双葉社web文芸マガジン[カラフル]

廃墟戦隊ラフレンジャー / 竹内真・著

イラスト:伊波二郎

第2回

【2003年夏・五色】

 戦隊ヒーロー物をろう、と言い出したのは、最後にメンバーとなった三郷守だった。細身で長身、ちょっと子供っぽい喋り方をする彼は、マニアックな話題だと妙に冗舌になる。
「五人でアクションっていったら、そりゃあスーパー戦隊でしょ」三郷は嬉しげに言った。「五人のうちの一人が女子なんて、そのまんま秘密戦隊ゴレンジャーからの黄金パターンだし」
 戦隊物の特撮ドラマといえば、メンバーそれぞれにシンボルカラーがついている。僕はみんなを見回し、誰が何色のヒーローになるのか考えた。
 定番パターンでいけば、紅一点のアツミがピンクということになりそうだ。あとは、赤がリーダーで青がクールで黄色がコミカルといったイメージがある。それを誰が担当するかと考えるのは、メンバーそれぞれのキャラクターをあらためて考えるみたいな作業だった。
「五人組のヒーローかあ……」岡辺太一が口を開いた。「ええなあ」
 なんだかしみじみとした口調だった。岡辺のツッコミに慣れているだけに、そういう喋り方をするとみんなが聞き入る。
「俺な、ガキの頃は親の都合で転校ばっかやってん。小中学校通算で十回も転校して関西の二府四県に一通り住んだし、小さい頃は苛められたこともあったわ。転校生の何がつらいって、喧嘩になっても味方がおらんねん。こっちは基本一人やのに、他の奴らは最初から仲間意識あるやろ。ファイブマンとか好きやったから、仲間がいるってのに憧れたわー」
「『地球戦隊ファイブマン』ね」三郷が言った。「あれは女子二人の五人組だけど」
 三郷はにやりと笑った。岡辺は賛成と受け取ったようだ。
「――他のみんなはどう思う?」
 みんなと言いつつ、視線はアツミに向いている。アツミは少し考えてから答えた。
「面白そう」口元に控えめな笑みが浮かんだ。「私、男の子向けの特撮ってほとんど知らないけど……セーラームーンみたいな感じ?」
「あ、実は俺も知らない」家入が言った。「俺んち、子供のテレビは制限されてたんだ」
 家入家では子供向け番組は週に二本と決められていたらしい。妹がいるので、男の子向けが一本、女の子向けが一本となり、家入は迷うことなく『ドラゴンボールZ』を選んだというのだ。
「だから戦隊ヒーローって、ドラゴンボールに出てきたギニュー特戦隊のイメージくらいしかないんだ。大丈夫かな」
「そらヒーローちゃうわ」岡辺がつっこんだ。「ばりばりの悪役や。まだセーラームーンの方が近い」
「まあでも、ある意味マニアックでいいよ」三郷は笑っていた。「セーラームーンもギニュー特戦隊も、戦隊文化だもん」
「深見は?」
 家入は僕に話を向けてきた。黙っている僕に気をつかってくれたらしい。
「俺は……」僕は記憶を辿った。「ジュウレンジャーが好きだったな。ファイブマンも観てたとは思うけど」
「いや、そうじゃなくて」家入が苦笑した。「戦隊物を演る案でいいかって話だよ」
「あ、そっか」
 そこで笑いが涌いて、それが決定の合意みたいになった。

 戦隊物を演ると決まって、次は配役の話になった。
「まあ普通に考えて、赤・青・黄・桃・緑の五色だよね」三郷が説明した。「黒とか白とか銀色とかもいるけど、コスプレ用品の全身タイツとかかぶり物とかも、その五色が多いから何かと便利だよ」
 合宿所から車で二〇分ほど走れば大型スーパーがある。食材の買い出しの際、パーティーグッズのコーナーも見かけたから、衣装も揃えられるかもしれない。とりあえずその五色を割り振ることになった。
 まずは紅一点のアツミがピンク。女性メンバーはピンクというのが定番なので、すんなり決まった。
 座長でアクションの軸となる岡辺がレッド。戦隊物では赤がリーダーを務めることが多いということで決まった。
 戦隊物に詳しくて思い入れも強そうな三郷がレッドをやりたがるかと思ったら、意外にも彼の希望はグリーンだった。戦隊物のシンボルカラーの中では最も地味というか、キャラクターのイメージが涌きにくい色である。
「そういや三郷、緑の服が多いよね」家入が尋ねた。「今日のTシャツも緑のロゴだし」
 白地に緑で、電気回路風のイラストに「COLLECTOR」というロゴのTシャツだった。いかにも理系学生の好みそうなデザインである。
「うん、まあ」三郷は言葉を濁した。「話すと長いけど、好きなんだよ。緑が」
「全く長ないやん」岡辺が言った。「好きなんだ、で五文字じゃ」
 それでみんなが受け入れた格好になった。岡辺のツッコミが承認の合図みたいに響くあたり、早くもリーダーの風格である。
 残るは道化役になりがちなイエローと、クールで陰のある役になりがちなブルーだった。家入か僕がその役になる。
 僕は、どっちの役がやりづらそうか考えた。
 陰のある役というのも大変そうだが、道化役で笑いをとりにいって白けた時の方がつらそうだ。宴会場のステージと客層を考慮した場合、道化役は避けたい。
 かといって、ブルーに立候補というのにも抵抗があった。自ら二枚目役を志願するなんて、ナルシストと思われそうで恥ずかしい。
 そこで僕は、卑怯な手段をとった。
「イエローは、家入がいいんじゃないかな」
 つい口から出た一言だった。家入がすぐに聞き返してきた。
「どうして?」
 純粋に興味が涌いたらしい。戦隊物の予備知識の少ない彼だけに、ブルーとイエローの違いも分かってないのだろうか。
 しかし僕にも、家入に説明できるような理由なんてない。咄嗟に知恵を絞った。
「だってほら、似てるじゃん。イエイリとイエローで――響きが」
 思いつきで言ったわりに、我ながらいいアイデアだった。理屈は後からついてきた。
「アドリブで呼ぶ時とか、名前に近い方が間違えなくていいと思うんだ。これから他の四人を呼び分けなきゃなんないわけだし」
「そやな」岡辺が言った。「ほな、これから全員、色で呼び合うことにしようか」
 そんなわけで、家入はイエローに、僕はブルーに決まり、僕らは互いに色の名前で呼び合うこととなった。
 最初は気恥ずかしかったが、そのうち慣れてしまった。しまいには色の方が定着して本名の方が思い出せなくなったりするのだから、慣れというのも恐ろしいものだ。

【2017年1月・協力】

 家入は、どんな映画をどう料理したのか。
 創作試験が終わってまず思ったのはそれだった。答案用紙を前に回しつつ、席を立って後ろを振り返った。
 目が合うと、家入は親指を上げてにやりと笑ってみせた。手応えありのサムズアップだ。
「では、これで試験は終了となります」試験官の声が響いた。「お疲れ様でした。忘れ物のないよう解散してください」
「合否の通知はエントリーの際に登録してもらった専用サイトに送信します」別の試験官が言った。「メッセージボックスの確認を忘れないでくださいね」
 それだけ伝えて僕らへの興味は失ったようで、数人がかりで答案用紙をまとめている。僕らは人の流れに乗って出口に向かい、廊下で横に並んだ。
「映画、何にした?」
「俺は、『スペーストラベラーズ』にしたよ」
 僕から尋ねるのと同時くらいに答えが返ってきた。『宇宙兄弟』とは宇宙つながりのタイトルだが、いささかマイナーな作品である。
「そりゃまた懐かしいとこ突いてきたな……」
 僕らは学生時代、ビデオを回し見していた。サークル仲間でも賛否の分かれた作品である。――九〇年代に人気だったコント集団ジョビジョバの舞台『ジョビジョバ大ピンチ』が原作で、『踊る大捜査線』の本広克行が監督し、一時期テレビで大々的に宣伝されていたが、興行成績は振るわなかったらしい。
 銀行強盗グループが主役で、逃げる前に警察に囲まれ、行員や客を人質にとって銀行に立てこもる話だった。行き違いから警察に攻撃を仕掛ける形になってしまった上、人質の中に国際指名手配中のテロリストがいたことから、話がどんどん大きくなっていく。そのうちに犯人たちと人質との間に連帯感が生まれ、警察に対抗して盛り上がっていくというコメディーだ。
「で、どんな問題点をどう改善したわけ?」
「そりゃもちろん、『コメディーなのに悲劇的に終わってる』って問題点を、『ハッピーエンドに持っていく』だよ。あの映画、ちょっといじればそうできるんだから」
 家入はそれから、外に出るまでの間に語ってくれた。――『スペーストラベラーズ』のクライマックスでは、警察の特殊部隊が突入してきて派手に銃を撃ちまくる。ポール・ニューマンとロバート・レッドフォードの『明日に向って撃て!』のラストシーンへのオマージュみたいな展開なのだが、それでは納得がいかないというのが家入の意見だった。
「ストックホルム症候群って心理で、人質は犯人たちに共感して仲間みたいになってただろ? それは観客だって一緒だよ。犯人側に立って、うまいこと逃げ延びてほしいって思ってるんだ。なのに強引に悲劇にもってくこたぁないじゃないか。作り手側が悲劇に酔うのは自己満足だ」
「じゃあどう直すわけ?」 
「警察の特殊部隊が盛大に突入するシーンがあったろ。あの時点で、実は人質も犯人も消え失せてたっていうどんでん返しだよ。俺はそのシーンの脚本を書いたんだ」
「そりゃまあ……」僕はその映像を想像してみた。「それができたら面白いとは思うけど」
「できるんだって。ギャグみたいな扱いのシーンだったけど、割と早い段階で銀行員の一人が床下から逃げたじゃないか。つまり銀行内部からの脱出ルートはあるんだ。おまけに犯人に協力するようになった人質の中には、物凄く戦闘力の高いテロリストまでいる。あとは簡単な方程式だ。立てこもりを装って警察を牽制しながら、人質も犯人もこっそり脱出しちゃえばいいんだ。映画的には、もうダメかと思わせといて、最後の最後でみんな無事に生き延びてる姿を見せる。――言ってみれば、『明日に向って撃て!』じゃなくて『スティング』の終わり方だな」
 そう言われればなるほどと思う。しかし今の試験の制限時間の中で、脚本の形でそれを表現するのは難しそうである。
「それ、どうやって書いたんだ?」
「簡単だよ。脚本の最初のキャラクター表の説明で、『最強のテロリスト。逃げ出した人質の痕跡を辿って脱出ルートを確保している』みたいに、そこまでの伏線を書いといた。キャラ説明で一通りのお膳立てをしておいて、脚本の本文じゃあ感動のラストシーンのとこだけ書いたってわけ」
「感動のラストって、自分で言い切るか!」
「仲間と協力してピンチを切り抜けてハッピーエンド、それを感動と呼ばずに何と呼ぶ」
 家入が自信たっぷりにそう言い切る頃には、僕らは外に出ていた。日曜の午後のオフィス街は人影も少なく、試験を終えた者たちが駅に向かう流れができている。
「俺の話が長くなっちゃったな」家入がにやっと笑いかけてきた。「ブルーの答案の話は、どっかで一杯やりながら聞かせてもらおうか」
 僕にも異存はなかった。僕の『宇宙兄弟』改善案は家入ほど大胆なものではないけれど、彼なら気に入ってくれそうな気がした。

「ほら、やっぱり」
 中ジョッキのビールを飲み干して、家入は満足げにうなずいた。
「ブルーの改善案だって、地球と月ほど離れてても、兄弟で協力すべきってテーマじゃん。仲間と協力してピンチを切り抜けるって意味じゃ、目指すとこは俺と一緒だよ」
 今回のような試験では、テーマどうこうじゃなく、どうやって形にしているかを評価されそうな気がする。――そう言おうかと思ったが、家入は聞いてなかった。居酒屋の店員に向かってお代わりを告げていたのだ。
「結局、俺たちはそういうのが好きなんだよ」家入は話を続けた。「ラフレンジャーの活動を通して、そういう価値観が根付いてんだな。――いやー、こうして再会できて、それを再確認できただけでも、今日の試験を受けに来た甲斐があった」
 何やら一人で納得し、運ばれてきたジョッキを突き出してくる。二度目の乾杯となって、家入は話題を変えた。
「ところで、他のメンバーとは会ってる?」
「レッドとは――」途中で言い直した。「岡辺とは、前に東京駅で会ったよ。新幹線で関西に出張するとこだとかで、ちょっと話しただけだけど」
「あいつ、卒業してすぐ結婚したんだよな。今は何やってんの?」
「なんか、不動産関係だってさ」
「土地とか売ってんの?」
「いや、営業じゃなくて、なんか管理の仕事だって言ってた。ばしっとスーツ着て、ばりばりやってる感じだったよ」
「グリーンはどうしてんのかな」
「三郷はIT系でSEの仕事してんじゃなかったっけ。それよりお前、アツミの近況は知ってんの?」
 学生時代の一時期、家入とアツミは付き合っていた。卒業までには別れてしまったらしいけど、今も交流はあるのだろうか。
「うん、まあ」家入は曖昧にうなずいた。「去年、ばったり会ったんだ。区立図書館の――児童コーナーで」
「児童コーナーっていうと――」
「子連れだったよ。カンタ君って男の子。二歳だってさ」
 驚いた。そりゃまあ、三十を超えたいい大人なのだ。結婚してたって子供がいたっておかしくない。だけど僕は、アツミが母親になっている姿をうまく想像できなかった。
「アツミ、結婚してたのかー」
 ため息混じりに言った。自然とため息が出そうだったので、わざと自分からしたのだ。
「結婚っていうか」家入は首を捻った。「離婚してた」
「え……」
「いわゆるシングルマザーってやつだよ。気を張って頑張ってる感じでさ」
 ますます今の彼女の姿が想像できなくなった。咄嗟に言葉も出てこなかった。
 沈黙の中、家入がぐっとビールをあおる。ジョッキを置いた時、家入は思いついたように言った。
「発表の日、ピンクにも声かけようか」
「えっ?」
「今日の試験の合格発表だよ。俺ら二人、受かってても落ちてても、その日にまた会おうって言うつもりだったんだ。どうせならピンクも誘おう」
「あー……そうだな」
 もちろん会ってみたいとは思う。しかし合格発表の後となると複雑だ。受かっていたならいいけれど、落ちた後だったらどんな顔で再会すればいいのだろう。
「大丈夫。受かってたらお祝いの会で、落ちてたら残念会ってことで、ちょうどいいじゃん。アツミなら慰めてくれるって」
 家入は呑気な顔で笑っている。しかし僕としては考えてしまう。家入は受かって僕は落ちた状況でアツミに会うなんてことになったら、最悪だった。

【2003年夏・命名】

 全員の色が決まったところで、レッドの岡辺がふっと真顔になった。
「しかし、スーパー戦隊いうたら敵と戦うわけやろ。世界征服をたくらむ悪の軍団みたいな。その悪役はどうすんねん」
「…………」
 短い沈黙が訪れた。――誰も、その点について考えてなかったのだ。
 それがおかしくて、誰からともなく笑い出した。その笑いの中、僕はふと思いついた。
「悪もいないのに正義を名乗るヒーローって、それはそれで面白いかも」
「いいねー」グリーンの三郷が乗ってきた。「見得を切る時、『悪はなくとも正義を気取る五人組』とか叫ぼう」
「見得を切るって……」イエローの家入が尋ねた。「どういうこと?」
「ほら、かっこつけたポーズで、『月にかわっておしおきよ!』とか『ギニュー特戦隊、参上!』とか言うやつだよ」
 詳しいグリーンが、詳しくないピンクとイエローのために解説した。――そもそも五人組の戦隊物というのは歌舞伎の影響を受けている。『白浪五人男』という演目で五人の人気役者が見得を切る見せ場が元になり、ヒーロー一人一人が名乗りを上げるシーンが定番になったというのだ。
 敵と戦っている最中にポーズを決めてキャッチフレーズだの自分の名前だのを叫ぶというのは、リアリズムの演技としては間違っている。戦闘中にそんな悠長なことをしていたら、攻撃されたり逃げられたりするのがオチだ。しかし元々が子供向けの特撮ドラマだった戦隊物ではリアリズムとは別の演技が要求される。その分かりやすさとか見せ場とかのルーツが歌舞伎というわけだ。
「単なるリアリズムじゃなかったことが、戦隊物が人気を呼んで定着した理由の一つなんだよね。そういうのって異文化の人でも慣れれば分かりやすいから、戦隊物みたいな特撮ドラマって海外でも人気なんだ。アニメやゲームと並んで日本の輸出産業になってるくらいだよ。アメリカじゃあ日本の戦隊物を元にパワーレンジャーってのが作られて――」
 なんだか得意げな口調だった。放っておけばいくらでも話を続けてくれそうだったが、そこでレッドが話を戻した。
「パワーレンジャーより、俺らの芝居の話や。敵がいない五人組でいくとして、どうやって盛り上げる?」
「理屈で考えれば」イエローが言った。「敵と戦わないなら、内輪もめしかないでしょ。五人もいたら意見の衝突ってあるだろうし、それを劇的葛藤にすればいい」
「そうか、色分けで喧嘩になったらいいんだ」僕が言った。「自分がレッドがやりたいって奴が二人いてさ、赤い衣装を取り合うとか」
「リーダーの座は渡さんぞー」岡辺がすかさず言った。「レッドはわしの色じゃーい」
 すかさず芝居に入ったような口調だった。その芝居に乗っかったのはグリーンだ。
「いやー、僕は家入くんこそレッドにふさわしいと思うな」
「なにおう、なら力ずくで奪ってみんかい!」
「ちょっと待って」ピンクも乗った。「だったら私も、レッドに志願していい?」
「なんや、アツミもリーダー志望か?」
「ていうか、女だからピンク決定って――ジェンダーの固定化っぽいなーって」
 社会学の講義で聞いたことのある言葉だった。アツミは商学部だが、一般教養科目のいくつかは社会学部の僕と重なっている。
「色より、リーダーの座を奪い合う方が面白いね」グリーンが言った。「タイムレンジャーはピンクがリーダーだったし」
「いいねー、そういう展開」イエローが言った。「どうせなら、もっとヒステリックに『女性差別よ! あたしがリーダーやるわ』とかの方が分かりやすそう」
「え、私じゃそういうキャラは……」
「キャラはともかく」僕が言った。「そこでピンクに味方する奴が出てきたら面白いんじゃないかな。力関係っていうか、雲行きが変わってく感じで」
「じゃあブルーがピンクに味方する、と」イエローはメモを取り始めた。「誰が誰につくかって人間関係でも面白くできそうだね」
「ナレーション入れよう!」グリーンが叫んだ。「人間関係を丁寧に描いてると時間もかかるし、演技力も要るだろ。それを特撮系にありがちなナレーションの説明一発で済ませちゃうんだ」
「特撮系にありがちなナレーションって」イエローが尋ねた。「どんな感じ?」
「説明しよう」グリーンは口調を変えた。「『ブルーがピンクに味方するのは、彼女が好きだからなのだ!』みたいなやつだよ」
「なるほど」
 イエローは真面目にうなずいているが、僕はリアクションに困った。そういうことを言われると、彼女に視線を向けづらくなる。
「じゃあ……『実はグリーンもピンクが好きなのだ!』みたいな展開はどうかな?」
「おー、三角関係勃発だね」イエローは真面目にメモをとる。「戦隊物で恋愛物だ」
「鳥人戦隊ジェットマンのパターンだ!」グリーンが喜んだ。「恋愛ドロドロの、別名トレンディー戦隊ドラマ」
 どうやら彼には、自分の心理と対比する意識はないらしい。もともとアツミを意識してもいないのだろう。
「じゃあまとめると」イエローがノートを見ながら言った。「レッドとイエローとピンクは、赤の衣装やリーダーの座を争う。ブルーとグリーンはピンクを巡って三角関係、ってことでいいかな?」
「おー、おもろそうやん」
「あとさ」僕が言った。「敵がいないのかって状況自体も使えるんじゃないかな。どうして敵がいないのかって考えれば――」
 そう言いながら考えをまとめた。あまり恋愛物に傾くのにも抵抗があったのだ。
「もう倒した後だからってことになんないかな。その戦闘の後で、基地に帰ってきたーってとこから始まる感じで――」
「ああ、シチュエーションコメディーっぽくなるな!」イエローが目を輝かせた。「ジョビジョバの『さるしばい』みたいな」
「シチュエーションコメディー?」
 尋ねたのはグリーンだ。どうやらこの話題では二人の知識量が逆転するらしい。
「シチュエーションが決まってて、毎回いろんな騒動が起こるコメディーだよ。『さるしばい』はアクションスターを目指す奴らが稽古場に集まってわいわいやってる状況だったし――『奥さまは魔女』だったら魔女と人間が夫婦になってるって状況、『HR』なら夜学の高校って状況で、いろんな事件が巻き起こる。どれもテレビ番組だけど、固定された状況があるから舞台っぽいんだよね」
「俺らの場合は――」レッドが言った。「五人組の戦隊ヒーローの基地って状況から考えるわけか」
「そうそう。ブルーが言ったみたいに、五人が戦闘終わって基地に帰ってきたとこから始まって、『今日の敵は強かったねー』とか言って」
「あー、見えるなあ。『ブルー、お前腰が引けとったぞ。もっと前に前に攻めてかなあかん』とかな」
 台詞口調になりながら、レッドは実際に僕を睨んできた。僕も言い返したくなった。
「『レッドさんこそ、独断専行が目立ちますよ。リーダーだからって』とか?」
「そこでさっきの揉め事に繋がるね!」イエローが言った。「他の奴もブルーに乗っかって、『リーダーにはイエローの方がふさわしいよ』とか言い出して」
「おー、できてきたなー」
 僕らはそうやって初舞台を作っていった。みんなでわいわいとアイデアを出し合い、時には役になりきって言い合った台詞を家入が書き留めた。その夜のうちに台本の草稿ができていた。
 ルーズリーフに手書きという雑な形だったが、台本は十数ページにも及んだ。翌朝、人数分のコピーをとろうという話になった時、レッドが思い出したように言った。
「そういや、タイトルはどうする?」
「考えてなかったね」ピンクが笑った。「戦隊物だったら、チーム名がタイトルでいいんじゃない?」
「じゃあ『なんとか戦隊かんとかレンジャー』って形にしよう」グリーンが言った。「『秘密戦隊ゴレンジャー』以来の伝統だ」
「『寸劇戦隊』なんてどうだろ?」イエローが言った。「コミカルな響きだし」
「いいねえ」僕も乗った。「ラフプレイにちなんで――『寸劇戦隊ラフレンジャー』でいいんじゃないか?」
 我ながら安直な命名だったが、その名前をいたく気に入ってくれたのはグリーンである。
「それ、伝説のヘボゲーと同じ名前だ!」
 いきなり一人で笑い出し、戸惑っている僕らを見てまた笑う。――彼の説明によると、日本の『ROLLING THUNDER』というアーケードゲームを真似て韓国のメーカーが作ったゲームが『ROUGH RANGER』というのだそうで、オープニング映像の不自然さや操作性の悪さなどが笑ってしまうほどひどいということで、逆に妙なマニア人気を呼んでいるらしい。
「荒っぽいって意味のROUGHでラフレンジャーなんだけど、笑えるって意味のLAUGHだーなんて言われてるゲームなんだ」
「そういや」レッドが言った。「ラフプレイってサークル名も、荒削りってのと笑うってのと、二つの意味をかけてるって話やったな」
「そうなの?」グリーンがまた笑った。「じゃあますます、ラフレンジャーしかないね」
 もう誰も反対する者はいなかった。――その時から、僕ら五人はラフレンジャーになったのである。

【2017年2月・ピンク&ブルー】

 約束の日、僕は不合格通知を受け取った。
 途端に気が重くなった。家入だけ受かっていたらどんな顔をしようかと思ったが、今さらすっぽかすわけにもいかない。
 なにしろアツミも来ることになっている。無理を言って時間を作ってもらったと、家入が昨日の夜に連絡をくれた。子供を実家で預けて出て来るらしい。
 家入だけ受かっていたら気が重いが、アツミと家入の二人きりにするのも癪である。生憎の雨模様の中、僕は少し早めに家を出て、待ち合わせの居酒屋に向かった。
 私鉄の駅前を歩いて店を捜した。――事件が起きたのは、雨も上がったかなと傘を閉じた時だ。駅前商店街から道を一本外れ、住宅地に入ったあたりだった。
「え、ちょっと!」
 まず年配の女性の悲鳴が聞こえた。反射的に振り返った途端、次の声が響いた。
「痛い痛い!」
 声の主は十字路の向こう側にいた。中年女性が、道の端で倒れ込むところだった。
 彼女を振り払うように走り去る原付バイクがいた。フルフェイスのヘルメットをかぶった男が、スピードをゆるめもせずに十字路を左折した。
 僕には咄嗟に何があったのか分からなかった。目には原付バイクの後ろに紐がたなびく残像が焼きついている。
「引ったくりー!」
 その声でやっと分かった。たなびいているように見えた紐は女性の鞄のストラップだ。後ろから近づいた犯人が、ショルダーバッグか何かを奪って逃走したところだった。
「誰か、捕まえてー!」
 倒れたままの女性が叫んだ。僕はその声に促されて駆け出した。
 しかし原付バイクは角を曲がって走り去った後だ。追いつけっこない。だからまっすぐ中年女性に駆け寄って、大丈夫ですかと手を差しのべた。
「バッグ、バッグ盗られたの!」
 女性が繰り返す。声にパニックと苛立ちの響きがあった。――自分は大丈夫だから、早く取り戻してくれと訴えているようだ。
 しかし今さら追いつけるはずもなかった。原付男の姿も既に見えなくなっている。
 大きな物音が響いたのはその時だ。何か潰れるような音と、大きな物がぶつかるような音が混ざっていた。
 僕は女性と顔を見合わせた。――諦めるのはまだ早そうだ。再び駆け出し、バイクの走り去った方へ向かった。
 すぐに、路上に倒れた原付バイクが見えた。後輪はまだ回転している。前輪のあたりに刺さってへし折れているのはビニール傘だ。
 そして、そのすぐ近くで争っている者たちがいた。――逃げようとするヘルメットの男を、別の一人が取り押さえようとしている。
「――離せよコラァ!」
 原付バイク同様、路上に倒された男が気色ばんだ叫び声を上げる。右腕をとられ、肩から頭のあたりをアスファルトに押しつけられているのだ。
 どうやら格闘技の固め技が決まった状態のようだ。技を決め、男を動けなくしているのは、細身の女だった。
 彼女がこっちを向いた。駆け寄る僕に、鋭い声で告げてきた。
「警察に通報! 携帯電話!」
「あ、うん……」
 僕はその声で立ち止まった。――ポケットからスマートフォンを取り出すためもあったが、驚きのせいで足が止まってもいた。
 そこにいるのはアツミだった。原付バイクで逃走する引ったくり犯を倒し、身動きできなくさせたのは、ラフレンジャーのピンクこと渥見理美だったのだ。
「早く!」
 アツミが声を強めた。ヘルメット男がさらに激しく暴れ始めたのだ。
 僕は110番をダイアルし、アツミに加勢した。男の背中にのしかかり、膝で体重をかけながら手足を押さえ込もうとした。
 弾みでスマホを取り落としたところで、警察への通話が繋がった。相手の声が聞こえたので、大声で叫んだ。
「すぐ来てください! 引ったくりです!」
 相手の返事を聞きとることはできなかった。アツミが隣で声を上げた。
「いま捕まえたとこです。参宮橋駅の、公園と反対側。駅前の通りから一本離れた道、歩いて三分くらい!」
 僕よりずっと冷静な声だった。あたりを見回し、ビルの外壁にあった住所表示を見つけて読みあげている。
 僕らの下で、引ったくり犯がわめき声を強めた。アツミの声を遮ろうとでもしているようだったが、アツミは冷静に片手を離し、スマートフォンを取って顔に近づけた。
 こんな時だというのに、僕はその横顔に見とれていた。記憶よりも大人になった横顔は、控えめながらもきっちりとメイクされている。口紅の明るいピンク色は、きっと普段よりも明るい色を選んだのだろう。十代や二十代の女の子がつけるような色だったが、今のアツミにだってしっかり似合っていた。
 眼鏡はかけてない。髪は学生の頃より短くなっている。間近にいるおかげで、ベージュのコートの襟の縁取りにだけピンク色の糸が使われているのが分かった。
 すぐに野次馬の人垣ができ、それをかき分けるように二人組の警官が現れた。近くからパトカーのサイレンも聞こえる。
再会の挨拶ができたのは、警官に犯人を引き渡した後だった。
「――久しぶり」
 僕が言うと、アツミはまず噴き出した。それからあらためて僕を見た。
「元気? って聞く必要ないね。お互い」
 そう言ってから照れ笑いになっている。おめかししていた服はところどころに砂埃がつき、髪もかなり乱れている。うっすら上気していた頬がさらに赤みを増した。
 そんなアツミの姿が、僕には眩しく思える。――試験に落ちて沈んでいたことなんて、すっかり頭から消え去っていた。
(第3回につづく)

竹内 真Makoto Takeuchi

1971年生まれ。95年に三田文学新人賞、98年「神楽坂ファミリー」で小説現代新人賞、99年『粗忽拳銃』で第12回小説すばる新人賞を受賞。『カレーライフ』『自転車少年記』『じーさん武勇伝』『図書館の水脈』『ビールボーイズ』『文化祭オクロック』など著書多数。

竹内真の好評既刊

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