双葉社web文芸マガジン[カラフル]

廃墟戦隊ラフレンジャー / 竹内真・著

イラスト:伊波二郎

第3回

【2003年秋・舞台】

 寸劇戦隊ラフレンジャーの旗揚げ公演は大いに盛り上がった。
 メンバー間で恋愛関係がもつれるとかリーダーの座を奪い合うとかは、演劇サークル関係者には身近なテーマだったらしい。もともとが合宿の内輪ノリの場でもあったから、僕らの初舞台は爆笑に包まれた。
 予定通り、敵を倒して基地に帰ってきたラフレンジャーという設定だった。五人のリーダーにはレッドよりイエローがふさわしいんじゃないかという話から、ピンクも立候補して三つ巴の権力争いとなる。そこに恋愛方面の下心も絡んで、正義のヒーローたちが内輪揉めという展開である。
「説明しよう。ブルーはピンクのことが好きだったのだ!」
「説明しよう。グリーンもピンクが好きなのだ!」
 解説のナレーションが入る時、ラフレンジャーの五人はぴたりと動きを止める。そして一人だけが客席に正面を切り、感情を込めない声で力強く語る。そこが絶妙の笑いどころとなり、レッドはアドリブで自分の心情を語りまでした。
「説明しよう。実はレッドだってピンクが好きやったのだ!」
 権力争いと痴話喧嘩がもつれ、五人は取っ組み合いの大喧嘩を始める。そこでレッドが持ち前の身体能力を活かして他の男たちをぶちのめし、「わしがリーダーじゃーい!」と勝ち名乗りを上げるまでがクライマックスだった。
 しかし結局、無傷のピンクが「乱暴な男は大嫌い!」とレッドを殴り飛ばす。倒れ伏すレッドの周りで他の男たちは浮かれてストップモーション。そこでピンクが客席に向かって「寸劇戦隊ラフレンジャー・旗揚げ公演はいかがだったでしょうか?」と語りかけ、そのままメンバー紹介を始める。最後にはレッドも身を起こし、五人で繋いだ手を高く掲げてフィナーレとなる。――馬鹿馬鹿しくも他愛ない話だったのだが、だからこそ合宿ではウケたのだろう。サークルの上級生もOBも、食堂の椅子から立ち上がって拍手を送ってくれた。
 ラフレンジャーの対抗馬、もう一組の一年生劇団はそこまで盛り上がらなかった。熱演ではあったが、可もなく不可もなく、どんな話かはよく分からないという学生演劇の王道パターンだったのだ。その点、寸劇戦隊ラフレンジャーは分かりやすくて笑えるというのがよかったのだろう。今後もこの座組で、ラフレンジャー物の続編を作ってほしいという声も上がった。
 公演後はそのまま宴会になだれ込んだ。舞台でモテモテ役を演じたピンクは打ち上げの席でもみんなに囲まれた。本人は照れていたけれど、普段おとなしいアツミが舞台上でコメディエンヌを演じると面白いと評判になり、先輩たちが中心になる公演にも参加してほしいという声までかかった。
 合宿の終わった後も、僕ら五人はユニット名としてラフレンジャーという名前を使い続けることとなった。そしてほどなく、二度目の舞台のチャンスにも恵まれた。旗揚げ公演からスタンディングオベーションを獲得した爆発力を見込まれて、秋に開催される学園祭でのラフプレイの公演の一番手を任されたのである。キャンパスの中央ステージでの上演とあって、僕ら五人も張り切って稽古に励むこととなった。
「今度は内輪ネタってわけにもいかんぞ」リーダーのレッドは張りきって言った。「本格的なヒーローショーでいこう」
「ああ、遊園地やデパートの屋上なんかでやってるやつね」
 グリーンはそういうイベントにも詳しくて、仲間四人を実際のショーの視察に連れていってくれた。まあ傍から見れば夏休みの終わりに五人の学生が遊園地を訪れているだけなのだが、子供向けのショーに真剣に見入って参考にしたのだ。レッドは先輩たちも巻き込んで四人のメンバーのアクション指導に励んだし、ピンクはもともと素質があったのか、補助が付けばレッドと共にバク転まで決められるようになっていった。
 衣装は五色の全身タイツを揃え、ラグビー用のヘッドギアに飾りをつけて戦隊ヒーローのヘルメット風にした。変身しても顔は半分見えた状態で戦う格好となったが、肘や膝や胸元にローラースケート用のプロテクターをつけるとそれなりに様になる。普段から演劇の小道具や衣装を作り慣れたサークルだったので、ラフレンジャーの衣装も舞台映えするものとなった。
 衣装だけではない。五人は稽古着はもちろん、普段着でも自分の色を身につけるようになっていた。イエローとピンクは眼鏡をコンタクトに替えたし、ピンクは上下ピンク色のジャージを買い込んで化粧品までピンク系にこだわるようになった。普段の雰囲気まで明るくなって、地味でおとなしい女の子という印象は日に日に薄れていった。
 そしてラフレンジャー用の衣装にはもう一色、黒の全身タイツが何着も揃えられた。今度は五人だけでなく、サークル全体がバックアップする形なので、敵役も大勢出演することになったのだ。――本番のステージは、まず最初に悪の軍団ブラックレンジャーと名付けられた彼らがぞろぞろと出現し、奇声を上げて客席に襲いかかるという趣向で始めることになった。
 学園祭本番、キャンパスの中央広場に本格的なステージが設けられた。そこでは様々なサークルの発表やイベントなどが行われ、ラフプレイの持ち時間は一時間あった。序盤の二十分は寸劇戦隊ラフレンジャー、中盤は上級生たちのコント、終盤は全体でのダンスステージというプログラムである。その幕開きは不気味な音楽と物騒な台詞だった。
「学園祭というからには祭りの生贄が必要だ!」
 ブラックレンジャー軍団は、客席から小柄な女性客をさらってステージ上に連れてく。ステージ上には柱が用意されて、女性は縄で縛りつけられる。そこにラフレンジャーが現れて戦いを挑むという展開だった。
「楽しい学園祭での狼藉は許さんぞ、ブラックレンジャー! その美人を放せー!」
 実はさらわれた女性客もラフプレイのメンバーで、台本通りに生贄役を演じているのだが、一般客にはそこまで分からない。生贄選びの場面では女性客から本気の悲鳴が上がり、派手なアクションで盛り上げて女性を救出するラストでは拍手喝采となった。ラフレンジャーはステージを下りる彼女に手を振って見送り、最後にレッドとピンクがバク転を決めて五人の決めポーズとなる。お祭りの興奮も手伝って、決めポーズの時には多くの観客が携帯電話やデジタルカメラを構え、無数のフラッシュが光った。
 そんなショーを成功させただけでも僕らは満足だったが、話はそこで終わらなかった。その時の観客の一人が、終演後に声を掛けてきたのである。
「実は私、この近くの道の駅のスタッフをしてるんですが」
 堀井さんという大柄な男は、名刺を差し出しながら視線を動かしていた。ラフレンジャーの一人一人を確かめているような目の動きだった。
「今度、秋の収穫祭というイベントを開くんです。そこに――さっきの、ラフレンジャーにも出演してもらうことは可能ですか?」
 思いがけない提案だった。だけどそれがきっかけとなって、ラフレンジャーの活動は大学外へと広がっていくことになる。

【2017年2月・ピンク&ブルー&イエロー】

 予定の時刻よりだいぶ遅れて居酒屋に着くと、四人掛けのテーブルでビールを飲んでいる家入がいた。
「慰めてなんか、あげないからね」
 その正面の席に落ち着くなり、アツミは笑顔で言い切った。目を丸くした家入に、にっこり笑ってみせる。
「三十過ぎて、学生の頃みたいに夢見られたんだもん。合格しなくたって幸せじゃない」
 家入が僕を見て、僕は首を振った。――僕から試験結果を伝えたわけではない。引ったくり犯を警察に引き渡した後、警官たちから事情を聞かれていたのだ。脚本家試験の話などしている余裕はなかった。
 第一、僕は家入の結果を知らない。だけど再会して早々、アツミは二人とも不合格だと見抜いたらしい。
 そしてそれは図星らしかった。家入も一瞬で状況を悟ったようで、「相変わらずだなあ」と苦笑している。
 そうなると僕としては、何が理由で落とされたんだろうとか、合格した奴はどんな答案を書いたんだろうとか話したくなってくる。しかしアツミはそんな心理までお見通しのようだった。
「男二人だったら暗ーいお酒になってたかもね。私も来られてよかったよ」
 つまらない話題はやめてよねと釘を刺すような言い方だった。それを受けて家入も明るく尋ねる。
「それより武勇伝は? 待たされた分だけ、たっぷり聞かしてほしいね」
 警察から解放されるまでの間、電話やメールで事情を伝えてはいた。しかし家入がもっと面白おかしい話を求めているのもよく分かる。ここは僕から話すことにした。
「……俺が駆けつけたらもう、アツミが敵を倒した後でさー」
 倒した瞬間を見てないのが惜しかったが、その分いくらでも話を盛ることができる。僕はただ警察に通報しただけで、バイクも男もアツミが倒したのだと説明していった。
 しかし、走るバイクを飛び蹴りで倒したようだとか、暴れる犯人を背負い投げで昏倒させたとか言っていると、さすがにアツミが口を挟んだ。
「そんな格闘なんかしてないよ。――私ができるのって護身術だけだし」
「護身術?」
 僕と家入は同時に声を上げた。学生時代には聞いたことのない話だ。アツミはビールを飲みつつ説明してくれた。
「ラフプレイを引退して、就職活動も終わった頃だったかな。私、結構太っちゃったの。やっぱり稽古なくなって、運動不足で筋肉も落ちたみたいで。こりゃまずい、何かやんなきゃって思ってた時に、近所のコミュニティーセンターで護身術の講座があったのよ。講師は女の先生だったし、柔道の固め技と合気道を応用した女性向けエクササイズで――そこで習っただけだから、走ってるスクーターに飛び蹴りなんてできないよ」
「じゃ、どうやって……」家入は僕とアツミの間で視線を往復させた。「バイクで逃げる相手を止めたわけ?」
「傘」アツミはくすりと笑った。「ほら、午後からずっと小雨が降ってたでしょ。ここに来る前に実家に寄ったら、どうせ余ってるからってビニール傘を持たされたの。で、引ったくりって悲鳴が聞こえて、バッグ持ったスクーターが走って来たから、すれ違う時に咄嗟に投げつけたら――うまいことタイヤにからまって、犯人がひっくり返ったってわけ」
「そこですかさず……」僕はさっきの光景を思い浮かべた。「襲いかかったってことか」
「襲ったって、人聞き悪いなあ。引ったくり犯なら捕まえなきゃって思っただけだよ。――正直、力じゃ負けるし、やばいかもって思ったとこに深見くんが来たの」アツミは僕を見て微笑んだ。「ありがとね」
「それにしたって、大したもんだ」家入が言った。「逞しくなったよなあ」
 アツミとしてはそういう褒められ方は心外なようだったが、犯人は逮捕されたのだし、奪われたバッグも無事に持ち主の女性の元に戻った。アツミのお手柄に違いはないわけで、後日警察から表彰されるかもしれないということだった。
「とにかく、その話はこれでおしまい」アツミは一つ手を叩いた。「せっかくの再会なんだから、もっとみんなの近況とか話そうよ」
「実家に寄ったってのは――」家入が尋ねた。「カンタくんを預けてきたとか?」
「連れてくと、親も喜ぶしね」アツミは平然とうなずいた。「あ、私今、二歳の男の子のシングルマザーやってんの」
 途中からは僕に向かっての説明だった。家入からも聞いていた話だが、本人から聞くとまた不思議な感慨があった。
「どうリアクションしていいか分かんないよ」正直な感想を告げた。「シングルマザーやってるアツミも、引ったくり犯を押さえつけてるアツミも、変身すぎて」
「…………」
 アツミは返答に詰まり、家入は噴き出した。三人して笑った後で、あらためて乾杯しようという話になった。

 ビールを何杯か飲んだところで、僕はふっと思い出した。――小高い丘の新興住宅地、バス通りに面した高台に建っていた、小ぎれいな二階建ての家。
「そういやアツミの実家に、みんなで泊まり込んだことあったよな」
「イベント出演の時な」家入が言った。「朝からラフレンジャーの格好でバス乗って」
「違う違う、全身タイツは着てたけど、その上にちゃんと普通の服を着たんだよー。ヘルメットだって脱いでたし」
「そうだっけ?」
「アツミの親父さんに叱られたんだよな」僕が言った。「全身タイツの俺たちに、『そんな格好で近所を歩くんじゃないぞ』なんて」
 アツミの実家の最寄駅の駅前商店街のお祭りだった。朝のうちからステージの予定があり、出演者の一人でも欠けるわけにはいかないということで、ラフレンジャーは渥見家に泊まり込んで備えた。
 僕らの誰も車など持っていなかったし、多摩丘陵の一角を切り拓いてできた新興住宅地では駅までは路線バスで行くしかなかった。すぐに出られるように衣装を着てバスに乗るつもりだったのだが、そこで待ったがかかった。妙な格好の奴らがぞろぞろ家から出ていくとなると渥見家の体面に関わると言われてしまったのだ。
「あー、思い出した」家入が声を上げた。「ヒーローのはずのラフレンジャーが、すっかり変質者扱いだったんだよな。あん時の親父さんは怖かった」
「今はすっかり丸くなってるよ。今日だって、孫が泊まりに来たんでデレデレだったし」
「実家離れて――今は、どこに住んでんの?」
 近所だったら、これを機会に繋がりができるかもしれない。そんな期待と共に尋ねた。アツミも気軽に答えてくれた。
「もうちょっと都心寄り。実家の周りじゃ何にもないし」
「え、でもさあ」家入が言った。「ラフレンジャーで行った商店街は賑やかだったじゃん」
「あそこも今はさびれちゃって、半分くらいシャッター下ろしてるよ。あの頃は、スーパーに負けずに商店街を盛り上げてこうって頑張ってたんだけど」
「やっぱ、跡継ぎがいなかったとか?」
「それもあるかもしれないけど――丘一つ越えた先に新しくて大きい住宅地ができて、そっちにはでっかいショッピングモールがあんの。道路も太いのが通ってるから、今はみんな、車でそっち行っちゃう感じ」
「あー、そういうのあるよね」家入が言った。「大規模店舗法の影響ってやつだな」
 あまり詳しくはなさそうだった。僕は職場でよく聞く言葉なので、訂正してやろうかとも思ったがやめておいた。法律がらみの面倒な話題は酒の席には向いてない。
 家入が言っているのは多分、二〇〇〇年に施行された大規模小売店舗立地法、略して大店立地法のことだろう。――もともと日本には、大規模な小売店を規制して個人経営の小さな店を保護するための、大規模小売店舗法という法律があったのだが、規制緩和の一環ということで新たに施行されたのが大店立地法である。
 この法律だって、本来は大型店舗を規制する法律だったはずだ。しかしそれが仇になり、小さな店は日本中で大打撃を受けることになった。不況も手伝って日本各地で商店街に閑古鳥が鳴くようになったし、日本じゅうの街のあり方や消費動向が変わってしまったのだ。
 大店立地法の下、大規模な駐車場や建築基準にのっとった店舗を用意するとなると、出店できる場所は必然的に地価の安い郊外になる。そして安くて品揃えがいい大型店ができればそちらに流れるのが消費者というものだ。結果、かつて市街地や商店街で消費活動を行っていた人々は、買物というと郊外に向かうようになった。そうして従来の市街地や商店街が活気を失い、郊外で大駐車場を備えた大型店舗ばかりが賑わっているというのが現状なのである。
 きっとアツミが言っているのも、そういう変化のことだろう。加えて、渥見家の周りでは別の変化も起きていたらしい。
「うちのあたりって、バブルの前に売り出した新興住宅地でね、似たような年代のサラリーマン家庭ばっかりが住んでたのよ。子供が一人か二人の核家族で、その子供世代はだいたい大人になると実家を出てるの。二世帯同居ってパターンもあるけど、その後も新しい住宅地は造られて売り出されてるし、後の時代にできた方が安かったり便利だったりするじゃない。自分の家庭を持つ時には、親と同居するよりもちょっと離れたとこに自分の家を構えるもんなの。それで元の住宅地がどうなったかっていうと、リタイア世代の老夫婦だけが住んでる古ぼけた家ばっかり。言ってみれば、街ごと老化しちゃってて――自分で車を運転できない世帯向けに、乗り合いバスみたいのまであるんだよ」
「前に俺らも乗った路線バスじゃなくて?」
「違うの。近所からショッピングモールまで往復するバス。私も、ベビーカーごと乗せてもらったことあるよ」
「でもアツミ、自分の車もあるだろ?」
 そんな家入の質問に、アツミは「分かってないなあ」とため息をついた。
「自分で運転して子供乗せて、行く先々でベビーカーを下ろして子供を乗せてってやってたら、すごい大変なんだよ。駐車場に子供だけ残してくわけにもいかないし、だったらベビーカーごと送迎してもらえる方が楽じゃない。モールだったら大抵の物は揃うし、ベビーカーで買物もしやすいように造られてるし」
「そういうもんかあ……」
 家入が、同意を求めるように僕を見た。アツミはそれを見て肩をすくめてみせる。
「まあ、気楽に脚本家を夢見てる独身男には、そういうシングルマザーの苦労は分かんないでしょーけど」
 ふざけた口調ではあったけど、きっと本音なのだろう。僕も家入もその方面には疎い。話を逸らすように尋ねた。
「ていうかアツミ、仕事はどうしてんの? 専業シングルマザー?」
「その言い方、なんか変だよ」アツミは眉をひそめた。「まあ、無職っていえば無職だけど、こう見えて結構稼いでるよ」
「稼ぐって、どうやって?」
「ネットのオークションとかフリマとか、いろいろ。子育てしながら資格の勉強もしてるから、一種の在宅ワークって感じかな」
 家入の質問に答えているくせに、目を合わそうとはしない。――その表情を見て、なんとなく察しがついた。
「また、独身男には分からないって言われそうだけど――」
 前置きしてから話した。仕事柄、僕もパート候補の主婦と面接することはあるのだ。子育て中の女性にとって、働き口を見つけるのがそう簡単なことじゃないのは分かる。
 大抵の場合、雇う側は時間を決めて拘束したいものだが、子供の世話には毎日かなりの時間をとられるし、突発的なトラブルも多い。熱が出たとか怪我をしたとかの緊急事態となれば、当然パート仕事よりも子供を優先したくなる。お互いの事情が噛み合わず、不採用とか採用辞退となることも少なくなかった。
 子供の預け先さえ見つかれば働けるという人は多いが、保育園不足が社会問題になっている状況である。地域によっては何十倍もの競争率を勝ち抜かなくては子供を預けることもできない。外で働こうにも時間がとれなくて専業主婦という例だって少なくないのだ。
「かといって、私の場合は専業主婦なんて言ってる余裕はないし」アツミは僕の話を引き継いだ。「稼がなくちゃあ子供も育てられないし、通信教育の学費も払えないもん。ネットを駆使して、稼ぎ口をいろいろ開拓してるの!」
 少々語気が荒くなったのは、それだけ苦労しているせいだろうか。それ以上つっこまれるのを拒んでいるようでもあった。
「そういうとこ、やっぱ逞しくなったよ」家入が言った。「学生の頃なんて、一人でバイト行くの嫌だから、なるべくラフレンジャーの営業で稼ぎたいとか言ってたのに」
 サークル内の寸劇から始まったラフレンジャーだったが、全身タイツでちょっとしたショーを行うのが評判となり、方々のイベントから声がかかるようになった。ラフレンジャーの格好で販売を手伝うような仕事で、日雇いのバイト料を稼げることもあったのである。
 学生時代のアツミは実家暮らしだったから、僕や家入のような一人暮らしの男ほどアルバイトに励む必要はなかった。それが今では稼ぎ口を開拓とまで言うのだから、確かに変わったものだった。
「『正義は勝つ』って言葉は嘘のことも多いけど」今度はアツミもうなずいた。「『母は強し』って言葉は本当だよ。ヒーロー物で変身してパワーアップってあるけど、あれって出産のことだなって思うもん。そういう意味じゃ、ヒーロー物の本当の意味が分かるのって、男じゃなくて女の方だと思うなあ」
「おー、その台詞いいなあ」家入が言った。「脚本の中で使いたい」
「アツミの主役で書けば?」僕が言った。「大人になったピンクレンジャーの話、とかさ」
「いいね、ノンフィクション特撮ヒーロー物」
「えー、私はそんなの出たくないなー」
 顔をしかめたアツミは、そこで何か思い出したらしい。ぱっと表情が明るくなった。
「ねえ、岡辺くんとか三郷くんと、最近連絡とった?」
「ブルーとレッドは、前に東京駅でばったり会ったってさ」家入が先に答えた。「グリーンは人づての噂だけって感じ」
「私、実は岡辺くんとネットで連絡とってんの。SNSで、友達の友達って感じで見かけて声かけて。今日会うんだよって伝えたら、二人によろしくって」
「岡辺も来ればよかったのに」僕が言った。「誘わなかったの?」
「ちゃんと誘ったよ。でも今夜は無理ってことで――伝言あずかったの。『また日を改めて集まらんか?』って」
「いいねー」家入が言った。「俺は〆切が立て込んでなきゃ大丈夫だよ」
「俺は仕事のシフト次第だけど――日程の調整とか、難しそうだな」
「それがね、日にちも場所も岡辺くんが指定するから、なるべく都合つけて来てくれないかっていうの」
「レッド、相変わらず強引だなー」
 僕は呆れて、思わず役名を口にした。――バク転ができてダメ出し口調ということでリーダーに就任した岡辺太一だったが、ラフレンジャーの活動が増えるにつれてメンバーに無茶を強いるようなこともあったのだ。そのリーダーシップがラフレンジャーを引っ張ったところもあるけれど、十年たっても相変わらずかと思うと心配になる。
 アツミは子供のことさえなんとかなれば行けるのだろうし、家入ならどうにかして都合をつけそうだ。だけど僕はそうもいかない。仕事のシフトが入っていたらまず無理な身の上だった。
「うん。私も、みんなそう簡単には集まれないんじゃないのって言ったんだけど」
 アツミはポケットから出したスマートフォンをいじり始めた。何やら液晶画面に画像を表示して、僕と家入に向けてくる。
「渋る奴にはこれを見せてやれって言われちゃった。『うまいこと集まれたら、ちょっとした秘密基地に連れてってやる。またみんなで変身して遊ぼーぜ』だって」
 そんな言葉と共に見せられたのは、やけに広い廃墟の内部写真だった。ガラスとメタリックな建材で仕切られた吹き抜け空間があって、それを見下ろす視線で撮影されている。交差しているエスカレーターから見て、三階くらいの高さがあるようだ。
「うわ、なんだこれ、カッコいいな」
「秘密基地って……」
 家入と僕は、同時にそんな呟きをもらした。――岡辺の思惑通り、その画像を見ただけで行ってみたくなっていた。
 そうして僕らは、ラフレンジャー再結成に向けて動きだすことになったのだった。
(第4回につづく)

バックナンバー

竹内 真Makoto Takeuchi

1971年生まれ。95年に三田文学新人賞、98年「神楽坂ファミリー」で小説現代新人賞、99年『粗忽拳銃』で第12回小説すばる新人賞を受賞。『カレーライフ』『自転車少年記』『じーさん武勇伝』『図書館の水脈』『ビールボーイズ』『文化祭オクロック』など著書多数。

竹内真の好評既刊

  • 双葉社
  • 小説推理
pagetop