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おとな酒 第二部 / 山科けいすけ・著

第4回 飲むべき酒④

ひと言でいえば、ワインコンプレックス。
 白ワインのような酒なんだから白ワインのように飲むべき、という浅薄な考えが蔓延していた。造り手の方でも白ワインに負けない酒、という一方的な対抗意識を燃やして、冷やして飲むことを推奨した。どこの店に行っても、店員や客の発する「白ワインのような」というフレーズが聞こえてくるのがバブルの居酒屋だったのであった。
 こうして日本酒と、その飲み方を劇的に変えた日本酒ブームも、バブルがはじけると共に終わりを告げた。景気が悪くなるにつれ、高い地酒よりも安い焼酎が飲まれるようになった。歯止めのかかっていた日本酒全体の消費量は、また右肩下がりに戻ったのだった。
 でも、遺産もあった。本物の日本酒の味を知って、一部だが真性の日本酒ファンが増えたのだ。ブームに左右されない、地酒愛をもった店も残った。さらに造り手の蔵元の意識も変わった。良い酒を造れば必ずそれに反応しれくれる人はいる、と。
 それから二十年近く経った今、地酒は史上最高の品質になっている。さらなる高みを追求し続けた蔵元と、それを応援し、本物の日本酒の普及に力を尽くしてきた酒屋や居酒屋の地道な努力の結果だ。
 燗酒もだいぶ一般的になった。吟醸酒でも、言えば燗をつけてくれる店もあるし、燗と冷や(常温)しか出さないという店もある。蔵元も「燗に合う」とラベル表示したり、燗専門の酒を造ったりしている。みんな、ずいぶん頭が柔らかくなって、オジサンはとてもうれしい。
 冷たくして飲む方も、だいぶ質が上がった。昔はプンプン匂いがするだけで薄っぺらな味の吟醸酒が多かったが、今は上品な香りと、うま味やコクがきれいに調和しているものが増えた。冷やして飲んだらベストになるように、ちゃんと考えて造られている。こういう酒はボクも文句を言わず、おいしくいただいてます。
 まあとにかく現在の日本酒は百花繚乱。北から南までさまざまな地域のものが出回っている。種類も本醸造、純米、吟醸、大吟醸。火入れ、生、にごり、発泡。他にもいろいろあるけれど、別にそんなの覚えなくてもいい。地酒をある程度揃えている店なら、聞けば何でも教えてくれる。これはもう日本人なら飲まなきゃ損でしょ。
 ただ、店選びにはちょっと気をつけたい。地酒(銘酒)をたくさん揃えていれば良いというものでもない。地酒愛が強過ぎて、酒に関する能書きを延々と聞かされ、うっとーしいこともある。昔から地酒と共に歩んできたオヤジならまだしも、三十前後の若僧に聞いてもいないウンチクをエラそーに語られた日にゃ、銘酒の味も三増酒になり下がる。
 まあ、こういうのはごく一部だ。今のそういう店で働いている若い人たちは、全般的にとてもマジメに日本酒の勉強をしていて好感がもてる。でも、ちょっと頭でっかち。試飲会で何十種類の酒を飲んでも、蔵元をいくつも訪ねてまわっても、それは本当の「酒」の経験ではない。酒は巷を飲み歩いて経験するものだ。そうじゃないと、冬の寒い夜に凍えて店に入ってきた人に、ぬる燗を出したりしてしまう。いくらぬるい燗がおすすめの酒であっても熱い燗の方がはるかにうまい時もある。状況や体調が違えば、うまさの基準も変わるのだ。そこに考えが至らないのは、日本酒を舌と頭で飲んでいるからだ。日本酒は体全体で味わうもの、そのためにこそ燗がある。それがわからなければ、「五臓六腑にしみわたる」うまさなど理解できないだろう。
 そのような「知識より経験」という面から見ると、酒の種類が少ない方が味のある店が多い。さんざん地酒の話をしといてなんなのだが、昔からの居酒屋で酒は大手酒造会社の一種類だけ、というのがより「おとな」な店であったりする。
 大手酒造会社の酒といっても、地酒の出回るずっと以前から酒呑みの通の間で人気の銘柄で、三増酒(今だと二増酒)などではない。そういう長いつきあいの酒を大事にしている店は雰囲気も客層も良いものだ。さらに樽酒や升酒だったら、木の香を楽しむ酒なので、もう銘柄も気にならない。日本酒は多種かつ多様な楽しみ方ができる酒なのだ。
※次回の配信は4月10日の予定です。

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山科けいすけKeisuke Yamashina

漫画家。1957年東京都生まれ。
1983年、「週刊ヤングジャンプ」にてデビュー。
1994年、『C級さらりーまん講座』で第40回文藝春秋漫画賞受賞。
2011年、『C級さらりーまん講座』『パパはなんだかわからない』などサラリーマンを描いた一連の作品で第15回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。

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