双葉社web文芸マガジン[カラフル]

廃墟戦隊ラフレンジャー / 竹内真・著

イラスト:伊波二郎

第8回

【2004年2月・悪役】

 年が明けてもラフレンジャーへの依頼は続いた。住宅展示場の子ども向けのショーとか商店街の福引の盛り上げ役とか、様々なイベントの余興や賑やかしという仕事が主だったが、リーダーの岡辺は大抵の依頼を引き受けてきた。多少バイト代が安くても、ラフレンジャーとして多くのステージをこなしていこうという方針だったのだ。
 低コストで呼べるのが重宝がられてもいたのだろうし、二〇〇四年という時代背景もラフレンジャーへの追い風となった。日本各地でイベントや観光スポット、地域おこし活動などに使われるマスコットキャラクターに注目が集まり、ゆるキャラとかご当地キャラとか呼ばれて人気を集め始めた時期だったのだ。戦隊ヒーローや仮面ライダーのような格好をするキャラクターも各地で根付きつつあって、ご当地ヒーローなどと呼ばれていた。そういう例があったので、ラフレンジャーも単なる学生の演劇サークルではなく、一つのキャラクターとして認知されていったのだろう。
 だから僕らも、単なる学生バイトではなく、ラフレンジャーとして依頼を受けようと決めていた。どんな場所でやるにしろ、そこに正義のヒーロー戦隊がやってきたという設定で演技するのが大前提だった。モデルハウスを守るラフレンジャーとか、福引客の当たりを願うラフレンジャーとかのストーリーを脚本にしたのである。主に家入が書いて場面や展開によって僕も書くという形で、脚本二人体制も定着していった。
 設定や展開によって、悪役が必要な時といらない時がある。それに合わせて僕はブラックレンジャーになったりブルーレンジャーになったりした。――カレーぶちまけ事件のせいで、ブラックレンジャー軍団が仲間として加入する展開が演じられずじまいとなったので、ブラックは悪役として固定されたのだ。懲りずにラフレンジャーに挑戦しては返り討ちにあうという役回りの方が定着していきそうだった。
 しかし、依頼自体が悪役寄りだった時にはちょっとした言い合いがあった。
「いくらなんでも、豆をぶつけられる鬼の役ってのはないんじゃないか?」
 事前の打ち合わせの時点で、家入が岡辺に抗議した。幼稚園で豆まきのイベントをやるので、悪役をやってほしいという依頼だったのだ。
「俺たちって一応、正義のヒーローだろ? 豆ぶつけられて逃げるだけの役だったらラフレンジャーの必要なんかないって。誰でも鬼のお面かぶればできるじゃないか」
「でもお前、せっかくあちらさんはラフレンジャーに頼んでくれとんのやぞ。他の奴に仕事とられたないやろ」
 岡辺は強気に言い返した。反対の声も予想していたらしい。
「ラフレンジャーの衣装の上から、鬼のお面をつけたらどうや。正義の味方が豆まきの鬼の役をつとめてる、その矛盾こそ劇的葛藤、ストーリーを生みだす元ってもんちゃうか?」
「なんか。屁理屈っぽいなあ」
「何言うとる。お前みたいに反対ばっかしてても始まらんわ。もっと前向きに考えんかい」
「間違った方向に前向きでどうすんだよ」
 二人して言い合っているうちに、だんだん険悪な雰囲気になってきた。そこで口を開いたのはグリーンである。
「レッドの言うことも――面白いとは思うよ。ラフレンジャーもいろいろやってんだし、今さら鬼の役だけ嫌がることもない気がする」
「なんだよ、グリーンはレッドの味方か?」イエローは口を尖らせた。「俺は役のことを言ってんじゃなくて、精神として――」
「ねえ、鬼って、赤鬼とか青鬼とかいるよね」
 ピンクが明るい声を上げた。レッドとイエローを仲直りさせようとでもしているようだ。
「精神の話は置いといて、見た目から入ってみない? 赤鬼と青鬼を、ラフレンジャーの色と対応させるとか」
「ピンク鬼はおらんけどな」レッドが応じた。「アツミは司会のお姉さんってどうや?」
「ならレッドとブルーを鬼にして」イエローはにやりと笑った。「俺とグリーンは鬼退治する側に回ろうか」
 僕はそこで思いついた。――その設定なら、レッドとイエローの言い合いをそのまま活かせるんじゃないだろうか?
「そういう話で揉めるラフレンジャーたち、って設定でいけそうだな」
 提案してみたら、レッドもイエローも話を止めた。僕は喋りながら思いつきを膨らませた。
「夏合宿の初公演は、誰がリーダーかで揉めただろ? あのパターンで今度は、誰が悪役やるかで揉めるんだよ。鬼のお面はその象徴みたいなアイテムにして」
 頭の中には舞台の光景が浮かんでいた。鬼のお面にしろ戦隊ヒーローにしろ、ビビットな色分けのおかげでイメージしやすい。
「ショーの幕開けはみんなで出てって、今日は節分だ、さあ豆まきやろうって話になるんだけど、鬼のお面は二つだけなんだ。で、『誰がやる』『俺はやだよ』『赤鬼なんだからレッドやれ』みたいな話になって」
「おー、面白そうやないか」
「まあ……それならいけるか」
 レッドとイエローが同時に言った。僕は今がチャンスと見て畳みかけた。
「ピンクが司会役で、最初にお面を出せばいいんだよ。『この中の二人に鬼役をやってもらうわ』とか言って」
「で、男四人で悪役を押しつけ合うと」イエローが言った。「言い合ってる時に、見てる子供たちの意見を聞くなんてのも面白いかもな」
「さっきのお前の台詞も使えるなあ」レッドはからかい口調になった。「『俺たちは正義のヒーローだぞ』なんて渋るキャラでどうや」
「いつも威張ってるレッドには赤鬼をやらせよう!」イエローは役に入って言った。「日頃の恨みを豆に込めてぶつけてやるぜ!」
「なにおう、豆ごときで俺様がやられると思うかあ!」
「説明しよう。呪いのかかった鬼のお面をかぶると、悪の心が目覚めて乱暴になってしまうのだ!」
 既に話し合いは即興芝居に変わっていた。レッドは悪役に、グリーンは解説のナレーション役になりきっているのだ。
「さあ、園児のみんな! イエローのお兄さんに味方して!」即興劇に司会のお姉さんも加わった。「ここに豆の入ったマスがあるわ。みんなでこれを持って、悪い赤鬼に立ち向かうのよ!」
「豆まきパワーで鬼を倒せば」イエローも言った。「レッドみたいな威張り屋だって正義の心を取り戻すはずだ!」
「行くぞみんな!」グリーンも鬼退治側に回った。「みんなの力を合わせれば、鬼なんか怖くないぞ!」
 結局、そんなやりとりを僕が脚本にまとめることとなった。そして本番では僕とレッドが鬼となり、残る三人が幼稚園児たちを導いた。
 お面をかぶった当初は呪いの力を借りた赤鬼と青鬼が圧倒的に優勢で、いったんはイエローとグリーンを倒す。しかしそこで司会のピンクが子供たちをあおり、全員で豆をまいて形勢を逆転するという展開だ。
 本番で青鬼となるブルーレンジャーを演じて初めて分かったが――幼稚園児とはいえ、何十人分かの豆をぶつけられると結構な痛さだった。子供たちは大いに盛り上がって全力で投げつけてきたし、中には豆など投げずに叩いたり蹴ったりという子までいた。
 豆の集中砲火を浴びた赤鬼と青鬼はたまらず逃げ出す、というのは脚本に書いた通りだったが、僕と岡辺は半分本気で幼稚園のお遊戯室から脱出した。入口のあたりで保育士さんたちが子供を止めてくれなかったら、幼稚園の敷地からも逃げ出す羽目になったかもしれない。
 一度逃げ出したレッドレンジャーとブルーレンジャーは、やがてお面を外して戻ってくる。そして乱暴を働いたことを謝ると、ピンクや保育士達が「喧嘩しても仲直りしましょう」とか「お友達が謝ったら許してあげましょう」とかいった教訓でまとめる。そしてみんなで仲良く豆を拾い集めたところで、ラフレンジャー退場のエンディングとなった。
「いやー、盛り上がったなー」
 楽屋に借りた職員室の一角で、レッドが着替えながら笑った。脱いだ衣装から豆がばらばらとこぼれた。

【2017年3月・静止画】

 三郷が編集した動画に、あの日は撮っていない素材が混ざっていた。
 岡辺と三郷でデッドモールに行って、追加撮影でもしてきたのか。
 動画を見た夜、岡辺へのメールにそんな質問を書いておいた。返信が届いたのは翌朝の通勤中だ。
『いや、知らんぞ』
 メールのタイトルの時点で否定されてしまった。本文の方も、日頃のツッコミ口調を連想させる文面だった。
『撮り足しになんて行っとてへんし、三郷から頼まれてもない。だいたい俺ら、連絡とってへんし』
 そういえば前にもそんなことを言っていた。別に仲が悪いわけでもないのだが、学生時代から二人にはあまり接点がなかった。メールには動画のURLもコピーしておいたのに、岡辺はまだ見てもいないらしかった。
『そもそもお前、デッドモールが最初からデッドモールやったと思てへんか? そら、今はデッドでも、元は賑わっとったショッピングモールやぞ。数えきれんほどの人が利用しとったんやし、ケータイやスマホやビデオカメラで撮影した人もおる。ネットを探せばそういう映像くらい上がっとるやろし、三郷はそういうのを拾て使ったんちゃうか?』
 なるほどと思ったが、それでも引っ掛かる。その日の仕事の後はまっすぐ帰って再び動画を開いた。追加された映像をしっかり確認するためである。
 デッドモールの中、ビーム光線がラフレンジャーを狙う。ブルーの足元で小さな爆発が起き、足がもつれる。そこからスロー再生して、テレポーテーションの瞬間のコマで一時停止。――静止画にしてみると、昨日は分からなかったことが見えてきた。
 たしかに僕の姿は消えた。でもそれだけじゃない。うまくビーム光線を重ねて隠しているが、静止画の画面にはイエローの姿もなかった。
 三郷のナレーションでブルーにはテレポーテーション能力があることにされたが、イエローについては特に説明はなかった。考えてみれば、編集でブルーの位置の変えたらイエローの位置だって変わっているはずだが、三郷はCGとナレーションの効果でそこをごまかしてしまったらしい。静止画にして初めて気づくあたりが我ながら迂闊だった。
 静止画では、近景と遠景のバランスも異なっていた。テレポーテーションの瞬間、遠くに映っているセンターコートのエスカレーターがわずかに大きくなるのだ。僕らが撮影したスマホとは違うレンズで撮った映像だからそうなったのだろう。うまく調整はしてあるが、色みや明るさのコントラストも違っていた。
 それに一つ、決定的な違いがあった。――宝石の色が代わっているのだ。
 画面の手前側に映った、通路脇の手すり。透明な仕切り板を金属フレームが囲んでいて、その繋ぎ目にフェイク宝石の飾りがついている。画面内では小さな点にしか見えないが、テレポーテーションの瞬間、その色がオレンジから緑に変わっていた。
 いくら色を調整したとしても、オレンジが緑に変わるわけがない。そんなことをしたら画面全体の色みだっておかしくなるはずだ。いろいろ映っている画面内で、その一点だけ色を変化させる必要があるとも思えなかった。
 やはり、他の映像素材が挿入されているのは間違いない。しかし岡辺のメールにあったように、賑わっていた頃の映像をネットから拾ってきたのかは怪しいものだった。――挿入された映像にも、他の客や営業中の店舗は写ってないのである。
 画面の奥に目を凝らすと、ビーム光線を放つマネキンの姿は変わらずにそこにあった。商品は飾られてないショーウインドウの中、裸で壁にもたれかかっているのだ。つまりその映像も、穴林ショッピングスクウェアがデッドモールと化してから撮られたのは間違いなかった。
 岡辺がそれを知らないというのなら、三郷はどこからデッドモールの映像を持ってきたのだろう。こうなったらやはり、三郷本人に聞いてみるしかないか――と思った時、電話が鳴り出した。着信画面に浮かんでいるのはアツミの名前だった。
「もしもし、いま大丈夫?」
「もちろん」
 正直、腹も減っていたしビールを飲みたい。しかしアツミの声にはどこか深刻な響きがある。となるとやはり、アツミが優先だった。
「家入くんから聞いてるかもしれないけど――」
「何を?」
 ごく自然に出た質問だった。アツミは僕のその聞き方だけで察したらしい。何も知らない相手に説明する口調に変わった。
「告白されたの。いきなり」
「…………」
 何の告白を、とは尋ねなかった。連続して間抜けな質問などしたくない。
 家入の、頬を赤らめた顔が思い浮かんだ。ため息が出そうになるのも我慢した。
 またか、と思わずにはいられなかった。学生の時にもこんなことがあった。何かと一本気な家入は、本人は真面目に行動しているつもりで騒動を巻き起こす。
 なんだか悔しかった。アツミから言われる前に、一歩先を進みたくなった。
「よりを戻そう、ってのを通り越して――結婚しよう、なんて?」
 冗談めかして尋ねた。なのに、そんな時に限って正解だった。
「なんだ、聞いてたの?」
「……いや、初耳」
 正直に答えた。アツミは短い間の後で笑い出した。
「――ねえ、それで、どう返事したらいいかって、相談しようかと思って電話したんだけど」
「振ってやんなよ」
 即答したら、笑い声が大きくなった。
「前にもそんなアドバイスもらったよね。みんなから」
「アツミには聞き流されたんじゃなかったっけ?」
「聞き流したわけじゃないよ。みんなの意見も踏まえて、自分で考えて決めたんだもん」
 アツミの声に心外そうな響きが宿る。それが照れ笑いへと変わっていった。
「でもまあ、あの頃は私も若かったから」
「今は――大人になったってわけだ」
 だから今度は振ってやれる、ということだろうか。
 僕がそう考えてしまうのは希望的観測かもしれない。アツミがそこで黙ってしまったので分かった。――どう返事するべきか、アツミは今も迷っているのだ。
「あの時も、誰か言ってたけど」僕は言葉を選びながら言った。「だいたい家入は勝手なんだよな。相手の都合とか気持ちとかお構いなしに、自分の感情が高まったら行動しちゃうから」
「……そうかもね」
 アツミの短い返事に笑いの響きを探した。――パソコンが、メールの着信音を響かせたのはその時だ。
 開封の操作をしなくても、メールの発信者とタイトルなどが画面の右下に浮かぶ設定になっている。三郷守の名前と冒頭の文章が目に飛び込んできた。
『ファストファースト、また爆弾テロみたいだねー』
 一瞬、その文章の意味が分からなかった。アツミとの間の沈黙を埋めたくて、僕は何も考えずに告げていた。
「今、グリーンからメールが来たよ」
「――って、三郷くん?」
「そうそう」
「タイミングいいねー」アツミが小さく息をついた。「何の話?」
「それが、なんだか物騒な話みたいでさ……」
 一通り説明するとなると、話は逸れて長くなる。それにほっとしている自分に気がついた。
(第9回につづく)

竹内 真Makoto Takeuchi

1971年生まれ。95年に三田文学新人賞、98年「神楽坂ファミリー」で小説現代新人賞、99年『粗忽拳銃』で第12回小説すばる新人賞を受賞。『カレーライフ』『自転車少年記』『じーさん武勇伝』『図書館の水脈』『ビールボーイズ』『文化祭オクロック』など著書多数。

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