双葉社web文芸マガジン[カラフル]

廃墟戦隊ラフレンジャー / 竹内真・著

イラスト:伊波二郎

第5回

【2003年11月・構想ノート】

 学園祭の翌日の月曜は代休で、大学全体が休みになった。アルバイトは午後からなので昼まで寝ていられたが、僕は朝から机に向かった。ラフレンジャーの脚本を書くためである。
 しかし、あれやこれやと考えあぐねるばかりで原稿用紙はなかなか埋まらない。気分転換に何か食べに行こうかと考えていると、突然アパートの扉が開いた。
「やあ、調子はどーだい?」
 ボロアパートとはいえ、一応は鍵もついているのだが、昨夜はかけ忘れていたらしい。そこにはグリーンレンジャーの三郷守が立っていた。
「……ノックぐらいしろよな」
「下手に叩いたら壊れそうなドアだなと思って」三郷はほがらかに笑った。「遊びに来たんだ。入っていい?」
 尋ねたくせに、返事は待たずに入ってくる。手にはコンビニの袋を提げていて、中には缶コーヒーが入っている。
「真面目なブルーなら、きっと脚本を書き始めてるだろうと思ってさ。僕の読み通りだったね」
 缶は二本あった。一本は僕への差し入れらしい。僕は無言で受け取ってプルタブを開け、大きく一口飲んだ。
 宿酔いの頭と胃に、あたたかいコーヒーが心地いい。三郷は散らかった机の上から勝手にノートや原稿用紙を手に取っているが、文句を言う気にはならなかった。
「なになに、『寸劇戦隊ラフレンジャー・道の駅奮闘編』――立派なタイトルなわりに、本文はあんまり進んでないね」
「昨日の今日で、いきなり書けてるわけないだろ」
 原稿用紙はまだ一枚目だ。タイトルには三行使ったから、実質的にはほんの数行しか書いてない。まだブルーもグリーンも登場してなかった。
「でもまあ、ここで原稿用紙に書いてるってあたりがブルーっぽくていいよ。イエローの場合、ルーズリーフに走り書きって感じだもんね」
「あれ、時々読みにくいことあるからさ。俺はせめて読みやすくしようかと思って」
「うん。その点だけは勝ってる」
 しかし僕の場合、字が丁寧なのはなかなかアイデアが浮かばないからでもある。家入の字が乱暴になるのは、きっとアイデアが次々に浮かんで文字を書くのが追いつかないからだろう。
「こっちのノートは下書き?」
「下書きっていうか……構想っていうか、テーマっていうか」
「へー、『正義とは?』って、またでっかいとこから入ったね」
「ラフレンジャーは正義のヒーローなわけだろ? 道の駅のステージでやる場合、何が正義で何が悪かって、あらかじめ考えとこうと思って」
「理屈から入るねえ。――でも『依頼が正義』ってすごいな。正義の象徴は道の駅の堀井さんかい?」
「いや、そうじゃなくて」
 それは考えをまとめるためのメモ書きだった。こうして三郷からいじられると顔が赤らむ。
「テレビの戦隊物だったら、世界征服を阻止するとか、子供を救うとか、分かりやすい正義があるだろ? 分かりやすい悪が敵で、だからそいつらと戦うってことで、話の目的ができる。でも今回は、分かりやすい目的は何かっていったら、依頼主の目的だと思うんだ」
「依頼主の目的って、どういうこと?」
「うーん……人を集めるとか、道の駅が繁盛するとか」
「なら分かりやすい目的ってのは、直売所の売上高かい? 変なの」三郷は笑い出した。「そこに向かって進む話なんていったら、ただの金儲けストーリーになっちゃうじゃん」
「……そうなんだけどさ」
 僕だって、それを考えなかったわけじゃない。むしろ考えていたせいで筆が止まったのだ。
 だけど人から指摘されると腹が立つ。なら自分で書いてみろと返したくなったが、我ながら子供っぽいなと我慢した。
 そんな内心が伝わったのか、三郷はなだめるような口調になった。
「執筆に行き詰ってるなら、いったん回路を切り替えればいいんじゃないの?」
「回路を切り替えるって、どうやって」
「道の駅のイベントだから、観客は子供からお年寄りまでって話だったろ? もっと単純に、『野菜を守る』とかでいいんじゃないの? 敵が攻めてきたりしてさ」
「敵って、こないだのブラックレンジャー軍団が、今度は野菜をさらうのか?」
 学園祭のステージでは、まず敵が客席に乱入して人質をとった。それで盛り上がったし、人質を救うというのが目的となって話が進んだ。そういう設定を考えた家入の功績である。
「野菜好きの敵ってことにすれば? 火浦功のSF小説で、秘密結社の総帥がジャガイモ好きってのがあったし」
「野菜好きの悪の軍団ってのもなあ……」
「じゃあ肉でもいいよ。昨日渡された資料に、肉も売ってるとか書いてなかったっけ?」
 三郷は僕の机の上を捜し始めた。道の駅のリーフレットやら収穫祭のチラシやらを資料としてもらったのだ。
「ほら、塩漬けとかタレ漬けとかソーセージとか、真空パックで売ってるって。悪の軍団が食糧調達に襲ってきたって設定でいけるよ」
「食料を奪ったブラック軍団が、みんなでバーベキューでもすんのか?」
 僕はその光景を想像して首を傾げた。舞台でそこまで見せる必要もないけれど、どうもぱっとしない設定である。
「じゃあカレーとかは?」三郷はチラシを手に取った。「売店で軽食も売ってるし、収穫祭で露店を出すとか書いてあるじゃん。カレーくらい売ってるんじゃないの?」
「……当日売ってるカレーの鍋ごと、ブラック軍団が奪いに来る、とかなら盛り上がるかなあ」
 それなら書けそうな気はした。ラフレンジャーのステージを通して、当日の販売品を宣伝してほしいとも言われているのだ。
「そうだ!」三郷が声を高めた。「カレーを狙われたら、イエローが燃えるよ!」
「……ああ、キレンジャーね」
 黄色い戦隊ヒーローはカレーが好き。――一九七五年に始まった戦隊物の元祖『秘密戦隊ゴレンジャー』に出てくる設定だ。ダビングが繰り返されて映像が粗くなったビデオを三郷がどこからか調達してきて、ラフレンジャー内でも回し観されていた。
「敵がカレーを奪いに来てさ、イエローが激怒するとか、どうかな?」
「てことは、その前にラフレンジャーはカレーを作ってて、それを狙って敵が来るって感じだと分かりやすいか」
 僕はノートに手を伸ばした。なんとかなりそうな気がしてきた。
 それから僕らは、二人で冗談を言い合うようにストーリーを作っていった。――冒頭で舞台に現れる時、ラフレンジャーは一人一品ずつ産直コーナーの品物を持っている。そして「真空密封・ポークソーセージ!」とか「新鮮収穫・タマネギ!」とか「甘味濃厚・ニンジン!」とか、決めポーズをとりつつ紹介していくのだ。そして全員揃ったところで「さあ、力を合わせてソーセージカレーを作るぞ!」と料理にとりかかるが、そこにブラックレンジャー軍団が襲ってきて乱闘となり、敵を撃退する頃にはカレーが出来上がって大団円という展開だ。
 舞台で実際に料理するのは難しいが、必殺技の名前みたいに料理の手順を叫びながらアクションをとれば、カレーを作っていることを演劇的に表現できる。ピンクはソーセージ、レッドはニンジン、グリーンはタマネギと、それぞれの色の食材を担当すれば見た目も分かりやすい。
 そうやって話が転がり始めると、アイデアは次から次へと出てきた。それをノートに書き留めていけばストーリーができていく。ストーリーを作っているというより、僕と三郷がその中で遊んでいるような感覚を味わえた。
「いやー、グリーンが来てくれたら」僕はコーヒーを飲み干して言った。「一気に話が進んだよ。ありがと」
「ま、力を合わせるのは戦隊ヒーローのお約束でしょ」三郷は照れ笑いになった。「ていうか、ラフレンジャーの中で、ブルーとグリーンっていまいちキャラが立ってないから、こうやって存在を主張してかないと」
「だから俺が脚本に名乗り出た時、最初に手伝うって言ってくれたのか?」
「それもあるけど……僕もあの時、迷ってたんだよ。書きたいって言ってみようかな、でも書けるかなって。そしたらブルーが立候補しただろ。先越されたみたいで、黙ってられなくて」
「だったら言えばよかったのに。そしたら俺、譲ったかもよ」
「いやいや、僕は発明型じゃなくて、加工型の技術屋だからね。ゼロから何か生み出すより、人のアイデアを盛り上げるタイプなんだ」三郷は含み笑いになった。「それにブルーって、普段からそうやって一歩引いちゃうキャラじゃん。それが珍しく自己主張したのに、割り込めないよ」
「……俺って、そんな風に思われてたのか」
 言われてみると納得はいく。僕には昔から、いろいろ迷って考え過ぎるところがあるのだ。そういう性格を少しは直したくて演劇サークルのラフプレイに入ったし、ラフレンジャーの中ではそれなりに自己主張しているつもりでいたが、それでも傍から見れば引っ込み思案キャラだったらしい。
 そこでふと思い出した。今の脚本のアイデアでも、ブルーのキャラクターの弱さが引っ掛かっていたのだ。
「――ピンクはソーセージ、レッドはニンジン、グリーンはタマネギ、イエローはジャガイモかカレー粉だろ?」僕はノートを確認してみせた。「ブルーに似合う食材ってないかな」
「何ならタマネギを譲ってやるけど」三郷は気楽に言った。「そこは青っぽい野菜ならいいんじゃないの?」
「いや、タマネギはブルーよりグリーンだろ。ホワイトがいない以上」
「じゃあピーマンとか、シシトウとか入れちゃえ」
「でもそこは、いかにもカレーって野菜じゃないと」
「妙なとこでこだわるね」三郷は笑いだした。「じゃ、ブルーは敵役になっちゃえ」
「え……ブルーがブラック軍団を率いるのか?」
「いっそ衣装も変えて、悪役っぽい格好して――」
 そこまで言って、三郷の言葉が止まった。急に目を輝かせて僕を見つめてくる。
「……どうした?」
「追加戦士だ!」三郷は嬉しそうに言った。「初期メンバーにはいなかった奴が、途中から登場して仲間になるんだよ。ほら、ジュウレンジャーのドラゴンレンジャーみたいに」
 そう言われると思い当たった。最初は敵だった奴が味方になったり、謎の戦士が協力するようになったりは、毎週放送される戦隊ヒーロー物の中でも盛り上がる展開である。
「じゃ、最初は敵だったブラック将軍が、戦いに敗れて改心して、ラフレンジャーの仲間になることにするか」
「いいねえ。今回はブルーは休みってことにして、ブラック将軍になっちゃいなよ」
 そうして僕は、自ら書いた脚本で、敵であるブラック将軍を演じることとなった。難しそうではあるけれど、演じ甲斐のある役になりそうだった。

【2017年2月・デッドモール】

 デッドモールのショッピングエリア。
 頭の中に漠然としたイメージはあった。岡辺がアツミに送った画像を見てもいるのだ。
 だけど、実際に足を踏み入れてみたら圧巻だった。予想以上の迫力に自然と足が止まった。
 隣のイエローも動かない。示し合わせたわけでもないのに、二人して立ち尽くしていた。その場で周囲を見回すというのが段取りだったが、見回す演技までに間が空いた。
「すげえ……」
 イエローの呟きが聞こえた。小さな声だが、録音はされたことだろう。
 そんな声を上げる気持ちも分かった。――広い空間がきれいに保たれていること、そしてその空間に誰もいないことが、奇妙なくらいの迫力を漂わせているのだ。外観もバックヤードも地味だったが、レッドの言った通り、ショッピングスペースは別世界だった。
 全体に、金属感と透明感でデザインされた空間だった。そのところどころに色彩がある。
 僕らの足元からはモザイク風のタイルの広い通路が伸びていた。要所要所で柱が鈍い銀色に光っている。両脇の店舗スペースの多くには格子状のシャッターが下りていたが、そのシャッターまで装飾みたいに見える。壁や天井のパネルはオフホワイトか鈍い金属光沢、ちょっとした仕切りや手すりには透明や半透明のパネルが使われている。おかげでずっと先まで見通しがきいたし、遠くに見えるエスカレーターも透明感とメタリック感を漂わせていた。
 そしてショッピングエリアのそこかしこに宝石風の装飾があった。手のひらほどの大きさの、色とりどりの半透明素材だ。壁や柱や手すりの継ぎ目に埋め込まれるように輝いている。ガラスやアクリルなのだろうが、その色彩が広い空間を華やかに彩っていた。
 バックヤードと違って照明はついていない。なのに薄明るいのは、エスカレーターの先のセンターコートが明るいからだ。ここからでは見えないが、きっと吹き抜けの上には採光用の天窓があるのだろう。そこからの明かりが金属の内装とフェイクの宝石たちを輝かせている。
 シャッターの下りていない店舗スペースでは、売り場の棚や台に黒や灰色のカバーがかけられていた。布で覆われた大きなかたまりは抽象彫刻みたいに見える。その間に立っているのは首から上のないマネキンで、真っ黒なせいもあって首を切られた人影のようだった。
 内装や看板が撤去されている店舗では、床に内装パネルの破片や埃が散らばっていた。天井から電気配線らしきコードがだらりと垂れ下がっている光景は、何かの血管にも見える。無機質さの裏に潜んだ生々しさに、かすかな恐れさえ覚えた。
 そんな感情を振り払うため、イエローに声をかけた。
「行くぞ!」
 僕が先に走り出した。イエローもすぐに並んでくる。後ろからレッドの足音も聞こえた。
 吹き抜けまでは百メートル近くある。通路には時々ベンチやテーブルが設置されていて、僕らは意味もなくその間を縫うように蛇行して走った。
 テーブルには金属の脚に木の天板が載っていて、その継ぎ目や角は例のフェイク宝石で飾られている。ベンチの横に設置されたモールのフロアマップも木と金属と宝石の絡み合ったデザインだ。――戦隊物には動物型の戦闘メカが出てくることが多いが、このモールでは植物と機械の融合みたいなコンセプトがあったのかもしれない。
 通路のそこかしこに空っぽの花壇があった。もとは観葉植物が入っていたのだろうが、それは運び去られたらしい。掲示板のところには緑が残っていると思ったら、絡まったツタはイミテーションのようだ。
 デッドモールという言葉通りの空間だった。閉鎖されて中身が運び去られて、すっかり命の気配が消えているのだ。そのくせ何かがあった名残りだけはあるから、余計に死を連想させられる。
「気をつけろ、敵がいるぞー!」
 イエローが声を上げた。その手は少し先の店舗を指さしている。
 壁にファッションブランドのロゴが残っていた。ショーウインドーに見える人影はさっきよりリアルなマネキンで、裸のまま壁に持たせかけてある。今度はちゃんと首はあったが、目はついてない。輪郭と鼻筋だけの造形なのに、こちらに視線を向けているようだ。
 家入は面白がっているが、笑う気にはなれなかった。横を走り抜ける時にはこっちに襲いかかってきそうに思えた。
 ついマネキンから遠ざかるように走って、はずみで足がもつれた。ちょうど床が埃でざらついている箇所だったのだ。どうにか転ばずには済んだが、おかげでセンターコートにはイエローより遅れて着いた。
「見ろブルー! あれだ!」
 イエローが上の階を指さした。このままアドリブ芝居を続けるらしい。 
 レッドは僕らの横に回り込んで表情を撮っている。イエローのアドリブにも文句を言う気はないようで、カットがかからない以上は演技を続けなければならない。
 僕はイエローに促されるまま吹き抜けを見上げた。――ここで二人して頷き合う、というのが段取りだったが、僕もアドリブで返すことにした。
「よし、このまま二人で突っ込もう!」
「なにっ」
 イエローも演技の緊張感は崩さない。驚く演技で応じてきたので、僕は真面目な声で続けた。
「グリーンとピンクを待ってたら間に合わない。レッドなら、上で合流してくれるはずだ」
「なるほど。そうだな!」
 そこで二人して頷き合った。レッドはさらに回り込み、僕ら二人の目の前まで来てアップで撮っている。
 その顔は笑っていた。右手でスマホを構えたまま、左の手のひらを上に向け、ジャンプしろというように上下に動かしてみせる。
 視界の隅でその指示を見た僕らは、この即興芝居の着地点を理解した。
「よし、跳ぶぞイエロー!」
「おうっ!」
 その場で膝を曲げ、体勢を低くする。そこからジャンプする動作に入れば、それが動画の編集点になる。――次のカットは三階で撮り、大ジャンプから着地するような動作を撮っておけば映像が繋がるというわけだ。
 学生時代に撮った自主映画で、そのあたりの呼吸は心得ている。イエローが高らかに声を上げた。
「ラフレンジャー・ジャーンプ!」
 無論、僕らに三階まで跳び上がる脚力があるわけもない。その場で跳んですぐ着地すると、レッドが「カット!」と声を上げた。
「なんやお前ら、ノリノリやなー!」
 呆れ笑いと共に告げられ、僕も家入も笑い出した。笑いながらデッドモールの吹き抜けを見上げた。

【2003年11月・アクシデント】

 グリーンレンジャーこと三郷守は、ブラック将軍の衣装作りでも活躍した。
「ほら、こうやってサンバイザーの奥に麦球を仕込んどくんだ。配線と電池はヘッドギアに仕込める。アクションにも支障ないよ」
 衣装スタッフの先輩から借りたヘッドギアを持ち帰り、一人で細工を施してきたらしい。ある日の稽古場で、そのヘッドギアを被って実演してくれた。
「こうやってバイザーを下ろしといてさ、登場の時なんかにスイッチ入れて『我こそはブラック将軍なりー!』なんつって」
「おおーっ」
 ラフレンジャーの仲間はもちろん、居合わせた他のサークルメンバーたちもどよめいた。――ぱっと見はラフレンジャーの被り物を黒くしただけだが、その両目が赤く光ったのだ。悪役らしい禍々しさで一気に迫力が増した。
「それ、自分で眩しくないのか?」
「内側にアルミホイルを張ってあるんだ。視野は狭くなるけど、被ってる本人は眩しくないし、反射する分だけ明るくもなる。麦球ってのは明るさは大したことないからね。反射板があった方が屋外ステージでも分かりやすいし」
 三郷はヘッドギアを脱いで僕に被せてくれた。確かに赤い光が灯っているのは視界に入るが、眩しいというほどじゃない。ヘッドギアはちょっと重たくなったが、ずれないようにすればアクションもこなせそうだ。
 衣装担当の神野先輩も横から調整してくれた。
「深見くんは肩幅あるから、こういう飾りがあると悪役として映えるよね」
 小柄な彼女は、学園祭のショーで人質の女性役を演じた三年生である。ジャージのポケットから小さな巻尺を出したと思ったら、時々背伸びしながら僕の採寸を始めた。
「衣装の方も、もうちょっと飾りをつけて、おどろおどろしい感じにしてみる」
「ええなあ深見」岡辺が言った。「みんなして衣装に手ぇかけてくれて」
「悪に寝返った甲斐があったよ」
 僕はブルーからブラックに役柄を変更した脚本を書き上げていた。細かな直しはいくつもあるが、大筋はこれでいこうということで稽古に入っている。
「しかしその目、ようできとるなー。俺にも被らせてくれ」
「下手に被ると悪の心に支配されて脱げなくなるぞ」
「やめろレッド、敵の誘惑だ!」
 家入が声を上げた。何かきっかけがあると即興で演技に入るのも、ラフレンジャーのお約束になっている。
「そうよリーダー。今あなたを失ったら、ラフレンジャーはどうなるの!」
 アツミもピンクになりきって言った。赤目を開発した三郷までグリーンになって僕の敵に回った。
「きっとあの目が弱点だ! そこを狙って攻撃しよう!」
「よーしみんな、四人でラフレンジャー・アタックだ!」
 岡辺が口にした台詞は僕の書いたものだった。脚本の後半、ブラック将軍を倒す場面だ。
 イエローもピンクもグリーンも、それを察したのだろう。咄嗟にレッドの周りに集まった。――そうやって、みんなが僕の書いたように動いてくれるのはなんとも嬉しいものだった。
 だけど同時に、後悔や焦りみたいな感情も涌いてくる。頭の中でイメージしながら書いたけれど、実際の声や体で表現されてみると、もっとふさわしい台詞があるような気がしてくるのだ。
 なにしろ、書いている間は自分もラフレンジャー側にいるような意識だったが、今はブラック将軍としてラフレンジャーから攻められる立場だ。四人と対峙しながら、自分の脚本まで責められているような気がしてきた。
「おのれラフレンジャー、四人がかりとは卑怯だぞ!」
 それでも自分の台詞を言った。途端に反撃が返ってくる。
「お前はブラック軍団を率いてんだろうが!」
「そっちの方が人数多いじゃないの!」
「問答無用だ、やっちまえ!」
「必殺、ラフレンジャー・アターック!」
 その先のアクションはまだ決まっていない。四人はすぐに足を止め、それが即興芝居の終わりとなった。
「――目のとこ、光るだけやなくて点滅するようにできんか?」
「簡単だよ。ちょっと部品足せば」
「そんでブラック将軍がやられとる時に点滅したり、倒されて光が消えたりさせよう」
「それよりブラック将軍が改心するシーンで、光の色が赤から青に変わるってどうかな?」
「カレー食べる時は黄色とか」
「そうすっとちょっと複雑になるね……」
「もっと単純に、改心したとこでサンバイザーを上げればいいんじゃない?」
 今度はみんなして、僕を囲んだ状態であれこれ相談し始めた。――結局、赤の点滅機能だけつけて、舞台袖のスタッフがリモコン操作で点滅させ、改心するシーンでは僕自身でサンバイザーを上げるということになった。素顔をさらすことで心を開いたことを表現すればいいというのだ。
「なんか、ブラック将軍の演技力が問われそうだなあ」
「自分で書いた脚本だろ。それに見合った芝居しなよ」
「俺がしごいたるから覚悟せえよー」
 そうやって話題の中心になるのは悪い気分じゃなかった。この前までキャラが立ってないと言われていたことを思えば、いきなり出世したようなものだ。
 だけど結局、本番のステージでブラック将軍が活躍することはなかった。――舞台上でのアクシデントのせいである。

 当日は屋外ステージに、「道の駅やえん・秋の収穫カーニバル」という看板と「寸劇戦隊ラフレンジャー・ヒーローショー」という看板が並んだ。ラフプレイの等々力先輩が進行役を務め、マイク片手にサークルの紹介をした後でラフレンジャーを一人一人呼ぶという形でショーの幕が開いた。
「まずは道の駅の産直野菜みたいな緑色、グリーンレンジャーの登場だ!」
「グリーンレンジャー、参上!」
「あれっ、手には何を持ってんの?」
「新鮮収穫・タマネギ! 炒めると甘味がたっぷりだよ!」
 等々力先輩との軽いやり取りを挟みつつ、グリーンが決めポーズをとってみせる。三郷もノリノリで演じていた。
 そしてピンクはソーセージ、レッドはニンジンを持って登場して同様のやり取りがあり、ジャガイモを持ってきたイエローは「これだけの素材が揃ったら、もうカレーを作るしかないね!」と言い出す。レッドが「カレーを作るいうても、カレー粉はどうすんねん」とつっこむと、イエローは肘のプロテクターの中に隠し持っていたカレー粉の缶を出してみせるという展開だった。
「イエローレンジャーはカレーが大好きだからね。こんなこともあろうかと、いつも持ち歩いてるのさ!」
 そこで決めポーズをとるイエローに、ステージ前の子供たちから笑いが涌いた。だんだん観客も集まってきたし、序盤の強引な展開も受け入れられたようだった。
 ラフレンジャーと材料の紹介が終わったところで等々力先輩は舞台脇に下がり、ラフレンジャーはカレー作りに取り掛かる。
「連打・タマネギみじん切り!」
「奥義・ジャガイモの皮むき!」
 それぞれの食材を手に決めポーズをとった後、BGMに合わせて演舞のように動いてみせる。そのアクションの間に下ごしらえの済んだ食材とすり替えるのだ。鍋に投入する時には派手な効果音が響き、ラフレンジャーは客席の拍手をあおる。
 実際に産直コーナーではカレーの素材を売っていたし、屋台ではカレーの販売も行われていた。ラフレンジャーたちのアクションの合間には「このジューシーなソーセージは産直コーナーの奥で売っているわよ!」とか「これと同じジャガイモを使ったコロッケは、そこの屋台で揚げたてだぜ!」などと商品や屋台を宣伝していく。
 そして一通りの紹介の後、四人はカレー粉を投入するアクションを決めて鍋の蓋を閉じた。
「よーし、あとは煮込むだけだ!」
 そこで悪役が登場する。ブラックレンジャー軍団が奇声を上げてステージに乱入するのと同時に、あらかじめ吹き込んでおいた僕のしわがれ声がスピーカーから流れるのだ。
「お前ら、いいにおいをさせているな! その鍋ごと我々によこすがいい!」
 その声と共に、赤い瞳を光らせたブラック将軍が現れる。僕は手下を率いてラフレンジャーの四人に襲いかかり、ラフレンジャーはカレー鍋を守って戦う。そこで大人数での乱闘シーンが群舞のように表現される――はずだった。
 トラブルはその乱闘の中で起こった。――寸劇戦隊ラフレンジャーは、最後まで守り抜くはずの寸胴鍋を守れなかったのだ。
 こともあろうに、鍋を台無しにしたのはリーダーのレッドだった。敵の攻撃をひらりとかわし、跳び上がって反撃という段取りだったのに、その順番を間違えたのだ。どういうわけだか攻撃を受ける前から反撃に入ったものだから、ブラック将軍の僕とぶつかりそうになった。
 身の軽いレッドは咄嗟に足を止め、後ろに跳んだ。僕の視界が狭いことを考えてくれたのだろう。おかげで衝突は避けられたものの、今度は背後への意識がおろそかになった。――レッドが跳びのいた先には、カレー鍋の置かれたテーブルがあったのだ。
 折りたたみ式のキャンピングテーブルに、カセットコンロと寸胴鍋が載っていた。テーブルの細い脚は脆くもくずれ、上に載っていた鍋は転がり落ちた。当然、中身もこぼれてステージ上にぶちまけられる。
 まずいことに、その寸胴鍋はスタッフによってすり替えられた後のものだった。刻んだ野菜や肉が入ったものではなく、完成したソーセージカレーが入っていたのだ。それが鍋から流れ、湯気をたててステージの上に広がった。
 一瞬、誰もが棒立ちとなった。ラフレンジャーの四人もブラックレンジャー軍団も、観客たちまで固まった。
 もちろん僕も立ち尽くした。カレー鍋を狙って襲撃には来たものの、鍋ごと引っ繰り返す気なんてなかった。完成したカレーがなくなったからには今後の展開にも支障が出るわけで、どうしていいのか分からなかった。
 何故かこのタイミングでサンバイザーに仕込んだ麦電球が点滅し始めた。ふっと、ウルトラマンがピンチの時に点滅するカラータイマーが思い浮かんだ。
 こんな時には進行役の等々力先輩が出てきて何かアナウンスしてくれそうなものだったが、彼が出てくる気配はない。ステージ脇に目をやると、こっちに向かって首を振っている姿が見えた。
(第6回につづく)

バックナンバー

竹内 真Makoto Takeuchi

1971年生まれ。95年に三田文学新人賞、98年「神楽坂ファミリー」で小説現代新人賞、99年『粗忽拳銃』で第12回小説すばる新人賞を受賞。『カレーライフ』『自転車少年記』『じーさん武勇伝』『図書館の水脈』『ビールボーイズ』『文化祭オクロック』など著書多数。

竹内真の好評既刊

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