双葉社web文芸マガジン[カラフル]

おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第7回 おすすめ酒③

ホッピーは東京ローカルの飲料だ。ここ何年か雑誌やテレビに登場する機会が増え、名前だけは全国にも知られるようになったようだが、基本的に東京とその近郊にしか流通していない。だから他地域の人たちはあまり関心がないと思うけれどご容赦を。
 ホッピーとは麦芽とホップを原料にした、ビールのような風味の炭酸飲料。アルコール分は1%もなく法律上は清涼飲料水だが、焼酎をこれで割るとビールテイストの焼酎ハイボールができる。酸味や甘味に頼らない、おとなの飲み物だ。
 コクカという東京の小さな飲料会社が昭和二十年代から製造していたが、初めはノンアルコールビールとして販売していたらしく、いつ頃から焼酎の割り材として定着したのかは定かではない。高価なビールの代用品として焼酎を混ぜて飲んでいたものが、そのうち酎ハイのようになっていったのだと思われる。
 ボクの十代の頃、東京の下町である東部や北部地域の呑み屋では、既に焼酎のホッピー割りはメジャーな飲み物となっていた。一方、西部では進出が遅かった。ボクは三十代から中央線沿線に移り住んでいたが、中野以西でホッピーを扱っている店を探すのは困難だった。
 そんな長らく下町地域限定だったホッピーも今では東京中で飲めるし、関東の近県にも広がりつつある。酒販店でも扱っているところがあり、家飲みすらできるようになった。昔日のことを思うと感慨深い。ボクとホッピーのつきあいは、もう四十年。特に、金がないけど酒は飲みたい学生時代には赤羽や池袋でよく世話になった。ボクの青春の酒でもあるのだ。
 店でのホッピーの出し方は概ね二種類。中ジョッキ(もしくは大きめのタンブラーグラス)に、あらかじめ焼酎をホッピーで割ったものが入っているパターン。そして、割る前の焼酎が入ったジョッキとビンに入ったホッピーが、セットになっているパターン。両方ともジョッキには氷も入っている。
 後者の場合は、ビンの中のホッピーはジョッキについでも半分ほど余る。そこで一杯飲み干したら焼酎だけを追加する。このおかわり焼酎の呼び名は「ナカ」。ホッピー本体だけを追加で頼む時は「ソト」。こうして客がホッピーを入れる量を調節し、自分の好きな焼酎濃度で飲むのが本来のホッピー(割り)だ。最初から割ったものを出す前者のやり方は、店側が単価を上げるために画策した邪道である。
 邪道ではなく、発展系のホッピーも存在する。ホッピーは冷たくないとウマくないので、酎ハイのように氷を入れる。でも、氷が溶けるとホッピーの味が薄まる。そこで焼酎自体を凍らせることにより、氷抜きでも冷たい、純粋にホッピーと焼酎だけのものが考案された。
 これを始めたのは東十条にある、やきとんの名店だといわれている。もう二十年以上前のことだが、その店に友人に連れて行かれた時のことは今でもよく覚えている。カウンターの中に、冷凍庫で冷やされたと思しきまわりが霜で真っ白になった焼酎の一升ビンがあり、店の人がビンの口から長い棒を突っこんで盛んに上下に動かしている。ビンの中からはジャクジャクという細かい氷の擦れ合う音。そして一升ビンをジョッキの上で傾けると、シャーベット状の焼酎がシャリシャリと流れ出てくるのだった。しかもそこに注がれるのは「生ホッピー」。生ホッピーは生ビールのように専用の容器からサーバーを使って注ぐもので、厳密にいえば生ではないが、ビンのものより柔らかで上品な味がする。ボクはシャーベット状の焼酎も生ホッピーもこの時が初めての経験。飲みながら、ホッピーもここまで進化したかと感心したものだ。
 生ホッピーを扱う店は現在でも稀だが、焼酎シャーベットの方はやがて広まり、あちこちで見られるようになった。通を気取る人の間では、昔から下町で人気のあるキンミヤ焼酎でコレをやることを「シャリキン」と称したりしている。
 さらに近年は、コクカからホッピービバレッジに社名変更した製造販売元が推奨する「三冷」なる飲み方も一部で流行っている。これはホッピーと焼酎とジョッキの三つをキンキンに冷やしておき、氷を入れずに飲むというものだ。
 シャーベット状の焼酎だと、どうしても上に浮かんでしまい、飲み始めは焼酎の味がキツく最後の方では逆に薄くなってしまう。この「三冷」なら冷えたままずっと同じ濃度で、飲めるからカンペキという理屈だ。
 さらに製造販売元は、焼酎は25度のものを使いホッピーとの比率は1:5.風味が損なわれるから氷を入れるのはもってのほかと、とても細かく指導してくれている。
 よけいなお世話である。
 どーも近頃ホッピーをイカした飲み物に仕立てようという企業戦略が鼻につく。元々ホッピー(割り)はマトモな酒じゃない。これはけなしてるわけではない。マトモじゃないから良いのだ。ビールや日本酒のように完成されたものと違い、呑み手が味も飲み方も自由にできる、呑み手本位の酒だから価値がある。
 初めはアルコールを薄めに作ってビールのようにゴクゴク飲み、その後は濃くしてゆったりと酔いを楽しむ。そんなことが自在にできる、型にはまらぬところにこそホッピーの魅力があるのだ。
 氷を入れるというのも、昭和の呑んべえたちの試行錯誤から生まれた飲み方だ。単なるビールの代用品、ビールもどきだったら氷は入れない。ビール風味のハイボールとして飲んだ方がウマいと感じたから氷を入れたのだ。それに比べれば、「三冷」はビールもどきに近い。
 それはともかく、焼酎とホッピーを好きな割合で入れ、そこに氷を入れて飲む。この庶民が作り上げたホッピー(割り)があったからこそ、現在のホッピーがあるのだ。企業努力は認めるし、ベターと思う飲み方を提案するのはいい。しかし、その成り立ちや過程を無視し、今までの飲み方を否定するのはいかがなものか。長年その飲み方でホッピーに親しんできた人たちに対して無礼だと思う。

 どーも脱線してしまったが、これもホッピーを愛するがゆえ。なにしろボクは昨日今日のホッピーファンではない。年季が入っている。ホッピーに正しい飲み方なんてない。いや、そんなもの作ってはいけないのだ。ホッピーは自由な酒なのだ。それでいいのだ。
 と、いったところで、ボクの好きな呑み屋でのホッピーの飲み方を紹介する。それは「四点セット」。四点とは、ジョッキ、ホッピー、徳利に入った焼酎、アイスペールに入った氷。そう、店の人間は何もせず、すべての調合を自分で行なえるのだ。これなら飲んでる途中で焼酎をつぎ足すこともできる。焼酎入れ過ぎたらホッピー入れて、ホッピー入れ過ぎたらまた焼酎入れる、てなこともできて楽しい。焼酎はたっぷりあって、徳利一本でホッピー三杯はいける。氷もおかわりタダなので、ガバガバ入れてやる。
 このような「四点セット」は昔の呑み屋ではスタンダードなものだった。しかし徳利入りの焼酎をやめて、「ナカ」として小出しにした方が店は儲かる。氷ももったいないから「ナカ」の時にジョッキに入れるだけにする。このようにしてほとんどのホッピーは現在の「二点セット」、もしくは邪道の「一点セット」になっていったのだ。
 現在、ボクは「四点セット」の店を一軒しか知らない。


※次回の配信は5月25日の予定です。

バックナンバー

山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

  • 双葉社
  • 小説推理
pagetop