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おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第9回 おすすめ酒 洋酒編②

ボクのパチンコとバイトの日々は続いた。たまに閉店の後、店の人に朝までやっているスナックに連れていってもらうこともあった。そんな時もウイスキーの水割りだったが、「角」が多かったと思う。
 当時はなぜか「絨毯」が流行っていて、絨毯喫茶や絨毯スナックがあった。店内の床がカーペット敷きでイスはなく、客は靴を脱いでカーペットの上に直に座り、コーヒーや酒を飲むのだ。スナックではもうカラオケが出回っていた。映像などなく、黒くて大きなボックス型の機械から伴奏ミュージックだけが流れ、客はスタンドマイクの前で楽譜を見て歌った。
 ボクはカーペットの上に胡坐をかいて赤の他人のヘタな歌を聞きながら酒を飲む、ということにとても違和感があったが、何か異郷の地に来たみたいでもあり、ちょっとおもしろかった。まあ、高校生の時に友人に誘われていったディスコ(この頃はディスコブームも始まっていた)の対極であるが、両方ともボクには馴染むことはできないだろうとは思っていた。
 年が明け、受験の時期までひと月を切ったあたりで、さすがにこのままじゃヤバイと思いバイトを辞めた。辞めたはいいが、どうしたらいいのかわからない。今さらシャカリキに受験勉強したって意味がない。というか、自分にそんなことできるわけない。ここに及んで前途がとても不安になったボクは、無心になるために昼間はそれまでどおりパチンコをし、夜は吉川英治の「新・水滸伝」や「三国志」を読みふけった。血湧き肉踊る長編小説は現実逃避にぴったりだ。
 結果的には、大学生にはなれた。数校受験したら一校に引っかかったのだ。絶体絶命の立場だったのに、いざ受かると「チッここだけか」と思ったのだから何様だったのか。
 浪人から大学生になって変わったことは、パチンコをしなくなったことだ。勉強のためではない。麻雀ばかりやるようになって、パチンコへの興味がなくなったのだ。浪人の時は、たまにバイト先の人と閉店後に徹マンするくらいだったが、大学ではメンツがすぐ集まるので麻雀三昧。大学よりも近くの雀荘の方へ先に行き、そのままそこでずっと過ごす日もよくあった。
 アルコールの方も当然、飲む機会が増えた。安居酒屋でのビール、ホッピー、日本酒がメインだがウイスキーもよく飲んだ。当時は「コンパ」と呼ばれる店があった。飲み会のことではなく、「居酒屋」と同じく店の形態の名称で、円形カウンターの中にバーテンのいる、パブみたいな所だ。バーよりも気軽で料金も手頃、客層も若かった。こんなシャレた店でもボクらは学生なので、飲むのは「ホワイト」。ちなみにハイボールは「トリス」が定番で、もう旧い飲み物、オッサンの酒という認識。この頃の若い人はほとんど飲まなかった。
 大学生になったボクは、また浪人の時と同じ地元のしゃぶしゃぶ屋でバイトをすることにした。時給は安いが、仕事の後に酒を飲んでも歩いて帰れるのが魅力だ。もうずいぶん慣れたボクは、深夜になると湯呑み茶碗に入れた日本酒を飲みながら仕事をしていた。二十歳にして立派なオッサンである。
 さらに、特殊なバイトも始めた。高校のバレー部顧問の先生に頼まれた、先生の知人が所属しているママさんバレーチームのコーチだ。性には全く合わないが、お世話になった人格者の先生の頼みは断れない。でも、そのママさんバレーチームがまた特別だった。
 場所は池袋。そしてチームのメンバーの多数が、スナックや料理屋など飲食店のママ。その名の通りの「ママさん」バレーチームなのだった。
 練習は池袋のはずれの小学校の体育館で、夜に行なうことが多かった。終ったあと、メンバーの人が経営する近くのスナックで、よく飲ませてもらった。ここではもちろんダルマだ。まあ相手が「ママさん」たちなので、ちっとも酔えなかったが。
 人世横丁に店のある人もいた。忘年会か何かでそこで飲んだ時には、二階の窓から通りを眺めて青江三奈な気分になったりした。その横丁も今はなく、伝説の呑み屋通りとなってしまった。
 一方、大学二年の頃、メインのバイト先のしゃぶしゃぶ屋では画期的なことがおこった。スコッチウイスキーを置くようになったのだ。輸入酒類の関税が引き下げられ、価格が安くなったからだ。まだダルマよりは値が張る高級品ではあったけれど、一般の人でも背のびすれば手が届く。スポーツ刈りで三十前の店長は、「これからはスコッチの時代だ」といって店の壁に新たな棚を作り、うれしそうにいろいろなボトルを並べていった。
 ホワイトホース、バランタイン、ヘイグ、J&B、ブラック&ホワイト、カティサーク………。1970年代にクラブやバー以外で、こんなに多くの種類のスコッチウイスキーを置く飲食店も珍しい。しかも円形カウンターが二つあるだけの小さなしゃぶしゃぶ屋なのに。店長はよほど自分が飲みたかったのだろう。
 それまではスコッチといえばジョニーウォーカーで、「ジョニ赤」を飲んだことがあったら自慢できる時代だ。「ジョニ黒」は大企業の重役クラスのもので、関税が下がっても高価だった。もちろんボクはスコッチなど舐めたこともなかった。
 新しく入れた何種類ものスコッチは、ことあるごとにみんなで「試飲」した。スコッチとかいったってウイスキーなんてみんな同じようなモンだろ、飲む前はボクはそう思っていた。しかし、全然違った。今まで飲んできた「ウイスキー」とは全く別物だったのだ。
 香りは高く、味は濁りが無くピュア。クセが無くとても飲みやすいものから、独特の風味を持っているものまで、それぞれ個性を感じる。どれも新しい体験だ。特に香りが良いのに驚いた。それまでウイスキーの香りを「いい匂い」と思ったことはない。でもこれらはみな「いい匂い」なのだ。うーん、なるほど、本場のウイスキーとはこういうものだったのか。


※次回の配信は7月10日の予定です。

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山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

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