双葉社web文芸マガジン[カラフル]

花火の音だけ聞きながら / いがらしみきお・著

第1回 我らの新しい欲望

来年は還暦です。それにどんな意味があるのかと言われれば特にないですが、酒席あれば、座の話題尽きたあたりで「あの、実はー」とか言い出してみたりするぐらいのものでしょう。言われた方も「お~」とか、「へえ~」とか言う。まさか「なんで突然そんなこと言い出すんですかっ」とか憤る人はいないと思うので、この小文の第1回目の枕にフッてみました。
 今はまだ59歳なんですが、今年の夏すでに「還暦記念同窓会」というものに参加しました。私は酒が飲めないのと難聴者というのもあって、パーティとか打ち上げとか、そういうイベントには行きません。両耳に補聴器をしているので、10人以上が一斉にしゃべり出した途端、天井付近から大規模な雪崩れ状の轟音が、ごごごおおぉぉぉっと響いて来ます。そうなるといくら隣の人が大声で話しかけて来ても、もうヘラヘラと意味不明の微笑みを浮かべながら頷いてるしかない状態で、相手に申し訳ないし自分でも情けない。だからふつうは行きません。飲み会とか同窓会とか。
 なのに今回はなぜ参加したのかというと、「還暦」という言葉の説得力というか強制力もありましたが、幹事をしている友人に「頼むっ、なっ、出でけろっ」などと頼まれたからです。
 この友人Hというのが困ったヤツで、私はまず家族以外の人の頼みごとなんか聞いたりしないのに、この友人Hだけは頼みごとが多い。昔々その昔には、競馬で負けて何度かカネを借りに来たり、この前は、中学時代の美術の先生に会いたいからいっしょに行ってくれないかとか言い出し、そのあと、先生に自分の広告の仕事を見てもらいたいからまたいっしょに行ってくれないかとか言い出し、最近では、東日本大震災の時に建築業界がいかに英雄的活躍をしたか、それを漫画にしたいんだが、つきましてはおまえ描いてくれないか、とか言い出す始末でした。
 そして、頼みごとのお礼のつもりか、着物を来た女の人がいるようなところに連れて行こうとする。私は常日頃から、着物を着た女の人がいるようなところにだけは行きたくないと思ってる者なので、そう訴えても「勉強になるから」とかなんとかわけのわからないことを言っては連れて行きたがるのでした。田舎の友人というのは基本的に無神経です。
 それでも行って来ました「還暦記念同窓会」。当日、ドンピシャの台風の影響もあって遅刻してしまいましたが、記念祈祷とかいうものの最中になんとか会場にもぐり込む。もぐり込んでみたら驚いた。参加者が120人以上います。自分の同窓生が120人もいるというのにも驚きますが、私の中学生時代は8組まであったので、1クラス30人としても、240人!! 240人中の120人というと半分の出席率です。これにもビックリ。まったく「還暦」という言葉の切迫力のなせる技でしょうか。
 席順は受付の時に引いたくじの番号によって決まるシステムなので、誰の隣に座るのかわからない。座ってみたら案の定、相手の顔も名前も思い出せない人に挟まれていました。
 しかし、それは予想されたことなので、みんな中学生の時の名前と卒業アルバムの写真をIDカードのように胸に貼りつけている。その名札と今の顔を見比べながら必死に話題を探そうとするのですが、在学中一度も口をきいたことがない同窓生もいるわけで、気まずいし、さっぱり話が聞こえないとあって、轟音渦巻く宴会場を早々と逃げ出しました。
 廊下でなんとなく一息入れていると、そろそろトイレタイムなのか、それともみんな加齢のためトイレが近くなったのか、次々と出て来るわ出て来るわ、その中でも私と親交のあった者は「みっきお~」などと声を掛けて来る。そしてトイレから帰って少し濡れたままの手で握手を求めて来るのでした。
 それでも廊下の方がまだ人の話も聞こえるので、そのまま廊下歓談を続けていると、私も少し楽しくなって来た。
 調子に乗って宴会場に様子を見に行くと、酔いからか還暦になった気安さからか、ババたちが「みきおく~ん」などと甘い声を出しながらいきなりハグして来たりする。それが私も憎からず思っていた相手だったりすると、熱烈にハグし返したりする自分がいました。嫁さんとか娘とか猫とかアシスタントとか友人とか隣近所の人とかには見せられない姿です。
 参加者名簿の中にある人の名前を見つけていたので、盛り上がって来た郷愁感からか、幹事のババに「S子さん、来てんのか?」とか聞いたら、なんでもドタキャンだという。その人は、私と同じく同窓会に出て来るタイプではなかったので、名簿に名前があった時はちょっと驚いたのですが、ドタキャンと聞いて、なんとなく腑に落ちました。なんで腑に落ちるのかというと、なんとなくとしか言えませんが。
 彼女は才女でした。女性ながら生徒会長で、周囲の我々はアヒルで彼女は白鳥、そして白鳥とされるのをとてもイヤがっていた。そのイヤがり方はすでにコンプレックスと言える程で、それを知っていたのは私と友人数名ぐらい、他の生徒たちはみんな彼女を白鳥として接していました。
 なぜ私が知っていたかと言えば、中学時代も卒業した後も、彼女と文通していたからで、つまり私は彼女にホレていたというわけです。なにか彼女とのエピソードはないのかと言われれば、ありますあります。
 後年、20歳の頃、酔っ払った勢いで友だちに焚きつけられて、そいつといっしょにアポなしで彼女の住所を訪ねたことがある。トントンとノックしてアパートのドアが開くと、私の姿を見ながら呆然と立ちつくす彼女の足元には男がいた。男は今しも帰ろうと靴を履いているところで、彼女を見上げながら聞きました。「誰?」。
 いやぁ、びっくりしました。彼女も驚いたでしょうが、男を送り出してから出て来た彼女は「今、ケンカしてたの」と言う。ケンカしてる最中にこんなのがアパートを訪ねて来たんですから、話はさらにコジれたでしょう。いや~、悪い悪い。いっしょに行った友だちには腹が立つほど笑われましたが、そいつは私の友だちの中では一番早く死んでしまったヤツです。
 そいつが死んでしまった今、あのアパートの一件を覚えているのは、私とS子さんの二人しかいない。私とS子さんとどっちが先に死ぬのかわかりませんが、私が先に死ねば、S子さんだけがその記憶を持ったまま生きて行くことになるし、S子さんが私より早く死んでしまったら、あの記憶を持つ人間は私しかいなくなる。そんなに大した記憶かと言う意見もあるでしょうが、こういう記憶が大したことじゃないのなら、私の人生なんてほんとになにもないに等しい。憶えているのはこんなことあんなことばかりです。そして私もS子さんも死んでしまったら、と思いました。あの記憶はどこに行ってしまうのか。誰も知らない、誰も憶えていない、そんなどこにもなかったことにされてしまった記憶が有史以来いったいいくつあるのだろう。それを考えるとほんとにほんとに気が遠くなります。
 それを考えればブログだのツイッターだのも意義があろうというもので、1文字を1バイトなどと数えていた時代からすると、今は記憶容量なんてほぼ無限にあると言ってもいい。写メや街にあふれる防犯カメラも含めて、我々はせっせせっせと記録に励んでいる。歩きながら、電車やバスの中、友だちや恋人や家族といる間にも携帯やスマホをいじるのをやめない人々を見ると、なぜそれほどまでして記録するのかと思う。これがどこにも記録されないものだとしたら、みんな毎日毎日こんなことやらないんじゃないでしょうか。
 財欲、色欲、食欲、名誉欲、睡眠欲で五欲と言われていますが、我々は新しく記録欲というものを作り出したのではないかとさえ思います。記憶欲ではなく記録欲です。我々がしたいのは記憶ではなく、間違いなく記録なので。
 ではなぜ記録するのか。昔は無名の人には記録する術がなかったかもしれません。まず字が書けないし読めない時代があって、今は誰でも書けるし誰でも読める時代です。誰も読んでくれなかったら自分で読むし。
 本屋に行くとわかります。夏目漱石の本の隣に、昨日までふつうだった人の闘病記があって、そしてそちらがベストセラーになっていたりする。
 還暦記念同窓会には、私の初恋の人ではなく、二番目の恋の人もいました。彼女とは今でも年に一度はゴルフでいっしょになる仲です。それがここ1年半ほど彼女は不参加が続いていたので、帰り際にちょっと挨拶して行こうと思い彼女の姿を探すと、なんだか壁に手をあててソロソロと歩いている。
 1年ぶりに会った彼女は誰にでもバレるカツラを被っていました。そして痩せた気配がある。「おまえ病気したのか?」と聞くと、「してない」と言う。「そのカツラはなんだ」と聞くと、「カツラじゃない」と言う。気の強い女で、中学の卒業式のあと、記念にいきなりビンタを張られたことがあります。私も私でついビンタし返してしまいましたが。そういう女です。
 同窓会から帰って、改めて彼女にメールしました。「どこの病気だよ」「病気じゃない」「じゃあなんだよ」「頭手術した」「ほんとか?」等々。彼女とのメールが今も私のスマホに記録されています。

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いがらしみきおMikio Igarashi

1955年、宮城県生まれ。仙台在住。1979年、漫画家デビュー。『ネ暗トピア』『さばおり劇場』などの過激なギャグで圧倒的な支持を得て、83年日本漫画家協会賞優秀賞を受賞。86年から開始された『ぼのぼの』は、ベストセラーとなる。ほかの著作に『忍ペンまん丸』、『Sink』、『かむろば村へ』、『I(アイ)』など。

■受賞暦
1983年:第12回日本漫画家協会賞優秀賞 (『あんたが悪いっ』)
1988年:第12回講談社漫画賞 (青年一般部門 『ぼのぼの』)
1998年:第43回小学館漫画賞 (児童向部門 『忍ペンまん丸』)
2009年:平成21年度宮城県芸術選奨
2011年:カルチャー誌『フリースタイルVol.17』の「このマンガを読め!THE BEST OF MANGA 2012」に『 I (アイ)』が第一位に選出

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