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おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第8回 おすすめ酒 洋酒編①

和酒の次は洋酒である。
 洋酒といったらまずはウイスキーである。
 ボクとウイスキーの出会いは、中二の時に所属していたバレー部顧問の教師に無理矢理サントリーレッドのコーラ割りを飲まされるという、無法で最悪のものだった。それからしばらくはウイスキーの匂いを嗅ぐのも嫌だった。しかし、体が成長し環境が変われば苦手も克服できる。別に克服なんかしなくていいモノでも。
 ボクが入学した高校は都立校で、超放任主義、良くいえばとても自由な校風だった。服装や髪型が自由なのはもちろん、教師の生徒への干渉も必要最低限。義務教育じゃないんだから勉強も日常生活も何も強制はしない、何事も自己責任で自分で判断してやってね、という学校だった。なのでGパンにTシャツのヤツもいればアイビールックにキメてるヤツもいればミニスカートにノースリーブの女の子もいた。長髪のヤツもパーマのヤツも染めてるヤツもいた。休講があれば近くの喫茶店でタバコを吸いながら(一応、教師が来ないか気は使う)ダベったり、パチンコをして時間をツブした。雀荘も自由に出入りした。雰囲気だけは大学みたいな高校だった。
 ゆえにタガが外れる時もある。なにしろ最初からゆるんでいるもんね。初めて自分たちだけで居酒屋やパブやビアガーデンに行ったのはこの頃だ。初めてカクテルを飲んだのも、ジンやウォッカの味を知ったのもこの頃。そんな中でポピュラーな酒であるウイスキーは飲む機会も多く、もう嫌いではなくなっていた。トラウマの「レッド」以外は。
 そんなゆるい高校生活はボクに悪影響を与えた。行きあたりばったりでテキトーな性格の人間を自由にさせたら何もやらない。ボクはまさしくそういう人間なので、サボったり寝ていたりしても何もいわれぬ授業を、まともに聞くわけもない。勉学という面では三年間、何も吸収せぬままに過ごした。当然ながら受験勉強もしなかった。ボクは一年浪人して、その間に一からやり直すことに決めた。
 予備校に行くことを条件に浪人は許してもらえたが、小遣いは無し。それでバイトを始めた。赤羽のしゃぶしゃぶ屋のウェイターで週に五日、夕方六時から十一時まで。これからは昼は勉強、夜は勤労だ。高校でもバレーボールだけはみっちりやったので、体力は自信がある。環境が変われば人間も変われる。俺はやる。やらねばならぬ。こうして新たな生活に突入した。

 一週間で予備校に行くのはやめた。
 ボクは体の芯までナマケグセのついたクズ野郎だった。朝は十時頃まで寝て、起きるとパチンコ屋へ直行。途中で立喰いうどんの昼食や喫茶店での休憩をはさみ、その後もまたパチンコ屋へ。そして夕方からバイト。これがボクの毎日、新たな生活の中身であった。
 バイト先の店の営業は午前二時までだったので、忙しい日や人手が足りない日は閉店まで残り、食事をしたり酒を飲んだりしてから朝帰りした。そんなことをしていて親に何も言われなかったのは、その頃家族は別の所に住んでいたからだ。ちょうど築五十年の我が家を壊し、新しい家を建てている最中だった。家ができるまでの居住用に、少し離れた所に部屋を借りたのだが、そこがあまりにも狭かった。そこで元々家の裏庭にあった、兄の部屋として使っていた六畳のプレハブの小屋を残し、ボクはそこに寝泊まりしていたのだ。母は毎日現場にお茶を持って来るが、それは昼前。ボクが小屋を出た後だった。結局この先もずっと、ボクが予備校に行ってなかったことは家族の誰にもバレなかった。父ちゃん母ちゃん、ダメな息子で申しわけない。
 バイト先で閉店まで働いた時に飲ませてくれる酒はビールが多かったが、ウイスキーの場合もあった。店で扱っていた「サントリーオールド」、通称「ダルマ」だ。
 オールドは当時の日本のウイスキーを代表する銘柄で、バー(オネエちゃん系)やクラブやちょっとした料理屋ではどこもキープ用のボトルが棚の上に並んでいた。一九六〇年代のような庶民のあこがれ、高嶺の花ではなくなっていたが、高級ウイスキーであることに変わりはなかった。今までボクが飲んだことがあるのは「ホワイト」か、せいぜい「角」や「ブラックニッカ」。小僧にはもったいない酒だ。
 それまでのウイスキーとは違うコクと深みがあった。うーん、これが大人の、管理職クラスの飲む酒か。ゆっくり味わい、ありがたくいただいた………のは最初だけだった。
 バイトも慣れてくると、朝早く起きる必要がないボクはたびたび閉店まで残った。そんな時に酒を飲んで気分良くなった調理場チーフやバイトの先輩が始めるのが、チンチロリン。空のドンブリに三つのサイコロを投げ入れ、その出た目で勝負する下品なお遊びだ。ボクもそれに参加するようになった。そこで飲むのがダルマだ。チーフが仕入れ値で自分用に入れたダルマをボクたちにも分けてくれる。もう来そうもない客のキープボトルを飲むこともあった。
 水割り片手に夜が明けるまでチンチロリン。それが恒例になり、ダルマはチンチロリンの酒となった。今でもあの黒くて丸いボトルを見ると、白くて四角いサイコロを思い出す。
※次回の配信は6月25日の予定です。

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山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

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