双葉社web文芸マガジン[カラフル]

廃墟戦隊ラフレンジャー / 竹内真・著

イラスト:伊波二郎

第17回
 

【2017年5月・アップロード】

 暗転の中、ラフレンジャーのテーマ曲が流れ始める。
 画面に浮かび上がるのは、新たにデザインしたタイトル文字だ。
 大きくカラフルに『廃墟戦隊ラフレンジャー』とメインタイトル。その下に白いゴシック文字で『爆弾テロに宣戦布告!』。その文字がフェードアウトするのと入れ替わりに五人の映像が浮かんでくる。
 バックヤードを飛び出して広いモールの中を走るラフレンジャーだ。ドローン空撮の画質を粗くし、短いカットを繋いで躍動感を出している。テーマ曲が軽快なBGMとなる中で、ナレーションの声が重なる。
『説明しよう。廃墟戦隊ラフレンジャーとは、閉鎖された商業施設をパトロールし、廃墟の平和を守ろうとするヒーロー戦隊である!』
 その説明に応じて、ラフレンジャー一人一人の紹介カットが入る。「施錠確認をするブルー」「配電盤を点検するグリーン」「迷い込んだ蝶を外に逃がすピンク」といった光景が、走る五人の映像にインサートされるのだ。
 そしてテーマ曲が高まる中、五人はモールの通路で、フェイク宝石に彩られた手すりを背景にポーズを決める。カメラはレッドレンジャーの掲げた右手に寄っていく。
 赤い手袋の手元がアップになって画面が静止する。――その手には、フェイク宝石の残骸が握られている。爆発の焦げ跡を前に向け、カメラに突き出しているのだ。
 さらに隣からはイエローレンジャーが手を突き出す。爆発で焦げて破れた手袋と、その下の手のひらの火膨れも大きく映し出される。
 そこで音楽も止まる。入れ替わりに五人で声を合わせた台詞が響く。
「我々は、廃墟戦隊ラフレンジャーだ!」
 画面も切り替わり、今度は五人が整列している姿が映る。正面カットと左右からのカットがリズミカルに切り替わる編集だ。そこでよく見ると、背景にある手すりの装飾についているはずのフェイク宝石が一つ外されているのが分かる。
 ゴーグルが下ろされ、全身タイツのタートルネックが口元まで覆っているので、ラフレンジャーたちの顔は見えない。台詞がはっきり響くのは、動きに合わせて録音し直した声だからだ。
「デッドモールのパトロール中、仕掛けられた爆発物を発見した!」
「その際に勇敢なイエローレンジャーが負傷したが、他の爆弾は全て解除した!」
「だけど、考えてみて! この爆弾で無関係の人に被害が出ていたかもしれないわ」
「最近は雇用問題や労働問題、社会の不公正に対する異議を叫んで爆弾を仕掛ける者がいると聞く」
「しかし、罪なき人々を巻き込む犯行は断じて許せん! 犯人に対し、連続爆弾テロの中止を強く訴える!」
 一つ一つの台詞に合わせて声を出している者が動く。拳を固めたりカメラを指さしたりすることで、顔を隠した五人の誰が喋っているのかが分かる。
「犯行がやまない場合、我々は平和を守るために戦う!」
「既に犯人に繋がる手掛かりは掴んでいるぞ」
「私たちがここにいるのが何よりの証拠になるはずよ」
「ブラック雇用に苦しむ人も、爆弾テロなんて望んでないはずだ」
「覚えておいてくれ。爆弾で未来は作れない!」
 そんな声に合わせ、五人はカメラに拳を突き出す。それは犯人たちへの挑戦を告げるポーズだった。
 フェードアウトするラフレンジャーの映像に合わせて声が響く。
『世に不公正がはびこる限り、テロもまた消えることはないだろう。しかし忘れてはならない。平和を求める声は、暴力に訴える者よりもはるかに多く、尽きることはない。正義とは破壊の末に辿り着くことではなく、平和と共に進むことなのだ。人々に正義の心が生まれるかぎり、ラフレンジャーは必ず現れる。そう、ラフレンジャーは君の心の中にいる!』
 そんなナレーションの続く中、かつてラフレンジャー公式サイトの「君もラフレンジャー」コーナーにアップされた写真が次々に浮かび上がる。それぞれの写真が小さくなって地図上の一点となり、やがて日本じゅうがその光に覆われていくというCGだ。
 その光が日本から世界へと広がっていく中で、ゆっくりとエンドマークが浮かんだ。

 映像が終わり、僕らはほっと息をついた。
「うん、映像はばっちり繋がっとったな」岡辺が言った。「今アフレコした声が別人の声で聞こえてくるっちゅうのはどうも落ち着かへんけど」
「でも音声加工の違和感はなかったでしょ?」黒崎が言った。「レッドレンジャーは渋い低音でかっこよかったし、深見さんのナレーションもちゃんとブルーレンジャーとは違う声で聞こえたし」
 黒崎の会社の、Sミーティングと呼ばれる小部屋だった。コンピューター環境は一通り整っているが、機械が多い分だけ三人でも満員というくらいの空間だ。
 僕と岡辺は、三郷と黒崎が編集した映像に声を吹き込むために来ていた。ゴールデンウィークの中日の平日で人は少ない時期だったが、なるべく他の社員と顔を合わせずに済む時間帯を選び、受付カードには偽名を記入して黒崎と合流した。
 既に三郷とアツミはアフレコを終えている。今の確認でラフレンジャームービーの新作が完成というわけで、黒崎は次の手順にとりかかった。
「――あとは、ここでエンターキーを押したら、この『死闘編』の動画ファイルがアップロードされます」
 ノートパソコンのキーボードに手を置いたまま、黒崎は椅子を回転させて僕らを振り返る。――最終的には違う副題がついたが、撮影中や編集中、この作品は『死闘編』と呼ばれていたのだ。いつか三郷が冗談でつけた副題が定着したわけである。
 もちろん、本当に死ぬ覚悟で闘いたいわけじゃない。むしろ死なないため、闘わないためにみんなで知恵を絞った。デッドモールで爆弾に遭遇した事態をどう切り抜けるかと考えた末、僕らが達した結論がこの動画なのだった。
「最終確認ですけど、本当にアップして構わないんですね?」
「おお、ええぞ」岡辺が答えた。「今さら後に引けるかい」
「まあ自分的には、出演できて嬉しいんですけど」黒崎はくすりと笑った。「今も見ながら、カットによってグリーンの中身が違うのが分かるなーって思ってましたよ」
 五人で潜入した時のドローン映像だけでは素材が足らず、追加撮影も行った。撮影日に三郷の都合がつかなくて、代わりに黒崎がグリーン役を務めたこともあったのだ。三郷と黒崎では身長も体つきも違うから、映像でも別人なのは明らかだったのである。
「そんなん、俺ら以外は気づかへんやろ。気づいたところで、余計にミステリアスに思われて効果的ってなもんや」
「ていうか、真面目に心配もしてるんですよ。いくら変身して正体は隠してるって言っても――穴林ショッピングスクウェアも撮影に使ってるわけだし、岡辺さんの会社の関係とか」
「その心配ならいらん」
 岡辺の口元が歪んだ。皮肉っぽく笑ってみせたのかと思ったが――それは皮肉ではなく、覚悟を決めて戦いに挑む表情だった。
「こないだ出した辞表、受理されたそうや。一通りけじめはつけたし、辞めた後ならクビにもできへんやろ」
「そりゃまた、何と言っていいか……」
「もともとタイミング待ちみたいなとこあったからな。自主退職できただけ儲けもんや」
「職権乱用でデッドモールで遊んでたってことで、自主退職が懲戒免職になったりしなかったんですか?」
「その件はもうええ」岡辺はきっぱりと言った。「嫁にも一通り伝えた。仮に後々トラブルになったとしても、正義のために戦わせてくれって頼んだら、さすがレッドレンジャーの嫁やな。最後には納得してくれたわ」
「分かりました。それじゃあアップしますが――一応こっから、録画しときましょうか」
 黒崎はスマートフォンを操作し、レンズをこちらに向けてホルダーで固定した。ノートパソコンを中心に、僕ら三人の手元が写るアングルである。
「ではいきます。――えー、二〇一七年五月二日二十時三十五分、『廃墟戦隊ラフレンジャー・爆弾テロに宣戦布告!』の動画ファイルのアップロード、開始します!」
 パソコンのエンターキーは三人で押した。そうやって記録を残しておいた方が、後で何かの証拠に使えるかもしれないと考えての行動だった。
「動画のURLにアクセスすると、タイトルから五人の疾走シーン、それぞれの紹介シーンまでは、誰でも見ることができます」
 黒崎が説明した。僕や岡辺に説明しているというよりも、記録するために喋っているのだ。
「そして最初にラフレンジャーの五人がポーズを決めたとこで、映像は静止。レッドレンジャーがフェイク宝石を掲げているのは見えますが、イエローレンジャーが火傷をしてるのは見えません。映像に重なって認証用の入力画面が浮かぶからです」黒崎は画面を切り替えた。「その先が見られるのは、パスワードを打ち込んだ場合だけ。パスワードはこれから発行します。――この、PCに接続された小さいプリンターから、ランダムな文字列が印刷されたカードが発行される仕組みです」
 そう言ってパソコンを操作すると、ケーブルで繋がった機械に緑のランプが灯った。文庫本ほどの大きさの薄い箱だったが、側面の細いスリットから一枚のカードが出力された。中央だけ銀色の、白いカードである。
「ランダムな文字列を印刷した上からスクラッチシール加工がしてあって、それを削った人だけパスワードが分かる仕掛けです。このカードはこの世にたった一枚。現時点で、何が書いてあるかは誰にもわかりません。パスワードの発行記録はこの端末に残ってるわけですが――それも今、こうして消去しておきます」
 黒崎は説明しながら操作を進めた。パソコン内のパスワードデータと一緒に、作業ログやアップロードを終えた動画のデータも消してしまうのだ。
 そして完全に消去されたという表示が出ると、黒崎は一枚だけ発行されたカードを手に取った。
「これでもう、この場にいる我々もアップロードした動画の後半を見ることはできません。最後まで見ることができるのはパスワードを知っている人間だけです!」
 スクラッチカードをレンズに向け、それで画面を塞ぐようにして撮影を終える。撮影ランプが消えると、黒崎はカードを岡辺に向けた。
「それじゃ、作戦の続き、よろしくお願いします」
「おう。ラフレンジャーのリーダーとして、確かに預かった」
 黒崎が頭を下げて手渡した。岡辺はしっかりうなずく。――そこで僕は、つい含み笑いを漏らしてしまった。
 二人の芝居がかったやりとりがコミカルに見えたからだったが、岡辺には心外だったらしい。真顔でつっこんできた。
「何を笑とんねん」
「いや、ごめん。なんか――本気で正義の味方をやろうとしてんのに、その武器がカード一枚かと思ったら、おかしくなってさ」
「カードを舐めたらあかんぞ」岡辺は不敵に微笑んだ。「トレーディングカードで変身する、天装戦隊ゴセイジャーなんてのもおったやろ」
「とか、いろんな平成ライダーとかね」黒崎も言った。「龍騎とかブレイドとか、ディケイドとか」
「それ聞いたら、家入が喜びそうだな」
 一月の脚本家試験で再会した時、家入に今の仕事を尋ねたら、仮面ライターと名乗っていた。実際にカードを使って悪と戦うなんて、いかにも彼好みの展開だ。
 そういえばあの時の創作試験で、家入は映画『スペーストラベラーズ』の改善案を書いた。危機から脱出してハッピーエンドを目指すべきだと言っていたのだ。――爆弾の仕掛けられていたデッドモールから脱出し、なんとか解決しようと知恵を絞ったこと自体、家入好みの展開だったのかもしれない。
 そして僕が書いた『宇宙兄弟』の改善案について、家入は仲間と協力すべきというテーマだと指摘した。僕らにはラフレンジャーの活動を通して、そういう価値観が根付いているのだと。こうして実際に行動してみると、家入の言った通りだったなと思える。
 デッドモールを脱出した後、僕らは今後どうすべきか話し合い、黒崎にも協力をあおいで今回の動画を作った。ラフレンジャームービーの最新作は、現実の状況を打開してハッピーエンドを目指すための手段でもあるのだ。それがこうしてアップロードされ、この先の展開が一枚のカードに托されたのだ。
「カードを使った時点で連絡くれよ」岡辺に向かって告げた。「ラフレンジャーの戦いがどう転ぶのか、見定めたいからさ」
 脚本家試験で、僕と家入の答案がどう採点されたのかは分からない。だけど『死闘編』がどんな反響を呼ぶかはこれから目にできるはずだった。
「了解」岡辺はカードを片手にポーズを決めた。「そっちもうまいこと情報拡散してくれ」
「僕もなるべくやっときます」黒崎も言った。「会社にバレない程度に、うちのSNSを駆使しますから」
「さすがブラック、裏工作でも頼もしいなー」
「二代目グリーンって呼んでくださいよ」
 そんな軽口の後で、僕らはその小部屋を出た。三人一緒のところを人に見られないように、別々に会社のビルを出た。
 既に夜も更けている。僕は明かりもまばらなビルを振り返った。
 演劇サークルのヒーロー戦隊ごっこから始まったラフレンジャーが、現実に対して作戦を仕掛けようとしている。自分たちで考えたこととはいえ、こんな戦い方もあるのかと思うと、あらためて不思議な気分になった。

【2005年春・新ユニット】

 二〇〇五年三月をもって、寸劇戦隊ラフレンジャーは活動休止。
 一月のうちにそんな結論が出た。三月には卒業していくサークルメンバーの追い出しコンパが開かれるのが恒例なので、その席の余興としてこれまで演じたショートコントを披露して、それを最後にしようと決めた。
「新歓合宿で始まったラフレンジャーやからな。卒業生の追いコンで休止っちゅうのもふさわしいやろ」
 岡辺が言った。一足先にラフプレイを退会した彼も、こういう話し合いとなると自然とまとめ役になる。ファミレスのコの字型のテーブルでも、一番奥の議長のような席に座っていた。
「先に辞めた俺が追い出しコンパに顔出すのも肩身が狭いけど、その時だけは出席させてもらうわ。先輩らにはお前らからもよろしく言うといてくれ」
「根回しなんかしなくたって、誰も文句言わないだろ」
「飲み会に岡辺くんがいたって、自然すぎて誰も気づかないんじゃない?」
 家入とアツミが、岡辺の両サイドからつっこんでいる。こういう光景ももう見られなくなるのかと思うと寂しくもあった。
「――家入も、その時点で引退しちゃうのか?」
「うーん、追いコンは先輩たちが主役だし、俺が引退とか言い出さない方がいいだろ。とりあえず夏まではうやむやにして、手伝えることあったら手伝うよ。留学できるかどうかも春の試験次第だし」
「ラフレンジャーが活動休止だと、所属劇団がなくなっちゃうね」アツミが言った。「黒崎くんとこ、入れてくれる?」
「はい、もちろん」黒崎は即答した。「先輩たちが入ってくれたら心強いっす」
「そんな安請け合いしてええんか?」岡辺が笑いかけた。「今の一年ばっかの劇団にいっこ上が三人も入ってきたら煙ったいぞー。イエローなんか口うるさいし」
「ていうか、春になったら新しいユニットみたいのも考えてみないか? 新入生も含めて」
「いいっすね。また戦隊ものやりましょうよ。誰かもう一人入れて」
「いっそ新劇団にしちゃわない? ラフプレイの伝統は置いといて」
 アツミの言葉は少々意外だった。――新入生が入ってきたとして、一年生は一年生だけで劇団を作るのが不文律なのだ。アツミはそういうルールには従う方だと思っていたが、いっそ新劇団でも、というのは、それだけ僕や黒崎とまた組みたいということだろうか。
「けど、そん時は……」岡辺が珍しく口ごもった。「何とか戦隊ラフレンジャーって名前は、使わんといてくれるか?」
「どうして?」
「そらまあ、公式サイトの企画ではラフレンジャーって名前を解禁したけどな。劇団名としてのラフレンジャーは一応、俺もいて三郷もいた、思い出としてとっときたいやんか。春からまたラフレンジャーって劇団ができたら、いろんなことが忘れられてまいそうでな」
「なんかセンチメンタルな台詞だなー」家入がからかった。「レッドらしくもない」
「ほっとけ。いっそセンチメンタルって劇団名はどうや。センチメンタルな戦隊物で、イエローが留学して抜けるって話をセンチメンタルな台詞づくしで書いたらええねん」
「まあ、劇団の形で定着するなら、自然と新しい名前がつくだろ」僕が言った。「戦隊物だけやるとも限らないし」
「ちゅうか、演目としてラフレンジャー物をやるのは構へんぞ。劇団名としては認めたくないだけや」
「なんか偉そうだなー。辞めたくせに」
「そらまあ、ワガママなんは認めるけどな。ええやんか、ワガママくらい言うたって」
「そりゃまあ、いいけどさ」
「だいたい、抜けるって意味じゃあイエローも一緒やからな。俺をワガママ呼ばわりしとる場合やないってことは自覚しとかなあかんわ」
「そりゃそうだけど……俺は言わば、武者修行みたいなもんだから。ハリウッド式の脚本術を学んだら、次はもっとすごいラフレンジャーの脚本を書いてやるよ」
「その脚本って、誰が演るの?」
 アツミとしては、素朴な疑問として尋ねたのだろう。だけど微妙な緊張感が漂った。家入は困ったように頭を掻いた。
「それは、まあ……いつかまた、みんなで演れたらいいよな」
「ほれみい。そん時のためにも、ラフレンジャーって劇団名は残しとけっちゅうこっちゃ」
 岡辺が笑いに変えて、それで話がまとまった格好になった。追い出しコンパの当日、夕方から集まってネタを合わせようという約束だけ交わし、最後の打ち合わせが終わった。

 三月のささやかな最終公演までには、岡辺は中堅どころの不動産ディベロッパーでインターンとして働き始めた。
 主な業務は資料の印刷とお茶汲みだとかで、「リクルートスーツ着て何社も回った挙句にコピー取りに就任や」などと笑っていたが、業界の下見みたいなつもりでいるらしい。「とりあえず就職活動の予行演習にはなったわ」と言っていたから、そのまま不動産業界に就職する気のようだった。
 そして家入は、三月から四月にかけていくつもの試験を受けていた。TOEFLとかTOEICとかの英語の試験から始まり、目当ての大学の編入試験にも通ったそうで、「面接とか留学前のレポート課題とか、みんな英語だから大変だよ」とぼやいていた。スケジュール的にも忙しいようで、ラフプレイの公演にキャストで出ることはなくなり、裏方として時々顔を出すくらいの関わりになっていった。
 僕とアツミと黒崎は、ひとまず三人でユニットを組むことにした。四月の新人勧誘公演で短い三人芝居を上演するためだ。三人ではラフレンジャーの芝居は厳しいということで、既存の戯曲を使うことになり、僕は大学の図書館でチェーホフの『プロポーズ』という短編作品を見つけた。父娘のところに隣家の男が結婚の申し込みにくるが、両家の間には土地をめぐる諍いがあって、話の成り行きから激しい言い合いになって大騒ぎ、という喜劇である。
 アツミが娘役、僕がその父親、黒崎が求婚者という配役に決まった。――新歓公演の持ち時間に合わせ、僕が上演時間十五分ほどの短い台本に書き直したのだが、それでも結構な台詞量となる。ラフレンジャーの舞台ではそれほど長い台詞はなかったし、娘の出番が多いので、アツミは台詞覚えに苦労しているようだった。
「でも、これくらいで大変がってちゃいけないよね」アツミは台本を手に笑った。「岡辺くんや家入くんの大変さに比べたら、台詞は覚えればいいだけだもん」
 別にあいつらと比べなくても、と思ったが、僕は言い返さなかった。演じる役柄のせいか、アツミの頑張りを父親のように見守る気持ちになっていたのだ。――きっと活動休止となっても、アツミの頭の中にはラフレンジャーの仲間たちの存在があるのだろう。それぞれの立場で頑張っているレッドやイエローを思うことで自分を鼓舞しているのだ。
 似たような気持ちは僕にもあった。僕自身、チェーホフ全集のページをめくっては短く書き直す作業の最中、家入のことを意識せずにはいられなかったのだ。アメリカ留学には敵わないだろうけど、直し作業は予想以上に脚本の勉強になったし、自分が前よりも書けるようになってきた手応えも感じた。この勢いで、早くオリジナル作品が書きたいなんて思いも膨らんだほどだ。
 新勧公演も無事に乗り切れたし、熱演の甲斐あってか五月までにはラフプレイに十数名の新人を迎えることができた。早速次の公演の話が持ち上がり、『プロポーズ』の三人組に演劇経験のある新人を二人を加えた五人ユニットを組むことが決まった。大学構内の稽古場を会場に、六月に小規模な公演を打とうという企画である。
 僕が脚本を書き、アツミが演出を担当してくれた。周囲からは戦隊ヒーロー物を期待されたし、黒崎もぜひ戦隊物をやりたいと言っていたが、それはまだ早いというのが僕とアツミで一致した意見だった。結局、アツミのアイデアを元に、僕が『プロポーズ』を下敷きにした五人芝居を書いた。
 新勧公演の手応えを元に、父親が娘に内緒で付き合っている女中とか、求婚者の男が婚約破棄した元許嫁とかを出して、さらにドタバタ度を増した話にしたのである。――タイトルは『プロポーズ・アラモード』として、恋愛関係が入り乱れた挙句に求婚者の男と女中が恋に落ち、娘は一人で生きていく決意をして父親は苦笑いで祝福という結末にもっていった。
 自分なりに納得のいくものが書けたし、演出のアツミもその脚本を気に入ってくれた。元になったチェーホフの『プロポーズ』がしっかりした戯曲だから発展させやすかったというのもある。だけど多分、五人の登場人物で話を盛り上げることができたのはラフレンジャーでの経験のおかげだろう。今度は女三人に男二人という編成だったが、五人の人間模様を描くという意味ではラフレンジャーの寸劇みたいな感覚で書き進めることができたのだ。
 でもその執筆は、オリジナル作品を書いたというよりも脚色の色合いが強かった。登場人物のうち三人はチェーホフ戯曲からきているし、元の筋を膨らませたり脱線させたりという展開が多かった。次こそは完全オリジナルを書いてみたい、そしてアツミに主演してもらいたい、というのが僕の密かな目標となった。
 そのためには出演はせずに脚本に徹し、それでラフプレイでの活動をしめくくろうか――などと考えているうちに、引退の時期となる大学三年の夏が近づいてきていた。

【2017年5月・反響】

 ネットに『死闘編』をアップしたその夜のうちに噂が広がり始めた。
 SNSだの掲示板サイトだので話題になって、動画へのアクセスも増えていったのだ。パスワード入力画面についた閲覧数を示すカウンターは、朝までに一万を超えた。
『廃墟戦隊ラフレンジャー、爆弾テロに宣戦布告! 下記URLで動画を公開中だって』
『なにこれ? マジの奴?』
『タイトルで「爆弾テロに宣戦布告!」って書いてんだから、相手はブラック×ハンターだよな』
『連続爆破テロの犯人に喧嘩売ってんの? 正気じゃねえな』
 野次馬的なネット民が騒ぎ始めていた。最初のうちは僕らが仕掛けた書き込みもあったのだが、もうその必要もないくらいに話が拡散している。
 しかし興味を持った者がアクセスしても、動画の中盤以降にはプロテクトがかかっている。そのあたりの技術は黒崎が専門で、よほどのハッカーでもパスワードがなければ見られないように作ってあった。
 アクセスカウンターは二つついていた。一つは認証画面までの閲覧数で五桁の数字を表示しているが、その下のカウンターはまだ一桁だ。特に説明はなかったものの、パスワードを入力して動画の続きを見た人数だと考えている者は多かった。
『パスワードなくて入れん。誰か知ってる?』
『今、鍵破りできないか挑戦中。文字列総当たりを狙ったけど、三回ミスるとブロックされる』
『オークション見たら、そのパスワードが出品されてた。最低入札額、十万円だって』
『テロに挑戦とかいって、手の込んだぼったくり動画?』
『認証画面の後の映像に、ブラック×ハンターへのメッセージがあるらしい』
 パスワードが競売に出ているなんて話は僕も初耳だった。そのオークションサイトを見にいってみたが、十万円で入札したという者は現れていない。さすがに正体不明の映像の続きにそこまで払う者はいないのだろうし、詐欺みたいなことを警戒してもいるのだろう。
 それでも気になるのか、野次馬の中には視聴可能な部分の分析や推理で盛り上がっている者もいた。
『ドローン撮影風の背景、穴林ショッピングスクウェアに特定。閉鎖前の画像と一致』
『あー、穴林な。前に行ったことある。このでかい宝石のインテリア、穴林SSだわ』
『穴林SS、今は閉鎖されてデッドモールと言われてるよ』
『ブラック×ハンターが、そのデッドモールに爆弾を仕掛けてたってこと?』
 そのあたりの話は僕らの推理とも重なる。僕らはそこから作戦を立て、脚本を書いて今回のラフレンジャームービーの制作にとりかかったわけだが、野次馬たちの関心は僕らにも向いていた。
『穴林のデッドモールにあった爆弾を、ラフレンジャーって奴らが撤去したわけか』
『だいたい、このラフレンジャーって何者?』
『調べたら、2005年まで、寸劇戦隊ラフレンジャーの公式サイトってのがあったらしい』
『それ自体は閉鎖されてデータも消えてるけど、連動してた掲示板を発見! 書き込めないけど読める』
 一夜のうちにそこまで辿り着かれたのは驚いた。――寸劇戦隊ラフレンジャーの活動休止にともない、公式サイトは大学三年の時に閉鎖した。しかし掲示板については無料レンタルサービスを利用したので、そのデータがネット上に残っていたのだ。
『なんか、いろんな奴らが投稿してて、「○○戦隊ラフレンジャー」ってのがいっぱいあるぞ』
『でも今回の、「廃墟戦隊ラフレンジャー」ってのは見当たらない』
 そのあたりはネット民の書き込みかもしれないし、黒崎や岡辺が流した情報かもしれない。――ラフレンジャーという名前から僕らのことを特定されないようにという布石だった。
 なにしろ爆弾テロ犯を相手にするのだから、身元を知られるのは危険すぎる。爆弾テロに宣戦布告というのが僕らの仕業だとは知られたくなかったし、かといってかつて「君もラフレンジャー」という企画に参加してくれた人たちに迷惑をかけるわけにもいかない。そこで僕らは、新たに「廃墟戦隊」というのを生み出したのだった。
 かつて寸劇戦隊というのがいた、そこから派生して給油戦隊とか琉球戦隊とか陸奥戦隊とか、全国各地で様々な人たちがラフレンジャーを名乗っていた。――そんな事実を拡散しておけば、今回の動画の発信源が曖昧になる。十年以上前に「○○戦隊ラフレンジャー」というのが数多く存在していた事実を踏まえ、誰かが勝手に廃墟戦隊を名乗っている、というのが僕らの考えた設定だった。
 もちろん、寸劇戦隊の舞台や映像を見た人もいるだろうし、かつての公式サイトに載せた情報を個人的に保存している人もいるかもしれない。だけど十年以上たった後では体形や動きも変わっているし、再撮影の際には廃墟戦隊の衣装をマイナーチェンジしておいた。かつての画像と今回の動画を照らし合わせても、中身が同じだと見破ることは難しいはずだった。
 それに、野次馬の関心は衣装の下には向かわなかった。翌日からは次の展開が仕掛けられたせいだ。
『パスワード入手。映像後半見た。本気でブラック×ハンターに喧嘩売ってた!』
『デッドモールに仕掛けられてた爆弾は無力化して、犯人の証拠も掴んだって』
『爆弾撤去で怪我した手も映ってた! すげえリアル』
 そんな書き込みが、SNSだの掲示板だのにちらほら現れる。その書き込みを裏付けるように、認証画面に浮かぶアクセスカウンターにも変化が起きる。――上の閲覧数カウンターと裏腹に、今まで一桁の数字のまま動かなかった下の方のカウンターが、毎日少しずつ数を増やしていったのだ。
 当然、ネット上には『パスワード教えて』とか『ブラック×ハンターはどう出る?』といった声も生まれ始める。廃墟戦隊ラフレンジャーの正体を気にする者もいたが、映像の続きやブラック×ハンターの反応の方に関心を向ける者の方が増えているようだった。
 しかし、かつてブラック×ハンターの犯行声明が載った掲示板を見ていても、犯人からのコメントは出ていなかった。犯人風に『ラフレンジャーよ、我々を舐めるな』とか『そんな見え透いた挑発には引っ掛からないよ♪』とかいう書き込みはあったりするのだが、それが連続爆弾テロの犯人によるものとは特定できなかった。
 あるいは、そうやってネット上の無数の匿名情報の中に身を隠すことこそが、ブラック×ハンターの狙いだったのかもしれない。そういう意味では全身タイツの衣装に変身して正体を隠しているラフレンジャーも似たようなものなのかもしれないが――姿の見えない犯人を炙り出すため、僕らは次の一手も考えてあった。
「例のスクラッチカード、そろそろ使われるぞ」
 二日後の午前、岡辺が電話をかけてきた。
「今、辞めた会社に来とんねん。私物の撤収やら事務手続きやらにきたんやけど――高遠は外回りでおらへんかった。しかし俺のロッカーを見てみたら、レインコートのポケットに入れといたスクラッチカードだけ、どういうわけか消えとった。いろいろ吹き込んだ話から、あいつなりに探りを入れてきたんやろな」
 岡辺の声に笑いが滲んでいた。最初から、その同僚を狙ってロッカーにカードを残しておいたのだろう。高遠というのは、かつて一緒にデッドモールの見回りの仕事をしていたという男なのだ。
「お返しがわりに高遠のPCを覗いてみたら、奴が今夜、コスプレ仲間と集まる予定らしいと分かった。俺もそこ乗り込んで、いろいろ探り入れてみるわ」
「……危なくないのか?」
「コスプレパーティーらしいからな。俺も変身して顔は隠すし、他にも客が大勢おる店なら荒っぽいことにはならんやろ。まあ俺の身に何かあったら、みんなによろしく言うといてくれ」
 冗談めかした口調だったが、その声には緊張感も滲んでいる。――少し迷ったが、僕は思い切って言ってみた。
「俺も行くよ」
「何言うとんねん。おとなしく職場で残業でもしとけ」岡辺はそっけなく言った。「いくら元ブルーレンジャーいうても、堅気の大人は真面目に仕事するもんや」
「だって、お前は……」
「ここでカッコつけられるのは、リーダーたるレッドの特権や。元はといえば俺と高遠が見回り仕事を悪用したことから始まっとるんやし、ここらでケジメつけてくるわ。ことがうまく運ぶように祈っといてくれ」
「……レッド一人で敵地に乗り込むなんて筋書き、書いた覚えはないぞ」
「そこらへんは臨機応変なアドリブや。ほんならな」
 電話が切れた。――テロリストとの戦いに向かうかもしれないという時なのに、やけにあっさりした挨拶だった。
(第18回につづく)

竹内 真Makoto Takeuchi

1971年生まれ。95年に三田文学新人賞、98年「神楽坂ファミリー」で小説現代新人賞、99年『粗忽拳銃』で第12回小説すばる新人賞を受賞。『カレーライフ』『自転車少年記』『じーさん武勇伝』『図書館の水脈』『ビールボーイズ』『文化祭オクロック』など著書多数。

竹内真の好評既刊

  • 双葉社
  • 小説推理
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