双葉社web文芸マガジン[カラフル]

廃墟戦隊ラフレンジャー / 竹内真・著

イラスト:伊波二郎

第19回

【2017年5月・事情聴取】

「筋書きは二つあったんです。ネットにアップした動画の脚本と、現実に対して仕掛けた脚本と」
 僕は事情聴取でそんな話をした。もう隠しておく必要もない。
 コスプレパーティーの現場に踏み込んできた警官隊には、狙いをつけた容疑者がいたらしい。店の奥にいたその男を筆頭に、岡辺を監禁していた者たちも拘束した。様子がおかしいほどの酩酊状態だった岡辺は病院に運ばれ、その岡辺と同じ格好をしていた五人の者たち――つまり、ラフレンジャーである僕らも刑事から事情を聞かれることになった。
 捜査陣はラフレンジャーについても把握していた。そのメンバーを個別に取り調べるつもりらしく、いくつかの警察署に分散させたのだ。そして僕は六本木から近い警察署の一室に連れて来られたのだった。
 ある程度は想定していたことだし、手錠をかけられて逮捕されたわけでもないが、やはり気分のいいものではなかった。車まで着替えを取りに行く余裕もなかったのだ。ヘルメットを脱いだブルーレンジャーの姿で警察車両に乗り込む羽目になり、夜も更けるにつれて冷えてきた。警察側が貸してくれた上着を羽織り、フードをかぶったが、なんだか本当に犯人にでもなったみたいな気分だった。
「動画の脚本は――爆弾テロの被害者として正義を訴えたいって思いを、学生時代からやっていたラフレンジャーっていうキャラクターで表現しました。主にイエロー、家入っていう奴が書いて、それを僕が整理した形です」
「その映像はこちらも把握しています」
 僕の正面に座った、銀縁眼鏡の刑事が言った。僕らよりも若そうな細面の男で、どうやらサイバー犯罪の担当者として僕らの取り調べにあたっているらしい。理知的な喋り方で威圧的なところがないのにほっとした。
「しかし、爆発事件の後でああいう映像を作るのはまずいでしょう。穴林のショッピングモールの立ち入りも禁止されていたはずです。撮影なんて――」
「いえ、追加撮影は別の場所で行いました」
 僕は彼の言葉に割り込むように答えた。声に得意がっている雰囲気が出ないように気をつけた。
「穴林ショッピングスクウェアと同じ系列だった、フェイク宝石と金属のデザインのデッドモールが茨城にあるんです。デッドモールで新事業を起こそうとしてる岡辺が、今の所有者に交渉しまして、ちゃんと許可をもらって撮影しました」
 そのアイデアは僕が思いついた。穴林でのロングカットと別の場所でのアップのカットを繋げれば、全て穴林で撮ったように見えるという計算だ。
 ブラック×ハンターに危機感を与える映像を撮るためには追加撮影は不可欠だった。廃墟戦隊ラフレンジャーが穴林のデッドモールを掌握したと思わせ、ブラック×ハンターに繋がる手掛かりを掴んだという台詞に説得力を持たせたかったのである。
 しかし穴林のデッドモールには入れない。だったら別の場所を穴林に見せればいい。言ってみればデッドモールのすり替えトリックで、それでブラック×ハンターを釣り出そうという狙いだった。
「別の場所ならいいってもんじゃない」
 もう一人の刑事が声を上げた。こちらは強面の中年男で、いかにも現場の叩き上げという雰囲気がある。ネクタイをゆるめてワイシャツを腕まくりした格好で銀縁眼鏡の後ろに控え、取り調べの様子を見守る役割のようだったが、僕に文句を言いたくなったらしい。
「爆発騒ぎの後、この件にはこれ以上関わらないと約束したはずだろう。なのにまた首を突っ込んだ上に、ネットで犯人を挑発するなんて――」
「挑発はしてません」
 僕は素直に頭を下げたが、一応言うことは言っておいた。いささか強弁だけど、それが『死闘編』のテーマでもあるのだ。
「映像を確認してもらえば分かります。僕らは犯人に、犯行をやめるよう訴えてるんです。一市民として、爆弾テロなんて続いてほしくないっていう正直な気持ちです」
「なるほど」
 銀縁眼鏡が淡々と応じた。相槌を打つためというより、中年刑事にそれ以上割り込ませないための言葉だったようだ。
「しかし、ネットの動画にはパスワード認証がありますよね。犯人へのメッセージはその後だから、パスワードを知らない相手だったら何も届かないんじゃないですか?」
「そこが狙いなんです。もう一つの筋書き、現実に対して仕掛けた脚本といいますか」
 僕も銀縁眼鏡の方に向かって話した。彼なら分かってくれそうな気がした。
 そこから先は僕が中心になって考えた。ラフレンジャーの存在意義を賭け、集大成のつもりで書いた筋書きだ。
「動画の後半を認証制にしたのは、もともと岡辺の同僚の高遠って人とブラック×ハンターの関係を確かめるためでした。状況から見て、高遠がデッドモールに出入りしてたのは間違いない、だけど彼自身も爆弾テロの一味だって証拠はない。そこで、パスワードを入れないと見られないって状況を作った上で、後半ではブラック×ハンターに繋がる手掛かりを掴んでるって思わせることにしました。高遠が犯人の一味であれば、なんとかして後半を見ようとするはずです。パスワードを入手しようとか、動画のデータ元をハッキングしようとか」
「要するに、罠を仕掛けたってことですか」
「そうです。パスワードはたった一枚のカードにしか記されてなくて、それを使う以外に動画を見る手段はありません。パスワードで後半を見た人が結構いるみたいに見せかけましたが、それは偽装だったし、ネットの専門家の黒崎って後輩が動画へのアクセスをチェックしてました。一枚しかないカードは岡辺が持っていて、高遠に対して『ネットで噂の動画のパスワードを手に入れた』と匂わせることにしました。もしもそのパスワードが使われれば高遠が発端、複数のアクセスがあれば彼から拡散した証拠、映像についてブラック×ハンターの声明が出れば高遠との繋がりが証明される。――そんな風に考えたんです」
 なにしろ高遠と岡辺は、穴林のデッドモールの見回り仕事を悪用していた者同士だ。他にも出入りしている者がいて、ネットでその動画が拡散しているとなれば気にならないわけがない。岡辺はそのあたりの心理をついて、「心配やから動画の後半を見ることにした。ネットオークションで買うたスクラッチカードを削るとパスワードが出てくるらしい」などと吹き込んだのである。
 高遠は無視するかもしれないし、パスワードを知りたがるかもしれない。うまくいくかどうかは岡辺の演技力にかかっていたが、岡辺はうまくやったのだろう。カードは消えて、パスワードが使用された。その二つの出来事を繋ぐ存在は高遠だけだし、その後の展開によって彼とブラック×ハンターの繋がりも見えてくるはずだった。
「しかし、分からないな」銀縁眼鏡は首を傾げた。「それで高遠という人とブラック×ハンターが繋がっていたとして、どうするつもりだったんですか?」
「それは警察の仕事だし」中年刑事も声を上げた。「素人が勝手なことをしたら捜査妨害にもなりかねない」
「その通りです」銀縁眼鏡が頷いた。「あなたたちには捜査権はないし、最初に通報した時点で釘を刺されてもいた。わざわざ危険を冒してブラック×ハンターと関わる必要などなかったはずです」
「……僕らなりの、意地だったと思います」僕は本音で答えた。「そりゃあ警察から見たら、ラフレンジャーなんて素人のお遊びでしかないでしょうけど、僕らなりに真剣に、正義の味方ごっこをしてたんです。自分たちの秘密基地に見立てた場所に爆弾を仕掛けられて、仲間の一人が怪我をして、黙って引き下がるわけにはいきませんでした。敵に反撃って意味で、ブラック×ハンターの正体を突きとめてやろうって気持ちがあったと思います」
 コスプレパーティーの中、マイクを渡された家入は、唐突に「チェーホフの銃」の話を始めた。彼が言った、「偽物の銃であっても弾丸は出なくちゃならない」というのは、ラフレンジャーとしてブラック×ハンターに戦いを挑むという意味でもあった。
 ラフレンジャーを結成した最初の寸劇に、「悪はなくとも正義を気取る五人組」という台詞があった。それ以降のステージでも使って、ラフレンジャーのコンセプトみたいになっていった。爆弾テロ犯のブラック×ハンターの姿が見えないということ自体、ラフレンジャーの宿敵のように思えたのだ。その姿をどうやって炙り出すか、そして彼らに向かって何を告げるのかというのは、僕らにとって大事なテーマだった。
「もちろん捜査の邪魔をするつもりはありませんでした。それに、動画を作ってネットに上げて、そのパスワードで罠を仕掛けるってだけなら危険もないはずだったんです。岡辺が一人であのクラブに乗り込んだのは予定外の行動でしたし――その助太刀に行こうってことで他の五人まで集まったのは、悪ノリだったと反省してます。だけど――」
 そのおかげで岡辺を救えたし、敵を捕まえることもできたようじゃないか――そう言おうかと思ったがやめておいた。そんな考え方を警察側が認めるはずもない。ラフレンジャーの一連の行動について、現場の刑事たちに全てを打ち明けるわけにはいかなかった。

【2017年4月・捜査協力】

 デッドモールで爆弾を見つけた日、五人で話し合った後のことだ。
 僕らは黒崎と彼の父親を通じ、一通りのことを警察に伝えた。ドローン映像のコピーも提出した。
 そして警察側は、このまま極秘で捜査を続ける方針を決めたらしい。――現状ではデッドモールに爆発物が仕掛けられていたというだけでも騒ぎになるのは間違いないし、そうなるとファストファーストによるデッドモール買収話にだって影響が出かねない。それよりは爆弾が見つかったこと自体を伏せてことを進めた方が、犯人側を出し抜けると判断されたのだ。
 僕らにとって幸いだったのは、警察側もブラック×ハンターの特定に手を焼いていたことだった。ファストファーストのブラック経営に対する恨みを持つ者、それまでの二件の爆弾事件に関与が疑われる者などはリストアップしていたものの、犯人を特定できるだけの証拠は見つかっていなかったのだ。ネット掲示板の声明も調べていたが、書き込み主は匿名化ソフトを用いて複数の海外サーバーを経由することで足取りを消していた。捜査が行き詰まりかけていたところに、僕らが有力な手掛かりをもたらした、というタイミングだったわけだ。
 デッドモールの管理側、岡辺のいた会社には警察庁から話を通してくれた。ことの一切を表沙汰にしないようにとの要請が出たおかげで、岡辺の職権濫用まで伏せられることになった。岡辺と同僚の高遠は見回り仕事の任を解かれたが、それはデッドモールの買収に伴って点検の必要がなくなったという建前で、二人にはごく普通の転属辞令が出たのだ。岡辺は何度も上司から呼び出されて細かい事情を聞かれ、挙句に自ら辞表を出すことになったが、それは傍からは辞令に逆らって退社するようにしか見えなかった。本人も細かいことは一切説明しないまま会社を去ったのである。
 そして民間人は一切デッドモールに近づけないことになり、反対に捜査陣はデッドモールへの立ち入り許可を得た。デッドモールには警視庁の爆発物処理隊が送り込まれることになったが、彼らも警察車両で乗り付けたりはせず、内装業者や配送業者を装って中に入った。仮にどこからかブラック×ハンターの一味が監視していたとしても、かつて出店していた店舗による内装の回収に見えるように偽装されたのだ。実際には遠隔操作防止のための電波遮断が施され、爆発物の徹底的な調査と侵入者の証拠捜しが行われた。
 本来だったら爆発物の処理は現場では行わず、冷凍して安全な場所まで運び出してから行うものらしい。しかし秘密裏にことを進めるためと、調査の結果見つかったのが安全に処理が可能な爆弾だったことから、爆発物処理隊はデッドモール内で爆薬と起爆装置の解除を行った。――仕掛けられていたのはビルの解体処理業者から盗み出されたプラスチック爆薬で、その点では三郷が心配した通りだったが、逆にその爆薬だったことが作業を楽にした。爆薬としての安定性が高いおかげで、雷管さえ爆発させなければ安全に取り外すことができたのだ。そして偶然とはいえ、家入が雷管の一つを解除してから爆発させていたせいで、他の雷管の発見と解除も迅速に進んだ。結局、モール内に何百個もあるフェイク宝石のうちの十数個が、音声認識の起爆装置とすり替えられていたということだった。
 無論、その起爆装置も徹底的に調べられた。指紋もいくつか検出されたし、装置作成の技術がある者、プラスチック爆薬を入手しえた者とふるいにかければ、容疑者をある程度は絞れる。そうした組織捜査は警察のお家芸で、デッドモールから見つかった無数の指紋と容疑者リストが照合されたらしい。
 しかし問題は、そういうデッドモール爆破未遂の容疑者と、これまでの二件の爆弾事件の容疑者とが全く重なってこないということだった。どうやらブラック×ハンターというのは単独犯とか一つの組織とかではなく、ネットを通じて目的を共有している複数の者たちらしかった。従来の犯罪組織とは異なり、具体的な人間関係もなければ面識すらなく、互いの顔さえ知らぬまま協同して連続爆弾事件を起こしていたようなのだ。そして実行犯は爆発物を仕掛けた後で行方をくらまし、別の者がネットで犯行声明を出すという形で捜査を撹乱していたのである。
 黒崎が話してくれたところによると――発端はファストファーストのブラック雇用への恨みを吐き出すネット掲示板だったらしい。その書き込み主たちが集まり、非公開で意見を交わすグループがSNS上に作られ、さらにそこから秘密を守れる者たちが厳選されてグループチャットを行い、犯罪も辞さない者がメーリングリストで連絡を取り合い、実行する能力や立場にある者が自己判断で行動し、千葉のロードサイド店や東京の駅ビル店に爆発物を仕掛けた、ということらしいのだ。ネット上でゆるやかな繋がりを持つ者たちがブラック×ハンターという名前と犯行の目的を共有しているだけなので、捜査は常に後手に回り、なかなか全容解明には至らずにいたというわけだ。
 そんな中、デッドモールで見つかった爆弾は、初めて捜査陣が先手をとった物証だった。デッドモールの爆発物を秘密裏に処理したことで、今度は警察側から犯人に仕掛けることができる。――そんな状況で、黒崎が僕らに召集をかけた。
 ゴールデンウィーク前、まだ四月の内のことである。僕らは黒崎の予約したカラオケルームに集まり、歌も歌わずに捜査協力についての密談を交わすことになった。
「警察としては、迂闊におとり捜査はできないらしいんです。ブラック×ハンターの一人かもしれないって疑ってる相手がいたとしても、さあ実行してみろって煽って犯行に及ばせてから逮捕ってことにしたら、犯意を誘発する違法捜査ってことで裁判で無罪にされかねない。それにブラック×ハンターの場合、個人個人の繋がりが薄い奴らだから、一人だけ捕まえても他の奴らはみんな逃げたり知らばっくれたりで終わっちゃうかもしれない。できることなら、それぞれの繋がりを掴んだ上で一斉に検挙したいんだそうです」
 ネット企業でSNSのプロデューサーを務めている黒崎は、それまでも父親の黒崎警視正から要請を受け、内密で捜査協力を行っていた。SNS内部での怪しいやりとりの情報を伝えるという形なので、もちろんSNSの規約には違反するのだが、捜査としては適法となる。しかし、ブラック×ハンターに罠を仕掛けてメンバーを炙り出すとなると、法律的にはボーダーラインを越えてしまう。――そこで黒崎警視正は、協力者である息子に向かって、捜査の難しさをぼやいたということだった。
「つまり」三郷が言った。「僕らはそれを忖度して、ラフレンジャーとして行動すればいいってこと?」
「それは自分の口からは言えませんけど」黒崎は笑顔で首を振った。「やってみたいですよね。ラフレンジャーvsブラック×ハンター」
「やろう」家入が言った。「それで俺も、火傷の恨みを晴らせる」
「せやけど、やろういうたかて具体的には何をしたらええねん。俺らにできることくらい、警察かてもうやっとるやろし」
 岡辺がすかさずつっこんだ。しかしそれにはアツミが異を唱えた。
「ラフレンジャームービーなら私たちしかできない、警察にはできないことだよ。それをうまく使えば――」
「うまく使うて、どないうまく使うねん」
「それは――」
 アツミも言葉に詰まり、カラオケルームに沈黙がたちこめる。そこで口を開いたのは僕だった。
「やれること、あるかもしれない」
 頭の中に浮かびかけているイメージがある。うまくいけば、ブラック×ハンターを挑発してその存在を炙り出すことだってできるかもしれない。
「岡辺が言ってただろ? 同僚の高遠とブラック×ハンターの繋がりを確かめたいって。――その繋がりを確かめられるんだったら、他のメンバーとの繋がりだって見えるかもしれない」
「だから、それをどうやって確かめんねん」
「例えば――ブラック×ハンターの奴らが、どうしても知りたい情報があるとするだろ。それを高遠に流すんだよ。その情報の広がりが、そのままブラック×ハンターの繋がりってことにならないかな」
「そうか」家入が言った。「そのきっかけにラフレンジャームービーを使えるか」
「セキュリティーコードとか、パスワード的なものならいいんじゃないすか?」黒崎が言った。「それを知ってる奴らだけ、情報にアクセスできるってことにして」
「なるほど」岡辺も納得がいったらしい。「問題は、そのパスワードをどうやって流すかってことやけどな」
「筋書きを作ってみよう」僕が言った。「まずは脚本の形にしてみるよ。それをみんなで検討して練り上げていけば、なんとかなりそうな気がする」
 そうして僕は、今回の脚本づくりにとりかかった。――ラフレンジャームービーのための脚本と、現実に僕らが行動するための脚本。二つをうまく組み合わせ、ブラック×ハンターに戦いを挑むことにしたのである。

【2017年5月・新作】

 警察署から出ると、こちらにスマホのレンズを向けている男に気づいた。
「ども、おつとめご苦労さまでーす」
 黒崎だった。夜の歩道でガードレールに腰かけていたようだが、立ち上がって歩み寄ってくる。
 スマホじゃない方の手には僕の鞄があった。車に置いた荷物を持って待っていてくれたらしい。
「深見さんが一番時間かかるかと思ってましたけど、家入さんより早かったですね」
「……てことは、お前は一番早く解放されてたわけか」
 僕も歩道のガードレールに鞄をひっかけ、上着を羽織った。――黒崎によれば、家入の取り調べもこの警察署で行われているらしい。家入がまだ中にいるのなら、ここで彼の出てくるのを待つことにした。
 黒崎も元の位置に戻った。そのまま二人並んで言葉を交わした。
「自分は警察庁の本庁で聴取されたんですよ」黒崎が言った。「前からの捜査協力の件もあって、その担当の人に事情を説明したんです。だから話も通りやすかったんですよ」
 黒崎としては、父親のコネで放免されたなどとは言いたくないのだろう。ブラック×ハンターを特定するための捜査に協力してきたのは事実だから、捜査側とも気心が知れているのかもしれない。
「で、ここでずっと待ってくれてたのか?」
「まあ、大体いつ頃に出てくるかは見当ついたもんですから」
 黒崎は含みのある言い方をした。――担当者や父親から捜査情報を聞き出したということだろうか。
「実は、真っ先に岡辺さんのいる病院に行ったら、指令が出たんですよ。『何かに使えるかもしれんから、みんなが警察から出てくるとこの映像を撮っとけ』って」
「何かに使うって」僕は苦笑した。「ラフレンジャームービーの次回作か? そんなこと言ってられるなら、体の方は大丈夫だったってことだよな」
「はい。点滴受けながら『えらい宿酔いの気分や』って言ってましたけど、急性の中毒みたいなことにはなってなかったそうです。あのクラブで飲み物に睡眠薬みたいなのを仕込まれて、くらっときたとこで奥に連れて行かれたって状態だったみたいですね」
「まあそれで済んでよかったよ」
 僕はため息をついた。――一人で乗り込んだ岡辺も無謀だったが、相手側の思惑について考えてなかったのは脚本を書いた僕の迂闊さでもある。
 今になってみれば分かる。岡辺が同僚の高遠とブラック×ハンターの繋がりを疑ったように、高遠の方だって岡辺とラフレンジャーの繋がりを疑っていたのだ。そして罠かもしれないパスワードを使うのと引き換えに、岡辺に対しても罠を仕掛けた。それが今夜のコスプレパーティーの開催情報で、岡辺はまんまと誘き出されてしまったのだ。
 会場に現れたレッドレンジャーが岡辺だと分かった時点で、誰かが彼の飲み物に一服盛った。うっかりそれを口にした岡辺が酩酊状態になると、高遠は介抱するふりをして別室に監禁したのだ。そしてネットにラフレンジャー動画を上げた目的は何か、ブラック×ハンターについて何を掴んでいるか聞き出そうとしていた。そこに僕らが駆けつけ、次いで警察も乗り込んできたというわけだ。
「高遠って人と、ネットに画像があったマァムっていうコスプレ女については、捜査側もマークしてたそうです」黒崎が言った。「今夜のイベントについても掴んでて、六本木のクラブを張ってたんですよ。そこにレッドレンジャーの岡辺さんが乗り込んで、続いて僕らもラフレンジャーの格好で入っていったでしょ。それで――」
「警官隊が踏み込んだってことか?」僕は出てきたばかりの警察署を見上げた。「警察がラフレンジャーに加勢に来てくれたとも思えなかったんだけど」
「ていうか、警察的には、中で一悶着起きれば介入の名分が立ちます。ネットで宣戦布告したラフレンジャーが、ブラック×ハンターと目される奴らの集まりに乗り込んでったわけですし、クラブ内に潜入してた捜査官だっていたかもしれないし」
「……なるほど」
 僕は黒崎に視線を戻し、その顔をしげしげと見つめた。――そのあたりは、黒崎と捜査陣の間で暗黙の了解があったのかもしれない。
「それに突入前、『死闘編』の認証画面でパスワードを使った奴が複数いるって確認したでしょ? あのアクセスログ、警察側も見られるようにしときましたからね。あの時点で捜査陣はパスワードの使用とその出元を把握してたわけです。それでこれまでに目星をつけてた容疑者たちを繋ぐ線を証明できるって判断して、ブラック×ハンター関係者を一網打尽にしようって踏み切ったんだと思います」
「一網打尽に……踏み切った?」
「そうなんです。深見さんたちが連れてかれて事情聴取を受けてる間、あのクラブ以外の場所でも一斉に捜査陣が動いたんですよ。自宅のアパートとか、滞在先のネットカフェとか、いろんな場所で『死闘編』の後半を確認してた奴らが、一気に身柄を拘束されたらしいです」
「パスワードを使っただけで逮捕ってことか?」
「共謀の事実、ってやつですよ。もともと行動を監視してた奴らが、ついに尻尾を出したわけですから。パスワードの出元があのカードしかない以上、それを知ってるからには高遠って人と共謀してたってことになります。パスワードが伝わっていった人脈こそがブラック×ハンターだって、捜査側も断定してくれたわけです」
 そのあたりも警察庁からの情報だろうか。――僕がそう考えているのが分かったのか、黒崎はスマートフォンを掲げてみせた。
「待ってる間にネットで検索してたんです。それぞれの現場で、たまたま居合わせて目撃した人たちが大騒ぎしてますよ。まだブラック×ハンターのことは明らかになってないけど、明日には警察からの公式発表があるそうです」
「……そうか」
 僕はもう一度ため息をついた。
「じゃあ一応、狙った通りの結末に行き着いたわけか」
 正直、警察がそこまで迅速に動くとは思ってなかったし、ラフレンジャー全員が拘束されたのも想定外だった。だけど『死闘編』とパスワードの仕掛けで、ブラック×ハンターの正体を炙り出すという狙いだけは達成できたらしい。
「一応、ラフレンジャーの勝利ですね」
「レッドは病院で、イエローはまだ取り調べ中じゃ、あんまり威張れたもんじゃないけどな」僕は肩をすくめた。「ピンクとグリーンはどうなった?」
「三郷さんは岡辺さんのとこに向かいました」黒崎はスマホを掲げた。「さっき別の署に回って、三郷さんが出てくるとこも撮ってきたんですよ。アツミさんは間に合わなかったけど」
「アツミの方が先に解放されたのか?」
「僕よりも早かったみたいですよ。また別の警察署で事情を聞かれたらしいけど、全身タイツのまま連れ回されるんじゃセクハラだって抗議して自分の荷物と服を受け取って、それに着替える間に知り合いの弁護士に連絡したんだそうです。お子さんの面倒を見るために、どうしても急いで帰らなきゃならない、それを邪魔するのは捜査権の乱用で人権侵害だって理屈で押し通したらしくて――帰りの移動中に連絡くれて『先に帰るけど、みんなによろしく言っといて』だそうです」
「大したもんだ」僕はつい笑ってしまった。「母は強し、ってやつだなあ」
 前にアツミが言っていた言葉を思い出した。久々に再会して酒を飲んだ時、「正義は勝つ」は嘘のことも多いけど、「母は強し」は本当だと言っていたのだ。
 今回ラフレンジャーは、「正義は勝つ」という言葉を本当にすることができたのだろうか。僕の脚本がその役に立てたのなら嬉しいし、アツミはここまで協力してくれただけでも充分ありがたい。安心して母親の役割に戻ってもらいたい。――ぼんやりとそんなことを考えていたら、警察署の一階フロアに家入が姿を現した。
「イエロー登場だ」黒崎に告げた。「出てくるとこ、撮るんだろ?」
「おっと、いけね」
 黒崎は慌ててカメラを起動してスマホを構えている。レンズの先の家入は、まだこちらに気づいていなかった。
 イエローレンジャーの姿のまま、ヘルメットを抱えて胸を張って歩いてくる。きっと彼なら、事情聴取の時も自分の正義を疑わなかったことだろう。今回の件について、刑事に熱く語っている姿が目に浮かぶ。
 もちろん、ラフレンジャーがブラック×ハンターを罠にかけ、捜査陣がそれを利用したというのは、表には一切出ないだろう。そんなことを警察が認めるわけもないし、ラフレンジャー側の作戦というのは僕らが勝手にやったことでしかない。ラフレンジャーの功績なんて認められっこないが、家入の姿を見ていると、彼が自分たちの行動を誇りに思っていることは伝わってくる。僕にはそれが嬉しかった。
「おー、ブルーとブラック!」家入が僕らに気づいた。「みんな大丈夫か? レッドはどうなった?」
 明るく声をかけられ、僕も黒崎も自然と笑い出していた。それを見て家入も笑顔になる。
 その顔も、黒崎がしっかり撮っている。この映像を使って次のラフレンジャームービーを作るとしたら、いったいどんな作品ができるのだろう。そう考えたら、自然と楽しい気分になれた。

 岡辺は翌日には退院した。そして夜には、僕らみんなに宛ててメールをくれた。タイトルは『何はともあれ一件落着』となっていた。
『この度は迷惑かけて申し訳ない。ラフレンジャーのリーダーとして軽率な行動やったと反省してます。
 しかし反面、みんなして救けに来てくれたと聞いて本当に嬉しかった。ありがとう。
 おかげさまで、さっき無事に退院しました。ちゅうか、俺はもともと病気ちゃうからな。一晩ぐっすり寝てすっきりしましたってくらいのもんや。
 それに、こう言うたら何やけど、俺のせいで一悶着起きたのが功を奏して、ブラック×ハンターが一網打尽にされたらしいな。今朝、刑事の人が病室に来て教えてくれた。細かいことは今後の取り調べ待ちらしいけど、デッドモールも含めてこれまでの三件の爆弾事件の実行犯はみんな逮捕されたし、別の爆弾を仕掛けようとしとった奴のアジトにも家宅捜索が入ったそうや。
 ネットで繋がった実体のない組織、ただブラック企業への悪意と爆弾テロって目的を共有してる集団っちゅうのが、ブラック×ハンターの実態やったそうやな。どうも復讐だけやのうて、事件が起こればファストファーストって会社の株価が下がると見込んで、その株価変動を利益に変えるデリバティブ取引っちゅうのを使って大儲けしようってたくらみもあったらしい。そのへんもおいおい明らかになってくんのやろな。
 何はともあれ、俺らがラフレンジャームービーに仕掛けた罠が、奴らの実体を炙り出した。高遠から広まったパスワードが、見事にブラック×ハンターのメンバーたちに拡散したんや。奴らが『死闘編』の後半を見たアクセスログが、連続爆破事件に加担しとった証拠になるらしいわ。
 そんで、高遠自身はっちゅうと、成り行きでブラック×ハンターに協力することになったらしい。最初はコスプレのサークルみたいのに入っとって、こっそりデッドモールでの撮影会なんてのをやっとったんやな。それに参加した中にブラック×ハンターの奴がいて、ファストファーストの買収の噂を聞きつけたわけや。そんで色仕掛けやら脅しやらで高遠に協力させてデッドモールに出入りして、例の爆弾を仕掛けたんや。
 三郷の睨んだ通り、デッドモールの要所要所に爆弾と起爆装置が仕掛けられてて、ファストファーストのテーマ曲に反応して爆発する仕掛けやった。仕掛けるだけ仕掛けたら、後は何か起きるまで知らばっくれとるって計画やったそうや。リニューアルオープンのイベントで爆発したりしてたら、えらい被害が出たかもしれんし、株価だって暴落したやろ。その計画を、通りすがりの正義の味方が阻止して平和を守ったっちゅうことや。刑事さんからは、今回の俺らの行動は一切口外しないようにって念を押されたけど、むしろ警視総監賞か何かもらってもええくらいやな。
 まあもちろん、奥ゆかしいラフレンジャーはそんな表彰されたくて正義の味方をやっとるわけちゃうからな。何かと口数の多い俺も、おとなしく黙っとこうと思う。
 今回メールしたのは、退院報告ついでにもう一つ報告しとくためや。俺が前の会社を辞めて立ち上げる事業、日本じゅうのデッドモールを活用する事業について、新会社設立の目処が立った。そしてその会社に、我らがピンクレンジャー、アツミも入社してくれることになった!
 最初は事務員っちゅうか、経理担当として働きたいって話やったけど、いろいろ相談してるうちに盛り上がってきてな。全国のデッドモールを活用して、その地域の主婦が中心になったフリーマーケットとかマルシェとかのイベントを開催しようって企画の準備も始まっとる。これはアツミのアイデアでな。平日の昼間に、主婦が集まって日用品やら子供服やらを売ったり買うたりできる場があったら嬉しいってことで、この着眼点がよかったんや。平日昼間いうたらいろんなイベント開催には不向きって言われてる時間帯やからな。その時間帯のデッドモールをうまいこと活用できる態勢が整えば、ひょっとすると事業の核の一つになるかもしれん。アツミは経理担当兼、その企画のプロデューサーっちゅうわけや。
 そしてそういうイベントの拡散と浸透には、ネットを活かした口コミの力が欠かせん時代や。そのあたりは是非、黒崎に協力を仰ぎたい。――なんせラフレンジャーの作戦以前から警察庁に捜査協力しとった身や。ラフレンジャーのよしみで、俺とアツミの事業にも力を貸してくれ。
 俺かて昨日は、敵に捕まっただけやないぞ。転んでも只では起きひんレッドレンジャーは、その事業の準備に励んでもいたんや。睡眠薬入りの酒に酔っ払う前までは、パーティーの参加者でコスプレサークルの代表やってるって奴を見つけて相談を持ちかけてみた。なんせコスプレパーティーやったし、そういう趣味の奴らは日頃から、好きなコスプレして集まれる場所に飢えとんねん。駐車場や着替え場所には事欠かず、参加者だけが集まって騒げる広い場所って意味じゃ、デッドモールなんて最適の場所なんや。ぜひ俺らの会社と提携して、全国各地でコスプレイベントを開いてくれっちゅうて、話もまとまりそうな勢いや。
 もしもそんなイベントの開催にこぎつけたら、ぜひまたラフレンジャーで集まろう。ショッピングモールには大抵、イベント広場だのステージだのが付属しとるから、久々にラフレンジャーショーも開催できるぞ。そん時はイエローとブルーで新作の脚本を書いてくれ。
 ブラック×ハンターには物騒な真似をされかけたけど、ショッピングモールっちゅうのはもともと、広い敷地と最新設備のおかげで、安全性や防災性に優れた場所なんや。新しい法律じゃあ地震や水害なんかの災害が起きた時の避難所にも指定されるようになっとるし、今後は地域のコミュニティー拠点、防災拠点としての活用も望まれてる。デッドモールを活用していく事業は今後も大いに期待できるし、そのデッドモールの平和にラフレンジャーが貢献したっちゅうのも何かの縁や。せっかく再結成したラフレンジャーなんやし、今後も何かあったら、ぜひまた集まってくれ!』
 僕はそのメールを、職場から帰る途中の地下鉄の中で読んだ。何度か読み返し、帰宅した頃になって電話がかかってきた。
 着信画面には家入の名前が表示されている。彼も岡辺からのメールを読んだのだろう。楽しげな口調で尋ねてきた。
「もしもし、今大丈夫?」
「いや、ちょっと忙しい」
 僕は素っ気なく答えた。帰宅したばかりでもあったし、そうして電話しながら準備していることもあったのだ。
「なんだよ、残業か?」
「仕事は終わって帰ってきたとこだよ。これからちょっと、やりたいことがあるから」
 僕が机の上に並べていたのは筆記用具と原稿用紙だった。すぐにでも書き始めたい気持ちだった。
「レッドからのメール、読んだか?」
「ああ、さっき読んだ」
「すげえな、全国のデッドモールでラフレンジャーショーとかできたら」
「まずはフリマやマルシェだろ? うちのスーパーで出店とかできないかなあって考えてたとこだよ」
「ああ、そこで仕事に繋げちゃうか」家入はちょっとがっかりしたように言った。「俺はラフレンジャーの新作を書けるかもって思ってたんだぞ」
「もちろん、それも考えてる」
 さも当然という声で答えてやった。一瞬の間の後で、家入が尋ねてくる。
「デッドモールのステージで、そのモールを守るラフレンジャーって設定か?」
「それは書いてみないと分からないけど」
 もちろんそんな脚本も書いてみたい。だけどそれに捉われず、まずは思いつくままにいろいろ書いてみるつもりだった。それは警察署から出てくるラフレンジャーたちの姿を使った映像作品かもしれないし、デッドモールを活かした事業を展開するラフレンジャーたちを想定した企画書になるかもしれない。これまでの僕らの歩みを振り返りながら、未来の姿も描くことができたら最高だ。
「――大人になったラフレンジャーたちが、どんな風にテロリストと戦って、どんな未来を作っていくか、なんて話はどうかな?」
 そんな言葉に、楽しげな笑い声が返ってきた。
( 了 )

竹内 真Makoto Takeuchi

1971年生まれ。95年に三田文学新人賞、98年「神楽坂ファミリー」で小説現代新人賞、99年『粗忽拳銃』で第12回小説すばる新人賞を受賞。『カレーライフ』『自転車少年記』『じーさん武勇伝』『図書館の水脈』『ビールボーイズ』『文化祭オクロック』など著書多数。

竹内真の好評既刊

  • 双葉社
  • 小説推理
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