意見だ。そういえばこの人はアセクシャルだと上野くんが言ってたけど、子供というものをどう思っているのだろう。
「大塚さんって子供好きでしたっけ?」
「子供は好きだぞ。動きが面白い」
「そうですか」
「で、なんだこの資格の山は」
 と大塚さんが印刷されたリストを見る。
「年に最低2つ取ることにしてるらしいですよ。勉強の仕方を忘れないようにするため、だそうです」
「資格マニアだな。ふーん、医療関係がずいぶん多いな」
 おそらく彼の生命に対する見方を反映しているんだろう。普通に医者にでもなれば、と思うけど、たぶん病院や患者に縛られるとかそういう形は、彼のポリシーに合わないに違いない。

「どうも、大塚です。このたびはうちの目黒がご迷惑をおかけしたようで」
「いえいえ、迷惑なんてとんでもない」
 と五反田さんは大塚さんと握手する。
「想像したとおりの方ですね。Skynote にも載っていないので、正体不明の職安所長として一部で噂されてるんですよ」
「とんでもない。私はではありませんよ」
 と大塚さんは笑顔で首を振る。「正体不明」のほうではなく「職安所長」のほうを否定しているようだ。本物の所長は現在、キッチンで猫缶の底をぺろぺろと舐めている。
「実は、恥ずかしながら機械にとんと弱いものでして、SNS の類が出来ないんですよ。ここの事務もあちらの目黒に任せきりでして」
「またまた」
 と五反田さんは笑う。何一つ嘘は言ってないのに、謙虚に振る舞っているように見える。
「それでですね。貴方の優れた学歴と資格の数々、そして、なるべく組織に所属したくない、という要望を総合しますと、こちらのようなものがありますね」
 と話をはじめる。

 大塚さんの取り出したプランは要するに、賞金稼ぎだ。
 もともと宇宙技術かなにかで、国や大手企業がベンチャーや個人にアイデアを募集し、実用化までの諸費用を含めた賞金を出すという事をやっていたらしい。
 それが自動化の進行で人間の社員を抱えきれなくなった会社があちこち、自社でブレインを持つのをやめてしまって、賞金付きで外注に出すことが多くなったそうだ。
 今ではそれも徐々に必要なくなってる流れだけど、それでもいくつかの国や企業では行われているそうだ。大塚さんが提示したのは、中国のある医療技術系のコンペティションだ。
「なるほど。それは確かに良さそうですね。職業という感じでもなさそうですし」
 と五反田さんは書類を見る。
「しかし、聞いたことないスポンサーなんですが」
「中国では有名ですよ」と大塚さんが言った。「といっても、共和国のほうですが。あっちはネットが独立してるので日本までは情報が入ってないみたいですね。日本人の参加が可能かどうかは未確認ですが、なんならこちらで中国人の代理人を立てることもできます」
 なんでそんなものが立てられるんだ、とわたしは思う。なにが「誰にでもできる仕事」だ。

 あっさり契約を成立させて、また握手をして五反田さんは帰っていく。
 所長が「けけけっ」と鳴く。その声を聞くのは退院してはじめてだった。
 わたしはふうーっと深い溜め息をつく。
「どうした。疲れたか?」
「すごく疲れました。退院したての身にこんな無茶振りをしないでください。はっきり言いますが、わたしに職安の本業務は無理です」
「別に、お前のやり方も間違っちゃいないだろ」
「でも、依頼人の要求を思いきり取り違えました」
「それはそうだが、それでも特別養子縁組の子供のためにはなったという可能性は大いにある。それでいいだろ」
「そうですか」
「そりゃそうだ。全員が幸せになるケースなんてほぼ無いからな」
 なんだか無理やり納得させようとしている気がするんだけど。
「でも今回は大塚さんじゃないと報酬が入らないじゃないですか」
「まあ当たれば大物には違いないが」
 と大塚さんはつぶやく。
「とはいえ契約は『賞金を得た場合』だからな。入るとしても数年後だろうな」
「となると今月は」
「事務所の家賃はなんとかなる」と大塚さんは胸を張る。「所長のご飯もあるし、今月はまだ電気代もないしな。冬だったら危なかった」
 でも今月はさすがに収入の低さを問題にする気にはならない。わたしも2週間休んだし、大塚さんも1週間不在で、職安自体が休業だったようなものだ。

 しばらく後になって五反田さんからメールが来た。
 おかげさまで上手くチームに参加できそうです。代理人は必要ないみたいです、といった事を簡潔に報告していた。
「目黒さんも家族と仲良く出来ると良いですね」
 余計なお世話だ、とわたしはメールを閉じてニュースを見る。大阪のある謝罪代行業者が有名になりすぎて顔を知られてしまい、業者を使ったことがバレて相手が激怒、というのが「お笑い」のトップに載っている。謝罪というのは確かに人間でないと出来ない仕事だし、なんらかの意味で県庁の交通課に近いなと思う。
 所長が猫缶に入っている肉をがつがつと貪っている。あれは何の肉なんだろう。価格が高いのは単に流通量が少ないからで、それほど高価な肉を使ってるわけでもないと思うけど。目線を上げると大塚さんが箱入りの豆腐ハンバーグを食べている。
「そういえば大塚さんって、どうしてベジタリアンなんですか? 宗教上の理由とかですか」
 とわたしが聞く。
「キリスト教に食事規定は無いな」
「体質的なものですか」
「子供のころは食べてた」
「健康志向ですか」
「あのなあ目黒、お前は物事を嫌うのにいちいち理由がないと困るのか」
 と大塚さんは不機嫌そうに言った。
「ただの興味で聞いてるだけじゃないですか」
「おれは興味ない」
 と言ってひとくち豆腐を食べたあと、
「おれはおれが肉を食わない理由に興味がないんだよ。別にいいだろ、なんだって。せっかく好きなものを食えるのに、嫌いな方にいちいち理由をつけてられるか」
 めんどくさいやつだな、とわたしは思うが、便利そうな論法だと思う。もし今度五反田さんのように遺伝子どうこうを理由に、いやどんな理由でもいいけど、家族を重要視する人に会ったら、そう言ってやろう。
 一緒にいる人を選べるのに、単に血縁なだけの家族と一緒にいる事もないでしょ。
 ……あれ、わたしは選んで大塚さんと仕事してるんだっけ? ちょっと論理が怪しくなってきた。
(第9回へつづく)

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柞刈 湯葉Yuba Isukari

福島県出身。大学勤務の研究者。2016年『横浜駅SF』(カドカワBOOKS)で小説家デビュー。既刊に『重力アルケミック』(星海社FICTIONS)など。

個人サイト http://yubais.net/

Twitter @yubais

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