双葉社web文芸マガジン[カラフル]

廃墟戦隊ラフレンジャー / 竹内真・著

イラスト:伊波二郎

第11回

【2017年4月・ブルー&レッド】

 ビアパブを出て、駅でアツミと別れた。家入には解散だと連絡したけれど、僕と岡辺はもう一軒立ち寄った。
 ビールはさんざん飲んだので、チェーン系の居酒屋で日本酒を頼んだ。岡辺が燗酒の徳利を取って僕のぐい飲みに注いだ。
「こないだ会った時、思えへんかったか? 岡辺はこんなしょうもない仕事しとんのかって」
「……思ってないよ」
 注ぎ返しながら答えたが、あまり自信はなかった。どうだったっけなと考えてしまった。
 岡辺は、そんな僕の顔を見据えて指さした。
「ほら、内心で思っとったから、今そういう顔すんねん。イエローは単純にデッドモールに浮かれとったけど、ブルーはそういうん顔に出るからなあ」
「そうかなあ」
「出とるって。お前、いつもどっか冷めとるとこあるやろ。そんなつもりないかもしれんけど、クールな目で見られとると、人はつい思ってまうねん。こいつもしかして、いま俺のことバカにしてんのちゃうかって」
「そんなこと言われても」
 いつの間に絡み上戸になったのだろう。学生時代の岡辺にそういうところはなかったと思うが、職場や家庭でストレスを抱えていて、僕にぶつけたい気分なのかもしれない。
 クールな目などした覚えはない。このままとぼけようかとも思ったが、真面目に答えておいた方がいい気がした。
「……あの時の俺は、単に不思議だったんだと思うよ。あんなでかい空間が無人で放り出されてて、それを一人や二人で見回りしてて、みたいのが」
「まあ放り出されんのもこの春までや。新しい持ち主が決まったらリニューアルオープンってことになるやろし」
「新しい持ち主ってのは、どんなとこなんだ?」
「さあ。ファッション業界らしいけど、俺ら下っ端は細かいとこまで聞かされてへんわ」
「流通業界じゃないんだ?」
「最近は都心の高級ブランドビルもあれば郊外のアウトレットみたいのも流行っとるやろ? あんなん合わせたような巨大施設になるって噂やぞ」
「すごいな」三郷の動画を思い出した。「ラフレンジャーが復活させた秘密基地が、現実でも復活しちゃうわけか」
「ん?」
 岡辺は一瞬、意味が分からなかったらしい。そしてあの動画に思い当たったのか、愉快そうに笑った。
「そういやそうやなー。ブルーオーブのご利益、っちゅうか、あの時ああいうもんを撮ったんも、俺が腹ん中にしまっとった計画のせいかもなあ」
「計画って?」
 尋ねると、岡辺は静かに微笑んだ。そして声のトーンを落として語り始めた。
「あのな、俺がデッドモールの見回りなんてしてたんは、ちょっとした懲罰人事やねん」
「懲罰……」
「早い話、左遷や。本社から飛ばされて、誰がやってもええような閑職を押しつけられとった」
 数年前、岡辺の会社の関西支社で大きな港湾再開発プロジェクトがあったらしい。土地勘のある岡辺は東京本社から派遣される形で参加していた。様々な関連企業が加わり、大きな資本が動いて莫大な利益を生むはずのプロジェクトだったが、いよいよスタートという段になって横槍が入った。用地取得にあたっていた別の部署が談合や恐喝まがいの手段を繰り返していたことを週刊誌にスクープされたのだ。一部マスコミの報道では済まず、警察や検察まで動き出すことになり、プロジェクトチームは再編されることになった。岡辺の会社が事業から外されることになったのだ。
「まあ、俺が直接違法行為を指揮してたわけやないし、罪はかぶらんで済んだんやけど、プロジェクトにおいてコンプライアンスを甘く見てた責任がある、なんて追及してくる奴らもおってな。でかい仕事がぽしゃったんは事実やから、こっちも強くは出られへんかった。派閥の勢力争いみたいなもんもあって、プロジェクトに参加してた仲間はみんな飛ばされて――で、俺は今の仕事ってわけや」
「……大変だったなあ」
 そんな相槌しか打てなかった。前に東京駅で再会した時の岡辺の姿を思い出した。あの時は、これから関西出張だと言って忙しそうだったが――懲罰人事というのはその後のことなのだろうか。
「まあ、こっちも閑職に回されてただ凹んどったんとちゃうぞ」岡辺はにやりと笑った。「お前らをデッドモールに手引きして撮影して遊んだったのもあるし、左遷された仲間にはもともと、ただのサラリーマンで終わるかっちゅう、骨のある奴も多かったんや。それぞれ地方に飛ばされた後でも連絡取り合って、新事業の準備を進めとんねん」
「新事業って、どんな?」
「詳しいことは言われへんけどな、俺の発案で、まさにデッドモールを蘇らせようっちゅう話や。あん時俺ら三人で掲げた、ブルーオーブみたいなもんやな。日本じゅうにあるデッドモールを活用するような事業を展開したろ思っとんねん」
「デッドモールを見回りながら、そういう事業構想を練ってたってわけか」
「レッドレンジャーは転んでも只では起きひんからな。そのうち会社に辞表を叩きつけて、新事業で大儲けしたるわ」
「え、会社辞めて起業すんの?」
「二足のわらじの時期もあるかもしれんけど、事業が軌道にのったら、間違いなく辞めるやろな。嫁はんともとことん話して、こないだようやく分かってもらえた。もう今の時点で辞めたってええくらいやねん。もともと見回り役の閑職にしたって、辞めるなら辞めてええぞって言われとるようなもんやったしな」
 岡辺の声に、押し殺していた反骨心のようなものが滲んでいた。――僕らを手引きしてデッドモールで遊ぶというのも、密かな意趣晴らしみたいなものだったのかもしれない。
「じゃあ」ふと思い当たった。「こないだ俺たちを連れてく時はえらく慎重だったのに、今になってまた、五人で集まろうってのは……」
「おお、もうこうなったら、ちょっとくらい会社にバレたって構へん、それを置き土産にしたろかってなもんや」
「なんか、すごいことになってたんだなあ」
「穴林ショッピングスクウェアの身売りが決まったら、今までみたいに気軽に中には入れへんようになるやろし――見回り役自体が用無しになるからな。俺の所属や仕事内容も変わるはずやし、別の勤務地で似たようなことをやらされるんかもしれん。ならそのタイミングで独立したろかいって思いもあって、ここんとこ嫁はんを説得しとったわけや」
「独立したら、岡辺が社長になんの?」
「いや、社長候補は別の人や。社内でのプロジェクトリーダーやっとった人がおってな。俺も入社当初から世話になっとった先輩で、気心も知れとんねん」
「岡辺はナンバーツーか」
「ま、そんなとこやな」
 一つうなずいて、岡辺はくすりと笑った。
「俺な、ラフレンジャーではレッドになってリーダーやらせてもらっとったけど、もともとリーダータイプやないねん。子供の頃から前に出たがるタイプではあったけど、一人で突っ走っても周りがついてけえへんタイプやった。高校ん時なんか、体操部ん中で揉め事があって、同じ学年の奴らが何人も抜けたりしてな。だから――あんなふうに仲間がいて、みんなからリーダーって立てられて、みたいなんはラフレンジャーが初めてやった」
「……意外な告白だな」
「最初に五人集まった時、家入が俺のこと、演出家タイプやから座長やれって言うたやろ? あれは単に、関西弁で他の奴にツッコミ入れてたからってだけやねん。なのに自然と、俺が座長や、レッドレンジャーでラフレンジャーのリーダーやってなってった。俺に能力とか人徳とかがあったわけやのうて、みんなが立ててくれたおかげや。だから俺もリーダーにふさわしいレッドになろうと頑張った。ええ経験やったなって、今でも感謝しとるよ」
「感謝なんて初耳だよ」僕は笑って返した。「そういうの、普段から態度に出せよな」
「そこはお前、照れて言えない男心ってもんやないかい」
 そうやって笑いに変えはしたけれど、僕にも岡辺の気持ちは分かる気がした。――以前からずっと、岡辺が五人で集まることにこだわっていたのも、彼の中でのラフレンジャーへの思いからだったのかもしれない。

【2004年夏・劇場進出】

 ラフプレイの夏合宿は新歓合宿とも呼ばれ、一年生を鍛える意味合いが強い。全員二年生となったラフレンジャーは合宿中にレジャーや観光を楽しむ余裕もあった。一年生が最終日の舞台に向けて練習に励んでいる間、合宿地の那須高原でのんびり過ごしたのだ。
 移動の車が限られているので、他のサークルメンバーも含めて大勢で動くことが多くなる。しかし岡辺の提案で、二日目の昼はラフレンジャーだけで食べようということになった。ラフレンジャーの一周年を祝って、ちょっと豪勢にステーキランチと洒落こんだのだ。
 もっとも、ドレスコードのあるような高級店ではない。肉屋直営でいい肉が安く食べられるというのが売りの店で、普段着のまま入れた。岡辺は運転の時のサングラスのまま真っ赤なアロハシャツとクォーターパンツという遊び人風の格好だったし、家入などは黄色いTシャツに短パンにビーチサンダルという、高原なのに海辺みたいな姿であった。
 アツミはピンク色のポロシャツとキュロット、僕はブルージーンズだったから、みんな自分の色を身につけるのが正装という意識があったかもしれない。四人掛けのテーブルに落ち着き、赤ワインのグラス三つとノンアルコールビールが届いたところで、岡辺が乾杯の音頭をとった。
「えー、いろいろありましたが、何はともあれラフレンジャーも結成一周年となりました。この場にグリーンの三郷くんがおらんのが少々寂しくはありますが、そこはグリーンサラダも注文したのでご勘弁ください。ひとまずは一周年祝いっちゅうことで、乾杯!」
 みんなで唱和してグラスを掲げた。飲み始めたりサラダを分けたりの中、家入が岡辺に尋ねた。
「さっき、ひとまず一周年祝いって言ったよな」
「おお。言うたぞ」
「ひとまずってことは、この後に何かあるんじゃないの?」
「さすが脚本家、鋭いなあ」岡辺はにやりと笑った。「重大発表はメインの後と思っとったんやけど――ご希望なら今話したろか?」
「んなこと言って、自分が話したいんだろ? さっさと話しちゃえよ」
「私も聞きたーい」
「そこまで言われたらしゃあないなあ。リクエストに応えて発表するとするかー」
 岡辺は胸ポケットから畳んだ書類を取り出した。広げてテーブルに置いたのは、劇場の使用申込書だった。
「こないだ抽選結果の通知がきとった。十月半ばの週末や。ラフレンジャー一周年記念公演、やれるぞー!」
「おおーっ!」
 家入はもちろん、アツミも僕も声を上げた。――前々から、いつか単独公演をやってみたいとは話していたのだ。
 昨年秋の学園祭以来、ラフレンジャーの活動というと、イベントでのショーや自主映画の撮影が中心だった。しかし演劇サークル内の劇団である以上、ちゃんと劇場の舞台に立ちたいという思いもあった。何か別の催しに集まった人たちの前で演じるだけじゃなく、ラフレンジャーとして客を集め、きっちり演劇の公演を打ちたかったのである。
 ラフプレイ内の他の劇団はそういう公演も行っている。僕らもそれに客演で出たりスタッフとして働いたりで経験を積んできた。これまでラフレンジャーとして単独公演ができなかったのは、営業のステージばかりこなしてきたせいでもある。そろそろ演劇サークルの本筋に立ち返りたい時期だった。
 幸い、大学近辺での営業ステージを重ねているうちに、ラフレンジャーの名前もだんだんと浸透してきた。わざわざラフレンジャーを見に来てくれるお客もいる。劇場公演となれば大学の友達も呼びやすいし、ラフプレイ全体の固定客もいると思えば、ラフレンジャーだけの単独公演であってもそれなりの集客を見込めそうだった。
 それにラフプレイのしきたりとして、就職活動や卒論に備えて三年生は夏前後に引退というのが恒例となっている。役者の活動を続けたい者は個別に出たっていいのだが、サークルの代表だの幹事だのといった役職からは身を引いて後輩たちにサークル運営をゆだねるというのが建前だ。新役員は二年生の後期から就任するわけで、サークル全体に対するラフレンジャーの発言力も増すことになる。今度の十月というのは、いろいろと丁度よさそうな時期であった。
「今日まで黙っとったんは、祝いの席で報告したかったのと、まずメンバーで話し合っとこうと思ったからや。そらあラフプレイに制作面でバックアップしてもらうことにはなるけど、内容については俺らでやりたいことを優先させていこう」
 そうして僕らは、食事の間じゅう、あれこれと構想を語り合った。アツミがダンスシーンも入れたいと言えば岡辺が殺陣を極めたいと言い出し、僕が劇場でやるならSFやファンタジー色を強めたいと提案すれば家入はむしろノンフィクション風にラフレンジャーの一年を振り返るような作品がいいと言い出す。ひとまず結論は出さず、様々なアイデアを膨らましていった。
 各自のアイデアを検討する流れになったのは、食事を終えて車で移動している時である。
「イエローの、ノンフィクション案やけど」運転席の岡辺が口火を切った。「実際にやるとなったら、本人が本人役をやるわけやろ? グリーン役はどうする?」
「それは――三郷が出られなかったら、他の奴に客演してもらうしかないけどさ。三郷守って奴がいて、一緒にやってたんだってことは、ラフレンジャーの歴史だろ? 俺はそういうのを芝居の中で描きたいんだよ」
「気持ちは分かるけど、そういうんは本人にしたら複雑なもんやないか? 勝手に自分がネタにされるわけやろ」
「じゃあ、本人に聞いてみればいいじゃない」助手席のアツミが言った。「三郷くんに電話して、いいよーって言われたらそういう話にすればいいし、やだよーって言われたら諦めるってことで」
 携帯電話を取り出して、何ならこれからかけてみようかと言い出す。岡辺は、それは本決まりになってからでいいと首を振った。
「ラフレンジャーの歴史っていうなら」僕が口を開いた。「これまでのラフレンジャーがやってきた寸劇を織り込んでくってのはどうかな。ダイジェストっぽく短くまとめたらテンポも出るだろうし」
「あ、そっか」家入が言った。「これまでの流れを描くってのをメインの枠にして、そこに入れこんできゃいいんだ。結成の時には内輪揉めコントをやった、学園祭ではお客がさらわれるショーをやった、豆まきの鬼の依頼がきてこんなことやった、って感じで」
「おー、それやったらいろいろ共存できるなあ」岡辺が言った。「ダンスも殺陣も、ノンフィクションもファンタジーもなんでもありのステージにできるぞ」
「メインの流れの脚本は家入が書いて、入れ子にする寸劇は俺が書くってのはどうかな?」
「おー、具体化してきた」
 移動中の車内で話し合いは進んだ。夏休みの道路はところどころで渋滞していたが、その混み具合も気にならないドライブとなった。
 その盛り上がりが途切れ、沈黙が訪れたのは、岡辺がこんなことを言い出した時だった。
「せやけど、そういう形でこれまでの出来事を描いてくとなったら、イエローがピンクに告白したとか、二人が付き合っとるとか、そんなことまで描くことになるんやないか?」
 そんな話の最中、助手席のアツミと僕の隣の家入に緊張が走った。ちらりと視線が交わされた。
 しかし運転中の岡辺には、二人の表情に気づく余裕はない。僕は話題を変えようかと思ったのだが、あいにくと岡辺の喋るペースの方が速かった。
「お前ら二人、それでええんか? ええんやったら、そのあたりのシーンはブルーが書いた方がええかもな」
「…………」
 僕からは何とも答えようがなかった。ただ黙って二人の方を見るしかない。
 家入とアツミは、ほとんど同時に口を開いた。
「えーと、その件については、ちょっと――」
「あのね、実は――」
 それから二人して、相手に譲るように口を閉ざす。妙な沈黙がやってきた。
 そしてようやく、岡辺も何か察したようだった。ちょうど赤信号にさしかかり、車が止まる。
「何やお前ら――」
 岡辺も何か言いかけて言葉に詰まった。また沈黙がやってきて、僕は思わず笑ってしまった。
 どうやら二人の関係は終わったらしい。今までは普通に楽しく喋っていたけれど、それは恋人としてじゃなく、ラフレンジャーの仲間としてということだったのだろう。二人の間で、そういう相談がまとまっているのかもしれなかった。
「事情は知らないけど」言葉を選んで告げた。「脚本じゃあ、そのあたりには触れない方がよさそうだな」
 アツミも家入も苦笑いの顔になった。ややあって岡辺も笑い出した。
 信号が変わり、車が走り出した。妙な緊張感を振り払うように、車内にはしばらく笑い声が残った。
(第12回につづく)

竹内 真Makoto Takeuchi

1971年生まれ。95年に三田文学新人賞、98年「神楽坂ファミリー」で小説現代新人賞、99年『粗忽拳銃』で第12回小説すばる新人賞を受賞。『カレーライフ』『自転車少年記』『じーさん武勇伝』『図書館の水脈』『ビールボーイズ』『文化祭オクロック』など著書多数。

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