双葉社web文芸マガジン[カラフル]

廃墟戦隊ラフレンジャー / 竹内真・著

イラスト:伊波二郎

第7回

【2017年3月・ブラック×ハンター】

 スーパーフタバ月島店では、開店十五分前に朝礼がある。朝礼といっても事務的な連絡事項と店長から訓示がある程度なのだが、その日の朝はちょっと事情が違った。
「――千葉で起きた事件のニュースは、皆さんも聞いてると思います。ファストファースト緑店で起きた爆発事件、他人事とは思わないでください。犯人はいまだ捕まっていないそうですし、いつ当店が狙われないとも限りません。本社からもこのように、日頃から不審者や不審物を警戒し、整理整頓を心がけるようにと通達のファックスがきました。具体的にどのような注意が必要か、深見副店長の方から説明があります」
 もっともらしいことを言うのは店長で、面倒な手間仕事は副店長というのはいつものことだ。その役目は大抵、副店長の中で一番年少で独身の僕に押し付けられる。
 店長が僕に電話してきたのは昨日の夜中だった。朝礼の注意事項にしたいから事件について把握しておくようにというのだ。その程度の連絡なら電話じゃなくてメールで済むはずだし、店長が自分でやった方が早かろうと思ったが、僕は睡眠時間を削ってネットニュースを調べてきた。従業員の指導というのも副店長の役目ではある。
「一昨日未明の爆発事件、爆弾テロとも言われてますが、まだ断定はされてません。ネット上に犯行声明というか、ファストファーストさんへの脅迫めいた文章も出ていますが、内容に疑問な点があるというのが警察の見解のようです。新聞社のニュースによると、ロードサイド型の大型店舗のゴミ捨て場に爆発物が仕掛けられたそうで――」
 既にマスコミで騒がれているから、居並ぶ従業員たちも事件のことは知っている。――衣料品大手のファストファーストが経営する千葉市の郊外の店舗で、誰もいない時間帯に爆発事件が起きたのだ。ゴミ庫と呼ばれる事業ゴミ用のコンテナに時限式の爆発物が仕掛けられていたらしい。人への被害はなかったものの、コンテナの蓋が吹き飛んで消防車やパトカーが出動する騒ぎとなった。
「前日の閉店後に店員が点検していますが、異状なしということで施錠していたそうですので、爆発物はゴミに隠す形で仕掛けられたんでしょう。当店はロードサイド店ではありませんが、マンションの一階という立地上、被害店以上に人の出入りがあります。ここにも爆弾が仕掛けられるかもしれないという意識を持って気をつけていきましょう。ゴミ捨て場はもちろん、搬入口や通用口などに見慣れない物が置かれていないか注意してください。ゴミ袋や段ボールの束などは、放置しないですぐ片付けるのが防犯の第一歩です」
 仕事とはいえ、こういう注意をしている時には、僕にこんなことを言う資格はあるのかという思いが頭をよぎる。掃除は苦手な方だし、自宅アパートのゴミ出しでもつい指定日を間違えて管理人に注意されることも多いのだ。この店の安全対策だって通りいっぺんのものだから、テロリストに本気で狙われたら防げるはずもないという気もする。
 それでも昨日の新聞記事のコピーや店内の見取り図にマークしたものは用意してきた。朝礼の後はそれを掲示板に貼っておく。すぐに開店時刻となって通常業務に忙殺され、よその店で起きた爆発のことなんて頭から消えていた。
 再び思い出すことになったのは、仕事を終えて店を出る頃になって、三郷守が電話してきたからである。
「動画、やっと編集できたよー」三郷は開口一番で言った。「メールで送ると重たいし端末次第じゃ見らんないから、SNSに上げといた。そのURLだけメールで送っといたよ」
「今、移動中なんだ。帰ってから見る」
 駅まで歩く間に、スマホで見ることもできる。だけど久しぶりのラフレンジャームービーだ。どうせ見るなら家のパソコンの大きな画面で見たかった。
 二月にデッドモールに潜入した後、僕らは撮影した映像を三郷に送っていた。三郷も面白がってくれたし、仕事が一段落したら編集したいとも言っていた。三月も下旬の今日になって、ようやくその作業が終わったわけである。
「ラストのカットで、三人がスライム掲げるとこあっただろ? あれをスライムに見えないようにするのが大変だったよー」
「……ちゃんとスライムの顔は隠したぞ」
「顔を隠したって、ひしゃげたビーチボールにしか見えなかったもん。それをブルーオーブに見せるの、苦労したよ」
「見るの、楽しみだよ」
「それにしても、どうしてあんなのがデッドモールの中にあったわけ?」
「なんか、イエローが見つけてきたんだ。どっかの店の柱の陰で潰れてたって」
「そこに息吹きこんだの? 毒とかついてなくてよかったね」
「まあ……確かに」
 僕が見たのは、既にイエローが膨らませた後だった。猛毒でも塗ってあったら、イエローレンジャーはデッドモールの中で潰れたスライムをくわえて殉死することになったのだろうか。
 物騒でいながらコミカルな映像が頭に浮かんだ。また潜入する機会があったらそういうのを撮影してもいいかもしれない。
「でも、わざわざそんなとこに毒を仕込む奴いないだろ。潰れたショッピングモールに仕掛けたって誰も入ってこないんだから」
「三人して侵入してきた奴が何言ってんだよ」
「……それは棚に上げといてくれ」
「それにほら、最近もファッション系の店で物騒な事件があったじゃん」
「あー、ファストファーストね。ちょうど今朝の朝礼で話題にしたよ。うちの店でも気をつけようって」
「あれ、ネットでも話題になってるよ。犯行声明も本物らしいって断定されたみたいだね」
 電話の向こうで、キーボードを打つような音が聞こえた。喋りながら何か検索しているようだ。
「断定って、警察が?」 
「警察がどうしたかは知らないけど、ネット民の間では断定されてる」
 三郷は僕よりネットに詳しい。今の時点での情報を聞かせてくれた。
 爆発事件が起きたのが一昨日未明。新聞朝刊には間に合わなかったが、テレビやラジオやネットニュースなどでは朝のうちから報じられた。そして犯人とおぼしき声明も、同じ頃からネットの掲示板サイトに書き込まれていた。その詳細をメディア側のニュース内容と比べると、犯行声明の方が早いタイミングで詳しい情報を出しているというのである。
「もちろん捜査関係者とか報道関係者が、まだ伏せられてる情報をリークしてるって可能性はあるけど――素直に、本物の犯行声明だって考える方がシンプルじゃん? それで書き込み主の『ブラック×ハンター』って奴が爆破犯だろうってことになってるんだ。狙った相手も相手だから、共感したり応援したりする奴なんかも出てきてて」
「ブラック×ハンター」と名乗る書き込みは、僕も朝礼のための調査でいくつか見ていた。元の掲示板以外のサイトでも方々で引用されていたのだ。標的にされたファストファーストは徹底した安値による店舗拡大戦略をとっていて、そのために従業員は非正規雇用にして低賃金と長時間勤務を強いるらしい。体を壊して辞めた人もいれば不当解雇で訴訟を起こす人もいて、低価格ブランドとして人気がある一方で企業としての評判は悪いのだ。反感を持つ人々は、ブラック×ハンターの声明を喜んでいるようだった。
 どうやら三郷もあまりいい印象は持っていないようで、ネット上の反響を楽しげに読み上げてくれた。
『チャラリラ、チャッチャーッ! ブラック企業に正義の一撃w』
『ブラック経営の被害者のみんな、喜んでくれたかな?』
『これは予告編、次回をお楽しみにね♪』
『ちなみにFF緑店の住所は千葉市緑区南大沢○○−××』
『見物行くならお早めに。爆破の後始末も迅速、ファストファースト』
『○△店長も今頃大忙しですか。お疲れさまです』
『さて、次はどの店にしようかなw』
『やめてほしけりゃ、ブラック経営の謝罪と身代金、よろしく』
 最初に出てきた「チャラリラ」というのはファストファーストのテーマ音楽だ。CMでお馴染みなだけじゃなく、客が自動ドアをくぐる時にも、レジで会計する時にも流れる短いフレーズで、自然と耳に馴染んでいる。テレビゲームの中で響くファンファーレに似ているという話もあって、反感を抱くネット民からは「パクリ音楽」「著作権侵害のテーマ」などと言われている。
 脅迫めいたメッセージやそれを紹介する文章には、笑いを意味する「w」という記号や妙な顔文字が山ほど使われているということだった。それは僕に、事件を取り囲む野次馬たちが冷笑を浮かべている様を連想させる。――僕の職場で爆発事件が起きても、人々はやはりそうやって笑っているのだろうか。
 三郷の中にも、そうやって面白がる感情はあるようだ。だけど彼は、一通り語り終えたところでため息をついた。
「こういう事件があるとさあ、ザマミロ感とガンバレ感と、同時に抱いちゃうよね」
 僕にはよく分からない感慨だった。そう思っているのが伝わったのか、三郷はのんびりと説明してくれた。
「狙われたのが、ブラックで評判悪いファストファーストでしょ? ざまあみろって思う奴の気持ちも分かるんだ。店員はワーキングプアで過労死してるのに、大儲けした経営者はタックスヘイブンに資産隠して贅沢暮らし、なんて話もあったし」
 少し前に騒がれていたニュースだった。不況だデフレだ格差社会だと言われて久しいが、下の者は低賃金の労働を強いられて将来の希望も持てないのに、彼らを雇って儲けている経営者たちは、稼いだ金を貯め込んだり浪費したりにばかり熱心でいる。どうも社会構造ごとおかしいという声も定番になっている。
 しかし三郷の場合は、その気持ちの一方でチェーン店に頑張ってほしいとも思っているらしい。
「でもファストファーストみたいなチェーン店って、個人経営の店を潰しながら店舗を増やしてきたようなもんじゃん? 例の映像のデッドモールだってそうだよ。周りの犠牲の上で繁栄してるのが大型店なのに、そんな簡単に潰れたり、恨まれて爆弾仕掛けられたりしてちゃダメだろうって思うんだ。もうちょっとしっかりしてくんないと虚しいよなって」
 聞いているうちに分かってきた。――多分、三郷の意識の底にあるのは、実家の電気店のことだ。ファストファーストに潰されたわけではなかろうが、個人の店が潰れる一方でブラック経営のチェーン店ばかりが繁栄する傾向は確かにある。その先に残るのが、空っぽのデッドモールや企業テロではたしかに虚しい。
「そういやこないだ話してたんだ」僕は岡辺と家入の会話を思い出した。「デッドモールがショッピングモールの抜け殻だったら、中身はどこ行ったんだって」
「ほほー、どこ行ったの?」
「……それが分かんないから、虚しいのかもな」
 岡辺の説明を繰り返すのは面倒だったし、そろそろ地下鉄の駅が近づいてきた。僕はまた連絡すると言って電話を切った。

【2003年12月・映像加工】

 大学が冬休みに入る日の夕方、演劇サークル・ラフプレイの稽古場で納会が開かれた。
 年末恒例の、クリスマスパーティーと忘年会を兼ねた飲み会である。サークル内にいくつか劇団を抱えている形なので、まずはそれぞれの代表が順番に挨拶する。今年の活動や来年の予定について報告するという建前だが、真面目に話をする者などほとんどいない。レッドレンジャーこと岡辺太一も笑いをとりに走った。
「おかげさまで夏に旗揚げしました寸劇戦隊ラフレンジャーでありますが、学園祭のステージに出してもらったのがきっかけとなりまして、方々からお声がかかるようになっております。ネットの求人・求職の掲示板にラフレンジャーとして書き込んでおいたところ、この年末年始も、スーパーの歳末セールとかデパートのこどもショーとか、バイト出演の引く手あまたとなりました!」
「いよっ、営業上手!」
「もうカレーこぼすなよ、レッド!」
 先輩から野次が飛び、みんながどっと笑う。岡辺もそこを突かれるのは予期していたのか、にこりと笑って話を続けた。
「あの悪夢のカレーぶちまけ事件、ステージ上でのアクシデントを見事に乗り越えたということで、なんやこいつらアドリブいけるやないか、おもろいやないかと、巷でラフレンジャーの人気が高まってるのであります。どうやら我々は、アクシデントを活かしてお客さんの心を掴めたようです。ショーの後は衣装のまま物販まで手伝うのも喜ばれ、そんな奴らなら雇ったろかと思われたのか、仕事が続々と舞いこんでおります。まさに災い転じて福となすってことで――うちのアドリブ王、イエローレンジャーこと家入春信くんに改めて拍手を!」
 その煽りに乗って、みんなが家入に向けて手を叩く。照れ笑いの家入がぺこりと一礼すると、岡辺はその近くにいた三郷に話を向けた。
「そして皆さん、うちのメンバーですごいのはイエローだけじゃありません。あそこにおります理工学部ののっぽ君、グリーンレンジャーこと三郷守もいい仕事をしてくれました。なんと、そのカレー鍋引っ繰り返し事件の記録映像を見事に編集して、ブルーの深見と共に抱腹絶倒の短編ドキュメンタリー映画に仕立てております! 後ほど余興として上映いたしますので、どうぞご期待ください!」
 上映会の前口上みたいに締めくくられたので、皆の期待も高まる。一通りの挨拶の後で乾杯と歓談と進む中、先輩たちから早く上映しろという声が上がった。あの日の道の駅に行ったメンバーは全体の三分の一くらいだったが、カレー事件の話は全員に広がっている。
 現場で撮影されたビデオカメラ映像は記録用で、特に上映や回覧はされずにサークル部室の片隅にしまわれていた。それを見つけた三郷が何やら思いつき、先輩たちに頼んで録画テープを借り出した。そして一人で映像加工と編集を終えた後、こっそり僕を呼んでアフレコを行ったのである。
「じゃ、ちょっと照明弱めてもらっていいですか? プロジェクターでこっちの壁に上映しまーす」
 三郷はプロジェクターを調整して、飲みながら映像を見られるようにした。拍手が起こる中、壁に道の駅の外観とタイトルが浮かぶ。
『寸劇戦隊ラフレンジャー・道の駅試練編!』
 僕が最初に書いた脚本とは違うタイトルだった。なにしろ内容が変わってしまったので、タイトルも変えないわけにいかなかったのだ。
『二〇〇三年、十一月某日。ラフレンジャーたちは道の駅のステージに張り切って臨んでいた……』
 ブラック将軍の声でナレーションが流れる。――NHKの『プロジェクトX』風に言ってみたつもりなのだが、プロジェクターのスピーカーを通すと全然違う響きだった。変に一本調子な棒読みにしか聞こえなくて、自分で恥ずかしくなる。みんなが映像に見入ってくれているのが救いだった。
 そこからは固定カメラでステージ全体を撮っただけの映像が続くのだが、三郷は大胆にカットをつなぐ編集を行った。オープニングで進行役の等々力先輩が一言喋ったら次のカット、グリーンレンジャーがタマネギを掲げてポーズをつけたら次のカットといった形で、序盤の様子を矢継ぎ早につなげていったのだ。おかげでコマ撮りや早送りのようにリズミカルで、どこかコミカルな映像となっていた。
『ラフレンジャーが料理にかかると、そこにブラック将軍率いるブラック軍団が登場。カレーを奪おうと戦いを挑んだ』
 ナレーションに合わせて僕が映った。サンバイザーの奥で赤く光る目が、今となってはなんとも不吉に見える。
『そこで、事件が起きた』
 乱闘シーンとなったところで、映像がストップモーションになる。画面の端に映ったレッドが転びかかってテーブルにぶち当たった瞬間だ。画面のそこだけがアップになった。
 ズームアップで撮ったわけじゃなく、三郷がパソコンで処理した拡大画像である。粒子が一気に粗くなった上、色彩が消えてモノクロになった。みんなは無言でその静止画像に見入っている。
『台本ではその後、敵を倒してカレーを完成させたラフレンジャーが、お客にもすすめる段取りだった。――しかし、そのカレーが台無しになった』
 ナレーションの後で映像が動き始める。寸胴鍋がひっくり返ってカレーがぶちまけられるのが、普通の再生速度で流れた。
 しかし今度は、舞台上の誰もが動きを止めていた。映像も再び静止して、色彩がゆっくりと消えていく。今度は完全モノクロじゃなく、こぼれたカレーのところだけが黄色く残っている。動きと色彩のない映像の中、その黄色だけが鮮やかだった。
 見ているみんなから感嘆の声が漏れた。僕も同じ気持ちで、パソコンの編集でここまでできるのかと驚いていた。
『舞台の誰もが動きを止めた。ラフレンジャーの仲間たちは、この場をどう収拾すればいいのかと、舞台袖にいる先輩の方を見た』
 画面の端の小さな人影。かろうじて等々力先輩と分かる程度の影だったが、映像は彼をアップにした。途端に静止がとけて、その人影が動く。
『演劇サークル・ラフプレイ代表、等々力吾郎。このステージでは進行役を務めていた。ピンチに直面した後輩たちからすがるような視線を向けられ、思った。――俺だって、どうしていいか分からない』
 等々力先輩の影が、首を振った。その動きだけ、何度も何度もリピートされた。
 稽古場に爆笑が涌き起こった。あの緊急事態を前に、何もできなかったサークル代表の姿が強調されたのだ。深刻ぶったナレーションもあいまって、笑うしかない状況である。薄暗い中でよく見れば、等々力先輩本人も笑っていた。
『誰もが立ち尽くし、何もできない中、一人の男が動いた。黄色を背負い、カレーライスが大好きな男だった――』
 ナレーションに応じて画面が元のサイズに戻り、イエローレンジャーにも黄色い色がついた。期せずして、みんなから拍手と歓声が起こった。
 そこからは、イエローの活躍を描くドキュメンタリーとなった。聞きとりにくい音声は全てテロップ文字で表示され、イエローがどうやって事態を収拾したかがよく分かる映像となっている。
『こうしてラフレンジャーは、初めての試練を乗り越えた。そして一回り強くなった彼らなら、今後どんな危機に直面しようとも、力を合わせて乗り越えていくことだろう――』
 そんなナレーションに合わせ、エンディング曲として中島みゆきの『地上の星』が流れる。笑い声と拍手がさらに高まって上映が終わった。
「これ、来年の新人勧誘に使おうぜ!」
 酒をあおりながら声を上げたのは等々力先輩だった。四月になって新入生が入ってきたら、ラフプレイの活動を紹介する上映会や舞台公演を行うのが恒例なのだが、その場で流そうというのだ。
「この映像を見せた後の舞台に本物のラフレンジャーが登場したら盛り上がるぞー。『君も、ラフプレイで僕らと握手!』なんつって勧誘すんの」
 頼りない先輩ぶりを暴露されてやけになってもいるのだろうし、罪滅ぼしにラフレンジャーを応援する気になってくれたのかもしれない。僕ら五人はありがたくその提案に乗ることにした。
 実際、春の新人勧誘公演はラフレンジャーが中心となったし、その後も舞台と映像との連動はラフレンジャーの定番となった。考えてみれば――レッドの身軽さと失敗、イエローのフォローとアドリブ、グリーンの映像加工と、メンバーそれぞれの個性や特技がラフレンジャーの新たな展開を呼び込んでいったのだ。ブルーとしてブラックとして、その流れに加わることのできた僕は、とても幸運だったのかもしれない。

【2017年3月・動画サイト】

 帰宅してすぐ、三郷がアップした動画を開いた。
 まずは穴林ショッピングスクウェアの外観映像から始まった。そこから『寸劇戦隊ラフレンジャー』という五色の文字が迫り出してきて、ビートの効いたエレクトリックサウンドがかかる。『デッドモール復活編』というタイトルも重なった。
 一度画面が暗転すると、三郷の声でナレーションが流れ始めた。
『ラフレンジャーが解散して十年あまり。混乱の時代の中、彼らの秘密基地もすっかり荒廃していた――。
 そんな世界に平和と笑いを取り戻すため、基地の廃墟に三人の戦士が集ったのである!』
 音楽が高まり、画面が明るくなる。そこは一階のショッピングエリアで、僕らが飛び出すところから始まった。
『行くぞ!』
 ブルーレンジャーが走り出す。すぐにイエローレンジャーが並ぶ。
 そんな彼らにビーム攻撃が浴びせられる。オレンジや紫の光線が、二人を狙って飛んでくる。
 光が空気を切り裂く。床に当たると小さな爆発音が響く。
 しかし二人は止まらずに走る。ベンチやテーブルの間を縫うように蛇行して、巧みにビーム光線を避ける。
『気をつけろ、敵がいるぞー!』
 イエローが前方の店を指さす。ショーウインドウの人影が、怪しく瞳を光らせる。二筋の黄色い光線が伸びる。
 ブルーはそれをかわせない。光線が足元で炸裂し、よろけてイエローに遅れをとる。
 そのタイミングを待っていたように、ひときわ明るい光線がブルーを襲う。今度の直撃は避けられない。
 黄色い光条がブルーの体を貫く――と思ったその瞬間。
 ブルーの体が消える。ビームは何もない空間を通り過ぎる。
 次の瞬間、ブルーの体が現れる。さっきより少し前の位置を走っている。
 その映像が静止して、BGMも止まる。ナレーションの声が流れる。
『説明しよう。仕掛けられた罠からビーム攻撃を受け、直撃を悟ったブルーレンジャーは、咄嗟に短距離のテレポーテーションを行ったのだ!』
「……え?」
 僕は慌ててマウスを動かし、動画を止めた。――予想もしなかった展開である。
 ブルーレンジャーである僕には、そこで消えた覚えなどない。テレポーテーション能力があるなんて設定だって初耳だ。どうやら三郷は、動画を編集しながら勝手に設定を付け足してしまったらしい。
 あいつのことだ。ビーム光線のCGを作っているうちに当てたくなったのだろう。僕とイエローがベンチやテーブルの間を走っている時はビームを避けて蛇行していることにして、足がもつれたところで命中させたというわけだ。
 かといって、ビームが命中したままでは続く映像に繋がらない。だからテレポーテーションという設定を考えた、ということだろうか。
 三郷に電話して確かめようかとも思ったが、先に続きを見ることにした。他にも何か仕掛けがあるかもしれない。
 案の定、センターコートまで走ったブルーとイエローがラフレンジャー・ジャンプをした瞬間、ナレーションが入った。
『説明しよう。ラフレンジャーは反重力装置を利用して、人間離れした跳躍力を発揮するのだ!』
 跳び上がったブルーとイエローの体は光に包まれ、画面は大きく動いて上に向かう。その動きが止まる時にはカットが切り替わり、二人は三階の床に着地している。
 ジャンプの後、レッドも合流して、三人はあたりを捜し始める。――それを見ながら、僕はどうも妙だと気づいた。テレポーテーションにしろジャンプにしろ、あの日に撮影してない映像まで使われているんじゃなかろうか?
 たとえばビームの直撃をくらったブルーが消えた瞬間。映像には、僕が映っていなかった。テレポーテーションの設定だから消えていなくちゃならないわけだが、どうもおかしい。あの日、スマホで撮影していた岡辺は、僕と家入を追いかけて撮っていたのだ。一緒に走りながら背中を撮っていたのに、僕のいない風景が撮れただろうか?
 しかも、それはちょうどビームが当たる瞬間だった。僕がマネキンの視線を感じた拍子によろけた時だが、そこでたまたま撮影中の画面から外れたと考えるのは無理がある。それよりは、同じ場所の無人の映像をもってきて挿入したと考えた方が筋が通りそうだ。
 三階までの大ジャンプに合わせて画面が動く映像もそうだ。三郷のナレーションが入る間、画面は一階から三階に向けてティルトアップしていた。岡辺もあの時、スマホを上に向けて振ったとは思うが、それはほんの一瞬の間だけで、すぐにカットの声をかけた。三郷のナレーションよりずっと短い映像だったはずである。
 編集後の動画では、ブルーとイエローの体はジャンプの瞬間に光に包まれ、その青と黄色の光が三階まで跳び上がっていた。光は後からCGで足せるにしろ、背景の映像素材はどこから持ってきたのだろう?
 画面では映像が続いていた。ブルーの僕が柱の陰に屈んだところだ。そこで拾った物を両手で抱え上げた途端、青い光があふれ出る。
『よーし、ブルーオーブは無事だ! 希望はあるぞ!』
 一階のビーム光線や、ラフレンジャー・ジャンプの光よりもずっと明るい光だった。どんなCG処理を施したのか、抱えている僕の姿が青白くぼやけるほどの光だ。空気が震えるような効果音も響いていた。
 イエローとレッドも手を伸ばし、三人で掲げる格好になると、光はさらに強くなった。効果音が高まり、画面がそのままホワイトアウトして、またデッドモールの外観が映る。
 考えたら、この映像だってあの日に撮ったものではなかった。どうやら駐車場のゲートあたりから撮ったもののようだが、僕らはそこで撮影などしていない。岡辺はなるべく人目につかないように慌てて通りすぎたはずだ。
 どうやらこの編集のために、後から撮り足したらしい――そう考えて、もしや岡辺かもしれないと思い当たった。もっと映像素材が欲しいと思った三郷が、岡辺に連絡して追加撮影を頼んだんじゃないだろうか。もともと仕事でデッドモールを点検しては写真を撮っていた岡辺である。必要な映像を撮り足すことくらい簡単だ。
 デッドモールの外観も青い光に包まれようとしていた。三階あたりから漏れ始めた光が建物全体に広がり、やがて天に向かって光の柱が立つ。
 高まった効果音が消えるとBGMが戻ってきた。それに合わせて画面の下に文字が浮かぶ。
『寸劇戦隊ラフレンジャー・デッドモール死闘編につづく』
 思わず苦笑した。続きがあるなんて話も初耳だ。
 まあ三十分枠の番組が毎週続くのが戦隊物の定番だから、「つづく」というのはお約束ともいえる。しかし、またあのデッドモールで撮影できるとも思えなかったし、死闘なんかするのかよとツッコミを入れたくなった。
 三郷ではなく、岡辺に電話してみようかと思いついた。――岡辺なら、もっとツッコミどころを見つけるかもしれない。
(第8回につづく)

竹内 真Makoto Takeuchi

1971年生まれ。95年に三田文学新人賞、98年「神楽坂ファミリー」で小説現代新人賞、99年『粗忽拳銃』で第12回小説すばる新人賞を受賞。『カレーライフ』『自転車少年記』『じーさん武勇伝』『図書館の水脈』『ビールボーイズ』『文化祭オクロック』など著書多数。

竹内真の好評既刊

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