双葉社web文芸マガジン[カラフル]

未来職安 / 柞刈湯葉・著

イラスト/座二郎

第4回

2章 未来家族(後編)



「何かもっといい仕事ないですかねえ」
 と、昼ごはんを食べながらわたしは大塚さんに聞いた。フユちゃんと会った金曜日から週末をはさんだ月曜日。ぐいぐい気温が下がって外出しやすい季節になったけれど、朝から職安に来る人は誰もおらず、ぼーっと過ごしているうちに昼になってしまった。
「お、待遇が不満か。賃金アップ要求か」
 大塚さんはソファに腰掛けて、ペンチのような器具で所長の爪をぺちぺちと切りながら答えた。肉食獣としてのプライドを微塵も感じさせない所長は、おのれの野生の痕跡が奪われていく様を眠そうに眺めている。
「いえ、別にお給料のことはいいんですけど(よくないけど)、それよりこの前の職安狩りみたいなのが来ると怖いですし」
 とわたしはぴかぴかのドアを見る。
 もちろん給料の金額は少ないが、それは単純にこの職安の利益が少ないからだ。
 なにしろ現在のわたしの人件費は、職安が得た仲介料から必要経費(家賃など)を除いたぶんをきちんと2人(+1匹)で山分けしているのだ。さすがに雇い主である大塚さんよりも多くほしいなどとは言いようもない。
 この「職安」は大塚さんの人間観察趣味が昂じて出来たものらしいが、わたしにとってはれっきとした職場なので、ちゃんと職場としてのルールとかモラルとかは守りたいのだ。やっぱり記録に残る事はしっかりやりたいし、そういうのをちゃんとしないと人生の軸みたいなのがブレちゃいそうな気がする。ただでさえ妙な仕事なんだから。
「ふむ。お前が職安の客として仕事を見つけてほしいというなら、探してやらない事もないが」
 所長は大塚さんの腕の中で大きなあくびをした。所長は一日の半分は眠そうにしている。あとの半分は寝ている。
「ただ、おれのプロファイリングによると、いま紹介できる仕事の中でお前にいちばん合ってるのはここの事務員だぞ。お前も別にインドに行ったり、防犯カメラの前をうろついたりする仕事がしたい訳じゃないだろ」
「まあ、それよりは事務員のほうがいいですね」
 とわたしは答える。そっちはそっちで、また謎の組織に狙われそうな職業だ。
 大塚さんは散らばった所長の爪をティッシュの上に集める。それを見ながら、そういえば猫の爪切りって機械化されないな、と思う。
 なにしろ猫自体が機械化されてしまったので、生猫関係の道具を自動化する需要がなくなってしまったのだ。自動化で利益を出すためには、ある程度の需要があることが前提になる。
 そこに人間の仕事を見つけるヒントがないのだろうか、とちょっと考える。人間じたいが少なくなれば、仕事を機械化する需要が減るので、そのぶん人間の仕事が増えて......頭のなかに「雇用創出のための大量虐殺」というすごいフレーズが出てきたのでさっと消す。
 もうちょっと健康的なアイデアとしては、人間に必要なものが多様化すればいい、ということになる。みんなが違うことを望めば、それぞれの需要が少ないので機械化ができない。
 でもフユちゃんの会社みたいなすごい人達が、少ないデータから機械化する技術を作っちゃうのかなあ。
「というか大塚さん。ちょっと伺いたいんですが」
「なんだ」
「機械に触れないから事務員を募集していると伺ったのですが、どうも昨日のアントレース社の説明とか見ていますと、大塚さんが機械に触れないというのがどうも嘘っぽいんですよ。普通にデータ解析とかの技術に詳しいじゃないですか」
「そりゃ職安の仕事で必要だからな。勉強するぞ」
「機械の使い方も勉強すればいいじゃないですか」
「簡単に言うけどなあ、変化球の理論を学ぶのと、実際に投げるのは全然違うだろ」
 といった話をしていると、突然「ピンポーン」とアラート。外に人が来ているようだった。わたしは食べ終わっていた弁当箱すぐにしまって、ドアを開いた。大塚さんは猫の爪を包んだティッシュをゴミ箱に捨て、
「いらっしゃいませ」
 と挨拶する。
 ドアの向こうから現れたのは貴婦人だった。変な言い方だけど、まあ形容詞なしの「貴婦人」という呼び方からすぐにイメージされる方をイメージしてください。大体そんな方です。歳はたぶん50歳くらい。
「すみません。お電話もなしに突然で申し訳ないのですが、ちょっと相談したい事があるんですが、お時間大丈夫でしょうか?」
 と貴婦人は貴婦人的なボイスで喋る。
「どうぞ。今ちょうど空いたところですので、2時間程度なら」
 と大塚さんは繁盛アピールをする。2時間どころか営業終了まで5時間たっぷり暇である。息を吐くように営業用の嘘を言えるのだ、この人は。
 貴婦人が事務所内にしゃなりしゃなりと入ってくると、背後をちょこちょことついて来るモフモフの白い物体があった。
 サーフィス・ネットワーク社の新型ネコッポイドだ。日本ではまだ発売していないはずなので、輸入品という事になる。かなりのお金持ちだ。......ええ、言い忘れましたが、わたしはかなりのネコッポイド・マニアです。毎月、発売された新型をチェックしています。とにかく、お金持ちが職安に来るのはちょっとおかしい。そういう話です。
 所長は突然の来客に驚いて、床をひたひたと歩いて機械化された同族と向き合うと、ぐるぐると相手の周りを回って(いまのところ生猫のほうが動作は機敏だ)、フー!と謎の対抗意識を燃やしている。
 貴婦人はソファに座るなり、部屋の内装を舐め回すように目でぐるぐると見る。どうやらこの部屋の主が信用に値するのか見定めているようだった。
 アルミ棚には大量の書類ケースが並べられており、その脇には大量の猫缶と猫砂がぎっちり積まれている。改めて見てもシュールな光景だ。信用できるかどうかはともかく、中に偏屈な人間がいることは見て取れる。
 給湯室につながるドアが少しだけ開いており、暗い室内に猫用トイレがあるのが覗けている。トイレには電源コードがついているが、特になんの電力も供給していない。ただ、あれを置けばネコッポイドの充電器のように見えるだろう、というわたしのアイデアだ。
「息子が結婚することになったのですよ」
 と、貴婦人が唐突に口を開く。少数民族の儀式みたいな謎メイク(おそらく手動)のせいで年齢不詳だけど、となれば50歳か60歳くらいだろう、とアタリがついた。ちょっと職業を探す年齢には思えない。
「それはまことにおめでとうございます」
 と、大塚さんは冷静に言う。
「いえいえ、お恥ずかしい限りですわ。なかなか良い相手を見つけてこないものですから、26歳になってしまいまして」
「なるほど」
 たしかに26歳まで一度も結婚しないというのは珍しい。配偶者がいるほうが基本金の優遇が多いので、消費者は学校を出たらさっさと結婚するのが普通だ。その後何度か別れたり再婚したりを繰り返して、適当なところで生涯のパートナーを決める。
「それで相手の方がですね、最近の若い方にしては立派でしてね。ええと何と言ったかしら、安藤建設? というところで仕事をしてらっしゃるそうなの」
「ほう」
「まあ、結婚と申しましても挙式まではまだだいぶあるのですが。あちらも一人、こちらも一人息子ですので、こうして十分時間をかけて準備を進めようと思いましてね」
「あの」
 と大塚さんが口をはさむ。
「失礼ですが、うちは職安、つまり、職業を紹介するところである、という点についてはご了承いただいてますでしょうか」
「ええ、勿論です。お若いのにこんな立派な事務所を構えてらっしゃるなんて感心ですわ。でも、こんな街外れにあるよりも、もう少し駅に近い場所にしたほうがお客さんも集まると思うのですけど、如何かしら」
 知らんがな、と思うけれど言わない。
 わたしは事務員としてなるべく気配を消して、手元のデスクトップで仕事をする雰囲気を出しながら、ふたりの会話に耳を傾ける。白いネコッポイドは会話の邪魔をしないように自然に丸くなってスリープモードに入り、所長もその脇で有機的に丸くなっている。
「話を戻しますが、相手の方が会社員なのですよ。本当に立派な方でして。そう思いません?」
「ええ。そう思います」
 と貴婦人の話は続く。いつも会話を自分のペースに持っていく大塚さんが、今回は珍しく営業スマイルを維持して聞き役に徹し、相手の出方を見定めているようだった。わたしは変な表情で貴婦人の横顔を見ている。イヤリングが異様に大きい。
 いったい何なんだろう、この人は。わざわざ職安に息子の嫁自慢をしにきたのか? と思っていると、そこは人間観察の趣味が昂じて職安までつくった大塚さんだけあって、きちんと相手を見て適切な判断を下す。
「了解いたしました。息子さんのご結婚に際して、相手の方との釣り合いを意識して職歴をつけたい、そのための職業を紹介してほしい、という事ですね」
「あら。釣り合いだなんて、私はべつにそんな事を気にしてはいませんわ。そんな事は若いお二人の自由ですもの。そう思いません? ただお相手に生産者の経歴があって、息子にないというのでは、あちらのご両親やご親戚に、収まりが悪いと思う方もいらっしゃるでしょう」
 と貴婦人は間髪をいれずに返す。「釣り合い」と「収まり」の何が違うのかわたしには分からない。
「そういう話であれば当所の専門ですので問題ありません。ですが、実際に仕事を進めるにあたってまずその息子さんとお会いしたいのですが。当所としても最適な職業をご紹介するには、やはりご本人と話を進めたいと思います」
「あら。でも息子はちょっと知らない方と話をするのが苦手なのですよ。できればこちらで話を進めていただけると嬉しいですわ」
「......はい。ではそういう方向で」
「ということですので、ご検討をお願いしますわ。今度また来ますので」
 と言って貴婦人は去っていった。白のネコッポイドもひょこひょこと背後をついていった。

「すごい人でしたね」
 とわたしが言うと、
「すごい人だったな」
 と大塚さんが言った。この人と意見が一致するのはめずらしい気がする。
 普段は大塚さんと依頼主の発言量が4対1程度なのだが、今回は体感で1対4といったバランスだった。世の中には上には上がいるという事らしい。許可を得て会話を録音することもあるのだが、今回はそんな隙がなかった。大塚さんも基本的に録音嫌いだ。
 ただ、長く喋ったわりに、言いたいことは要するに大塚さんの要約した一行のようだった。
「一年後に結婚する息子に、職歴をつけたい」
 そして職安の職務遂行上の問題は、その息子がこの場にいない、ということだ。連れてくるのも困難そうだった。
「まあ、本人が来たがらないケースってのは前にもあったよ」
 と大塚さんは言う。前というのはわたしがこの職安に就職する前のことだ。そのときは別の事務員さんがいたらしいが、辞めてしまったらしい。理由はわからないが想像はつく。
「よくある事なんですか?」
「よくはないがな。そもそも本人が働きたいってやつより、家族に働いてほしいってやつの方が世の中には多いだろ。生活費のこととか、単純に家にいてほしくないとかな」
「いるでしょうね」
 わたしも単純に家にいたくないから生産者を目指したわけであって、その気持ちはとても分かる。でも他人にそれを強制するっていうのはどういう了見なんだろう? そんな人と家族を構成しなきゃいけないなんて、いったいどんな呪いなんだろう。
「だがこれはビジネスチャンスの可能性があるな」
 と大塚さん。
「職歴のための職がほしい人、ってのは結構いるんだよ。生産者経験アリ、ってだけで結構なステイタスだし、次の職につながる事もあるしな。有名企業が裏でそういう枠を売ってた事もある。結構な金になったらしい」
 それはわたしも聞いたことがあった。つまり、オフィスに机と椅子だけ用意して、給料を形式的に渡して、裏でそれよりも高い金を取る。そういうのを2~3年続けさせれば、立派に大企業の職歴つきの人間が出荷されるという。
「ああいうのって違法じゃないんですか?」
「なんかの法に触れた気はするが、所詮は労働法だからな。ただ普通に世間にバレるので、最近はあまりやらない」
 そういえば昔 Skynote でよく有名人の「カラ職歴」が話題になっていた。プロフィールに○○社所属(発言は会社の意見を代表するものではありません)といった事が書いてあってフォロワーがやたら多いのだが、後で調べたら勤務時間が月2時間だった、とかそういうの。ネットでは「モドシ」と言われてバカにされる。払った給料を戻す、という意味。
 とはいえわたしも職安の利益に応じてフシギ日本語「自主返納」をやっているのだから、モドシの一種と言えなくもない。わたしが頑なに定時出勤を維持しているのも、そういうリスクを回避するためだ。記録に残るなら真面目にやりたい、というのは、ポリシーというよりも極めて現実的な要請だ。
「つまり、あの金持ってそうなおばさんの息子にいい感じの『職歴』を売れば、通常の仲介料じゃ考えられんような金が入る可能性はある。そうすりゃ先月のドアの件を補えるくらいの黒字に持ち込めるだろう。よし、いっちょやるぞ」
 と言って大塚さんは両手の拳を胸の前で叩く。気合を入れるときのポーズだ。利益目当てでないというわりに、一儲けのチャンスが舞い込むときっちり気合を入れてくれる。でないとわたしが困る。

 というわけで、会ったこともない息子さんの職探しを始める。
 本人と母親の名前さえ分かれば、ネットで顔写真や連絡先はあっという間に見つかる。写真に出てくる顔はどれも子どもの頃で、最近の写真はあまり見つからない。ネットにあまり顔を出したくないタイプの人なんだろうか。だとすると職を見つけるのは余計に難しそうだ。
 ここからコンタクトを取って本人に相談するということも可能そうだけれど、
「あのおばさんの態度を見るに、本人は職探しに乗り気じゃない。だったら本人に話を聞いてヘソを曲げられるよりも、こっちで調べられる限りのデータを集めて、最適な職を見つけて待ち構えたほうがいい。何度も言うがうちはスピード勝負なんだ。よし、目黒、やれ」
「はいはい」
 と言ってわたしは端末を叩く。
 拾える範囲の個人情報を集めて、息子さんがどういう人物なのかを調べる。
 地球上のあらゆる機械類(あるいは機械とも思えないようなもの)がネットにつながり、ばらまかれる情報量は年々増えるけど、その利用を規制する法律も年々増えている。だからどんどん情報はバラバラになっている。そういうのをせっせと寄せ集める、法的に機械化しづらい単純作業。
 ああいう謎話法を使う貴婦人から言いたいことを抽出するには大塚さんのような観察力が必要だろうけれど、わたしでも道具と時間さえあれば分かる。結局のところ、人間の才能と技術を、道具と時間に還元してしまうのが文明社会。

 休憩をはさみながら数時間ガリガリとリンクをクリックしているうちに、息子さんの現在位置と最寄りの公衆カメラまで分かってしまった。なんたる文明社会。
 カメラのある電柱のすぐ下で、ふたりが喧嘩をしているらしかった。片方はこの解像度でもひと目でわかる、あの貴婦人だ。話している相手が、
「お母さん! 余計なことをしないでと言ったじゃないか!」
 と叫んでいるので、たぶんこっちが件の息子さんだろう。
 公衆カメラなのでマイクはないはずなんだけど、こっちの端末が口の動きからセリフを再現してしまうらしい。ネットで見つけたプロフィール写真はどれも幼く見えたけれど、あれは写真が古いのではなく、実際に本人が童顔らしい。美男というより美少年だ。
 貴婦人のほうも何か言い返しているのかもしれないけれど、カメラに背を向けているので分からない。たぶん「あら、私はあなたのためを思ってやったのですよ」みたいな事を言っているのだろうと思う。
「ありゃりゃ。おれ達が介入する前にもう話がこじれてるっぽいな」
 と、後ろでそれを見ていた大塚さんが言った。
「どうしましょうか、これ」
「うーむ。とりあえず両方のセリフを聞きたいところだが」
 と大塚さんはいう。この時点で職業仲介は無理な気がするのだが、大口顧客の可能性があるのでそう簡単には諦めないのだろう。
「あ、それなら連れてるネコッポイドが、音声を拾ってるかもしれませんね」
「そんなもんまでネットに流れてんのかよ、今は」
 と大塚さんは嫌そうな顔をする。
「趣味で流してる人は多いですよ。ライフログにもなりますし」
 とわたしは答える。古くは日記、続いて写真、そして生活のもろもろを人々がインターネットに生放送するようになって数十年。気がついたらプライバシーというものが一部の偏狭な人たちの趣味みたいになってしまった。だからこそ逆に法律できちんと締めるところを締めなきゃいけないらしい。
 ちなみにライフログというものは「自分の見たものを記録したい人」と「自分を含めて記録したい人」の二派がいて、後者の人はネコッポイドを連れていることが多い。あの貴婦人が後者であることは、まあ、格好からしても明らかだ。
 というわけでネットから白いネコッポイドの音声につなぐと、
「ええ、分かりましたわ。その事はタカヒトさんも交えて相談しましょう」
 と貴婦人が言っているのが伝わってくる。地面との距離があるのでちょっと音が悪いけど。
「タカヒトさん?」
 と大塚さんが反応する。
「お父さんとかじゃないですか?」
「いや、そういや先週来た依頼人の名前がタカヒトだったな、と思っただけだ」
「今は関係ないですね」
 とわたし達が言っていると、母子はそのままのそのそと近くのカフェへと移動していく。ネコッポイドがトコトコとついていく(カメラの揺れから推定される擬音表現)。
 主の指示で主のあまり美しいとは言えないプライバシーを衆目にさらけ出している事にこの白猫は何か疑問を感じたりしないのだろうか、とわたしは思う。もちろんネコッポイドにはそんな哲学的な疑問を持つ機能はないし、うちの生猫所長にもない。人間だけがひたすら余計なことを考えている。
 ふたりが近所のカフェに入って注文を入力して、ネコッポイドが足元でテーブルの天板の裏側を映し出している。
 十分ほど待つと、カフェの玄関のドアがすーっと開いて、待ち合わせのタカヒトさんと思しき人物が店に入ってくる。
 父親かと思っていたら明らかに違う、20代くらいの若い男性だった。
 短髪長身で筋肉質な男性だ。
 なんだか見覚えのある顔だ。
 というか先週、うちでアントレース社の就職を契約して、防犯カメラに映る仕事をはじめるはずの人だ。
 全然関係なくなかった。
「ああ」
 と大塚さん。
「大体理解した。こりゃおれたちが行った方が話が早い。おい、行くぞ目黒」
「え? あ、はい」
 と、カバンをつかんで出ていく大塚さんをわたしは追いかける。
「お話はひととおり伺いました」
 と大塚さんが言う。なんで今現れたわたし達がお話をひととおり伺っているのか、そのへんは誰も疑問に思わないらしい。カフェの四人席に五人、おそらくこの場でいちばん必要性のないわたしがお誕生日席に座ってテーブルを囲んでいる。
「つまり、息子さんの結婚相手......の男性が生産者の方ですので、釣り合い、いえ失礼しました、の良さを意識して息子さんに職をつけようとしている訳ですよね」
「ええ、そうなのですが」
 と貴婦人が言うと、
「ところが、こちらにいらっしゃるタカヒトさんの職というのが、アントレース社というのですが、つい先週、当方で仲介しましたものなのです」
「え、嘘だったの?」
 と息子さんが驚く。
「嘘は言ってない。ただ先週契約して、まだ仕事が始まってないだけだ」
 とタカヒト氏が返す。
「なんでそんな事をしたんだよ」
「だってお前、働いてる男のほうが格好いいって言ってたじゃないか」
「あれはものの喩えだよ。だってアイドルが格好いいって思うのと、アイドルと結婚したいってのは違うでしょ」
「いや、それでもお前に褒めてもらえると思ってだな......」
「だってそんな、カメラに映る仕事? そんなところで働いたら、家にいられる時間が減るじゃないか。それにお母さんが、相手が生産者なら僕も生産者になれなんて言いだすし」
「あら、二人とも生産者になったら素敵じゃあないですか」
 といった会話が繰り広げられて、わたしは一秒も早くこの場から消えたいと強く願う。この世で家族のトラブルよりも苦手なものはたぶん宇宙の終焉まで存在しない。
「まあまあ。お二人と奥様の考え方は大体了解しております。ですから私の案としては」
 と、大塚さんは両手で諌めながら言う。
「タカヒトさんのアントレース社との契約を解消して、お二人とも消費者という形で結婚されるのが一番良いのではないでしょうか。ですよね、奥さん?」
 と大塚さんは貴婦人のほうを見ると、
「ええ、少し残念ですが、私としてもそれが収まりが良いと思いますわ」
「そうですね。当職安としてもご依頼主の方にとって最適な結果を望んでおりますので、アントレース社との件は取り消しましょう」
 と大塚さんが言うと、
「すみません、この度は本当にご迷惑をおかけしました」
 とタカヒト氏が深々と頭を下げる。
「え、あの、いいんですか?」
 とわたしが小声で口をはさむ。
「いや。これで全員が幸せになれるわけだし、良かったじゃないか」
「それはもちろん良いんですけど、職安の収入はどうなりますか?」
「ドアの支払いを分割で、あと家賃と諸経費を払って、まあギリギリ足りるだろ。今月は電気代もなさそうだし」
 ギリギリじゃわたしの給料が出ないじゃないですか、と言いたいのだが、そんなことを言い出せる空気ではなかった。

「しかし、あんな古典的な考え方のおばさんが、同性婚はアリっていうのが意外だったな」
 と、職安に戻って大塚さんは言う。それはわたしも思う。
「もう法改正から13年ですからね。わたし中学生でしたよ」
 と、わたしはわざと不服そうな雰囲気を出しながら返事する。
 法改正のニュースはちょうどフユちゃんの家で見た。国会議事堂の前で大勢の同性カップルが歓声をあげていたことを覚えている。あの息子さんはわたしと同じ歳だから、ちょうど自分が思春期のころにそのニュースを見たはずだ。
 となると、自然にあの息子さんは自分の性的指向について言う機会に恵まれていたんだろうか? だからこそ、そこだけ異様に物分かりのいいお母さんだったのだろうか。などと勝手に想像する。
「13年か。そんなに前か。歳をとると時間の感覚が分からなくなるな」
「あの、失礼ですが大塚さんって何歳でしたっけ?」
「確か12歳だな」
「いや、真面目な質問です」
「なんでおれの年齢を真面目に知りたいんだ」
「......やっぱりいいです」
 と言ってわたしは手元の仕事に戻る。アントレース社との契約を解約する手続きを進める。幸い、現時点で違約金が発生するような契約はしていない。しばらくお客さんの来る予定も予報もないので、大塚さんはソファでごろごろしながら所長をごろごろさせている。
 やっぱり大塚さんの機械の使えなさは本物であってほしい、と思う。
 わたしはフユちゃんみたいな専門的な知識もないし、かといって他の友だちみたいに消費者として家族を持って幸せになれるタイプでもないし、明らかに欠陥のある大塚さんのところでそれを補っているのが一番適切に思えてならない。だから、その欠陥が嘘であってほしくない。
 そう考えると「お前はここの事務員がいちばん合ってる」という大塚さんのプロファイリングは間違いないのだろう。悔しいけど。
(第5回へつづく)

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柞刈 湯葉Yuba Isukari

福島県出身。大学勤務の研究者。2016年『横浜駅SF』(カドカワBOOKS)で小説家デビュー。既刊に『重力アルケミック』(星海社FICTIONS)など。

個人サイト http://yubais.net/

Twitter @yubais

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