双葉社web文芸マガジン[カラフル]

廃墟戦隊ラフレンジャー / 竹内真・著

イラスト:伊波二郎

第13回

【2017年4月・四色+1】

 待ち合わせ場所はこの前と同じ、穴林ショッピングスクウェアの最寄り駅だった。だけど、そこに着く前に急行列車で仲間と合流することになった。
 まずは始発駅で乗り込んだところでピンクに声をかけられた。
「深見くーん!」
 振り向いたら、アツミが座席から手招きしていた。職場とは違う呼ばれ方が懐かしかった。隣に座ったところで発車のベルが響いた。
「ほんとに五人集まれることになったんだねー」
「何とかなるもんだよなあ」
 動き出した列車の中、二人してしみじみとうなずき合ってしまった。五人が揃うなんて、結成から数えれば十四年ぶり、卒業してからは十年ぶりだ。
 僕は職場で、寸前に申請した有給休暇をなんとか認めてもらえたし、アツミはこの春から子供が保育園に入れて余裕ができたということだった。三郷は大きなプロジェクトが一段落して暇になったというし、家入も〆切の山は抜けた時期だということで、どうにかタイミングを調整できた。
 おまけにアツミは、スマートフォンを起動してどこかにダイアルしはじめた。
「集まったら電話してって頼まれてるの。一人一人と喋りたいって」
「誰が? ……っていうか、車内通話はお控えくださいって、ついさっきアナウンスされてたぞ」
「大丈夫だよ、すいてるし」
 通話はすぐに繋がったらしい。アツミは僕を制して相手と喋り始めた。
「こんにちは! うん。まずはブルーと会えたよ。替わるね!」
 そのままスマホを僕の耳元に当ててくる。途端に気色ばんだ声が聞こえてきた。
「なんで自分も誘ってくんないんですかー!」
 黒崎の声だった。彼とも十年ぶりになる。声を聞いてすぐに誰だか分かったのが自分でも意外だった。
「俺だって一応、ラフレンジャーの一員のつもりですよ。なのに先輩たちだけで集まって、声もかけてくんないなんてひどいなーと思って」
「ごめん。忘れてた」素直に謝った。「ていうか、俺と家入がばったり再会したとこから始まった話なんだ。同期の五人の同窓会みたいなもんだからさ」
「そういうことなら今回は諦めますけど、次に秘密基地に集合なんて時は絶対呼んでくださいよ」
「……レッドに伝えとくよ」
 多分、次はない。五人揃うのだって大変だったのだし、岡辺によれば秘密基地を使うチャンスは今しかないらしい。黒崎も含めて集まれたとしても、秘密基地に集合というのはさすがに無理だろう。
「ところでお前、今は何やってんの?」
「相変わらずですよ。WEBデザインってよりは、最近はSNSのプロデューサー的なことがメインになってます」
 元はといえばラフレンジャーのためにインターネットの知識を学んだ黒崎だったが、大学卒業後は大手IT企業に就職した。もともとそういう才能があったのだろう。ラフレンジャーの公式サイトが評判になって、黒崎は学生のうちからWEBデザインの仕事を始めた。アルバイトから始めてフリーランスの形で仕事を請け負うようになり、その経験を買われて就職が決まったというのだからすごい話だ。
「学生の頃は、親の仕事がパソコンに向かってるだけなのが嫌だとか言ってなかったっけ?」からかうように言ってやった。「今じゃ自分の方がよっぽど本職だな」
「それを言わないでくださいよ」
 軽い世間話の後、アツミに電話を戻した。アツミが切るのを待って尋ねた。
「黒崎と連絡とってたの?」
「SNSで検索したの。今日の集まりのことぐらい伝えといた方がいいかなーと思って」
「ああ、そういう仕事だって言ってた」
「それで今日はどうしても会社から抜けられないんだって」
「そりゃそうだよな」
 平日の昼である。僕ら五人が集まれる方が不思議なくらいだ。――それに黒崎には悪いけれど、彼抜きの五人の方がしっくりくる気がするのも確かだ。
「来れないって返事をくれた後、わざわざ電話かけてきてね。すごく悔しがってた。せっかくだから電話でみんなと喋りたいって言ってたもんだから」
「そういうのに応えてやるとこが優しいよな、アツミは」
「そう? 後で文句言われるの嫌だからってだけだよ。優しいっていうのとは違う気がする」
 しばらく黙って電車に揺られた。アツミは何か考えているようだったが、やがてぽつりと呟いた。
「人に優しくするのって難しいよね。――学生の頃なんて、全然分かってなかったもん。そういうの」
「んなことないだろ。ラフレンジャーの中じゃ、アツミが一番優しかったと思うよ」
「そうかなあ。一番はやっぱり、家入くんじゃない?」
「あいつも優しいけど……人のこと考えてないとこもあるから、差し引きゼロだな」言いながら笑ってしまった。「最近だって治ってなかったろ?」
 アツミも微笑んだ。この前のプロポーズのことを思い出しているのだろう。
「家入くんは――自分が優しい分だけ、恋人にも同じだけの優しさを求めちゃうタイプなんだよ。私は今も昔も、それに応えられなかったのかな」
 学生時代に付き合っていた頃のことに思いを馳せているようだ。僕は口を挿まずに聞いていた。
「私は――優しくしてもらえるのが嬉しくて、一方的に求めてばっかりだったんだよ。不器用すぎて、誰かと優しさを向け合うのに慣れてなかったんだなって、自分に子供ができてから分かった」
 どうやらアツミの意識にあるのは、恋人とか親子とか、親密な相手に対しての優しさということらしい。大学の友達とかサークル仲間への優しさとはまた別のものなんだろうと思うと、僕の出る幕はなさそうだった。
「自分の子供にだったら、躊躇とか遠慮とか抜きに、百パーセント優しくできるもんなのね。だから子供からすると――特に小さい頃は、親からの優しさみたいのが当然なんだって思いこんでるもんじゃないかな。それでついつい、他人にも同じものを求めちゃう、みたいな感覚。深見くんは、子供の頃にそういうのってなかった?」
「……あった気はする」
「でも実際には、誰でも親みたいに優しくしてくれるかって言ったら、そんなことないじゃない? そういうとこから学習して人との距離感を掴んでくんだと思うけど、私はそういうのが下手だったの。だから人間関係がうまくいかないことが多かったんだけど――ラフプレイで出会った家入くんは、親みたいに優しくしてくれるとこがあったんだよね」
 それで彼と付き合うことにした、ということだろうか。あの頃の家入には、アツミが求めているものがあったというわけだ。僕はといえば、彼女が何を求めているかなんて考えたこともなかった。
「だから――彼からすれば、私にも同じだけ優しくしてほしかったんだろうけど、私はそれが上手くできなかったんだと思う。そういうとこからすれ違いが広がって、いったん白紙に戻そう、普通にラフレンジャーの仲間として過ごしてみようって話になったの」
 きっとそれが、二年の夏合宿の頃の話だったのだろう。そういえば、二人が別れたことを知らされたのも、車での移動中だった。
 そして今、並んで急行列車に揺られながら、ようやくその理由を聞かされた。――なるほどと納得できた一方で、あの頃そういうことが分かっていたらと考えずにはいられなかった。

 途中の停車駅でたくさんの乗客が乗り込んできた。その中に家入がいた。
「おー、ブルーとピンクだ」
 もう座席に空きはなかったので、家入は僕らが座っている前で吊革を掴んだ。並んでいる僕らを見下ろして、楽しげに話してきた。
「こないだは、新宿駅でレッドとピンクを見かけたんだぜ。声はかけなかったけど」
「なんだ、かけてくれればよかったのに」
「いや、不倫の最中だったりしたら悪いかと思って遠慮した」
「何言ってんのよ。もしそんな関係だったら、今ここで言う方がよっぽど悪いじゃない」
「いやまあ、ブルーだったら気にしなくてもよさそうだし」
 そんな二人の軽口に、僕も自然と笑顔になった。アツミはため息まじりに説明してくれた。
「岡辺くんと二人で会ったのは、就職活動してただけだよ」
「就職活動?」
「独立して会社を立ち上げるっていうから、経理担当とかいるんじゃないかと思って。一応当たっとこうって感じで相談にのってもらったの」
「あー、いいかもね。岡辺だったら、子育てしながら仕事とか融通きかせてくれそうだし」
「うん。これから作る会社だから、お互い納得いく形で仕事できるかなって思って」
 まだ本決まりではないということだったが、アツミの表情からも期待しているのが伝わってくる。僕はというと、今になって腑に落ちた気がした。
 この前三人で飲んだ時、岡辺はアツミが帰ってから独立の話を始めた。アツミにはまだ聞かせたくないのかなとも思ったが、何のことはない。アツミに対しても個別に話していたのだ。三郷には人材のことで相談していたわけだし、ことによると僕が一番事情に疎かったのかもしれない。
 僕がそんなことを考えている間も、家入とアツミは楽しげに言葉を交わしている。
「ねえ、それより家入くんと電話で喋りたいって人がいるんだけど」
「もしかして――黒崎?」
「えー、なんで分かっちゃうの?」
「ブラックは誘わなくていいのかなーって、ちょっと気になってたんだ」
 ラフレンジャーの単独公演ではグリーンレンジャーを演じた黒崎だったが、名前に黒がつくこともあり、呼び名としてはブラックの方が定着した。グリーンといえば三郷のことだったからだ。
「今日は来られないっていうんだけど、みんなとは話したいって頼まれてんの」
「いいけど……さすがに今かけるわけにもいかないよな」
「待って、チャットできるよ」
 アツミはスマホを素早く操作している。やがて準備が整ったのか、そのスマホが家入に手渡された。家入はアツミのスマホを持ったまま扉のところに寄りかかって何やら入力し始めた。
 そしてしばらくすると笑顔で戻ってきた。スマホをアツミに返しつつ、黒崎とのやりとりを教えてくれた。
「黒崎に冗談で聞いたんだよ。爆弾事件で騒がれてるブラック×ハンターって、元ブラック将軍のお前なんじゃないのかって。そしたらあいつ、何て返してきたと思う? 『ブラックレンジャーを疑うなら、深見さんも容疑者ですよ』だってさ」
「俺?」
 驚いた。そりゃまあ、ブラック将軍とかブラックレンジャーとか言われる役を最初にやったのは僕だが、まさかその話と企業テロとを結びつけられるとは思わなかった。
「……黒崎から容疑者って言われるの、なんか嫌だな」
「あいつも冗談で言ってたんだけどね。今日の集まりに自分だけ来れないって恨みもこもってるんだろうなあ」
 そう言って笑っていた家入だったが、そこでふっと真顔になった。
「そういや、知ってる? 今日行く秘密基地の買い手って、ファストファーストだって噂があるんだぜ」
「買い手って……あのデッドモールの?」
「そう。穴林ショッピングスクウェアごと買い取って、自社ブランドだけの一大ファッションモールに仕立てるって計画みたいなんだ。同僚の、経済方面に強いライターが言ってた」
「それ、ガセネタじゃないのか?」にわかには信じがたい話だった。「あのモール全体で、ファストファーストの服を売るってことか?」
「ほら、あの会社って、もっと高級路線のブランドも持ってるし、ネット限定のオンデマンドデザインとかもあるだろ。そういうブランドとかアイテムごとに細分化して、モール内の一店舗として売るってことらしいんだよ。この店ではTシャツだけを売るとか、この店では靴下だけとかさ。それだけでも話題になるだろうし、オープン記念にはモールの施設を活かして自社ブランドだけのファッションショーを開くって噂もある。ほら、ブラック企業だって叩かれたり、爆弾テロの標的にされたりして、イメージ悪くなってるだろ? ここらで一発、でかい企画でイメージアップってのを狙ってるんだってさ」
「それを、あのデッドモールでねえ……」
 実現したらすごい話だが、どの程度の信憑性がある噂なのか、僕には見当もつかなかった。アツミはファストファーストの子供服部門とかアウトレットとかがあればいいなと消費者目線で語っているが、流通目線で考えればずいぶんと巨大なプロジェクトになる。
「ありえない話じゃないと思うよ」家入は楽しそうに言った。「あんだけでっかいデッドモールともなると、ファストファーストくらい勢いづいてる企業でもなきゃ、買えもしなけりゃ運営もできないだろうし」
「そう言われると、そういうもんかもなあ」
「まあそのへんも、後で岡辺に聞いてみようと思ってんだ。あいつだって噂くらい聞いてるだろうし」
 そんな話をしているうちに、目当ての駅が近づいてきた。今からその場所に行くのだと思うと、あらためて不思議な気分になってくる。
 そして急行列車を降りると、後ろから声をかけられた。
「なんだ、みんな乗ってたのかー!」
 三郷だった。久しぶりに会うというのに、学生の頃と全く変わってない。ジーンズとフリースジャケットという格好で、大きめのリュックサックを背負った姿だった。
 同じ車両に長身の彼がいたなら目立ったことだろう。だけど僕らが乗っていたのは中ほどの車両で、三郷が乗っていたのは先頭車両だった。三郷はこっちに向かって小走りでやってくる。
「リュックにドローン入れてきたんだ。秘密基地で、空中撮影とかしてみたいと思って」
 笑顔で告げられた。家入が呆れたような声を上げた。
「グリーン、変わってないなー」
 それが合図だったみたいに、四人して笑った。

【2004年9月・脚本コンペ】

 黒崎の作ったラフレンジャー公式サイトは、意外なくらいの反響を生んだ。
 前からラフレンジャーを知っている人が見る程度だろうなと思っていたら、アクセス数は桁違いに増えていったのだ。これまでのステージの記録映像を編集した動画を載せておいたら、それがネットの口コミで評判となり、一日に何千何万という人が見に来たらしい。ラフレンジャーにとっては未経験の領域だった。
 これまでステージに上がった時は、観客は百人に満たないことがほとんどだった。学園祭のステージだってせいぜい数百人というところだ。十月の単独公演だって、二百席ほどの小劇場で五公演を満員にするにはどうしようかと考えていたくらいなのだ。毎日アクセス数のカウンターが上がっているのを確認するたびに不思議な気持ちになった。
 岡辺とアツミと家入と僕、二年生四人で昼休みになんとなくパソコン室に集まり、黒崎が夜の間に更新した公式サイトを確認するのが習慣になっていた。別に黒崎を除け者にしたわけでもないが、どうせ稽古では顔を合わせるのだし、最初に見た時のパターンがそのまま定着したのだ。
「こらあ観客動員に繋がるぞ」岡辺が言った。「動画を真似して文化祭でラフレンジャーをやった高校生までおるんやったら、そいつらをまとめて呼び込めるんちゃうか? この際、団体特別割引もあるから観に来ませんかって、直接連絡とってみようや」
「そんな割引いつできたんだよ」家入がつっこんだ。「高校生料金だって設定してないぞ」
「なかったら作ればええねん」
 黒崎がラフレンジャーの衣装の作り方などを公開していたものだから、それを見た神奈川の高校生が真似して、九月の末に行われた文化祭でコントを披露したらしい。公式サイトの掲示板に教室のステージで上演している画像がアップされたと思ったら、背景の黒板には「2B戦隊ラフレンジャー!」などと記されていた。
「だいたいこれ、俺らの丸パクリやないか。原作料払えとはいわんから、公演に挨拶に来るのが筋やっちゅうねん」
「それ言ったら」家入は笑い出した。「俺たちだってテレビの戦隊物のパクリじゃないか」
「俺らのはパクリちゃうわ。戦隊文化をリスペクトしたオマージュや。今度の脚本の、グリーンの台詞にも入っとるやろ」
 僕もアツミもうなずいた。そのシーンは僕じゃなく、家入自身が書いたのだ。ラフレンジャー結成の際、グリーンがみんなを説得するために言う台詞である。
「黒崎が力込めてそれ言うたら、序盤の見せ場になるなーと思とったとこやぞ。脚本家が自分から否定するようなこと言うな」
「いやー、脚本家は全ての台詞に対して客観的にならないと。――だよな?」
 家入の言葉の最後は僕に向けられた。しかし僕に言われたって困ってしまう。稽古と並行して脚本作りも進んでいるけれど、まだ後半の筋が固まっていないのだ。黒崎がグリーン役をやるのを前提で書いてきたものの、グリーンが引退するという展開をどう描くか、僕も家入も頭を悩ませているところだった。
「客観的って意味で、一つ提案があるんだ」家入は話を続けた。「俺とブルーで話してても行き詰まり気味だし、個別に三郷や黒崎と話して、アイデアを練ってみるってのはどうかな? そのアイデアを持ち寄ってまた検討してみるとかさ」
「うん。ええんちゃうか?」岡辺が言った。「ちゅうかお前ら、早いとこ最後まで仕上げろや。このままじゃ演出プランも練られへんぞ」
「私も早く読みたーい」アツミも言った。「とにかく一度、ブルー案とイエロー案ってことで、あらすじだけでも最後まで書いてみたら?」
「そらええな。この際、ブルーとイエローの対決ってことにして、三郷や黒崎を助太刀にして書いたらええねん。脚本コンペして、よさそうな方を採用しよう」
 妙な展開になってきた。――その後はみんなで学生食堂に移動したのだが、昼食の間じゅう、家入も僕も脚本のことに頭がいって、普段よりも無口になった。

 その日の稽古の後は黒崎と一緒に帰った。家入とは別行動をとり、まずは僕が黒崎と話すことにしたのだ。
「だいたい黒崎って、なんでそんなにラフレンジャーが好きなんだ?」
 前から気になっていたことを尋ねた。黒崎はちょっと考えてから答えた。
「実はうちの親、警察官僚なんすよ」
「警察官僚……」
 まずその言葉の響きに驚いた。それから、なんでそれが質問の答えになるのか気になった。
「子供の頃は単純だから、お父さんは正義の味方なんだーって思ってました。ほら、戦隊物でも、ヒーローたちのボスみたいな人がいるじゃないすか。今でいえばデカレンジャーのドギーとか、昔ならガッチャマンの南部博士みたいな。自分、ああいう味方側のボスキャラって好きだったんで、お父さんは戦隊ヒーローを指揮するみたいな仕事をしてるんだってのを誇りに思ってて」
「そういや戦隊物って、実際の警察組織を参考にしてんのかもな」
「いや、それが――実際はやっぱり別物でしたよ。小学生ん時、親の職場見学ってのがあったんです。母親と一緒に霞が関の庁舎まで行ったんですけど――隣の警視庁のビルは入口に警官とか立ってて物々しい感じなのに、警察庁って地味なんすよね。普通のオフィスビルって感じで」
「そりゃまあ、お役所だもんな」
「でも自分的には、ヒーローの基地を期待してましたから。親のデスクんとこまで行ったんですけど、ほとんどパソコンに向かってるだけで、がっかりしちゃいましたよ。ヒーローの指揮をとるどころか、他の人と関わったのなんて、近くの席の人から書類を受け取っただけですもん。警察官っぽくもなくて、ちっともカッコよくないなと思って」
「……真面目に働いててがっかりされる親父さんも気の毒だな」
 僕は素直な感想を言っただけなのだが、黒崎は苦笑をこらえる顔になった。自分でも後からそう思ったらしい。
「後から分かったんですけど、その頃って警察もサイバー犯罪の対策に力入れてて、うちの親父の部署はその統括みたいなことをしてたんですね。それもあって普通の官僚よりもさらにパソコン仕事の比重がでかかったらしいんです。でも当時はそんなの分かんないから、ただがっかりして――一時期は戦隊物も見なくなったくらいでしたよ。代わりにお笑いにはまって」
 どうやらそのあたりからラフレンジャーに繋がってくるらしい。僕は黙って話の続きを待った。
「小学校の高学年くらいの頃、ボキャブラブームってあったじゃないすか。自分、あれ大好きで、毎週ボキャブラ天国は録画して何回も見てたんですよ。今でもほとんどのネタは暗記してるくらいなんですけど、それ見てるうちに気づいたんですよ。ああ、駄洒落ネタっていっても、面白い人たちは演劇として上手いんだなって。演技力とか、間の使い方とか、やっぱり爆笑問題とかネプチューンとかは別格だったじゃないすか。それで中学の頃から演劇も見るようになったし、演技のアンサンブルって意識で戦隊物を見直したら、子供の頃とは違う感覚で面白いんですよね。ボキャブラブームが終わった頃から、また戦隊ファンに戻ってました」
「そういや――去年の新歓で、高校に演劇部がなかったから野球部に入ったとか言ってたっけ」
「そうなんすよ。だから大学では絶対演劇サークルって思ってて――そこでラフレンジャーに出会ったんです。ラフレンジャーって、戦隊物とかお笑いとか、全部自分の好きだったものからできてるんですよ。うわあすげえ、俺こういうのやりたかったんだーって思って、速攻でラフプレイに入会したんです。だからラフレンジャーにはどうしても入りたかったし、ブラック将軍とかグリーンレンジャーとかやらせてもらえて、今すげー幸せなんですよ」
 黒崎は、本当に嬉しそうな顔で語った。聞いている僕も嬉しくなってきたし――その顔を見ているうちに、アイデアが一つ固まった。
 今度の脚本では、三郷のグリーンレンジャー引退が一つの山場となる。問題はその後でどんな結末を持ってくるかということだったが、やはりこの、黒崎自身を登場させてやるべきではないだろうか?
 子供の頃から戦隊物に憧れてラフレンジャーになりたいと思った新人が入ってくる。そんなラストシーンでもって、単独公演の舞台をしめくくるのはどうだろう。もちろん舞台上では三郷役も黒崎役も黒崎が演じるわけだけど、本人役も含めた一人二役というのは不思議な異化効果がありそうだ。普段からヘルメットをかぶっている役だった三郷が引退し、黒崎自身の役で登場する時になって初めて、ヘルメットを脱いで黒崎の素顔を見せるというのはどうだろう?
 そんなアイデアのあらすじを、その夜のうちに書きとめた。家入も二日後には書き上げてきた。その日の稽古終わりまでにみんなで回し読みした上で、五人で車座になって話し合った。
「イエロー案はしっかり脚本の形になっとるけど、ブルー案はあらすじだけや」話をまとめたのはリーダーの岡辺である。「脚本としてはイエロー案の方がちょっと上やけど、舌足らずながらもアイデアとしてはブルー案の方がいいって意見が多い。ここは一つ、そのあたりを踏まえた上で、二人にはもう一回書いてもらおうか」
「なんだよ」家入が苦笑して言い返した。「コンペじゃなかったのか?」
「仲間同士の二人で勝ち負け決めたってしゃあないやろ。もっと大人にならんかい」
「対決だって言い出したのはレッドじゃないか!」
 そう言いつつも、家入も自分の案にこだわりたいというわけでもなさそうだった。――三郷と共に考えたというイエロー案では、「実はグリーンは一年間だけ地球に留学に来た異星人で、留学前に地球の文化を勉強する際、地球のテレビ放送の電波を受信して戦隊ドラマが現実だと思い込んでいた」という設定が最後に明かされるという斬新な展開だったのだ。「グリーンレンジャーが全てを告白し、春になって故郷の星に帰っていくのをみんなで見送る涙のラストシーン」という案もそれなりに魅力的ではあったが、それまでのノンフィクション的ラフレンジャーストーリーとは別の話になりすぎるというのが問題だった。
「ならこう言おか。イエローにもブルーにも、相手を倒しきるだけの力はなかったんや。イエローのはうまく脚本になっとるけどアイデアが現実離れしすぎてた。ブルーのは着想はええけどまだ脚本になってへん。お互いの弱点をカバーし合うには、協力しあって書くんが一番や」
「……そう言われると癪だけど、その通りなんだよなー」
 岡辺がそう言う気持ちも、家入が一言返す気持ちもよく分かった。僕も同じように考えていたからだ。
 そんなわけで、僕と家入は協力して脚本の終盤を書き上げた。結果的には家入が考えた台詞の方が多くなったような気もするが、仕上がりについては満足のいくものができた。その脚本でもって、ラフレンジャーの単独公演に臨むことができたのである。
(第14回につづく)

竹内 真Makoto Takeuchi

1971年生まれ。95年に三田文学新人賞、98年「神楽坂ファミリー」で小説現代新人賞、99年『粗忽拳銃』で第12回小説すばる新人賞を受賞。『カレーライフ』『自転車少年記』『じーさん武勇伝』『図書館の水脈』『ビールボーイズ』『文化祭オクロック』など著書多数。

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